第4話 ――<Fatal ring>――
日の出の時刻から、約5時間経過しようとしていたころ、ヒサトは、ようやく夢の世界から、現実へと抜け出した。
ベットから起き上がろうとした瞬間、視界がぼやけ、バランスを崩し、情けなくベットから落ちる。
こめかみの辺りに、鈍い痛みが走る。頭をぶつけた訳ではなく、昨日の、酔いがまだ残っているのだろう。
(……鬱陶しいな……)
ヒサトは、忌々しげに舌打ちをした。
昨日の祝賀会は、ナナミの所為で2次会まで行われた。やはり、あいつとは関わらない方が良かったのかもしれない。
なんとか体を立ち上げ、カーテンと窓を明ける。
清々しい朝の――どちらかと言えば昼に近いが――空気と輝かしい日光を迎える。大きな欠伸をしながら、五感がはっきりしだした。
♪〜♪♪〜♪〜♪
不意に、エレキギターの音色が、突然、脳内に流れ込んだ。幻聴か――否、それは間違いなく、流れ込んでくるモノであり、
それは、ヒサトも聞き覚えのあるメロディだった。
音楽通の人間なら、誰もが知っているだろう。<BLACk Star”s>の最後の曲、<stay Awe……>だ。
ヒサトが生まれる10年以上も昔の曲だが、大ファンだった父と、影響を受けた弟が必ず一日に一回は聴いていたのをよく覚えている。
「……なかなか善い朝だな」
昼とは解りつつも、ヒサトは朝と言い張った。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、喇叭飲みにする。PCの電源を付け、メールボックスを開く。数は4件と、やや寂しい。
――やっほ〜。あたしだよ。また皆で盛り上がろうね♪ <ナナミ>
(あの大酒豪め……)
願わくば、もう2度と御免こうむりたい。
――初めまして。この度は、貴方のオペレーターを勤めさせていただくことになりました、クレア=アンドリューと申します。
以後、お見知りおきを。<クレア>
文体からして、男性だろうか? 簡素な言葉の羅列だ。ヒサトは、仕事がやりにくそうだな、と不安げに思った。
“レイヴンにとって、オペレーターは重要な人間だ。オペーレーターとの付き合いが悪ければ、仕事は上手くいかないぜ”
――と、ガキの時、近所に住んでいた、自称元レイヴン(少なくともヒサトはそう思っている)が言っていた様な気がする。
(ま、時間に任せるか)
――やぁ。昨日は大変だったな。酒が苦手なら、あんまり無理してまで、あいつの誘いには乗らなくていーからな。
体が壊れちまうからな。それと、依頼が入っているんだが、お前に僚機依頼を頼みたい。
14時までに、コーテックスのCガレージにきてくれ。嫌なら、勿論断ってくれてもいいが、期待はしてるぜ。 <ヒースロウ>
「……誰だ? こいつ」
ヒサトは、ヒースロウという単語を凝視する。
メールの内容からして、昨日の飲み会で会ったということは、間違いないみたいだが、顔が思い浮かばない。
酔ったせいで、記憶が一部とんでしまっているのだろう。
いけば解るか――
ヒサトはPCの電源を落とし、時計を見やる。服を着替え、適当に食事を取り、
12時のチャイムがなる頃には、その部屋に、誰もいなかった。
――PM1:17――
グローバルコーテックスに赴き、地図を見ながら、南に向かって歩き出す。
その足取りとあどけなさは――酔いが完全に抜け切っていないせいでもあるが――いかにも、新人です、と言わんばかりだ。
南に歩くに連れて、だんだん人気がなくなり、静寂の領域に入り込んでいく。やがて、真っ黒な扉が、ヒサトの脚を止めた。
懐から、レインヴンズライセンスを取り出し、取っての右側に取り付けられているスロットに差し込む。
ランプの色が赤から緑に変わり、ロックが解除され、扉が自動的に開いた。
――途端に、朝の通勤ラッシュを思わせるほどの喧騒が、彼を出迎えた。
見渡す限り、アーマード・コアが立ち並んでいる。
単にアーマード・コアと言っても、二脚、フロート、タンク、逆間接、四脚と様々にあり、カラーリングもパイロットの個性が溢れている。
ヒサトは、初めてアーマード・コアに出会った時の事を思い出しながら、通路を歩き、Cガレージに赴く。
