「管理者」が統治する地下都市「レイヤード」。
 
そこに住む人々は、そのほとんどが「管理者」の支配を享受していた。
 
彼等にとって、「管理者」は未来へと向かうレールそのものであった。
 
「管理者」も彼等を導く為、進むべきレールを敷く。
 
しかし、
 
ごく稀だが、その敷かれたレールを逸脱して「自由」を求める者が現れる。
 
それは「管理者」にとって、自分達の支配を脅かす危険な存在以外の何者でもなかった。
 
そのため、「管理者」は「自由」を求め始めた者達をこう呼んで畏れた。
 
異端なる者「イレギュラー」と・・・・
 
 
 
「レイヤード」の第二居住区の外れには、朽ちて久しい遺跡があった。
 
そこはグローバル・コーテックスの管理下に置かれており、現在ではアリーナの一会場として機能していた。
 
開催当初はここでも頻繁に対戦が行われていたが、今ではほとんど使われる事も無く、遺跡は暗闇と静寂が支配していた。
 
それと言うのも、空間自体が狭いうえに崩れた石柱が障害となって機動性が十分に発揮出来ない。
 
それに加えて、弾が目標に当たるまでに石柱や崩れた岩石等に弾丸が当たってしまい、
 
グレネードやミサイルなどの大火力兵器がほとんど使い物にならなくなってしまう為であった。
 
その遺跡の暗闇と静寂に紛れる様に、１機の黒いＡＣが佇んでいた。
 
漆黒の機体は全ての色を拒む様に輝き、その黒は闇にすら混じらぬ気高き黒だった。
 
その黒いＡＣの傍らには、パイロットスーツを半分だけ脱いだ、一人の青年が腰を下ろしていた。
 
「あ〜、腹減ったな〜・・・。最近マトモな飯食ってないからな〜」
 
彼こそ、アリーナとトップランカー「エース」を無傷で破った最強のレイヴン「日光」であり、
 
彼の傍らに佇む黒いＡＣは、彼の相棒「月光」であった。
 
日光はレイヴンとして最高の人生を送っていた。
 
しかし、数週間前に受けた依頼が彼の人生を大きく狂わせた。
 
こことはまた別の所にある遺跡を調査するだけのごく簡単な依頼だった。
 
そんな簡単な依頼にも関わらず、依頼主は僚機を指定してきた。
 
理由は解からなかったが、レイヴンにとって依頼主の命令は絶対だ。
 
依頼主が指定してきた僚機「リップハンター」と共に遺跡に辿り着いた時、
 
そこにはステルスを装備したＭＴが待ち構えていた。
 
しかし、いくら不意を突かれたと言っても所詮はＭＴ、例え１００機のＭＴに襲われたとしても、
 
トップクラスを含む２機のＡＣに敵う筈が無かった。
 
だが、そのＭＴ達を倒した時、彼は自分がはめられた事を知った。
 
不意に別の入り口から１機のＡＣが現れた。
 
それと同時に、今まで彼と共に戦っていたリップハンターが彼を裏切り、
 
新たに現れたＡＣ「ファンファーレ」と共に彼に襲い掛かってきた。
 
その時、リップハンターは彼の事をこう呼んだ。
 
異端なる者「イレギュラー」と・・・。
 
辛くもこれを撃退した日光だったが、もはや彼に帰るべき場所は残されていなかった。
 
何者かが日光の首に賞金を賭けたのだ。それも１００万ＣＯＡＭもの破格の値を。
 
そのため、彼は名のある全てのレイヴンから狙われる事となり、補給もままならないまま、必死の逃亡を続けた。
 
レイヤード各地を転々としていた彼が行きついた先が、この遺跡だった。
 
ここならばレイヴン以外の人間が来る事は滅多に無いし、わざわざこんな場所を選ぶ物好きなレイヴンも、
 
彼の知る限りではもいなかった。
 
「まあ、ここなら当分は安全だな」
 
そう言うと、日光は口にくわえた煙草に火をつけ、そのまま横になった。
 
何本目かの煙草に火をつけた時、日光は何か音が聞こえたような気がして、ふと起き上がった。
 
そして耳を澄ますと、確かに音が聞こえてきた
 
音は入り口の方から聞こえてきて、しかも徐々に音は大きくなって行く。
 
音がある程度大きくなった時、日光はその音がＡＣの足音だと確信した。
 
「ここがバレたかっ！」
 
日光は半身を脱いでいたパイロットスーツを素早く着込むと、
 
そのまま急いでＡＣに駆け寄り、コックピットに乗り込む。
 
馴れた手つきで月光を起動させ、一番奥の石柱に身を隠した。
 
しばらくの間、柱の裏で息を潜めていると、入り口から２機のＡＣが姿を現した。
 
 
 
