サイドストーリー

Underground Party 11話 激闘の果てに
夕暮れの中、幾つもの炎がジャングルの闇を照らす。
1つの火球が生まれるたびに、1人の戦士が散ってゆく。
その一瞬の閃光だけが、彼らの戦った証。
セクション614の大地は、名も無き兵士達の血を貪欲に啜り続けている。


「繰り返す!手空きのレイヴンは基地防衛に急行してくれ!」
「暇な奴が居るわけな〜いね!」

タラララッとゼーレのマシンガンが一連射され、"Last Supper"のACを牽制する。
態勢を立て直したクレストの部隊が、再度攻勢に出てきたのである。
基地の防衛に回らせまいとする為の攻勢であることは明らかだったが、如何せん数が違う。

「同感だッ・・・!」

ブレーメンはミサイルを次々に放ち、突進してくる敵ホバー車両を撃破する。
未だに敵ACと交戦していない所為か、マルチボックスに目立った損傷は無い。
だが、節約して使ってきたミサイルも、そろそろ底を尽こうとしていた。
残弾は、"Last Supper"のACも同じようなものだった。
クレストとユニオンの決戦は、いよいよ最終局面に移ろうとしていた。



基地近辺に到達し、弾薬の補給を受けたエスペランザとエキドナ。
その前方には、クレストのスクータムの小隊とランカーACスカイフィッシュが接近してきているのが見える。
恐らく、接近中という機甲部隊の露払いだろう。
スカイフィッシュの放った榴弾を至近距離で受けたユニオンの装甲車両が炎上し、湿地の灌木に突っ込んだのが視界に入った。

「AB!行くよ、援護してっ!!」
「エスペランザ、了解!」

レジーナがスカイフィッシュを黙らせようと、一気に飛び出していく。
その後ろから、エスペランザが数発の垂直ミサイルを放ってエキドナを援護する。
まだ距離があるというのに、エキドナが肩のロケットを何発も放った。

「レジーナ、もうちょっと弾は節約した方が・・・」
「うるっさいわね!補給したばっかりなんだから良いじゃない!」

叫んで、注意された腹いせにグレネードライフルをスカイフィッシュに向けて放つレジーナ。
当然、狙いもロクに付けずに放った弾が当たるはずも無く、榴弾は地面で炸裂して泥を飛び散らすだけに終わる。

「グレネードってなぁ・・・こう撃つんだよっ!」

スカイフィッシュが、飛んできたターバニットに向けて榴弾を放つ。
近接信管で炸裂した砲弾の破片と爆風は、ターバニットを落とすには十分な破壊力を持っている。
機体全体を穴だらけにされたターバニットが、火を噴いて軟泥の沼地に落ちる。
ふと、東の空に幾つかの機影が現れた。
その内の1機は、既に煙を吐いていて、高度が殆ど無い。

「――こちらマザーグース9!もう保たない、このまま不時着する!レイヴン!援護してくれ!」

キサラギの輸送機の内、唯一残っていたのがこの機である。
スカイフィッシュのグレネードを受けて大破したが、どうにかここまで機体を保って飛んできたのだ。
速度が大分落ちていた為、偶然切り離されたグライダー6機とほぼ同時に此処に到着することになったのだ。
なお、そのグライダーの親機は全て、既にジャングルにて残骸となっていた。

「やべ、地上に降ろしたらマズイ――!」

ノアは焦って空中に上がろうとしたが、既に電池を全て使い果たしたことを思い出した。
電池が無ければ、スカイフィッシュの重量では余り空中戦は期待できない。
仕方なく、そのままプラズマライフルを連射するノア。
その内の1発がグライダーを捉える。
主翼を折られたグライダーは、一気に錐揉みを起こして墜落して爆発した。

「させるか!」

更に攻撃を続けようとしたスカイフィッシュに、エスペランザがライフルを連射しながら突っ込んでくる。
慌てて回避行動を取ったスカイフィッシュへ、追い討ちとばかりにエキドナがロケットを放つ。
僅かに逸れたロケットにノアが安堵を覚える間もなく、エスペランザが一挙に垂直ミサイルを放った。
必死にブーストを吹かしたが、次々に命中して装甲が吹き飛んでいく。

