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 MISSION1
  
 黒煙たなびく基地に、人が一人、佇んでいた。 
 いや。人ではない。アーマードコア、通称ACと呼ばれる巨大人型兵器だ。 
 その胸部。巨人を操るための玉座に腰掛けた女。玉座という例えは似合わないか――女は自らの比喩に苦笑した。シートには衝撃を吸収する素材が使われているが、それほど柔らかくはない。長時間座っていると尻が痛い。 
 金髪金眼。まず常識ではありえない瞳の色はその整った顔立ちも相まって、女の容貌にどこか現実離れした印象を与えている。 
 ベルトできつく固定された肢体は、本来ならば専用のパイロットスーツが包んでいるはずなのだが女は普段着のままであった。ジャケットにGパンと、色気には欠ける格好だが。 
 レーダーの反応を見、モニターの映像からでも動体反応が無い事を確認すると女は通信機のスイッチを入れた。 
「あーあー、こちらブリューナク。セーター編み終わりました……手は疲れてませんが毛糸がもうありません。どうぞー?」 
 女の声は戦場には不釣合いなほどに気軽だった。あたかも友人にショッピングの約束でも取りつけるような。 
『……また変な隠語を作っていますね、シズナさん……敵勢力殲滅完了、機体損傷は軽微なれど残弾は僅か。よろしいですか?』 
 通信機から、これまた女の声が返ってきた。こちらもまだ若い。 
「はい、結構ですシェラさん。だんだんコツが掴めてきましたね?」 
『……確か前回はアップルパイで、その前はプラモデルでしたか。そろそろ変な遊びは止めてくれませんか』 
 シェラと呼ばれた女が通信機の向こうで疲れた声を出す。まだ新人オペレーターの彼女は、いつもこの調子で遊ばれているのだ。 
「いいじゃないですか。こういった事言ってるだけで、それとなく謎っぽい雰囲気出るんですよ?」 
 シズナに悪びれた様子は無い。それよりも今日の仕事はこれで終わりだろう――クレスト寄りの軍事基地を制圧するのが今回のミッション内容なのだが、基地防衛システム及び保有戦力は全て沈黙。まだ歩兵くらいなら残っているかもしれないが、人間が扱える程度の火力ならばACの持つ多積層装甲には、余程密接されなければまず問題になるまい。 
 FCS――ACの火器コントロールを司るシステムを切ろうと、コンソール上の赤いスイッチに手を伸ばす。 
『……待って下さい!ACが一機、そちらに接近中!』 
 シェラの声に、伸ばした右手が止まる。 
「増援ですか。ゲートはマイク――テトラが抑えていたはずですが?」 
『突破されました!』 
「あちゃぱー……」 
 シズナは所在無く宙に浮かせていた右手で操縦レバーを握り直し、機体の方向転換を始める。 
「では迎撃に向かうとしましょうかね」 
『弾薬が残っていないのでは?』 
「AC一機を相手にするくらいなら残っていますよ。それにいざとなればブレード一本でどうにでもなります」 
 レモンイエローとシルバーで塗り分けられた軽量級AC。頭部のバイザーは、まるで血のように赤い光を灯している。 
『データと照合……出ました!アリーナ所属AC――』 
「どうでもいいですよ、そんなの」 
 シェラの言葉を無視し、シズナは通信機のスイッチを切った。すでに敵機とはお互いの姿が目視できる距離なので通信回線を開いたままでも構わないのだが、気分的なものだ。 
 すでに接近中のACはこちらのレーダーでも捕らえている。移動速度からして、恐らくはこちらと同じ軽量ニ脚。 
 弾が空となった右肩のロケットをパージすると、シズナはオーバードブースト(OB)を起動させた。格納されていた四基の緊急加速用ブースターが開放され、甲高く唸り声を挙げる。 
「さあて、参りましょうか……アンコールには応えませんとね」 
 時速八百キロを超すスピードで、軽量級二足AC『ブリューナク』は敵ACへと踊りかかった。 
 
 
 
  CRANK CASE 
 MISSION1:REVIVAL IN THE SKY(大空への回帰) 
 
 
 
『シズナさん!あれはどういうつもりですか!』 
 グローバルコーテックスから用意された専用ガレージに『ブリューナク』を格納する作業の中でも、彼女の専任オペレーター、シェラ・オニキスの怒声は途切れる事が無かった。 
 彼女の怒鳴り声は耳に刺さる。少し顔をしかめながらも、シズナはそつない操縦でブリューナクをハンガーに固定させた。 
「だって私、いちいちランカーACの誰がどうなんて覚えていませんよ。有名人ならとにかく。どうせEランクでしょう?」 
 シェラは一瞬言葉に詰まった。確かにシズナの言う通り、あの時に表れたレイヴンはつい先日登録されたばかりの新人であった。 
 実際、あの後きっかり七秒。ブリューナクが敵ACを撃破するまでにかかった所要時間だ。実戦に不慣れな初心者が脆い軽量二足で戦場に出ると、しばしばこうなる。 
「第一、相手の姿をパッと見れば大体の構成や対策は頭に浮かびますし」 
『しかし、それでは私の仕事がありません!』 
「楽して給料貰えますよ?」 
 飄々とシェラに言葉を返しながら、通信機にはシェラの唾が飛んでいるだろうとシズナは勝手に確信を抱いていた。 
『……もういいです』 
 憮然とした声を残して通信が切れた。こちらも通信機を切り、ジェネレーターと各システムの電源を落とす。周囲の様子を映し出していたモニターも今はただの黒い壁だ。 
 シートベルトを外しハッチを開く。身を乗り出し伸びをする――外の空気が美味い。 
「はっはっは、まーた怒らせてやんの」 
 突如、ブリューナクの隣りのACから声が響く。外部スピーカーで直接喋っているのだ。 
 彼の名はマイク・デリンジャー。中量級二足AC『テトラバースト』を駆る若手レイヴンである。先ほどのミッションでは、シズナとは反対側で外部からの増援を叩いていた。 
「マイク……今回の一因は貴方にもあるんですよ?いくら敵が素早いからって、あんな駆け出しに突破されては役割分担の意味が無いでしょうに」 
「言われてもよー。足止めには向いてねえぞ、テトラは。重量級じゃねえし」 
 テトラバーストの装備はアサルトライフル二丁にデュアルミサイル。やや火力に乏しい中量級、といった感がある。まあ一番の難点は装弾数の少なさだが。 
 しかし足止めというのにはむしろ、適度な火力と相手を撹乱できるだけの足回りがあれば充分だ。彼が思っているような過度な火力も重装甲も別に必要無い。 
 つまり、相手が『無視できない』ようにする事こそが重要なのだ。別に己が身を盾にしろとは言っていない。そこをマイクは履き違えている。 
 ただ、それをいちいち説明してやるのはシズナには億劫に感じられた。 
「別にいいですけど、左のアサルトライフル壊されたみたいですね。きっちり弁償してくださいよ」 
「なぬっ!?そこは『お前の物は俺の物』ってやつじゃないのか!?」 
 『テトラバースト』は首をこちらに向けた。腕がわなわなと震えている――いやに人間じみた仕草だ。ACの構造を少しでもかじった人間が見れば驚く事うけあいだが、シズナとしては関節部の磨耗が激しくなりそうなので止めて欲しかった。 
「……五月蝿いですよ、いきなり人のAC乗っ取った居候の分際で。ちゃんと小遣いから引いときますんで」 
 冷たく告げるとシズナはハッチから飛び降りた。ACの胸部から床まで優に高さ六メートルはあるが、大した事ではない。彼女はいつもこうする。 
 手を首の後ろに回し、髪を乱暴にまとめていた紐を解く。腰まで届く長い金髪が翼のように広がった。普段は髪の毛をいじったりしないシズナであるが、ACに乗る際はさすがに邪魔なのか一つに括っている。 
「……誰が信じるんですかね。幽霊憑きのACを飼ってるなんて」 
 レイヴンが何機ACを持つのか規制は無い。維持費その他はどうせ本人持ちだからだ。 
 だが二人以上のレイヴンが同じガレージを使用する事は少ない。その理由は彼――マイクにあった。 
 ある日の事だ。とあるミッションで、クレストから特別報酬として新型のコアパーツを貰った。適当に予備パーツで組み上げ、軽くテストし乗りこもうとした瞬間に……『彼』が憑いたのだ。 
「あんたこそよく信じる気になったよな?」 
 シズナは『テトラバースト』を見上げると、小首をかしげる。 
「自分でも気が狂うかと思ったぜ、こいつと同化しちまった時は」 
(こちらこそシートに座った途端、ACが勝手に暴れ出した時は驚きましたよ) 
 シズナは格納庫から出ようと踵を返した。普通ならば、これからパイロットスーツから普段着に着替えシャワーでも浴びるのだろうが――シズナは普段着のままACに乗る、変わったレイヴンであった。それに先の戦闘では大して汗も掻いていない。 
「おい、どこ行くんだよ?」 
「ご飯食べに行くんですよ、私はお腹が空きますからね」 
 顔だけ振り向き、答える。大声というほどでもないが、ACに備わっている集音マイクはきちんと音を拾ってくれるはずだ。 
 今となっては燃料さえ積めば食料の心配など無かろうが、元は人間だろうに。そんな事も分からなくなったのだろうか? 
 ジャケットの胸ポケットに財布が入っている事を確認すると、シズナは街へと繰り出していった。 
 
