サイドストーリー

MISSION2

(数が多い……対処しきれない!)
 未だ新人レイヴンである自分がどうしてこんな任務を受けたのか――Eランクアリーナ所属、レイヴンネーム『キャロット』は今更ながら後悔していた。
 戦場で後悔など遅すぎる。それでも思考は止まらない。ホバータンク脚を持つ重量級AC『デンジャラスラバー』のコクピットで黙孝する。どこから間違えたか……結局、依頼を受諾したのは自分だ。楽そうな物を選んだつもりだったのだ。
 キサラギ社の依頼で、環境整備地区のザナルリバーを最終防衛ラインとしMT部隊の進行を阻止する事になった。敵の出所は恐らく、先月同地区に配備されていたキサラギ特殊部隊の撃滅を依頼していたクレスト社だろう。
 何が失敗かといえば、相手はMTとたかを括っていたのが拙かったか?いや、予想されていたよりも遥かに敵の物量が多かった事か。キサラギの通信士は『予定外だ』の一言で済ませた。よくもいけしゃあしゃあと。
 敵勢力は地上高機動型MTエグゾゼ。対して自機の武装であるバズーカも垂直ミサイルも投擲砲も、動き回る敵にはまるで向いていない。遠くから狙撃する分にはまだ問題無いが、接近されると小回りが利かないタンク脚は非常に不利だ。後方にいる味方のナースホルンには期待するだけ無駄だろう、あれも小回りが利かない中距離戦用の重装甲MTである。
「こんのおっ!」
 不用意に近づいてきたエグゾゼの編隊にブレードを見舞う。MX/REE腕による突きは出が素早い、間合いを見誤った一機が貫かれる。これで撃墜したのは八機か?
 しかし残りの二機は無事、両脇を突破。やはり防衛任務などに単機で赴くならば重量級は不釣合いだ。せめて弾速の速いレーザーライフルか高機動型ミサイルでも積むべきだったか――先週、戦車部隊程度を軽く抑えたくらいで図に乗っていた自分を恥じる。
 幸い、あちらは必要以上の損耗を避けたいのかほとんど攻撃をしてこないため機体は損傷していない。つまりは傷つける事無く突破できる相手だと見られている訳だが、事実そうなのだから仕方が無い。胸が少しちくりと痛んだ。
『聞こえるかレイヴン!増援だ!そちらの撃ち漏らしたやつを潰しながら北上中、そろそろ合流できる!』
 言われてレーダーの後方を見る。僚機の反応が三つに増えていた。うち一つだけはかなりの速度で動き回っている、エグゾゼよりも速い。
 考えてみれば、あれだけ敵の突破を許しておいて防衛ライン突破の報が無いのはおかしいのだが……目の前の敵に夢中になりすぎていたか。
『ちょっと失礼っ!』
 機体に縦の震動が走る。何だと思いカメラを上に向ければ、そのACに踏んづけられたようだ。レモンイエローを基調に塗られた軽量二足。
 ACは軽くデンジャラスラバーの両肩を足場にして跳ぶと、そのままOBを起動させMT部隊へと突進してゆく。すれ違いにエグゾゼをブレードで薙ぎ払う――木々が生い茂りおまけに霧が濃く、視界は最悪のこの森林でよく間合いが合わせられるものだ。  エグゾゼもこちらのACは無視できないと判断したか半円包囲を維持しつつビームキャノンを撃つ。
『はいはい、動きが止まって見えますよー!』
 妙な台詞を言いながらも波状攻撃を楽に回避しつつ、マシンガンでエグゾゼを次々と撃ち落とす軽量機。まるで戯れているかのようにすら見える、ならば遊ばれているエグゾゼは闘牛か何かか?
『こちらブリューナク……見える敵は撃ち終わりました。被弾も無し。シェラさん探索よろしく』
『ええっと――敵部隊の撤退を確認、作戦は終了です。お疲れさまでした』
 そのまま『キャロット』が呆気に取られている間に、ブリューナクとやらは敵部隊を全滅させてしまったのだった。



 MISSION2:GIRL'S WARNING(小娘注意報)



「いやー、安いけど楽は楽でしたねー今回は」
 シズナがいつも通りガレージに帰投しブリューナクをハンガーに固定させ、コクピットから出て伸びをして第一声がそれだった。
「俺は置いてけぼりだがな」
「だってお金安いんですもん。ただでさえ安い報酬がさらに減ったら嫌じゃないですか……第一、敵はエグゾゼですよ?ホバーによる高速移動が可能のMT部隊。メカクラゲの時と同じ轍を踏むおつもりで?」
 マイクは押し黙った。先日アリーナでメカクラゲに挑戦、撃破し屈辱は果たしたともいえるが、あれは単に操縦者のクラゲ大魔王がヘタレなせいで性能を生かしきれていないだけで、高機動型の相手が苦手な事そのものに変わりは無い。
「それだとまるで、僚機として金を支払う必要があるみたいな言い草だな?いつもツバメの涙くらいの金でコキ使うくせによ」
「正しくは雀の涙ですよそれ。……あなたが毎回毎回、装甲へこませたりライフル壊したりするからでしょう?弾速の速いレーザーライフルでも持てばいいんですよ。敵勢力の速やかな鎮圧は結果的に損耗率の低下に繋がりますし」
 普通は作戦に応じて武装を持ち替えてしまうのがACの本道だと思うのだが、どうしてアサルトライフルにこだわるのやら。シズナとしては理解に苦しむ所だ。
「ほっとけ。第一、武装については人の事言えないだろうが」
 武装――どころか脚部、頭部、腕部といったパーツまで作戦に応じて組替えてしまえるのがAC最大の強みである。よって作戦ごとに姿が丸ごと豹変してしまってもおかしくはないのだが、少なくともマイクは異なる手足の組み合わせで出撃するブリューナクを見た事が無い。武装もそうだ、ロケットやレーダーの種類が微妙に変わったりはするが、基本的にいつも同じ。
「弾薬費にさえ目を瞑れば、柔軟に対応できます。テトラほど問題点はありません。それに身体パーツは一人ですと換装が面倒でしてね」
 シズナは一人でACの整備を行っている。いくら無人の作業ロボがあるとはいえ、修理はとにかく手なり足なりをいちいち出撃ごとに換装しているとそれだけで体力を消費してしまう。
 なお、マイクの霊はテトラのコアパーツにのみ憑依しているらしく換装に問題は無いらしいが、同じ理由から手足は変えていない。
「というか、今回の襲撃の要因になったっていう、前にキサラギの密林部隊を撃破したってのもお前の仕業だったりしないか?」
「あ、よく分かりましたね?カスタムMTが七機、大した相手でも無かったです」
 『お金〜お金〜、入ってますと嬉しいな〜』などと即興の歌を口ずさみつつ、シズナはモバイルを取り出した。口座の確認だろう、報酬未払いでタダ働きをさせられた経験が過去に何度かあるらしくその背中は妙に煤けている。
「……んげ」
「どうした?振りこまれてなかったか?」
 変な声を出すシズナ。そちらはちゃんと振りこまれていたからよいのだが、問題は新規メールの中身。キサラギから『礼状』と銘打ったメールがあるが、その下である。
「……あん?明日の昼にアリーナの試合か。低いランクだと急だよなー。でもこんなのがどうかしたか?」
 頭部カメラの倍率を上げ、マイクはシズナの端末画面を覗き見る。ふと思い立ち自分のメールを確認してみたら、こちらにも同一のメールが来ていた。
「俺もEランク相手の試合かー。でもお前、どうせまたサボるんだろ?」
「すでに前二回くらいサボってますから、そろそろ戦いませんと」
 シズナはアリーナでの活動についてはひたすら消極的であった。挑戦は全くせず、挑戦されてもすっぽかして不戦敗にする。
 近頃、新規加入者が増えたためアリーナ各ランクは増員し、最下位のEランクアリーナに至っては順位制が無くなった。異なる相手に五勝するか三連勝するごとに、一度Dランク最下位への挑戦権が与えられるという仕組みになっている。逆に三連敗するような事があればペナルティが課せられてしまう。
 シズナは大抵不戦敗するのだが、そんな相手に勝ったところで周りから評価はされないため意外と挑戦される回数は少ない。また、いつも不戦敗では怪しまれるので上手く駆動系トラブルが起こったかのように見せかける事もある。なお、わざと負ける試合はパーツを予備のものに交換している。万が一にも愛用しているパーツが壊されては困るからだ。
 だがしかし、ごくたまに鬼神の如き勢いで敵を倒してしまう事がある。先月開催された特別トーナメント――ランクを無視したお祭りイベントで景品は少数生産のライフルだったのだが、緒戦においてシズナはアリーナ屈指の剣豪ポーキュパインを一分と待たずして撃破。会場は荒れに荒れた。
 さらにシズナは結局そのトーナメントで優勝してしまった。有力株が互いに潰し合ったせいだとか実は八百長ではないのかだとか、様々な憶測が飛び交ったがその後シズナは五連敗。周囲の興味はあっさり引いた。
 そして先週ニ敗したので、明日の試合は勝ちに行く。接戦の末に勝つよう上手く工面しなくては。
 このように、すこぶる不真面目な態度でアリーナに臨むシズナではあったが、それでも各企業もグローバルコーテックスも彼女に依頼を持ちかける。過去の彼女の実歴を、よく知っているからだ。
(とりあえずご飯食べてから考えますか)
 シズナは居住ブロックのキッチンへと向かった。これでも料理は得意なのだ。
(……具が貧相なのは仕方無いですがね。地上は食料事情厳しいですし……次の特売日、いつでしたっけ?)
 お前は主婦か。前に一度そうマイクに言われた時、ぶん殴った記憶が甦った。



