サイドストーリー

Underground Party 16話 鴉達の唄
さあ、唄を奏でよう。
この世界中に、高らかに響かせよう。
それは舞踏曲であり、夜想曲であり、鎮魂歌であって、交響曲。
鴉達が奏でる、戦いの唄。
其れはエンドロールか、若しくは新たな幕への前奏曲か。
その答えを知る為、鴉達は唄い続ける。
彼らの生きる証が其処に在る。
さあ、全てを賭けて唄い切ろう。


『――目標が作戦領域に進入しました。総数不明、全て撃破して下さい』

敵の数は、圧倒的。
されど、迎え撃つは歴戦の鴉達。
その、戦闘開始の合図と同時。
巨大兵器より雲霞の如くのミサイルが放出された。

「散れっ!!」

誰かが叫ぶのを待つまでも無く、彼らは回避機動に入っている。
50発近いミサイルの雨は、その殆どが命中を果たせず自爆する。
それと同時に、アヴァロンヒルは銃声と爆音の支配する戦場へと変化した。
其々のやり方で、レイヴン達は戦場を駆ける。



「AB、援護宜しく!」
「了解」

レジーナの機体が、早くも敵に向かって突撃する。
ロケットを放ちながら、必殺のグレネードライフルの狙いを定めているのだろう。
だから、レジーナは右から別の機が迫っているのには気付かない。
けれど、僕はそんな時の為にレジーナの後方に居るのだ。

「レジーナ、右から1機。僕が抑えるからそっちを片付けてくれ」

ピピピ・・・と、ミサイルがそのACをロックオンした事を知らせるアラームを鳴らす。
アップルボーイは躊躇いなくトリガーを引き、念のため武器をライフルに変更して、そのACとの距離を詰める。
そのACは接近するエスペランザに気付いたようだが、遅かった。
エキドナからエスペランザに目標を切り替えた瞬間、垂直ミサイルの群れがそのACを包む。
4発の中型ミサイルを、直上から――ウィークポイントである頭部にモロに喰らっては、流石の管理者部隊ACでもひとたまりもない。
アップルボーイはそのACが動きを止めたのを確認して、レジーナの援護に移った。
横合いから、レジーナの狙っているACにライフルを撃って牽制する。
エスペランザの攻撃に動きが鈍ったACへ、エキドナのグレネードライフルが直撃し、脚部を吹き飛ばした。

