Bloody Colored Nail〜Truth of Destiny〜
『話してやろう、真実を。
聞かせてやろう、運命を。
お前と私は、決して終わることの無い螺旋階段…。』
戦闘が始まったばかりだというのに、僕は全身を汗で濡らしていた。
口の中の水分など、とっくに無くなっていた。
ねっとりとした液体が、僕の喉に、まるで寄生しているようにへばりついている。
呼吸するたび、喉の奥でヒュー、ヒューと鳴くような音が脳に直接伝わってくる。
そして、その呼吸は……荒い。
口など閉じていられない。
口から息をしなければ…。
開いた口に、鼻の下に溜まっている汗がつーっ…と、落ちてくる。
水分の無くなった舌は、その生暖かい、しょっぱい味に敏感に反応する。
…戦闘が始まって、たった1、2分。
僕は今までになく緊張し、焦り、怒り、恨み、
…そして、迷っていた。
「何故……何故僕の攻撃が当たらない!!」
コックピットで、思わず身を乗り出し、叫ぶ。
その見開いた目に、額の汗が落ちてきて、目に入る。
しかし僕は、目を閉じることなく、目の前にある鉄塊を鬼のような形相で睨んでいた。
「何故か……だと?」
ゼロはそう言った。
………ああ、こいつは、全てがわかるんだな…。
ふっと、そんな考えが浮かんだ。
僕は、ぶんぶんと音のなるほど激しく、首を横に振った。
バカな……ふざけるな!!
僕は何を考えているんだ!?
僕の事など、全てがわかるはずが―――!!
「答えてやろうか?」
その瞬間。
意外ながら、心のどこかで期待していたその言葉を聞いた瞬間。
言いようのない「虚無」に包まれた。
「………何なんだ……。」
僕は口を開いた。
「何なんだお前は!!僕の…僕のことがわかるのならば……。」
………その先が続かなかった。
言えなかった。
言ってしまったら…。
言ってしまったら―――。
「……夏。」
「……?」
夏?
何を言っているんだ?
「夏だろう?お前の質問を答えてやったんだよ。」
「ぼ、僕の…質問だと?」
「『わかるのならば、自分がいつ、どれほどの恨みを持ったのか答えろ』……。」
「!!?」
「…10年前の夏、お前は私の機体を鮮明に覚え、そして酷似した機体で、私を殺そうと…。」
「………………。」
「『狂気』……言葉で置き換えるならば、これしか見つからないだろうな……。」
―――言ってしまったら、全てを理解しなければならなくなりそうで――――――。
「…お前は何者だ……?」
「少し、昔話をしてやろう――――――。」
今から、20年も前の事。
久しぶりに家族全員が、夕食の時間に家にいたんだ。
相変わらず、仕事の忙しい父も。
新入社員として、キサラギで働く兄も。
妹も、祖父も、みんな笑顔だった。
食卓につき、みんな揃って「いただきます」と言った。
子供じみたことで、その日、その時はみんな笑い合って。幸せだった。
その日はとても盛り上がっていて、普段なら2、30分で食べ終わるはずの夕食も、
1時間かけても食べきれなかった。
原因としては、母が料理を作りすぎたことと、家族でずっと話していて、
食べる「暇」がないということ。
とても幸せだった。
遠くで、爆音が鳴り響いた。
家が大きく揺れ、みんな一斉に会話が止まった。
しばらくして、兄が口を開く。
おいおい、何だよ今の音は…。
もう一度、爆音。
ガタガタガタ、とテーブルが大きく揺れる。
その上の花瓶が倒れ、床に落ち、割れる。
そして花瓶の破片が、祖父の足に突き刺さる。
うっ…という、小さな声と、痛みに耐える形相。
おいおい、何なんだよさっきから、と、怒鳴る兄。
ちょっと外を見てこい。そういって父は兄を指差した。
兄は席を立ち、玄関先へ向かっていった。
入口のドアをガチャッ…と大きな音を立てて開けた時、もう一度、
今度はさらに大きな爆音が響いた。
と同時に、家の中が一瞬、忌々しい光に飲み込まれた。
きゃあ、と妹が悲鳴をあげる。
食器棚が振動で開き、そこから皿がジャラジャラととめどなく落ちていき、
ガシャンガシャンガシャン…と大きな音を立てて割れ続ける。
いったい何なんだ、と怒鳴る父。
席を立った瞬間。
兄の首が、父の顔へ猛スピードで飛んでいき、
グシャ、とつぶれた。
血と肉が、父の顔へ、割れた皿へ、テーブルへとへばりつく。
静寂。
沈黙。
そして、狂気。
母が、耳がはちきれそうなほど大きく、高い声で悲鳴を上げた。
断末魔の叫び……僕には、そうとしか聞こえなかった。
一瞬。
もう一度、家が光に飲み込まれる。
今度は、光だけではない。
灼熱の、炎。
恐ろしい怪物の悲鳴のような、爆音。
…目を開けると、そこは原型をとどめていない、家の中。
見上げれば天井はすでになく、あるのは触手のようにうごめく紫色の雲と空。
そして、赤褐色で彩られた、大きな人型のもの。
…ふと、声が聞こえてきた。
虫の鳴き声よりも小さい、小さな小さな……悲鳴。
前から聞こえる、その声。
………妹だ。
轟々と燃え盛る、地獄の業火。
吸い込んだら内部から人を食らう、灼熱の空気。
地獄よりも残酷な「そこ」。
しかし「そこ」には、確かに妹がいた。
