サイドストーリー

Guardian 09-調停者
右拳を気配の方向に打ち込んだ。
「わっ!」
それは何者かに受け止められた。
「・・・お目覚めね」
ローズが僕の右拳を掴んで苦笑している。
「なぜ殺気を放っている?」
僕は感じたことを言った。
ついさっきまで寝ていた同じベッドに僕はまた横たわっていた。ルキエル専用チップの埋め込みは終了したのだろうか。
「別に殺気なんか・・・」
「嘘をつくな」
僕が少し力を入れると、右腕の皮膚が銀に変色し、五本の指は全てかぎ爪と化した。
そして、僕の右腕を掴んでいたローズの左腕をあっという間に切り裂く。
「きゃあ!」
「・・・これが人間外の力か」
呻くローズは無視して僕は独り言を呟いた。
「・・・あなた、謝る気はないの?」
ローズは呆れたように僕に問いかける。
「なぜ謝罪などという上下関係を表す行為をしなければならない。僕たちは等価値だ」
「・・・?何を言っているの?」
行かなければ、ならない。
僕はベッドから立ち上がり、そのままゆっくりと出口へ向かった。
「待ちなさい!」
ローズが叫ぶ。
僕は無視して先へ進む。
「待ちなさいって・・・言ってるでしょ!」
背後から何かが高速で接近してくるのがわかったので、振り向きざまにそれを指で受け止めた。
小さな鉛玉。銃弾だ。
それをそのままローズに投げ返し、拳銃を握っていた右手に命中させる。
「あうっ・・・」
血しぶきが吹き上がる。避けられなかったところを見ると、僕の投げた弾は対強化人間兵器の弾速をも超えているようだ。
しかし、この女が僕にためらないなく撃つところを見ると、何かあったのだろうか。
とりあえず僕は出口に向かって歩き出した。
「私は・・・あなたを殺さなければならない」
ローズが言う。
「そうか。好きにしろ」
何の驚きもない。
「だから・・・!」
ローズが突進してくる。
僕は背後も見ずに片腕を伸ばすと、半自動的に腕が伸縮し、ローズの腹を貫いた。
肉をぐちゃぐちゃにする感触が伝わる。既にその腕は銀の化け物だった。
「ぐっ・・・はっ・・・」
無力。
内蔵をはみだしたまま跪く女を尻目に、僕は再び前進を再開する。
腕は自動的に元の長さになっている。
「勝てそうもないわね・・・ウッ・・・だったら一ついいことを教えてあげるわ」
僕の足が止まる。
しつこい。
だが、聞いてやる。
腹を割られて血肉が派手に露出しているが、まだ喋るようだ。強化人間の耐久力を改めて知る。
「・・・キサラギは・・・壊滅した・・・実験中だった生体兵器が暴走して・・・施設は全て消滅。
だから・・・あなたの役目はなくなったの」
「ならなぜ僕を殺す?」
ローズの方に顔は向けない。
「利用価値がなくなったからよ・・・ゴフッ!」
血を吐く。
「利用価値がなくなれば殺すのか?」
「まぁ・・・ね」
「そうか」
僕は歩み出す。
「でも、あなたもうすぐ死ぬわ」
「そのようだな」
「そういう意味じゃない・・・さっき私はあなたが寝てる間にウイルスを投与したわ・・・
対生体兵器肉体構成組織破壊プログラム『サザンクロス』よ。
ちなみに制作者は私・・・あと一時間ぐらいかな・・・あなたの命・・・管理者みたいに風化するはずよ・・・ごめんね」
なぜ謝る。
僕は病室を出て、廊下に出た。

ここに来るまでに何人殺しただろうか。
僕の体は返り血に濡れている。すぐ後ろにも、屍が転がっていた。
目の前にあるのはロクスファード・ルキエル。最強の人型兵器。僕はそれに近づき、手を触れた。
「共に、終わらせよう。そして、真の平和を」
誰に言うとでもなく呟く。
すると、ルキエルに触れた僕の腕が何の抵抗もなくルキエルの奥に沈み込み、そのまま体ごとルキエルの中に入った。
内部は虚無空間が広がっている様に見える。そして、僕のつま先からぼろぼろと崩れてゆく。
その崩壊が僕の頭部まで達したとき、僕の意識はルキエルと融合した。

