Underground Party 3話 〜想い出〜
Title:レイヴン試験
試験に適切な状況が発生致しましたので、時刻をお知らせ致します。
本日19時までにコーテックスの――
「・・・まぁ、待て。落ち着け、俺・・・よし、落ち着いてる。で、シェリル・・・これは何だ?」
いきなり自分に話しかけたと思ったら、突然私に話を振ってきた。
やはり面白い奴だ。
「・・・何、と言われてもな。レイヴン試験の概要だろう?」
「んなことは見れば判る!俺が聞きたいのは何で俺がそんなものを受けることになってるかっつーことだ!」
簡潔に答えてやったつもりだが、ルクスは声を張り上げて怒りだす。
・・・カルシウムが足らないんじゃないか、こいつ。
「ああ、私とワルキューレが推薦してやった。お陰で筆記はパスだ、感謝しろよ」
本来なら実戦試験を受けるには、筆記試験をパスしなくてはいけないのだが。
まあ、Bランカー2人の連名には、それなりの特権を得る力があるということだろう。
・・・今後、ちょくちょく利用させてもらうか。
「何でワルキューレさんまで!?」
面倒臭いが、このまま騒がれるのも迷惑なので説明してやることにした。
「ワルキューレが言い出したんだ、これは。あの時のお前の動きはかなりのものだったからな、それでだろう」
まあ、奴が言い出さなければ、恐らく私が勝手に申請していただろうとは思うのだが。
「いや、でも・・・」
ルクスが何かを言いかけるより、私が言葉を紡ぐほうが早かった。
「第一、お前もこのままずっと私のヒモでいるわけにもいくまい?」
冗談のつもりで言ったのだが、この言葉の効果は絶大だった。
「っ・・・!判ったよ、やればいんだろ、やればっ!!」
顔を赤くして叫ぶと、ドアを叩き付けるように閉めて自分の部屋へと戻っていった。
・・・全く。そんなに気にすることでもあるまいに。
男という生き物は、色々と大変なことだ。
プライドなんぞ、幾らあろうとも腹は膨れないというのに。
軽く同情しながら、ラップトップを立ち上げる。
起動と同時に、メールが届いていることを知らせる電子音が鳴る。
着信メールは2通だ。
着信Box
Newミラージュ:新製品の御案内
Newワルキューレ:僚機依頼
レイン・マイヤーズ:先日の件
ワルキューレ:提案だけれど
ユニオン:礼状
メールソフトを開くと、新着メールということを示すNewマークが2つ。
僚機依頼もともかく、まずは新製品という単語が私の目を引いた。
「ほう・・・ミラージュの新製品か、どれ」
矢張り新製品や限定等という言葉が気になってしまうのは、人の性というものだろう。
私もそんな一般の例に漏れず、期待や興奮が入り混じった、何とも形容し難い感情を抱きながら、メールをクリックした。
Title:新製品の御案内
アリーナでの順調なランクアップおめでとうございます。
この度は、我が社の新製品の御案内をさせて頂きます。
型番は右腕用武装『MWG−KARASAWA』と左腕用武装『MLB−MOONLIGHT』。
詳しい性能は、是非ショップにてお確かめ下さい。
両製品とも、今までの製品には無い高いポテンシャルを持つものと自負しております。
とはいえ、この製品は何方にでも販売するというものではありません。
一部の選ばれた、実力ある皆様だけにお届けする品でございます。
力とは、誰もが気軽に扱ってよいものでは無いと我々は考えているのです。
皆様のような、力を持つ資格がある方だけが、我が社の製品を手に出来るのです。
「・・・ほう、右腕装備では初のネームだな・・・それに、MOONLIGHT・・・月光か。中々詩的な名じゃないか」
ネームというのは、通常の記号のような型番とは違い、象徴的な意味を持つ型番のパーツの通称だ。