すると――
♪〜〜♪〜♪♪♪〜
また、エレキギターの音色が流れ込んできた。それは、Cガレージに近づくに連れ、明瞭になる。
角を曲がると、頭にバンダナを巻き、ウェーブのきつい長髪、色眼鏡をかけた男が、
4脚ACの足にもたれながら、エレキギターを弾いていた。
男はこちらに気付き、気さくに「よぉ」と手を上げた。おそらく彼が、ヒースロウだろう。
「元気そうじゃねえか。酔いは覚めたのか?」
なぜそこまで知っている? とヒサトの表情は驚愕を訴えた。
「……悪いが、昨日のことはまるで覚えていない。それと、あんたがヒースロウ……か?」
「ああ。にしても、覚えてねえのかい。どっから話せばいいんだ?」
「そうだな。あんたが……」
「チョイ待ち。俺を呼ぶ時は、ヒースって呼んでくれ。一応名前があるんだから、な!」
「あ……ああ。そうするよ」
ヒースロウは、真っ白な歯を剥き出して笑みを広げる。まるで、初めて友達ができたことに喜ぶ子供のようだ。
ヒサトはその純粋さに、微笑を漏らした。
「んじゃあ、俺が見たのと、ついでに依頼内容も話すから、一度しか言わねぇから、よく聞いとけよ」
ヒースロウは、昨日の祝賀会の一部始終を話した。
「……という訳で、あんたを家まで運んだんだ。しっかし、お前変な風に記憶が飛んでるな〜。
朝起きた時に何か気付かなかったのかい?」
ヒサトの頬は、真っ赤に紅潮し、真下に俯いていた。穴があったら一生そこに入り込んでいたい、そんな気分だった。
ヒサトの真っ赤な表情に気付いたヒースロウは、
「気にすんなって。誰にだってベロンベロンに酔う事は、一回や二回あるさ。くじけるなって。な?」
(全然フォローになっていないんだが……)
二度とお酒は飲まない、と誓うヒサトだった。
――PM4;42――
薄い砂風が吹き荒れる、アーカイブの荒野の丘に、ACが二機、得物を構えてただずんでいた。
一機は全身スカイブルーの塗装が施され、赤い実弾ライフルにブレード、赤いミサイルポッドと連動ミサイル、レーダーを装備している。
ヒサトの愛機――バーンストームだ。もう一機は4脚で、全身レモンイエローに色づけされ、
EOコア、両手にはマシンガン、肩にはミサイルポッドとレーザーキャノンを一門担いでいる。
「ヒースロウ、ヒサト。聞こえますか?」
「ああ。なんだ、もう時間か、ハンスちゃん?」
「ええ。レーダーに機影が映りました。まもなくそちらに機動型MT15機、そして、トレーラが5台向かっています。
MTには構わず、トレーラーの確保を最優先して下さい」
「MT15機……か」
「なんだ? 不安なのかい?」
「いや、そういうわけじゃないさ」
ヒースロウの冗談まじりの揶揄――刺々しさは全く無いが――を受け流し、ヒサトは皮手袋を引き絞る。
依頼内容は、ミラージュ社からのだった。盗まれた新製品の試作品を奪取して欲しい……と至極単純な依頼だが、
それでも報酬金額は25000Crと高い。
「来たぜ」
レーダーに赤い点が多数表示される。鴨だ。
「ハンスちゃんは、ああ言っていたが、とりあえずMTを……」
ヒースロウが何か言いかけていたが、ヒサトは構わずOBを吹かし、鴨との距離を縮めていく。
「……ったく。これだから新人さんは。まぁ、元気のいい証拠かな?」
ヒースロウは苦笑を浮かべながら、愛機フォルテシモを動かす。
「……何!? ACを確認。各機速やかに……」
リーダー機と思われるパイロットが指示を出そうとするが、それは同時に放たれたミサイル爆撃によって遮られた。
バーンストームは展開していた背中を閉口し、素早くライフルでMTをもう1機を狙撃する。
赤い銃口から放たれた弾丸は、いとも容易く装甲を貫いた。
「き、貴様ぁ!!」
同士が2機撃墜されるまで傍観した同士の一人が、ようやくマニュアルに記されていたことを思い出し、パルスライフルを構える。
が、突如飛来する蒼く発光する槍に貫かれ、無残に爆発する。
「や〜〜と追いついたぜ」
フォルテシモは両手のマシンガンとEOを構え、滑るように動きながら弾丸の嵐を降り注いでいく。
