サイドストーリー

幕間・『想い思われる者の歌』
 エースは、さてどうやって切り抜けようかとグラスに浮かぶ自分の顔を眺めながら考えていた。
 視線を上げ、自宅にまで押し入ってきた女性、ジェシカ=ライトの方を見やる。
 黒目黒髪に、色っぽさを併せ持った女性だが、今は満面に怒りを称えている為、正直鑑賞するとかの話ではない。  
 瞳には梃子でも動かないぞと言う決意を目に称えて自分を見ている。
 やれやれ、エースはぼやいた。

「…教えていただきます。エースさん。」
「………。」
 
 エースはこのワインまずいと現実逃避したかったが、
 それはさらに彼女を激発させるだけだとはっきり悟っていたので何も言わなかった。

「あのダン=イルキスと、イージーは、一体どんな関係なんですか?!」

 やはりか、口には出さずに呟く。

「イージーか。…いいレイヴンだったがなぁ…。」
 
 溜息一つ洩らす。
 これはまったく演技ではなかった。エースは一度だけ、イージーと戦ったことがあった。
『あの男』と同種の興奮を与えてくれたのは後にも先にも彼一人だけである。
 アリーナに参戦しないのが非常に残念だった。

「…あいつは俺の養子だ。それ以前のことなど興味が無い。」
「他人の空似で済ますにはあの子は…!!」

 似すぎている。
 ジェシカの言葉を聞きながらエースはグラスを傾けた。まったくその通りだ。
 自分でさえそう思うのだ。長年イージーのパートナーとして活動してきたジェシカにしてみれば到底ほっておけない問題なのだろう。
 だが、ほおっておいてもらわねば困る。少なくとも今は。

「…あいにくとそれ以上のことは知らない。本当だ。」
「…解りました。」

 真顔で嘘をつくエースの言葉を信じるジェシカ。やれやれ、とエースは思い、椅子から立ち上がろうとした彼に再びジェシカが詰め寄る。

「では、次の質問です!!」
「まだあるのか…。」

 多少うんざりしながらエースはぼやいた。
 あの時、ダンの身元を引き受けた時からこんな時が来るのではないかと思っていたが、それはあくまで息子を想定していたものだった。
 こうも激しく鋭く切り込まれるとは夢にも思っていなかったのだ。

「…数週間前、私はイージーの受諾したファイルにアクセスしました。」
「…コーテックスにハッキングを仕掛けたのか? 呆れたものだな。」

 本気で呆れたようにエースは呟いた。
 企業の重要な情報を含んでいるレイヴンへの依頼内容は外に漏れれば企業の勢力バランスに影響を与えかねないほど大きなものである。
 当然、コーテックスもそんな依頼文章の機密には神経を尖らせている。
 ばれれば、当然闇に葬られることもあるほどのものだ。

 ジェシカは真剣な表情でエースを見た。
 彼が、イージーが生死不明になってしまった時、彼女はそれを信じようとはしなかった。
 イージーはオペレーターのジェシカに相談もせず、依頼を引き受け出撃し、そして、帰らぬ人となった。
 あれからずいぶんと経つが、それでも彼女はイージーの死を認めようとはしなかった。
 イージーは強い。誰よりも、そう、あの『伝説』よりも、目の前の『撃墜王』よりも。少なくともジェシカはそう信じていた。
 そして彼の生存の手がかりを掴んでいるエース。ようやく付き止めたのだ。逃がす気は毛頭なかった。

「…教えてください!!イージーが最後に出撃したミッションの事を…!!!
『メガロプレッシャー』破壊任務って、一体なんなのですか!!!!!!」
「………。」

 エースはふう、と溜息を付いた。
 彼女は鋭すぎる。このレイヤードに潜む、最奥の秘密に手が届きかけている。
 エースは思った。 
 イージー、貴様の恋人は鋭すぎる。








 イージーは、愛機『ジオサイト』のなかで目を覚ました。
 時々、この機体が、かつて乗っていたAC『ガン・ハーモニー』の中であるかと錯覚しかねるときがある。
 あの時は通信機越しにジェシカもいて、自分も単に腕の良いレイヴンであるだけだった。
 いつからなのか、レイヤードの中に潜む、怪物に目をつけられたのは。

「おはようございます。マスター。」
「…ん、おはよう。ジェシカ。」

 かつての恋人の名前を持つ戦闘AIにそう答え、イージーは笑った。 
 目を覚ますにつれ、意識もはっきりとしてくる。
 コクピットの内部に格納されたパンを齧りながら、イージーはメールにざっと目を通す。

「…………。」

 イージーはその中に、自分が最も忌み嫌う男の名前があることに気が付き、顔をしかめた。
 用件だけならメールで伝えれば良かろうに、わざわざ回線を開けと言ってきている所がはらだたしい。
 だが、生憎と奴からのメールを拒みとおすことが不可能な立場にイージーはいた。
 内心腹立たしげに思いながらも、通信回線を開く。
 ディスプレイに金髪碧眼にオールバックで髪を整えた身なりのいい紳士が姿を現す。
 イージーは、ディスプレイ越しにこいつを殴りつけたい衝動に駆られかけたが、
 とりあえず人一人呪い殺せそうな凶悪な視線のみで我慢することにする。
 にこやかな微笑のこいつは、セレンのことを、いや、自分以外の全てを消耗品程度にしか考えていない。
 イージーはほぼ直感でそう理解していた。

