サイドストーリー

晴れた日の休日とキースと豆腐
─AM8:00
とあるマンションの一室。
部屋の中には窓から差し込んだやわらかい朝日の光が、満ち溢れていた。
テーブルの上にはPCがあり、テーブルの横にはそれなりの値段のソファー。
壁には何もなく、その無機質な白が朝日に照らされている。
人の住んでいる感じはするが、一言で表すならば質素、または何も無いといえる。
─いや、唯一“ある”といえるものは植物だった。
色々な種類の草木、紫や赤の花、それらがこの部屋で唯一有機質と言えるものだった。

その時、ベットの上の布団がゴソゴソと動き、男がむくりと起き上がった。
20代前半程で整った顔立ち、細身だが鍛えられた体。
男の名はキース、ACに乗り依頼を請ける傭兵『レイヴン』だ。
キースは右手に握った拳銃を布団の上に置き、
その頭──少し長めで染めたような茶色──をぶっきらぼうに掻き、ブンブンと左右に振った。
キースは毎朝8時に起きる。彼の部屋には目覚し時計というものが無い。
一応ステレオにアラーム機能があるのだが彼は使い方が分からないし何より、
朝決まった時間に目が覚める彼には必要なかった。
前に何度か、自分は目覚まし時計が鳴ると銃で撃ってしまうのでそれは羨ましい、
何故そんなことが出来るのか?と他のレイヴンに聞かれたことがある、理由は簡単だ。
昔の習慣が抜けていないのだ、それに気付くたびにキースは少し遠い目をする。
それは普段気分屋で楽天的な彼が見せる数少ない“影の顔”だった。

窓の前に立ち朝日を吸収するように伸びをするとキースはシャワーを浴びた。
その後彼は湯を沸かし、冷蔵庫を覗く。
「・・・ああっ!豆腐がねぇ!!しまった・・・。」
彼は数秒豆腐の無い冷蔵庫の中を見つめ、閉めた。
沸かしたお湯でコーヒーをいれ、クロワッサンを食べる。
クロワッサンは彼の二番目に好きな食べ物だ。
朝食のあとキースはPCを起動した。
【未読メール2件。】
「お?どれどれ・・・。」
【From グローバルコーテックス整備室

機体の修理及び弾薬の補充を完了しました。
機体修理費
3500c
弾薬費
2100c

上記の金額を今回の成功報酬から差し引きました。超過分はありません。
以上。グローバルコーテックス整備室 】

【From マックスター

よう、昨日は世話になったな。
助かったぜ、本当に感謝してる。
しかし俺をかばいながらあれだけの数を撃破するとは・・・。
大きな借りを作っちまったな。
一緒に輸送機に乗せてくれたお前のダチにもよろしく言っといてくれ。

実は昨日考えたんだが俺もグローバルコーテックスに登録することにした。
色々と便利だし、任務でお前達に借りを返すこともできる。
何より俺は、お前とアリーナで戦いたいからな。
登録が完了したらまた連絡する。
俺を僚機に付けたかったらいつでも言ってくれ。
じゃあな、   】
「・・・マジかよ。」
キースはPCの画面に映し出された数字を見て呟く。
2100c。
「やっぱケチっとくんだった、豆腐が二千丁くらい買えるじゃねぇか・・・。」
豆腐は彼の好物だ。
どれくらい好きかというと毎日一回は食べ、冷蔵庫には常に置いてある。
さらに金勘定の時は豆腐何丁分かで計算するのだ。
故に彼の頭の中には既にマックから来たメールのことなどこれっぽっちも残っていなかった。
「まあいっか、金は入ったし。今日は天気がいいから昼メシはどっか外で食って、その後豆腐を買いに行くか。」
突然、彼はフッと笑った。
(『今日は天気がいい』か、レイヤードに居た頃から当たり前のように使ってたが・・・
あの頃は本当の『天気がいい』なんて知らなかったんだな。
あの頃・・・か、アイツにもこの空を、本当の『天気がいい』ってのを、
偉大なる朝日を、遥かなる青空を、美麗なる満月を、見渡す限りの星空を見せてやりたかった。)
「・・・今日は朝からなんかおっかしいな。」
髪を掻きながらそう呟いたあとキースはPCを操作して何かを調べたり、何処かにメールを送ったりした。

