邂逅
「ですから、お一人でエキストラアリーナに出場することはできません!」
「心配することはありません。神に見守られていますから」
見知らぬ男と受付が会話をしている。
その男というのは宗教家のようだ。黒いスーツを着こなし、金色の十字架のついたネックレスをかけている。
「そのようなことをいわれても・・・」
受付は困惑している。
「神を、信じるのです」
男はかなりの美男子だ。そのせいで受付の女は少し赤面している。
俺は、その光景を少し離れた駐車場でコーヒーを飲みながら聞いていた。
はたから見れば盗み聞きに近いだろう。
そんな俺の名は、『レイス』。レイヴンだ。
愛機は『ミストルテイン』、と呼んでいる。
「とにかく、お引き取り下さい!」
受付は必死だ。
ずっとこの調子だ。いつになったら終わるのか。
それを立ち聞きしている俺も俺だが。
「・・・そうですか」
男の笑顔が消えた。
「では・・・」
眼光に狂気の色が顕現する。
「え?」
男の右腕が女の首を掴んだ。
驚愕した俺はコーヒーのカップを投げ捨て、男のもとへと走った。
だが、もう遅い。
男は左手で拳を握り、裏拳を女の顔に叩きつけた。
鼻血が出た、などというものではない。
首が吹き飛んだ。もはや原形をとどめてはいない。
眼球が床に落ち、脳漿がばらまかれ、返り血が男の顔を赤色に染め上げた。
男が右手を離すと、首のない女の体は支えを失い、力無く倒れた。
「神に、召されるのです」
俺は、動くことができなかった。
嘘だ。
何だ、こいつは?
何だ、このパワーは?
こいつは・・・全てが狂っている。
「どなたです?」
俺に問いかけた。
振り向いたその顔は、笑顔だ。
血まみれの。
「レイスだ・・・いや、そんなことはどうでもいい」
俺は心情を悟られまいと、死にものぐるいだった。
「そうですか・・・とりあえず、邪魔しないでください」
体が、震える。
だが・・・
「そうはいかないな。今お前を逃がしたら、取り返しがつかなくなる。お前こそ、何者だ?」
「・・・神の使者、『コルト・エンブリオ』と申します」
「コルト・・・か。わかった。・・・自首するつもりはないんだな?」
念のために聞いてみた。
「自首するほどなら、こんなことはしませんよ?」
当然のようにいう。
交渉は、決裂した。
「だったら力ずくだ!」
俺は格闘技に疎いわけではない。
こんな奴にでも、負けない自信はあった。
震えは、止まった。
「自信過剰とはあなたのことをいうのですね。Mr.レイス」
余裕で立っている。
「気安く人の名前呼んでんじゃ・・・」
拳を握る。
そして、コルトに向かって疾走する。
コルトは少し力を抜いた。
コルトの間合いに、入った。
「ねぇ!」
正拳をコルトの顔面めがけて放つ。
だが、あるはずの頭部がそこにはなかった。
背後から声がした。
「神に、召されなさい」
背中に掌底を打たれ、俺の体は前方によろめく。
肺の辺りに激痛が走る。
「かはっ!」
口から赤い液体が飛び散り、俺は前のめりに倒れる。
そこに、コルトの追撃。
立ち上がろうとした俺の背中に、踵が打ち込まれる。
再び床に伏せ、再び血を吐く。
そのままぐりぐりと背中を靴底で圧迫され、コルトはいった。
「・・・常人なら、先程の一撃で天の迎えが来てくれるのですが・・・Mr.レイス。あなたの体は頑丈ですね。」
訂正だ・・・俺は敗北する。
いや、死・・・
「しばらく、眠ってなさい」
突然の宣告に、歯を食いしばる。
鈍い音がした。
想像を絶するほどの力で脇腹を蹴られたのだ。
衝撃で体が数十p浮かび、肋骨を数本折られた。
それが、内臓に突き刺さる。
そして、吐血。
「あぐっ・・・あぁあ!!」
唾液と共に鮮血をまき散らしながら、俺は身をよじって激痛に苦しむ。あがく。
もはや意識は遠い。
悶絶している俺に、コルトが含み笑いと共に言った。
「おやおや・・・少し力が入りすぎました」
そして、去っていった。
死ぬのか?・・・俺は。
こんな最後は・・・嫌だ。
目の前に、真っ白な天井があった。
静かだ。
ここは・・・どこだ?
周囲に気を配ると、個室であることがわかる。
俺はベッドに寝ていたようだ。
それに気がつくと、俺は上半身を起こしてみた。
「うぁっ・・・!」
思わず、呻いた。
肺の辺りが、痛い。
そうだ・・・生きてんだな、俺。
安堵する。
死んだと思っていたからだ。
・・・何故?
