サイドストーリー

Underground Party 13話 或る女司祭
Title:水精製施設防衛
先日の戦いの結果、我々の部隊はほぼ壊滅状態となってしまった。
そこで、我々は態勢を立て直そうと、残存戦力をセクション714にある我が社の水精製施設に集結させている。
だが、それを察知されたのか、ミラージュの部隊がこちらに向かいつつあるという情報を得た。
クレストが総攻撃を受けていて動けない今、我が社に止めを刺しておこうという魂胆なのだろう。
更に悪いことに、管理者のものと思われる正体不明の機動兵器が現れている。
敵は単独だが、MTともACとも異なる。圧倒的な性能を持った大型機だ。
我々の部隊では、水精製施設に近付けないだけで精一杯だった。
目標は現在、アビア湾内を遊弋している。
水精製施設の損傷を防ぐ為、海上にて迎撃して貰いたい。
絶対に水精製施設へは突破させないでくれ、施設が破壊されれば、我が社の組織自体の存続すら危うくなる。
なお、この依頼は複数のレイヴンに送信している、宜しく頼む。



――Gloria in excelsis deo. Et in terra pax hominibus bonae volntatis.
(天のいと高きところには神に栄光。地には善意の人に乎和あれ)
Laudamus te. Benedicimus te. Adoramus te. Glorificamus te. Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam. 
(われら主をほめ、主をたたえ、主をおがみ、主をあがめ、主の大いなる栄光のゆえに、主に感謝したてまつる)

気怠げな午後の光の中、アビア湾に神を讃える唄が響いている。
コアのハッチを開け、聖歌をバックに潮風と景色を楽しみながら、2人のレイヴンが呟く。

「・・・GLORIAか、噂は本当だったわけだな」
「綺麗な歌声ですねえ」

海上に散開し、ふよふよと波に揺られる3機のAC。
C-2エヴァンジェリン・C-14ジョーカー・D-9ガストの3機である。
管理者の機動兵器を迎撃する為に、3機は水精製施設の沖合い50kmほどの地点で網を張っていた。
ミラージュ部隊から水精製施設を防衛する任務は、別のレイヴン達が行なっている。
あちらは既に戦闘が始まっているらしいが、こちらは機動兵器の到着までまだ間があるのだ。
キサラギの管制機からの情報があるまでは、こうしてゆったりと出来る。

――Domine Deus, Rex caelestis, Deus Pater omnipotens. Domine Fili unigenite, Jesu Christe.
(神なる主、天の王、全能の父なる神よ。主なるおんひとり子、イエズス・キリストよ)
Domine Deus, Agnus Dei, Filius, Patris.
(神なる主、神の小羊、父の御子よ)

「上手ですよねぇ・・・」
「あれが本職と言われても、多分誰も疑わないな」

海上に響く澄んだ歌声は、それを聴く2人のレイヴンの心を和ませ、ここが戦場だという事を暫しの間忘れさせる。
"死呼ぶ聖者"などと云う恐ろしげな二つ名からは、想像も出来ない美しい歌声である。
パーティプレイとサバーバンキングは、静かにそれに聴き入っている。
これから戦場になる海上での、僅かな間の平穏。
そこに響く旋律は、栄光の讃歌。
流れ行く唄は、天への祈りか。
そして歌声は、クライマックスへと向かう。

――Quolriam tu solus sanctus. Tu solus Dominus. Tu solus Altissimus, Jesu Christe.
(主のみ聖なり、主のみ王なり。主のみいと高し、イエズス・キリストよ)
Cum Sancto Spiritu in gloria Dei Patris. Amen.
(聖霊とともに、父なる神の栄光のうちに。アーメン)

