サイドストーリー

撃墜王の後継
 グローバルコーテックスのある一室で、一人の男が座っていた。
 隣の部屋では、レイヴンを目指す若者達がお互いにシュミレーターで切磋琢磨しあっている。
 なつかしい、撃墜王の名を持つ男は目を細めた。
 今でこそ、究極に最も近いレイヴンと呼ばれてはいるが、エースにも新人の時代は確かに存在していたのだ。
 もっとも、今では思い出すのも一苦労の昔であったが。
 テーブルに置いてある酒を注ぎながら、エースは机の上に乗っているノートパソコンのディスプレイに目をやった。
 そこは、アリーナを模した電子空間での戦闘だった。
 そこで戦うのは二機のACだった。
 しかし、その二機はどちらも同一の武装、同一のカラーリングに塗装されたAC同士だった。
 その二機は互いに唯一の射撃武装であるカラサワを撃ち合いながらアリーナを駆け抜けつづける。
「やはり、ここにいたか。」
 扉をあける電子音と共に、一人の男が部屋の中に入ってきた。
 赤毛の髪に、鋭い瞳をもつ壮年の男性。身体もレイヴンらしく無駄なく引き締まっている。
「ロイヤルミストか。」
 エースはちらりと入ってきた壮年の男性を見やると、再びディスプレイに注視した。
 その反応に気を悪くした様子も無く、ロイヤルミストはエースの隣に座った。
 見れば、そのディスプレイに写っているのはAC二体の壮絶な銃撃戦だった。
 ロイヤルミストは、その二体に見覚えがあった。
 茶色を基調とした塗装に、唯一の射撃武器を持つ右手を白く染め抜いたAC。
「スペクトル…、テラか。」
 現在ではアリーナ下位に属するレイヴンであるが、その実力は恐らくAランクランカーと互角と言われている。
 その二機のスペクトル同士の射撃戦も終局を迎えようとしていた。
 一体のスペクトルが放った光の槍がもう一体の機体を見事に捕らえる。
 噴煙を上げながら機能を停止するスペクトルと、見事生き残ったスペクトル。
 だが、生き残った方も、機体各部に火花を散らしている。お互いにどちらが生き残ってもおかしくない接戦だった。
「なるほど…エース、これがあんたの秘蔵っ子か?」
「なんのことだ?」
 とぼけるエースに対し、ロイヤルミストは笑った。知人の悪戯を発見したような笑みを浮かべてエースの注いでいた酒を一口あおる。
「…最近、ある特定のレイヴンにたいして奇妙な依頼が舞い込んでいるらしい。…六日間、拘束する仕事で、一日おきに、
 計三回シュミレーションで対戦する。…報酬は50,000コーム。シュミレーションの教師代としては破格だ。
 …そして、その依頼を受けた奴は皆すべて口をそろえてこう言っている。
 一回目は自分の圧勝、二回目も圧勝、だが、三回目はこの上ないぐらいに厳しい戦いだったと答えている。
 …精密狙撃能力と凄まじい回避能力を持つワルキューレ、最近めきめきとランクを上げている接近戦の天才ボキューバイン、
 高い生存能力を持つカロンブライブ、そして、今回は正確なロックオン技術を持つテラ。…エース、隠すことはない。」
「…ふふ。俺はな、正直楽しみでしょうがないんだよ。…ダンはそれこそ天才だ。一日で相手の戦い方を学習し、
 次の日に戦法の模索、実践、そして相手の動きを全て学習し自分のテクニックに組み込み、取り込んでいる。
 もしかしたら、あいつこそが俺を倒せる二人目かもしれん。」
 実に楽しげにエースは笑った。
 その笑みにロイヤルミストは、しかし表情を厳しいものにする。
「…なるほど、ワルキューレの精密狙撃能力に回避能力、ボキューバインの近接格闘能力、
 カロンブライブの生存テクニックに勝負勘の高さ、テラのロックオン技術、…そしてエース、貴様の総合的な戦闘テクニック…。
 なるほど、最強かもしれん。…しかしだ、最初からそんなようにランカー級の実績を持つ相手を手玉に取るようでは、
 かえって逆境に弱くなるかもしれんぞ?」 
 最初から天才と褒め称えられるよりも、最初のうちは苦戦を味わっている方が後の精神的な力となる。その言葉にエースは頷いた。
 ほとんど敵らしい敵も存在する事の無かったエースも、そのことは知っている。
「そうだ、だから今日はダンに負けてもらうつもりでゲストを呼んだ。これから一年間はうぬぼれないぐらいに、
 戦いに対して慎重になるように、ものの見事に完璧にどうしようもないぐらいに負けてもらうつもりだ。」
「…しかし、そこまでの実力者と言えば…。…なるほど…。」
 納得したようにロイヤルミストは頷いた。
 確かに、いる。
 それまで無敗だったエースに、生涯ただ一度の敗北を味あわせ、管理者を破壊し一つの時代を終わらせた男。
 間違い無く、後世に伝説として人々の記憶に刻まれることとなるレイヴン。
「明日が、あいつの試験なんだ。…初の実戦だ。」
「なら、前祝いだな。」
 エースとロイヤルミストは笑いながら、杯を掲げて言った。
「「乾杯」」

                  <つづく>
作者:ハリセンボンさん