「あーあー、もうかったるいでーすーねー……」
 試合当日、つまり翌日。シズナはなおもブリューナクのコクピット内でぼやいていた。あまり知られてないが実は彼女、独り言が多い。
 出番が迫ってきているため、シズナはすでにACに搭乗し、アリーナに続くゲートの近くで待機している。
『お前、ホント愚痴が多いよな。男だったらうざい事この上無いぞ?』
「ほっといて下さい。五月蝿いなら通信切りゃいいでしょ」
 プライベート指定の通信を通じ、マイクの言葉が聞こえる。時間が来るまではアリーナ出場者専用の待機ガレージにACだけを置いておく事はできる。しかしマイクに限ってはそうもいかないのだった。最初からガレージまで直行だ。
「どーせ私達なんてGとアイアンマンの勝負の前座に過ぎませんってば。ああヒマですねもう」
 Gにアイアンマン。正々堂々とした戦いぶりが有名なこの二人の数々の名勝負は、アリーナの語り草だ。そんな二人の対決を前に場を盛り上げるべく日時を調節したのだろう、シズナもマイクも二人の勝負の前に組まれている。
 なお、シズナはアリーナでの試合だがマイクは違うらしい。先ほど輸送機の方へと向かっていった。アリーナでの試合場は公平性を期すために――という名目で、ギリギリまで伏せられている。
『んで、これはどっちが勝つと思う?』
 このガレージにもモニターはあり現在行われている試合が観戦できる。また、テレビでの放送でもだ。レイヤード時代から、ACによるアリーナでの戦いは数少ない民衆の娯楽なのだ。常時複数の対戦が行われるのが常である、シズナとマイク各々の試合も時間帯が重なっている。
 モニターには見覚えのある赤と黒の二足AC、アインボールが映っていた。相手は青をベースにアクセントとして赤を使った重量級二足AC。背にはレーザーキャノンに三連ミサイル、エクステンションにも連動四連ミサイル。両手にはレーザーライフルに携帯グレネード。コアは最新型の、クレスト社製重量級実弾EOコア。完全に攻撃にばかり片寄らせた構成だ。
「えーと、Cランク上位ランカーの……ガンスレイブ。搭乗ACグラジオラス……はて、どこかで聞いたような」
『そりゃまあ、派手な戦い方で有名だからな』
 軽く検索をかけるとマイクが横から付け足す。シズナはしかしホスロー・ワンがBランクアリーナに所属していた事にむしろ驚いていた。
 舞台は軍事訓練施設。状況はアインボールが不利だった。元々アインボールはデザイン重視で組まれた機体であり、機動力はそこそこ高いが火力は並程度。対してグラジオラスは、どうも無駄に撃ちまくっている感があるものの狙いそのものは的確だ。よく相手を見ている。
『何でも、レイヴンになった理由は合法的に実弾が撃てるからだって答えるような奴らしいぞ』
「……犯罪者スレスレですね。まあレイヴンって大なり小なり犯罪者ですけど」
 何やらそのレイヴンのものらしい、撃ちながらハイな様子で高笑いしている声もオープンのままの通信回線から聞こえるのだが……実況もコメントに困っている。
 ホスロー・ワンの集中力が途切れたか、アインボールが建物に引っかかり動きが止まった。そしてこの隙を見逃すほど相手も甘くない。
 グラジオラスはしっかりと両足を踏ん張ると、背の三連ミサイルポットと肩の連動型四連ミサイルを開き、両手のライフルを構え、左肩のキャノンを展開。さらにEOを起動、二つの自律式浮遊砲がリリースされる。
『ハーッハッハッハァ!』
 高笑いと共に七連小型ミサイルポットと五つの銃口が一斉に火を噴いた。一機のACから放たれたとは思えぬほどの凄まじい弾幕がアインボールに直撃する……ホスロー・ワンの命は大丈夫か?
 勝者ガンスレイヴ。彼の方が下位のランカーだったが、まあ相性次第ではこのような時もあるだろう。
『とまあ、あの一斉射撃で有名なんだ。普通ACって肩と右手の武器は一つずつしか使用できない筈だが、どうやってんだろうな?』
「……あんなの、何かしらの武装に全ての火器管制をリンクさせればいいんですから簡単な改造ですよ。でも反動に耐えるために下半身が全く動かせないでしょうし、あれだけの武器を同時に使うと熱も相当溜まりますからね……使い所間違えたら必死の必殺技ですか、お粗末な」
『そんな改造していいのかよ?違法じゃねえの?』
「OPパーツスロットの数増やすのに比べれば大した事ありませんって」
 現にシズナもスロット数やコンデンサの余剰電力を増やすべく操作系統をいじったりと、細かい改造をブリューナクに加えている。そんなものに比べればグラジオラスの改造など、新しいモーションデータを一つ増やしただけだ。大した事ではない。
『なぬっ!?スロット数って増やせるのか!?ちょっと待て俺は初耳だぞ!』
 マイクが喚いているが、そろそろこちらの試合が始まる。シズナは通信機のスイッチに手を伸ばした。
『おいこら、何でそんなのちっとも教えてく――』
 さて――潰し合いの時間だ。



 かつて古代ローマでは円形闘技場――コロッセオにて剣奴などを使い、猛獣などと闘わせて民衆の見世物としていたそうだ。
 このアリーナは、どこかそのコロッセオを彷彿とさせる。ではランカーACはさしずめ現代のグラディエイターか?
 鎖で繋がれた鴉が剣奴。意外と的を得た喩えかもしれない――シズナは苦笑する。真白い闘技場の反対側、対戦相手のACはすでに待ち構えていた。
(おや…………?あの機体って、確か)
 オレンジ色をメインに塗られた、ホバータンク脚を持つ重量級AC。武装は右肩に垂直発射式ミサイル左肩に投擲砲、右手にバズーカ左手にブレード。よく見れば昨日、踏んづけたACにそっくりだ。
 しかし、もしそうだとしたら武装くらい変更しておけばいいだろうに。あの装備では動きの素早い軽量級ACを捉えるなど難しい。
(レイヴン『キャロット』にAC『デンジャラスラバー』……データを見る限り、新人さんのようですが。でもどうして私に目を?)
 シズナのアリーナでの戦績には極端なムラがある。他のランカーから挑戦を避けられる要因の一つだ。たまたま調子のいい時にやられてはたまらない――という事だ。安定した腕の持ち主の方が当然、対戦相手とするには好まれる。
(まさか、昨日上に乗ったせいで頭部センサーでも破損しましたか?それで仕返しとばかりに――)
 『GO!』アリーナモードのモニターに、緑の文字が浮かぶ。試合開始だ。シズナは思考を切り替えた。
 シズナはひとまず適当に間合いを詰めようとブースターを噴かす。これが任務ならOBで突っ込むところだが、OBを完全に制御するのは素人には難しい。Eランクアリーナに似つかわしい試合にしたいなら使わないのが無難だろう。
 だがそんなシズナの思惑とは裏腹に、相手の方はOBで突撃をかましてきた。
『お姉さま〜!』
「ひいぃぃっ!」
 さすがのシズナも驚いた……重量級のACが諸手をぶんぶん振り回しつつOBで突っ込んでくる姿はかなり怖い。
 重量級は強固だが鈍重。この常識はOBの実用化に伴い根底から――とまではいかないにせよ覆された。少なくとも突進力だけは確保できる事となり、移動砲台にも似た戦法くらいしか無かった従来の重量級の運用に幅が広がり、逆に重量級はその重さそのものを大きな武器と為す事ができるようになったのだ。
 また、側面や背後を取られやすい難点もOBを緊急離脱に用いる事で幾らかは改善される事となる。
『好き〜っ!』
 などと言いながら左手のブレードで突きを繰り出してくる。あの黄色いブレードはMOONLIGHT――通称月光。刃の出力こそダガーに最強の座を譲ったが、高い面でバランスの取れた名ブレードとして有名だ。
 タンク脚の荷重とOBの突進力が相まった月光の突きなど食らったら。考えただけでぞっとする。
 普段ならばギリギリの間合いで横に避けるところを、シズナは大きく斜め後ろに飛んだ。相手のレイヴンから何か異様なオーラを感じたのだ。
『ああっ待ってお姉さま!』
 垂直ミサイルと連動しエクステンションのRT-16を放つ。上からのミサイルに合わせ、地面を這うような軌道でミサイルが迫る。
 ブリューナクは下のミサイルを飛び越え、同時に上空からのミサイルはマシンガンで撃ち落とした。
『あたしの想い、受け取ってください!』
 今度はインサイドから、ナパームロケットを連射。あれを食らえば暫くの間着弾点で中の油が燃焼し、この上ない熱量攻撃となる。
 しかし弾の軌道は直線的なので、ブリューナクは楽に回避した。
『ぷれぜんとふぉーゆーっ!』
 デンジャラスラバーはさらに投擲砲を乱射。放物線を描きブリューナクの周囲に着弾、床を焦がすだけに終わる。
(意外と派手なだけで、当たっちゃいませんね。斬りかかりましょうか退きましょうか、さて……おや?)
 デンジャラスラバーは再びOBで前進すると、全力でジャンプ。そのままこちらの頭上へと飛んでくる。
 空とぶジェットアイロン。ホバー式タンク脚TRIDENTを下から眺めたシズナの脳裏に、そんな奇妙なフレーズが浮かんだ。
『今度はあたしに踏ませてくださいぃっ!』
 シズナはブーストを全開にし、左に跳んだ。まさかこうも単純な質量攻撃を繰り出してくるとは。あのような思い機体に空中から押しつぶされては――ゲームではないのだ、上に乗られるだけでは済まない。剛健性が無い軽量級のブリューナクでは一撃で終わりだろう。
(調子に乗って……っ!)
 だがしかし隙が大きすぎる。シズナはターンブースターで急速旋回、デンジャラスラバーの右側からダガーで斬りかかった。先ほど右に跳ばなかったのは、その場合だと左側から斬りかかる事になり、月光を振り回されては近づけないからだ。
 タンク脚――というより、重いACはおしなべて旋回能力が低い。デンジャラスラバー右手のバズーカはいともあっさり破壊された。
 キャロットが反応する前に背面に回りこみ、ミサイルと投擲砲をもダガーで斬り破壊するのは容易かった。しかしそのような真似をしては目立ちすぎる。ブリューナクは普通に距離を離しつつ背面へと回りこみ、ロケットとマシンガンで両肩の武器を破壊。これでブレードとインサイドのロケットしかデンジャラスラバーに武装は残されていない。
 その後もシズナは適度に距離を保ちつつ、マシンガンを用いて無難に勝利を収めた。どうも前半、変な気に押されてブリューナクの動きが大きくなりすぎた。接戦だったかのように見せかける必要はあまり無かっただろう、不本意だが。
 人間、技量の他に『気迫で押す』というのも勝負を制す重要なファクターの一つだ。それでいくとこのキャロットは手強い相手だった……何か間違った気迫ではあったが。
(……なんか嫌な予感がします)
 シズナはべとつく汗を背に感じていた。これは実によくない兆候だ。間違い無い、厄介な事が起こる。
 ……自分の予感は悪い時に限って、決まってよく当たるのだ。