「なあ、本当にこんな所にあのイレギュラーがいるのか？」
 
連射型の武器を全身に装備した高機動ＡＣ「デスペナルティ」を駆るレイヴン「ザルグ」が、
 
隣にいる白い高機動ＡＣ「セルスティアルスター」のパイロットで、彼の相棒「バルムング」に問い掛けた。
 
「待ってろ、今レーダーを確認する」
 
バルムングがレーダーに目をやると、中心からやや離れた距離に赤い光点が輝いていた。
 
「情報は確かだったようだな、奴だ」
 
その言葉を聞いたザルグは、ＡＣを戦闘モードに移行し、アームマシンガンを構えた。
 
「よし、俺が先に行くから援護してくれ」
 
そう言うと、ザルグはブースターを使い、赤い光点との距離を縮めいて行く。
 
それに続く様に、バルムングもマシンガンを構え、ザルグの後を追う。
 
「よし、射程に入った」
 
ザルグがトリガーに指を掛けようとした瞬間、突如コックピット内にアラームが響いた。
 
「な、ロックオンされただと！！」
 
次の瞬間、デスペナルティの頭上に弾丸が降り注いだ。
 
月光は、レーダーの更新時間の間に一瞬にして天井高く跳び上がっていたのだった。
 
そのため、バルムングも気付く事が出来なかった。
 
「散れ！狙い撃ちにされるぞ！！」
 
バルムングの叫びと同時に、２機のＡＣはブースターを使って一気に横に飛んだ。
 
デスペナルティを狙っていた弾丸は、そのまま地面に直撃する。
 
「ちい！！」
 
ザルグとバルムングは、ほぼ同時に武器を上に向ける。
 
しかし、既にそこには月光の姿は無かった。
 
「奴はどこに！？」
 
「！！、ザルグ、後ろだ！」
 
デスペナルティの後ろに回りこんだ月光は、月光の左腕に装備された最強のブレード「ＭＯＯＮＬＩＧＨＴ」で一気に斬りかかる。
 
だがバルムングの忠告を受けたザルグは、機体を左に高速で移動させる事で、ブレードが機体に当たる一瞬前に避ける事が出来た。
 
「かわされた？！」
 
ブレードを回避されて隙だらけになった月光に、バルムングはマシンガンを撃ち込んだ。
 
無数の弾丸が月光に襲いかかる。
 
「クッ、その程度で！！」
 
日光はブレード硬直が解けるのと同時に、ブースターを点火して大きく右に展開する。
 
多少は被弾したものの、どれも深刻なダメージではない。
 
「逃がすか！！」
 
月光を動きを追うように、バルムングはマシンガンを撃ち続けながら旋回する。
 
それと同時に射出されたイクシードオービットが、光弾をマシンガンのように連射する。
 
ザルグもセルスティアルスターの隣について、チェーンガンを撃つ。
 
凄まじい早さで飛んで来る無数の弾丸は、その全てが月光に当たる事無く、
 
向こうの壁を着弾してそれを破壊する。
 
「くそ、何て速さだっ！！」
 
デスペナルティはチェーンガンを撃ち続けるが、やはり月光にはかすりもしない。
 
「撃つな！弾の無駄だ」
 
バルムングに制されて、ザルグはトリガーから手を離す。
 
敵の攻撃が止んだのを確認し、日光は柱の陰で機体を止める。
 
「チクショウ、月光さえ本調子なら、あんな奴等・・・！！」
 
日光は、月光の調子の悪さを今更ながら呪った。
 
「これからどうするんだ？」
 
武器をアームマシンガンに変更しながら、ザルグはバルムングに問い掛ける。
 
「何、あっちは機体の調子が悪いんだ。焦る事は無い」
 
バルムングはマシンガンを構え直しながら冷静に答える。
 
「こっから根競べだ」
 
日光もバルムングも、この状況では最初に飛び出した方が不利になる事が解かっていた。
 
どちらも迂闊に動けない状況が続く。
 
それから何分が経過しただろうか。
 
戦況は動かず、睨み合いが続いていた。
 
ときどき暴走しそうになるザルグを宥めながら、それでもレーダーからは片時も目を離さず、日光の動きを覗っていた。
 
戦況が動いたのは、それから更に数分が立った時の事だった。
 
「レーダーに反応？」
 
突然にしてレーダーに赤い光点が表れると、凄まじいスピードでこちらに近づいてきた。
 
セルスティアルスターはマシンガンを赤い光点の方向に向けようと旋回する。
 
しかし、赤い光点はバルムングが旋回が終えるよりも速く、セルスティアルスターを射程に捕えた。
 
「速いっ！奴と同じかそれ以上！！」
 
赤い光点である黒いＡＣが発射したマシンガンの弾丸は、
 
そのほとんどが命中し、セルスティアルスターのイクシードオービットを破壊した。
 
「こなくそお！！」
 
負けじとバルムングもトリガーを引くが、黒いＡＣは月光に勝るとも劣らない速度でこれを回避する。
 
