サイドストーリー

輪舞
「レイヴン」。

  機体性能差をものともせず立ち向かってくるあの存在――――何者にも縛られない存在。
奴らは、俺達の予想もつかないような戦いを挑んでくることがある。
効率化・統一化された戦闘訓練を受けた俺達から見れば、全く持って無謀な戦い振りを見せるものばかりだ。
しかし、それが時に恐ろしく危険な存在となる。

  帝都でのこれまでの戦闘で暖められた俺の心の中で、
「レイヴン」だった頃の「俺」が、目を覚ます。

"相手の戦力を読み違える事は、即刻死に繋がる。
無謀な戦闘行為が奇跡に通じる事など分厘程も無く、
かえって相手を勢いづかせる結果となる。"
―――レイヤード地上奪回軍戦術指導要項・第373項より

  俺は、接近する2機のACを、メインモニタから確認できる情報のみで分析した。
地上から迫るAC・・・フロートを装備した広域戦闘型。肩にマウントされたチェインガンを確認。
その火力は侮りがたく、警戒を要す・・・もう一機、高度200を維持したまま接近するAC・・・高出力ブースター装備の空中戦闘型。
レーザーライフル二基装備。おそらく、フロート型ACとの連携をとってくるものであると推測する――――。

  俺は、まんまと地上を滑ってくるフロート野郎に狙いを定めた。罠である事など、分かっている。
急接近、奴の予想射程距離内に入ると同時に、左舷に急制動をかける。
予想通り、機体の右側を、チェインガンから放たれた死の飛沫が列をなして通り過ぎた。そのまま2機のACと、高速ですれ違う。
 空中の奴は、まだ攻撃を仕掛けてこない所を見ると、どうやら俺がフロート野郎に没頭するのを待っているらしい。
そこを狙い撃ちというわけか。
 俺は、外部からの攻撃アラートをOFFにした。
近距離戦では回避行動はアラートの後では間に合わず、かえって気を散らせる原因ともなる。襲い来る、チェインガンの銃撃。

かわす!!
 俺は機体を弧を描くように旋回させた。
 幸い、セカンドロックはされていないようだ。ナハトファルターの予想進路に撃ち込まれる様子は無い。
こういった手合いは、スピードで振り回してロックを振り払うのが定石だ。が、
・・・・・ドッドッドッドッドッドッ・・・・
 それでも相手の銃撃は止む事は無い。
チェインガンの軌跡はナハトファルターを執拗に追い立てるが、アスファルトやビルを穿つのみで機体を捕らえる事は無い。
 その時、俺は側面に巨大な高層ビルが迫っている事に気付く。銃撃は止んでおらず、動きは止められない。
俺は操縦桿を左から手前へと一気に倒し、機体を急上昇させる。ビルの側面を舐めるように、ナハトファルターは舞い上がる。
その衝撃がビルのガラスを割り、更にチェインガンも撃ち込まれる。
ビルはナハトファルターの描く軌跡と同じく垂直に破壊され、破片を撒き散らした。
ビルを超え、機体を高空へと投げ出した瞬間、銃撃は止まる。眼下に広がる帝都の、光と影のグラデーション。
 そこからひときわ強く、鈍い光がチカチカと光るのを見て、俺は自分のうかつさに気付いた。

「動かされていた!?」

 そう、先ほどまでのフロート野郎の銃撃は、俺を空へと誘い込むために行われたものだったのだ。	
 次の瞬間ナハトファルターを襲ったものは、あの空中にいたACのレーザーライフルと、帝都の高射砲塔から浴びせられる無数の砲撃だった。

"チィー―ッ!!!"

  俺は舌打ちしながら、機体を滅茶苦茶に動かした。
 このままでは、帝都の全火力の的になってしまう!帝都のあちこちからナハトファルターを捕らえんと伸びてくる、幾条もの火線。

 集中砲火に晒された時の最善の策・・・戦術指導要項第227項・・・・!!

俺の頭の中を、雑多な思考がよぎっては、消えてゆく。
今現在、頼りになるのは自分の反射神経、判断力、直感のみ。訓練経験など、何の役にも立たなかった。 
ターン!バック!!アップ!!ダウン!!!機体に内蔵されたマルチブースターをフル稼働させ、幾百幾千もの死から逃れようと舞い狂った。

それは蜘蛛の巣にかかり、逃れようともがく哀れな夜蛾の姿。
グルグルと逆転を繰り替えす天と地。
まるで魔物のはらわたの中にいるような錯覚を覚えた。
被弾! レッグパーツ損傷、スタビライザーに異常発生――――

「うおおぉぉぉぉぉーーーーっ!!」

絶叫していた・・・・


ムーンサルトのパイロット、オーリーは焦っていた。
何故だ!?
自分は既に、必中の攻撃を何度も繰り返している。なのに、なのにあの黒いACはそれをひらりと避けるのだ。
タイミング、進路予測も完璧、なのに、何故かわせる?