「サンキュー!次行くわよ、しっかり付いてきてね!」
「OK、後ろは任せてくれ」

再び2機は、目まぐるしく様相の変わる戦いの渦へ身を投じる。



アヴァロンヒルで戦闘が開始された頃。
シェリル達は、3機のACと対峙する。
2機は、管理者部隊と一目で判るAC。
だが、もう1機は。

「――・・・良く来たな、とでも言っておこうか」

――その姿を見て生き残った者は極小。だが、戦場に身を置く者に其の名を知らぬ者は居ないと言われる存在。

「エグザイル・・・だと?」

呆然と呟いたシェリルの声に、僅かにエグザイルが眉を寄せる。
そして、何を思ったか、両脇の2機へと指示を飛ばした。

「シェリル=ユーンか・・・――貴様達はイレギュラーを襲え」
「え?し、しかし命令では・・・」

突然の指示に戸惑うパイロットは、冷たいものを背に感じ、口を閉じた。

「・・・シェリル=ユーンの相手は俺だ。手を出せば、貴様等といえど殺す」

有無を言わせぬ言葉。
パイロットはただそれに従うしか無い。
そして、冷静さを取り戻したシェリルが口を開く。

「――ふん、1対1とは有難いな。先日の決着でも付けたいのか?」

一瞬の静寂の後に、エグザイルが答える。
その言葉は、静かな空間によく響き渡った。

「いいや・・・決着を付けるのは――7年前の因縁にだ」

――7年前。
それは、シェリルにとって忘れ得ない事象の起こった年。
恋人と、2人の仲間を失った年。

「――貴様ッ!何か関係していたのかっ!!答えろっ!!」
「・・・判らないか――まあいい、行くぞ」

その言葉を合図に、奇妙な均衡は崩れた。
5機のACが動いたのは、ほぼ同時。



何機目になるかも判らぬACを炎上させ、ロイヤルミストは忌々しげに口を開く。

「雑魚どもが・・・鬱陶しい!」

至近距離から放たれたショットガンに装甲を貫かれ、堪らず黒煙を吹き上げるAC。
それが崩れ落ちるのも見届けず、背後から接近した敵機の放ったライフルを避け、カウンターとばかりにミサイルを放つ。
ドン、と一挙に放たれた8発のミサイルは、見事にそのACを吹き飛ばした。
だが、ロイヤルミストの顔は歪んだままだ。

――弱すぎる。

反応も遅く、性能も聞き及んでいた程ではない。
管理者部隊にも、程度の違いはあるのだろうが・・・。

「・・・こんなものでは、俺は満足出来ん」

ロイヤルミストにとって、この戦いに意味などないのだ。
レイヤードの存亡の危機など、彼の思考の範疇には無い。
戦いが楽しめれば、彼はそれで良いのだ。

――ふと、彼の研ぎ澄まされたレイヴンとしての直感が、危険を告げた。
思い切りブースタを吹かし、刹那の間に其の場を飛び退く。

ドゴオオ!

轟音を上げて、幾つものグレネード弾が数瞬前までカイザーの位置していた地面を抉り取る。
敵位置を確認しようと僅かにレーダーに目をやれば、ミサイルを示す光点で埋め尽くされているではないか。

「チッ・・・!」

如何なカイザーとて、この数のミサイルを受けてはひとたまりもない。
右後方に急速後退し、ミサイルの群れをギリギリまで引き付け、大きく切り返す。
ミサイルは急激なカイザーの機動について行けず、カイザーに命中したものは皆無であった。
カイザーに斬りかかろうとしていたACが、その大量のミサイルをモロに受けて爆散したが、ロイヤルミストは気にも留めない。
崩れ落ちるACをバックに、巨大兵器と対峙するカイザー。
そのコクピットの中で、ロイヤルミストは呟く。

「――お前なら満足させてくれそうだ」


降り注ぐミサイルの雨をギリギリで回避しつつ、次々にスナイパーライフルを放つ。
正確無比なワルキューレの射撃によって、また1機の敵ACが黒煙を吹き上げて停止する。
これで、ワルキューレが撃破したACは既に7機を数える。
辺りをパッと見ても、数十機の敵ACが撃破されているだろうことは予想出来た。
だが、敵部隊の勢いは全く衰えていない。

「・・・数が多すぎるわ・・・!」

レーダーは、殆どを赤い光点が埋め尽くしている。
味方を示す緑の点は、ともすれば紅い点に覆い尽くされてしまいそうなほどだ。
未だ味方に被害は出ていないが、それも時間の問題だろう。
如何にトップランカーとて、弾が切れてしまえば、この圧倒的な数の敵に抗し得るとは思えない。
戦場を翔ける"戦乙女"は、"紅い神槍"の通り名を持つ、今此処には居ない友を想う。

「シェリル・・・急いでね・・・」



ダララララララッ!!

ジグザグ機動を取りつつ後退するアフターペインのマシンガンが咆哮し、弾丸の群れが唸りを上げてスレイプニルへと殺到する。
しかし、激しい回避機動の最中に放たれた、ロクにロックもされていない射撃では、牽制程度の役割しか果たさない。
僅かに機体を弾丸の軌道から逸らし、アフターペインの足を止めようとミサイルを放つ。
だが、エグザイルは機体を止めることなく、EOの光弾でミサイルを撃ち落とす。
デコイを装備していないアフターペインだが、単発で放たれたミサイルなどでは足止めにすらならない。
それが、Aランカーに匹敵するとすら云われる、"死神"エグザイルの実力。
そう、本来であれば。
シェリルの実力では、エグザイルと互角に戦える筈はないのだ。
それは、シェリル本人も判っている。
ルクスがAC2機を倒すまでの時間を稼ぎ、その後に2人掛かりでエグザイルを落とす心積もりだった。
自分の力量とエグザイルのそれを客観的に比較すれば、勝目は皆無とは言わないまでも、それに近いものだと理解している。
だからこそ、この状況が解せない。

