サイドストーリー

新世界ジハード 第壱話『塔、崩る場所』
目の前に広がるもの、それは大自然。惑星が長い年月を経て完成させた脅威の魔力。
それを脅かすもの、それは人間。地下管理機構から抜け出した全生物の支配者。
地上に這い上がった人類は、最初に力を合わせて地上を開拓してゆくことを決意する。
だが、数世紀後。
ヒトが大地に住めるだけの力を持った次にヒトがすること。
それは、軍事力の開発。地下で最強を誇った兵器、アーマード・コアはほとんど原型をとどめたまま戦力に加わった。
ミラージュ、クレストの二大勢力が互いに協力しようとしなかったのだ。
残された人々はミラージュ派、クレスト派の分離を強要された。
大自然を保護し、このままの生活を送る方が無難だ、と主張するミラージュ派。
全ての木々は切り倒し、新技術を伴った都市開発を進め、レイヤード以上の楽園を築こう、と主張するクレスト派。
やがて、醜い人類は醜い争いを始める。それは当初の目的を失い、ただ敵を滅ぼしたい一心で行われていた。
”これは我々のものだ”
”私こそが全能である”
”違う”
共存、仲介、均等を考えない生物、それが人間。偉大なるアースの力を得ようと欲をむき出しにする。
そんな生き物はいらない。永久に土の中で争っていれば良かったのに。
惑星『エディス』に意思があればそう考えるはずだ。
もともとはそんな名ではなかったのだが、人類の地上進出をいいことに勝手に命名されたのである。
今、エディス上では惑星規模の大戦争が行われていた。レイヤードは捨てられ、廃墟と化している。
統括を望む。
たった一つの玉座を巡る戦い。
それは、再び『大破壊』を引き起こすことになるのか。
神はそれを見て見ぬふりをするように、闘争は終結の兆しを見せなかった。



「はい」
少年が立ち上がった。
「それは、キサラギがミラージュの軍事施設を攻撃したから起きた出来事ですよね。
つまり、未然にクレストが援軍を送っていれば、悲劇は防げたわけです。僕が思うに・・・」
少年は意見を発表する。
旧世界『レイヤード』の歴史の授業が、レイヴン養成学校で行われていた。
レイヴン養成学校といっても様々な資源が軍に回っているため、ひび割れた校舎、机も椅子もなく床に座って授業を受ける生徒、
少ない配給で生きているみすぼらしい施設に変わりはない。
制服という概念はないが、基本的に男子生徒は白のカッターと黒の長ズボンを、女子生徒は白のシャツ、紺のスカートを指定されている。
それでも授業を受ける生徒達は明るく活発で、戦火の影響を感じさせなかった。
「うむ、よろしい。座っていいぞ、マイク」
マイクと呼ばれた生徒が座る。その顔はえらく満足そうだ。彼は、この教室の主席である。
どんな問題でも彼は必ず解くので、周囲からは優等生に見られている。
歴史を担当している教師はふけ顔で、実年齢よりもだいぶ年上に見える。
ここは国立高等学校で、全生徒数は31人である。人数が少ないのでクラス分けという概念はない。
これでも国にある学校の中では規模が大きい方なのだが。
そこでは、全員が全員レイヴンになって国のために尽くそうと必死になっていた。
この国、『イースト・レイ』は国民に洗脳教育を施していた。
学校では必ず国のために死ぬことを教わり、レイヴンになることを強要される。いや、強要というより義務であった。
古の軍と違い、ACは男でも女でも使用できるため、性別に関係なく才能のある者を採用していった。
現にイースト・レイの隣国『ウェスト・レイ』では、男性レイヴンより女性レイヴンの割合が高いぐらいだ。
ウェスト・レイ。それはイースト・レイの敵国であり、昔はクレストと名乗る企業から連なる人々が建てた国。
それに対してイースト・レイは昔の大企業、ミラージュから派生したものである。
この戦争は、二つの勢力の殺し合いであり、仲介できるほどの他勢力もなく、何百年も不毛な争いを続けているのだった。
初期はごく小さな規模での戦いだったが、
戦争が続くにつれて資源の確保や住居区確保のため、惑星エディスの表面積を二分するほどに二つの国家は巨大化した。
さすがに毎日戦争しているというわけでなく、数十年に一度は休戦していた。
もちろん休戦といっても、相手国への関わりは一切なかった。
そしてまた、些細なことで戦争は勃発する。現在はそれなりに治まり、人々は戦争の恐怖に脅えながらも平和な生活を送っていた。
戦争という場では年齢さえも関係なくなっている。
昔は、レイヴンになることは18歳以上の試験合格者のみとされていたが、
現在は乗れるのなら誰でも就職可能と法律を改められた。実際に10歳で敵将を討ち取った少年もいるぐらいだ。
「マイク、それはいい意見だが、僕の考えも聞いてくれないか」
また一人、小柄な少年が大人びた口調で立ち上がった。
「いいぞクラウン。言ってみろ」
教師がクラウンを促す。
「はい。おそらく・・・」
クラウンという生徒も奇抜な発想力を持っている。他の生徒は置いていかれるように話が展開する。
確かにこのクラスは明るいことは明るいのだが、頭はそれほど良くない。
顔をしかめたり、あくびをしたりしている。優等生と他の生徒とでは差がありすぎるのだ。
「だからですね・・・」
クラウンは続けようとしたが、教師があることに気づき、声を発した。
「こら、そこ!遊ぶんじゃない!」
そう言われてビクッとしたのは、隅でボードゲームをしていた二人の少年だった。
「すんません・・・」
「お前らは今の発表を聞いとったのか?」
「え?あ、ああミラージュがキサラギに攻撃されたってやつですよね?もちろん聞いてましたよ」
遊んでいた生徒の一人は自信満々に答える。もう一人はこそこそと陰に隠れようとした。
「いい度胸じゃないか。クラウンが何といったのか最初から最後までいってみろ」
「わかりました」
生徒は勢いよくうなずく。
「・・・で?何て言ったの?」
するとその生徒はかがみこんで隣に座っていた女子生徒に聞いた。
「確か・・・」
教師に聞こえないようにぼそぼそと女子生徒は言うと、遊んでいた生徒であるジョスターは背を伸ばし、答えた。
「それはですね。最初に画期的な肖像画を描いたルイス=カネルの技は世界規模の洋風化を巻き起こし、
かの有名な『第二次絵画革命』の先駆者でもあるので・・・」
いかにも訳知り顔でぺらぺらとしゃべるジョスターだが、その横で例の女子生徒は笑いをこらえていた。
「・・・何を言っておるのだ?さっきお前自身が言ったようにミラージュ被襲の話だぞ?それは全然関係ない」
教師は呆れたように告げる。
その瞬間、教室は笑い声に包まれた。
「・・・は?」
ただ一人、ジョスターのみがその真意を知らない。
「まったく・・・人の話は聞いとくもんだぞ」
教師が言う。
「は、はい」
ジョスターは顔を赤らめながら隣の女子生徒、ユイアを睨んでいた。
ユイアは手を合わせて謝る素振りを見せてはいるが、謝罪の気持ちはまったくないだろう。

