サイドストーリー

純情少年の初陣
 静かな駆動音が機体の揺れと共にダンの身体を揺らす。
 一切の表示が消えているACのコクピットの中、ダンは目を閉じていた。
 先日のシュミレーターの中での戦いを反芻し、思考錯誤していたのである。
 強かった。
 あのカラサワ使いのACデータ―と対戦のあと、次に戦ったAC。
 テクニックも、技術も、パワーも、ありとあらゆる面で完璧な相手だった。
 結局ほとんど有効打も撃ち込めずに敗北を喫したのである。
 完璧な敗北をしたのが悔しかった。
 同時にレイヴンの壁の厚さも実感した。
 あそこまで強い相手が確かに存在しているのだ。
「…頑張らなきゃあな…。」
 そう思いながらダンは自分の腕を見た。3年前とは違い、その腕は練磨と研鑚の日々によってたくましく成長している。
 身長も成長期に合わせて大きく伸びた。あの日々は決して無駄にはならない。
 そして3年間の集大成が、今だった。
『訓練生、ダン=イルキス、ゲイル=フォートレス、今が投下十五分前だ。尻尾を巻いて逃げ出すのなら今のうちだぞ?』
「いえ、このまま行きます。」
『へっ、んな覚悟ぐらいとうの昔に出来てるに決まってンだよ!!』
 通信機から今回のテストの同期性であるゲイルの罵声が飛び込んでくる。
 赤色の髪の毛に、火のような気性の荒さを持つというのが、ダンの下した彼の評判だった。
『ふん、いいだろう…。このチャンスに二度目は無い。せいぜい頑張って生き残ることだ…。』
『言われるまでもねえ。おい、ダン!!』
「なんだ?」
 話しの矛先が突如自分に向けられる。
『…単に合格するだけなら簡単だ。いっそ俺達二人で撃墜競争でもやらねぇか?』
「…遠慮しとくよ。俺はそんな風に戦いを捕らえる気は無い。やる以上は全力だ。」
『かー!!…真面目だねェ、お前。』
「ゲイルこそ、ずいぶんと余裕じゃないか。」
『手前がいるからだよ。』
 ゲイルのその言葉にダンは一瞬沈黙した。
『…ダン、手前は強えェ。むかつくが認めてやる。』
「………。」
『シュミレーターでは常勝無敗、教官どもの評価も高い。……俺も自分の実力にゃ自身を持ってたが、
 手前のおかげでものの見事に鼻をへし折られた。…感謝してるぜ?』
「え?」
 ゲイルの意外な言葉に思わずダンは間抜けな声で聞き返してしまった。
 ゲイルは、強い闘争心を持つ男だった。敗北したら、必ず復讐戦を挑み、相手を完膚無きまでに粉砕する。
ダンも彼と戦い勝利したが、そこからゲイルは幾度と無く復讐戦を挑んできたのだ。
 恨みに思われていると思ってばかりいたのだが…。
『最初は腹立ったぜ。だが、手前と戦っているうちに気付いた。全力を尽くせる相手ってのは、いい。
 この3年間で俺は自分自身でも想像できないぐらいに強くなったって自負がある。』
「ゲイル…。」
『…そろそろ時間だ。お喋りはそこまでにしてもらおう。』
 試験管の声が響く。
 それと同時に輸送機のハッチが徐々に開放されてゆく。
 ビルの森が、眼下に広がっていた。
『…作戦内容を説明する。今回の目的は、都心部に侵入したMTを全機撃墜することだ。…解りやすいだろう、
 若造ども。それでは、せいぜい頑張ることだ。投下開始…!!』
「了解、降下開始…!!」
『ヒャッホ――――!!!』
 通信機から奇声が聞こえてくる。
 ゲイルの機体を視界の端に確認しながらダンはレーダーを流し見た。
 現在自分が乗っている機体は、ACの基本中の基本とも言うべき機体だった。
 単発のライフルに、単発のミサイル、最安価のブレードに貧弱なジェネレーター。
 機体のパーツも、どれも一番のとりえが価格と言うべき代物だった。
 慎重に戦う必要がある。そう考えたダンは、ゲイルと連携行動を取ろうと通信機を入れたのだが…。
『行くぜェェェェェ!!!!』
 背部からオーバーブーストの爆光を吐き出しながらゲイルのACが突進する。
 多少の被弾をものともせずに接近し、ライフルを連射してたちまち一機を屠る。
『とったぁ!!』
 爆発と重なる歓声を聞きながらダンは自分の機体を動かした。
 連携を取ろうとしない機体を無理に追いかければ自分自身が危なくなる。
 同期の彼と一緒に合格したいとは思うが、最も優先すべきは自分自身の合格である。
「いくぞ…!!」
 呟きと共に、ダンは機体を走らせた。