無論、そのような型番を付けるだけのことはあり、性能も通常のパーツとは一線を画した存在である。
一番有名なネームパーツといえば、矢張りSKYEYE・MISTEYEだろうか。
抑えられた重量とEN消費、平均以上の防御力とレーダー性能など、これを載せれば間違いは無いとまで言われる人気製品である。
他には、ブースタのFLEETやラジエータのICICLE、武器ではSAMURAI2やTITANにHECTOなどが挙げられるだろう。
シェリルが愛用しているHALBERDも、ネームパーツの1つである。
もっとも、HALBERDの名が広まったのは、シェリルのおかげといっても良い位なのであるが。
「・・・ふむ。レーザーライフルの方はともかく、このブレードは試しに購入してみるとしようか」
そう呟いて、ショップにて購入手続きを行う。
見る限り、ブレードとしては重いが、それを補って余りある攻撃力は魅力的だ。
ついで、と言ってはなんだが、レーザーライフルの性能も確認してみようと、パーツリストから選択する。
が、一目見るなり、シェリルの口から呆れた声が漏れた。
「・・・何だ、このイカれた重量は?グレネードよりも重いじゃないか・・・ダメだな、こんなものは使えん」
威力や発射時のEN消費などは良い。弾数や弾速も、威力を考えれば及第点だ。
だが、まあ。
それら総てをブチ壊しにしているのが、1520という腕武装としては非常識なまでの重量だ。
それっきりKARASAWAに興味を失ったシェリルは、ふと思い出したようにもう一通の新着メールを開く。
ワルキューレからの僚機依頼。
奴からの僚機依頼など、珍しいにも程がある。
「どれ・・・ああ、そういうことか・・・ま、面白そうではあるな」
一人で納得し、了解との返信を送ったシェリルは、ガレージへと向かう準備を始めだしたのだった。
輸送機に揺られる、ACのコクピットの中。
何がどうなってか知らないが、俺は今からコーテックスのレイヴン試験を受けることになっている。
「ねえ・・・君達、名前は?」
若い男の声が突然通信機から流れる。
緊張しているのか、多少上擦った声だ。
・・・他にすることもないし、世間話でもしてみるかな。
・・・まあ、数十分後には死んでいるかもしれない相手と世間話というのもアレな話だが。
「ルクスだ、宜しく」
「私は、レジーナよ」
・・・おや、女の子だ。声からして中々可愛いとみた。
レジーナね・・・チェックしておこう。
「僕はアップルボーイです、長ければABとでも。宜しく、ルクス、レジーナ」
・・・AB・・・また、微妙な・・・これは、笑っていいのだろうか?
まあ・・・気にしないことにしよう。
「ああ、そうだ。2人共、どうしてレイヴンになろうと思ったんですか?僕はね、子供の頃にACを見て、それ以来ずっと憧れててね」
少し間が空いて、再びアップルボーイが口を開いた。
どうも、喋っていないと落ち着かないのだろう。その気持ちは判らなくもない。
「私は・・・親父がレイヴンだと知ったから、かな」
事情はよく判らないが・・・まあ、生き別れになったとか、そういうことだろうか。
だが・・・戦場で出会うこともある、ということを判っているのだろうか。
「ルクスさん、貴方は?」
「あー・・・意地の悪い女にハメられたんだ」
「・・・っくしゅ!・・・参ったな、風邪か?」
「・・・大丈夫?」
「・・・今回は2人じゃなかったんですか?」
試験監視用の電子作戦機のパイロットが、試験官に尋ねた。
それに答えて、試験官は読んでいた雑誌から顔を上げて答える。
「それがな、推薦状で筆記を免除された奴が急遽参加・・・というわけさ」
「免除?そんな前例ありましたっけ?」
パイロットの質問に、試験官が苦々しそうに顔を歪める。
「無い。・・・が、推薦したのが"戦乙女"に"紅い神槍"の2人ときている」