長い余韻を残して、聖なる唄が終わる。
それと共に、止まっていた時も動き出したようだ。
キサラギの管制機から、機動兵器接近の連絡が入ったのだ。

「さて、綺麗な歌も聴かせてもらったところで、機動兵器とやらを拝見するとしようか」
「ですね、気合の入り方も違うってものです」

2人の誉め言葉に、照れたクイックシフトが頬を掻きながら答える。

「そこまで言われると照れるのだけれど・・・ありがとう、嬉しいわ――じゃあ、行くとしましょうか」

それを合図に、3機は指定された海域へと波を切って急行する。
このレイヤードの全てを管理する神、管理者の放った機動兵器の下へと。



「・・・何だか、案外多いーね」

ブルーオスプリーをスナイパーライフルで撃ち抜きながら、D-2ゼーレのパイロット、ゼブが呟いた。
彼が言うように、敵の数は予想よりも大分多いものとなっている。
ブルーオスプリー・ガスホークが空から、ポンドスケーターが海上から攻撃を掛けてくる。
しかし、ミラージュとて管理者部隊との戦闘で被害を受けていて、余り余裕は無い筈。
それが、ここまでの部隊を投入してくるのは、いささか不自然と言える。
それとも、いざという際の秘策がミラージュにはあるとでも云うのだろうか。
そんな考えを打ち破るように、もう1人のレイヴンD-5ネクスが、ブレードでポンドスケーターを勢いよく斬り捨てる。

「どっちにしろ、全滅させるっきゃ無いだろ?」
「まあ、そうだーけどね・・・」

どちらが楽天家だか判ったものじゃない、そう思ってゼブが溜息を吐く。
会話をしながらも、それぞれの機体の動きには全く滞りが無い。
一応は、彼らも中堅クラスのレイヴンなのだ。

それにしても、とネクスは思う。

「キサラギの連中は・・・訓練してるのか・・・?」

高速のブルーオスプリーやガスホークを捉えきれないのはいいだろう。
海面を走るポンドスケーターに翻弄されるのも、まだ判る。
しかし。

「あーあ・・・また落ちたーよ・・・」

バシャンという音を立て、また1機のMTが精製施設の足場から足を踏み外して、海へと落ちた。
救命胴衣を着けたパイロットが、沈んでいくMTから慌てて飛び出したのを見て、2人のレイヴンは溜息を吐く。
敵の攻撃で撃破されたMTよりも、自滅した機の方が多いとはどういうことか。
そして、更に彼らをウンザリさせる事態が起こる。
沖合から、高速で物体が移動する為に上がる水煙が近付いてきたのだ。

「こちらメガラオ、これより襲撃部隊の支援を行う!」

D-6アスターの駆るフロートAC、メガラオ。
ランキングから判るとおり、ゼブよりは僅かに劣るが、ネクスとは殆ど実力は拮抗しているランカーだ。

「ゼーレよりヴァレリアッタ、そっち任せたーよ」
「おい、ちょっと待て!ここはそっちが相手するべきじゃないのか!?」

自信が無いのか、慌てて叫ぶネクス。
そんなネクスを、ゼブが笑って突き放す。

「負けたら後は引き受けーるから、気にしないで戦うーよ」

獅子は我が子を谷底に突き落とすとか、何だとか。
そんな言葉が、ネクスの思考をよぎった。

「そういう事を言ってるんじゃ・・・だぁっ!?」

ネクスが文句を言おうとした時、ヴァレリアッタの目の前をロケット弾が掠めていった。
それを眺めながら、ゼブがのほほんと忠告する。

「集中しないと、本当にやられーるよー?」

ロケットを連射しながら接近してくるメガラオに対してか、ゼブに対してか。

「やればいんだろうが、やればっ!」

ネクスが自棄を起こしたように叫んで、ヴァレリアッタを急旋回させる。
そんなネクスに対して、アスターが通信を入れる。

「アリーナで戦う手間が省けるな、人気だけじゃ無い所を見せてもらおうか?」

そのアスターの挑発を、鼻で笑って返すネクス。

「はっ、自分の人気が低いからって妬いてるんじゃねぇよ」

2機の背景に炎が見えたのは幻覚だろう、きっと。

「不毛な争いしてるーよねー・・・」

罵声を互いに浴びせあいながら戦闘する2機を見て、ゼブが本日何度目になるか判らない溜息を吐いた。



「くっ・・・!なんて凄い火力・・・!」

高速で海面を滑るエヴァンジェリンの軌跡を辿るように、次々とグレネードが着弾して大きな水柱を立てる。
見れば、ジョーカーも大量のミサイルを振り切るのに必死。
ガストは、敵機動兵器が射出した幾つもの小型兵器との戦闘で手一杯のようだ。
少しでも足を止めた瞬間、速射砲の如き速度で打ち出される榴弾にたちまち撃破されてしまうだろう。
しかも、2門の主砲の攻撃範囲は大分広く、正面120度・仰角60度位の範囲に榴弾を送り込んでくる。
その主砲の範囲外から攻撃しようとすると、ミサイルや小型兵器が襲ってくる。
第一、前方で誰かが抑えていなければ、水精製施設へと到達されてしまうのだ。
そんなわけで、一番腕の良いクイックシフトが正面を担当しているが、これでは埒が明かない。