そしてそのまま、柱に隠れた月光の隣に着地する。
 
フローティングレッグの独特のブースター音が響き、床に積もった土埃を巻き上げる。
 
「苦戦しているな、日光」
 
「ラスカーか、助かったぜ」
 
日光にラスカーと呼ばれた青年は、黒い高機動ＡＣ「ラグナロク」を駆る、彼が信頼を置いている数少ないレイヴンであった。
 
今まで彼と共に受けた依頼で失敗した事が無い。
 
「新手かっ！！」
 
「敵の増援とは・・・・」
 
こちら側の増援は期待していなかったバルムングだったが、まさか向こうに増援が来るとも思っていなかった。
 
「どうする、ザルグ？」
 
「ヘッ、やる事は同じだ」
 
ザルグはアームマシンガンを二連装から四連装に切り替え、素早くイレギュラーの隣にいる黒いＡＣを捕える。
　
「バルムング、お前はイレギュラーを殺れ！コイツは俺が殺る！」
 
「判った、俺に借金返すまでは死ぬなよ！」
 
セルスティアルスターが月光に向かっていったのを確認すると、ザルグはトリガーに指を掛け、一気に引いた。
 
「判ってらあ！！」
 
デスペナルティのアームマシンガンが発射され、大量の弾薬がラグナロクに向かってきた。
 
「どうやらアイツは俺をご指名らしい。貴様はさっさとあの白いのを消して来い！」
 
ブースターを点火させたラグナロクにとって、それを避ける事は造作も無く、弾丸は全て向こう側の壁に着弾した。
 
「逃がすかよお！！」
 
ザルグもブースターを点火し、ラグナロクの後を追っていく。
 
 
 
「ったく、ラスカーは。アイツは戦闘になるとイッちまいやがる！」
 
そう苦笑しながらも、日光はラグナロクに一瞥もくれる事無くバルムングに目標を定め、突撃していく。
 
それは、日光がラスカーに絶対の信頼を置いている証拠だった。
 
『アイツはキレてる奴だが戦闘に関しては誰よりも信頼できる』
 
ラスカーの事を聞かれた時、彼はいつもこう答えていた。
 
ブースターをフルパワーにして近づいていたからか、セルスティアルスターとの距離は見る間に短くなっていく。
 
「・・・どうやら考えは一緒らしいな」
 
真正面から近づいてくる奴ほど、銃で狙い易い奴はいない。
 
だが、月光もセルスティアルスターも、手に持った銃を互いに使おうとしない。
 
おそらくバルムングもブレードでの斬り合いを狙っているのだろう。
 
日光もまた、「ＭＯＯＮＬＩＧＨＴ」での斬り合いを狙っていた。
 
しかし、機動性を極限まで追求した月光は、機動性こそ他のＡＣを圧倒するが、
 
その代償として装甲と耐久力がかなり犠牲になっている。
 
このまま斬り合ったのでは、こちらが不利なのは目に見えていた。
 
だからと言って、このまま方向転換してもこの狭い遺跡では機動性を十分には発揮出来ない。
 
しかも銃撃戦になれば、それこそ総合火力に勝るマシンガンを装備したセルスティアルスターには勝てない。
 
「さあどうする、イレギュラー！？」
 
全く同じ事を考えていたバルムングは、ブレードを発生させながら勝ち誇った様にそう叫ぶ。
 
彼の考えは間違えてはいなかった。
 
客観的にこの状況を見たならば、誰もが彼の勝利は確信しただろう。
 
そう、相手がイレギュラー、日光で無ければ・・・・。
 
既に勝利を確信しているバルムングは、ブースターのパワーを更に上げて一気に距離を詰める。
 
対する月光は、未だブレードを発生させず、ブースターのパワーも上げていない。
 
「観念したかっ！」
 
月光の様子を見たバルムングは、自分の勝利が更に揺るぎ無いものになったと確信した。
 
ついに互いの機体がブレードのレンジに入る。
 
その瞬間、月光はブレードを発生させ、ブースターのパワーを最大にした。
 
「無駄な足掻きを！死ねえええ！！！！」
 
月光はブースターパワーを全て上昇能力に次ぎ込み、爆発的な推進力を手に入れた機体は一気に浮上する。
 
セルスティアルスターがブレードが振り終わった時には、既に月光はちょうどＡＣ１体分の高さにまで上昇していた。
 
バルムングがそれに気付いたのは、月光の脚が彼のＡＣの頭を蹴り飛ばした後だった。
 
「そ、そんな馬鹿なっ！ＡＣが蹴りをっ！！」
 
倒れたＡＣを立たせようと、バルムングがブースターを起動させるよりも早く、月光はセルスティアルスターの両腕に着地した。
 
「これでは立つ事も攻撃する事も出来まい！！」
 
「ウ、ウワアアアアアア！！！！！」
 
バルムングの叫びも、月光が連射するハンドガンの轟音にかき消され、日光の耳に入る事は無かった。
 
 
 
