サイドストーリー

第5―1話――Meet you――
人類が地の奥の世界に引き篭もってから、どれくらいの年月、どれくらいの月日がすぎたのであろうか……。
<管理者>と畏怖される、AIを中心に廻る世界――。
全てが予定された世界――。
それが、一匹の渡り鳥によって終焉を迎え、人々は縛めの楔を引き千切り、再び地上への階段を駆け上った……。
――そして、<楽園>を見た。
夢に見た――“空”
緑を生やした――“大地”
果てしなく広がる“――海”
 
人は――
人類は――
生命は――
 
 
「――そして、醜い<蟲>へと変貌したことにも気付かない人々の<魔手>によって、再び緑の楽園は蝕まれ、地底の幻想と化す。
か……」
紺色のスーツに身を包む男――ガイルは、壁にかけてある大空の絵を憂いめいた目で見据えながら、呟いた。
ガイルは、己だけが座ることを許された椅子に腰掛ける。
「時々、嫌になるよ。誰もが皆、君の事を忘れてしまった。微かに記憶にも残っていない」
白色の写真立てに飾られている写真を見つめ、ガイルは突如、微笑を浮かべた。それは、自分を中傷しているようにも見えた。
「<十戒の楔>を引き千切ってしまった、君の事ももね……」
先刻とは違い、双眸に嘲りを含め。黒の写真立てを睥睨する。
飾り気のない高価な机の上には、水色のパソコンと純白の電話機。そして、黒と白の二つの写真立てが最低限に飾られていた。
翡翠色と漆黒で彩られた重装備タンクACの写真と、若い青年二人が耀かしい程に、にこやかで肩を組み合っている写真がある。
「あの頃が、凄く懐かしいよ。楽しかった……。君は時として“奴”となり、こんな私と競い合って、腕を磨き合ってくれた。
そして時には“君”となって、私を励ましてくれたりなんかしてくれた……。残念だよ、本当に……」
憂いを帯びた赤い双眸が、白の写真立てを見据える。
この静寂の一時が永遠に続くと思った瞬間――
「入るぞ」
なんの気使いも無いこの一言が、見事に打ち砕いた。
「……なんだ、いきなり」
ガイルはやや声を尖らせ、眉を吊り上げる。しかし、そんなガイルをかまいもせず、ルウォーズは話を続ける。
「クレストからの依頼だ。詳しくはこれを見てくれ」
勝手にパソコンを起動し、白衣のポケットから取り出したフロッピーを差し込む。
すると、ウィンドウにL字型の物体が3Dに映し出された。その表事物は、ウィンドウ上で水平に回転している。
「ただの<MWG−XCW/PK>ではないか。……これがどうした?」
「クレストからの依頼だ。これを媒体に対抗兵器のサンプルを作成して欲しい、だそうだ」
ガイルは、呆れたように肩をすくめた。企業の弱体化は、当の昔に想定できていたが、それは想像していたよりも早く
――こうも他者の手まで借りて生き延びようとは……。
「未練がましい奴等め……」
そして、情けない事この上ない。
だが、それを防ぐのが、<三大世界企業>という天秤のバランスを一定に保つのが、<アンスリウム社>として
――自分に課せられた使命だと思うと、ガイルは、つくづく自分の存在意義に、嫌悪感を抱いた。
ガイルは、マウスを巧みに操ってファイルを呼び出し、キーボードで的確且つ高速で文字を打ち込んでいく。
2〜3分経った頃には、ガイルはパソコンの電源を切っていた。
「これで十分だろう?」
フロッピーをルウォーズに手渡すと、ルウォーズは、「ありがとう」の「あ」の字も言わずに部屋を出ていった。
その足取りは、普段よりも――その普段も常人の1,5倍は速いが――若干速い。
ガイルは鼻で笑い、受話器を取って、ここ数年かけたこともない回線を繋いだ。
「私だ。ガイルだ。私の“車”を5分で用意してくれ。それと、キニスにも伝えておいてくれ。“散歩”に出かけると……」
 