 
 
「……渋い趣味をしているな」 
 安めの大衆食堂で軽く食事を済ませ、一服していたシズナは唐突に声をかけられた。 
 渋いというのは、自前の湯飲みと急須で日本茶を飲んでいる事であろうか。そうなのだろう。 
 声をかけてきたのは男だ。少々老けて見えるが、まだ二十代半ばくらいか。革のジャケットはすすきれており、いかにも無法者といった風体。 
「三つ。どれですか?」 
「うん?」 
 意味が分からず男は聞き返す。シズナは湯飲みを軽くすすってから続けた。 
「席が足りないので相席希望。人を観察するのが趣味。もしくは……私に話があるのか」 
「ああ、ビジネスの話をしたい」 
 相席の許可も求めずに、男は向かいの椅子に乱暴に腰を降ろした。 
「ビジネス……ですか。レイヴンへの依頼はメールを介して、が通例では?」 
「コーテックスは伝達方法までは口五月蝿く言うまい?『依頼人とレイヴンの自由を尊重』としているからな」 
 それはそうなのだが、直接顔を合わせると余計な問題も発生しやすい。だからこそ依頼のやり取りにメールを使う者は多いのだ。 
「その前に。誰です貴方?十秒以内に名乗らないと、暫定的にロバート・ササキと名付けますが」 
「ノルス。レイヴンだ。クレスト社の厄介になっている」 
 言われてみれば、彼のジャケットの袖口にはクレスト社のワッペンがあった。企業広告の一環だろうか。 
「企業お抱えのレイヴンですか?まさか今日の基地についての事だったら勘弁して下さいよ」 
 シズナは特定のクライアントには拘らないが、特定の企業と専属契約をしたレイヴンも存在する。彼等は同業者からは『企業の犬』とあまりいい顔をしないが、逆に彼等は他の者を『根無し草』と罵る。 
 無論、どちらが正しいという事はない。不毛な事だ。 
「まさか。レイヴンがいつ、誰の、どんな依頼を受けようと俺には関係無いさ。そうだろう?」 
 貴方というか、クレストが、でしょう――?シズナは言葉を飲みこむと、湯飲みに湯を足した。 
 それがレイヴンだ。経歴より実力が問われる。昨日の敵は今日の共。地獄の沙汰も金次第。 
「私、特にポリシーとかはありませんけど。それでも依頼は選びたいんですよ。妙な実験機に乗ってデータ取りなんてのは御免ですからね」 
 前に一度だけそのような依頼があった。無論、伺いのメールの時点で却下した。何があるか分からない。新型の脳波コントロールとやらでこちらの脳がおかしくなったらどうしてくれる。 
 このような形の依頼にはそういった怪しげな場合の方が多い。依頼内容を見繕い慎重に選択できるというのも、伝達方法としてメールが好まれる一因だった。 
「大方、新し物好きのミラージュか変人揃いのキサラギだろう?そんな依頼は……そのメールもどうせ、複数のレイヴンに絨毯爆撃したんだろうさ。報酬に釣られて受けるやつがいれば良し」 
 一方、複数のメールに対し無差別に依頼を送れる事がレイヴン側から見たメールの短所だった。削除するのも意外と手間がかかる。 
 とりあえず分かった事といえば、この男は報酬ではなく好みでクレスト社についているという事か。どうでもいい事だ――シズナは湯飲みをすする。中の茶が無くなった。 
「言っておくが、本社は、あんたに、声をかけたんだ。かつては『アリーナの黒き死神』とまで呼ばれた、あんたにな」 
 シズナは目線を上げる。が、すぐに空の湯飲みへと目線を戻した。先ほどから茶柱が立たないのが腹立たしい。再度急須で湯を注ぐ。 
「誰の話ですかそれは。私、黒木さんなんて知り合いはいませんよ?」 
「おおっと謙遜するねえ。いや、すっ呆けてんのか?いずれにせよ無駄だぜ。こんくらい、少し調べればわかる事だ」 
 男の勝ち誇ったような笑みを視界の隅で見つつ、シズナは嘆息した――少し調べればわかる事で威張らないで欲しい。 
 しかも『少し調べれば』といっても、それは企業が、であろう。トップクラスのレイヴンでもないと、シズナの以前の所属データを閲覧する事はできないはずだった。 
「で。用件は何なんですか」 
「簡単さ。近々、クレストの保有している軍事要塞が攻撃を受けるってんで、その警護だ」 
(簡単ならば、意味も無く人の事を持ち上げたりしないで下さいよ……) 
 どうも先ほどから、いちいちこの男は癇に触る。シズナはさっさと帰りたくなった。 
「あーもう、仔細はメールにでもして送って下さい。私、帰ります」 
 シズナは席を立つと手早く勘定を支払い、そそくさと店を出ていく。急須と湯飲みが見当たらないが、どこに仕舞ったのだろうか。 
「ちょ、ちょっと待てよ!」 
 店を出てすぐに、ノルスが声をかけてきた。用事は済んだろうに。まだ何かあるのか? 
 目元を尖らせて訴える。するとノルスは裏路地までシズナを引っ張り小声で囁いてくる。 
「今晩、付き合わないか?」 
「は……?」 
 一瞬、何を言われたか分からなかった。言われた事に気がつくと、感情を押し殺し歩き出す。 
「いや待て!タダとは言わん!二千……いや三千で――」 
 シズナはやおらに振り返ると、満面の笑みでノルスの肩を掴む。 
 ノルスは顔を緩め――そのまま表情が凍った。シズナに手を置かれた右肩がみしみしと嫌な音を立てている。 
「ヴァーチカルデッドエンドッ!」 
 何か言おうと口を開けた瞬間。シズナの右アッパーが顎に突き刺さった。 
 やや長めの滞空時間の後、ノルスは頭から地面に落ちる。 
「……そんなに安い女じゃありませんよ、ご生憎さま」 
 顔面を血みどろにして細かく痙攣するノルスを見下ろし呟く。この手の誘いがかかるのは珍しい事でもない。シズナの対応も含めて。 
 レイヴンは男性の比率が高いらしいが、実際のところは分からない。ただ、色恋沙汰といった類には縁遠い職である事は確かだ。 
 少しやりすぎただろうか。これでは当分はまともに動けまい。放っておけば明け方には、文字通り裸一貫とされてしまうだろう――見ず知らずの男の面倒を見てやるほど、この街の住民は心に余裕を持ってはいない。仕方ない、救急車の手配くらいはしてやろう。 
 夜の闇は弱者に厳しい。例え、見栄えの上では人口の光が闇夜をくまなく照らすこの街でも――いや。発達した街ほど、夜を支配する法は極めて原始的だ。 
「やれやれ。面倒ですね……」 
 シズナはモバイル端末を取り出すと、億劫な手つきで最寄りの病院にコールした。 
 
