サイドストーリー

Underground Party 14話 死神の舞
先日ワルキューレから貰ったクッキーを齧りながら。
ゆっくりと午後の茶を楽しむシェリル。
そのまったりとした空間に、緊急の依頼を示すメール着信音が鳴った。

「ん――どれ・・・・・・」

カップに残った茶を飲み干しながら、表示されたメールに目を通す。


Title:−

増援を頼みたい、アビア湾の水精製施設付近で戦闘中だ。
エグザイルだ、もし受けて貰えるのなら急いでくれ。
余り保つとは思えない。
・・・生きていたら、酒を奢らせてもらう。


「――・・・何をやっているんだ、奴は!」
メールに目を通すなり机に拳を叩きつけ、怒りに顔を歪ませる。
衝撃でカップが跳ね、危うくデスクから落ちかけた。

バン、と音を立て、ルクスの部屋のドアが勢い良く開け放たれた。
それと同時に、シェリルの声が響く。

「出るぞ!急いで来い!」

その突然の事態に、昼食の洗い物をしていたルクスが食器を洗う手を止めた。

「何、どうしたの?」

尋ねるルクスの襟を引っ掴み、玄関へと引き摺る。
何事かは判っていないが、取り合えず従って靴を履いて外に出たルクス。

「急げ!行くぞ!」

「・・・え?ま、待ってくれって・・・!」

普段使っているエレベータも使わず、階段を一気に駆け下りていくシェリル。
遅れて地下駐車場へと降りたルクスの目の前に、いきなり紅いスポーツカーが滑り込んでくる。

「さっさと乗れ!エマに連絡してお前のACの用意もさせておけ!5分でガレージに行くぞ!」

慌てて車に飛び乗ったところに、携帯電話が放られる。
さり気に暗記しているエマの番号をダイヤルするルクス。

「シェリルさん?どうしました?」

「あ、エマちゃん?ルクスだけど、シェリルの僚機で出るから搬入お願・・・!?」

キュラララララ!とタイヤがスピンする音が一瞬響いて、次の瞬間シートに身体が押し付けられる。
駐車場の出口で、思い切り車体がバウンドする。
絶句するルクスの隣では、シェリルがギアを忙しなく操作している。

ガコ、ガコン!

ギアが切り替わる音と共に、シェリルの愛車はトップスピードへと加速する。
トップスピードは200kmオーバー、この公道の制限速度は60km。

「シェリル!速過ぎる!前に車!!」

「黙っていろ!舌を噛むぞ!!」

軽自動車を無理やりぶち抜いたあと、ルクスが前を見ると。

「ていうか、信号赤ぁぁぁぁぁぁっ!!」



「さて・・・お前達、誰から死ぬ?」

圧倒的な余裕に満ちた、エグザイルの死刑宣告。
それでも彼らは闘志を失わない。
戦える限りは、希望がある限りは。

「増援が来る。ゼーレ、ヴァレリアッタ・・・それまで、耐えるぞ」

「おう!」

「判ったーね!」

それが、エグザイルには気に入らなかったらしい。

「増援?来るまでに終わらせてやるよ――」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに。
アフターペインが空中へと舞い上がる。
その姿は死を呼ぶ不吉の象徴、黒き鴉の如く。

「3機相手に・・・!?」

パーティプレイが、信じられぬと云った風に唸る。
フロートの空中での機動力は、地上のそれに比べて著しく低い筈。
3機からの集中攻撃を避けきれるとは思えない・・・。
そんな常識的には有り得ない行動に、パーティプレイの反応が僅かに遅れる。
それでも、レイヴンとしての経験から来る本能が、自然にミサイルを発射させていた。
しかし。
アフターペインへと向かっていたミサイルが、突如として目標を見失って何処かへと飛び去った。

「妨害装置・・・いや、ステルス!?」

見れば、アフターペインを中心に捉えているはずのFCSは、全くロックオンをする気配が無い。
そう云えば、ガストが撃破された時にも、誰も接近に気付かなかった。
――その時点で気付くべきだったのだ。
冷静に見えたパーティプレイも、やはり判断が鈍っていたのだろう。
恐るべきは、エグザイルの存在感か。