「――全員、何かに掴まれっ!!」

バシャアアアアア!と軟泥と水を弾き飛ばして、輸送機とグライダー部隊が着陸する。
下が湿地の為、殆どブレーキが効かず滑って横転する機体。
予め失速ギリギリまで速度を落としていた為、見事に停止する機体。
着陸した前方に木があり、それに突っ込んで大破する機体。
とにもかくも、輸送機1機とグライダー5機の搭載部隊が、地上に降り立ったキサラギ隊の全てである。
――戦闘機隊は、輸送機を守ろうと最後まで奮闘した結果、帰還した数機を除いて全滅している。

「げ――ぞろぞろ出てきやがったか、まずいな・・・」

輸送機から、特殊分離型MT"エクスファー"が2個小隊、8機。
5機のグライダーからは、汎用四脚MT"クアドルペットM"5機及び戦車20両・装甲車20両。
これらが、一斉にスカイフィッシュとスクータムの小隊目掛けて攻撃を掛けた。

「ぐああっ!」
「ダメだ・・・!」
「いやああっ!」

その一斉攻撃で、3機のスクータムが一挙に撃破される。
スカイフィッシュも何発もの砲弾を受け、一気に機体状況が悪化する。

「ちっくしょ・・・陽動は成功してるけどよぉ――!」

エスペランザとエキドナが、スカイフィッシュに止めを刺さんと迫ってくる。
殺られるのか――?

「――神様、生まれて初めてあんたに祈るぜ――!」

今までに、一度も教会になど行ったことは無いし、その神の名前だって良くは知らない。
こんな自分が祈っても効果は無いだろうが――。

ドオン!
エスペランザの至近距離でグレネードが炸裂し、肩のミサイルポッドを吹き飛ばした。
パシュウ
エキドナの目前にプラズマライフルが着弾し、泥水が一気に水蒸気へと変わり視界を塞いだ。

「ノアさん、今のうちに逃げてくださいっ!」
「――祈るのが初めてというのは、感心しないわよ?」

――効果は、あった。
味方レイヴン――紗輝と、クイックシフト。
彼ら2人にも、ノアと同じように陽動の指示が出ていたらしい。

「ありがとう、助かった――スカイフィッシュ、離脱する!」


「さて――エヴァンジェリンより、ディザスタープリンセス」

クイックシフトの通信を受けて、紗輝がコクピットの中でビクッと震えた。
クイックシフトの通り名である、"死呼ぶ聖者"。
そのイメージが先行して――具体的には、血濡れの修道服を着た骸骨を想像していた――紗輝は大分怯えていた。