「・・・行かなければならない」
その声は、新兵器開発工場に響いた。
「これが同化か」
少し力を入れると、僕を縛り付けていた鎖はいとも簡単に引きちぎることができた。
僕は腕を上げ、自分の掌を見つめた。人間のものでなく、ロクスファード・ルキエルの掌。
脚を一歩踏み出すと、いつもより長い距離を進める。それは巨大化した証だ。
でも、どうでもいい。
行かなければ。
とりあえず昨日説明された極小引力発生能力とやらを使ってみることにした。
意識を集中する。
「無に還れ」
空間に漆黒の稲妻が発生し、それが三次元空間の一点に集束される。
そして、その一点に周囲の物体が吸い込まれるようにかき消え、黒い光を伴う小爆発が起こった。
今の衝撃で工場の天井が弾け飛び、警報が鳴り出した。
ここは地下第162階層だが、第133階層あたりまで続く穴がぽっかりと空いた様だ。
行かなければ。
「・・・あんただろ?アルテス班長」
一つの機影がいつのまにかそこにいた。
通信でなく外部音声で響くその声の持ち主は、レイド。
「確かお前は無事だったな」
僕は冷めた声で言う。
「班長・・・あんた、変わっちまったんだな」
流石のレイドも驚いているようだ。
「・・・昔の仲間でも殺すんだろう。殺してみろ」
「班長・・・」
僕の挑発とも取れる本音は、レイドにどう聞こえただろうか。
「・・・わかった。そうさせてもらう」
「それは無理だが、あえて希望に答えてやる。引力攻撃は使わないでおく。死ぬ気で来い」
「なめないでくれ!」
ACが襲いかかる。
僕はその動きがスローモーションにしか見えない。
それがひどく悲しい。
一時期は最強とも謳われたACが、新世代兵器ルキエルにとってはおもちゃに等しい。
ルキエルもACもヒトの力によって創造されたものに過ぎないが、ここまで差が出ると僕はヒトがわからなくなってくる。
遅々とした動きで迫ってくるACを、僕は歩いて近づいた。
「何をやっている」
僕は目の前にあるACという機械を掌で押した。
するとそのACは後ろに飛ばされ、僕が触れた部分はもう跡形もなくなっている。壁に激突し、床が少し揺れる。
退屈だ。
「生きているのか?」
僕は問いかけた。返事はない。
絶命したか。
僕は空中に浮かび上がると、そのままゆっくりと上昇した。なぜ飛べるのか知らないが、僕は感覚的にそれを感じることができた。
僕は進む。地上目指して。

地下第129階層。
この階は、H・D組織の最上層にあたる部分だ。これを越えればあとは一本道で地上まで行けるはずだ。
そこで邪魔が入る。
一つの管理者部隊ACが壁を突き破って出現した。
どこかで見たことがある。だが、もうどうでもいい。
行かなければならないのだ。
どけ。
僕が引力攻撃を仕掛けようとしたそのとき、やはり外部音声で話しかけてきた。
「はぁ・・・はぁ・・・良かった・・・間に合ったわ」
ローズの声だった。
僕は攻撃を中止し、ローズの話を聞いてやろうと思った。
最後の言葉ぐらい、満足に言わせてやろう。あの状態では動くのも難しいはずだ。
それでもここに来たというのはそれなりの覚悟があったのだ。
それが僕にできるせめてもの慈悲。
「・・・ふふ・・・ありがと・・・あなたの死亡確定まであと35分ちょいかな・・・?
・・・それはまぁいいとして。ここで謝るわ・・・ゴホッ・・・あなたを騙しててごめんなさい」
音声の途中に吐血したような音が混じる。
「続けろ」
僕は無情に言い放つ。
「・・・何か人格変わったわね・・・うん、それでもいいわ・・・グッ・・・
私たち、管理者のバックアップデータなんて見つけてないわ。
あれ、ただのH・D自作AI・・・
最初にあなたの強化チップに送り込んだパルス信号は我々の作った偽管理者のパルス波長と合わせるため・・・
そしたらあなたの考えてることはパルス化して偽管理者に伝えられ、あっちはあなたの考えを読みとれるってわけ・・・
ほんと、ごめんね。利用してただけなのよ」
ACは動かず、人の声で僕に語り続ける。
「H・D組織の目的やナズグルというのは本当の話だったのか?」
「ナズグル様は違う。あのお方は偽管理者のことでなく我々の頭領であるリオ様のことよ。
あの人の命令であなたを勧誘することにした。技がすごいからね・・・ゴフッ!・・・私ももう永くないわね・・・」
ナズグルはリオ。
なるほど、僕はリオの手の上で弄ばれていただけということか。
そして、管理者は嘘。僕のH・Dに入った理由も嘘になる。しかし、今はそれら全てがどうでもいい。
「言うべき事はそれだけか?」
僕はあくまでも冷徹に告げる。
「冷たいのね。少しの間一緒に過ごしたじゃない」
「少しの間だけだ」
「・・・わかったわよ。でも最後に一つだけ・・・ルキエルのもう一人のパイロットはリオ様よ。
そしてそれは同時にあなたとリオ様は血縁関係であるという証明でもある・・・
私はリオ様が地上への道を塞いだことを大事件だと言ったけど、実際は予定の内だったわ。
もし地上への道が開いたら俺が止めるって言ってたから。
なんでそうなのか知らないけど、あのお方はレイヤードを滅ぼす気でいるのかも知れない。でも、私は満足よ。
愛する人の下部となって働くんですもの」
リオと僕は血が繋がっているのか。
まぁ、それでもいい。
今僕のすべきことは何か。
それは、リオに会うことだ。
「だから、これが最後の仕事。私はあなたを止める。愛する人を守るために!」
ACがブレードを抜いた。
「行くわよ!」
愛する人のため。
その感情は僕にもあるのか?
僕はそれを感じたことがない。
もし、母さんがいればどうだっただろう。
僕を、叱ってくれるだろうか?
「だああああっ!」
ローズは叫ぶ。
それは死を覚悟した者の声だった。ローズは僕に勝てるなどと思っていない。死ぬはずだ。
何のために?
答えは極めて単純明快であった。
愛のために。
僕は突進してくるACに向かって手を差しのべた。時はゆっくりと進む。
極小引力発生。
黒光が機体を包む。
その光の中で、ローズのACが砕けようとしている。
僕の脳裏に一つの記憶が甦った。