(でぇいくそ、戦術的撤退って言葉を知らねえなこの野郎!?)
 同じ頃、マイクはアリーナステージの一つであるダム前にて試合を繰り広げていた。障害物が一切無いこの舞台で、相手もまた厄介な相手だった。自分と同じく新人レイヴンのローン・モウア操る逆脚ACチャリオット。
 何が厄介といえば、どんなに攻撃を受けようと突撃してくるのだ。マイク自身よくシズナに窘められており、あまり人の事を言えないのだが――猪突猛進とは彼のためにある言葉、そう思わせる戦いぶりを装甲の脆い軽量級逆関節脚で見せてくれる。
 生憎とテトラには、敵の足を止められる火力も無ければ、相手を撹乱できるほどの突出した機動性も無い。
 突撃するしか考えない相手ではあるが、機動性能はテトラとほぼ互角。チャリオットは両手共に熱量強化型のハンドガンを持っており、間合いの詰まった撃ち合いとなると熱に弱いテトラは苦しい。熱に弱いのはチャリオットも同じではあるが、あちらはエクステンションに緊急冷却装置を装備し、それを効果的に活用している。
 少し距離が開いた。チャリオットが武装を右肩のロケットに切替え、小型ロケット弾を放つ。
 狙いが甘い――相手が今いる場所に弾を撃っても無駄だ。マイクは横に跳びつつさらに後退した。
(気は進まねえが……)
 マイクは背面のミサイルを使う。エクステンションを併用する事で四発のミサイルを短い間隔で発射できる、これは中々の弾幕が張れる。
 爆煙が立ち込める所にテトラも前進。ミサイルを浴びながらもやはり突っ込んできたチャリオットに肉薄する。
「おんどりゃあああ!」
 至近距離からEOと同時に両手のアサルトライフルを叩きこむ。チャリオットはミサイルで相当のダメージを負っていたらしく、三秒ほどの斉射であっさり沈黙した。
 試合終了。チャリオットの残りAPゼロ、テトラバースト勝利――アリーナの試合ではAPという、ACの耐久力を相対的にポイント化したものにより勝敗を決するのだが――、確認してみるとテトラのAPも残り半分を切っている。敵の弾をもらいすぎたか。
(ミサイルの火力差で押しきったようなもんか……くそ、修理費かさむなー)
 アリーナの試合ならば弾薬費はアリーナ持ちだ。修理費もいくらか負担してはくれるものの、Eランク同士の試合では補償額もファイトマネーも大した事は無い。あまり修理費がかさむと報酬から引かれる、などという最悪の事態にも陥りかねない。
 『無様ですね』――シズナの嘆息混じりの声が聞こえてきそうだ。
「あ、機械の体でも幻聴って聞こえんのか?」
 腕を組もうとしたが胸部の機関砲が邪魔でできない。そんな彼の素朴な問いに、答える者は誰もいなかった。