返り血を浴びた男の顔が思い浮かぶ。
女の首がない。
『神に、召されるのです』
・・・俺は、先程のことを思い出した。
そうだ、あいつは?
コルトは?
アリーナはどうなったんだ?
ガチャリ、と音がした。俺は瞬間的に身構えていた。
「なんじゃ、起きとんのか」
おどけた男の声だ。口調は、爺だが。
少し、安心した。
「あんた誰だ」
男は少し憤慨した表情になったが、がっくりと肩を落とし、もとの表情に戻った。
「知らんのも当然か。わしゃあんたの主治医じゃ。大手術じゃったんじゃが・・・だいぶよくなっとるようじゃの」
「今日は何月何日だ?」
そう、俺はどれほど眠っていたのかが知りたい。
「四月の二十一日じゃよ」
四月の二十一日・・・俺が殺されかけたのが、四月十四日。
「い、一週間も寝てたのか?!俺は?!」
「そ、そうじゃから大声だすんじゃないぞい。手術も含め、その重傷じゃ当然じゃ」
「この一週間アリーナで変なことは起きなかったか?」
もう手遅れだ。起こっていたとしたら。
「この一週間じゃと?・・・う〜む、そういえば頭のおかしいやつがエキストラアリーナでたったの一人で出場した、とゆう話じゃ」
「・・・それだけか?」
「いんや・・・惨殺したんじゃ。相手はとうに降参しとるのに、構わず殺したんじゃ。
一応事故死ということになったんじゃが、殺された奴らの仲間が許すはずもなかろうて。
今さっき、ACの勝負を申し込んだらしい」
惨殺した・・・あいつなら、当然だ。
「どこで?アリーナでランカーが惨殺されたのはいつのことだ?」
犠牲者が出るのは、これからだ。
「アヴァロンヒルじゃ。んで、殺されたのはあんたがここに運ばれてきた日じゃ」
アヴァロンヒル・・・俺が運ばれた?
「だれが俺をここに?」
「あんたが死にそうなとき、一部始終を見とったアリーナ掃除係じゃ。急いで救援を呼んだそうじゃが、間に合わんかったらしいのう。
・・・そうじゃ、首のない女の死体があったそうじゃが、あれはなんじゃ?!大騒ぎになっとるぞ!」
「・・・知らないな」
嘘をついた。
あんなのがこの世に存在すると知られたら、民間人は恐れおののくだろう。
だから俺は、奴を葬らなければならない。
「俺も行く!行かせてくれ!奴を倒す!」
「ボケェ!あんた自分の傷治ったと思うとるんか!?全治一ヶ月じゃ!」
突然医師が大声を張り上げた。
「なら・・・鎮痛剤をくれ!」
「痛くて動けんくせに何いっとるんじゃ?!」
確かにそうだが・・・なんとしても行きたい。
「だから鎮痛剤をくれっていってんだ!」
「じゃけぇ無理っていいよろぉが!」
「いいから、AC戦は機械を操作するだけだ!実際に殴り合うわけじゃないんだ!」
口論は続く。
「・・・・・・」
医師が背を向けた。
「患者を頼まれた以上、全快まで治すのがわしらの義務じゃ。レイヴンだって一度受けた依頼は遂行するのが義務じゃろう?」
・・・その通りだ。
これでは、言い返せない。
「・・・くそっ!」
俺は枕を掴み、床に叩きつけた。
「・・・諦めろ」
医師は、ドアへ歩み寄った。
ガチャ、カチャリと音がし、扉が閉まると共に鍵が掛けられた。
「・・・・・・」
そして、静寂が訪れる。
為す術は、なくなった。
真っ暗だ。
俺は夜中に目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。
ベッドのそばの窓から街灯の光が差し込む。
・・・窓?
ここは何階だ?もしかしたら飛び降りることができるかもしれない。
窓を開け、下を覗いてみた。
ここは二階だった。だが、ちょうど階下の渡り廊下が前方の建物に続いている。どうやら意外に規模の大きな病院のようだ。
降りられる・・・か?この体で。
だが、それしか道はない。
俺はベッドから這い出し、窓枠に足をかけた。
ケガというリスクを抱えて壁をつたいながら降りるのは、至難の業だった。
『義務じゃろう?』
名前も知らないあの医師のことを考えていた。
そうだ、義務だ。
あんたが俺を治すのも、な。
だが、俺にだって意地がある。
お互い引けない場合はどうするのか?