「くそ!また潜られたぞ!」

そう。
厄介な事に、機動兵器はちょくちょく水中に潜ってしまう。
こうなると、3機は一方的に攻撃されるばかりだ。
水上からの攻撃が効果が無いのに対して、機動兵器は水面下から小型兵器やミサイルを打ち上げてくるのだ。
これでずっと潜られているとお手上げなのだが、律儀にも一定時間で浮上してくる。
構造上のものなのか、主砲を使用する為かは定かではないが、とにかくそのようにプログラムされているらしい。

「参ったな・・・どうする、"死呼ぶ聖者"?」

パーティプレイが小型兵器を撃墜しながら、クイックシフトに尋ねる。
その二つ名が余り好きではないクイックシフトは、この状況とも相俟って、少々不機嫌な声で答える。

「そうね、近付かないとどうしようもないけれど、この弾幕が相手じゃ・・・」
「確かに、施設に近付けないだけで精一杯だな・・・」



「ネタ兵器しか作れない企業に肩入れしやがって!」

頭に血が上ったアスターが、スナイパーライフルをヴァレリアッタに放つ。
それに負けじとネクスもマシンガンをメガラオに連射する。

「ミラージュだってEN兵器しか作れないだろうが!」

――両社の名誉の為に断っておく。
ミラージュは、実弾兵器でも人気製品を幾つも生産している。
キサラギも、一応は実盾やFCSのSRA02などの高性能な製品も開発しているのだ。
・・・まあ、確かにキサラギのラインナップにはネタ・・・というか玄人好みというか・・・そんな製品が多いのは事実だが。