「ふぅむ……」
 シズナは腕を組んで考えていた。
 新しい事に挑戦するというのはその大小に関わらず賭けなのだろう。既知のものは信頼できる。信頼できずとも恐れる事は無い、理解できるものを人は恐れない。未知に挑むならばリスクが伴う。何せ新しいものには保証が無い、起こりうる結果が不透明な事を人は嫌う。
 結局、シズナはいつも買っている缶コーヒーの隣りに新しく増えていた、見覚えの無い方の缶コーヒーを選んだのだった。
 ここアリーナの控え室には、私服姿からパイロットスーツ姿のものまで多数のレイヴンが思い思いに休みを取っていた。備えつけの長椅子に腰掛ける者、立ったまま世間話に興じる者。壁に取りつけられた大型モニターで試合の観戦をする者もいれば新聞を読む者までいる。雰囲気は病院のような公共施設の待合室のそれと大差無い。
 大半は試合前に時間を潰したり試合後に軽く一服といった連中なのだが、試合が無くともレイヴンならば誰でもこの大部屋には入れるため、知人に激励や世間話をしに来ただけの者もいる。暇潰しや情報を仕入れるための者もいるだろう。
 とりあえずシズナは着替える必要が無いので、いつも試合が終わるとすぐこの部屋に来る。今日は汗も掻いたのだが、シャワーは帰ってから浴びる事にしよう……汗は汗でも、普通の冷や汗とは少々異なる種類のものだが。
 適当な椅子に座るとコーヒーを飲み――失敗した事を悟る。『爽やかな喉ごし』などと煽り文句が缶の表面に書いてあるが、自分はもっとこう、苦くて口の中に味がひつこく残るのが好きなのだ。どうもこのコーヒーの味はさっぱりしすぎている。
「よう、あんたがシズナってんだろ?」
 横から声を掛けられた。パイロットスーツの男だが、声に覚えがある。ついさっきの試合で、高笑いを挙げていたレイヴン。
 とぼけてみようか。しかし声をかけたからには、ある程度確信を持っての事だろう。とぼけても無駄かもしれない。
「Cランクアリーナ所属レイヴン、ガンスレイブ……さんですか」
「スレイ、でいいさ」
 スレイというのは愛称か何かか、案外本名だったりして……何にせよ、初対面から気安い事だ。
「ではそのスレイさんが私に何か?僚機の依頼ですか」
 以前にもこうして休んでいたら、直接依頼を持ってきたレイヴンがいた。最近は会っていないのだが。
「ふーん、それもいいねえ。今度機会があれば頼んでみよっか」
 考えに無かったらしく、顎に手をやりスレイが言う。彼はそのまま断わりも無く、長椅子の隣に腰を降ろした。
「……じゃあ、何なんですか」
「そうだなー、今晩一緒に食事なんてどう?」
「蹴りますよ?」
 さりげなく肩に回してきたスレイの手を迎撃しつつ、にこりともせずにシズナは突っぱねる。おお、怖い怖い――と、スレイは大仰に両手を広げて見せた。引き際を心得ているのか女にはとりあえず皆こう言っているだけなのかは分かりかねるが、ここでひつこく迫っていたらまたしても必殺の右アッパーを見舞う所だ。
「まあそう怒ってくれるなって。美人とは仲良くしたいってのが男の性さ……女のアンタにゃ、分かんねえかもしれねーけど」
 臆面も無く言ってくれる。つまりは元が軽い男なのだろう、そのような種類の言動をいちいち間に受けない程度にはシズナも大人のつもりだ。この間のノルスは人を娼婦のように言うから悪い。女を金で買いたければ、そういう所に行けばいい。
「しかし、浮いた話無いよなーアンタ。百合りんって噂聞いたんだけど、本当か?」
「いっぺんぶちますよ?」
 シズナは空になった手の中のコーヒー缶を握り潰した。ちなみにスチール缶だ。さすがにスレイはぎょっとした。
 確かにレイヴンは仕事上、直接顔を合わせる機会というものが少ない。この控え室にだって顔を出さないレイヴンも珍しくない。レイヴンの男女比は公表されていないが男の方が多いらしい、有名な女レイヴンというのもいくらかいるが大半はこの世界で生きていくためにしたたかだったりたくましかったり、何かしらの強さを身につけた女傑だ。
 そのような業界だから同性愛者もいるだろうし、異性との出会いは大切にしたいという彼の意見はまあ、レイヴン達の言わざる本音というやつだろう。こうもストレートに示す者はそういないだろうが。
 とりあえず潰した缶を捨てようとシズナは椅子を立つ。そして本日二度目の、背中が粟立つような感覚――
「お姉さまっ!」
 横殴りの衝撃を受けてシズナは倒れた。普段ならば避けるなり何なりできたのだが、何故か反応が鈍った。
 腰を見ると、抱きついた小柄な人影が頬擦りなどしている。この少女に押し倒された格好だ。
「……やっぱ百合りんか」
 妙に冷めた目でスレイが、見下ろすようにこちらの様子を傍観している。
「何誤解してんですかあなたは!ええい離しなさい――離せというにぃ!」
 やけに強い握力でコアラの如くしがみついた少女を無理矢理ひっぺがすとシズナは、壁にぶん投げた。少女は正面から潰れたカエルの構図で豪快に壁に激突、そのままずるずると地に伏せる。
「ああ、お姉さまの愛が痛い……」
 気丈にも少女は身を起こすと、頭を横に振った。額が割れたらしく流血しているが大丈夫だろうか?
 声と言動で察しはついていたが、ついさっき試合をしたばかりの相手レイヴン、キャロットだ。見た目は随分と幼く見える、パイロットスーツ越しに現われたボディラインも随分と少女の面影が残っている。亜麻色の髪はシニヨンにまとめており、くりくりした大きな瞳。一六歳前後――という事はないだろうが、そのくらいにしか見えない。
「……どういう仲だ?」
「こないだ初対面の時に、ACで踏んづけただけです。顔合わせるのは初めてですし」
 キャロットの血で染まった顔からは目を逸らしつつスレイが問う。シズナはこれ以上無いまでに明確に答えたつもりだったが、スレイは釈然としない様子。一番釈然としないのはシズナ当人なのだが。
「お姉さま、今日は完敗でした……」
 なおもにじり寄るキャロットにシズナは後ずさる。流血面で迫られてはそりゃ怖い。
「おおそうだ、本件忘れるとこだった」
 あったのか本件。キャロットの突進を片腕で制しつつシズナは半眼で見つめた。
「さっきの試合、見せてもらったよ」
「それはどうも。で?」
「あんた、マシンガンで相手の武器破壊してたよな?あんな芸当、Eランク――いや、Cランクでもそうできるもんじゃない」
「MG−800は弾がバラつきますから、たまたま当たったんでしょ」
「ACのFCSによるロックは優秀だ。動きが止まった相手に銃弾当てるなんざ、引金さえ引けりゃガキでもできる。『機体のコアど真ん中あたり』に、黙っていても弾が当たってくれるだろうよ……試しにあんたの今までの対戦経歴を見せてもらったんだが、対戦相手の武器破損率が異常に高いんだ。わざわざ武器を破壊してるって事は、あんたはFCSに頼らず狙撃をしている事になる。それができるレイヴンがEランクに留まっている理由は何だ?新人いびりか?だったら試合サボる意味がわかんねえ」
 さすがに射撃に関しては五月蝿い、それに思ったよりも頭が回るらしい。キャロットの腹に当て身を食らわせながらシズナは臍を噛んだ。
「それに、ホスロー・ワンがボヤいてやがったのさ。『何を遊んでいる』――ってな。あいつ人を滅多に誉めないんだぜ?」
「誉めてるんですかそれ?」
「茶化すなよ。こないだあいつ倒したそうだが、あいつだって仮にもBランクのランカーだ。そこそこの奴にゃ遅れはとらねえ」
「……どうしようが私の勝手でしょう。あまりひつこいと、火傷じゃ済みませんよ」
 我ながらこの返事は失敗したとは思った。確かにレイヴンは基本的に互いの事情には深く介入しないのが不文律だが、これでは逆に『前に何かあった』と暗に言っているようなものではないか。
「そりゃレイヴンだしな?火傷もしたくねえし……ま、そんな訳であんたに興味が湧いたのさ。あの試合の注目度は低いけどな、俺だって気がついたんだ。上位ランカーが真剣に見りゃ誰でも分かるぜ、きっと」
 これ以上深入りするな、そう言われればレイヴンとしては引き下がるしかあるまい。用が済んだとばかりにスレイは立ち上がった。
「僚機の件は考えといてくれや。何かあったらメール送るからさ……仲良くしたいってのは本当だしよ」
 背を向け立ち去りながらひらひらと手を振ると、思い出したかのようにスレイは言った。
「ああそうそう。その嬢ちゃん、早目に何とかしてやれよ?」
 シズナは言われてキャロットを見やる。ひとまず長椅子の上に寝かせておいたのだが、未だに額の流血は止まっていない。
「……あと、襲うなよ?」
「襲いませんっ!」
 今更どう弁解しても、周囲からの様々な目線はどうしようもないだろう。それを思うとシズナは途方に暮れた。