「だああああっ!」
女の雄叫び。
目の前の壁をたたき壊し、前へと進むAC。崩れる壁、舞い上がる埃。
ここはクレスト中央研究所。
僕は・・・生きる価値がないのかも知れない。
当然だ。自らの手で親友を焼き殺したのだ。立ち直れといわれてもそれは不可能に等しい。
「・・・最低だ・・・僕は・・・一体・・・何を・・・何で・・・死んだ・・・何で・・・殺した」
僕は自問する。
自我崩壊しそうになっていた。
そんな僕に話しかけてきたのは、女だった。
「あんたねぇ・・・さっきからブツブツうっさいのよ!!生きたいの!?死にたいの!?死にたいのならとっとと死ねば!?」
先程壁を破壊した、声の持ち主だった。
「あなたに何がわかるっていうんですか?」
僕は怒鳴る元気も出ない。
「何もわからないわよ!わかるわけないでしょ?第一わかろうとも思わないわ!」
冷たい女だった。
「だったら黙っててくださいよ」
僕は一人にして欲しかった。
「・・・もう死んだのよ?生き返ることなんてないの!だったら!その命を犠牲にして生き残った自分を大事にしなさい!」
「無理だ!僕は一番大切なものを失ったんだ!ほっといてくれ!」
ACの中で叫ぶ。
「何よその言い分は!あなたは死んだ方の気持ちはわからないでしょ!?」
「恨んでるに決まってる!」
「何でそう言い切れるのよ!他人の気持ちはわからないって言ったのはあんたじゃない!」
「違う!恨んでる!僕はフラジャイルの友だちを殺したんだ!
そして・・・そして僕を殺すって言った!僕は恨まれてる!死んで欲しいと思われてる!」
僕は叫び続ける。
「・・・わかった。じゃあフラジャイルの気持ちについては触れないわ・・・
でも、あなたはどうなの?死にたいと思ってるの?ここで死んだらフラジャイルの命が無駄になると思わないの?」
「死にたくない・・・でも僕は死ぬべきなのかも知れない!」
「死にたくないんなら!今は現状を打破することを考えなさい!自殺するのはそれからでも遅くはないわ!死ぬのは勝手よ!
でも死にたくないのに殺されるのは嫌でしょ?」
死にたくない。それは真実だ。
「・・・フラジャイルだって死にたくはなかったはずだ」
「だから!あんたが死ねばフラジャイルは救われるわけ?それってとんだ勘違いじゃないの?
死んだ人のことはわからない・・・その人の死と共にその気持ちは消えるから。
でも、その人は他人の記憶の中で生き続けることができるわ・・・とりあえず、あなたが今ここで死ぬのは間違ってる。
無事に帰ってから何日でも悩みなさい!」
遅くない・・・だって?
「悩んでも、僕はフラジャイルに何もすることができない。僕は無力だ」
「いいえ。死人にできることはある。それは、その人が生きていたという証を消さないこと。
もしあなたが死んだらフラジャイルはどうなるの?誰も彼を知る人がいなくなるじゃない。
それじゃダメよ。残さなきゃ。残さなきゃ死んだ意味がない。死人に対する償いなのよ」
先程までの怒りは消えた。
「生きるのよ」
女は言う。
「・・・・・・」
僕は、ゆっくりと研究所の出口へと向かった。

あのとき僕を救ってくれた女。
名は、ローズ=パルネス。
「さよなら・・・」
それがその女の最後のメッセージだった。
誰に発せられたものかどうかはわからないが、僕は無情に極小引力で目の前のACを消滅させた。
その衝撃でさらに129階層から99階層まで縦穴が開く。
ローズの創ったウイルス、サザンクロスが僕の体であるロクスファード・ルキエルを蝕んでいる。
時間がない。
僕は上昇を再開した。

一時期従った上司は消え、一時期従えた部下も消え。
これから迎えるは、我が宿敵にして唯一の血縁者。
リオ=クラヴス。
僕は、行かなければならない。
そして、永久の平和を。
作者:Mailトンさん