 
 
「で、結局その依頼受けたのか」 
「ええ、まあ。楽そうですし、報酬も割高でしたので」 
 ノルスには悪い事しましたしね――シズナはその言葉を飲みこんだ。言えばマイクにからかわれそうな気がする。 
 やれやれと、テトラは首を横に振る。マイクの霊と一体化したため、モーションデータには無い人間じみた動きをこの機体はよく見せる。 
 後日、依頼についての仔細はメールで確認した。それに納得した上でシズナは依頼を受けた。最初からこうしておけばよかったのだ――ノルスの具合は後で聞いた。顎の骨は砕け、歯は上下合わせ七本折れていたそうだ。傷が完治してもレイヴン復帰は難しい。 
「契約は明日から三日です。お手軽ですね」 
「敵が来なけりゃ、だろ?」 
 敵は来ると考えた方がいいだろう。余程確かな情報が無ければ、三日などという短い期間に限定し大枚はたいてレイヴンを雇うとは思えない。 
「怖いですか?」 
「ハ、馬鹿言え。メビウスリングだろうと抑えてやらあ」 
 全く、軽口だけは一人前だ。ついさっき、新人レイヴンすら足止めできなかったのはどこの誰だというのだ。それが言うに事欠いてアリーナトップを抑える?どうせその名を出したのはぱっと思いついただけなのだろうが、それでも若さゆえの蛮勇には恐れ入る。 
 苦笑するとシズナは、今日はもう寝る事にした。娯楽の少ないこの街では、起きていてもする事がない。 
 
 
 
「あれが問題の要塞だ。まだ防衛システムが未完全で、対空・対地砲火共に中途半端。そこにこちらの付け入る隙がある」 
 小高い丘の上から件の要塞を眺める巨大な影が二つ。ACだ。 
「とはいえ、そのような事はあちらとて承知している事だ。護衛を雇っていて当然と考えるべきだろう」 
 最も人間に近いフォルムの、ニ足脚を持つACに乗ったレイヴンが言う。 
「レイヴンか?」 
 もう一方のACには、足が無かった。脚のあるべき所にあるのは四つほどの突起物がついた台。 
 さらに手も無かった。三本の棒がついただけの腕部。俗に武器腕と呼ばれる種のパーツだ。腕元来のマニピュレーターとしての機能を廃した、純粋な兵器としてのパーツ。ある意味では、戦闘用に開発された背景を持つACを象徴する腕ともいえよう。 
「さあな。とにかく、そちらには先行し陽動を行ってもらう……警備班の注意が外へと向いた所で、私が突撃し要塞の機能を停止させる。それまでとは言わないから、適当に頃合いを見て撤退してくれればいい。賃金分の働きは期待させてくれるな?」 
「ふ……任せられよ」 
 異形のACは宙に浮くと、ふよふよとその場を去っていった。 
「さて。私は少々高見の見物と洒落込むか」 
 
 
 
 今日で契約は終わりだ。かかしのように立っているだけで済んだ二日間。実に不毛な時間だった。 
 いや、収入はあるのだから不毛ではないかもしれないが、ただACのシートに座っているというのは退屈な事この上ない。 
 平穏に勝るものは無い――今まで二十年と少し、という短い人生の中でシズナが悟った摂理ではあるが、それでもやはりACの狭いコクピットに篭もっているだけというのも気が滅入るというものだ。 
 暇潰しに読みかけの本でも持ってくればよかった。今更になって後悔する。 
『北東の方角より未確認機!数は一!』 
 要塞の管制室から飛びこんできたこの報に、周囲を警戒していた防衛隊は俄然色めきだす。 
『担当のMT部隊はすぐに迎撃!砲台は回せるだけ回せー!』 
「たかが一機に、大層なもてなしだねえ?」 
「たかが一機で来た、という事はACの確率が高いですよ。それくらい読みなさいな」 
 そんな中、しょせんは傭兵だからか。他人事だとばかりに落ち着き払ったマイクとシズナの両名。 
「相手が何者であろうと、MTだけではてこずるでしょう。こちらも援護に向かいますよ?」 
 気晴らしにはなりそうだとシズナが事態の変化を歓迎していたのは、マイクにも微妙な声質の違いで知れた。 
 人間は現金だ。平穏を手にすれば刺激を求め、厄難にまみれれば平穏を恋しがる。 
「あいよっ!へへっ、退屈せずに済みそうだぜ!」 
 両手のアサルトライフルを構え、勇んで飛び出してゆくテトラバースト。 
 負けじとシズナはブリューナクのスロットルを上げようとする―― 
『待った!片方は念の為残っていてくれ!』 
 寸前に管制室からストップがかかった。 
「陽動の可能性ですか?仮にそうだとしても、本命が来る前に片付けて見せますよ」 
『そういう問題ではない!それに現在、重役の方が視察中だ!万が一を考えれば念は押しておくに損は無い!』 
 ではMT部隊は捨て駒か。あれは確か全部有人機だったが――これだから防衛任務は嫌だ。思わず攻める側に加勢したくなるではないか。 
「それは依頼内容には含まれていませんね。誰かここを守るために、別口で雇った戦力がいるでしょう?そちらに――」 
『仕方がないだろ!その役目をこなすはずだったレイヴンは、ついこないだ顎を割られたとかで入院中だ!』 
「……あちゃぱー」 
 そういえば、元々依頼を受けたのはシズナ一人だった。それがつい先日、急に『僚機を見繕っておいてくれ』などと連絡が回ってきて妙だとは思ったが、原因がノルスだったか。 
『とにかく!報酬を引かれたくなければ当分は現状待機だ!いいな!』 
「当分とは?」 
『非戦闘員の避難が終わるまで、だ!』 
 通信が切れた。非戦闘員か。建設途中の軍事要塞にいるような。 
 まあいいだろう。呑気に見物というのもまた一興だ……何せ楽して儲かる。素晴らしい。 
 
