サイドストーリー

Underground Party 閑話 『紅い瞳と青い薔薇』
結局、トレネシティのシンボルとも云えるビルは倒壊したけれど、報酬はきちんと出た。
まあ、私達への依頼は、あくまでも敵勢力の排除だったのだから、依頼自体は成功したのだ。
ただ、2つ問題があった。
1つは、今回の収支だ。
収入が、16500C。
内訳は、フリューク4000C×2・ブルーオプスリー3500C×2・ターバニット1500C×1とのことだ。
レートとしては大分高い方だとは思うが、AC4機を含む部隊との戦闘という任務内容に見合った報酬額とはいえなかった。
そして、支出。
機体修理費、13086C。弾薬清算、6703C
あのSAMURAI2装備の機体に、肩を思い切り斬られたのが響いている。
右腕の、肩部分を丸ごと交換しなければならなくて、それだけで1万コーム以上の修理費だ。
弾薬費は・・・まあ、AC相手だし、こんなものだろう。
で、総計すると3000Cちょいの赤字だ。

「まあ、私の撃墜数が少ないからなんだけどね・・・」

ディスプレイに表示されている、セリアから送られた収支報告を眺めて、溜息を吐く。
今回の作戦での撃墜数は、ファナティックがACを含んで10機。ルクスが8機、そしてリーズ自身が5機である。
他にMT部隊が2機墜としているらしいが、これはリーズ達の増援を受けた後だ。

「さて、メールは・・・」

3通新着メールが届いている。
一緒に出撃したルクスというレイヴンから1通。
あの時のスクータムのパイロット――スパルタンという名らしい――から1通。
そして、最後の1通。
タイトルを見て、また溜息を吐く。
そう、これがもう1つの問題。
そのメールのタイトル、それは。

『緊急会報 ファナティック様負傷!』

ビルの爆発に気付いて、警告を発したファナティックだったが、その時の位置がビルに近すぎた。
比較的離れていたレーヴァテインや、離脱したACを追おうと移動していたブロージットは、何とか離脱出来て無事だった。
レッドアイも離脱は試みたものの、ビルの倒壊に巻き込まれて機体は大破。
ファナティック本人も骨折や打撲など、身体中に怪我を負ったのである。

「目の前でファナティック様に怪我されるなんて・・・ねえ」

ビル倒壊後、リーズは暫く呆然としていたが、我に返ると慌てて瓦礫を掘り起こし始めた。
瓦礫の山の中から半壊したレッドアイを見つけた時は、もう駄目かと思ったものだ。
が、リーズが呼び掛けた通信に応答があり、安心して腰が抜けそうになったのを覚えている。
聞いた話では1週間ほど精密検査なども兼ねて入院するらしいので、一応お礼も兼ねてお見舞いに行ってみようか。

「――お見舞い?」

お見舞いと云えば病院。病院と云えば看護婦。
随分と乱暴な発想だが、リーズの中ではそういう繋がりがあるようだ。

「ファナティック様が看護婦の格好――!?」

――そんな事実は、無い。

「ていうか!ファナティック様に会える!話せる!――それであんなことやこんなことをぉ!」

脳内で妄想が暴走するリーズ。
彼女が正常な思考を取り戻すまでに、たっぷり3分間の時間を必要とした。それだけあればラーメンが作れる。
「・・・でも、入院してる場所なんて判るかなあ・・・」
レイヴンの個人情報は、コーテックスの機密である。
如何にリーズがレイヴンであっても、そうそう簡単には教えて貰えないだろう。
その事実が、リーズを正気に戻したと言っても良いのだが。

「――セリアに頼んでみるかなあ・・・」



「――見舞い?あの連中だったら全部断ってくれと言ったろう」

多少不機嫌な声に成りつつ、備え付けの電話機で自らのオペレータと話す。
不本意ながら、自分のファンクラブというものが存在しているらしく、見舞いに来たいという連中が後を絶たないらしい。
そういうのは趣味ではないので、彼女に全て対応を任せた筈なのに、わざわざ電話を掛けて来たのだ。