「・・・は、はい・・・な、何ですか?」

恐る恐る答える紗輝の声に、クイックシフトがクスッと笑って声を掛けた。

「あら、"災厄の姫君"も実戦は不慣れ?大丈夫よ、危なくなったら私が助けてあげるわ」

紗輝は、敵ではなくクイックシフトが怖かったのだが――
そんな事をクイックシフトが知る筈も無く、幼さの残る声の紗輝の不安を解こうと、優しい言葉を掛けたのだ。

「私がACを抑えるから、貴女はMTの相手をお願いね。お互い残弾が少ないし、残り3分――耐えることに集中しましょう」
「え、あ、はい、頑張ります!」

クイックシフトのイメージは、優しそうなシスターへと変わっていた。


「"死呼ぶ聖者"と"災厄の姫君"だと!?」

アップルボーイとレジーナからの報告を受けて、ユニオン司令部はやにわに色めきたった。
ジャングル地帯に展開している主力部隊は動かせない。
クレストの攻勢が再び激しくなって、全体的に戦線が押されているのだ。
今、何処かの隊を基地救援に向かわせれば、そこから突破されて戦線は総崩れになるだろう。
第一、MTの機動力では間に合わない。
ならばレイヴンを、となるが、それも現実的ではない。
スタティックマンとレーヴァテインは健在のようだが、通信を絶っており状況が不明。
弾薬補給と軽い整備を終えて再出撃したカイザーとジョーカーも、それぞれ"Last Supper"と交戦中だし、ゼーレも同様だ。
グナーとスレイプニルは敵指揮官機との戦闘中で、これも動かせない。
それによって敵の指揮系統が乱れている為、何とかユニオン部隊がまだ戦線を保っていられると言っても過言では無いのだ。
残るはマルチボックスだが、先程弾薬が尽きてこちらへ補給に向かっていると通信があった。
要するに、現在基地近辺に居る部隊だけで防衛する以外は無い、ということだ。
ユニオン司令部の希望は、ディザスタープリンセス・エヴァンジェリンをエスペランザとエキドナが撃破することだけだった。


「ダメだ、強すぎる――!」

エヴァンジェリンにライフルをことごとく回避され、アップルボーイが悲鳴を上げる。
エキドナも、主兵装のグレネードライフルを右腕ごと吹き飛ばされ、苦戦している。

「男のクセに泣き言言ってるんじゃないっ!」

だが、レジーナも内心では大分焦っている。
こちらの攻撃は全く当たらず、エヴァンジェリンに良い様に翻弄されている。
もしもエヴァンジェリンが積極的に攻撃をしてきたら、既に2機とも撃破されているに違いない。
それは、殺さなくても陽動任務は達成可能とクイックシフトが判断したからなのだが、勿論そんな事はレジーナに判る筈も無い。

「レジーナッ!ディザスタープリンセスに攻撃を掛ける!何とかエヴァンジェリンを押さえててくれ!」

アップルボーイが叫ぶ。
ディザスタープリンセスの方が速度が遅く、OBも無い為何とか捉えられるだろうとの判断だ。
それに、アップルボーイが見た所、ディザスタープリンセスはMTや戦車の攻撃を何発も喰らっている。
アリーナでの恐ろしいまでの戦いとは違い、何か機体操作に素人っぽいものを感じるのだ。

「判った!」

レジーナが返事と共に、トリプルロケットをエヴァンジェリンに向けて乱射する。
エヴァンジェリンが回避行動を取っている隙に、エスペランザは一気にディザスタープリンセスへと突進した。
エクスファーの放った子機”エクスファー・ボム”から必死に逃げていた紗輝は、横から迫るエスペランザに気付かなかった。
本当に本人が乗っているのか、と思いながら、アップルボーイはライフルを連射した。
ガンガンガン!

「きゃあっ!?」

クイックシフトの耳に、紗輝の悲鳴が飛び込んだ。
エキドナが放つトリプルロケットはランダムに拡散するので軌道予測がし辛く、回避行動を大きく取らなければならない。
その隙に、エスペランザに突破されてしまったのだ。

「待ってて!今助けに――!」

だが、紗輝の返事はそれを拒絶するものだった。

「は、あう・・・だ、駄目です、来ちゃ!」
「何言ってるの!?すぐ行くから、落ち着いて――!」

エキドナに向けて、左手の携帯グレネードを直撃させ、ディザスタープリンセスの方に向かおうとする。
――ちなみに、エヴァンジェリンの右腕のグレネードライフルの砲弾は、徹甲弾である。
左腕は通常の榴弾の為、コアを一撃で破壊するほどの威力は無い。
それでも、グレネードの直撃が与える衝撃は、エキドナの動きを止めるのに十分だった。
エキドナを置き去りに、ディザスタープリンセスの援護に向かおうとしたクイックシフトは、信じられない物を見た。
紫色の靄が、ディザスタープリンセスから吹き出しているのだ。
夕暮れと夜の間や夜明けなどは、確かに空が紫になることもある。
それが、この湿地で発生した霧や靄に映っているのでは――とも考えたが、それはディザスタープリンセスを包むように移動している。
そんな性質を持つ霧や靄など、クイックシフトは見た事も聞いた事も無かった。
クイックシフトもレジーナも、機体操作を忘れてそれを見つめる。