「畜生っ!」

ヴァレリアッタがアサルトロケットを放つが、エグザイルが回避機動を取るまでもなく外れ去る。
無理もない、ネクスが普段ロケットを使用するのは至近距離だ。
この距離、そしてトップアタックを掛けられているという状況。
これで命中弾を得られるほどには、ネクスはノーロック射撃に熟練していなかった。
そんなヴァレリアッタに一撃を浴びせようと、アフターペインが急接近する。
しかし、エグザイルがヴァレリアッタへマシンガンを撃ち下ろす直前に、ジョーカーの射撃がアフターペインを襲う。
主兵装はロケットのジョーカーだ、ステルスがあったところで、視界に捉えている限りは何も問題は無い。
連装ロケットは見事にアフターペインの装甲を穿ち、ヴァレリアッタへ延びた火線をずらした。
だが、それがエグザイルの気を引いてしまったようだ。
ヴァレリアッタとゼーレを無視して、エグザイルはジョーカーへと雨のように銃弾を浴びせてくる。

「くっ・・・流石と言いたい処だが・・・!」

上空からの射撃にも関わらず、その銃弾は少しづつジョーカーの装甲を抉っていく。
アフターペインの装備するMWG-MG/1000は、連射力とその全兵器中最大の弾数が特徴である。
その代わり、多少弾速が遅く、集弾性も悪いのだが・・・
エグザイルはそれを逆に利用し、バラける弾道の弾を、まるでショットガンの如くに浴びせてくるのだ。
如何な高機動を誇るジョーカーと云えども、その全てを避け切ることは不可能だった。

「くそ、このままでは・・・!」

集団戦の原則にもある。
最も戦闘力の高い敵から撃滅せよ、と。
ジョーカーを撃破すれば、残りのDランカー2人などは敵ではない、ということだろう。
確かに、この状況でパーティプレイが堕ちれば、残る全員の運命が決まったも同様だろう。
だが、それを一番判っているのは、他ならぬゼブとネクスである。
必死の回避機動を続けるジョーカーを見て、自分達ではとうに撃破されている・・・との恐怖が脳裏を掠める。
しかし、このまま何もしないわけにはいかない。
ジョーカーが墜とされれば、2人も御仕舞いである。

「これでどうよっ!?」

ダラララララララッ!

未だステルスの効力の切れぬアフターペインへと、火線が延びる。
ヴァレリアッタの射撃に合わせて、ゼブが移動先を予測して射撃を開始する。
ロックはされていないが、2方向から迫る射線。
それは命中はしないまでも、アフターペインに回避行動を取らせる役割を果たした。
そして、その隙を見逃さないのがパーティプレイ。
彼の実力は、本来ならばBランクに喰い込んでいてもおかしくない程度のものだ。
スロースターターという性質が祟って、5分間という制限時間のあるアリーナでは、左程の成績を残せていないだけなのだ。
そんな彼が放った連装ロケットは、狙い違わずアフターペインを直撃する。

「雑魚が!ふざけた真似を!」

叫び、再びジョーカーの上空に占位せんと機体を操るエグザイル。
だが、そこにステルスを起動しているにも関わらず、異様に正確な照準の光弾が次々と打ち上げられてくる。
数発を被弾し、装甲が僅かに溶解する。