「はい、そこまでだーよ」

パラララララララッ!
言葉と共に2機の間を水柱の列が走った。

「なっ!?」

我に返ったアスターが周囲を見れば、既にミラージュの襲撃部隊の姿は無い。
2人が色々な意味で熱い戦いを繰り広げていた間、ゼブは黙々と襲撃部隊を排除していたのだ。

「さあ、後はあなただけだーよ、どうするーね?」

マシンガンを構えて、脅すように問い掛けるゼブ。
ヴァレリアッタ1機で互角の戦闘だった所に、ゼーレが加わっては勝ち目は無いと踏んだか。

「ちっ・・・襲撃部隊は全滅だ、これより撤退する!」

メガラオは、一気に反転して逃走を開始した。
それを追おうとしたネクスだが、いつの間にか目の前に回りこんだゼーレに進路を遮られる。

「何しやがるっ!」

熱くなっていたネクスが叫ぶが、ゼブは首を振って淡々と答える。

「任務は施設防衛と機動兵器迎撃だーね、あいつと遊びたいならアリーナ行くーね」

正論を唱えるゼブに、ネクスは顔を紅潮させて言い返す。

「っ・・・うるさい!奴はここで倒・・・」
「じゃかあしい!!貴様、この仕事ナメとるんとちゃうか!?」

堪忍袋の緒でも切れたか、ゼブが突如語調が変わり物凄い形相で怒鳴りだす。
その迫力と余りの変化に、言葉を失って口をパクパクさせるネクス。

「貴様が遊んどる間、誰が敵部隊壊滅させたと思っとんじゃ?それ以上グダグダぬかすと、仕事抜きでブチ殺したるど?判ったか?」

マシンガンとスナイパーライフルの銃身が、ヴァレリアッタへと向けられている。
本気だ、と悟ったネクスの全身に冷や汗が噴き出した。

「わ、判り・・・ました・・・」

やっとのことでネクスがそう答えた瞬間、モニタに映るゼブの顔が普段ののほほんとした物に戻る。
何事も無かったかのような声で、ネクスへと言葉を掛ける。

「判ってくれればいーいね。じゃーあ、キサラギからの指示通り向こうの援護に行くーよ?」
「は、はひ・・・」

それ以来、ネクスは心に刻んだ。
普段大人しい奴ほどキレると恐ろしい、と。



「仕方ないわね・・・ジョーカー、一瞬だけ奴の注意を引ける?」

このままでは、いつまで経っても機動兵器を撃破することが出来ない。
そう判断したクイックシフトは、ある事を試してみようとパーティプレイに通信を送る。

「問題ないが・・・何をする気だ?」
「ちょっとね。じゃあ、お願いするわよ?」

聞き返したパーティプレイに、クイックシフトが挑戦的な笑みを返す。
それに一瞬見惚れたパーティプレイだが、即座に気を取り直して答える。

「判った、準備はいいな・・・行くぞ!」

ドン、とOBの光が煌めき、ジョーカーが一挙に空中へと舞い上がる。
それに反応した機動兵器が即座に榴弾を何発も打ち上げるが、高速機動中のジョーカーを捉えれずに、無駄に破片を撒き散らす。
ミサイルを発射される前に、距離を取るジョーカー。
・・・そして、海面をOBで突進するエヴァンジェリン。
正面だが、主砲はジョーカーへの砲撃で最大仰角を取っていたので放てない。
ジョーカーからエヴァンジェリンにロックを変えて放たれたミサイルも、蛇行するエヴァンジェリンに着いてゆけずに空しく海面で爆発する。
ようやく水平に戻った主砲が、殆ど目の前のエヴァンジェリンに向けて榴弾を放つ。
――が、放たれた主砲弾はエヴァンジェリンの遥か後方の海面で炸裂した。

「ふふ・・・やっぱりね」

クイックシフトが満足気に微笑みを零す。
砲の構造上、懐に飛び込んだ相手に対しては発砲が不可能なのでは。
そう予想して賭けに出たクイックシフトだが、見事にそれは正解であった。
もっとも、クイックシフトはそれまでの観察で、8割方そうだろうと見抜いていたのだが。
そして、右腕のグレネードライフルの砲身が、直上に掲げられる。
砲口の先は、機動兵器の喉元に当たる部分。

「Pie Jesu Domine, dona eis requiem!  Amen ! 」
(慈悲深き主イエズスよ、彼らに安らぎを与え給え!アーメン!)

高らかに歌い上げられた聖歌の一節に少し遅れて、巨大な爆発音が響いた。
叩き込まれた徹甲弾の炸裂が、装填されていた主砲弾を誘爆させたのだ。
その爆発は、機動兵器の首を丸ごと吹き飛ばすほどであった。

「だ、大丈夫ですか!?」

呆気に取られていたサバーバンキングが、我に返ってクイックシフトの安否を問う。
あれだけの爆発に巻き込まれたら、流石にACでも辛い。
だが、そこはC-2の実力。

「勿論よ、心配ありがとう」

懐に飛び込んだ瞬間にOBのチャージを開始し、発射と同時のタイミングでOBを発動させて離脱していたのだ。
その辺りは、流石というべきだろう。
ふと、レーダーに2機の味方機が表示される。

「なーんだ、間に合わなかったーね」
「話のタネに相手したかったんだけどなあ」

キサラギの指示を受けて援護に来たゼーレとヴァレリアッタである。

「何だ、そっちはもう片付いていたのか」
「うん、そうだーよ」

パーティプレイの言葉に、ゼブが欠伸をしながら答えた。
ネクスは先程の事を思い出したか、微妙にモニタから眼を逸らして沈黙している。

「なら、これで作戦完了ですねえ」

そのサバーバンキングの台詞に、皆が互いに労いの挨拶を掛け合おうとしたその時。
キサラギ部隊の、混乱しきった通信が飛び込んできた。

「何処のAC・・・ぐあ!」
「畜生!来るんじゃない!うわぁぁぁぁ!」
「助けてくれ、レイヴン!助け・・・」


『部隊がACの急襲を受けた!直ちに迎撃に向かってくれ!』

即座に、5機のACは陸地へと機を突進させる。
しかし、通常ブースト速度では6分以上掛かってしまう。
そう判断したEO機のゼーレ以外の4機は、OBを起動して一挙に加速した。