「あんまり動くと、チャージングを起こすぞ」
鮮やかな桃色の光刃がMTを真っ二つに撫で斬る。
「心配ゴム用! そっちこそ、弾薬費に報酬持っていかれるなよ」
両手のマシンガンが火を噴き、MTを蜂の巣に変えていく。流石は機動型MTとでも言うべきか。
装甲が脆く、破壊しやすい――否、破壊されやすいのだ。
依頼終了までには、それほど時間は掛からなかった。
威嚇射撃でトレーラーの運転手を引き摺り下ろし、連結部分を切り離し、積荷を確保する。
「ハンスちゃんが言うには、あと少しでヘリが着くってよ」
「そうか……」
それまでは見張りか、と口の中で呟いた。
ヒースロウは運転手達から取り上げた銃を集め、そう遠くない離れた所に、ぶっきらぼうに放り捨てる。
急いで自分の機体に戻り、ホールドアップさせた運転手達に向けてマシンガンの銃口を下ろす。
「退屈だな……」
依頼を受け、依頼をまっとうし、報酬を貰い、帰る場所に帰る。
この動作の繰り返し……。
ヒサトは、何気なくフォルテシモのコックピットに目を向けた。
ギターを愛する彼。彼は何故レイヴンになろうとしたのだろう。そして、俺は何故レイヴンを目指そうと決意したのだろう……と。
(やっぱり、あの人のせいかな……)
そこに、遠くを見つめるような双眸はなく、代わりに、苦々しい笑顔が浮かんでいた。
――PM10:15――
あるマンションの一室で、黒髪の背の高い男――ロセム=アキヤマが、缶ビールを飲みながら、テレビに夢中になっている。
彼の脇には、既に見終わったDVDが適当に山積みになっている。
テレビに映し出されているのは、バズーカと<MOONLIGHT>と呼ばれるレーザーブレード、ターンブースターを装備した、
若干赤みを帯びた闇色の中量2脚ACと、同じく中量2脚ACで、ビームライフル、ミサイル、グレネードランチャーを撃ち尽くし、
<ハルバード>と呼ばれるレーザーブレードだけで闘っているACが映しだされている。
この2機は今――実際の試合は当に終了したが――ランカーレイヴンの頂点を争っている。
突如、闇色のACが、まだ弾数があるにも関わらず、バズーカを捨て、代わりにブレードを構え、背部を展開しOBを起動する。
(来るか……!?)
柄にもなく熱中していたのだろう、アキヤマはテーブルに両手を叩きつけるほどの勢いで身を乗り出す。
その拍子に、握っていた缶ビールが半ば放り出すように落とし、、黄色い液体を情けなく床にぶちまけていく。
闇色のACは急速に間合いを詰め、ブレードで斬りかかると思った瞬間――
OBを停止し、慣性の法則を利用して、そのまま相手の頭上を通過する。(フェイント……? 遊んでいるのか?)
否――違った。背部を展開し光の翼を生やした瞬間――ターンブースターで相手の背後に向き直り、急加速する。
蒼い軌跡が閃いた瞬間、スピードに乗った、まさに雷に匹敵するその一撃は、一瞬の内にACを上下真っ二つにした。
勝負あり!
無限と思われていた時(とき)が終り、今ここに、新しい王者が君臨した……。
ネロ・アンジェロ
AC――エトワール
星を意味するその機体は、偶然にも王者と呼ばれるに相応しく、新しきシンボルとなるだろう。
アキヤマは、口の端を吊り上げた。歓喜の笑みだ。なぜか、喜悦の感情が火山の噴火のように込み上げて止まない。
アキヤマは、柄にも無く神に感謝した。
ようやく希望の光が見えてきたような気がした。自分が求める夢とともに……。
新しき王者が誕生したこの日を境に、彼らの運命の輪は、回りだした。狂々(くるくる)……狂々と――。
<NEXT>
「やっと逢えたね……“君”」
奴……そして――君。
ライバルであり、親友でもあった君との再会に、彼は柄にも無く、神に感謝した。
たとえ、友がどんな姿に変わり果てようとも、君が“友であった”ことには、変わりないのだから……。
#後書き
次回はできるだけ短くしようと思います。にしても戦闘描写駄目だったな〜〜。精進!精進!
作者:フドーケンさん
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