―AM10:00
「ふぁ〜ぁ、そろそろ出かけっかな。」
大きく背伸びをしながらキースはあくびをした。
今まで着ていた服を脱ぎ、ベットに投げる。
かわりに白い長袖を着て、その上に黒い半袖を着た。
下もGパンに替え、ウエストポーチを後ろ向きに着ける。
ポーチの中に3本あるスペアマガジンを全て出し、弾が入っているか確認し、ポーチに戻す。
最後にベットに置いたままの愛銃を取り、マガジンの弾数を確認し、セーフティーをかけてポーチに入れた。
「よし、行こう。」
キースは部屋を出た。
彼の部屋はマンションの地上5階にある、エレベーターを使い下まで降りる。
このマンションにはキースを含めて4人ほどのレイヴンが住んでいる、それを知っているのは彼等だけだ。
エレベーターホールにはマンションの住人のおばさんたちが居て、何やらペットの犬の自慢話をしている。
なんら変わりの無い、いつもと同じ“日常”だった。
ロック付きの自動ドアを開け、外にでると階段を下りたところにバイクに乗り今まさに走り出そうとしている男が居た。
「いよぉ、これから任務かい?」
キースが声をかけた。
だが、その男はキースを睨むとすぐに走り去ってしまった。
「おーい!がんばれよ!!・・・やれやれ、相変わらず付き合い悪いなぁ。」
キースは走り去る男を見ながら言った。
その男はここの住人のレイヴン、無口で有名だ。
キースは最初、嫌われていると思っていたが、住人の話では誰にでもああらしい。
キースは一度アリーナで彼の戦いぶりを見ていて、その実力を知っている。
故にキースはちょくちょく彼に声をかけるのだが、未だに
「ああ。」と「ふん。」しか聞いたことが無い。
「今度僚機依頼でもしてみよっかなぁ。」
ぬけるような青空を見上げ、キースは男とは反対方向に歩き出した。

10分ほど、人気の無い道を歩き広い道に出ると、そこは歩行者天国だった。
同じ方向に流れてゆく雑踏、ビルに張られたACほどの大きさのアイドルのポスター、誰も気にしない巨大テレビのニュース。
それらを見てキースはまた、もの悲しげな遠い目をした。
人々は幸せそうに流れてゆく、見上げればそこには戦争やテロ、殺人などの暗いニュースが映し出されているのに。
ブラウン管の中で人は過ちを繰り返す、幸せそうに流れてゆく人々はそれを実感できないのだ。
自分の見に起こると「何故自分ばかり。」と呟くのに、ブラウン管を通すと途端に実感できなくなる。
まるで、異世界のものを見ているようになるのだ。
「・・・チッ、今日はドーモ駄目だな、朝起きたときに思い出しちまったしな。」
キースは一人呟く、その言葉は雑踏にかき消されていった。

その後、キースは町をうろついた。
服を見たり、本を見たりした。
少し腹が減ったので、時々いくオープンカフェに行き、昼食を取ることにした。
「え〜と・・・じゃあ、『ヒゲ店長の気まぐれメニュー』とコーヒーを。」
「かしこまりました。」
特に食べたいものが無かったため、キースはチャレンジ的メニューを頼んだ。

―数分後
キースの目の前に明らかに目立つ料理が置かれた。
山盛りのソースで和えた麺の左右から甲殻類のハサミが飛び出し、
そのハサミがしっかりと掴んでいるフライドチキンには、蜂蜜がたっぷりかけられていた。
「・・・いくらなんでも気まぐれすぎだろ・・・。」
キースは呆れながら言った。
周りの客のさり気ない視線を嫌というほど感じた。
しかし、食べてみると麺は風味のある美味しさで、中からでてきたハサミの持ち主のものであろう身が麺と合いとても美味しかった。
だが、蜂蜜のチキンがその全てをぶち壊していた。
キースは3杯のコーヒーの力を借りて、そのチキンに勝った。
いつのまにか身を乗り出して見ていた客から、拍手が上がった。
店長は満足気な顔をして、4割ほど安くしてくれた。
(今度、無口を誘ってみよっと。)
キースの頭にもう任務を終えて帰還してるであろう先ほどの男が浮かんだ。
キースは店を出て、また色々と見て回った。
映画を見ようかとも考えたが、止めた。
そして、偶々居たストリートミュージシャンの歌を小一時間ほど聴いた。
その後デパートに行き、豆腐と夕飯の材料、切れかかっているものを買って家路に着いた。

