サイドストーリー

選択と絶望


扉は、開いた。
管理者の時代は、終わった。
死したはずの地上は、見事に蘇生していた。
レイヤードの人々は、それを新たな『始まり』だと信じていた。

グローバルコーテックスからの依頼だ。
「地上の調査です。地質調査班、水質調査班、そして空気成分調査班に分かれ、それぞれのサンプルを回収してきてください」
まぁ、当然だろう。
調査もせずに地上にでるなど危険すぎるからだ。
俺は、水質調査にまわされた。
別にどれでもよかったのだが、水質調査には『川』、それに『海』を探さなければならないというリスクがつきまとう。
アリーナランクAのレイヴンである俺には当然の役割だ。
さて、そろそろ希望の地へと赴くとするか。
そうだ、申し遅れたが俺の名は『レイス』。愛機は『ミストルテイン』だ。

山がある。谷がある。雲が、太陽が、そして・・・
「これが、『空』か・・・」
俺は思わずため息をついていた。
資料館でしか見たことのない風景が、目の前に広がっていたからだ。
「感動してないで、とっとと行くぜ」
昔ながらの相棒である『ランディ』が先を促した。
こいつには何かに対して感動するということはないのだろうか。
「ああ・・・」
とりあえず、了承した。

意外に川は早く見つけることができた。
「なんだ、ただ水が流れてるだけなんだな。」
ランディがつぶやいた。
何を期待していたのだろうか、このバカは。
「とにかく、この水をボトルに入れた後、海を探すぞ」
「簡単だな。これなら別にMTでもよかったんじゃないのか?」
「そうだな。わざわざランクAがやることじゃないな」
「まぁいいか。これだけで高額のCが手に入るんだ。もうけもうけ」
「・・・気楽な奴だ」
心から、そう思った。
そして、コクピットから出て、『外』の空気を吸い込んだ。

手早く川の水を回収し、俺たちは海に到着した。
「なぁレイス、そーいや何で川やら海に行くんだ?地下水を掘ればいいじゃないか」
ランディがぼやいた。
「そのへんのことは地質調査班がついでにやってくれるらしい」
「俺ら、意味あるのかな」
「ないかもな」
海の水をさっきとは別のボトルに入れ、俺たちは帰還することにした。

「せっかくだからさぁ、遊んでかない?」
ランディが、またバカなことをいっている。
「バカか?お前は」
俺は心に思った通りに口にした。
「まぁ、結局は何もなかったってことになるのかな?やっぱり」
「そう報告することになるかもな」
レイヤードへの道中、俺たちはそういった会話をしていた。
「くれぐれも依頼を果たすまでは気を抜くなよ」
俺は一応言っておいた。
「堅いんだからなぁ、もう」
「ランディ、お前が柔らかすぎるんだ」
絶対に、と心の中で付け加えた。
しかし、どうも胸騒ぎがする。
何なのだろう。これから一体何が起こるのか?
それを知るものは誰一人としていない。

「・・・来た」
密林の中での出来事だった。
ランディは、『戦闘能力』、それだけは評価できる。
木々が鬱そうと生い茂るこの状況で、俺たちは何かを感知した。
少なくとも、『仲間』でないことは確かだ。
「わかってる」
「手強いぞ」
ランディが警戒態勢に入っている。
「レイス、先に行くぞ」
ランディのAC『ロゼリア』がKARASAWAを構え、前進する。
「待て、お前の武器は近距離戦には向いていない。俺が行く」
「だが、レーダーには何も映っていない。遠距離用の武器でもいいんじゃないのか?」
戸惑うランディに、俺はいった。
「・・・ここを何処だと思っている?地上だ。俺たちの知らない領域だぞ?何が起こるかわからないんだ。
だからオールマイティな武器を持ってる俺が先に行くべきだ」
「・・・・・・」
一時の、沈黙。
「手強いぞ」
先程と同じセリフが、ランディの口から出た。
「わかってる」
先程と同じセリフが、俺の口から出た。
ミストルテインは、発進した。