 上空に待機する輸送船の中で、オペレーターとして同行していたジェシカ=ライトは訓練生の動きをトレースしていた。
「流石ね…。二機とも新人とは思えない動きだわ…。」
 二機のACはほとんど被弾らしい被弾も受けずにほぼ一方的にMTを粉砕していく。 
 ライフル、ブレードを適切な距離で使用し、相手の死角に回り込むように動き、必殺の一撃を叩き込む。
 当たり前の動きではあるが、その当たり前をどのくらい的確に行えるか。
 その点では、今回の二人は稀に見る逸材と言えた。
 最初からこんな動きを行えたのは、あの『撃墜王』と、『伝説』。
 そして、
「イージー…。」
 ジェシカはもうずっと昔に死んでしまった自分の担当だったレイヴンの名前を口にすると、表情を改めてダンとゲイルのモニターを見た。
 そこで、ジェシカはあることに気付く。
 最初は偶然かと思ったのだが、よく眼を凝らして注視して、ようやく理解した。
「非ロック表示が、点灯してない…?」
 ACには、相手のロックを知らせる表示がある。
 そのロックオン表示を頼りに、レイヴンは自分が捕捉されているか否かを判断する。
 非ロック表示がされていないということはつまり……。
「………相手に…、ロックオンすら許していないというの…?!」
 半ば、驚愕に満ちた声でジェシカはうめいた。
 その事実をもたらさせた、ダン=イルキスの機体は、画面の中でまた一機を屠った。
 撃墜数こそゲイルにすこし劣るものの、まだ、一発の被弾も受けていない。
 たとえMTであろうと大量の数があれば、最低でも一機ぐらいはロックオンと、攻撃のチャンスは巡ってくる。
 死角を縫うように疾り、その影すら踏まさず、姿を見せると同時に確実に相手を撃墜していく。
 精緻極まる動きだった。
「…凄い…。」


「凄げぇ…。」
 ゲイルは僚機のAPを確認して、うめく様に呟いた。
 そもそも発砲すら許さず、一方的に敵機を撃破していく。
 ゲイルのACも敵機の5割近くを撃破していくが、多少の被弾は免れなかった。
 それに比べ、ダンのその動きは、異様としか言い様がない。
「?!」
 自機へのロックオンを知らせるアラームが点灯する。
 即座に自機を移動させ、相手のライフル弾頭を回避し、復讐の一撃を叩き込む。
「よし…!!次は!!」
 確認の為にレーダーに眼をやり、…そこで、ゲイルは他のすべての機影が消失していることに気付いた。


「…全機撃墜を確認…。ふぅー……。」
 レーダーを確認し、ダンは大きな溜息を付いた。
 ダン自身、この戦いは神経を磨耗させるような戦い方だった。
「…撃墜競争は俺の負けだね。」
『嫌味かてめぇ…。』
 気炎を吐くようなゲイルの言葉にダンは彼の顔を想像しながら苦笑いを浮かべた。 
「…まだまだだよ…。俺が以前戦った戦闘プログラムには全然勝てない。もっと上手く動かなきゃな。」
『は?てめぇが勝てないプログラム?』
「ああ、昨日…」
『警告!!』
 突如、上空の輸送機から切迫した女性の声が聞こえてきた。
『付近にAC反応を確認したわ!!…ランクC−6、ストリートエネミー、スタテック・マンです!!!』
「「ランカー!!??」」
 想像だにしない乱入者に、ダンとゲイルの声が重なる。    
『コーテックスは今回のみに限り、再試験を認めるとのことよ。撤退ラインに早く…!!』
『いや…。』
「…撤退は、しません。」
 ジェシカの切迫した声に、しかし二人は拒否を持って答えた。
『ダン、APは完全として、ライフルとミサイルの残弾は?』
「ライフルはあと70発、ミサイルは24発、そっちは?」
『俺はライフル38発に、ミサイルは27発。APは7000を切った所だ。』
「二人とも、早く撤退なさいな!!」
 ジェシカの言葉は当然であった。
 ランキングCに当るランカーの駆るACは、MTとは次元が違うと言っても過言ではない。
 高機動力を持ち、強力な火力を振るうレイヴンの操るAC。
 撤退の許可が出ているにもかかわらず引こうともしない二人の行いは正直利口と呼べるものではない。
『両名とも戦闘続行するか?』
 試験官の冷厳な声が響く。
「ええ、」
『当たり前だろうが!!』
 ダンは軽く頷き、ゲイルは唸るように返した。
『了解した。…ここでランカーレイヴンを返り討ちすれば貴様等は最初からある程度大きなミッションを引きうけることが出来るだろう。
 健闘を祈る。』