パイロットが驚いて振り返る。
「あの2人の推薦?・・・一体、どんな奴なんです?」
その問いに、試験官は肩をすくめて答える。
「経歴全てが謎、らしいぞ。何でも、出身・年齢・本名・・・何と、登録番号すらなかったそうだ」
登録番号とは、このレイヤードの住人全てに付けられている、10ケタの英字と数字で構成された番号のことである。
この世界に存在する限り、登録番号は絶対についているはずなのだが・・・。
「登録番号が無いなんて・・・そんなことって、有り得るんですか?」
試験官にも、それがどういう意味を為すのかは、判らなかった。
「さぁな・・・おっと、そろそろか。通信を切り替えろ」
「これより試験を開始する。君達に課せられた任務は、市街地を制圧している敵部隊の全滅。敵戦力は、MT及び戦闘ヘリだ」
「この任務を達成すれば、君達はレイヴンとして認められる」
「このチャンスに2度目は無い。必ず成功させることだ」
「では、作戦領域へと投下する!」
「・・・どうです?」
パイロットが、モニターを凝視している試験官へと尋ねる。
「・・・新人の動きじゃないな、これは。他の2人もそれなりにいいセンスをしているが、奴は格が違う」
初期機体にも関らず、既に3機の重装MT”スクータムD”と7機の戦闘ヘリ”ターバニット”を墜としていた。
これまでに他2機が墜とした数の、2倍以上の数であった。
「ふむ」
試験官が手元のファイルに幾らかの事項を書き込んでいると、多少緊張した声の通信が流れ込んできた。
「・・・やはり来たぞ、爆撃機の飛来を確認した。グランドロックが3機・・・絨毯爆撃だな。護衛機も確認されている」
後部のレーダー員からだ。グランドロックの速度だと、ここアダンシティに到着するまで、5分ほどか。
グランドロック‐S28・・・このレイヤードで最大の大型爆撃機だ。
対空砲火に耐え得る堅固な装甲と、地形追随レーダーによって実現された低空侵攻能力を持つ。
それが、3機。・・・アダンシティの1/3を火の海に出来る量だ。
「・・・ま、心配はないだろう。何せ、迎撃するレイヴンは・・・」
「なっ・・・爆撃機だって!?そんなこと聞いてない!」
「冗談じゃない!爆撃なんて・・・!」
レジーナとアップルボーイが、ほぼ同時に悲鳴を上げる。
「試験の中止は認められない。・・・レイヴン、爆撃機はそちらで全て始末してくれ」
後半は、別の相手に向けた通信だろう。
どうやら、近くにコーテックスの雇ったレイヴンが居るらしい。
「くっ・・・!」
アップルボーイ機が、戦闘ヘリのロケット弾を受けて仰け反る。
爆撃機出現という予定外の事態に、動揺しているのだろう。
見れば、レジーナ機も動きが鈍り、MTからのバズーカを被弾して肩のレーダーを失っている。
「2人とも、落ち着け!目の前の敵に集中するんだ!」
アップルボーイ機を囲む戦闘ヘリをライフルで墜とし、レジーナ機の正面のMTにミサイルを撃って隙を作ってやる。
ミサイルが着弾して衝撃で硬直するMTに、レジーナ機が踊りかかる。
「サンキュー、ルクス!」
言葉と共に、レジーナがブレードでMTを切り裂き撃破する。
アップルボーイも、ビルの合間に飛び込んで、そこから戦闘ヘリを迎撃している。
これなら、このままいけそうだ・・・と思った直後。
「・・・中々よくやってるようじゃないか、ルクス」
・・・と、一番聞きたくなかった奴の声が、通信機から流れた。
サブモニターには、ニヤニヤと笑うシェリルの顔が移っている。
「・・・シェリル、戦闘中。切るよ?」
うんざりして、コンソールを操作しようとしたが。
「まあ、待て。今トレネシティに居るのは私達なんだ、少しは話を聞け」
・・・ってことはだ。
コーテックスが雇ったレイヴンとは、シェリルのことだったらしい。
まあ、それなら心配は要らな・・・ん?