『闘う』のさ。闘いもしないで納得できるのなら、アリーナなんてものは存在しない。
俺が、逃げるか。
あんたが、俺を捕まえるか。
なるべく音をたてないように太めの木の枝を折る。堅さを確かめ、適当な形に削った。
歩くときに内臓に負担をかけないよう、杖を作ることにした。
俺は一歩一歩を慎重に、ガレージへと向かう。
特に何の障害もなく、ACに搭乗し、アヴァロンヒルにたどり着くことができた。
・・・狂気の宴とは、まさにこのことだろう。
五体のACが、全てバラバラにされ、散乱していた。
こいつらが、コルトに戦いを挑んだ奴らか。
コルトは・・・?
・・・いた。
アヴァロンヒルの中央に、コルトのACは存在していた。
その足下を見て、俺は愕然としていた。
五人の、いや五人分の肉片が大地にこびりついている。
内臓をぶちまけ、頭蓋を粉砕され、体液が四散していた。
そして、それらは引きずられていた。
おそらく、踏みつぶした後にそのまま足を前後に動かし、引き肉にされたのだ。
命も、体も、存在さえも蹂躙したのだ。
惨いことを。
コルトのACだとすぐわかったのは、限られたレイヴンにしか渡されないミラージュのレアパーツを装備していたからだ。
それらについては、ガレージの係員から情報を集めた。
機体名『アダム』。
その右腕には究極兵器KARASAWA。
パーツだけでも相当強い。
パイロットがあれなら、そらに強さが上乗せされる。
「頼むぜ、ミストルテイン」
パーツだけの判断なら、こいつもそれなりに強い。
右手のMG/1000。
右肩にデュアルミサイル。
そして、最高級ブレード『月光』。
準備は、万全だ。
「・・・ふむ。あなたはMr.レイス。生きていたのですか」
死ぬわけにはいかない。
「やはりあなたは強い。楽しませていただきますよ。」
KARASAWAを、構えた。
俺も、MG/1000を構える。
「楽しむ暇は与えないつもりだが?・・・人生最後の快楽を味わって死んでな!」
ブーストダッシュで急接近を試みる。
この距離なら、KARASAWAでも避けられる。
しかし、それは誤算だった。
目の前が眩い光に包まれる。
ミストルテインを、衝撃が襲った。
それに耐えきることができなかった右腕が折れ、MG/1000と共に使い物にならなくなった。
俺には何が起こったのかわからなかった。
だが、それは目前に現れたアダムの姿によって理解することができた。
これが、KARASAWAだ。
「神に、召されなさい」
アダムが左腕のブレードを振り上げた。
「そのセリフは聞き飽きたな」
ミストルテインの月光が、アダムの左腕を薙ぎ払うと同時に両断する。その一瞬の隙に、バックブースタで一気に後退した。
「・・・?KARASAWAが中距離戦を得意としているのを知らないのですか?」
コルトは、気づいていない。
ミストルテインが後退する瞬間に、ECMロケットを発射し、それがアダムに直撃したことに。
「・・・所詮、その程度の腕前でしたか。・・・失望しましたよ。」
KARASAWAを再び構えた。
「なにっ!?ロックができな・・・!」
今頃気づいても遅い。
ミストルテインはアダムの側面に回り込んだ。
「てめぇが神様に召されてろ!」
月光を、突き出す。
貫いたのは、虚空。
そこには何もなかった。あのときと、同じく。
だが今回は、レーダーがある。
・・・背後にはいない。
青い、光点があった。真上に。
再び閃光がほとばしり、足下が爆砕した。
砂埃が吹き上がる。
「・・・はずしましたか」
視界が遮られる中、俺は奴を発見することができた。
上空だ。
「どこから撃ってもあたらないんだよ!」
アダムを捕捉し、デュアルミサイルを発射した。
「ミサイルですか・・・」
空中での回避行動が困難なことは知っている。
だが、アダムは流れるような動きでミサイルをやり過ごし、OBを起動させた。
「無駄です」
アダムのOBが発動し、瞬きをする暇もなく迫ってきた。
ミサイルを避けることは予測済みだった。
月光を構える。
アダムはKARASAWAの銃口をミストルテインの頭部に向けた。
俺も、ブーストダッシュで前進する。
真っ向勝負を挑む。
アダムとの距離は、数メートル。
「ここからなら当たるのでは?」
KARASAWANの銃口が輝く。
・・・が、凶弾が発射されることはなかった。
月光が、銃身を叩き斬っていた。
「KARASAWAをやられましたか」
臆することなく、アダムは肩のトリプルロケットを構える。
あれなら、ロック不能も何も関係ない。
だが、それを当てるだけの技量は、コルトにはある。
俺はブーストで後退する。
アダムが、ロケットを撃つ。
これが当たれば、さらなる連続攻撃が来るのだろう。
ミストルテインは、急遽移動方向を変更した。
右斜め前方に、進む。
間一髪でロケットを避けることができた。
そのままデュアルミサイルでアダムをロックした。
だが、そのことに気づかれないように、月光を構える。
アダムとの距離は、数十メートル。
「この距離でブレードを使って勝てると思ってるのですか?・・・甘いですね」
再びアダムがロケットを構える。
俺の機体は月光を振り上げる。
そして、渾身の力で地面に叩きつけた。
「何の真似ですか?」
砂埃をまき上げるつもりさ。見てわからないか?