「やる気があるのか、"死神"ッ!」

僅かにアフターペインの機体が浮き上がり、速度が一挙に落ちたのだ。
それを逃さず放たれたスレイプニルのレーザーカノンが、アフターペインの右肩に着弾する。
その直撃は、アフターペインのEXに装着されているステルス発生装置を使用不能にし、関節の稼動にも影響を与えた。
ここで決める。
エグザイルの有り得ないと言って良いほどのミスに、シェリルはそう決断した。
コンマの間にOBのチャージを開始し、残った連動ミサイルを惜しみなく連射する。
ドン、と急激な加速によるGがシェリルを襲う。

――奴は何を知っているというのだ。

アフターペインが、EOでミサイルを迎撃しながら急速後退を掛ける。
だが、如何に高速のフロートタイプと云えど、OBの速度には及ぶべくも無い。
一挙に距離が詰まってゆく。

――何でもいい、あの事に関わっていたというのなら

スレイプニルの突撃を阻まんと、マシンガンで弾幕を張るアフターペイン。
何発もの銃弾が立て続けに機体を揺らすが、それを意に介さず、シェリルは尚も突進する。
致命傷にならない弾であれば、回避運動を取る必要は無い。
距離が100を切ったところで、再びレーザーカノンが光を放つ。
次の瞬間には、バゴッという音を立て、アフターペインの右手が、持っていたMWG-MG/1000ごと吹き飛んだ。

――行動不能にして、全て聞き出してやる――!

既に、紅い光槍はアフターペインを屠る為に輝きを帯びている。
距離は50、アフターペインの動きを制限する為、ショットガンを構える。
この距離からのショットガンなど、そうそうのことが無い限り外れるものではない。

――と。
ヴン、とアフターペインの左腕が蒼い光を纏う。
ブレードで迎撃するつもりなのか。
しかし、アフターペインの左腕は動いた。

「この距離で振っただと!?」

ブレードの間合いには、まだ遠い。
スレイプニルの装備する、最も長射程のMLB-HALBERDでさえ、長さは10m程度である。
ましてや、アフターペインの装備しているMLB-MOONLIGHTでは――

「ッ!!??」

シェリルは、自らの目を疑う。
蒼い光が、伸びてくる――いや、正確には射ち出されたと云うべきか。
まるでKLB-TLS/SOLの如く、蒼いエネルギー波がアフターペインから放たれたのだ。
最早回避など出来る距離ではない。
この距離では、例えバズーカであろうとほぼ命中する距離だ。
咄嗟に、シェリルは右腕を盾代わりに掲げた。
幾ら装甲の劣るRE/REXと云えど、光波程度ならば耐えられるだろう。
実際、SOLの光波は、左程の威力ではなかったはずだ。
それに――左腕さえ生きていれば、奴を仕留めれる。
そう判断し、シェリルは――自らの判断を呪った。

「くっ――!?」

蒼い光波は掲げた右腕を容易く両断し、コアの正面装甲をも深く抉り取った。
――だが、左腕は生きている。
切断された右腕が地に落ちるのも待たず、シェリルは自らの愛機に指示を下す。
即ち、必殺のレーザーブレードを眼前のACに繰り出すこと。
アフターペインが、振り抜いた直後のブレードで、返す刀とばかりに斬りかかる。
蒼刃がスレイプニルの脇腹を抉るのが早いか。
紅き光槍がアフターペインを貫くのが早いか。

「おおおおおおおっ!!」



「――シェリル!?」

モニターの隅に映った光景。
スレイプニルとアフターペイン、その接触した2機は動かない。
――まさか。

「おい、シェリル!シェリル!!」

呼び掛けに応ずる声は、無い。
アフターペイン・スレイプニルの両機とも、動く様子は全く無い。

――相討ち、なのか。

よく見れば、光を失った互いのブレードは、其々のコアに深い損傷を与えている。
もし、其れがコックピットまで達していたとしたら。
パイロットの生死など、考えるまでも無いことだ。