「・・・私達?」
自然と口から漏れたその疑問に答えるように、サブモニターにもう1つの顔が移る。
「この間はどうも、ルクス。頑張ってるみたいね」
ややウェーブの入った金髪の女性。ワルキューレだ。
「あ、ワルキューレさん・・・ども」
と、挨拶した直後。アップルボーイが叫んだ。
「え!?ワルキューレ!?」
その突然の声に驚いて、手元が狂った。
発射したライフル弾は狙ったヘリの後部ローターに当たり、撃墜には到らず、その戦闘ヘリは不時着して反撃して来た。
「アップルボーイ・・・いきなり大声を出すなよ・・・」
まだ機銃を撃ってくるそのヘリを踏み潰して撃破しつつ、アップルボーイに文句を言う。
「あ、いや・・・すまない。実は僕、彼女のファンなんだ・・・」
決まり悪そうに答えるアップルボーイ。
そういうことなら、まあ仕方ないが・・・。
と、シェリルが通信に割り込む。先程の俺との会話とは違って、通常回線だ。
「よし、新人。爆撃機は私達が墜としてやる。だが、お前達が危なくなっても助けには行かんからな、精々頑張ることだ」
「安心して戦ってちょうだい、1機もそちらには行かせないわ」
あの2人を爆撃機の速度で突破するには、ACの3機も陽動に持ってこなければ無理だろう。
爆撃機がこっちに達する可能性は、殆ど無くなったと言っていいだろう。
・・・まあ、どちらか片方だけでも同じ結果だとは思うが。
2人の言葉に励まされたのか、レジーナとアップルボーイの動きにも迷いが無くなっている。
「俺もこうしちゃいられないな」
通りの向こうの立体道路に、MTが3機展開して、こちらにバズーカを向けてきているのだ、
壁にしているビルにバズーカが何発も着弾し、コンクリートの破片が辺りに飛び散る。
この試験用機体のブースト速度では、接近する前に鉄クズにされるのがオチだろう。
そう判断して、OBを起動させると、衝撃に備えて腹に力を込める。
一瞬の後、ズンという感覚とともに、機体が一気にビルの陰から躍り出る。
3機のMTが慌ててバズーカを放つが、全て後方に着弾する。
OBのスピードを追いきれていないのだ。
1機の横を通り過ぎざま、ブレードで胴体を真っ二つにする。
出力の弱い最安価のブレードだが、この速度で叩きつければMTくらいは両断できる。
そのMTの上半身が地面に落ちないうちに急反転し、2機目を装甲の薄い背後から袈裟切りにして撃破する。
3機目が振り返ろうとしたところを、脇腹にあたる部分にライフルを押し付け、零距離で連射する。
装甲を食い破った銃弾が内部で跳ね回り、煙を上げて3機目も沈黙した。
「・・・こちらグナー、敵爆撃機撃墜」
「スレイプニルだ、こちらも撃墜した」
ワルキューレとシェリルの声が通信機から流れる。
北の方に機体を向けると、傾いて高度を下げてゆく2つの大きな影と、まだ飛んでいる1機に向けて射線が延びているのが見えた。
と、程なくその爆撃機も火を噴いて夜空を照らしながら、ゆっくりと高度を下げ始めた。
・・・あの爆撃機、あのままだとここらに落ちるんじゃ・・・爆弾積んだままだよな?