 
 
「もう交戦中か!」 
 メインカメラからは数条の光の応酬が見て取れた。レーダーの中の赤い光点は激しく動き回っている。軽量級ACだろうか?
「下がれ!相手は俺がする!」 
「すまない!任せた!」 
 自分の出所を心得ているのか単に命が惜しいのか。MT隊はあっさりと後退した。 
 ACにはACをぶつけるのが最も効果的なのは確かだ。しかし援護射撃くらいしてくれてもいいだろうに。 
 愚痴を言っても始まらない。マイクは頭部カメラの倍率を敵ACへと合わせた。脚が無い。代わりに台座のようなものがあるが―― 
(フロート・タイプってやつか!?) 
 マイクはフロート脚を持つACの相手をした事が無かった。シズナから聞きかじった(しかし聞いた大半の事は忘れた)説明によれば反重力ユニットで常時浮遊し、高速移動の際には脚部備えつけのブースターを使う。 
 特筆すべきは地上での機動力。通常の移動速度でも重量級のブースト移動速度を上回る。ブースターを噴かせば他脚の追随を許しはしない。 
 また水面に浮き、落ちる事が無い。これは革命的だ。何故かACは水中では全く動かない。大気圏外での運用は可能な事からするに気密性の問題ではないのだろうが、とにかくそうなのだ。AC最大の弱点は海面下にある。 
 閑話休題。敵ACの奇妙さはそれだけに留まらない。三本の棒があるだけのあの腕は確か、拡散レーザーか。 
『データ照合……あれはDランクアリーナ所属……メ、メカクラゲNTRだそうです!』 
「……メカクラゲぇ?」 
 シェラが珍しくどもりながらも、相手のデータをマイクに送る。 
「ふっふっふ、いかにも……いや!イカにもタコにもあらず!我が名はクラゲ大魔王Rっ!Rはリターンを意味すっ!」 
 敵機からの通信。今度は、マイクは何も言わなかった。厳密には言えなかった。 
 そういえば左肩のエンブレムはクラゲを描いたもののようだ。全身のカラーリングも水色とそれっぽい。 
「とくと教えてやろう……荒波に揉まれ、ただ大海原に漂うのみのクラゲの恐ろしさを!」 
「恐ろしくねえだろ!」 
 敵が何であろうと、向こうはやる気らしい。ならばマイクも契約がある以上、迎え撃つしかない。 
 ……たとえ相手がクラゲだろうと。 
 
 
 
「なんか、あちらは楽しそうですねえ……」 
 マイク側の会話を横から聞いていたシズナはぼんやりと呟いた。通信回線を常時オープンにしたままなのだ、嫌でも聞こえる。 
 それにしてもクラゲ大魔王。はて、どこかで聞いたような気がするが……ジュニア向け小説の読みすぎだろうか。 
「ま、こちらも面白そうな事にはなりそうですが」 
 ブリューナクのレーダーに反応はまだ何も無いが……自分には『わかる』。やはり陽動作戦か。 
 実を言えばずっと視線は感じていた。それが襲撃者のものと断定するのは早計かと思い黙っていたが。 
『反対側から敵機の増援だ!頼むぞ!』 
「了解……」 
 この要塞は見晴らしのいい荒野のど真ん中に建造されている。ある程度接近すれば当然、丸見えだ。 
 ブリューナクのレーダーレンジに入る頃には、当然ブーストダッシュで疾駆するニ脚型ACの姿がはっきり目視できた。 
(迎え撃ちますか) 
 シズナは滑り出すようにブリューナクを加速させた。応戦には防衛対象である要塞からは少し離れた場所がいいだろう。 
『って、ちょっと待て!どこに行く!』 
 管制室から慌てた声がする。シズナは少々苛立ちながらもブリューナクをその場に静止させた。 
「……どうしろと?」 
『離れすぎては第三波が来た時に対応できんだろう!いいから近場にいろ!』 
 一理はある。シズナはレコーダーのスイッチを切ると、言われた通り敵機を待った。後で施設への被害がどうこうと文句をつけるようなら、この音声データを物証として提出してやる。 
 徐々にその姿が鮮明となってゆく敵機。赤と黒に塗り分けられた中量級ニ脚。肩には小型ミサイルとグレネード。右手には短身の――パルスライフルか?左腕にはブレードを装備している。 
『ランカーAC、アインボール確認!注意してください!』 
 こちらにもデータを回すシェラ。嫌な予感が脹れあがるのをシズナは感じていた。 
 よく見てみるとご丁寧な事に、肩部側面装着式戦闘機能拡張ユニット――通称エクステンションの接合点(ハードポイント)をわざわざ潰してまでして、肩の側面にエンブレムを描いている。赤と黒で塗り分けられ中央に@の文字。 
「で、誰ちゃんですか?」 
『は?』 
「所有者の名前は誰になってますかって」 
 オペレーターに最も必要な素質とは勘の良さだろうとシズナは思っている。冷静な対処も手際の良さも、そんなものは経験でどうにかなる。 
 それでいくと前のオペレーターであったレイン・マイヤーズは聡かった。こちらが何か言う前に全ての情報を提示してしまうのはやりすぎの感もあったようにシズナは思ったが。 
 まあ、それでシェラを責めるのは酷か――シズナ自身、自分が不親切な会話しかできない事は自覚している。 
『搭乗者の名前は――レイヴン名『ホスロー・ワン』となっています』 
「……狙ってましたか」 
 釈然としないらしいシェラに、こちらの事です――、と短く答える。 
「とりあえずアダ名はバカ殿とでもしておきましょうか」 
「誰がバカ殿だ」 
 相手からの通信。若い男の声だ。そういえば通信回線はまだ開いたままだったか。 
「いるんですよね、お強い方の機体構成を真似して悦に浸る人って……」 
「試すか?」 
 これは予想外だった。安っぽい挑発というが、いざ実際に言われてみると腹が立つものだ。冷静に言葉を返される事は滅多に無い。 
 返事として軽くブリューナクを躍らせる。マイクの言葉ではないが、どうやら退屈だけはせずに済みそうだ。 
 
