サイドストーリー

新世界ジハード 第弐話『見えない灯火、そして』
レアは息を呑んだ。
「選ぶべき道は二つに一つ」
男は有無を言わせぬ勢いで少年に詰め寄る。
少年は壁に当たったときに後頭部を殴打し、流血していた。
それが肩に伝わり、カッターシャツを朱に染めてゆく。それがひどく気持ち悪い。
一見大怪我のように見えるが、おそらくたいしたことはない。放っておけばすぐにかさぶたを作るだろう。
「我々は仲間でないものを信用しない。ここから逃がすことは有り得ん。二つに一つ」
恐怖で喋れない少年を前に男は話し続ける。
「ここで永久の眠りにつくか。我々に協力するか・・・なるべく殺しは控えたい」
「・・・・・・」
選択次第で死なない道もあるようだ。その影響で、ほんの少し少年の緊張がほぐれた。
「協力したとしても、お前は一生ライフメーカーをはめられることになるがな」
ライフメーカーという単語を聞いたことがないレアだったが、背に腹は変えられない。
協力しようとした。
が、そこで昔のことを思い出した。

”うるさいわね”
”行こーぜみんな。泣き虫はほっといてさ!”
”どっか行って”
”クスクス・・・な〜んでもないわよ”
”あの子、孤児なんですって・・・”
”まったく、男のくせにうじうじしちゃってさ”
”ごめんなさい。あなたのことキライなの”
”お前なんかいない方がいいよ”
”嫌!やめて!”
”・・・文句あるのかよ”
”えぇっ!?気持ち悪い・・・”
”あ、いたんだ。気づかなかったよ”
”もういい、帰れ。顔も見たくない”
”死ね”
”死んじゃえ!”

そう。ここで死ぬこともできる。
彼は何も言わなかった。
「早くしろ。あまり時間をかけると人が来る」
レアは返事をしない。目の焦点が定まっていない。
「もういい。あと10秒だ。それまでに返事がなければ殺す」
無情に男は宣告する。
レアの震えは止まり、目の前にある恐怖も薄れてきた。
「・・・9」
男はコートの隙間から刃物を取り出した。この時代に刃物というのは不思議だ。
金持ちのような服を着ていて、摩訶不思議な実験、もしくは犯行を犯しておいてナイフとは。
しかし、どうせ死ぬのならすぐに意識の消える銃の方が良かった、とレアは考えていた。
「8」
カウントダウンは続く。
少年は思った。
あまりいい人生ではなかった、と。
「7」
死ぬと魂はどうなるのか。
それは科学者連が生涯を懸けて挑んだ難題。
今その答えを、少年は見ることができそうだ。
「6」
人生で一番楽しかったことは何だったろうか。
他の街に行ったこともなく、ただいじめられる毎日だった。
レイヴン養成学校に入ってからいじめは止んだが、決して友達ができるわけでもなかった。
「5・・・いいのか?」
男が問いかけた。
いいのか、というのは殺すことを躊躇っているのではないだろうか。
「・・・4」
空を眺めていた視線を下ろし、男のサングラスの奥の両眼を射抜くと、少年は目を閉じた。
そのとき。
瞼で塞がれていて何も見えないはずの視界に、何かが映った。

人型の物体。
いつもは真っ暗なはずの世界に、荒廃した土地と建造物の残骸。そこにいる一つの人型の物体。
漆黒のローブをはためかせながら右腕に携えた剣を掲げ、それは叫んだ。
”人から逃避し世界を恐れ、自己の解放を望むか!”
剣の切っ先をこちらに向け、さらに叫んだ。
”そんな息子はいらぬ!・・・この手を朱に染めて見せよう!”
死神のような男の剣が燃え上がった。

「こっ、殺さないで!」
恐れおののいた少年は、選ぶことのできる道にすがった。
「1・・・そうか」
急変した彼の態度には目もくれず、男は立ち上がり、ナイフを懐に戻した。
「来い。これからお前はまともな一生を送れないだろう。不運だったな」
その言葉は微妙に同情の色を感じさせる。もちろんレアはその男に対して殺さないで
と言ったわけではない。当然その言葉は少年の耳に届いていなかった。
黒の騎士。いや、死神。
はっきりとそれが脳裏に焼きついているのだ。レアは蒼白の表情のまま立ち上がり、
男の顔を見た。
「・・・何だ?行くぞ」
不機嫌そうな声を出し、犬の方へ歩き出す。少年もおずおずとそれについていく。男はしゃがみこみ、犬の頭を掴んだ。
「・・・失敗か」
そう呟くと犬を持ち上げ、レアに投げた。
「・・・ッ!?」
既に息絶えていた犬の残骸は、少年の胸に当たった。力なく歩いていたレアは、その
反動でいとも簡単に倒れた。
「情けないな」
男は言う。今の衝撃で我に返り、犬を見て驚いた。そしてまた吐き気が少年を襲ったが、出るのは胃液のみだった。
「こ、これをどうすれば?」
かろうじて喋ることのできた少年は、一番聞かなければならない質問をした。
「持って来い。俺はそれを持つのが面倒だ」
汚い犬を持つのには嫌気がさしたが、自分の命を握られている以上逆らえなかった。