・・・まあ、そんな嫌な予感もヒシヒシとするが。考えるのはやめておこう、怖いから。
と、爆撃機の纏う炎に照らされた上空の闇の中に、1つの機影が見えた。
「・・・輸送機・・・?」
自分達が乗ってきたものではない。ということは・・・。
予想通り、試験官より通信が入る。
「・・・敵増援を確認した。ランカーACゲルニカだ。予定外だが、敵は敵・・・撃破しろ」
ゲルニカ・・・確か、近頃調子良く勝ち進んで、つい先日Dランクに上がったばかりだったか。
あの2人には少々荷が重い、かな。
遥か上空を見つめて覚悟を決めると、戦闘中の2人に通信を送る。
「レジーナ、アップルボーイ。残りのMTと戦闘ヘリを掃討してくれ、こいつは俺が引き受ける」
というか、一番近くに居たのが俺で、既に降下中のゲルニカから、雨のように降り注ぐ拡散レーザーを受けている。
望もうが望むまいが、必然的に奴と当たるのは俺ということになるわけではあるが。
「判りました!すぐ片付けて援護に行きます!」
アップルボーイが威勢のよい返事をする。
AC、それもランカー相手だというのに、少しも怯んだ様子がない。
先ほどの爆撃機騒動で吹っ切れたのだろうか。
「待ってて!こっちももう少しで終わる!」
と、レジーナ。こちらもいい返事だ。
が、相手はそうは思わなかったようだ。ゲルニカから通信が入る。
「・・・1機で迎撃とは、俺も舐められたものだな」
それには答えず、ゲルニカが絶え間なく放つ拡散レーザーを何とか避けながら、こまめにライフルを撃ち込んでいく。
拡散レーザーを全て回避することは、流石に初期機体では難しく、幾筋もの光弾が装甲を焼く。
「っと・・・」
至近距離でアレを喰うのはマズイと判断して、ミサイルを放ちながら機体を後退させる。
ゲルニカも、お返しとばかりに数発のミサイルを放ってくるが、それをビルの陰に飛び込んで回避する。
「さて、どーするかな・・・」
エネルギーゲージの回復を待って、ビルの陰から飛び出し、ミサイルを放つ。
ゲルニカがそれを回避している隙に、ライフルを数発打ち込んで距離を取る。
ミサイルを連射しながら距離を詰めようと接近してくるゲルニカに、後退しつつ機体を左右に振ってミサイルを避け、ライフルを放つ。
しかし、こちらは回避しながらの上、初期機体の為にすぐに追いつかれる。
近距離から拡散レーザーの猛射を受けて、表示されているAPが一気に減っていく。
「くっ・・・!」
必死に回避行動を取りながらライフルを連射するが、火力の差は歴然としている。
このままでは・・・
「どうした、そのまま死ぬだけか、ルクス!」
諦めかけたその時、シェリルから激が飛ぶ。
その言葉に、ふっと誰かの顔がよぎる。
泣きそうな顔をした、整った顔立ちの女性――
『帰ってきて、くださいね』
確か、それに俺は、約束だ・・・だか何だかと答えたんだっけ。
言ったのは誰なのか、言われたのはいつなのか、何処で言われたのか――
それは判らない、思い出せない。
だが。
その約束だけで、十分だ。
・・・そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない・・・。
「・・・あいつにもう一度会うまでは、死ねるか!」
叫び、機体をOBで突進させ、ライフルのトリガーを引きっ放しにしながら、ゲルニカに激突する。
「何っ!?」
OBの速度を乗せた体当たりは、貧弱な装甲の武器腕の片方をひしゃげさせた。
突然の反撃に慌てたのか、逆間接特有のジャンプ力で、後ろに大きく跳び退いて距離を開けるゲルニカ。
と、そこにレジーナの声が響いた。
「避けて!」
咄嗟に機を左にスライドさせると、すぐ横をミサイルが通り過ぎ、ゲルニカの装甲を削った。
それに合わせて、自分もミサイルを連射し、立て続けにゲルニカに命中し、その衝撃でゲルニカは動きを止める。
「く・・・試験生の分際で!」
・・・お前は今からその試験生に墜とされるんだ。
レーダーを見ながら、心の中で呟いた。
自機とレジーナ機の反応に、ゲルニカの赤い光点を挟んだ向こう側に、1つの緑の光点が表示されている。
そう、回り込んでいたアップルボーイ機の反応だ。
「これで終わりだ!」
ザン、と。アップルボーイが掛け声とともに、ブレードを振り下ろす。
ビルを飛び越えて現れたアップルボーイ機に反応出来なかったゲルニカは、振り向いたところを袈裟懸けに斬られ、地面に沈んだ。
「敵勢力の全滅を確認。中々良い腕だ、新人にしてはよくやった」
試験官が、賞賛の言葉を送ってくる。
「ようこそ、新しいレイヴン。君達を歓迎しよう」
「ま、とりあえずはおめでとうと言っておこうか」
シェリルが意地悪げな笑みを浮かべて、こちらを見回す。