 
 
「ふははははは!口ほどにもないではないか!」 
 テトラバーストの周りを衛星のようにぐるぐると浮遊するメカクラゲMTR。 
 思いのほかマイクは苦戦していた。フロート脚特有の癖に慣れないのだ。 
 ACが始終ブースターを噴かせていれば、遅かれ早かれジェネレーターからの電力供給が追いつかず、チャージングと呼ばれる緊急電力回復状態に陥ってしまう。 
 従ってそれを避けるため、また直線的な行動は相手に読まれやすいために、ブースターは断続的に噴かし合間に細かいジャンプを挟み移動を行うのがACにおける高速移動戦闘の常だ。特にシズナの乗機ブリューナクのような軽量級ACは、ピョンピョンと跳び回り高速移動を行う。 
 ただしACが着地する瞬間は隙が生じやすい。マイクが好んで使うアサルトライフルはやや射撃精度に欠けるため、そういった瞬間を狙い撃ちするのが動き回るACに対しての常套手段なのだが…… 
 繰り返すがフロートタイプは常時浮遊している。他の脚部にはある、ブースター断続使用やジャンプの合間に隙が生じないのだ。浮いているためブースターを噴かせた時の慣性がほとんど殺されず流れてゆく。移動先に撃っても、ライフルの弾速はそう速くない。楽に避けられてしまう。 
 メカクラゲの主な戦法はブースター移動を多用しながらの拡散レーザー。ただでさえ腕武器の拡散レーザーはエネルギーを食うのだが、メカクラゲはエクステンションに急速電力回復用のENチャージャーを装備している。これで瞬間的にエネルギーを供給し、普通ならばジェネレーターが根を上げるような戦法を可能としているのだろう。 
「喰らうがいい、小クラゲアタック!」 
「ただのオービットに変な呼び方してんじゃねえ!」 
 テトラの周囲に纏わりつく小型兵器から発せられるビーム。近年になって開発された自律攻撃小型砲台、総じてオービット兵器と呼ばれるそれらも本体に大した積載量を持たないせいか、こちらの動きに応じて撃つ事ができない。つまりは『目標が今いる場所』に撃つのだ。動いていればそうは当たらない。 
 しかし足止めには丁度いい。そのために先ほどからマイクは反撃の機会を何度か逸していた。 
 遠ざかっていくメカクラゲにマイクは背のデュアルミサイルとエクステンションの連動ミサイル、計四発を放つ。 
 それらは付近に浮かぶ球体に次々と吸いこまれては爆発していった。逃げながらメカクラゲがばら撒くデコイだ。 
「はっはっはっ、何せクラゲ!自衛手段は万全よぉ!」 
「どういう威張り方だ、それは!」 
「分かってはいないようだな、海を制する者すなわち世界を制す!」 
 それはそうかもしれないが、荒野で言われてもどうコメントすべきか―― 
 またしてもOBで突っ込んでくるメカクラゲ。マイクは覚悟を決めた。 
(向こうの弾数はそう多くはねえ、だが持久戦にゃあテトラが持たねえ……変に避けようとするから食らうんだ、相撃ち覚悟なら……) 
 向かってくるメカクラゲに両のライフルの照準を合わせ、コア内蔵のEO(イクシードオービット)を起動させる。従来のミラージュ社製の物とは異なり実弾のEO、クレストの最新型だ。戦闘中に弾の補填がきかない分、与える威力と熱量は高い。 
(テトラの名の由来、味わせてやらあ!) 
 しかし射程内の標的に対し自律的に発砲するはずであるテトラのEOはいつまで経っても反応せず浮遊するのみ。 
 気がつけば「ははははは……」などと言いながらも、メカクラゲは再度後退していた。 
 仕切り直し、ひつこく突っ込んでくるメカクラゲ。全武装の射程が短いのだから仕方がないが。 
 もう一度マイクは三つの銃口を向ける。メカクラゲは面白い事にOBの角度を急激にカクッと曲げて逃げた。 
「ひょっとして…………根性無しか?」 
 どうして根性無しがあのような機体を組んだのか解せない――恐らくは外見重視だろう。 
「はははーはははは……は」 
 突如、笑い声が止まった。同時に機体の方も、いきなりふよふよとした通常移動に切り替える。 
(……電池切れ、か?) 
 ENチャージャーパック――レイヴン内では『電池』と簡潔に呼ばれているが、あれはあくまで緊急用の代物だ。四、五回の使用で限界が来る使い捨てのはずだった。加えて腕部の拡散レーザー。火力重視モード時の瞬間火力こそ侮れないが、あまり弾数は多くない。 
「……クラゲビット」 
「ぐおっ!?」 
 オービットによる目眩まし。一瞬目を離した隙に、メカクラゲはOBを使い足早に退散していった。 
「はははははは……またいずれ会う事もあろう、この大海原の彼方でなぁぁぁぁ…………」 
 小さくなっていく声。やはり何も言う気がしない。 
 つまりはメカクラゲNTRというACの継戦能力は低い、という事だろう。強行偵察や陽動には向いているかもしれないが――陽動? 
「ってぇ!シェラちゃん、シズナの方は!?」 
『現在、敵機と交戦中です!至急救援に!』 
 呆然とする暇も無く言われるがままにテトラを走らせ、マイクはふと思った。 
(よくよく考えれば……あの女に手助け……いるのか?) 
 