「撤退せんだと…?…くく、ありがたい…。」
 攻撃目標のACが、撤退ではなく交戦の意志を示したことに、ストリートエネミーはコクピットの中で一人ほくそえむ。
 今回のミッションの内容は新人のレイヴンの抹殺。
 レイヴン一人を抹殺するだけで、80000もの大金が転がり込んでくる巧すぎる話だった。
 最初は裏があるのかとも思ったが、依頼主いわく『貴方は報酬次第でいかなるミッションも引き受けてくださると聞きました。
』
 との言葉が決め手となった。
 みすみす見逃すには余りにも巧い話だったのである。
 そして、最大の懸念であった相手の撤退という最悪の事態は相手が交戦の意志をあらわしたことで解消された。
「…戦闘システム起動。…ふふふふ、稼がせてもらうぞ…。」


「敵機確認…。」
 ダンは一人、敵ACを睨みすえた。
 ミサイルポットを展開させる。
「…仕掛ける!!」
 ロックオン終了と同時にミサイルを発射させ、機体を横に滑らせる。
 自機がほんの数瞬前までいた場所を対AC用ライフルがかすめていった。
『ははは、死ねェ!!』
 ストリートエネミーの左手からレーザーブレードが伸びた。
「誰が…、死ぬか…!!」
 同じく左腕から灼熱の刀剣を伸ばし、相手の斬撃を受け止める。
『何故かは知らんが感謝するぞ!!貴様が死ねば、80000だ!!』
「ふん…、安く見られた!!」
『ぬかせ…!!』
 灼熱の粒子が機体表面を叩く。レーザーブレード同士の干渉で、コクピット内の視界が白く燃えていく。
 だが、少しずつ、ダンの機体が後ろに押されていく。
 それも無理は無かった。
 あらゆる面で最悪とも言える初期型のACと、Cランクレイヴンの乗るACではジェネレーター出力も、ブレードの威力も、
 ブースターの性能も、全てので劣っている。 
 力比べをしてそもそも勝てる道理がないのだ。
『…このまま押し潰してくれ…!!』
「されるのは貴様だ!!」
 ダンの叫び声と同時に、背部で爆光が膨れ上がる。
 オーバーブーストの光とともにダンの機体が、ストリートエネミーに盛大に体当たりをかましたのだ。
 ダンは最初から普通の力押しで勝てるなど思っていなかった。
 切り結ぶと同時にオーバーブーストを展開し、その出力で押し切ることを狙っていたのである。
『き、貴様ぁ……!!』
「雇い主に言っておけ!! 俺は、必ずあの子の涙を止める!! あの子を縛る全ての鎖を叩き切る!!
 …その為には、お前如き三下なんかにてこずっている暇はないんだぁ!!」
『こ、この俺を三下だと…!! おのれぇぇぇぇぇぇ!!!』 
「逝けよやァァァァァ!!!!」
 ダンはそのままスタティックマンを押しながら手近なビルに相手をぶつけた。
 衝突の衝撃でビルの全てのガラスが割れる。だが、それと同時にダンのACのコクピット内にけたたましい音が鳴り響いた。
「…ジェネレーターが死んだか…!!」
 見れば、ジェネレーター表示が赤色に染まり、強制回復状態へと移行していた。
 この状態になった場合、エネルギーを消費する行動、ブーストダッシュ、エネルギー兵装の使用など一切の行動が取れなくなる。
 ほぼ、死に体と同様となるのだ。
『舐めた真似をしてくれた…!!死ね!!』
 ほとんどのろのろとした亀のような機動力しか有さないダンの機体に死の一刀を加えようとするその時、
『俺のことを、忘れてんじゃねぇ!!』
 同時に、ストリートエネミーのディスプレイの全てが黒色に染まった。
 相手の機体の頭部を、レーザーソードでビルごと刺し貫いたのだ。
『な、なんだと…。』
「…ランカー相手に正面から挑むほどうぬぼれちゃいない。」
『最初からビルの後ろで機体を停止させてレーダーから隠れていたのよ。そして貴様がビルと接触させるタイミングを合わせて
 頭を潰させてもらった。』
 ダンは、スタティックマンに標準を合わせた。
 そして刃のような鬼気を込めて叫ぶ。
「…さっきの言葉を雇い主に伝えておけ!!その為に撃墜はしない!!」
『こ、この俺をメッセンジャーがわりにするだと…、お、覚えておけェ!!!!』
 後退をはじめるストリートエネミーに照準を合わせたまま、ダンは相手を睨み据える。