「どーしてお前はいつもそうなんだ!?友達に忠告されなかったのか、人の話はちゃんと最後まで聞けと!」
 ガレージに帰ってみれば、マイクはまだ通信を途中で切った事を根に持っていた。全く、度量の小さい事だ。
「……それと、そんな格好でうろつくな!何か着ろ!」
 シズナは胸元を見下ろす。シャワーを浴びたばかりなので、現在身に纏っているのはバスタオル一枚という悩ましい状況だ。腰まで伸びた髪はしっとりと湿り気を帯びている。
「このガレージにいるのは私の他には、最早欲情しようと身体が反応してくれない幽霊憑きの機械人形だけですよぉ?気を使う必要性なんてどこにあるんですか」
「うっわ腹立つ」
「いえ、そんな事はどうでもよくてですね。ちょっと今日着ていた服は汚れてしまって。替えはどこでしたかねえ……」
 汚れたというのはキャロットの血のせいだ。あの時、周りにいたレイヴンには何か誤解された。絶対誤解された。
「前々から言おう言おうと思っていたんだがな、お前にゃ女らしさとか恥じらいとかいうもんが丸っきし欠けていると思うぞ」
「前々から言おう言おうと思ってたんですけど、あなたは男らしさとか頼り甲斐とかいった類がすっぽり欠如してると思いますよ」
 歯を軋ませ――たかったのだが、残念ながらACの頭部パーツにはそれに該当するギミックが無い。仕方が無いのでレーダーをいじくり、マイクは人間の耳には聞き取れない低周波音を垂れ流した。
「ああもう、不快な電波流すの止めてくださいよ」
「なんで分かるんだよ……」
 耳を塞ぐシズナに、マイクは肩を落とそうとしたがACの肩はそんなに柔らかくなかったため断念する。
「んで?どーやってOPスロットの数なんて増やすんだよ?」
「簡単ですよ。スロットの数はOSの『余裕』を相対的に表した数値でしょう?ですからOSの負担を軽くすればいいんです」
 シズナはその豊かな胸の前で腕を組んで言う。マイクはピンとこないのか、目線を上げて考えこんだ。
「私の場合ですと、使わないデータの削除ですね。違うタイプの脚部を使う際に必要なデータはあらかじめOSにインストールされていますが、その辺削ったりとか。それにインサイドベイ開閉デバイスのオミットとか――ですからブリューナクって、もう四脚とかは装着しても動きませんし肩のハッチは手動でないと開けられないんですよ」
「おいおいおいおい!?いいのかそんな事して!」
「パソコン使えば分かりますけどね。データは使わないだけだと結局減らないんです。削除して初めてOSの負担が減るんです。最初から入ってた使いもしないアプリケーションほったらかしにして、漠然とネットとメールにしかパソコン使わないライトユーザーですか、あなたは」
 マイクが押し黙った。シズナはガレージ内の居住ブロック――まあプレハブ小屋に毛が生えた程度のものだが――に入るとようやく服を着始める。
「上位のレイヴンにもなれば、大小さておき誰でもこの程度の手は加えてますよ。特にアリーナでは機体の構成は滅多に変えませんからね、そういった改造も効果的なんです。それにパーツの必要スロット数って、大半はブラフですし」
 着慣れない予備のジャケットに袖を通す。どうも新しい生地が肌に馴染まない。
「なっ!?ブラフって、ハッタリか!?」
「全体的に重いコアの方がスロット数が少ないですよね?これは重いコア自体の積載量が多くて、それだけ装着できるパーツの組み合わせにも幅があるからです。OSにかかる負担が最初から相当違うんですよ。で、ただでさえOPスロット数が多い中量・軽量級コアですからね。あんまりパーツがちゃがちゃ付けると、パワフルな軽量級とかできあがりますから――コーテックスの要請で、各企業は既製品のパーツにあらかじめプロテクトみたいなものをかけてるんです。実際には必要なくとも規定のスロット数使わないとパーツが機能しないように」
 そんなに驚く事だろうか?着替え終わり部屋から出たシズナは呆然としている様子のマイクを見て思う。
「どうしてINTENSIFYが、コアの種類によって必要スロット数が変わると思うんです?そんな訳無いでしょう、最低六つあれば充分なんですよ。このプロテクトは、プログラムに詳しい人間ならば割と楽に外せますしコーテックスもこれらの改造は黙認してます。バレたらそこまで、程度の規則です。私は以前、暇潰しにアリーナ上位ランカーの装着OPを調べてみたんですが」  通常、レイヴンが閲覧できるアリーナ登録のACの機体構成情報にオプショナルパーツの欄だけは無い。つまりシズナはハッキングしたのだろう……マイクはシェラにだけはバレないよう祈った。あの歳で胃潰瘍でも患ったら可哀想だ。
「一番凄い人なんて、規定通りなら限界の三、四倍はパーツ付けてますよ。何とINTENSIFY込みだと五十」
 五十。テトラは規定通りだから一五しかパーツスロットが無いというのに。確かに三倍以上だ。
「併用すればそのくらい増やせます。ブリューナクはまだまだ余裕がありますが、それでも倍近いスロット数を確保してますよ……そのツケは先ほど話した通りですが。ブリューナクのコアにはニ脚用のパターンデータしか残ってません」
 言い終わるとシズナは、何を思ったかテトラをまじまじと見つめた。
「……よくよく考えたら、あなたほどスロット増やしやすいACもありませんね。プログラム無くても動くんですし」
 正確には、マイクもEOの制御だけはAIに全て任せている。元々人間だった頃の体を動かす感覚でACの体も思うように動かせるのだが、EOだけは人体に該当部分が無かったのでいまいち勝手が分からないのだ。
「この際ですからスロット数の限界に挑戦してみましょうか。どの辺まで拡大できるんですかね」
「こら、止めろ――ちい、体がうまく動かねえ!」
 チャリオットとの戦闘のダメージもあるし、無駄にエネルギーを使わないようにしていたのが災いしたか?マイクは対応が遅れシズナにコクピットへの侵入を許してしまった。
「どうせ人を乗せる予定もありませんし、生命維持装置関係も切っちゃいましょうかね。これで余剰電力もかなり確保できそうです」
「おい、そんな事したら誰も乗せられんだろ!?可愛い女の子の一人くらいは一度乗せてみたいという男の浪漫が分からんのか!」
 シズナは指を止めた。聞き入れてくれたかとマイクは胸を撫で下ろす、そして――
「そんな子が見つかったら紹介なさいな。その時に改めて何とかしてあげますから」
 何をのたまうかと思えば、そんな事を企んでいたのかこの幽霊は。シズナは再びキーボードに指を走らせた。
「それじゃ遅いだろーが!ジャパニーズコトワザにも、『備えあれば嬉しいな』って――こら、やめれ!やめいとゆーにー!」



「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか、ねえ?」
 シズナは夕飯の特大オムライスにケチャップで字を書きながら、マイクに言った。
 マイクがしぶとく反対したので改造は不要なモーションデータを削除するだけにしておいたが、何だかんだ言ってもテトラは修理が必要だ。そして修理となればシズナがやるしかない。金に物言わせて口の固いメカマンでも雇おうか、とシズナは本気で考える。
「火力が足りないなら機動性で補わないといけませんって。では武装の方変えてみますか?」
「……お前、よくよく考えたらアリーナで不戦敗重ねまくってる割には金あるよなあ」
 一度シズナの口座を盗み見た記憶があったが、あの時は驚いた。ACがインサイドやエクステンション込みのセットで十体は軽く買える。
「ふっふっふ、昔の貯金がたんまり残ってるんですよ。あなたが『重装型にしたい』とでも言い出さない限りはもぉ余裕です」 「んじゃ重量二足にしてみていいか?」
「どつきますよ」
 駄目なら言うなよ――テトラの首から冷却水が一筋漏れた。どの道、当分の間はテトラの機体構成を変える気が無いので構わないが。
 シズナはひとまずオムライスに赤く『怨』と書くと、その出来に満足しスプーンの腹で全体にケチャップを薄く広げる。
 マイクはやはり何か言いたそうだが今度は口には出さなかった。シズナは自ら作ったオムライスの味に舌鼓を打つが、奇妙な目線を感じて程無くスプーンを動かす手を止める。マイクとは別方向から、べっとりとへばりつくような目線を感じる――何だ?
 目線を巡らせるシズナにつられて、マイクもカメラを巡らせる。シズナの第六感とマイクの頭部MX−BEEに搭載された生体センサーが招かれざる客の存在を捉えたのは同時だった。
 居住ブロックの小屋の角、こちらからはちょうど死角になっている。体半分のみ見せた小柄な人影。またしてもキャロットだ。
 服装は橙色のパーカーに灰色のカーゴパンツ。先ほどは髪をシニヨンにまとめていたがそれは単にヘルメットを被る時に邪魔だからだろう、今は解いて両耳の後ろで簡単に縛っている。これもツインテールというのだろうか。
 まだ傷が治っていないためか額には包帯を巻きつけてある。口元は涎がすごい、年頃の娘が何をやっている。
 キャロットはこちらの目線を感じると、慌てて物陰に引っ込んだ。それきり動きが無くなる。
「マイク……撃っちゃいなさい」
「あん?いいのかよ」
「いいんです。おやりなさい」
 真顔で言う。マイクは仕方なく、胸部の機関砲で床目掛け威嚇射撃を行った。この機関砲は元々対人用装備だ。対AC戦では主にミサイル迎撃に用いられるが、それはACの装甲にダメージを与えるまでの火力が無いため後から開発された機能である。
 五秒ほど射撃し、一旦止める。おずおずとキャロットが顔を見せる、マイクは再び撃った。
「うひゃあああっ――」
 悲鳴を挙げながらキャロットは走り、シズナの腰目掛けタックル。二人は地面に倒れた。中々どうして大した身体能力である。
 シズナの胸に顔をうずめつつ、不敵な笑みをマイクに向ける。どうだ、撃てるものなら撃ってみろ――そう言いたげに。
 リクエストに答えて、マイクは三度発砲した。シズナはキャロットごと地面をごろごろ転がる。
「うきゃああああっ――」
 様々な感情をごちゃまぜにしたキャロットの悲鳴。あまりからかうのも可哀想なので――そして何より、後でシズナが怖いのでマイクは撃つのを止めにした。