「いえ、先日のレイヴンだそうです。直接挨拶したいとか・・・どうします?」

――聞けば、ビルの倒壊に巻き込まれた自分を助けてくれたのは、増援で来たAC2機だったという。
もう少し瓦礫を除けるのが遅れていれば、フレームが保たずに潰れ、私は今ここには居なかっただろう、とも。
まあ、有体に言えば命の恩人か。

「いいよ、病院を教えて。・・・私も一言礼を言っておきたい」


結局、昨日はそのレイヴンは来なかった。
今日も、もう16時半になる。
この病院の面会時間は、18時までだ。

「・・・誰も来ないというのも、寂しいものがあるな・・・」

紅く染まり始めた外の風景を見ながら、独り呟く。
1人部屋なので、医者と看護婦以外の人間と顔を合わせていない。
レイヴンという素性は明かしていないが、あちこちに怪我をして運び込まれた上、眼帯まで付けている私だ。
本能的に何かある患者だと悟ったらしく、医者も看護婦も必要なことだけを喋って、そそくさと部屋を出て行く。

「・・・そんなものか・・・」

紅い空が、独りであることを余計に感じさせる。
――ふと、看護婦や医者とは違う気配がこの階に上がってきたことに、レイヴンである彼女の鋭敏な感覚は感じ取った。

「・・・こんな遅くに誰かの見舞いか?ご苦労なことだ・・・」

吐き棄てるように呟いて、ベッドの後ろの壁に寄り掛かる。
馬鹿馬鹿しい、別に誰に見舞いが来ようと私には関係ない。
――ぱたぱたと廊下を小走りで歩いている音が近づいてくる。

「うん・・・?」

こちらの方は個室ばかりで、確か余り患者が入っていない筈だ。

「・・・まさかな」

・・・と、自分の考えていることに気付いて、微かに嘲笑を浮かべて否定する。
どうせ、違う人間の見舞いなのだろう。
――足音は止まり、ドアの前に影が出来る。
・・・部屋番号を確認しているだけかもしれない。
コンコン、とノックの音。
心臓が大きく鼓動を打った。

「・・・どうぞ」

答えると、躊躇うようにゆっくりとドアノブが回り、ギイッと音を立てて扉が開いた。

「えと・・・失礼します、先日の『ブルーローズ』です・・・」

おずおずと入ってきたのは、青い髪の若い女性。
その艶のある光沢は、それが染めたものでないことを表している。
レイヴンネームの由来はそれなのだろう。
バラというほど華やかな印象は受けないが、まあ。

「・・・来ないと思っていたんだがな」

そう言うと、そのレイヴンはばたばたと手を左右に振って、慌てて事情を説明し始めた。

「い、いえ!依頼があって今朝から出たんですが、自然区で雨がひどくて回収のヘリが来なくて・・・!」

その慌て振りがおかしくて、つい噴き出してしまった。

「ふふ・・・まあ、立ったままじゃ何だろ、座ってくれ」

そう言って、ベッドの脇に置いてある椅子を指差すと、そのレイヴンは素直に従って座った。
恐縮しているのか、随分と縮こまっている。

「あ、ええと・・・」

ブルーローズが、困ったような眼で見つめてくる。
レイヴンネームか、本名どちらで呼ぶかで判断に迷っているのだろう。
・・・ああ、病室を教えたということは、本名を知られてしまったか。
まあ、左程の問題でも無いと思うが・・・。

「ああ、イリスで頼む。一応一般人として入院しているから」

レイヴンネームで話しているところを聞かれて、騒ぎになっては面倒だ。
暫くは入院しているのだし、面倒の種は無いに越した事は無い。

「あ、はい。じゃあ・・・イリスさん、怪我の具合の方は・・・?」
「右腕にヒビが入ってたらしいが、3週間もすれば元通りだそうだ。他は大したことがないそうだ」

心配そうな顔で恐る恐る訊ねてきたレイヴンに、医師から聞いた検査結果を答える。
もっとも、そんな重い怪我ならば、こんなにピンピンしてはいないと思うのだが・・・。

「そうですか、あまり酷くないようで安心しました」

パアッとレイヴンとは思えない人好きのする笑顔を浮かべてしきりに頷く。
何を納得しているのかは知らないが、その笑顔に好感を持った。
と、そういえば。
助けて貰った礼を言わなければいけない。