それと対照的に、ワルキューレは穏やかな微笑を浮かべて、祝いの言葉を口にする。
「そうね。3人とも、おめでとう」
俺の横には、一緒に試験を受けたアップルボーイとレジーナがガチガチに緊張して座っている。
まあ、トップランカー2人を前にすれば、これが普通の反応なのかもしれないな・・・。
「まあ、そう緊張するな。これは私の奢りだ、好きなだけ飲め」
そう言って、テーブルの上に次々と酒瓶や缶を並べていくシェリル。
・・・ちなみに、シェリルの部屋の冷蔵庫の中身の大半は酒類と、その肴が占めている。
以前にその中を見たとき、女の部屋の冷蔵庫ではない、と思ったのをよく覚えている。
「どうした?遠慮するな、どんどん飲っていいぞ」
笑いながらビールを開け、そのまま一気に飲み干すシェリル。
元より俺はシェリルに遠慮などしていないが、1人だけ飲み始めるのも気が引ける。
並んだビールを2つ手に取り、アップルボーイとレジーナに押し付ける。
「まあ、乾杯といこう」
自分の分のビールを開けて、2人が蓋を開けるのを促す。
「あ、ああ・・・じゃあ、頂きます」
と、アップルボーイがシェリルに軽く礼をして、プルタブに指を掛ける。
「ええと・・・頂きます」
それに釣られてレジーナも深くお辞儀をし、ビールの蓋を開けた。
「じゃあ、無事3人がレイヴンになったことを祝って・・・」
「乾杯!」
カン、と缶を打ち鳴らし、それぞれ缶を口へと運ぶ。
よく冷えたビールが喉を通り、何とも言えない爽快感が走る。
「・・・ぷはぁ」
缶から口を離し、一息をつく。
やはり、ビールの最初の一口というのは格別に美味しい。
「それにしても、よく無事だったな、お前達」
いつの間にか3本目に突入しているシェリルが口を開く。
・・・いつもながら、どういうペースだ、こいつは・・・。
「そうね。3機だったとはいえ、相手はランカーだったものね」
ワルキューレはビールではなく、グラスに注いだワインを飲んでいる。
なんというか・・・イメージに見事合っているというか、絵になる図だ。
いや、シェリルがビールをあおっているのも、それはそれで非常に合っているのだが。
「ランカーとはいえ、所詮は武器腕を乱射しているだけの3流だったがな。まあ、それにしても大したものだよ、お前達は」
そう言ってビールをあおると、シェリルは4缶目に手を出そうとして、止めた。
「ワルキューレ、そっちのを取ってくれ。・・・いや、それじゃない、そっちのウィスキーだ」
テーブルの端の瓶を指差すシェリルに、苦笑しながら手に取った瓶を置き、指定されたウィスキーを取るワルキューレ。
と、シェリルの前に置いてあったグラスを取り、それに氷を入れた後、ウィスキーをなみなみと注ぐ。
・・・オン・ザ・ロックでその量はマズイんじゃ無いでしょうか、ワルキューレさん・・・
「ん・・・ああ、わざわざすまんな」
が、そんな心配も杞憂に終わる。シェリルはそれをあろうことか一気に飲み干したではないか。
・・・ホントに何なんだ、こいつは。
シェリルの空いたグラスにまたウィスキーを注いだ後、ワルキューレがこちらに瓶を差し出す。
「注いであげるわ、グラス持ってくれる?」
"戦乙女"の酌ですか。是非、と言いたいところだが・・・あの量は俺には無理だ。
むしろ、シェリル以外あんなのは無理です、ええ。
「あ、いや俺はビールのが・・・」
「わ、私もまだビールでいいです!」
俺とレジーナは、微笑を浮かべながらウィスキーを勧めるワルキューレから、慌てて自分のグラスを守った。
しかし。
「お、お願いしますっ!」
・・・馬鹿が1人居た。
馬鹿、もといアップルボーイが手に取ったグラスに、容赦なくワルキューレがウィスキーを注ぎ込む。
「ありがとうございます!」
かなりハイテンションな馬鹿・・・いや、アップルボーイは、その注がれたウィスキーを、シェリルと同じように一気に飲んでしまった。
「おい・・・大丈夫か?それ結構強いんじゃ・・・」
ほぅ、と息を吐くアップルボーイ。
心配して声を掛けたが、それを遮ってシェリルが声を上げる。
「いい飲みっぷりだな、気に入ったぞ。ワルキューレ、もう1杯注いでやれ」
「え、あ、いや・・・」
シェリルの言葉に慌ててそれを断ろうとするアップルボーイ。
だが、悲しきは男の習性。
「ほら、遠慮しないで良いのよ。どんどん飲んでね」
・・・と、まさに女神のような微笑みを浮かべて勧めるワルキューレに、アップルボーイは易々と陥落してグラスを差し出した。
「・・・哀れね・・・」
「ああ・・・哀れだな・・・」
レジーナと俺の呟きが、見事にハモったのだった。
「・・・ふう」
テラスで夜風にあたりながら、あの時のことを思い出す。
あいつにもう一度会うまでは、俺は確かにあの時そう言った。
・・・だが、あいつとは誰だろう?