 
 
(まあ、見かけ倒しではないようですが) 
 思いのほかアインボールは手強かった。毎年毎年『あの』ナインボールの後継者を自称する者は絶えないそうだが、そのほとんどが実力の方はからっきしである。 
 ホスロー・ワン……だったか。彼の腕は今までのそれと比べれば充分に及第点だといえる。先ほどからよく動く――自機のポテンシャルを引き出せている証拠だ。 
 ブリューナクが正面からOBで突っ込む。アインボールは後方に下がり、距離を保ちながらブレードを振るう。 
 シズナはエクステンションのターンブースターを使って機体を減速させる。通常ターンブースターは旋回する方向の補助ブースターを前方に噴かし、逆の肩のブースターを後方に噴かせる事で緊急旋回する。しかしシズナはマニュアル操作で両肩の補助ブースター両方を前方に噴かせる事で一時的に相対速度を合わせ間合いを外したのだ。アインボールのブレードが虚しく空を切る。 
「何っ!?」 
「はい残念でしたあっ!」 
 再度加速したブリューナクが間合いを詰め、左腕のブレードを振るう。クレスト社製LS−3771。出力を最優先させた結果、最高の威力と最低のレンジを併せ持つ。その刃の短さから『ダガー』と呼ばれているこのブレードは、取り扱いの難しさに加え小数生産であったため滅多に使う者がいない。あまりの需要の少なさからクレスト社が早々に生産を打ち切ったというのはブレード使いのレイヴンの間では有名な話だった。 
 ダガーの一撃がアインボールの右腕を斬り飛ばす。アインボールはなおもブースト移動でブリューナクの右側に回り込もうと試みるが、ブリューナクはターンブースターで緊急旋回、袈裟斬りにダガーを振り下ろす。 
 カウンターに失敗したアインボールは咄嗟に自らのブレードでダガーを受け止めるが、アインボールのブレードはハルバード。射程を最優先させた、ダガーとは正反対のコンセプトで開発されたブレードだ。出力差は如何ともしがたく、数秒の鍔迫り合いの後、負荷に耐えきれずハルバードは火花を散らした。 
 相手のブレードが届かない距離から一方的に斬りつけるのがハルバードの効果的な運用法だ。逆に密着されては、同じような高出力ブレードを使わない事にはブリューナクのダガーをしのぐ術は無い。 
「ぬうっ……」 
 後退しながらアインボールがミサイルを二発撃つ。しかしブリューナクにはかすりもしない。 
 本物のナインボールは、既製品とは明らかに性能が異なるパーツにより凶悪なスペックを誇っていたという。しかしアインボールは純正品のパーツばかりで構成されていた。よってどうしても武装が貧弱になってしまう。精々シズナが気をつけるべきは背のグレネードくらいだ。 
 OPパーツ・インテンシファイを採用しているのか始終ブースターを噴かしており、機動性能は大したものだ。だがそれも『中量二足にしては』といったものでしかない。 
(話が違うではないか……敵レイヴンはEクラス二人というが、まるでトップクラスのランカーACを相手にしているように感じる……) 
 ホスロー・ワンは歯噛みしていた。当初の予定とは事態が大きく異なってしまった事もあるが、相手に遊ばれている事が分かるからだ。 
 例えば右手のマシンガン――数あるマシンガンの中でも特に攻撃性能が高いとされる、MG−800を一度も使っていない。舐められたものだ。 
 実際のところはといえば、集弾性がいまいちなこのマシンガンを撃つと施設に被害が出るかもしれないのでシズナは撃たないだけなのだが、そのような事をホスロー・ワンは知る由も無い。 
(おまけに何だあの機動性は。出力からして燃費の悪いFREETのようだが、何故ああも連続使用に耐える?私のようにインテンシファイでブースターの効率化を行わねば、チャージングに陥らぬ説明がつかんぞ) 
 パルスライフルもミサイルも軽々と躱すような相手だ、弾速の遅いグレネードなど受けてはくれまい。ミサイルはブリューナクが大人しく多重ロックさせてはくれないだろうし、先ほどのように散発的に一発や二発撃っても望み薄だ。 
(予想外の損失だ……こんな所で撃墜されては割に合わん。契約違反は致し方ないが、撤退しようにも隙を見出さねば――) 
「おうい、そっちは平気かー?」 
(増援か……このタイミングで!) 
 モニターの隅にテトラの姿。どうやらクラゲ大魔王はやられたか引き返すかしたようだ。それを責められる道理はない、陽動しか頼んでいないのだから。 
「あなたこそ装甲ボロボロじゃないですか……いいから基地内で休んでなさいな」 
「馬鹿にすんじゃねえさ、大丈夫だ!」 
 ホスロー・ワンは活路を見出した。折り畳み式のグレネードを展開しつつテトラにOBで突進する。 
「その体勢でどうすんだ!?」 
 マイクは無遠慮に突っ込んだ。通常、ニ脚や逆足、フロート脚では反動の大きい背部キャノンを撃つためには『構え』をとる必要がある。 
「待ちなさい!それがナインボールを再現するよう組まれたなら――」 
 しかしそんなマイクの常識を無視し、アインボールは左肩のグレネードを放った。肉薄されての一撃をテトラはまともに受ける。 
「うおおおっ!?熱!あちあちいー!」 
 グレネード着弾の際の熱量は凄まじい。ACと同化しているマイクはそれをダイレクトに感じてしまったようだ。熱さに耐えかねぴょんぴょんと跳び回るAC。シュールな光景だ……ラジエーターが緊急冷却を続けている限りはこの動きを止めないだろう。 
 テトラに止めを刺そうとホスロー・ワンは考えたが、グレネードは次弾装填まで時間がかかるしミサイルもロックに時間がかかる。パルスライフルは失ったし、ブレードはさっきダガーを受け止めた時に使えなくなった。 
 ここでマイクに構っていれば、ブリューナクが追いついてしまう。仕方なしにアインボールはそのまま荒野を疾駆していった。 
「まあ任務完了……ですかね」 
 アインボールを撃墜しておけば特別報酬も望めたが、敵勢力の撤退だけでも充分だろう。追撃してもいいのだがそれは本来の役目から外れるし―― 
「ぅわちゃちゃちゃちゃちゃちゃぁぁぁぁぁーーー!」 
 前で地面を転げ回るマイクが邪魔だった。ACの体は人間のものほどの柔軟性は無いから、さぞかし内部メカがえらい事になっているだろう。 
「……誰が修理すると思ってるんですか、この足手まとい」 
『敵勢力の撤退を確認しました。残りの探索はこちらで行います、お疲れさま』 
 シズナの苦労を知ってか知らずか、シェラは事務的に仕事をこなす。また一歩オペレーターとして成長する彼女であった。 
 
 
 