「EOか・・・」

これでは空中戦は不利と悟ったものか、アフターペインが地上へと降りる。
着地の瞬間を狙ってパーティプレイがトリプルロケットを放つが、フロートであるアフターペインには大きな隙は出来ない。
容易くそのロケットを回避したエグザイルは、僅かに3機を見比べて狙いを定める。
彼が狙いをつけたのは、唯一攻撃が消極的であるゼーレ。
ゼーレの持つMWG-MG/800は、軽量の上に弾数が多く、連射力に弾速、威力もまずまずの良兵器だ。
だが、ゼブはそれをサブ武器と定めているのか、EOとスナイパーライフルがメインの攻撃しか掛けてこない。
MG/800で弾幕を張られれば接近するのさえ面倒だが、散発的な射撃のみであれば話は別。
そう判断したエグザイルは、一挙に機を滑らせる。
3人の目には、一瞬にしてアフターペインが消えたように見えただろう。
それでも、パーティプレイだけは何とかその動きを追いきれたか。
ゼーレに突進するアフターペインの進路にトリプルロケットを次々と発射して牽制する。
しかし、悲しいかな。
それはアフターペインの機動を僅かにブレさせる役割しか果たせず。
そしてそのロケット弾をゼブが視認した時には。
既に、エグザイルが振りぬいたブレードが、ゼーレの右肩から先を切り飛ばしていた。
ゼブが慌ててEOを起動して反撃しようとするが、エグザイルはその暇を与えない。
振りぬいた左腕を支点に反転し、一挙に距離を取りながらゼーレの背部にマシンガンを浴びせ掛けた。
丁度宙に舞い上がったオービットが何発もの弾丸を受けて砕け散る。
急速に蛇行しつつ後退するアフターペインへとネクスが追い討ちを放つが、掠りもしない。
コクピットの中で、エグザイルが冷たく呟いた。

「・・・外したか」

本来なら、今の一撃でコクピットを貫く穴を空けてやるつもりだったのだが。
当たらないとは判っていたが、目の前を通過したロケット弾に僅かに反応してしまったからだ。

――全く、忌々しいことこの上ない。

時計は、既に予定の時間を20分以上もオーバーしている。
たかがC〜Dランカー5機程度、と甘く見ていたのは確かだが。
此処まで梃子摺らされるとは、流石のエグザイルでも予想していなかったことだ。
そうしてエグザイルは刹那の間に思考する。
情報によれば、もう10分もすれば、増援とやらが到着するようだ。
自分の実力であれば、例えBランカーの2・3人が来た所で互角に戦えることは判っている。
だが、予想外の事態と云う事も常に想定しておかねばなるまい。
万が一とは思うが、増援が来るまでに目前の3機が健在、かつBランカー以上を含むAC5機以上の増援があった場合は撤退。
増援がそれ以下、若しくは交戦中の敵の1機以上を沈黙させていた場合は、増援も含む全機を殲滅。

・・・これでいい。

1秒にも満たぬ間に、これだけの判断を終え、尚且つその間も全く攻撃の手は鈍っていない。
3機よりの攻撃を複雑な軌道を描いて尽く避け、隙を見ては痛烈な一撃を浴びせんと急接近する。
その姿は、正に"死神"の二つ名に相応しい。
"死神"エグザイル、その名は幾多のレイヴン達を恐怖させ、MT乗り達を絶望させる。
その"死神"と云う名の持つ恐怖が、圧倒的な迫力が、戦士を蛇の前の蛙へと変えてしまうのだ。
あの"死呼ぶ聖者"でさえも、"死神"への恐怖で、単なる無力な1人の女性へと戻ってしまった。
だが、それはつまり。
その恐怖を克服――若しくは、忘れてしまえば。
例え"死神"が相手だとしても、全力で戦えると云うこと。
そう――今の彼らのように。


『レイヴン、あと数分で作戦領域に到達する』

輸送機のパイロットの声を聞きながら、ぼんやりとモニタを眺めながらシェリルは自問する。

――私はレイヴンだ。
ACと呼ばれる兵器を操り、戦場に現れる濡れ羽色の鴉。
レイヴンとはれっきとした商売だ、それは間違いない。
その仕事は、報酬と引き換えに、戦場に赴き、敵を排除する。
儲からない、自分では遂行が困難だと判断した依頼は拒否する権利がある。
あくまでレイヴンは、自由な意思で依頼を選択するのだ。
それならば――私は。

――何故、私は此処に在る?