「・・・何がそんなにおかしんだろ・・・」
教室の隅、一人で座っている男子生徒が何気なくそう呟いた。周りは笑いに捕らわれていて彼のことなど気にも留めない。
この教室で唯一の暗い生徒、レア=ヴェイ。身長も低く、AC操作術も一番甘く、影の薄い内気な人間。
彼に友人は存在しなかった。


「じゃあね!」
「バイバイ!」
校門の役目を一応果たしていると思われる塀の隙間を、女子生徒がくぐって行く。授業も終わり、帰路に就いているのだ。
彼らの通っている学校は、質の悪い二階建てのビルをほんの少し改装したもので、いつ壊れてもおかしくない。
「このアマァ!よくも騙したな!」
「いいじゃんバーカ!騙される方が悪いのよ!」
子供のように校門を走り抜けるジョスターとユイア。先ほどのことで口論中らしい。
それでもお互い本気で怒ってるように見えないところが不思議だ。
「まったく・・・16歳にもなってあれか」
それを眺めていたマイクが歩きながらぼやく。
「この時代に明るいことはいいことさ」
マイクの親友でありライバルでもあるクラウンが述べる。
「無駄に明るすぎる」
それもそうかもしれない。
「待てよジョスター!」
今頃ジョスターを追いかけて行く太めの男子はアレク。ジョスターと共にボードゲームをしていた生徒で、ジョスターほど目立たない。
彼らの仲は昔からで、数々の悪さをこなし、近所でそれを知らない者はいない。
数人の生徒が去った後、ゆっくりと校門から出てきた男はレアだった。彼はいつも一人で帰っている。
ジョスターが一緒に帰ろうと誘ったこともあったのだが、一人がいいからと拒否していた。
足取りは重く、うつむいて歩く。
「何もない平凡な日だったな」
独り言を言いながら、鞄を引きずるように、ゆっくりと歩く。
彼には両親がいなかった。父親は行方不明、母親は死去。幼いころから才能というものに欠け、何かを成功させたことがない。
将来やらなければならないレイヴンという職業に関しても、彼はACを嫌っていた。
練習試合でもクラスメイトに全敗し、やる気があるのかと先生にまで言われる始末だ。
模擬シュミレーションでも彼の得点は最低で、周囲はそのことについて触れないが、希望はないように思われている。
それでACを好きになれという方が無理である。
「わっ!」
突然レアは転んだ。思いっきりひざこぞうを打ち、ズボンが裂けて血が出ている。
「イテテ・・・何だ?」
「逃げろー!」
小さな背中が走り去る。
無邪気な子供が彼を転ばせたようだ。偶然当たっただけなのかもしれないが、レアにそれはひどく不愉快に感じられた。
「何だ?あのガキ・・・」
愚痴を言いながら立ち上がり、ぱんぱんとズボンをはたいた。
またゆっくりと歩き出す。
いつも通る曲がり角に来て、彼は足を止めた。
レアはここを通るのが嫌だった。いつもここを通るたびにびくびくしなければならない。
彼はその裏通りのような道がなぜか苦手だったのだ。
嫌な予感がするのだ。いつも。
ここを通る前は必ず足を止め、周囲を見回してから一歩を踏み出す。周りには何もないし誰もいない。
だが、通路の奥だけには先客がいた。