「今の紗輝に近付いたら、危ないんです!だから――!」

アップルボーイは、言い様の無い不安を感じて一気にディザスタープリンセスから離れて、逃げるように離脱した。
――それが、彼の命を救った。
その紫色の何かは、逃げるエスペランザよりも、迫ってくるエクスファー・ボムの方を脅威だと判断したらしい。
カチッとEOが展開し、本来の性能を無視した連射速度で何発ものエクスファー・ボムを叩き落す。
大型機銃を連射するエクスファーの親機に向かって、ディザスタープリンセスが突進する。
先程までは過積載状態で動きが鈍かった筈だが、まるでいきなり積載上限が上がったかのようだ。
2個小隊――8機ものエクスファーの集中砲火を、容易く回避してゆくディザスタープリンセス。

グワッ!ドゴォッ!
パシュウパシュウパシュウ

肩のグレネードが火を噴き、右腕のプラズマライフルが光を放った。
乱射に見えたその攻撃は、正確に5機のエクスファーに命中し、それを爆砕し、蒸発させた。
どちゃ、と肩のグレネードが泥の中に落ちる。
弾が切れたのでパージしたのだろう――誰もが、そう考えた。
――だが。

グシャアッ!!

1機のエクスファーが、思い切り振り下ろされた"それ"に叩き潰された。
そう、先程パージされたグレネードキャノンだ。
右腕で砲身を掴み、空になった弾倉部で敵を打ち砕く。
ザン!とクアドルペットがブレードで両断される。
ハンマーの如く振り下ろされたキャノンに、戦車が叩き潰される。
ブレードで1機を貫き、キャノンで薙ぎ払い別の1機を打ち砕く。
ブレードとキャノンを両手に持ち、周囲に破壊をバラ撒くディザスタープリンセスの姿は、まるで阿修羅の如くであった。

「地対地ミサイル部隊の配備が完了しました、攻撃を開始しますので離脱して下さい!」

呆然とその戦闘に見入っていたクイックシフトは、その通信で我に返った。
慌てて退避地点までエヴァンジェリンを向かわせる途中、未だ戦闘を続けるディザスタープリンセスに通信を送る。

「ディザスタープリンセス、戦闘中止!退避地点まで後退して!」

その通信が通じたのかどうか、ディザスタープリンセスが退避地点まで後退してきた。
クイックシフトが見ている内に、紫色のもやはディザスタープリンセスの内部へ吸い込まれるようにして消えた。
それと共に、ディザスタープリンセスの機能が突然停止した。

「な!?紗輝、大丈夫!?」
「あ・・・大丈夫、です・・・」

通信や冷却機器などの基本機能だけは何とか働いているらしく、応答があった。
ジェネレータ自体は動いているようなのだが、EN反応が全くといっていいほど無い。
――まるで、ENが発生した直後に何かに喰べられているかのように。
そんな想像を、クイックシフトは頭を振って追い払った。
ふと気付けば、上空を地対地大型ミサイルが次々に白煙を曳いてユニオン基地へと飛んでゆく。

ドオン・・・ゴオン・・・ズォォ・・・

何度も何度も遠雷のような爆発音が響き渡る。
――それは、この戦いで散った者達への弔砲のようにも聞こえた。
それらが全て収まったときには、ユニオン基地は廃墟の様相を呈し、瓦礫の山と化していた。



「どうやら、腕は落ちていないようだな!」

3連射されたライフル弾を回避し、ロケットを放つクライゼン。
ストリートエネミーも機体を揺すってそれを避け、近接戦闘に持ち込むべく更に接近を図る。
だが、機動力で勝るインソムニアは、スタティックマンと一定の距離を保って後退を続ける。
その間も、クライゼンは小刻みにマシンガンを撃ち出し、スタティクマンの装甲を僅かづつではあるが削ってゆく。
勿論ストリートエネミーの射撃もインソムニアを捉えているが、クライゼンは巧みに機体を操作し、腕や肩などで弾丸を受ける。
スタティックマンがOBを展開し、ブレードを発振させて一気に急加速を開始する。

「それを待っていたっ!!」

インソムニアの左腕が煌めき、プラズマで構成された光波が打ち出される。

「ちっ!」

ストリートエネミーは咄嗟に発振させていたブレードで、その光波の軌道をズラす。
基本的にブレードとシールドは同じ原理である為、このような芸当も一応は可能なのだ。
だが、光波を弾く為に振り上げた左腕で一瞬視界が塞がれた直後。

タタッ・・・タララララララララッ!!