「ああん、お姉さまの料理最高ですぅ!」
 涙まで流しながらキャロットはオムライスをがっついていた。先ほどの視線はオムライスに注がれていたらしい。
「夕飯食べてなかったんですか?」
 シズナは半分になってしまった自分の晩飯を未練がましく眺めていたが、幸せそうに烏龍茶を飲み干すキャロットに何も言えないでいる。
「ふぁい、ひょほっへはいひょうひひゅーりはいは――」
「飲み込んでからお喋りなさい」
「――修理代がかさんだので。武器の修理代が思ってた以上に」
 実は、周りのランカーがシズナとの対戦を一番避ける理由は、武器を破壊される確率が異様なまでに高いからだ。仮に勝っても今の彼女はEランク。通常の修理費に加え武器の修理費まで余計に取られては割に合わない。
「……おかわり、要ります?」
「あ、ふぁい!」
 シズナはオムライスの残り半分を差し出した。後でもう一回作ろう。
「ところでキャロットさん」
「キャロとお呼びください!」
「……キャロ、さん?」
 キャロットが飛ばした御飯粒を袖や頬から取りつつシズナが言う。しかしキャロットは猛然とオムライスを食べるのみ。
「…………キャロ?」
「何ですかお姉さま?」
 キャロットは口の中の飯を飲み込んでから返事する。どこに行ってもこんな手合いはいるのだろうか――漠然とシズナは思う。
「今日は頼んでも無いのにわざわざ個別ガレージまでご足労願った訳ですが、何用ですか」
「………………用が無いと来ちゃいけないんですか?」
 普通はね――言っても無駄のようなのでシズナは言わなかったが、通常グローバルコーテックスの用意するガレージは来てはならんというよりは来れないようになっている。個別のガレージ入口はゲートでロックされており、あらかじめIDを登録してあるカードやモバイルを使わないと入れない。戦場での生死に直結しているACを保管する以上は当たり前のレベルだ。得体の知れぬ者に易々と侵入を許しておいてはどうなるか分からない。
 マイクはカメラを入口へと向けた。どうやったのか、鉄の扉は力任せにこじ開けられている。ハイテクは力技に弱いとは誰の言葉だったか。
「では一つ聞きますけど、どうして私に付き纏うんですか」
「ええっ!?」
 スプーンが床に落ち乾いた音を立てる。キャロットはわざとらしいまでに全身で驚愕を表現していた。
「あの鮮烈な出会いをもう忘れてしまったんですかあっ!?」
「……踏んづけただけかと」
 キャロットが指すとしたら、ザナルリバーで会った時しか覚えが無い。そしてその時の彼女について覚えている事はといえばそれしか無い。
「ええ……あの時お姉さまに踏まれた時、あたしビビッと感じちゃったんです」
(そんな事、握り拳で力説されても)
 一方的に変な電波を感じとられても困る。シズナはナプキンで額の冷や汗を拭った。
「でもよぉ、こんなんのどこがいいんかねえ」
 マイクが口を挟む。今まで大人しかったのは、先ほどの返礼として胸部機銃をシズナに破壊されてしまったからだった。
「そりゃあ、見てくれはいいかもしれんけど?口はキツくて言う事は結構陰険で嫌味臭いし、意外と短気で乱暴者だしおまけに馬鹿力。物腰こそ丁寧だけど、内心何考えてやがんのかさっぱり掴めねーし……こういうタイプが一番タチ悪いんだよなー」
 よくもまあ本人を前にそこまで言ってくれる。正直すぎるのも長生きできないぞとシズナが口を開く前に、キャロットが勢いよく立ち上がる。
「何よあんた黙っていればさっきから!図々しいのよあれこれと、あんたお姉さまの一体何!?人のガレージにいるなんてあんたヒモ男!?」
 何故、会ったばかりの他人の事でそこまでムキになれる。シズナとマイクの思考が見事にシンクロした。
「第一、人と話するならACから降りるくらいしたら!?それとも顔を見られたくないっての、さてはあんたヒッキーね!そーよそーよ今決めたわ、顔を見られるの恥ずかしいってのお笑いじゃない!そもそもあたしとお姉さまの間に入ろうってのがおこがましいのよ、さっきから見てたら戦闘用のACに無駄なモーションデータばっか増やしてバッカじゃないの!?」
 困ったような目線――だと思う――を向けてくるマイクに、シズナはもう無視して寝たい気もしたがこれでは五月蝿くて眠れそうもない。
 シズナは開き直った。人差し指でキャロットの肩を叩く。
「――どうせあんたなんて、ニキビ多くて、対人恐怖症で、ついでに早○でおまけになんか尖がってて――何ですかお姉さま?」
「炸裂ボルト使っていいですから、ハッチ開放しちゃってみてください」
「え?……いいんですか?」
 目を輝かせるキャロットにシズナは頷いてみせた。機銃で撃たれた仕返しがしたいのだろう、キャロットはテトラ足元のリフトにダッシュ。
 シズナが判断したのならどうにでもなるか――と判断し、マイクも抵抗せず直立不動。キャロットはリフトが止まるのも待たずにテトラの胸部に取りつき、装甲の合間に隠されていた赤い非常用スイッチを押した。
 炸裂ボルト点火、胸部ハッチ緊急開放。そしてコクピットのシートに腰掛けている――筈の姿が、どこにも見当たらない。
「…………あれ?」
 ACのコクピットに人が隠れられるほどの隙間は無い。精々が非常用の飲料水や食料を数日分シートの裏に収納できるくらいだ。
 試しにテトラのコクピットに座り機体状況を確認してみる。メインシステム通常モード、全て正常に稼動中。
「よかったですねー、もう夢が実現ですか。可愛い女の子乗ってますよー」
「待て待て、これは何か違うぞ。いや絶対。だから変な気起こすなー」
 必死に身振り手振りを加えつつ弁解するマイク。動いている手の様子が外部モニターから確認できるのだが、キャロットが握っているスティックは何の操作も加えていないニュートラルの位置のままだ。
 キャロットは顔を真っ青にしながら、シズナの元まで降りてきた。テトラを指し震える声で言う。
「……AI機ですよね?」
「あんなに感情にムラのあるAIなんて欠陥品だと思いますけど」
 そもそもACを完全に制御できるほどの処理能力を持つAIなど、最近になってやっと実用化されたのだ。普及率はかなり低い。
「マイク・デリンジャー、享年一六歳……死因は爆死」
 わざとらしく目元に手をやるシズナ。その仕草のまま狭くなった視界の隅で、キャロットが倒れていくのをただ眺めていた。



「本名キャロライナ・コースト――もじってキャロットですか、意外と簡単ですね。歳は十八……私がレイヴンになったのも同じ位の歳でしたっけ」
 キャロットが失神してしまったのでひとまず毛布をかけて、持ち物を調べさせてもらった。あまりありえないようではあるが、正体は企業の工作員だったとかいう事があってからでは遅い。しかし持ち物は平凡そのもの。本名は律儀にもウサギ型のメモ帳に、成年月日と共に書き留めてあった――レイヴンとしてこれはどうだろう。
「後は――手鏡、コーテックス支給のモバイル、護身用らしき拳銃が一丁と。怪しい物無かったです。まあスパイさんには不向きでしょうね、この子」
(しっかし、あんま年齢通りにゃ見えねえな)
 キャロットの身長は150あるかも怪しいといった程度だ。身長168センチと、女性としてはそこそこ背の高いシズナと並べてみるとますます見た目の幼さが目立つ。
 その時、キャロットが目を開けた。しばし目の焦点も合わずにいるが、はっきりし始めた視界の隅にテトラが見える。マイクは手を振ってみた。
「くわーっ!悪霊退散、悪霊退散んんんんー!はんにゃーはーらーはんにゃーはーらー!」
 取り乱したキャロットは必死に指で十字を切っている。あちこちの儀式がごちゃ混ぜだ、仮に悪霊が実在していたとしても絶対撃退できそうにない。
「あー、もしもし?よろしいですかー?」
「ああっお姉さま!どうしましょう、警察呼ばないと、いや風水師――」
「いいんですよもう。私も犬に噛まれたと思って諦めましたし。一回ぐらいは変な物特売で掴まされて処分に困るもんです」
 オツトメ品かよ俺は――ここで口を挟むと本気で分解されコアだけになりそうなので、マイクはただ足元の二人を眺めた。
「あと騒がれると面倒ですんで、これの事は内緒にしといて下さいな。あなたにしか喋ってませんから」
「はいお姉さま、あたし黙ってます!……ああ、二人っきりの秘密なんてなんて甘美な響き……」
 やはりこの手の類はこういった文句に弱いらしい、キャロットは鼻血など出している。
 俺は人数に含まれてないのね――やはり口を挟む度胸はマイクには無かった。もう寝る事にしようと思い、システムの電力を落とす。これは人間の寝る行為に相当する、いつでも寝ようと思えば寝られるのは素晴らしい。
 そのために、マイクはキャロットが怪しい眼光をテトラに突き刺してくるのを感じ取る事はできなかった。



 翌日。アリーナEランク所属テトラバースト対、同ランク所属デンジャラスラバー。対戦ステージ立体駐車場。
「――という訳で!あんたを倒せば、その先には薔薇色の人生が待っているのよ!」
「どういう理屈だ、それは!?」
 すぐにキャロットはマイクとの試合を申し込んだ。デンジャラスラバーも直ったばかりだろうというのに忙しい事だ。
 そしてマイクも、あまり意味も無く試合をサボる訳にはいかない。シズナの場合は過去の実歴があるため、今のアリーナでの態度がどんなに不真面目であっても依頼が無くなるような事は無いが、マイクはそうもいかない。コーテックスの不信を買っては拙いし、アリーナを観戦している企業の目もある。新人レイヴンの頃は信頼固めと自己アピールを兼ね、アリーナには真面目に取り組むのが普通だ。
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!」
 開戦直後から、OBを用いて月光での突きを繰り出してくる。突っ立っていてはコア串刺し間違い無し、しかも今度は無防備に突っ込むだけではなくきっちりバズーカを乱射しながらである。昨日とはまた違う種類のオーラが見えるような気がするのは、テトラのセンサーにバグでも生じているのだろうか?
「ぬおおおおおっ!?」
 気合を入れて全力で逃げつつ、距離が開いたところでEOと両腕のライフルで一斉射撃。だがデンジャラスラバーはかなり装甲が厚い上に放熱機構も優秀らしい、あまり効いていない。天井が極端に低いこのステージでは単純な撃ち合いになり易いため、彼女の方が有利だった。
 そして結局、この試合はキャロットが制したのだった。中々観客も沸いていた。シズナはこの試合を呑気に見物していた時に知ったのだが、キャロットはあの猪突猛進な戦法でそこそこの成績を収めており、新人にしては注目株なのだそうだ。
(ま、いいライバルができたと思えばいいんじゃないですかね)
 よく動く重装甲ACというのはテトラの装備だと鬼門にあたる、技術向上には丁度よい。
 両者の争いの源である事など知らぬとばかりに、シズナはポップコーンを頬張った。塩がきいていて美味かった。