キースは袋いっぱいの食材を右手に抱え、歩いていた。
「・・・なぁ、なんか用かい?朝からずっと着いてきてるだろ?」
キースは突然人気の無い路地裏で止まり、振り向かずに言った。
キースから10m程離れたところに3人の男がいた。
スーツを着ていて、その左脇あたりが少し不自然に膨らんでいる。
「bP458キース。」
キースの目が少し細くなった。
「『コロシアム』に戻れ、我々は貴様を迎えに来た。」
「あ〜あいにくオレはレイヴンでね、お前らのお遊びに付き合ってる暇ねぇの。OK?」
後ろを振り返らずキースは言う。
「・・・そうか、では仕方ない。」
真ん中の男が言うのと同時に3人がスーツのしたから拳銃を取り出す。
それより少し前にキースは右足を捻り、身体を反転させながらポーチに右手を入れる。
そのまま左足を曲げ、右足を前方に伸ばしてしゃがみ、撃った。
それは、まったく無駄の無い滑らかな動きだった。
キースの身体には長年の修行と、経験によって銃の使い方が染み付いていて、考えるより先に動くのだ。
3発の銃声と、1発分にも聞こえる2発の銃声が路地裏に響いた。
3発の弾丸はキースの頭上を通過した。
キースの右手の銃から硝煙が上がり、空薬莢が二つ地面で跳ね、つられたように二人の男
―いや、男であったものが崩れ落ちた。
二人の男であったものの目から上は既に無く、そこからどす黒い血と頭の破片が流れ出た。
死体に両側を挟まれた男とキースが、同時に驚く。
「な・・・!?バッ!・・・え?」
「な・・・!?と、豆腐が!!」
男は、何故に両サイドの仲間が倒れているのか分からなかった。
キースは、何故に豆腐の入った袋が地面に落ちているのか分からなかった。
男は、キースの射撃が早すぎて二人の男が撃たれたのが見えなかったのだ。
キースは、無意識に体が動いたので袋を離して銃を撃ったのが見えなかったのだ。
全てを理解した男の心を恐怖が支配した。
全てを理解したキースの心を怒りが支配した。
「・・・てめぇらが銃向けてくるから豆腐落としちまったじゃねぇか!!」
キースの足が男に向く。
「く、来るな!来るんじゃねぇ!!う、うわぁああ!!」
男はキースに銃口を向け、撃った。
キースも同時に撃ち、二人のほぼ中央で金属音が響いて弾はあさっての方向にいった。
「な!?弾を?あっ、ありえねぇ!」
「ありうるんだよ、オレの射撃力ならね。」
また一歩キースは前に出る。
二人の腕が同時に動く、
パァン!
銃声は1発分しか響かなかった。
男の右手から銃が飛んだ。
男の顔が激痛に歪んだ。
「ひっ!!」
なおも近づいてくるキースに恐怖し、男は激痛に耐えて急いで銃を握る。
「しっ死ねぇえええ!!」
男はキースに銃を向け、何度も撃った。
・・・が、弾は出なかった。
「右手、見たらどうだ?」
「何!?なっ!お、オレの右手がぁぁああ!!」
男の右手の人差し指と中指が無かった。
男の足元には、紫色をしたソーセージのような血まみれの物体が二本落ちていた。
「あっあっあおぉぉあえあえぁあ!!」
野獣のような叫び声を上げる男の額に銃口が突きつけられる。
「きっきき、貴様ァ!」
「おれが『コロシアム』で何て呼ばれていたか教えてやろうか?『レジェンドガンナー・キース』精密射撃はオレの十八番だ。」
不敵な笑みを浮かべキースは続ける。
「『コロシアム』が関係してるってぇと、てめぇはマフィアのモンだな。どこの奴だ?」
「・・・へっ、言うと思うか?殺せよ。」
男が言うとキースの目に光が宿った。
「いえねぇってことは組織が秘密主義者って事か、じゃああんたはどうなるのかな?」
キースの笑みが増す。
「オレを連れ戻すことに失敗し、右手まで使い物にならなくなった。てめぇは組織に戻れない。」
そういうとキースは男の周りに落ちている3丁の銃を拾い、買い物袋を取りに歩き出した。
「な!?おい!てめぇまさか!!」
「そう、てめぇをわざわざ殺すことも無い。・・・誰にも必要とされない恐怖を『真の孤独』を味わいな。」
キースは右手が使い物にならなくなった男と、2体の死体を残し、その場を去った。

―PM7:00
キースは夕飯を食べていた。
今日の夕飯は豆腐のあんかけ。
3日間冷奴だった豆腐がメインに踊り出た。
彼はそれをじっくりと堪能し、名残惜しそうに最後の一切れを食べた。
食器を片付け、PCを起動した。
「お!依頼だ。明朝9時に作戦会議か。」
そしてキースの一日が終わった。



あとがき。
前は制作秘話って書きましたが
実際秘話ってものでもない!!
と、いうことで無難に「あとがき」にしてみました。
えっと前回言ったとおりキースの日常を書いてみました。
キースの豆腐好きは僕に似たようです。(笑)
しかし難しいですね人を動かすのは、前回よりも駄文になってしまった。
日常の話だったのでギャグとか入れて面白くしようとしてたのですが・・・
米イラク戦争に影響された作者のせいで暗いっぽい話に・・・。
まあキースの過去についてちょろちょろっと出せたのでオールOKかなと思います。(いいのかよ!
それでは、最後まで読んでいただき有難うございました。よしなに。
3/22 hiroki
作者:hirokiさん