サイドストーリー

第一話 微動
銃口は鈍く光りを放ち、それは遥か前方のMTを狙っていた。
激鉄が降ろされ、銃弾が吐き出される。
音速の如く飛ぶ弾丸がMTを貫き、破壊するまで、そうと時間はかからなかった。
あまりにも無力で情けなく倒されるMTに彼は同情を禁じえなかった。

出てこなければ・・・

そう彼は思い、さっき倒したばかりのMTを哀れむ。
「レイヴン、任務完了です。ご苦労様でした」
エマ・シアーズの声が、彼の耳を覆うヘッドホンから聞こえた。
あまりに良く聞く、苦労をねぎらう言葉だった。
「了解しました。ご苦労様です」
彼もねぎらいの言葉をいつも自分を支えてくれる味方に言い、
ACの戦闘システムを解除した。
ヘッドホンをつけなければ耳障りであろうジェネレーターの音が消える。
このジェネレーターの音が好きで、ヘッドホンをつけないレイヴンもいるらしいが、
彼にはどうも好きになれなかった。
耳の奥深くを執拗になでるその音が、彼にとっては集中力を殺ぐいい不協和音なのだ。
戦闘システムを解除されたACは、
自動的に通常運転のモードになり、
オート操作で最寄の街まで帰還する。
彼の住む街が、たまたま今日はその最寄の街であるため、
彼はすぐ休めるだろうと思っていた。

少し寝ておこう・・・

彼はヘッドホンを外した。
ACの間接が動き、地面を踏む鉄の足音と、
上下運動の中で、彼は目を閉じた。
このような睡眠も、彼にとっては慣れたものだった。
レイヴンという職業は、依頼を受けない限りは暇なものである。
しかし、一度依頼を受ければ、
時間などに余裕はない。
分刻み、作戦中であれば秒刻みで戦況は変わる。
昨夜から続き、朝方にまで及んだ依頼をこなした彼は、
とれなかった睡眠を少しでもとろうと、
彼は体をシートに沈めたのだった。

彼が目を覚ましたのは、
もはや自分に一番の空間なのではないかと思うようになった、
コクピットの中だった。

コクピットで寝たんだからコクピットで目を覚ますのは当たり前か・・・

眠気がまだ取れぬ寝ぼけた目で、
彼は目の前のモニターを見た。
補助電源が作動し、システムを維持している。
黒いモニターに、緑の文字で、
異常なしをつげるサインが出されていた。
それを見て、いつものことだが、
安心した彼はコクピットのハッチを開けた。

彼のACは、オート操作で格納庫まで帰ってきていた。
ハッチを開ければ、向かい側にはACがいた。
そして、地面へと続くハシゴがある。
ハシゴを伝い、地面へと降り立った彼は、
思い切り伸びをした。
狭いコクピットで縮んだ間接が、心地良い軋みをあげる。
「コクピットで寝るのは止めたほうがいいんじゃない?」
これも聞きなれた声だ。
「あ、おはよう。ジニー」
彼はアクビをしながら間抜けに言った。
ジニーは呆れたように、
「天下のセイン・アインフュード様とあろうお方が、
寝てる間にACごと襲われて死んだら、笑い話だよ」
ジニーが半ば皮肉を言った。
「大丈夫だよ。レーダーがちゃんと動いてくれてるし、
何か来れば大音量の警報が鳴るから起きれると思うんだ」
セインはレイヴンをやって今まで、
オート操作の帰還中で襲われたことは一度もなかった。
確かに、寝ている間に襲われれば、
ひとたまりもないであろうが、
レーダーは効くし、警報だって鳴る。
襲われることはまずないだろう。セインは思っていた。
「それよりもジニー。ボクのACの整備は終わった?」
セインが朝方に依頼された内容を終わらせ、街に帰り、
目を覚ましたのはお昼を過ぎたころ。
この格納庫に帰ってきたのは、
大体、人々が出勤だ通学だと忙しくなるころであろう。
そのときから今までなら、充分に整備は終わる。
「うん。終わったよ。パーツの修理代と弾薬の精算も終わってるから、
あとで振り込んでおいて」
ジニーが、次の仕事、と言わんばかりに工具のケースを持ち上げた。
「わかった。ありがと」
そういって、セインは格納庫の出口へと歩き始めた。
お昼が過ぎ、空腹が目立ってきた。
なにを食べようかとセインは思考をめぐらせた。
チーズが好物のセインは、
チーズバーガーか、それともチーズとハムをはさんだサンドイッチか、
と悩んだ。
そうこうするうち、セインの目の前に格納庫の外へ繋がるドアが来ていた。
ドアノブに手をかけ、回し、押す。
ドアが開くのと同時に、差し込む光は、
ドアが開くのに比例して明るさを増した。
目が覚め、間もないセインにとっては、
目を覆わなければならないほどにきつかった。
ドアを抜け、外に出たセインは、深呼吸をするのと同時に、
目をゆっくりと開け、目を光りに慣らそうとした。
セインはどうも格納庫の匂いが嫌いだった。
硝煙と、機械油、焦げたヒューズ、その他様々な匂いが悪く混ざり、
セインの鼻を刺激する。
格納庫では絶対に鼻で息をしない、とセインが決めるほど、
その匂いは強烈だった。
それを考えれば、ジニーはよくやっている。
まだセインと同じ18歳でありながら、
天才的なメカニックの腕を発揮し、
女が似合わぬ職業をこなしているのだから。