「うおっ!?」

今までの牽制のような小刻みな射撃ではなく、思い切った連射。
ブレードを振り切って隙が出来ていたスタティックマンに、その容赦の無い連射が叩き込まれる。
だが、スタティックマンは止まらない。
マシンガンの連射を受け続けながらも、ブレードを発振させたままOBで一直線にインソムニアへと突っ込んでいく。

「――面白い!!」

回避行動も取らず突っ込んでくるスタティックマンに、インソムニアもマシンガンを撃つのを止めてブレードを構える。

「オオオオッッ!!」
「来い!!」

2人の戦士は、雄叫びと共にブレードを振り抜いた。
ドッ…とスタティックマンの上半身が宙を舞う。
インソムニアのブレードから放たれた光波が、コアと脚部の接合部にピンポイントで命中したのだ。
だが、スタティックマンは上半身だけになりながらも、インソムニアの脚部に向けてブレードを振り下ろしていた。
両脚を斬り落とされ、インソムニアも地面へと倒れ込んだ。

――相討ち。

しかし、2人は引き分けで潔しとはしなかった。
ハッチを開け、それぞれのコアの上に立つ2人。
その手には拳銃が握られ、互いの胸へとしっかりと狙いが定められている。
夕闇の光に包まれて、2人は睨み合いを続ける。
彼らが待っているのは、沈黙を破る合図――
その時、炎に包まれて墜落してくる1機の戦闘機が、2人の視界に入った。
あれが地面に落ちた瞬間、この2人の因縁は決するだろう。
ぐらり、と戦闘機が姿勢を崩し、一気に落下を早めた。
ドン、と爆発音が響く――今だ!

銃声は、1つだった。

「クライゼン――何故、撃たなかった――」

胸を押さえて倒れこんだクライゼンの元に駆け寄り、ストリートエネミーはクライゼンを抱き起こした。

「ふん――貴様の顔を見ていたら、昔の親友を思い出してな――」

苦しそうに顔を歪めたクライゼンが、何処か遠い眼で答えた。
その眼は、目前のストリートエネミーでは無く――以前の、親友として共に戦っていた頃の自分達を見ていたのだろうか。

「――すまない、俺は――」

呆然と呟いたストリートエネミーは、自らの頬に久しく忘れていた涙が伝うのを感じた。
そして、肺を撃たれ苦しむかつての友に、せめて早く楽にしてやろうと、銃口を向ける。

「――貴様とこうして話すのも、久し振りだな――」
「――ああ、そうだな――そしてこれが最後になる――」

タァン――と、紅く紅く染まる世界に、1発の銃声が長い余韻を引いて響き渡った――



「やったな、レイヴン!」

いつの間にか、1両の補給車両がエヴァンジェリンの横に停まっていた。
どうやら、沼地の為に機甲部隊は進撃出来ないらしい。
見れば、ホバー駆動の兵員輸送車の部隊だけが、次々に沼地を渡り半壊したユニオン基地へと向かってゆく。

「機甲部隊はユニオン本隊の殲滅に向かった。補給が済み次第、そっちへ向かってほしい」
「ええ、了解したわ。・・・紗輝、機体は大丈夫?」

既に回復したディザスタープリンセスへと通信を送る。
見れば、大分被弾して装甲が削れているし、グレネードキャノンに至っては、砲身が曲がり再使用は不可能だろう。

「あう・・・ちょっと、厳しいかも・・・」
「判ったわ、先に撤退して。構わないわよね?」

と、補給車両の搭乗員に尋ねる。

「うーん・・・まあ、もう殆ど掃討戦ですし、大丈夫じゃないんですか?それならヘリを呼びますんで」
「そういうことでお願いね。じゃあ私は行くわね、お疲れ様」
「え、はい・・・お疲れ様でしたっ」