報酬額も定かではなく。
敵は紛れも無く、濡れ羽色の死神達の中でもトップクラスの”死神”で。
生きて帰れる保証は全く無い。
これは、そんな理不尽極まりない依頼の筈だ。
私がこんな依頼を受けた理由は、ただ一つなのだろう。
単にあいつが――パーティプレイが、酒飲み仲間であると云うだけのこと。

――マトモな奴なら、それでもこんな依頼は受けないだろうな。

自嘲的な笑いを浮かべながら、ACの戦闘モードを起動する。

『戦闘領域に到達した、これよりハッチを開く――レイヴン、幸運を祈る』

操縦士の餞別の言葉と共に、輸送機のハッチが全開する。
ACのモニタに映った夕映えの空は、血のように紅く輝いていた。


ゴォォォォと、上空を輸送機が通過する音が戦場に響く。
それとほぼ同時に、レーダーにACを示す2つの光点が増えた。

「2機か・・・」

数が少ないと云う事は――
OBで急接近する機影が2。
その片方から、3発のミサイルが放たれた。
それを好機と見たか、または増援が来た事によって意気が上がったのか。
既に満身創痍の3機もが一斉に攻撃を仕掛けてきた。

「この程度――」

ヴァレリアッタの放つマシンガンの連射と、増援からのミサイルをステルスの起動で回避し。
そこへ放たれたゼーレとジョーカーからの狙撃を難なく避けてのける。
接近してくるであろう増援のACに一連射を浴びせようと機を旋回したエグザイル。
その視界に、最早目前まで近づいたレーザーカノンの光弾が大きく映った。

ドォォン!!

「――チィ!!」

咄嗟の反応で直撃を避けたのは、流石はエグザイルといったところか。
しかし、レーザーカノンは序の口に過ぎない。
本命は――

「おおおっ!!」

紫電の勢いで突き出された、紅く輝くHALBARDの光刃。
必殺のタイミングで繰り出された筈の其れは、アフターペインを貫きはしなかった。
神速とも云える反応で、エグザイルが左腕のMOONLIGHTの蒼い刃で紅い光刃を寸前で喰い止め、跳ね上げたのだ。
果たして、蒼と紅の光の交錯は一瞬で終わる。
スレイプニルに数瞬遅れて到達したレーヴァテインの攻撃を避けるべく、アフターペインが飛び退る。
刹那の後に、アフターペインがコンマ1秒前に存在した地点を散弾が襲い、地面を抉って土を弾けさせた。
距離を詰めていたジョーカーやヴァレリアッタが追撃を掛けるが、それも僅かな差でアフターペインへの直撃には至らない。

しかし、一連の攻防を終え、一度距離を取った両者は気付く。
誰の放った攻撃によるものかは定かではないが、アフターペインのステルス装置の片方が、砕け散っているではないか。
これでステルスは最早使用出来ない。
無言のまま、エグザイルは残る片肩のステルスをパージする。
それが地に落ちるのを見届けながら、パーティプレイが口を開く。

「・・・来てくれたか、助かったぞ」
「ふ、この貸しは高いぞ?・・・そうだな、ナポレオンのボトルでも奢って貰おう」

不敵な笑みを浮かべて答えるシェリルに、パーティプレイが苦笑した。

「確かにそれは高い・・・すまんな、感謝する」

それに軽く頷いて返したシェリルに、ルクスが尋ねる。

「で、まあ・・・どうするのさ、シェリル?やっぱり俺とシェリルが前に出るのか?」
「ああ。パーティプレイ、お前達は援護射撃を頼む。・・・行くぞ!」

掛け声と共に、5機のACが疾る。
スレイプニルとレーヴァテインが正面左右からOBで迫る。
この2機はどちらも近接戦闘にて最大の戦闘力を発揮するアセンブル。
その接近を容易にせんと、その後方より放たれるヴァレリアッタのマシンガン。
隙あらば強烈な連装ロケットを叩き込まんとばかりに中距離を保つのはジョーカー。
そして、地味ながらも無視するわけにはいかない威力を持つ、スナイパーライフルでのゼーレの狙撃。
先程までとは比較にならない程の、激しい攻撃。
ブレードが、散弾が、そしてロケットやマシンガン、スナイパーライフルが。
まさに嵐の如くに、アフターペインへと襲い掛かる。
明らかに攻撃の内の幾らかは命中している。
アフターペインの装甲を焼き、砕き、劣化させている。
しかし、アフターペインからの反撃は、無い。
代わりに、自問するような呟きが、エグザイルの口から漏れた。