戦略通り、砂埃が吹き上がり、先程よりも視界が悪くなる。
「これでもくらいな!」
そこに、ミストルテインのデュアルミサイルが発射された。
「そういうことか・・・!」
コルトの口調が少し乱れる。
砂煙の中から突然現れた二発のミサイルに、コルトに避けることは不可能だった。
一発はトリプルロケットに、もう一発はブースタに直撃し、破壊した。
「くっ・・・」
アダムには、もう武器がなくなった。
俺にはまだ月光がある。
俺は告げる。
「終わりだ。お前の負けだ」
「・・・・・・」
応答はない。
勝利を、得た。
思い出したように、内臓が痛む。
あのあと何とか病院に帰還し、医師にこっぴどく叱られた。
戦いの後のコルトは、コクピットでぐったりとしていた。
だから俺は、腹を殴って気絶させ、病院に運んだ。
精神病院に。
だが、キサラギの経営する病院がコルトを強制的に引き取ったらしい。
なぜなら、コルトにはキサラギの発明した『強化人間チップ』と呼ばれるものを頭に埋め込まれていたからだ。
それが何なのかは知らないが、大変危険なものだというのは確かだ。
しかし、コルトの頭部にあったチップは、不良品だったらしく、
人間的にいうと『狂い』、機械的にいうと『エラーを起こした』のだ、と聞いた。
目の前に医師がいる。
「全く無茶をしおって・・・事件が解決したのは良いことじゃが、自分が死にかけてどうするんじゃ!
・・・ん?聞いとるのか?おい!」
「ああ・・・」
曖昧に、答えた。
「つまりじゃ。いまからコルトからそのチップを取り出すそうじゃ。
おそらくチップを埋め込まれていたときのことは忘れるじゃろう。いや、それ以前のこともじゃ」
それはそれであいつにとっては幸福なのかもしれない。
「さらに、整形手術もする。声も変え、指紋も変える。もちろん、理由はわかるな?
キサラギはこの事件を強引にもみ消す気じゃ。裏工作はすべてあちらさんがやってくれる」
整形するのか・・・美形なのに。
疲れと激痛のため、俺はどうでもいい事ばかり考えていた。
「眠いのか?」
医師が聞いてくる。
そう問わずにはいられない表情をしていたのだろう。
ああ・・・ねむ・・・い。
「すいませーん・・・レイスさんいらっしゃいますか?」
まったく聞き覚えのない声が、俺の名を呼んでいる。
宅配便か何かだろうか。
あの事件から、三ヶ月たった。俺の体はもう完治している。
「俺がレイスだけど、何か用?」
とりあえず、顔を見せる。
目があった。
男は少し躊躇って、
「いや、今病院を退院してきたんですけど、退院したらここに行けといわれたもので・・・」
俺はこいつが誰かを考えた。
「もしかして、キサラギの経営する病院?」
「はぁ、そうです」
見知らぬ男は、だいぶ戸惑っている。
ああ、こいつはもしかして・・・。
「名前は?」
一応、聞いてみた。
「すいません、記憶喪失なんです。だから精神病院に入院してたんですけど、もう諦めろって」
お前の記憶は『消えた』、のではなく『消された』のだが。
・・・その前に、何故俺のところに送られてきたんだ?
まぁ、別に恨みがあるわけでもないが。
断る理由はないが、受け入れる理由はある。
「いいよ、話は聞いてる。入れよ」
話し相手が欲しかったから、嘘をついた。
「あ、ありがとうございます」
突然のこの展開に驚きを隠せないようだ。
それはそうだろう。
見知らぬ男に歓迎されたのだから。
「『新しい』名前が必要だな・・・どんなのがいい?」
昔の名前は、使えない。
「そうですね・・・病院では、」
「病院では?」
「『ランディ』、と呼ばれてました」
作者:Mailトンさん
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