――冗談じゃ、ない。

考えてみれば、自分は。
シェリルに、礼の1つも言っていないというのに。
動揺し、僅かに動きの鈍ったルクスを見て、ここぞと2機のACが襲う。
機動力を売りとする軽量級が足を止めてしまえば、それは単なる的。

「しまっ――!!」

後方の、援護担当であろう機が放ったカルテットキャノンが、容赦無くレーヴァテインの装甲を焼く。
そして、その衝撃で硬直するレーヴァテインに、レーザーブレードを振りかぶったACが踊りかかる。

「死ね!イレギュラー!!」


――避けれない。
こんなところで、死ぬのか。
失っていた記憶を取り戻したと思えば、1時間も経たぬ内にか。
それは、なんて――なんて、無様。
イヤだ。そんな終わりは、イヤだ。
何か、何か無いか。
諦めてしまえば、そこで終わりだ――


ドオオン!!

「なッ――!?」

振りかぶられた左腕が、肩口から消滅する。
今にもレーヴァテインに突き立てられんとしていたブレードは、光を失い宙に舞う。
――これは。

ドゴォオ!!

更に、一撃。
眼前のACの頭部が吹き飛ばされ、動きを止める。

――待機していろと言った筈なのにな。

頭の片隅でそんなことを思いながらも、手は必要な動作を可能な限りの速度で行っている。
染み付いた、レイヴンとしての本能だろうか。

「馬鹿な――何故、MTが・・・!?」

相方を撃破されたACのパイロットが、狼狽して叫ぶ。
そして、それが命取り。
奴が気付いたときには、既にレーヴァテインは背後に回っている。
至近距離から、ウィークポイントに向けて容赦無く散弾を叩き込む。
カスタム機の装甲と云えど、それに抗し得る事は出来ず、ひとたまりも無く炎上する。
眼前のACが完全に沈黙したのを確認して、機体を振り返らせる。
自らを救った、ENカノンの主。
それは、レイヤードで量産されているMTの1種、"カバルリー"。

「――ありがとう、デュミナス。助かった。・・・だけど」

どうして来たんだ、と。
単なる支援型MTでは命の保障は無いからと、待機するよう言ったのに。

「・・・レイヴンから見れば無力だろうけど、私だって戦えます。
 ――それに、私はレイヤードの住人です。ココまで来て、ただ待っていろというのはあんまりですよ」

・・・ああ、確かに。
レイヴンでなくとも、皆戦っているのだ。
MT、航空機、ヘリ、戦闘車両――
皆、人間が操っているのだ。
其々の理由を持ち、其々の信ずるままに武器を取っているのだ。
それを、MTだから、なんて。

「そうだな――悪かった。行こう・・・管理者の下へ」
「はい!あ・・・でも、あの・・・」

恐る恐る、と云う調子で、デュミナスが訊ねる。

「"紅い神槍"・・・シェリルさんは・・・?」
「っ――エグザイルと戦って――」

それ以上は、言葉を続けられない。
言葉にしてしまえば、認めてしまうことになるから。

「・・・?」

・・・けれど、現実が変わるはずも無い。
そんなのは、自分の弱い心を守る為の、自衛手段。
認めたくないけれど、信じたくはないけれど。
シェリルは、シェリル=ユーンという人間は――

「相討ちで、シェリルも死ん――」
「――勝手に人を殺すな、馬鹿」

――そう、馬鹿。
・・・じゃない。

「――え?」
「生きている、と云うんだ。判らん奴だな」

やれやれ、と言った調子のシェリルの声。
どうにも、幽霊ではなさそうだ。

「――なんで?」
「・・・死んでいて欲しかったような言い草だな?」

――良く見れば、スレイプニルの損傷は大きいものの、ブレードに抉られているのはコクピットとは明らかに違う箇所だ。
自分も、ヤキが回ったのだろうか。
・・・いや、それ以前に。

「生きてたなら、返事しろよな・・・」

そんな俺の恨み言には耳を貸さずに、シェリルは言う。

「まあ、いい・・・行くぞ、管理者の下へ」

言われて、初めて気が付いた。
広い回廊の奥に見える、巨大な隔壁。
きっと、あの奥には管理者が在る。
管理者を破壊すれば、レイヤードを襲っている管理者の部隊は止まるだろう。
それによって何が起こるかは、自分には判らない。
だが、確実に何かが変わるだろう。
クレストの代表者の言ったように、それが何を生むのかを見届けよう。
それが、自分が此処に来た意味なのだろうから。