灰色の自動扉がある。赤いローマ字で「GAREGE」と書かれてある。何年かも解らないほど、見た覚えがないような気がしなくも無い。
だが、覚えが無いからといって、大袈裟に過去の事でもない。
もしも――この扉に意思があって、あえて言うのなら……「久しぶり]
自動扉が開き、純白のパイロットスーツに身を包んだガイルが、姿を現す。
その瞬間、空気が南極のブリザードにでも襲われたかのように凍てつき、ほぼ反射に近く、
その場にいた大勢の人間は、電気でも走ったかのように、持ち場を離れ、横一列に整列し、帽子を外し、
左手を斜め45度の角度から額へあてる。
「出迎えご苦労。持ち場に戻りなさい」
冷たく静かに言う。呪縛を解き――かけたつもりもないが――自由を開放する。
整備員達は緊張しながらも、与えられたノルマをこなそうとしていく。
ガイルは、ゆっくり歩く。一歩一歩噛み締めるように。この久しぶりに垣間見る空間の景色を、味わうように。
真正面に、金髪碧眼のやや小柄な男が、敬礼をしたままガイルを見据えていた。瞬きをする気配も無い。
あるのはただ、双眸に映し出される尊敬と畏怖の感情だけだ。
「久しぶりだな。キニス」
「は! ガイルダート総督閣下から、また御指導を受けれるという、これ以上に光栄なことはありません」
その仰々しい態度に、ガイルは純粋な笑みを零した。この男にしては、真夏に雪が降るほど珍しい。
「そんなに硬くならなくてもいい。今日は、言うなればプライベートみたいなものだ」
「は! 失礼いたしました」
ガイルは、また笑みを零した。若くして隊長へ昇格した、と人事編制部から連絡は受けていたが、
やはり、天狗にはならなかったようだ。無駄な杞憂だった、とガイルは自嘲気味に微笑んだ。
キニアス=J・フォックス。通称――あくまでガイルのみだが――キニス。
ガイルダートが統括するアンスリウム社の防衛部隊、<イターナル・フォルツ>の総隊長を、若干25歳にして任せられた男だ。
彼は、真っ白なキャンバスのように純粋で、道徳に背く行為・言動を嫌う人間だ。
「本日は、どのような用件なのでしょうか?」
「ある所に向かう。君は私の護衛だ」
「は! ……ですが、お言葉ですが、ガイルダート総督の実力ならば、私は不要なのでは?」
「そんなことはない。私もACに乗るのは久しぶりだ。感覚がはっきりと戻るまで、付き合ってくれ」
そう言ってガイルは、自分のACへと搭乗していった。
 
――荒れた荒野の、とある一角――
 
そこには、半壊したビルが、今だに埋もれていた。中央には町一つ分程もありそうなクレーターがあり、
その中央に、大型輸送機の残骸があった。そこに吸い寄せられるかのように、
見慣れないダークグリーンカラーの大型輸送機が飛行している。アンスリウム社特別の輸送機だ。
しかしそれには、何故かアンスリウム社の社名が書かれていない。付け加えると、武装が施してある。
大型輸送機の中で、ガイルとキニアスは向かい合うように座席に腰を掛けていた。
「2ndUNKNOWNエリアに、一体何があるのでしょうか?」
「まぁ、平たく言えば探し物……かな?」
「しかし、ここは最終エリアの進入通路以外、何もなかった筈では?」
ガイルは微笑を浮かべる。
「個人的に、知りたい事が沢山あってね。調べていく内に行き詰まってしまったんだよ」
「原点に戻る、というわけですね」
「ハハハッ。君は本当に頭がよく回る。昔から変わらないな。“一を聞いて十を知る”君の思考能力は。
……そろそろ行くとするか」
キニアスは、「はい」と頷き、二人は席を立った。
 
輸送機の後部ハッチが開き、4脚型AC一機、逆間接型AC一機と、陸戦型MT5機、飛行型MTが3機
――そしてサイドハッチからは、機体分の人間が、姿を現した。
「飛空部隊は上空を旋回し、周囲の警戒怠るな。地上部隊は、キニアスを中心に輸送機の護衛をしろ」
相変わらず、命令を下す時は冷淡且つ静かに言う。ガイルの威厳と上下関係ゆえか、その場にいる全員に緊張が走り、強張った返事をした。
しかし、唯一違ったリアクションをとったのがいた。キニアスだ。
「お待ち下さい! 総督、私の仕事は貴方の護衛ではなかったのですか?」
「ああ。その予定だったが、大切なことを忘れていた。<管理者の幼子>が停止したとはいえ、
奴のAI兵器まで停止したという都合の良い判断は、私には下せない。マニュアル通り “if” を想定し、命令を一部変更とする」
「だったら尚更です! 中には<ガーディアン>がいたと言われていたじゃないですか……」
「だが、撃墜はされた。それに、万が一現れたとしても“奴”にできて、私に出来ないことはない。君が心配性なのは解る。
そんなに案ずるな。何も悪い事は起きたりしない……」
「しかし……!」
キニアスは、珍しくガイルに対しては反抗し、同じように、ガイルもキニアスに対しては、珍しく溜息を吐いた。
このまま言い続けても、口論は止まない。礼儀正しい、道徳を愛するキニアスを黙らせるには、
規律で縛り上げ、そして彼を納得させること。
ガイルは、懐から一枚の銀貨を取り出した。
「ではコレで判断を決めよう。物に頼るのは汚いとは思うが、我慢してくれるか?」
「……解りました。それで、女神が書かれている方を“表”、1と書かれている方を“裏”、表が出たら、
私が護衛についてもよろしいのですね?」
「ああ。その通りだ。
……では」
ガイルは右手の親指で銀貨を弾く。銀貨は高く宙を舞い、降下してきた所を、左腕を伸ばし、手の甲に触れる瞬間、右手で覆い隠した。
「……表です」
キニアスは静かに――持ち前の動体視力を自信に答えた。
だが、ガイルが掌を開いた瞬間、それは驚愕と後悔の色に染まった。理由は単純明快。銀貨は表を向いていたのではなく、裏だったからだ。
「どうやら、私の女神のほうが、一枚上手だったようだな」
ガイルは再び銀貨を弾き、右手で掴み取り、懐に戻す。目線を伸ばすと、キニアスが不服そうな顔を浮かべていた。
ガイルは苦笑を浮かべながら肩を竦め、
「20分……、今から20分経っても私が戻ってこなかった場合、特別に君の出撃を許可しよう。それでいいな?」
「……はい!」
いささか満足ではないらしいが、十分だろう。
ガイルは、愛機ヴェルニールのコックピットに乗り込み、最終エリアの隠しゲートに向かって、発進した。
 