「そうだ、まだ礼を言ってなかったな・・・良ければ名前を教えて貰えるか?私だけというのは不公平だしな」
「ええと、リーズ=シェフィールドです・・・え、いやお礼なんて」
「ありがとう、リーズ。お陰で助かった」

そう言って私が頭を下げると、彼女は何故か顔を赤く染めて、みぎゃーとかうきゃーとか・・・まあ、奇怪な動きをしていた。
・・・私、おかしいことはしていないよな?

「ど、どうした・・・?」
「え、いやその・・・あ、握手して下さいっ!」

脈絡の無い突然の発言に、つい間の抜けた声で聞き返した。

「・・・はぁ?」



大分興奮して捲くし立てられた纏まりの無い話を要約するとこうらしい。
何でも、4年ほど前に彼女が住んでいた区画でテロがあり、逃げ惑う彼女の目の前でテロリストのMTをACが撃破した。
私には覚えが無いが、それが私だとか何だとか。
まあ、4年前といえばランカーになったばかりの頃で・・・私の歳?
・・・あのシェリルよりは若いと言っておこう。
何だ、その眼は・・・いや、本当だ。
・・・で、去年デートでアリーナで観戦した際、私の試合を見たら4年前のACと気付いた、と。
それで僭越ながら私に憧れたらしく、レイヴンになる決心をしたそうで・・・。
何か出来過ぎているような気もするが、それが事実だというのだから面白い。
まさに、"事実は小説より奇なり"というやつだ。

「で、握手だったな・・・命の恩人だ、こちらからお願いしたいくらいだ」

差し出した手を、リーズがおずおずと握る。
そんなおっかなびっくりの掌の温かさが、何処か懐かしく感じられた。
いつ敵になるか判らないレイヴン同士だが、こういうのも良いかもしれない・・・。



「・・・あ、そろそろ時間ですね」

気付けば、どうやら1時間以上も話し込んでいたらしい。
その言葉に釣られて時計を見ると、その針は殆ど18時に差し掛かっていた。

「・・・ああ、気を付けて帰るんだな」

ハンドバックを手に、腰を上げたリーズに軽く手を振る。
まあ、バックの膨らみからして、拳銃辺りが入っているだろうから、余り心配は要らないとは思うが。

「はい、ではお大事に」

そう言って、背を向けてドアに手を掛けるリーズ。
――行ってしまう。また独りに戻るのか。

「あ、待て」

立ち去りかけたその背中に、つい声を掛けた。
振り向いて、不思議そうに首を傾げるリーズ。

「その、なんだ・・・そのうち僚機依頼を出すかもしれない、その時は宜しく頼む」

咄嗟に考えた言葉を口から紡ぎ出す。
それを聞いて、きょとんと眼を丸くしていたが、すぐ顔がパアッと明るくなる。

「はい!こちらこそ!」



これより暫くの後。
任務遂行の際は常に僚機を付けることで知られていたファナティックに、多少の変化があった。
必ず僚機を付けることに変わりは無いが、今までは毎回変わっていた僚機が、1人のレイヴンにほぼ固定されるようになったのだ。
そして、その2人の息の合った戦闘は、戦場で畏れられることとなる。

そう――『赤い瞳と青い薔薇』として。








ちょっと短いお話です。
微妙にファナティック嬢の性格が違う気もしますが、まあ全てはMy設定の名の下に。
本当はリーズをメインにデータカプセル回収で1話作ろうと思ったんですが、あのミッション盛り上がりに欠けるので・・・。
話中でリーズが言っていたミッションが、データカプセル回収だったということで御容赦下さい。
さあて、次こそユニオン襲撃行きますか〜。
作者:前条さん