記憶を失う前に親しかった人間のことだろうが・・・。
あの時、微かに浮かんだ顔は、女性のものだった。
ということは・・・妻、恋人、姉妹・・・まあ、娘ではないだろう、流石に。
「・・・はあ」
手すりに寄りかかって、ため息をつく。
大切な相手であることは間違いないのに、それが誰だかも思い出せないとは・・・。
「どうした?溜息など吐いて、らしくないな」
・・・いつの間にか、シェリルが隣に立っていた。
確かにらしくない。こんな近くにシェリルが来ているのにすら気付かなかったのだから。
ほれ、とシェリルが差し出したグラスを、黙って受け取る。
「ジン・トニックだ。ワルキューレがさっきからカクテルを大量に作り出してな、困ったものだ」
口に含むと、トニック・ウォーターの爽やかな風味と、ライムの香りが口の中に広がった。
喉の通りもよく、すいすいと飲める。
「・・・何か落ち着くな、これ」
半分ほどを飲んで、感想を漏らす。
「そうだろう。昔から、じっくり飲むのならこれと相場が決まっているからな」
カパカパ飲めるカクテルでもあるんだがね、とシェリルが笑って付け足す。
確かに、ゆっくりと飲むのには向いているかもしれない。
それに・・・何処か、懐かしい味がする。
「なあ、シェリル・・・」
「ん?」
空を見上げたまま、シェリルに問い掛ける。
「俺って結婚してたと思うか?」
・・・が、答えは戻ってこなかった。
その代わりに、何か嗚咽のようなものが聞こえた。
「・・・?」
不審に思って振り返ると・・・あろうことか、シェリルは腹を抱えて、必死に笑いを堪えていた。
「ククッ・・・はははははは!お前にしては中々のジョークだ!」
・・・この女は・・・
多少殺意が湧きかけたが、ジン・トニックを一口含んで何とか堪える。
「・・・まあ、流石に結婚はあるまい。恋人くらいは居たかもしれないだろうがな」
真顔に戻ったシェリルの言葉に、そういうものかな、と答えてまた暗い闇を見上げる。
俺の横で手すりにもたれているシェリルも、手にしたグラスをゆっくりと傾けている。
「・・・女の名でも思い出したのか?」
・・・鋭いというか、何というか。
・・・まあ、あんなことを聞けば、勘の良い人間なら感付くだろうな。
「いや・・・顔を、思い出したんだ・・・」
そうか、と呟いてシェリルはまたグラスに口をつける。
その女性の元に帰るという約束。
何処の誰とも判らないが、それは果たさなければならないものに、思えた。
「・・・会いたいか?」
少しの沈黙のあと、シェリルが口を開いた。
「え・・・?ああ、そりゃ勿論・・・」
虚を突かれて、何とかそう答える。
「そうか。なら、その女の顔を思い浮かべて、目を閉じろ」
「・・・?」
どういうことだろう、と疑問に思いながらも、シェリルの言う通りに目を閉じる。
そして、あの時一瞬だけ浮かんだ女の顔を、もう一度思い出そうと、暗闇に意識を向ける。
・・・ああ、そうだ。亜麻色の髪に、何処か寂しげな蒼い瞳――
涙を溢しながらも、必死に微笑みを浮かべて俺に言ってくれた・・・『帰ってきて』と。
・・・自分の瞳に、熱いものが溜まっているのが判った。
それを必死に堪えていると、シェリルが動く気配がした。
「・・・っ?」
反応も出来ず、シェリルに抱き締められる。
何が起きたか判らず硬直する俺の背中に、シェリルの腕がゆっくりと回された。