「くそっ!!くそぉ!!くそぉ!!」
 憎悪の呻き声を上げながらストリートエネミーは機体を疾走させる。
 怒りに胸を燃やしながら幾度となくコンソールに腕を叩きつける。
 死に勝る恥辱とはまさにこのことだった。
 ランクC−6の自分が、二人がかりとはいえ、新人のレイヴンに一敗地にまみれるなど、あって良いことではなかった。
 だが、スタティックマンの頭部は完全に破壊されており、ろくな戦闘行動を取ることが出来ない。
 その事が怒りに油を注ぐ。
「力が、…奴を殺せる力が…!!」
 ほとんど呪詛に似た呻き声。意味も持たない叫びでしかない筈の叫び。
 だが、答える者がいた。

『力が、欲しいか?』

「なに?!」 
 
 突如、何処からとも無く、男の声が聞こえてくる。
 だが、レーダーにはなんの反応もない。
 空耳か?と思い視線を正面に向けた時、ストリートエネミーは異様なものを見た。
 
 そこには、男が一人立っていた。
 軍仕様の大型の防弾コートに身を包み、目元はアイマスク状のサングラスに覆われており、表情を窺い知ることは出来ない。
 成人男性としても190近くの巨躯の男。黒髪に褐色の肌を持つそいつは、楽しげに笑っていた。
 それだけならば、別に驚くほどの問題ではない。
 問題なのは、その男が、



 宙に浮いていることだった。



『重ねて問うぞ?力が欲しいか?』
「き、貴様、何物だ!!」
『…どうでも良いことを聞く。…まあ、いい。』
 男は空を見上げ、記憶の中から古い名を引きずり出す。
 言った。
『俺のことはイージーと呼べ。』
「…なんの用だ?!」
 イージー、そう名乗った男は口元に亀裂のような笑みを浮かべた。
『親が息子の活躍を見に来るのはおかしいか?もっとも、ダンと言う名もエースがつけたものだし、あいつも俺の存在は知らん。
 俺とあいつの関係も遺伝子提供者とその結果というものでしかない。』
「貴様が…やつの親?!!」
 ストリートエネミーの表情が醜く歪む。
 なんでもいい、あの自分に恥をかかせたあの小僧に関わる者ならば誰でもいい。
 傷付けてやる。
 見境のない復讐の念がストリートエネミーを突き動かす。
 レーザーブレードが灼熱の粒子を吐き出し、宙に浮く謎の男に対して加速する。
 だが、イージーは致命的なそれを軽く眉毛を動かしてくだらない者を見るような目で見下し、言った。
『現われ出でよ、ジオサイト!!!』 
 イージーのその言葉と共に、彼の足元の光景が劇的に変化する。
 光を屈折させ、肉眼による索敵も、電子的な索敵の眼も欺く不可視の衣を脱ぎ捨て、一体のACが無明の暗黒より出現する。
 主を左手に抱き、胸の前で掲げる一体のAC。
 それは、ただ暴悪なまでに凄まじい力の結晶だった。
 中量級の二脚に、ハリネズミじみた絶望的なまでの重火力。
 右肩には12連射可能なミサイルポット、左肩は二門の砲塔を束ねたグレネ―ドランチャー、左手にはムーンライト、そして、
 特筆すべきが、右腕と完全に一体化したKARASAWAであった。
 武器腕の一種なのだろうか、だが、片方のみの武器腕などどこにも存在しないはずである。
 それ以前に、ここまでの過激な武装をする以上、絶対に過重積載となり、ろくな機動力を残していない筈だった。
 ジオサイト、地球虐殺の名を冠する深い蒼と灰色に塗装されたACは一歩、スタティックマンに歩み寄る。
 その無形の闘気に気押されたのか、ストリートエネミーは思わず自機を後ろに3歩下がらせていた。
『身のほどを知れ、三下。』
 イージーは、下らぬとでもいいたげに呟いた。その言葉と共にイージーはジオサイトの頭部へと飛び乗る。 
「だ、黙れェ!!!」
 そのダンとまったく同じ内容の言葉に、ストリートエネミーの怒りが本能的に感じていた恐怖をかき消してしまう。
 対AC用ライフルを構え、だがその動きに先じてジオサイトのKARASAWAがスタティックマンの右腕を完全に粉砕していた。 
 それだけでは飽き足らないのか、幾筋もの光条が、レーザーブレード、ロケット砲、中型ミサイルポットを完全に破壊する。
 いまや、完全に戦闘力を奪われたスタティックマンの中で、ストリートエネミーは凄まじい屈辱の中にいた。
 まったく、完璧に、もう、どうしようもない。
 頭に血が上り、冷静な思考力を徐々に奪って行く。
 その時、イージーから再び通信が入った。
『貴様は俺の話を聞いていなかったのか? 俺は貴様を殺しに来たのではない。話しを持ち掛けに……。』
 その言葉がとどめとなった。
 相手にとって、自分は命を奪うにも値しない、矮小な存在である。
 スタティックマンは最初から頭部を破壊されていたし、この無残な結果が彼の実力の全てではないのだが、
 そう考えるにはストリートエネミーはプライドが高すぎた。