「いつまでも逃げられると思っているのか！！」
 
武器腕は攻撃力が高い分、装甲が無いに等しい。
 
その事を十分に理解しているザルグは、あえて危険を犯すような事はせず、
 
一定の距離を保ちながら、ザルグはアームマシンガンを撃ち続ける。
 
「ククク、俺に銃を向けるとはいい根性してるじゃねえか！」
 
少々の被弾はしているが、蚊にさされた程のダメージも無い。
 
「ハハハハハハ、そろそろ終わらせてやるぜ！！」
 
ブースターを一気にフルパワーにしたラスカーは、石柱の間を器用にすり抜け、
 
ザルグとの距離を詰めながら右腕のマシンガンを乱射する。
 
弾き出された弾丸は、あたかも吸い寄せられている様にデスペナルティの装甲を激しく叩く。
 
ザルグも、少しでもダメージを減らすべく下がりながらチェーンガンを撃って応戦する。
 
「くそ、ダブルロックしてるのになんで当たんねえんだよ！！」
 
しかし、アームマシンガンよりも連射力の劣るチェーンガンの弾丸は、
 
一発もラグナロクに当たる事無く、虚しく空を切るだけだった。
 
「ヒャーハハハハハ！・・・そんな攻撃でなあ！・・・勝てるワキャねえだろ！！」
 
ラスカーがそう叫ぶのと同時に、コアからイクシードオービットが飛び出した。
 
オービットは凄まじい早さでエネルギーの弾丸を吐き出す。
 
紫色の光弾は、全てデスペナルティの頭部に命中し、それを破壊した。
 
「なっ、頭がっ！！」
 
頭上で響いた爆音で生まれたザルグの隙を、ラスカーが見逃す事は無かった。
 
「これで終りだああああああ！！！」
 
一気に敵機との距離を詰めたラグナロクは、デスペナルティのコア、コックピットの場所目掛けて、青白く輝くブレードを突き刺した。
 
これではザルグが断末魔を言う暇も無かっただろう。
 
パイロットを失ったデスペナルティは、ラグナロクがブレードを引き抜くと同時に崩れ落ちた。
 
 
 
「あの程度の相手にてこずるとは貴様らしくないな」
 
ＡＣを降り、日光の方に歩み寄りながら、ラスカーはそう皮肉った。
 
日光はそれを対して気にも止めず、淡々と切り返す。
 
「ああ、機体の調子が悪いんだよ。やっぱり何日も整備してないからな」
 
実際、月光の状態は余り良いものではなかった。
 
左脚部は逃走中にダメージを受けた影響で上手く動かず、オーバードブーストに至っては本来の出力の半分も出す事が出来ない。
 
主力武器であるブレードはあと数回の使用で焼き切れてしまうし、ハンドガンの残弾も両手で数えれる程しか残っていなかった。
 
このような状況下においても最短の方法でＡＣを撃破した日光は、やはり最強と呼ぶに相応しいのだろう。
 
そんなことをラスカーが考えていると、不意に彼のＡＣに通信が入った。
 
ラスカーは急いでＡＣに戻って回線を開く。
 
するとスピーカーからレインの声が聞こえてきた。
 
『ラスカー、大丈夫ですか？』
 
「ああ、俺も日光は平気だ」
 
ラスカーは彼女の問いに当然の様に答える。
 
「だが月光の方は修理が必要だな」
 
『判りました。その近くにほとんど知られていない古い格納庫があります。そこへ向かってください』
 
「了解、これより指定された場所に向かう」
 
レインとの通信を切り、ラスカーは日光に会話の内容を告げる。
 
「そうか、じゃあ急ごう。」
 
日光は笑いながらそう言うと、少し早歩きで月光に駆け寄った。
 
「さっさとコイツを直してやらないとな」
 
軽快な調子で月光に乗り込むと、日光はラスカーと共に遺跡を後にした。
 
 
 
彼等が去った後、遺跡には床に転がった二つの大きな鉄の塊と硝煙の臭いだけが残っていた。