「・・・幾らでも泣くがいいさ・・・今だけは、私をその女だと思ってな・・・」
・・・それで、感情の堰が切れた。
あの海岸で目覚めて以来、初めて涙を流した。
シェリルの胸に顔を埋めて、目を瞑ったまま泣き続けた。
・・・その間、シェリルの手が子供をあやすように、ずっと優しく背中をさすってくれていた。
だが、何故か少し寂しそうなシェリルの声が、耳にいつまでも残っていた。
「・・・落ち着いたか?」
穏やかな笑みを浮かべているシェリルに、後ろを向いたまま、頷いて答える。
シェリルの胸で、子供のように泣いたのだ。
気恥ずかしくて、とても目を合わせられなかった。
「・・・そうか。ああ、これはサービスだ」
サービス?と聞き返すより早く、振り向いた俺の唇に、何か柔らかいものが触れた。
「な、な、何を・・・?」
思い切り顔が火照っているのが自分でも判ったが、どうしようもない。
ふっ、と。何処か寂しげな笑いを漏らして、シェリルが大分混乱している俺に向け、言葉を掛けた。
「何って、別に初めてでもあるまい?・・・それより早く顔を洗ってこい、酷い顔だぞ」
と、シェリルがいつもの意地の悪そうな笑いを浮かべた顔に戻って、洗面所の方を指差す。
「あ、ああ・・・」
普段とは違ったシェリルの笑みが気になったが、言われたとおりに部屋に入り洗面所に向かう。
机に突っ伏して寝ていたレジーナと、トイレでゲーゲー戻していたアップルボーイは、俺の涙の跡には気づかなかった。
「・・・シェリル?」
テラスに残って、1人でグラスを傾けていると、ワルキューレがやってきた。
「・・・全く、慣れないことはするものじゃないな・・・」
私の呟きに、ワルキューレは黙って耳を傾ける。
「柄にも無く、昔を思い出してな・・・」
手元に目を落として、そこに嵌められている銀色の指輪を眺める。
「そう・・・あの頃が一番楽しかった・・・」
「・・・あいつが居て、馬鹿騒ぎする仲間が居て・・・」
「・・・まあ、昔の話だ・・・今は、もう残っているのは私1人だけさ・・・」
静寂の後、ワルキューレが遠慮がちに口を開いた。
「・・・何があったかなんて聞かないけれど・・・貴女は生きていて、そのことを大切に思っている・・・それだけじゃ、いけないの?」
酒が回って胡乱な頭で、その言葉を何度も反芻する。
「ふ・・・年下にそんなことを説教されるとは、な・・・らしくないな・・・」
ワルキューレが困ったように笑うのが、重くなる目蓋の合間から僅かに見えた。
「・・・シェリル?・・・え・・・ちょっと、こんなところで寝たら風邪・・・」
焦ったようなワルキューレの声が、遠いところで聞こえる。
だが、まあ。こんな時くらいは、眠らせて欲しいものだ・・・。
「・・・本当に、らしくない・・・」
閉じられた瞳から一滴の涙が漏れて、つぅ、と頬を伝った。
前条です。
・・・何か戦闘シーンが少ないですが・・・きっと気のせいです。
前回大量に戦闘シーンを書いた反動と思われますです、はい。
後半が何か方向性がズレてますが・・・御容赦下さい。
シェリルは未婚じゃなかったのかと?
あの指輪は・・・婚約指輪です(ぉ
今考えたんじゃ無いですよ・・・w
シェリルの過去は書くかどうかは判りませんが、設定だけは無駄にあります。
では、今回はこれにて〜。
作者:前条さん