"災厄の姫君"が戦場から去った。
そして、入れ違いになる形で、大いなる災厄が戦場に訪れた――



「シェリル!聞こえますか!?」

レインの声が通信機から響く。

「そんなに大きい声を出さなくても聞こえている!何だ!?」

迫るバズーカを回避しながら、シェリルが怒鳴る。
トゥエレブズナイトの左腕を斬り落とし、シールドットの肩部を半分近く削ぎ取ったが、スレイプニルも大分損傷している。
既に、全ての弾薬は底を尽いて、シェリルもグナーもブレードのみで戦っている。

「ユニオンの本拠地が陥落しました!作戦は失敗です!」
「何だと!?」
「未確認の部隊が出現したとの情報もあります。ユニオンの残存部隊も撤退を開始するそうなので、離脱を」

シェリルは敵と距離を取り、一瞬瞑目する。

「――了解・・・聞いたな、ワルキューレ」
「ええ・・・ひとまず、撤退しましょう」

2人は、OBを起動して一気に離脱を開始する。
他のレイヴン達も、それぞれのオペレータから連絡を受け、戦闘領域から離脱していった。



「――逃げ切れない!!」

また1機のモアが、追撃してくるスクータムに捕捉されて撃破された。
カバルリーを除けば、全て逆脚MTで構成されていたユニオンのMT部隊は、撤退中にも次々と撃破されてゆく。
クレストの部隊とは、足が違いすぎるのだ。
クレスト部隊を構成するギボン・スクータムは、機動性の確保の為にブースタを装備した高価機種である。
歩行しか移動手段の無いユニオンの逆脚MTが、逃げ切れるはずも無かった。

「どうせ死ぬなら――!!」

エピオルニスのパイロットが、機を反転させた。
追撃してくるギボンに両腕のガトリングを叩き込む。
突然の反撃に対応出来なかったそのギボンは、全体を蜂の巣にされて崩れ落ちる。

「ははっ!ざまあみやがれっ!!」

――だが、次の瞬間にはそのエピオルニスに榴弾が直撃し、粉々に吹き飛んだ。

「何だ!?」

追撃部隊のパイロットも、何事かと身構える。
ザ・・・とACが現れる。
グレネード、オービット、エネルギーライフルを装備した重量2脚のようだ。

「管理者の決定だ――死んでもらうぞ」

言葉と共に、何処からか大量の球状の浮遊MTが現れる。
――クレストのルグレン研究所を襲ったのと同じタイプだ。
それらの銃口が、一斉にレーザーの雨を降らせた。


「第1戦車大隊通信途絶!第2・第4MT中隊通信途絶!"Last Supper"第4・第9小隊全滅の模様!」

左翼に未確認部隊が出現――そんな報告のあった、僅か数分後だ。
その数分で、レイドリックの元には、自軍の危機を知らせる通信が幾つも飛び込んできた。

「ランカーACエヴァンジェリン、敵ACと交戦中の模様!」
「敵総数500以上――数が多すぎます!」
「くそっ、全部隊を撤退させろ!"Last Supper"残存機はランディング・ゾーンを確保!ありったけの輸送ヘリを寄越せと本社に伝えろ!」

――果たして、輸送ヘリの到着まで部隊は保つのだろうか。
次々に指示を飛ばしながら、レイドリックの脳裏をそんな考えがよぎっていた。



「――シェリル!前方に未確認AC!」
「チッ!軽量級だと厄介だな・・・!」

敵が重量級であれば、2機の機動力なら逃げ切れる。
だが、軽量級だった場合――連続戦闘でブースターの疲弊している2機では、逃げ切れる可能性は薄い。
――ドン、とグレネードの発射音が響く。
即座に回避行動を取った2人は、恐らく構え態勢を取っているであろうそのACに向けて、一気に踊りかかる。
倒せる隙があるのなら、それに越したことはない。
だが。