 いつものようにグローバルコーテックスのガレージに帰還してから、シズナはシェラと簡単なやり取りを済ませ通信を切った。
 あの後、アインボールもメカクラゲも仕留め損なった事についてシズナはクライアントから叱責を受けた。最低限の仕事はしたと訴えると共に、『物証』の方も送ってやったら何も言わなくなったが。 
 ただし戦闘で壊れた施設の修繕費は報酬から引かれた、そうシェラから連絡があった。全部マイクのライフルの流れ弾が壊したものだ。不条理な。 
「そして今日も私は一人油にまみれ、灰色の青春を過ごすのでした。ちゃんちゃん」 
「何、変なナレーション自分でつけてんだよ」 
 興を削がれたような気がしてシズナは、テトラにじとりとした目線を向ける。 
「ブリューナクの方は駆動系まわりやOSの点検、各部ジョイント、ハードポイントの金属疲労チェックとまあ比較的簡単な整備ですみました。被弾もほぼ皆無でしたし」 
「ふんふん」 
「……テトラバーストの方は装甲板が拡散レーザーのせいで穴だらけ。三割くらい丸ごと交換しました。グレネードの衝撃とその後地面を転げ回ったせいで電子機器の配線がけっこー狂っちゃいまして、ケーブル繋ぎ直したり再調整したり骨が折れましたよー。胸部の機関砲も折れちゃってましたし」 
「そういやあいつ、何で突進しながらグレネードぶっ放せたんだ?」 
 人差し指をこめかみのあたりにぐりぐりと押しつけ考えこむACを見てシズナは嘆息した。彼が自分自身で修理をできればいいのだが、人間に例えたらそんな事は医師でもできやしない。 
 グローバルコーテックスから契約するメカニックチームの斡旋もあるのだが、シズナは昔から人件費を節約するために整備を自分一人でやっていた。ガレージには作業ロボもある、できない事はない。それにこれまでは整備するACが一機だけだった。
 とはいえ大抵のレイヴンは自分のACの整備を契約したメカニックに任せている。整備にあまり体力を割いていては本末転倒だからだ。 
 しかし幽霊憑きのACは直してくれるのだろうか。気味悪がって逃げ出すかもしれない。何にせよどのような形だろうと注目を集めたくはない、ならば自力でやるしかあるまい。 
(いっその事、バラしてコアだけ封印しますか……?半ばタダ働きで僚機させてますけど利点の方が少ないですし) 
「……今、悪寒が走ったんだが。怖い事考えてないか?」 
「さてニ脚でOB中にグレネードを撃てるとなると、あれはINTENSIFYを装備しているんでしょう」 
 妙な所で鋭い勘を見せたこのACから話題を逸らすため、シズナはマイクの疑問に答える事にした。 
「三年前の地下都市『レイヤード』における、『管理者』暴走事件。これくらい知ってますよね?」 
 マイクはACなど縁の無い時代で死んだらしい……ならばどうしてこんな所にいるのかは知らないが、そのため恐ろしいまでにこの世界での常識が欠けていた。 
 黙っている事は肯定の意として、シズナは話を続ける。 
「キサラギ社はあの事件が起きる少し前まで、一部のレイヴンのみに試作品のパーツを『配布』してたんです。それがOPパーツ・インテンシファイ……これは言わば学習型OS補助デバイスといったもので、様々な戦闘局面を直に見せる事で様々な機能が拡張されていくという、面倒なものでした。定期的に社へとデータを転送し、修得できた機能次第で報酬が支払われます。つまりはデータ収集の依頼だったんですよ」 
「んじゃ、あの赤いのがその上位レイヴンの一人なのか?」 
 シズナはマイクの意見を否定してから、最後までお聞きなさいと釘をさす。 
「ところが、実戦データを学習させるためにはコアのOPスロット数をべらぼーに食うんですよね……というか全部」 
 OPパーツとはACの基本性能の底上げを可能とするパーツの事で、それらは総じてコア本体のOSに管理される。 
 コアによってこれらOPパーツスロット数――言わばOSの『余裕』を相対的に示した値は決まっており、各パーツにもどれだけ負担がかかるかという値――必要スロット数は決まっている。 
「全部って……役に立つのかよ。どれほどの性能があるんだ?」 
「最初は文字通り真っ白ですね。私が確認した限りでは、ええと……レーダー及び各センサー付加、射撃補正の強化、ブースター効率上昇、旋回性能二割増、ミサイル迎撃率一割増、ブレードレンジ五割増、ブレード光波発動可能、機体温度上昇率五割カット、制動力強化によりキャノン発射時の構え動作不用――こんなもんです」 
 指折り数え記憶を掘り返し呟くシズナの言葉に、マイクは唖然とした。何だその多彩ぶりは。 
「で、その十数人のレイヴンから収集したデータを元にキサラギ社はコピー版を完成させ、改めてインテンシファイを売り出しました。今手に入るのはこのコピー版です。学習機能が無い代わりに、十の機能全てが最初から付与されています。必要スロット数は変わってませんけど」 
「どうして奴のはオリジナルじゃないって断言できんだよ」 
「……彼の顔は『レイヤード』では見かけませんでしたから。大抵のオリジナル所有者とは顔を合わせてますし――といってもAC越しですがね」 
「お前も持ってんのか?」 
「ええ。封印してますけど」 
 そこまで言った後、シズナは己の失策に気付いた。少し喋りすぎたか――? 
「そんな凄い連中と知り合いなんて初耳だぞ。そういやレイヤードにいたって、昔の話も聞いた覚えが――」 
「何で封印してますかっていうと、どうも胡散臭いんですよねー。実際コピー版にはゴシップが絶えませんよ。脳細胞破壊するとか中毒症状あるとか人間の生気吸うとか――キサラギ社の会見では否定してましたけど。それでこのパーツを使っているだけでも嫌うレイヴンとかもいましてですねー。戦場に綺麗も汚いもないとは思いますし、私個人としては非難する気もありませんが使いたくもなくてですね」 
 はぐらかされた。かなり苦しいが。 
(ま、いいか……食い下がっても、どうせ喋っちゃくれねえさ) 
 彼女の過去がどうであろうと、大した問題ではない。電力節約のためマイクはシステムをスリープ状態へと移行させた。 
 ――かつてアリーナのトップに君臨し『管理者』を破壊、今の地上における各企業の抗争を生み出す一因となったレイヴン――
 『黒き死神』ブラックザイトを駆った伝説の女。それが目の前で愚痴を言いつつ算盤を弾いている金髪女と同一であるとマイクが知った時、彼はどうするのだろう。 
「まあバレたらバレたで、それもまた一興……ですか」 
 テトラの頭部センサーから光が消えた事を確認してから、シズナは独りごちた。 
 また厄介事に巻きこまれたりしないだろうか。どうも嫌な予感がするのだが。 
 そうはいっても、昔から自分の行くところには面倒が巻き起こる。ましてや自分はレイヴン。不吉の前兆たる渡り鴉――面白い皮肉ではないか? 
「……今日は出費がかさみましたね……マイクったらまたアサルトライフル壊して、レアパーツを何だと思ってるんですかね?あ、アインボールのパルスライフル拾っておくべきでしたね。あれ売って足しにすればよかったです」 
 伝説であったはずのレイヴンは算盤を弾き終わると、暗鬱にかぶりを振った。 
 
 
 
 次回予告 
「あーもう、アリーナに出頭しませんと…だるいですねー」 
「出頭ってムショじゃなかろうに」 
「似たようなもんですよ……って、何故か対戦相手から熱い視線が送られてくるんですが」 
「へえ、熱烈なファンってやつか。よかったなー」 
「……女性ですよ?」 
「なぬっ!?お前そんな趣味が(以下自主規制) 
 NEXT MISSION:GIRL'S WARNING(小娘注意報) 
 
 
 