「……いい奴だ」
ガイルは、誰にともなく呟いた。
彼に従う忠実な部下の仲で、一番賢明で、礼儀を知り尽くし、道徳を重んじる。
キニアスの辞書には、「嘘」・「悪意」・「背信」などといった、暗愚な言葉は一切存在しない。
人を心から信じ、従い、裏切りは絶対に起こさない。むしろ、それを激しく嫌っている。
――否、拒絶しているだけに過ぎない。
「本当に、“いい奴”だ」
ガイルは、ポケットから先程の銀貨を取り出した。しかしそれは、女神が彫られてはいなく、両方500としか書いていない。
更に、ガイルの足元には、銀貨の女神の顔が印刷された、円状のシールが捨ててあった。
 
――暫く進むと、半壊した薄汚れた扉に突き当たった。
施設全体の機能が崩壊しているため、間近に寄っても、それが自動的に開くことはない。
ガイルは、操縦席に取り付けられた左推進レバーのトリガーを、引く。すると、ヴェルニールは仕組まれたプログラムを起動。
ヴェルニールは左脇を引き、ジェネレーターから一定量のエネルギーをブレードに供給。
柄から発せられるフォトンが一瞬にして刃と成し、放たれる矢のように、穿つ! 
橙色に発光する刃は鉄板を突き刺し、超高温度に耐え切れなくなったその扉は、赤く赤く腫れ上がり、溶解を始める。
ヴェルニールが光刃を鞘に収めた時は、扉は跡形も無く溶けていた。
(久しぶりだな。この技は)
結局、“奴”に当てる事は一度たりともできなかったが……。
ガイルは懐古心を振り捨て、ヴェルニールをひたすら前進させていく。
――やがて、大きな広間に出た。その空間は白色に統一され、<管理者>と錯覚させるような、
崩壊した巨大なAI盤以外これと言って何も無く、有るとするならば、何やら真っ黒な破片が、ちらほらと散らばっているだけだった。
それは、まるでACかMT――何か機械的な物体の物に見えた。
現に、頭部・腕部・脚部のパーツと思われる残骸が微かに原型を止めていた物もあったが、
それを確かめる術は無いし、別に知りたくも無かった。
ガイルはAI盤に視線を戻し――ふと気がついた。右斜め下の一点だけ、弱々しく……それでいて蛍のような光を燈している。
それは、一定のリズムで点滅を繰り返し、まるで誘っているようにも思える。
(高さからして、ちょうどコアぐらいか。届かない距離ではないな……)
ガイルは、ヴェルニールを接近させ、手を伸ばす。その時――!
DANGER! LOCKDE!DANGER! LOCKDE!
レーダーが危険を察知し、その文字が赤くディスプレイに表示される!
ガイルはペダルを踏みながら推進レバーを引き、ヴェルニールを急速後退させる。
すると、先程までヴェルニールが居た位置に、蒼く発光する巨大な塊が三つ飛来し、派手な閃光を煌かせ、
轟音が世界の終焉を知らせるかのように咆哮する。プラズマキャノンだ。
派手に爆発を起こしてくれたせいで濃厚な煙が立ち込め、人の形をしたシルエットが映し出される。
「ガーディアンか」
ガイルは、ヴェルニールに施された全武器のセーフティーロックを解除。完全な戦闘モードに移行する。
――そのとき、背中に一瞬寒気が疾駆するのを、ガイルは確かに感じた。
戦慄と闘志と――そして本能が燃え滾ってくるこの感じは……
まぎれもなく――
(まさか……いや、そんな筈はない)
濃度の高い煙が晴れ、襲撃者の姿が露わになる。
それは、全身紺色をしていて、2脚ACと同じように人間の体を模していた。頭には、耳が位置する箇所から、角の様な物を生やし、
背中には、金属で構成された骨組みだけの翼があり、両手の甲からは指の数だけ鈎爪を生やし、
赤いカメラアイを、人間に例えるならば、ギラギラと輝かせていた。
――その姿、あえて例えるとするならば、私はこう例えるだろう。
“堕天使”と――…
ガイルは、一瞬複雑な感情に襲われ、それは不可思議な事に、驚愕に束ねられていく。
「……“君”……」
気の抜けた、しかし確信のある声で、呟く。
眼前に立つ彼は、まるで頷くように、カメラアイを鈍く点滅させた……。
 
 
≫NexT Episode 5―2話
 
「僕さぁ……“そろそろ”動いてもいいよね?」
あどけなさが十分に残る男は、そろそろという部分をやや強調し、今時、オールバックという育ての親に、問い掛けた。
 
 
#後書き
何か被っちゃいそうで怖い。続きは三月です。
作者:フドーケンさん