「この、鬱陶しい虫ケラが・・・・!!」

言葉とは裏腹に、オーリーはその漆黒の機体に見とれていた。帝都からの対空砲火の中を縦横無尽に飛び交い、
自分の放ったレーザーの閃光の中でブースターの炎を撒き散らしながら舞うその姿は、まるで冗談のように思えた。 

美しすぎるから・・・・・・!!

彼は、ナハトファルターに嫉妬を覚えていた。


「・・・・い、おい、ムーンサルト!!聞こえているか、返事をしろ!!」

オーリーは、ハッと夢から覚めた気分で、通信モニターを仰いだ。

「ヤツが降下した。作戦を変更するぞ、いいな!?」

「あ、ああ。」

 確かに、あの黒いACは対空砲火から逃れ、街中へ降下したようであった。しかも、脚に被弾しているのが肉眼で確認できた。

「チャンスだ。今動きの鈍っている内に俺が仕掛ける。少なくとも動きだけはは止めるつもりだ。そこを狙い撃て、頼んだぞ!!」

「・・・了解だ。」

 サイプレスの「テン・コマンドメンツ」は、黒い奴に肉薄していく。
俺は敵に気取られぬよう上昇、旋回して激突する二機のACがよく見える位置で空中静止した。
 集中砲火のときに見せた、あの動き。そしてそこから感じられる美しさとは別の「何か」。

(あれは一体、何なのだ?)

オーリーの手は、震えていた。


二機のACは、高速でアスファルトを滑りながら、近距離でもみ合っていた。
時折治安部隊のMTとすれ違うが、AC同士の戦闘に割って入りなど出来はしない。
サイプレスは、ハンドガンを、黒い奴に向けて連射した。当たったならすぐさまブレードで仕留めてやるつもりでいた。
しかし、ふらふらと捕らえどころの無い動きをするそのACは、それをかわす。

「くそっ、いい加減・・・」

 攻めて来い、と思った瞬間、マシンガンが彼のACを襲った。

ガンガン!! 被弾した!!

「うおッ!!!」

 正確な射撃。今まで撃たなかったのは無駄弾を省いていただけか・・!!
衝撃でバランスを失う機体。だが、彼は逆にチャンスだと思った。このタイミングで攻めに転じれば、奴の意表を突ける。
 サイプレスは、オーバーブーストを点火した。
ドゥ!!!
被弾した個所から火花を上げつつも機体は急激に速度を増し、黒い機体に迫った。

「捕らえたぞ!!」

 黒い奴はマシンガンを構える動きを見せたが、その前にテン・コマンドメンツが激突した。
その腕から、緑色に発光するブレードが発振される。

「ハハハハァーーーーーッ!!」

サイプレスは狂喜した。やっと、この憎たらしい奴にトドメを刺せる。予定外の失敗は、もうたくさんだ。
ブレードを、激突されて体制を崩す黒い機体に叩き付けた。叩き付けようとした・…   
? おかしい。ブレードが、届かない。伸ばしきった腕が、虚空を泳ぐ。

バックブースト?奴はそれで逃れ――――。

次の瞬間、黒い奴・・・ナハトファルターの左腕に、黄金の刃が生まれた。

「オオォッ!!」

サイプレスは反射的に、ブレードで受けようとした。激突する、エメラルドと黄金の光。

勝ったのは、黄金の刃だった。
エメラルドの刃を粉々に散らして、サイプレスの左腕は跡形もなく破壊された。だが、にやり、と笑みを浮かべるサイプレス。
動きは止まった!!

「やれ、ムーンサルトォッ!!」

来たっ!!

オーリーは二基のレーザーライフルの照準を、黒い奴に固定した。

"美しい機体だった。破壊するのが惜しいくらいに・・・だからせめて、俺が最高の死を演出してやる!!"

オーリーは、トリガーに指をかけた。ピピピピッ・・・

―――ロック解除!? 何故だ!!
構うものか、このまま撃てば・・・ 数瞬遅れて、ムーンサルトは二条のレーザーを発射する。
それが、命取りとなった。 黒い奴は急上昇し、レーザーの向かう先には満身創痍のテン・コマンドメンツがいた。

「ああっ・・・・!!」

 オーリーの血の気が、サッと引いた。テン・コマンドメンツは二本のレーザーに串刺しにされ、いびつな炎の塊となる。
サイブレスの肉体と精神は、一瞬にして焼かれていた。

俺が殺った!?・・・・ちがう!奴に、そう仕向けられたんだ!!

「黒い奴―――――ッッッッ!!!」

レーダーに反応無し、妨害電波!?ステルスか!!

「どこだっ」
オーリーは全神経をモニターに注いだ。

「どこにいるッッッ!?」
くるなら来い、何故すぐ来ない!?俺を弄んでいるつもりか!?
「!! 後ろッ!!」
振り返りざま、レーザーライフルを構え、引き金を引く瞬間、モニターには斬り飛ばされたライフルの先端が舞っていた。

チリチリと金色の粒子が舞い、その中に輝く紅の眼。

「・・・・あ――――・・・」

オーリーは何かを言いかけたが、

彼は既に、ブレードの光の中で、

蒸発していた・・・・。
作者:ヴォルカヌスさん