――本当に、どうしようもなく信じ難くて、馬鹿馬鹿しい話だった。
ACから降りるということも、度を越して馬鹿な行為ではあるけれど。
熱い空気の中、アフターペインのコックピットを開いてみれば。
7年前に、自分の所為で死んだ筈の人間が乗っていた、なんて。
そうして、エグザイルは――血塗れの、もう長くないだろう状態で、口を開いた。

『久々だな・・・相変わらず美人じゃないか』

・・・それだけならいい。
・・・それだけなら、どれだけ嬉しい事か。
けれど、訊かなければいけない事は山ほどある。
悠長に、再会の言葉などを返してはいられなかった。

『何故・・・生きている?』
『つれないな、最初の言葉がそれか。まあ、いい。時間も無いしな・・・。
 ――あの襲撃は、俺が協力していた。そういうことだ』

何となく、嫌な予感はしていた。
けれど、それを聞いた瞬間、頭をガンと殴られたような衝撃が走った。

『――力を持ち過ぎた者は消す、其れが管理者のやり方だったらしいな。
 だが、俺には選択の機会が与えられた。死ぬか、全てを捨てて管理者に仕えるか』
『それで、お前の選んだ結果があれか』
『――少し違うな。本当なら、お前もあの時に死んでいる筈だった。あいつらと一緒にな。
 ・・・遺される者の痛みは良く知っているからな。そんな思い、お前に味わわせたくは無かったさ』
『――ならば、何故。何故、今日まで私を生かしておいた!何故、あの時に殺してくれなかった!』

激情が、怒りが口から迸る。
相手が重傷というにも関わらず、胸倉を掴んで問い詰める。
そんな状況にも関わらず、エグザイルはゆっくりと溜息を吐く。
そうして、言葉を紡ぐ。

『馬鹿が――惚れた女に死んで欲しいと思う奴が何処に居るってンだ・・・。
 ああ・・・馬鹿は俺の方だな。お前らを裏切った最後の最後で、恋敵を助けようとするお前を庇ったりしちまったんだからな・・・』


――そう、そんなのは馬鹿だ。
裏切った仲間を庇うなんて馬鹿だ。
恋敵の為に危険を犯す私を庇うなんて馬鹿だ。
恋人の居る人間に惚れるなんて、馬鹿だ。
私なんかを、好きになるなんて大馬鹿だ――

ああ、その馬鹿のお陰で、私は今生きているのだ。
そして、そんな馬鹿の所為で、この7年間悩み続けてきたのだ。
・・・けれど、何故だろう。
私達を裏切り、恋人と親友を死なせた奴なのに。
恨み言を言ったり、罵倒したりなんて気には、全くならないのは。

『・・・なあ、シェリル――こんな時に言うのも、何だが』
『――何だ』

ごほ、と血を吐いて、エグザイルが咳き込む。
もう、助かりはしないだろう。

『冥土の土産に、キスしてくれよ。7年振りに惚れた女と再会なんてシチュエーション、もう二度と無いだろうし。
それで何も無しなんて、勘弁して欲しいからな』

――ああ、やっぱりこいつは馬鹿だ。
救いようのない位の大馬鹿だ。

けれど、私は。
自分でも驚くくらいに、優しい顔をしていたと思う。
目を瞑って、ゆっくりと奴の唇に、自分のそれを軽く触れさせる。
冷たくなった唇は、僅かに血で湿っていた。