「・・・シェリルだと・・・?・・・まさか、シェリル=ユーンか・・・?」

銃声と爆音が響く中で、その呟きをシェリルの耳が捉えたのはほぼ奇跡に近いことだった。
それに対する答えか否か、シェリルは宣言する。

「他にシェリル=ユーンが存在するのか知らないが・・・私は私、シェリル=ユーンだ!」

シェリルが叫んだその数瞬後――その言葉を、エグザイルが感知し、それを反芻した後。
唐突に、アフターペインの姿が掻き消えた。
気付いた時には、アフターペインの姿は海上へとあった。

「なっ・・・!?」

通常機動や、OBでは決して無い。
ほぼブレードレンジと言ってもいい程の近接戦闘でそれをシェリルやルクスが見逃す筈が無い。
第一、そもそもがこの一瞬で移動できる距離では無いのだ。
驚愕し、攻撃の手を止めた5人に向け――いや、シェリルに向けて、エグザイルが呟いた。

「シェリル=ユーン・・・増援がお前とはな。今日のところは、退かせてもらう」

そう言い残して。
たった1機でキサラギ残存部隊を殲滅し、延べ7機のACと互角以上に戦い、2機を撃破した"死神"は戦場を去る。
後に残されたのは。
煙と炎を上げる、幾多のMTと施設の残骸と。
エグザイルの突然の撤退に呆気に取られて呆けている、"死神"の鎌から生き残ったレイヴン達。
あの通信と状況からすれば、"紅い神槍"との戦闘は分が悪いとエグザイルが判断して撤退した、とも映る。
だが、シェリル自身は識っている。
自分程度が増援に来たところで、エグザイルの優位は揺るがなかったと云う事が。
そう、こんな事は。
状況を余り理解せずに連れて来られたルクスはともかく。
いざとなれば刺し違える覚悟で来たシェリルにとっては、肩透かし以外の何物でもない状況であった。

「・・・作戦終了で・・・いいのか?」

最初に口を開いたのはルクスであった。
エグザイルに対する知識が少ない分、衝撃も少なかったのだろう。
その言葉が、皆を現実に立ち戻らせた。
生き残ったのだ、自分達は。"死神"エグザイルと戦って、だ。
パーティプレイが、ゼブが、ネクスが、そしてシェリルが――歓声を上げた。
通信機から飛び込む歓声に、恐慌状態であったクイックシフトも冷静さを取り戻す。
冷静さを取り戻し――再び、驚喜した。
狂ったようなその空間に、1人ルクスだけが取り残されてしまった感がある。
それも仕方ないか、とルクスは想う。

――×××である自分にとってあの程度の敵などは、脅威と成り得ない――

「・・・え?」

×××?何だ、それは。
単語の断片。いや、単語の持つ漠然としたイメージが、スッと頭を過ぎる。
イメージですら無いのかもしれない。
ただ、その一瞬。
このレーヴァテインではないACを駆っている自分が視えた気がした。



「――それは、記憶が戻ってきているのではなくて?」

クラシックな音楽の流れる、落ち着いた雰囲気のバー。
カウンターに座る客はたった2人。どちらも金髪の男女だ。
その体付きと身のこなしは、この2人が常人では無い事を示している。
この2人はレイヴン――ルクスとワルキューレである。
エグザイルと戦った数日後の土曜。
シェリルに付き合わされるよりは、と。
駄目元でワルキューレを夕食・・・と云うか、デートに誘ったルクスであったが、意外にも快く承諾の返事が来た。
更に、夕食後にバーに誘ったところ、またまたOKであった。
この簡単にOKが出るというのは、案外曲者なのだ。
別に構わないと思われているのか、全くそういう相手として見られていないか、のどちらかだからだ。
ルクス的には前者である事を激しく望むわけだが、相手が相手、暴走するわけにもいかないのである。
何せ、シェリルとワルキューレは友人。下手に手を出そうものなら、もう何と云うか。
そんな事態を思い浮かべるに到って、ルクスはあくまでも慎重に行動するしかなかった。
まあ、結局はレイヴン同士だ。アリーナや最近の任務の話に華が咲いたのだが。
つい数日前のエグザイル戦の話になって、その時の脳裏を過ぎったイメージのことを話したのだ。
それに対する反応が、最初の発言である。