「……あの防衛網を容易く突破したか」
 防衛網。応用力が皆無な質の悪いAIを積んだ無人ヘリだけによる、あのお粗末な見回りが防衛網だと?
 今日も狭い、我が相棒『ペルソナ』のコクピット内で男は苦笑した。サーチライトで姿を目視しない限りは不審者の把握すらできない防衛システムなぞ、大昔の刑務所の見張りではあるまいし。折角レイヴンを雇ったなら、いっそACを歩哨に立たせてレーダー代わりとした方が余程頼りになるだろうに。
 クレストの保有する軍事要塞の一つ、VG−924。ここの何に用があるのかは知らないが、どうせ防衛用のプログラムか機密データかそこらだろう。防衛網とやらを突破し要塞周辺の警護隊を沈黙させれば、今度は内部にACがいるようだから排除しろと言う。全く、人使いの荒い。
 施設内部の地下エリア、六角形の部屋にはACが二機。クレストは頻繁に護衛するレイヴンを変えているようだが、今回は当たりというべきかハズレというべきか――二人ともアリーナDランクの下位レイヴンだった。要塞もMTも無人だったが、さすがにACは有人らしい。
(このパイロット……正気か?)
 ACヴェノムランスを駆るレイヴン、マイリッジはその愚かなる侵入者の機体構成を観察し独りごちた。深い青色の軽量級AC。ミラージュ社製軽量OB装備コアRAYに最軽量二脚HUESO、どこか甲殻類を思わせる両腕は最近発売されたデュアルブレード武器腕SAMURAI2。頭部パーツMM/003、エクステンションにはバックブースター。
 そして……背には何も無い。通常、武器腕を装備したならば攻撃の幅を持たせる事と継戦能力の延長を兼ねて背にミサイルなりキャノンなり積むのが普通だ。そうでなくともレーダーか弾倉くらいは背負う。しかし背面のハードポイントは塞がれているようだ、最初から装備する事を放棄している。
 それ以前の問題として――確かにこの構成ならば圧倒的な機動性を確保できる、ヘリの目をかいくぐるのも容易いだろう。だが操作がかなりピーキーになり、生半可な腕では機体に振り回され話にならない。
 第一、装甲が極端に脆くなる。それでもMTよりは頑丈だろうが、対AC戦闘に耐えうるとは思えない。装甲が薄いならば射程で補うのが普通だが、武装は両腕のブレードしか無い。
 つまり、あらゆる意味で常軌を逸した機体だという事だ。こんなACに乗れなどと言われれば、自分ならばこう言うだろう。『俺は自殺願望者じゃない』……と。
「ACを確認、これより敵を殲滅する」
 了解、と僚機であるACユートピアに搭乗する女レイヴン、セブンスヘブンが短く答える。陣形は決まっている、重量タンクのユートピアが前に出てこちらは後ろから狙撃する。元々ヴェノムランスは最小限の打撃で相手を仕留めるように組んだため装甲は二の次。ドッグファイトには向かない軽量型だ。
 紺の機体も構わず無遠慮に間合いを詰めた。さすがに速い、ユートピアが撃ったマシンガンの弾は何も無い空間を虚しく叩いた。ユートピアの旋回速度がまるで間に合っていないのだ。
(しかし武装がデュアルブレードしかないならば、ユートピアを落とすまでに時間がかかる。それまでにこちらで――)
「うわっ!」
 セブンスヘブンの悲鳴。マイリッジは目を疑った。ペルソナの右手ブレードによる掬い上げるような一撃に、ユートピアの腰部があっさりと引き裂かれていたのだ。ユートピアの上半身が脚部から離れる。
(バカな!?サムライのブレードはそこまで強力ではない――あれではまるで月光並み、いやそれ以上の出力ではないか!)
 さらに駄目押しとばかりに、横に倒れてしまったユートピアの上半身にペルソナは両手から光波を放った。衝撃で今度はうつ伏せに倒れてしまうユートピア、こうなってはもう完璧に駄目だ。片腕もやられているようだし、自力では起き上がる事もできずどうしようもあるまい。
 マイリッジは己の役割を思い出し、スナイパーライフルを構える。しかし相手の姿は瞬く間にライフルのサイトから消えた。
 レーダーを頼りに、ターンブースターで何とかヴェノムランスは宙に浮いた敵機を捕捉した。チャンスだ。空中だとACの機動性は鈍る、こちらに向かってきているようだがこのタイミングならば――マイリッジは武装をミサイルに切り替えた。
 と同時、ペルソナの肩が開き何か飛び出した。気がつけば簡単だ、インサイドにロケットを積んでいただけの事である。
 しかしロケットの種類が問題だった。被弾と同時にミサイルのサイトがモニターから消え、アラートと共に警告メッセージが表示される。
(ロックオン不可……FCSエラーだと!?)
 着弾すると特殊なチャフを付着させ、FCSのロックオン機能を麻痺させる特殊ロケット弾。持続時間は場合によるが、相手の接近を許すには充分すぎる。マイリッジは慌てて再びスナイパーライフルを構えた。
 しかし、またしても姿を見失う。モニター隅の赤い警告文字へと目線をやった一瞬に、だ。
 真上から真正面へと落下すると同時、両腕を振り下ろすペルソナ。地面と垂直に振るわれた二つの刃は、背後の装備ごとヴェノムランスの両腕を斬り落とす。
 マイリッジは残された最後の武器として、EOを発動。しかしEOが発砲するよりペルソナのブレードがヴェノムランスのコアを貫く方が早かった。
「ふん、下らんな……」
 彼はどのような意味を篭め、下らんと言ったのか。少なくともマイリッジの冥福を祈る気は無いようだ。
 当然だ。互いに命をチップにしている。勝者が敗者に何を哀れむ?明日にはまた自分も賭けの敗者に成りうる、一時の勝者でしかない自分が。
「こちらペルソナ、ACは黙らせた」
『了解だ。さすがいい腕をしているな、X。早速こちらも作業を開始する』
 X、それが名だといえば誰もが訝しがる。だがどうせ名前など一つの符丁に過ぎない。どうだっていい。
 工作班の班長から通信が途絶えた。データを吸い取りついでに施設を破壊する程度の作業が終わるまで暇を持て余す事もあるまい、子供ではないのだから彼等だけでも離脱は可能だろう。この基地の防衛機能はすでに停止しているのだから。
 セブンスヘブンの方は戦闘能力こそ皆無だがまだ完全には大破していない。目撃者が残っては色々と問題が残る、とどめを刺すべきだろう。
『相手はランカーだ、気を抜く――何者だ!?』
 一旦ユートピアの方に向けたペルソナを入口の方へと向き直す、そこには新たな客の姿があった。中量ニ脚のACが二機。
 この部屋に出口は一つしかない。離脱するにも、こんな正体不明のACを素通りさせてはくれまい……どうしたものか。
『聞こえるかX、こちらの心配は無用だ。適当にあしらって帰投しろ。それとツヴァイリッターは潰すな。赤い方だ』
 両方赤いのだが。Xはペルソナのコンピューターからコーテックスに登録されているレイヴンのデータと照合させる。
 一機はファイアーバード。Cランクアリーナ一位、カロンブライブの機体。武装はいずれも熱量が高いものを選んでいる。
 もう一機が、その例のツヴァイリッター。Aランク四位、搭乗者イヴァ・ラピス。現在アリーナ最強の女レイヴン。武器はレーザーライフルに中型ミサイル、レーダーにSS/SPHEREとはいい物を使っている。
 とはいえアリーナに登録してあるものとは構成がほとんど違う。アリーナでのデータは軽量級だが、任務先で何が起ころうと対処できるよう中量級に組み替えたのか汎用性が高い――悪く言えば平凡な構成になっている。それでもなお見分けがついた理由は左肩のエンブレムが同一だからだ。炎を纏った霊鳥。自らのエンブレムにこだわりを見せるレイヴンは多い。
『あの女は企業への貢献度が高い。反面特定の企業に拘らない、典型的な渡り鴉だ。それだけにいつ敵になるかは分からんが、その二機の登場は予定には無い。俺の独断ではな』
「大抵のレイヴンはクライアントを選ぶまい?」
『腕の差だ。上位ランカーはそうそう替えがきかない』
 嘆息混じりに工作部隊の隊長は結論づけた。構わず逃げろというなら楽だ。相手は両方とも中量級、一度上手く突破さえできれば後は振り切れる。
 返事代わりにXは通信機のスイッチを切った。これ以上ダラダラと話すのも拙かろうし、万一相手が話しかけてきたらうざったい。
 相手の二機は待ってくれていたようだ。向こうもこちらのデータを調べたり対応を相談したりしていたのだろう、沈黙を保っている。
(ならば先手を取るか)
 Xはペルソナを前進させる。同じように前進しようとするファイアーバード、距離を取りつつ横に回りこもうとするツヴァイリッター。あちらは後ろが壁なのだからあれ以上は後ろに下がれまい、確かに距離を取るなら横しかない。となれば、当然扉からは遠のく。
(そう動いてくれるなら好都合だ……)
 上からの爆雷と横から撃ってくるレーザーライフルを機体を微妙に揺らす事で紙一重で躱し、OBを稼動させファイアーバードに密着する。
「その程度か……?」
 両手を交差しブレードを振るう。ファイアーバードのコアに刻まれる十字傷、右手のライフルも同時に破壊される。
 レーダーにミサイル反応。ツヴァイリッターがペルソナのブレードを使った直後の隙を狙ってきた。ロックする時間が無かったのかこちらのOPパーツ、ロック妨害パルスが効いたのかミサイルは連動ミサイルも含め三発。実は連動ミサイルがあるなら単発で連射した方が目一杯ロックして撃つより弾数が多い。
 Xは慌てず、エクステンションのブースターを使った。バックブースターに見えてこれは改造品だ。接合部が180度回転し、なおかつ前後どちらにも噴射口がある。前進、後退、旋回、上昇、下降。様々な使い道がある。
 今回は下に向け噴射、背や足のブースターと同時に噴かし急速上昇を仕掛けた。同時に空中でOBを稼動、扉に全速力で向かう。
「……このまま押し通る!」
 両手から光波を放ち、扉を破壊。OBの余剰推力を生かし通路を疾駆、通常ブースターの移動に切り替える。これで後は逃げ切れるだろう、ペルソナが逃げに専念したなら中量級ではまず追いつけない。
 そのまま基地を離脱、チャージングに陥らぬようブースターをだましだまし使いつつ渓谷を駆ける。来た道を戻っているのだが今回は気がねなく進める。要塞の防衛システムは沈黙させたからヘリも全て墜落してしまっている――こういった点が無人ゆえの欠点だろう。
「今日も生き延びた……か。全く、あいつの享楽にはいつも困らされる」
 乾いた声を挙げXは空を仰いだ。曇っているためか癒しの月光も希望の光も見えず、墨に浸したように黒々とした大空。
 自らの暗い塗装そのままに、ペルソナの姿は闇夜の中へと消えていった。