「あーあ、置いてきぼりだーよ・・・」

――しかし、その方が良かったと後にゼブは思うことになる。
何故なら。


「・・・これは・・・!?」
「既に、全滅・・・?」

施設近辺に到着した4機を待っていたものは、あちこちから煙を上げるプラントと、壊滅したキサラギの集結部隊。
ミラージュの襲撃で被害を受けていたとは云え、数分の間に30機近いMTを残らず撃破し、施設をも破壊するとは。
単機でこれを行ったとすれば、敵はトップランカー級だ。
ふと、サバーバンキングが形を留めているMTの残骸を見て、ある事に思い当たった。

「この痕は・・・まさか、これをやったのは・・・」

しかし、サバーバンキングは全てを言い切る事は出来なかった。
背後からコクピットを高出力のブレードで貫かれ、自らが死んだ事にも気付かないまま蒸発したからだ。

「・・・そのまさか、だ」

――ブレードが引き抜かれたガストのコアには、深く昏い風穴が空けられていた。

「なっ・・・エグザイル・・・!?」

驚愕に満ちた声で、誰とも無くその名を口にした。
"死神"エグザイル――それは、実在したのだ。
その沈黙を破ったのは、クイックシフトだった。

「どうして!?あの時、確かに私が――!」

――殺した筈なのに。

その言葉は、恐ろしくて口にすることが出来なかった。
その声が、そのモニタに映る相貌が、記憶の通りで。
ニヤリ、と口元に残忍な笑みを浮かべて、エグザイルが呟いた。

「――ほお、あの女司祭か・・・奇遇だな?」

――確かに死んだ筈なのに。
そう、聖水と偽って毒を飲ませた。
あの猛毒を飲んで、死なない筈が無いのに。

「なんで、なんで生きてるの――」

呆然と呟いたクイックシフトに、エグザイルが告げる。

「さあ、どうしてだろうな?ククッ・・・司祭様なら御存知かと」

その言葉に、幾年か前のことがフラッシュバックする。


あの頃の私は、女ながらに教会を1つ任されていた。
そして、女司祭としての生活をする傍らで、密かにレイヴンを続けていた。
勿論、神に仕える聖職者にとって、レイヴンなどという人を殺める職業は対極に位置するものだ。
しかし、身寄りの無い子供や貧しい人々に施しを与える為には、仕方が無かったのだ。
そして・・・そう、雪が深々と降り積もる夜だった。
他の者を宿舎に帰し、1人で祈りを捧げていた時だ。

懺悔をしたい。

そう言って、その男が入ってきたのは。
司祭だった私は、多少酔っていたらしいその男の罪の告白に耳を傾けた。

――お許し下さい。俺は罪深い人間です。
ACなどという破壊しか生まない兵器を操っています。
自分を信じてくれていた仲間を裏切ったこともあります。
助けを請っている人を無視して、見殺しにしたこともあります。
戦場では、既に動けない敵機のコクピットを串刺しにして穴を空けています。
"死神"などという通り名まで頂戴している始末です。
そうやって、殺さなくても良い人間の命を数百・・・いえ、数千と奪ってきました。
俺が今こんなにも空っぽなのは、その報いなのです。
ああ司祭様、どうかお救い下さい――

私は、その告白を呆然として聞いていた。
当時からレイヴンとしてそこそこの位置にいた私には、目の前に居る男は"死神"エグザイルだと――そう、判った。
信仰に厚かった私にとって、無駄な殺戮を繰り返す"死神"は神の敵も同様だった。
私は震える手で聖水を汲み取り、気付かれないように杯へ猛毒を流し込んだ。

「――よくぞ罪を告白なされました。さあ、この聖水を・・・これであなたの罪は清められるでしょう」

普段行なっている通りの台詞を、全く違う思いを込めて吐きながら、男に杯を手渡したのだ。
男はそれを飲むと、喉を押さえて恐ろしい形相で苦しみながら倒れこんだ。
――"死神"などという悪魔の手先が聖水を飲めば、苦しみ悶え死ぬのは当然よ。
その形相を見て恐怖に震える自分を騙す為に、そんな嘘を信じ込んで。
なるべくその苦悶に満ちた表情を見ないようにしながら、動かなくなった男を引き摺って町の裏路地へと捨てた。

