サイドストーリー

カーチェイス
「すまんなぁ、急に呼び出してしもうて。」
「いや、飯をおごってくれるのなら歓迎だね。」
突然、格納庫にやって来たブレイブは俺の顔を見るなり、一緒に飯を食おうと誘って来た。
聞いた話によると、ブレイブの行き付けの店の主人から誘いが会ったらしい。
「で、ブレイブ。何を食わしてくれるんだ?」
「おお、言うてなかったな。スシやスシ、おやっさんがいいネタ入ったってメール送ってきたんや。」
スシか・・・孤児院でアイリス院長の誕生日に食べた経験がある。
酸味と塩気がきいたご飯に生魚の切り身などの海産物をのせた物だ。
孤児院ではなかなか好評だった記憶がある。
「・・・なんで俺を?」
「あ?ああ、始めはなマインズを誘ったんやけど。あやつ、生魚は食えんと言い出しよってな。」
「それで俺か。マインズの奴、生魚は苦手なのか・・・意外だな。」
空を見れば、夕日はもう大地につきはじめ、時間はもうすぐ5時になろうとしている。
その時、背中に今までにない悪感が走った。この感覚は・・・まさか!
「ブレイブ。今、どこを走っている?いや、これからどこに向かってる?」
「これから・・・Bの17号線やな。なんかあるんか?」
「・・・わからない。だが、まずい。」
俺のあやふやな返答にブレイブは不快感をあらわにする。
「はぁ?どういうことや、ホワイトランス。」
「いやな予感がするんだ。ここから離れるんだ。ブレイブ!」
俺のセリフと予感は食い違っていた。予感はこう言っていた。もう手遅れだと・・・
その時、車内に奇妙な振動が走った。まるで巨大な何かの足音のようだ。
「なんや・・・一体。」
ブレイブの表情に不安の表情が浮かぶ。俺にはこの音の正体がすでにわかっていた。
「・・・来る。」
それは、あまりに突然の遭遇だった・・・

「・・・ACやと!なんでこんな所におるんや!」
「ブレイブ、ハンドルを右に!」
俺の身体にに左向きの力がかかった瞬間、右の窓から吹き飛んだアスファルトが見えた。
「ちっ・・・!。ブレイブ、次は左だ!」
ブレイブのハンドル操作が間に合い、次の弾丸も何とかかわす。
必死の表情でハンドルを握るブレイブの横で、俺は神経を張り詰めらしていた。
「・・・!、ブレイブ、ブレーキ!」
目の前の道路が粉砕しントガラスが割れ、破片が車内へと入り込む。
ブレーキもぎりぎり間に合ったらしく、車は道路にあいた穴の手前で止まった。
「ふう・・・。ん!?、ブレイブ!」
運転席には気絶したブレイブの姿があった。どうやら、アスファルトの破片をもろにくらったらしい。
「くそっ!」
俺はとっさに横からギアをバックに戻し、ブレイブの足をどけてアクセルを踏み込む。
間髪入れず弾丸が一瞬前まで車のあった位置に突き刺さった。的確な射撃だ。
「やろう!」
俺は初めて車を運転するとはとても思えない手つきで車をACの方に直進させる。
ACの攻撃を避けるにはあそこしかない。レイヴンとしての経験がそう言っている。
弾丸が車の周りに着弾し、道路のアスファルトを粉砕していく。
だが、弾丸は車を捕らえることは無い。俺の勘は不気味なほど的確に相手の行動を予想していた。
「・・・いける!」
車はACの脚部の真下に入り込み、完璧とも言えるタイミングで脚部の隙間を潜り抜けていく。
ACの背後へすり抜け、俺はブレーキペダルを踏みつけながら窓から顔を出し、後ろを覗いた。
その時、こちらを視界にとらえようとしたACのカメラアイと視線が合ったような気がした。
「・・・」
ACは何かを悟ったかのように前に向き直り、狩人のように俺達の後続車へと向かっていった。
その時、気付いたことがあった。あのAC、機体に特徴は無かったが、動きは・・・
「あの動き、まさか・・・」
その時、俺は悟った。間違いない。あのAC、あのレイヴンは・・・
俺は再び車のアクセルを踏み込み、フルスピードでその場を去った・・・

「・・・!、ここ天国かいな?・・・やけど、わいは天国行けるわけないやんけ。」
目を覚ましたブレイブに俺はひとまず安堵した。
今、俺達がいるのは基幹高速のパーキングエリアだ。どうやら、無事に通過できたのは俺達だけらしい。
レイヴンが掃討に向かったそうだが、俺の予想があっていればそいつは返り討ちになるだろうな。
「ブレイブ、大丈夫か?」
「なんや、ホワイトランス。わてら助かったんか?」
「ああ、もう大丈夫だ。安心しろ。」
「ほんまか・・・よう助かったなぁ。」
「車・・・ボコボコになっちまったな。」
俺達の乗っていた車を見てそう呟いた。事実、車はほとんど原形をとどめていない。
「命あってのものだねや。あんさんが何とかしてくれたんか?感謝するで。」
俺はふと、さっきの道路の方角を見た。街のガードがそこへと続く道路を封鎖している。
「・・・ブレイブ、あのACに見覚えはないか?」
「見た事ない機体やったしなぁ・・・、知っとるんか?あのAC。」
「イレギュラー。そして・・・Sランカーレイヴン。」
俺のこの一言を聞き、ブレイブの表情が急変した。
当然だろう、Sランカーレイヴンは一人しかいない。そう、一人しか・・・
「んな、んなあほな!あやつは、あやつは一線から退いたんやで!」
「考えてみろ、ACのロック機構じゃ車相手じゃ意味がない。相当の射撃技術だな。」
「そうやとしてもやで。なんでや、なんで戻ってきたんや。今更になって!?」
俺はその問いに答えることはなかった。彼の存在を認識しようとしていた。
”彼”・・・数年前、何の前触れも無く現れ、アリーナを制覇し、さらには管理者すらも破壊したレイヴン。
今ではその存在が伝説化しているほどの人材だ。そして・・・俺の目標。
間違いない、俺はシュミレーターで”彼”の動きをトレースしたAIと何度も交戦している。
あれは間違いなく”彼”だ。信じられないな・・・本物の彼が俺の前に現れるなんて・・・
俺の顔に笑みが浮かんだ。目標は俺の眼の前にいる。伝説ではなく、具体的な・・・
「ブレイブ、あまり店の主人を待たせては悪い。そろそろ行こうか?」
あまりに唐突な話題の転換にしばらくの間、奇妙な沈黙が流れる。
「・・・あ、ああ。でも、おやっさん、この車を見たら何を言い出すか楽しみやで。」
「そうだな。しかし、この車でそこにたどり着けるかどうかも疑問だね。」
俺達は晩飯を食いにボコボコの車で店へと向かった・・・

俺は揺れる車の中で心に誓った。目の前に現れた”彼”を超えてみせると・・・
作者:ストライカーさん