「おはようございます。イージー。」
「…貴様が元気そうで残念だ、ガンドロワ。」

 嫌っていることをまったく隠そうともしないイージーの言葉にガンドロワと呼ばれた男はしかし、まったく表情を崩そうともしない。

「ストリートエネミー。…どうやら口ほどにも無いようでしたね。」

 ざまあみろ、言葉に出さずにイージーはそう思った。

「…で、どうするんだ? いっそセレンでもだすか?」
「…いえ、セレンは優秀ですが、まだ優しさなどという余計な要素を含んでいます。
 戦闘能力は最高ですが、まだ兵器としては信頼性が足りませんね。」

 コンソールの下に隠された掌を、ぎりりと握り締める。

「…じゃあ、どうするね?」
「…次はカレンを使いますよ。」
「あの子をか?!」
「はい。彼女は能力的にはセレンに及びませんが、妹に対する強い愛情があります。
 それを刺激してやれば、旺盛な戦闘意欲をしめしてくれるでしょうよ…。」
 
 実に楽しげに笑うガンドロワを前にイージーは奥歯を噛んだ。

(死ぬなよ、セレン、カレン。こんな場所で死ぬのはあまりに馬鹿げている…!!。)
 

セレンは一人、薄暗い一室にいた。
 ACに乗る時以外は常に軟禁に近い状態であったが、彼女はそれが当たり前の環境で育ったため、
 不当な事であると憤る心は既にさびつきてしまっていた。
 瞳を閉じる。
 思い出すのは3年前のあの日のことだった。
 ナイアーブリッジで自分を見た少年。彼は今どうしているのだろう?
 自分のことなどもう忘れてしまっているのだろうか?
 出来れば覚えて欲しかった。
 自分はこの組織にとって重要な存在であるらしい。
 自分の顔を不用意に見た人間は例外無く死を押し付けられて殺された。
 セレンは悲しかった。
 自分の事を知っているのは、自分を道具扱いしかしていない通信機の声の主、『ガンドロワ』。そして、実の姉カレン。
 寂しかった。
 もう一人ぐらい、自分の事を深く知っている人が欲しいと思って何が悪いのか。自分が死んでしまった時、泣いてくれる人は、姉のみ。

「どうしているんだろ…。あのひと。」

 少年の名がダンであるなど知る由もないセレンは、ぼそりと一言呟いた。
  



 当然のことながら、セレンには、ダンが自分に一目惚れして告白するためにレイヴンになっているなど到底予想の範疇に無かった。
 そりゃそうである。

「ぶぇっくしょん!!!」

 古典的なくしゃみの声を上げながらダンは辺りを見回した。
 ここはACのハンガーであり、自分が腰掛けているのは自分の愛機であるAC『キング』のコクピットである。
 現在はノートパソコンとコクピットに接続し、先ほどからなにかのプログラムを打ち続けているのであった。

「ようダン、てめぇなにやってんだよ?」

 コクピットからダンの親友であるゲイルが顔を覗かせる。
 
「…ブレードのモーション設定だ。とりあえず、全パターンを抽出してみた。縦切り、横切り、突き、ブレードディフェンス。」
「まだ、ムーンライト付けてんのかよ。」

 ゲイルの言葉にダンは頷く。
 最近のFCS技術の大幅な進歩により、左手の武装に大幅な追加がなされた。
 それに対し、近接戦闘での最大威力であるという看板をパイルに奪われた形となった左手のブレードは現在衰退の危機にあった。
 そもそも、接近戦兵装は、敵と距離を詰めねばならないという欠点がある。正直両腕武装の火力に少しずつ押されてきているのが現状だった。
 ゲイルもそう判断したがゆえに、左手に携帯型グレネードを装備しているのである。

いいかげん、武装を変えたらどうだ?借金返し終わったんだろ?」
「…それで、いまシステムを新しく組んでる。一撃必殺の『技』を。」
「わざぁ??」

 ゲイルの言葉にダンは頷く。

「肩のターンブーストって要は、前後同時に補助ブースターを吹かして機体を回転させてる。
 それなら同時に後方のみに吹かせば前方への補助ブースターになる。それなら、出来るかもしれない。三段突きが。」
「…どこの剣豪だそりゃ…。」
「できるさ。俺の戦ったプログラムは見事に三段切りをやってのけたんだ。やってみせるさ。」

 そのデーターがボキューバインである事など完璧に知らないダン。
 それ以前にSAMURAIという近接格闘に特化した武器腕が

 そのデーターがボキューバインである事など完璧に知らないダン。
 それ以前にSAMURAIという近接格闘に特化した武器腕があってこその芸当であったのだが、ダンにいまさら理屈はなかった。
 あきもせず、こりもせず、ひたすら打ちつづけるダン。

「ま、いいか。体壊さない程度にしとけよ。」
「ああ、わかった。」

 そういい、コクピットから出ていくゲイルを見送りもせず、ダンはディスプレイを注視した。
作者:ハリセンボンさん