セインとジニーの付き合いは、
セインがレイヴンになった時から続いている。
セインが初めての依頼を受け、それをこなし、
傷ついたセインのACを修理したのが、他ならぬジニーなのである。
ジニーもセイン同様、そのころはメカニックとして駆け出しだった。
ダブダブのデニムの作業着を着て、
一生懸命に細い腕でナットを締めるジニーの姿を、
セインははっきりと覚えている。
今でこそ、セインもレイヴンとして一流を超える存在となり、
ジニーもメカニックとして天才ぶりを発揮しているが、
やはり誰にでも急には上手くならないものだ、
ということを、セインは改めて認識した。

少々の物思いにふけり、
目も慣れた。
目を大きく見開いた彼の視界に広がるのは、
高くそびえるビルの群れと、ビルの谷間を縫うように走る高速道路、
そして、抜けるような青い空だった。
10年ほど前に、地下世界を抜け、地上に手を伸ばした人類は、
驚異的な速さで街を作り出した。
まだ完璧ではないが、10年でここまでできるとは、
人間の科学力は侮れない。
しかし、その科学力をリードする「企業」は、
市街の完成などよりも、
「サイレントライン」と呼ばれる領域の調査を行っていた。

「サイレントライン」

それは、衛星上から打ち出される衛星砲で守られた地域のことである。
近づくものには容赦なく、空から弾丸が降る。
セインが思うに、間違いなくまだ手を出すべきではない場所に、
企業は我先にと進出しようとしている。

そうまでして人はなにか人とは違うものを手に入れたいのか

セインは思った。
どっちにしろ、人とは秘密を暴きたくなるものである。
いずれ、「サイレントライン」も開拓されるであろう。
そう考えれば、セインも納得できなくもなかった。

セインは格納庫から近い銀行に向かった。
依頼を成功させた報酬と、
さっきジニーに言われたパーツの修理代と弾薬の精算を行うためである。

食事はあとでもいいかな

セインは銀行へとたどり着いた。
自分の口座を開ける端末の前まで移動し、
ズボンのポケットからサイフを取り出した。
サイフと言っても、今の時代、すべてカードマネーで支払う時代であるから、
ただのカードケースである。
レイヴンに登録されている者全員に配布される、
いわばレイヴンの証明書ともいえるカードを、
セインは取り出した。
それをカードリーダーに差し込み、
カードが読み込まれ始める。
このカードには、生年月日など、個人情報はもとより、
レイヴンとしてのランク、今までの戦績など、
ありとあらゆる情報が載っている。
カードが読み込まれ、
セインの口座が開かれた。
レイヴンは各自、一つづつ口座を持っており、
依頼を成功させた報酬はそこに振り込まれるようになっている。
セインが成功させた依頼の報酬は50000COAM。
普通であれば、ここまで高くはなく、20000COAM程度であるが、
セイン・アインフュード、というブランド的な要因が加わることで、
異常に額が跳ね上がる。
次に、ジニーから請求されているパーツの修理代と弾薬費を、
セインは確認した。

修理代 2000COAM
弾薬費 4600COAM
工賃  0COAM

ジニーはセインから工賃をとらない。
お互い、同期であることだし、
仲も良いから、
ジニーはそうしている。
セインは、今の自分からなら工賃くらいは取ってもいいのに、
と思っていた。
昔であれば、依頼の報酬額は少なく、
修理代と弾薬費が重なることで、儲けなど微々たるものだが、
それに工賃が加われば、もっと辛くなる。
昔から工賃を取っていないわけだから、
いまさら工賃をとるのもいただけないのであろう。
ジニーの気持ちが手に取るようにわかる。
セインは思った。
修理代と弾薬費、そして、
ジニーに向けての金額の合計として、
15000COAMを振り込んだ。
これも、セインが昔からやっていることである。
工賃を取らないジニーに、昔は申し訳ないから、
という理由で少しだが振り込んでいた。
今では、修理代や弾薬費よりも高いことがしばしばある。
ジニーも遠慮せずに受け取ればよいのに、
次の日にはジニーに向けての金額の半分が返金されるのだった。
照れくさいのか、それとも金額が大きすぎで受け取れないのか・・・。
セインはそこがよくわからなかった。
あげる側にすれば、遠慮はして欲しくないものである。
事実、セインは返金された金額を見るのが結構忍びなかった。

振込みと、マネーカードへのCOAMの補充を済ませ、
セインは銀行を出た。

食事はサンドイッチにしよう

セインは近くのコンビニエンスストアへと向かった。
まだ太陽の位置は高く、人々は活発に動いている。
作者:ライネケさん