「カスタム機ねっ!」

その重量2脚のACは、外見に似合わない素早い動きで、移動しながら第2射を放ってきたのだ。
通常は四脚・タンク型以外では、移動しながらキャノンを放つことは出来ない。
COMの殆どが反動制御に追われる為、膝を突いて明確な構え態勢を取らなければならないのだ。
だが、カスタム機においてはその限りではない。
姿勢制御系やCOMを強化すれば、2脚型でキャノンを空中発射等という芸当も可能になるのだ。
トップランカーの中にも、そのようなカスタムを施しているものは多い。
スレイプニルもブレード系統に多少調整が加えてあるし、グナーも装甲を犠牲にして射撃補正・ブースター効率を高めたカスタム機だ。
だが、目前のACは、何処か既存のACでは有り得ない性能を持っているように見える。
ENライフルを連射しながら、ずっとブースト機動を続けている。
既存のジェネレータでは、幾らカスタムしようともENが保つ筈がない動きだ。
しかも、重量級では有り得ない程の機動力だ。
こんな敵に追撃されるのは、大分不安が残る。

「シェリル、ここで片付けましょう。私が前から牽制するから、貴女は後ろから――」

狙撃能力ばかりに注目されがちなワルキューレだが、実はブレード戦の実力も中々のものだ。
2機とも全兵装が弾切れになっているにも関わらず、"Last Supper"第1小隊と戦闘を続けていたのが何よりの証拠だ。
だが、シェリルはそれを拒否した。

「ワルキューレ――こいつは、私がやる。手は出すな」
「――シェリル?」

そして、僅かに苦笑して機体を離れさせる。
シェリルの為に、周囲を制圧しようというのだ。

「――判ったわ。けど、後で事情は聞かせて貰うわよ」
「――すまんな」

グナーが、周囲の浮遊MTを引き付ける為に飛び出していった。
そして、その空間にはスレイプニルとカスタムACが残された。

「――やっと会えたな、あの時のAC――」

見間違える筈がない。
仲間を殺し、恋人を殺したあのAC。
その頃はまだDランクだったシェリルも、大怪我を負い生死の境を彷徨ったのだ。
1人だけ生き残ってしまったシェリルは、何時の日か仇を討つことを心に誓い、レイヴンを続けてきたのだ――。

「あいつらの仇・・・お前は私の悪夢――此処で消えてもらうっ!!」



――神は我が櫓、我が強き盾。苦しめるときの近き助けぞ――

2機のACが、エヴァンジェリンにレーザーライフルを放って左右から突っ込んでくる。
それを回避したエヴァンジェリンに、オービットと連動ミサイルが放たれる。

――己が力、己が知恵を頼みとす――

クイックシフトは機を切り返して連動ミサイルを回避するが、オービットから放たれる光弾を数発被弾する。
レーザーライフルの光線がエヴァンジェリンを掠め、陽の落ちたジャングルの闇にエヴァンジェリンを浮かび上がらせる。

――黄泉の長も、など恐るべき――

空中から放たれたレーザーキャノンを、エヴァンジェリンは灌木の影に飛び込んで避ける。
お返しとばかりに放った携帯グレネードが命中し、そのACは姿勢を崩して着地する。

――いかに強くとも、いかでか頼まん、やがて朽つべき人の力を――

ドッ、と必殺のグレネードライフルが火を噴いた。
それは、姿勢を立て直しているACに命中し、装甲を貫通して内部で炸裂した。

――我と共に戦い給うイエスこそ、万軍の主なる天つ大神――!