 次回予告
「おい、知ってるか?正体不明のACだと。いやサイレントラインに出る白い重装型の方じゃないぞ」
「色は黒ですか?白じゃないなら黒でしょう、正体不明機の色は黒と相場が決まっているんです」
「あん?違うらしいぞ。どんな常識だそれは」
「それはいけませんね、ちぃっとも分かってませんとも。これはよぅく説き伏せる必要が――」
「静かに壊れんなよ、頼むから」
 NEXT MISSION:CROSS BLADE(交わる刃)



  あとがき
 なんか前より増えてるー(吐血
 げふげふ。まあ言い訳としましては、前回のミッション1が『ミッション的一日』、今回が『アリーナ的一日』をコンセプトとして製作しております。そんな一日に何回も試合しないし普通。
 だから容量足りなくなるかなーと思い、ラストに妙な場面増やしたんですけどねえ。スレイやキャロが喋る喋る。あの手のキャラは勝手に動くから楽な反面注意が必要だわ。というかキャロははっちゃけすぎ。
 アリーナについては、かなりオリジナルの解釈加えてますから当然賛否両論ある事かと……OPパーツも妙な理屈こねるこねる。
 ミッション1でホスロー・ワンがブリューナクのブースターの燃費について不思議がってたけど、あんな事やって余剰電力増やしてたぞ、と。
 ちなみに次回予告は、Xの彼が語りのシリアス版も考えたんだけど。結局シズナとマイク。だってギャグの方が楽だもん。
 さて、シズナよりよっぽどACの主人公っぽい(気のせい?)Xが登場です。本当はもうちょい後に出てくる予定だったんですが、わたくしめのネタ不足のため繰り上げ。
 あとイヴァ・ラピスってレイヴンは最後、本当に軽くご出演願いましたが、本当は友人のSSからの登場です。…彼はネット環境が無いんですけど。
 つまり俺の考えたキャラじゃない。出番が軽いのはそんな理由っす。
 ではでは、またの機会まで。



レイヴンネーム:キャロット  年齢:十八歳 性別:女性
最近登録されたばかりの新人レイヴン。背が低い上に幼児体形のため、いつも実年齢より幼く見られる。シズナに妙な運命を感じたらしく、『お姉さま』と慕い一方的に追い回すその姿は他のレイヴンに誤解と妄想を振り撒く。性格は猪突猛進そのものであり、ACでの戦法もそのままである。
なお、彼女にとってマイクの存在は『お姉さまとの甘い生活を阻むお邪魔虫』であるが、恋のライバルとは思っていない。
ACname:デンジャラスラバー  エンブレム:二本の人参
頭:MHD-MM/004
コア:MCH-MX/GROA
腕部:MAM-MX/REE
脚部:MLC-TRIDENT
ブースター:None
FCS:AOX-F/ST-6
ジェネレータ:CGP-ROZ
ラジエータ:RGI-KD99
インサイド:CWI-NM-40
エクステンション:CWEM-RT16
右肩武器:CWM-VM48-6
左肩武器:KWC-HZ120
右手武器:CWG-BZ-50
左手武器:MLB-MOONLIGHT
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB E/CND L/TRN CLPU
    ASMコード:GeDQ0HZZbYMnyNmW40
備考:相手にした場合の対処としては、突進力を生かし高出力ブレードを絡めた突撃が多いが、距離が開くと射撃戦に切り替えるため機動性能に自信があるならいっそ近距離戦を挑んだ方が楽。
全体的バランスは高いが旋回速度やバズーカの弾速が遅いため、素早い相手は苦手としている。

レイヴンネーム:ガンスレイヴ  年齢:二十代中頃 性別:男性
普段は単なる軽めの兄ちゃんだが、目標があるとついつい叫びながら銃を乱射する危ない男。全弾発射は男の浪漫と言い放ち、レイヴンになった理由も合法的に実弾が撃てるからと答える。射撃の腕自体は確かなので乱射する割に命中率は高い。ただ、無闇に撃ちまくるためいつも弾薬費が高額だとか。派手な戦いぶりから、アリーナでは意外と人気者。Bランクの連中でもあっさり倒したりするが、調子の波が大きいのかアリーナのランクはC以上になった事が無い。
ACネーム:グラジオラス  エンブレム:手錠で繋がれた手と拳銃
頭:MHD-MM/007
コア:CCH-04-EOC
腕部:CAM-01-MHL
脚部:MLH-SS/RS
ブースター:CBT-FLEET
FCS:AOX-F/ST-6
ジェネレータ:CGP-ROZ
ラジエータ:RGI-KD99
インサイド:MWI-DD/10
エクステンション:MWEM-R/36
右肩武器:CWM-TR90-1
左肩武器:MWC-LQ/15
右手武器:CWG-XCMK/70
左手武器:CWGG-GRSL-20
オプション:E/SCR L-AXL L/TRN
ASMコード:QiKiKHZca5MKDn4W01
備考:パイロットの趣向(実弾の方が反動があって撃ち応えがあるとの事)から、武装の大半は実弾系。なお、両手の武装は気分で変える。
個人的改造から全武装一斉射撃が可能だが、斉射中は下半身が全く動かせないという欠点があり、この技が真価を発揮するのは乱戦時である。逆に一対一で使用するのは危険。

レイヴンネーム:イヴァ・ラピス  年齢:二十五歳 性別:女性
現在、女レイヴンでは地上アリーナで最も高ランク。基本的に収入次第でどのようにも動く典型的な傭兵。金にうるさく、はっきり言って守銭奴。
今回、彼女自身の出番は皆無にも等しい(セリフも無いし)ので残りはまた改めて。
ACname:ツヴァイリッター(任務仕様)  エンブレム:朱く燃える翼を翻す霊鳥(カロンブライブの物とは別)
頭:MHD-RE/005
コア:MCM-MI/008
腕部:MAM-MX/MDD
脚部:CLM-02-SNSKA1
ブースター:MBT-NI/MARE
FCS:VREX-F/ND-8
ジェネレータ:CGP-ROZ
ラジエータ:RMR-ICICLE
インサイド:None
エクステンション:MWEM-R/24
右肩武器:MWM-M24/2
左肩武器:MRL-SS/SPHERE
右手武器:MWG-XCW/90
左手武器:CLB-LS-2551
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB E/CND L-AXL SP/E++ E/RTE TQ/CE
ASMコード:88OKP1Z02XO3qFq702
備考:アリーナでの登録機とは全く構成が異なる、いわゆるミッション用。継戦能力に重点を置いている。ミサイルは必殺技感覚、ACや頑丈なMTくらいにしか使わない。
本来の構成より機動力、特に瞬発力で劣るため敵弾をギリギリで回避し、それもできない場合は腕などの末端を盾に使う。
…とまあ彼自身の設定に解釈入れて書いてみたけど。修理費かさむぞ。
作者:ラッドさん