『へへ・・・あいつにあの世で会ったら、殴られるな』

身体を離し、口元を拭う。
既に、笑みの形に歪められたエグザイルの顔は、蒼白。
あと幾らも保たないだろう。
けれど、私は悪態を吐いてやった。
――昔のように。

『――ふん・・・精々、自慢するんだな』
『はは・・・何か伝言があれば伝えとくぜ』

ふと、僅かに考えて答える。

『――そうだな。女一人残して死ぬような奴は、もう知らん――とでも、伝えてくれ』

そう、これでいい。
これで、私はやっと前に進める。

――そうして、私は今此処に居る。

「これが・・・管理者・・・?」

呆然と、ルクスが呟いた。
其処に在ったのは、数十・・・いや、数百Mはあるだろうという、巨大な物体。

『ようこそ、地上よりのレイヴン』

・・・声。
この声は、管理者が出しているものか。

――レイヤードの全てを管理する者の割には、少し威厳が足りないな。

私は、そんな場違いな思いを抱いてしまう。

『貴方が現れた事で、私は地上の環境が回復していることと、私の世界の他にも人類が生き残っていた事を知りました』

――よく、判らない。
判らないが、レイヤードの他にも世界がある、という事だけは何とか理解できた。
そして、ルクスは其処からこのレイヤードに迷い込んだのだろう、と云う事も。

『地上環境が回復したのなら、私の役目は終わり。――けれど、人間は自分達で立ってはくれない。

だから、誰かが私を止めてくれるよう、狂ったような行動を取った』

「・・・それで、何人の人が死んだと思ってるんですか!!」

デュナミス・・・と云ったか。
MTのパイロットが、管理者に向けて叫んだ。

『それは、全体の為に必要な犠牲です。仕方なかったのです、私は自分を破壊するような事は出来ない、だから――』
「・・・仕方なかった?そんな言葉、死んでいった人達の前で言えるんですか・・・?」

その言葉に、僅かに管理者の言葉が滞る。

『――私は人間ではありませんから。目標に向かうのに一番効率の良い手段を取っただけ。
 ――さあ、そろそろ私を停止させてください。動力炉を破壊すれば、私は止まります。
 そう・・・貴女が終わらせるのが、一番良いのでしょう。
 イレギュラーでも、レイヴンでも無い。普通の人間の貴女が私を破壊することで、人間は真の意味で――』

その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
ドォン、というENカノンの炸裂音と共に、全てが終わった。
だけれども、私は――
思い切り、ブレードを管理者へと叩き込んだ。
私なりの、1つの報復だ。
・・・何せ、結局のところ。
全ての元凶は、管理者だったわけなのだから。

「・・・お前のような小娘に、全ての重荷を押し付けるわけにはいかんからな。これで半々だ」

・・・どうも、私は素直では無いようだ。
まあ、そんなことはもう分かりきっていることなのだが。

『基幹ユニットの破損率が90%を超えました――EN供給率、低下――』

小規模な爆発が、何度も連続して起こってゆく。
1つの世界の神が、今滅びようとしているのだ。

『再生プログラム――最終段階に・・・移行します・・・』

――この状況で、なお何かを行う余裕があるというのか。
ならば、それを見届けよう。
そう、私達の取った行動が、何を為すのかを。

『地上へのゲートロックを・・・解除・・・
 本命令の実行をモって・・・シすテムを、停止しまス・・・』

――その言葉を最期に、管理者は死んだ。
文字通り、今。
長きに渡ってレイヤードの全てを管理していた神が死んだ。

「――今の言葉は一体・・・地上・・・?」



「――敵が・・・止まった・・・?」

既に弾は全て尽き、機体もかなりの損傷を受け。
それでもブレードで戦い続けていたワルキューレは、其の事に気付いた。
見れば、レーダーで動いているのは緑の点のみ。
あの巨大兵器も、突然地面へと堕ち、爆発したではないか。
それと同時に、管理者によって作られていた空が消える。
照明や空調の全てが消えている。
クレストやミラージュが対処を行うまでは、レイヤード中がこんな状況だろう。

「終わった・・・のか・・・?」

・・・生き残っていたのか。
アップルボーイの声が、通信機から流れる。

「――おい、なんだあれは!?」

誰が言ったのかは判らないが、その言葉につられて上を見上げる。
それは、光。
見慣れていた光とは、何処か違う。

「これは――」

天井――というのか。
それが、ゆっくりと開いてゆく。
それと共に、その光の差し込む量は大きくなる。


「――眩しい・・・それに、綺麗――」
作者:前条さん