その一撃は、唐突だった。
木々の隙間からの攻撃に、ミストルテインの右足は粉々に砕けた。
「ちっ・・・こいつは・・・!」
レーダーに映っているものは、ACではなかった。MTでもない。
生物だ。
「ランディ!こいつは生物だ!気をつけろ!」
ブースタで一気に後退した。
だが、左足しかないミストルテインではバランスがとれない。
俺の機体は、仰向けに転倒した。
「くそっ!」
OBを起動させた。
生物は見たこともない体型をしていた。サソリに、もう二つ尻尾が生えた、巨大な化け物だった。
OBが発動した。
仰向けの姿勢のままだったミストルテインは、地面に向けてOBを噴射した。
上空に投げ出された俺は、空中で体勢を変え、右手のMG/1000を乱射しながらサソリの周りを旋回した。
「レイス!今助けるぞ!」
ロゼリアが来た。
今頃やって来やがった。
KARASAWAの銃口がサソリに向けられた。
サソリは標的をロゼリアに変え、突進した。
そのスピードは、ACのブースト移動などものともしないレベルだった。
「マジかよ!?バケモンだなこいつぁ!」
轟音と共に、青い光が放たれた。
それは正確にサソリを直撃する軌道を描いていた。
頭部に、炸裂した。
いや、頭部らしきところ、というべきか。
やったか?
案の定、サソリは頭部を吹き飛ばされ、痙攣していた。
首のあたりは焼け焦げ、体液さえ出ていなかった。
さすがKARASAWA、いや、ランディか。
「・・・ふう」
さっきからずっとバカのようにMG/1000を撃ち続けていた俺は、地上へ落下し、
ブースタで衝撃を和らげ、左足のみでなんとか着地した。
「エネルギー切れになったらどうしようか、と不安だったよ」
「よかったな」
声から察するに、ランディでも緊張していたようだ。
・・・安堵していたのが間違いだった。
長い何かが伸びてきて、ロゼリアの主力武器であるKARASAWAを破壊した。
「なっ!?」
驚く暇もなくもう一本の何かが猛進し、ミストルテインの頭部を粉砕した。
そして最後の一本が、ロゼリアの左腕をもぎ取った。
サソリだ。
形勢は一気に逆転した。
「やべぇな」
とかいいながらランディの口調は冷静だ。
「あの鬼みたいな速度じゃ背を向けるわけにもいかないな」
「やるしか・・・ない」
ミストルテインは、最高級ブレード『月光』を構えた。
「MG/1000は効き目がなかった。これだけだ」
ロゼリアは、肩のトリプルロケットを構えた。
これが、共に最後の武器だ。
「弾切れになったら死を覚悟しよう」
ランディが背筋の凍るような単語を口にした。
「そうならないように気合いを入れることだな」
サソリが頭部を破壊されても動ける理由はすぐに理解することができた。
再生していた。
首が。
「やっかいなサソリだぜ!」
ロゼリアが高速移動しながらロケットを連射する。
OBを発動させていた。サソリのスピードに対抗するにはそれしか方法はないようだ。
そしてそれは、サソリの注意をロゼリアに向けることに成功した。
OBでサソリの背後に回った俺は、月光を突き刺した。
何度も。何度も。
無我夢中で。
だが、そういう状態になるべきではなかった。
辺りの注意が散漫になっていた。そんなつもりはなかったが。
おそらくこれが俺の最大最後のミスだっただろう。
「ぐああぁ!」
ランディの絶叫が響いた。
本当に、気づかなかった。
サソリの腕が、ロゼリアのコアに潜り込んでいた。
「ランディーッ!」
俺も、叫んだ。
「レイス・・・いいから・・・こいつを・・・殺れぇ!」
別に俺が何をしても助からなかっただろう。
ごきり、と破砕音がし、ランディは・・・絶命した。
だから、刺した。
さっきよりも、もっと深く。怨恨が、そうさせたのだと思った。
倒したと思った。
親友の仇を討ったと思った。
終わったのだと思った。
・・・ランディ・・・。

通信が入った。
「・・・レイス、緊急事態です。手短に説明します。
地下都市は、レイヤードだけではありませんでした。
『エターナリィ』と『ディスティニア』と呼ばれる二つの巨大な地下都市があったのです。
それらは数十年前に地上に戻り、生活していたことが判明しました。
そして、我々と同じく彼らの都市にも管理者らしきものが存在していました。
しかし、お互いは自分達の管理者しか信じることができず、ついに数年前から戦争を始めました。」
オペレーターが早口でしゃべる。
無情に。
今は、それどころじゃないんだ。
ランディが・・・死んだんだ。
目前にロゼリアが倒れているんだ。
信じたくない現実が目の前に広がっているんだ!
「それで何よりも問題となっているのが、彼らは戦争に生体兵器を使用していることで、ACでは勝ち目がありません。
このままでは侵略が始まってしまう可能性があります。即刻帰還してくボッ・・・ザー・・・ピー・・・ピー・・・」
スピーカーを殴り壊した。
なるほど。このサソリはなんとかかんとかの兵だってわけか。
「・・・へっ・・・やっかいな依頼をうけちまったもんだな」
一人で・・・つぶやいた。
答えてくれる相棒は・・・もう・・・この世にはいない。
さっきからずっとサソリの集団がこっちを見ているような気がする。

・・・なんでこんなことになったんだろう?
なんで地上に出て来たんだろう?
・・・そうだ、ゲートが開いたんだ。管理者が壊れて・・・管理者?
・・・もしかしたら、管理者は俺たちを守ってくれてたんじゃ・・・?
ゲートさえ開かなけりゃやつらにも侵略されずに済むんじゃないのか?
管理者を破壊するなんて・・・大誤算だったんじゃないのか?
サソリの攻撃が、始まった。
第一撃が、ミストルテインの左足を奪った。
両足をなくしたミストルテインは転倒したが、俺は気にもとめなかった。
・・・いや、管理者は狂ってたんだ、破壊したことは正しかったんだ。
俺たちは、ミスはしていない。
ランディが死んだこと以外には。
サソリの集団の第二撃が、ミストルテインの右腕を奪った。
・・・ああ、どうやってても死ぬんだ、俺は。
もう、どうだっていいじゃないか。
ランディ、永遠の別れとさっき思ったが、すぐそっちにいくぞ。
もう、終わったんだ。
楽になってもいいんだ。
サソリの集団の最後の攻撃が、ミストルテインのコクピットを貫き、一つの生命を奪った。

作者:Mailトンさん