            ブチッ

 なにかが、弾けた。


 コンソールに、一切合財の力を失ったストリートエネミーの頭が重々しく落ちる。
 

「おい、ストリートエネミー、返事をしろ。」
 イージーはなんの返事も返さない相手に対し、苛立ちを感じながらも、実直に呼びかけを続ける。
『マスター、正面の機体から生命反応が消失しました。死亡したものと思われます。』
 唐突に聞こえたACの制御プログラム『ジェシカ』からの声に、イージーは思わず眉根を寄せる。
「…なんだそれは。…死因はなんだ?」
『現在ハック中、…どうやら極度の精神の高ぶりによる、脳内出血のようです。』
 イージーはさも下らなさそうに主を失ったACを見据えた。
 溜息を吐く。
「……なんと下らん死に様だ。…『ジェシカ』、ダブルランチャー、構え。」
 イージーの声に従うように、背中に装備された二門の砲塔を束ねた大型グレネ―ドランチャーが構えられる。
「…戦って死んだなら、まだ本望だったろうに。…俺に出来るはなむけは、貴様を闘死した戦士として、火葬にしてやるぐらいだ。……撃て。」
 轟然と、二丁のランチャーから大型榴弾が吐き出される。
 その弾頭はスタティックマンを一撃で粉砕し、炎のなかへと包み込む。
 イージーはなにも言わずにジオサイトの中に滑り込んだ。
「…コンバット・アウト。通常モードへ移行。隠れ蓑を展開。…帰るぞ…。」
『了解。光学迷彩展開。これより帰還します。』
 再びジオサイトを不可視の衣が包み隠し、無明の闇の中へと姿を隠す。
 生者の全て消え去ったその場所で、スタティックマンは、ゆるゆると、燃え尽きて逝った……。 

                          <つづく>


 ゲイル=フォートレス
 十八歳  
 
 赤毛に白い肌の火のような気性の青年。
 ダンの同期で、新人では彼に告ぐ実力の持ち主。粗暴な言動に快く思わない人間は多いが、その実は冷静な内面を持つ男。
 ダンの実力に最初は嫉妬していたが、現在では素直に認め、コンビを組むことになる。
 口は良くないが実際は優しい奴である。
 セレンのことに関してなら暴走することが確定しているダンのブレーキ役も兼ねている。
 火遊びの達人にして、付き合った女性と上手く別れる嫌な天才。
 本人曰く、『泣かせた女は一人もいねえ。』とのこと。
 搭乗機体の名は『D・ハウル』。Dはダイナマイトの略。
 プラズマキャノンと携帯型グレネ―ド、実弾EOによる短時間の猛攻を行う重量級の機体である。
 文字通りの短期決戦型。『1分しのげば勝ちは確定』と笑われるが、彼の猛攻を1分耐えきれる者はそうはいない。

ジェシカ=ライト
 27歳

 コーテックスのオペレーターガールにして、レイヴンだったという異色の経歴を持つ女性。
 理知的な女で的確な指示を出す黒目黒髪に唇の色っぽいひと。
 かつてサポートを務めたイージーという男を今もまだ愛しており、彼ととった写真を肌身離さず持っている。
 イージーの面影を何故か持っている新人レイヴンのダンのオペレーターを務めることになる。
 かつて乗っていた機体名は『雀鵬』(じゃくほう)。バランスの取れた火力に、一撃必殺のパイルを併せ持つ近接戦闘を専門とする機体。
 パイルのある右腕のみが毒々しい赤と黒に染められている。
作者:ハリセンボンさん