「やっぱりそうなんですかねー・・・でも、何で突然、って感じなんですけどね」

苦笑するルクスに、ワルキューレが少し考えて答える。

「何か切欠があるのだろうけど・・・思い当たることはないの?」

そうですねー、とルクスが呟く。

「強敵と戦って眠っていた力が目覚める――なんてお約束な理由だったら良いんですけど。残念ながら自分では判らないです」

はぁ、と溜息を吐くルクスに、ワルキューレが励ましの言葉を掛ける。

「大丈夫よ。少しでもそうやって思い出すことが出来たのなら、いつか完全に記憶は戻るわ。
知っている?記憶って、『銘記』『保存』『再生』『再認』という4つの過程から成るものなのだって。
簡単に例えるなら――うん、ビデオテープね」

ビデオテープとは――また、随分とレトロな物を例えに持ち出してきたものだ。
内心でそんなことを考えるルクスを置いて、ワルキューレは語り続ける。

「『銘記』は要するに録画ね。その見聞きしたりした事を、情報として脳に書き込むの。
『保存』は、ラベルを貼って、取っておくことね。『再生』は、そのまま。保存した情報を思い出すことよ。
それで『再認』って云うのが・・・そうね、思い出したものが、以前に見聞きしたものと同じものかどうかを確認する・・・とでも云うのかしら。
貴方の場合、今は普通に4つ全てが正常なのだから、何かの切欠があれば、記憶は戻るはずよ」

言っている事の半分程度しか理解できなかったが、何らかのリアクションを返さねばならない。

「へえ・・・ワルキューレさんは物知りなんですね」

と、取り敢えずは無難な反応を返したルクスだったが、ワルキューレは至極真面目にそれに答えた。

「ええ、これでも一応は精神医学の資格は持っているし・・・」
「・・・それなのにレイヴンを?」

愚問、だったのかもしれない。
困ったような微笑を浮かべ、ワルキューレは答えない。
答えず、静かに口を開く。
それは、トップランカー"戦乙女"ではない、普段の生活の一端なのか。


「・・・そう云えば、全く関係ないのだけれど」

それまでの会話が一段落して、ワルキューレが口を開く。
何です?と聞き返したところ、ワルキューレの口からは素敵な台詞が発せられた。

「ルクス、貴方シェリルの事はどう思っているの?」

いやもう、何と云うか。
自分の記憶の話はした筈なのだが。
そう、何処の誰とも知れないが、俺の帰りを待っているであろう女性が居るであろうことも。
そこで何故に、シェリルが出てくるのだろう。
・・・まあ、確かに何人かにコナ掛けてはいるが。

「いや・・・閉鎖区画から助け出してくれたり、色々と感謝はしてますけど・・・」
「そう・・・つまらないなあ。もっと何かあると面白いのだけれど」

何かって何ですか、そう突っ込みたいところではあったが。
下手に反応すると、ロクな流れにならないだろうことは目に見えているので、その衝動を抑え込む。

「・・・実際ね、シェリルは良い相手を見つけるべきなのよ」
「ああ・・・シェリル、今年で26なんですっけ?確かにそろそろ・・・」

その答えに、呆れたように溜息を吐いて、ワルキューレは呟く。

「ルクス、貴方は何故私とシェリルが知り合いか聞いている?」
「・・・? いえ、知りませんけど・・・まさか?」
「・・・そうよ。シェリルもね、貴方と同じ。過去に縛られて進めない人間よ。
本当は喋ってはいけないのだけど・・・シェリルは、数年前に恋人を失っているの」

――ああ、そうか。
時折シェリルが見せる、あの寂し気な表情は。
幸せだった時間を、想い出してしまっているのだろう。

「――過去に囚われて、今を自由に生きれていない――それは、哀しいわ」

哀しい、と言うけれど。
当人以外には、その哀しさは解りはしない。
そして、それを哀しいとは思っていないからこそ、人は過去に囚われたまま生きていく。
自分が不幸だと判らない者が一番不幸だと云うけれど、それと同じなのかもしれない。

幸せだった過去に縛られる女と、失った記憶に想いを馳せる男。
比べるのなら――どちらの方が、滑稽に見えるのだろうか。
作者:前条さん