手のひらにどろどろの液体が絡みつく感触。痩せ犬なのにずっしりと重い。
今までの人生で何度も言われた言葉が少年の脳裏によぎった。
気持ち悪い。
「血を拭いておけ」
男はそう言うと、どこから出したのか知らないが、タオルをレアに投げ渡した。
「・・・・・・」
レアはそれを受け取り、自分の後頭部を拭き始めた。
「お前じゃない。犬だ」
タオルを渡された意味を知り、少年は犬の身体を拭き始めた。
「緑の血は普通でないのでな。人目につくことはつくが、死体を持ち歩いてるだけに見られる」

「・・・かわいそう・・・あんなに大事そうに持ち歩いて」
「そうそう・・・不憫ねぇ・・・」
確かに男の策略に近所のおばさん方には効果があったようだ。
しかし、少年はそれらの声を完全に無視し、先ほどのことを真剣に考えていた。
”人から逃避し世界を恐れ、自己の解放を望むか!”
”そんな息子はいらぬ!・・・この手を朱に染めて見せよう!”
死神のような男の言葉。
その中の前半部分の意味は理解できる。ただ、後半部分が気になる。
息子。
そんなはずがない。父は死んだはずだ。もうどこにもいない。
そこまで考えて、少年は開き直った。死を間近にして夢を見たのだろう、と。
男はレアの数メートル前を行き、その歩みは速い。少年もそれにつられて早く歩かなければならない。
男の背中を見て改めて少年は思う。
自分はこれからどうなるのだろうか、と。

「ライフメーカーというものは、様々な機能を備えている。
一つ、お前の通信機にライフメーカーを経由して電波を送ることができる。これは逆探知を防ぐためだ。
二つ、それがあれば我々の組織の支部のセキュリティゲートを自由に行き来できる。
三つ、これが一番重要だ。こちらからある種の信号を送れば、強制的に心臓を停止させることができる。要するに口封じだ」
サングラスの男はそう言いながら、懐から円盤のような形をした機械を取り出した。
それはとても小さく、簡単に人を殺せることを信じられない。
ここは車の中で、窓は全て黒いカーテンで覆われている。
なぜか車内には医療道具のようなものが多く置いてあった。
「今から俺が手術をし、ライフメーカーを埋め込む」
「!?」
レアは驚いた。
「安心しろ。心臓の横にこれを詰めるだけだ。眠っているうちに終わる」
男はそう言ってハンカチを少年の口に押し当てた。強化睡眠薬が塗りこまれているのか、レアは眠りに落ちた。


「起きろ!」
目を開けると、見慣れた教師の顔がこちらを睨んでいた。
レアははっとなり、自分のいる状況を確かめようとした。
「まったく、いつまで寝ている?今はレイヤードの歴史の授業中だぞ?・・・立て」
レアはゆっくりと立ち上がった。
辺りを見回すとクスクスと笑っている顔や、授業を妨害されていらいらしている顔が見える。
「やる気があるのか?ないなら帰ってもいいんだぞ」
「あります・・・」
少年はとりあえず答えた。
「ふん・・・」
教師はたるんどるなどと言いながら教壇に戻って行った。
レアはぼうっとしていた。
なぜここにいる?
僕はさっきまで何をしていたんだったか?
少年は自問すると、何かを思い出したように自分の胸を押さえた。
「そうだ・・・手術・・・」
ボタンをはずして自分の胸を見ると、何もなかった。
「変だな・・・夢だったのか?」
サングラスの男、緑色の血、後頭部の傷、ライフメーカー、死神。
「夢だよ。夢だったんだよ。授業中に見た夢さ」
少年は自分に言い聞かせ、心の平静を保とうとした。
「やる気があるだって?」
ふと視線を上げると、怒りに満ちたふけ顔があった。
どうやら独り言が聞こえていたようだ。
「もういい。出て行け」
少年は襟首を掴まれ、ドアの方に身体を向けられると背中をどんと押された。レアはよろけ、そのまま廊下に出て行った。
「授業が終わったら教官室に来い。話がある」
教師は少年を一瞥した後、授業を再開した。
「でー、あのとき管理者を破壊したレイヴンは・・・」
マイクは発表の途中だったのか、黒板になにやら文字を書きながら喋り始めた。
レアは一息つき、今日も帰りが遅くなるな、と考えていた。
そのときだった。通信機が振動し、着信を告げた。
「誰だ?僕になんか・・・」
マナーモードになっていた通信機を取り出し、ボタンを押して耳に押し付けた。
「はい、もしもし・・・」
少年は背中を丸め、壊れそうな柱の陰に隠れて小声で話した。
「もしもし?」
応答がないので少年は再び問いかける。
いたずらか、と切ろうとしたそのとき、返事があった。
「・・・どうやらライフメーカーはちゃんと機能しているようだな」
レアの背筋から冷や汗が吹き出た。




下記は感想です。

まぁこの辺まではワンパターンな展開かと。伏線に次ぐ伏線・・・ウザいですねぇ〜
(だったらするな)。
先が気になるところで終わらすのは連載の定番かと。
前連載作はキリのいいところで終わってばっかでしたからね。
何度も言いますが今回は多分(予測)相当長くなります。
ストーリーの大まかな流れさえおぼろげで・・・ラストはもう決まってますが。

がんばるので次回も読んでください。
でも最近気づいたんだけど、自分の作品ってなんかラストが似てるような・・・暗いとことか(今作も含む)。

次回予告
突然の呼び出し、現実との感触。何もわからぬまま、少年は組織に入る。
本当の世界を知り、困惑と恐怖の中で、初指令が少年に下った。
レアは己の無力さをさらけ出すことになるのか。
決戦は、アラソガル山近郊。次回『幻惑、止まらずに』。
作者:Mailトンさん