――そうだ。死んだと思っていたけれど・・・いえ、だからこそ。
私は、この男の生死を確認しないまま、裏路地へと捨てたのだ――


がくがくと膝が揺れ、全身が凍えたように震え出す。
それを裏付けるように、エグザイルが言葉を紡ぐ。

「ククッ・・・人間って奴は、死体も確認しないで人が死んだと思ってくれるから楽だよなあ?なあ、司祭様?」
「いや――いやあ!!」

殺される、絶対に。
普段の冷静さは吹き飛び、半狂乱でアフターペインへとグレネードを乱射する。
両手のグレネードを次々にアフターペインへと撃ち込む。
呆然と、その光景を眺めるパーティプレイとネクス。
2人はエグザイルへの恐怖と、クイックシフトの泣き叫ぶ声への驚きで動けないでいる。

――カチ、カチッ

数少ないエヴァンジェリンの弾薬は、こんな乱射をすれば一瞬で無くなってしまう。

「司祭様、弾切れですか、と・・・」

愉しげに呟くエグザイルが、ゆっくりとアフターペインをエヴァンジェリンへと近付ける。

「やぁ・・・来ないで・・・来ないでぇぇっ!!」

カチカチカチカチッ!

引き金を引いても、弾は出ない。
判ってはいても、恐怖がそうさせるのだ。
そうしていないと、狂ってしまいそうで。

「――楽には殺さねぇよ、爪を剥いで指を折って手足を引き千切って・・・じっくりと殺してやるよ。他の連中を片付けるまで待ってな・・・」

かくん、とクイックシフトの腕から力が抜けた。
恐怖の余りに、操縦桿を握っている事も出来なくなったのだ。
そして、ザン・・・とブレードがコクピットでは無い位置に突き立てられた。
その一突きで、ジェネレータが破壊されて、エヴァンジェリンは行動不能となった。

「ああ、そうだ・・・殺す前には、女に生まれた事を神に呪いたくなるくらいに、ぐちゃぐちゃに犯してやるよ。なあ、美人の女司祭様?」

――コンデンサに僅かに残るエネルギーで、通信やモニタだけは生きている。

「いやあああああああああああああああああ!!!!」

頭を抱えてうずくまり、悲鳴を上げるクイックシフト。
その悲鳴に、何とか残る2人が動き出した。
そんな所へ、状況を知って全速で突っ走ってきたゼーレが到着する。
キサラギが増援のレイヴンを要請したかは判らないが――
――いや、施設が破壊され、部隊も全滅した現状で増援を呼ぶとも思えない。
ならば、3機で”死神”に勝てるのか?
答えは否。
・・・本来なら、逃げるべきだろう。
勝機も無いのに損害が発生する戦いなど、ビジネスで成り立っているレイヴンが行なうべきではない。
しかも、命の危険まであるとなれば尚更だ。
だが、それでも――

「畜生・・・やってやる、やってやるさ・・・!」
「クソ、こんな感覚は久し振りだ・・・!」
「こうなったら、やるしかなーいね・・・!」

彼らはレイヴンである前に、戦士であり、男だった。
強大な敵を前にすれば、戦いへの期待に歓喜し、守るべきものがあれば、己の命を賭してでもそれを守る。

――そんな、どうしようもなく馬鹿で、どうしようもなく格好の良い連中だった。








はい、前条でーふ・・・w
巨大兵器撃破と水精製施設防衛とキサラギ掃討がごっちゃになってますが・・・
問題はそれじゃないですよねえ・・・w
どうしてエグザイルが出てきたんだろう・・・w
・・・ああ、10話での×××××を回収しておこうと思ったんだった(ぉ
・・・樽さん、もーしわけナイ、クイックシフト嬢がいつの間にか女司祭様になってました(滅
次は機動兵器撃破になる予定が、どう考えても対エグザイル戦で1話使いそうであります・・・w

にしても、まだ12話が上がってない罠・・・w
作者:前条さん