「子供か・・・」
そこにいる男が口走った。真っ黒のコートをまとい、顔はサングラスで覆われている。
その男がかもし出す雰囲気は壮年のようだった。
レアはもう16歳なのだが、童顔であるため子供に見られがちである。しかしその発言に対して彼は何も言えなかった。
自らの上半身を引きずって喘ぐ痩せ犬。下半身は見当たらない。
上半身の分かれ目からは腸がはみ出し、緑色の液体がどろどろと出てきている。
緑の血痕は犬の通った道を示すように、通路の奥から続いている。
まだ、生きている。
レアはそれが普通の犬だとしたら何かしてやれたかもしれないが、これは尋常ではない。
少年は吐き気がし、思わずへたり込んだ。
「あ・・・あ・・・」
男に何か言ってやろうと思ったが、がたがたと口が震えて言葉が出ない。
「・・・見られたか」
男は言葉に感情を込めずに続ける。この男も普通でないのだろう。
「見られたものはしょうがない。ここで私が片付けるべきか?それとも・・・」
少年は呆然としていた。吐き気と震えは止まらない。
人気のないこの場所でこの男は何をしている?
レアの頭の中で思考がめぐらされる。
この犬はなんなんだ?
この状況で彼は戸惑うことしかできない。
僕は逃げなくてもいいのか?
その瞬間、彼ははじけるように立ち上がり、もと来た道を戻ろうと走り出した。
「うわぁ!」
目をつぶって直進する彼は、突然強力な力に押し戻された。無様に地面を転がり、頭が何か柔らかいものに当たる。
一瞬壁でなくて良かったと思ったが、それが何かわからなかったので頭をおこし、振り向いてみた。
強烈な悪臭。毛並みの悪い皮膚。骨の浮き出た体。そして、緑色。
死にかけの犬。
「う、うげぇ!」
レアはついに胃の中の物を吐き出してしまった。学校で支給されたせっかくの昼食が、胃から口内に押し寄せてくる。
グロテスクなものに耐性がないわけではなかったが、この状況ではそれも意味を成さない。
グロテスクも何も、見ているものが信じられないのだから。
今度は男に襟首を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
男は少年に顔を近づける。レアの目の前にはサングラスをかけた顔。
それに反射して自分の顔が二つ映る。恐怖に引きつり、今にも気絶しそうな表情。
「選択だ」
少年の唇に付着した汚物を物ともせずに男は言った。





下記は感想です。

ふぅ・・・受験も終わって久々のSS。今回はキャラの視点でなくあくまでも客観的に物語を進めます。
基本的に今回も連載でいきます。地上進出後の話ですが、SLは関係なく進行すると思います。
学園ものっぽいですがあまり物語の主軸には関係しませんので間違いなく。
とりあえず今までの自信過剰で強すぎるレイヴンが主人公ではありません。イメチェンのようなもので。
そしてこれからは次回予告というものを取り入れさせてもらいます。
またよろしくおねがいします、これを読んでくれてるみなさん。そして、載せてくださってるゲンズィさん。

追伸
1/23以降のSSは読んでませんので、SLを全クリしてからじっくり読ませていただきます。

次回予告
人生の転機とはまさにそのときだ。少年の新しい時代が今、始まる。それは真の道か嘘の道か。
平凡な日常から引っ張り出され、過酷な運命の中に放り込まれるたった一人の無力な存在。
それは、彼に何を与え何を教えるのか。交錯する二つの光、次回『見えない灯火、そして』。
作者:Mailトンさん