目を凝らし、前方を凝視すれば確かにそこには赤いワンピースを着た少女がいた。
狂い踊る炎の中で、かろうじて壁の原形をとどめている所に。
ぐったりと、寄りかかって。
僕は立ち上がろうとした。
手を床にしっかりとつけ、ゆっくり、ゆっくりと力をこめる。
そして、腹部と足に力を入れた瞬間…。
脇腹に、鋭い痛みが走り、瞬時に痛みが前身を駆け巡る。
反射的に、痛みのしたところへ手をやる。
ぬるっとした感触。
そして、硬い棒状の「何か」。
…これは、そう。「骨」。
普通なら大きなうめき声でも出して、痛みを必死に堪えるだろう。
しかし、何故か僕はそうはしなかった。
そうしてはいけないような気がして…。
歯を食いしばり、鋭い目つきで前方を睨んだ。
…妹を助けなければ。
そして僕は、ゆっくりと立ち上がる。
脇腹の痛みは、もう感じない。
いや、感じないというより、もう痛すぎて感覚がおかしくなっているだけなのかもしれない。
でも……。
でも、そんなことはどうでもいい。
今は、妹を助けることだけ。
ゆっくり、ゆっくりとその足で「床」だった部分を歩き出す。
歩く音は、回りの炎の音でかき消されている。
あと少し……。
ゆっくり、ゆっくり、歩き出す。
あと少し……。
妹のいる場所を、ひたすら睨みつづけて。
あと少し……。
僕は、歩き出す。
あと少し……。
あと少し……。
あと少し……!!
もう、目の前に妹はいる。
僕は、小刻みに震える手を差し伸べようと、ゆっくり、ゆっくり前にやる。
そして………。
………。
………。
………。
轟音。
崩れる音。
吐き気のするほど大きな音。
天井の、崩れる音。
ドガアァァァァァァァァァァァァァァ!!
―――僕の心の、崩れる音………。
崩れたその中から、あのワンピースと同じ色をした液体が流れてきた。
それはどんどん広がっていき、僕の足について、包み込むような動きをした。
…僕は思った。
―――何故、生きているんだ………?
僕は空を見上げた。
天井のない、家から見上げた。
妹の上に降ってきた「もの」がなくなり、見渡しは良くなっていた。
見上げれば、やはり触手のようにうごめく紫色の雲と空がそこにはあった。
そして、もう一つ。
大きな大きな、赤褐色の顔がある。
その真ん中には、禍禍しくうごめく機械の眼が、一つ。
それは僕を見つめている訳じゃない。左側をずうっと向いている。
でも、その視線は僕に向けられているような気がしてならなかった。
気味の悪い生物のように、目の中の幾つもの円が回る。
……不思議と、恐怖はなかった。
強く勇気を持っている訳でもなかった。
これは……。
………「諦め」?
僕は…。
僕は………。
………。
………。
………。
………。
………。
………。
………それが私の――――――。
「…それが私の、8年前の出来事だ……。」
「………。」
「それからは、お前も知っているだろう…わかっているだろう……。」
「………。」
機体の中に入っている僕の状態は、酷い物だった。
その呼吸は異常に荒く、安定していない。
手は肩から指先まで…いや、足の爪から髪の先まで、震えが、止まらない…。
服、そして体中、汗で異常に濡れている。
口の中……砂漠よりも水分は無い。
眼は、この世の物とは思えないほど見開いていて、血のように真っ赤なのが自分でもわかった。
ゼロが話している間、すでに5、6度吐きそうになった。
僕は、ゼロが話している間、冷静なんて言葉は、何一つ無かった……。
………。
………。
…いや……?
……おい…。
おい、何故だ……?
何故、数えていられる…?
すでに「5、6」度……。
冷静なんて言葉は、何一つ無かった……。
僕はゼロの話を、あれだけ拒絶していたのに…!
すべて、体が反応しているのに…!!
あれだけ拒絶を……!!
……拒絶?
……まさか………。
僕が、拒絶していたのは……。
ゼロの、話を、受け入れたくないという、心ではなく……。
その……その話を………。
その話を、聞いている………。
その話を冷静に聞いている自分が何処かにいるのを、認めたくないという「拒絶」。
「俺がその後どうなったかは…。」
僕は、その問いに、答えた。
勝手に、動いた。
「……その機体を鮮明に覚え、そしてその機体と酷似した機体で、その赤褐色の機体を、
そのパイロットを殺してやろうと……。」
ゼロは驚くことなく、答える。
「そして俺も、そういう人を一人、作ったんだ……そう、
お前だよ、カラードネイル。」
「……今でも、その恨みは忘れない…!!」
「…俺も、だった。」
「………。」
だった…?
「4年前、アリーナの事故で死んだランカーを覚えているか?」
「…ああ、よくニュースでやっていた。あの凄腕のランカーレイヴン…。」
「『アレス13(サーティーン)』今でも忘れない、良い意味でも、悪い意味でも…。」
「……そうか。」
妙に納得した自分が、そこにはいた。
「あいつは俺に、全て教えてくれた。運命とは、とても残酷だということを…。
逆らえない。運命に人は、従うだけ…。」
「………。」
「『運命を変えるのは難しい』という人はよくいる。だが、それは違う。」
「……変えられないんだよ。」
作者:アーヴァニックさん