 あとがき 
なんかとうとうやっちゃったって感じですなー… 
身体能力が異常な女。幽霊憑きのAC。これってどうなのかしら。もっとひどいキワモノいるけど。 
舞台はSL、シズナはAC3のプレイヤーだったという位置付けになってます。あと、3とSLの間は十年以上開いてるそうですが…3年としちゃってます。だって十年以上経った割には技術進歩してないしぃ…それはさておき、色々不都合が出るんで。 
なんか先行き不安ですが、生暖かい目で見つめてやって下さいまし。 
あと、作中の妙な設定は大半が俺の勝手に捏ね上げた代物です。大半はまあ、二次製作という事で笑って見逃してやって下さい。 
ついでに、文中の英語は死ぬほど怪しいです。意訳すごいです。自慢じゃないですが英語の成績は常にズギャンです。 
では、長文にお付き合い頂きどうもでしたー。 
 
 
 
レイヴンネーム:シズナ・シャイン  年齢:二十代前半 性別:女性 
かつて『レイヤード』では伝説とまでなったレイヴンだが、今はひっそりレイヴン活動を行っている。何故かパイロットスーツを着ないが、危ないので皆は真似しないように。人間離れした肉体能力を有しており、その結果インテンシファイに頼らずとも似たような戦果を叩き出す(これについては別項に譲るが)。人付き合いが苦手で、メカニックすら雇わずに自らの手でACを整備している。基本的にOBとTBを巧みに使ったブレード戦を得意とする。 
ACname:ブリューナク  エンブレム:剣を携えた有翼の女性(サンプル参照) 
頭:MHD-RE/005 
コア:MCL-SS/RAY 
腕部:CAL-33-ROD 
脚部:MLL-MX/077 
ブースター:CBT-FLEET 
FCS:AOX-ANA 
ジェネレータ:CGP-ROZ 
ラジエータ:RIX-CR14 
インサイド:None 
エクステンション:KEBT-TB-UN5 
右肩武器:CWR-S50 
左肩武器:CRU-A102 
右手武器:MWG-MG/800 
左手武器:CLB-LS-3771 
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB L/TRN E-LAP CLPU 
ASMコード:8OuUKnYW167fORXe41 
備考:作中だと余分なOSデータを削除したりと改造を加えているため、スロット数がややイカれている。また、あちこちのシステムを切っているためかENの回復がやや高い。 
ターンブースターをマニュアルで動かし、急速旋回の他に急速前進・後退も可。その他もあちこちマニュアル操作にしてしまっており、そのため操作は通常のACより煩雑。 
折角いいマシンガンを持ってはいるが、搭乗者の趣向のせいで主な使い道はミサイルの撃ち落とし。 
 
レイヴンネーム:マイク・デリンジャー  年齢:不詳(享年は一六) 性別:男性(生前) 
ACなどとは一切縁の無い時代で死亡した男の霊らしい。何の因果かシズナが持っていたコアに憑依し、以来行動を共にしている。本人の感覚イコールACの感覚なので、とりわけ反射速度はずば抜けて高い。しかし他の動きはまだまだ荒削りでシズナの足手まといとなる事の方が多い。 
ACname:テトラバースト  エンブレム:三角形の鉄板、中央に三つの円 
頭:MHD-MX/BEE 
コア:CCL-02-E1 
腕部:CAL-66-MACH 
脚部:MLM-XA3/LW 
ブースター:MBT-NI/MARE 
FCS:AOX-F/ST-6 
ジェネレータ:CGP-ROZ 
ラジエータ:RGI-KDA01 
インサイド:MWI-DD/20 
エクステンション:MWEM-R/24 
右肩武器:CRU-A10 
左肩武器:MWM-DM24/1 
右手武器:CWG-ARF-120 
左手武器:KWG-ARFL150 
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB ECMP L-AXL L/TRN CLPU 
ASMコード:SSyEOHa72l1GSdiW41 
備考:一応カウボーイあたりを意識したのか、カラーリングはこげ茶や黄土色で渋め。 
両手のライフルは装弾数が少なく弾速は遅い。重量級が相手だと仕留めきれず軽量級が相手だと当たらない、という事態もしばしば。また、かなり熱攻撃に弱い。ひとえにコアのせい。 
妙に人間くさい動作をするため周りからは謎多き機体、との認識が。 
 
レイヴンネーム:ホスロー・ワン  年齢:二十代半ば 性別:男性 
かの伝説の『ナインボール』を模した機体『アインボール』を駆るレイヴン。現在のアリーナでのランクはBの下位、中堅クラス。名前は古代ササン朝ペルシャの王ホスロー1世とかけているのか?そこそこ優秀ではあるが、相棒の火力不足が密かな悩みの種。 
ACname:アインボール  エンブレム:赤と黒で塗り分けられた円、中央に1の文字 
頭:MHD-RE/005 
コア:CCM-00-STO 
腕部:MAL-RE/HADRO 
脚部:CLM-02-SNSK 
ブースター:CBT-FLEET 
FCS:VREX-F/ND-8 
ジェネレータ:CGP-ROZ 
ラジエータ:RMR-ICICLE 
インサイド:MWI-DD/10 
エクステンション:None 
右肩武器:MWM-S42/6 
左肩武器:CWC-GNL-15 
右手武器:MWG-KP/150 
左手武器:MLB-HALBERD 
オプション:INTENSIFY 
ASMコード:80q6L1Z6W0bhOS00G2 
備考:カラーリングは赤と黒。余剰ENが高い他にはとりたてた点が無い。 
肩側面にエンブレムをつけたいがためにEXの接合点を潰してあるバカ。ミサイルは単発なんでアテにならない。 
 
レイヴンname:クラゲ大魔王R 
キワモノという点では確かにレイヴンでも大王。不死身っぷりには定評があり、カロンブライブ並み。性根がヘタレなため、機体の機動性を扱いきれてはいない。 
ACname:メカクラゲNTR  エンブレム:クラゲ 
頭:CHD-07-VEN 
コア:MCM-MI/008 
腕部:MAW-DSL/FIN 
脚部:MLR-MX/LEAF 
ブースター:None 
FCS:AOX-F/ST-6 
ジェネレータ:CGP-ROZ 
ラジエータ:RGI-KDA01 
インサイド:MWI-DD/20 
エクステンション:KEEP-MALUM 
右肩武器:MWC-OC/30 
左肩武器:KM-AD30 
右手武器:None 
左手武器:None 
オプション:S-SCR E/SCR ECMP L-AXL SP/E++ E/RTE TQ/CE R/INIA 
ASMコード:OAHo0Ha7Ck7O03C783 
備考:ゲーム中では通称『無限ブースト』と呼ばれる、ダッシュやジャンプの合間に上手くブースターを噴かし隙を無くすという技を会得しているため機動力は意外に高い。弾が切れやすく継戦能力に難あり。なお、NTRは『なんかちょっとレボリューション』の略らしい。 
作者:ラッドさん 
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