相方を失ったACが、グレネードを連射しながら距離を詰めてくる。
全体的にカスタムされているらしく、グレネードにしては補正が良い。
とはいえ、エヴァンジェリンは高機動のフロート型。
クイックシフトの腕を持ってすれば、弾速の遅い榴弾になどそうそう当たりはしない。

――悪魔世に満ちてよし脅すとも、神の真理こそ我が内にあれ――

敵ACの後部が展開し、EOが射出される。
マシンガンの如き速度でレーザーが連射され、エヴァンジェリンの機動を追って光の道を作る。
だが、それは今一歩のところでエヴァンジェリンへは届かず、空しく軟泥を焼く。

――黄泉の長よ、吼え猛りて迫り来とも――

クイックシフトがOBを起動して一気に機体を旋回させる。
高速で自らの周りを旋回するエヴァンジェリンを捉え切れず、そのACは已む無くその円の外へと逃げようとした。
チャッ、とそのACの背にグレネードライフルの砲身が突きつけられる。

――主の裁きは汝が上にあり――

後ろを向けたACに、容赦無く徹甲弾が叩き込まれた。
それは、薄い背面装甲を容易く食い破り、パイロットの上半身を吹き飛ばし、内側から正面装甲を突き破って飛び出し、炸裂した。
風穴の開いた2機のACを横目に、クイックシフトは本部へと通信を入れる。

「――こちらエヴァンジェリン、未確認AC2機撃破。これよりランディング・ゾーンへ向かう」



「急げ!機体を固定しろ!!」

次々にMTが輸送ヘリ下部のハンガーに固定されていく。
後部のペイロード区画には、戦車や装甲車がスロープを駆け上がって乗り込む。
搭載能力一杯になった機からどんどん飛び立ち、戦場を離脱していく。
周囲では、順番待ちのMTと"Last Supper"のACが必死の防戦を繰り広げているが、浮遊MTの大部隊に段々と押されてゆく。

「損傷の酷い機からヘリに向かえ!EO装備機と重量級優先だ!!」

第6小隊の3機も、大分損傷が酷い為に早々と離脱する。
第8・第11・第13、そして第1小隊とエヴァンジェリンが、未だ残るMT部隊の為に、押し寄せてくるMTを迎撃している。

「――こちらエヴァンジェリン、済まないが弾が切れた」

エヴァンジェリンの兵装は、両手のグレネードのみ。
両方合わせても、32発のみという非常に少ない弾数なのだ。
ACを相手にするには良いが、このような耐久力の低い大量の敵を相手にするには、全く向かない兵装である。

「判った。レイヴン、君もヘリへ向かってくれ!」

最後のMTと同じヘリで、クイックシフトは戦場から飛び立った。
戦場に残るは、"Last Supper"の11機のみ。

「っ!?」

残っていた3機のヘリの内1機が、浮遊型MTの集中攻撃をコクピットに受けて爆発した。
既に機をセットしていた第11小隊の2機が、爆発に巻き込まれて崩れ落ちた。
このヘリは、AC4機分のハンガーしかない。
残るACは、9機。

「――私が最後の防戦を引き受けます、司令は早く離脱を!」

叫んで、シールドットが敵MTの大群の中へと身を躍らせた。
シールドの出力を全開にしていても、嵐のように降り注ぐレーザーは少しづつシールドットの装甲を焼いていく。

「ボースっ!機を捨ててヘリに乗れっ!!」

レイドリックが叫ぶが、ボースは笑ってそれに答えた。

「――司令、それは未練です。部下に死ねと言うのが指揮官の務めでしょう?」

第13小隊の3機と第11小隊長機を載せたヘリが、地面から離れた。

「早く!長くは保ちません!――私を無駄死にさせる気ですか!司令っ!!」
「――ッ!離陸しろっ!」

その言葉と共に、第8小隊の2機と、メシアン・トゥエレブズナイトを乗せたヘリが一気に空へと駆け上がった。

「――ゴールドマンさん・・・貴方に助けられたこの命、今日お返し致します――」









前条でぃふ。
これにてユニオン襲撃は終了、3話も掛かっちゃいましたね。
20話までにはAC3編終わると思いますけどネ。
SLとか外伝とかは、まあそのうち・・・シェリルとルクスの外伝は書くと思いますケド。
ACとキャラを提供して下さった皆さん、有難うございました。
今後もちょくちょく出演して頂きますのでっ。
話の都合により数名死亡させてしまいましたが、それに関しての文句などは幾らでも受け付けますので遠慮なく・・・w
作者:前条さん