サイドストーリー

Phantom of the Phantasma… act.1
闇の中、俺は目覚めた。
体の感覚は、無い。
いや、体自体が無いのだ。
ここは、何処だ?
俺は、なぜここにいる?
どれだけの時が経ったのかは判らない。
光が、見えた・・・

Phantom of the Phantasma…

act.1

「本当に可能なのですか?」
気の弱そうな若い研究員が、不安そうに尋ねる。
若い研究員の目線の先にいるのは、どこかくたびれた雰囲気の三十路がらみの男だ。
「・・・前例がある」
三十路がらみの男は、研究員に目もくれず、ただそう呟き、目の前に置かれたコンソールのパネルを操作している。
「私は・・・この実験に疑問をもっています・・・たとえ研究のためとはいえ・・・」
研究員は男の操作する端末のモニターに映った少女に目を移し、そして耐えられなくなり、うつむいた。
「こんな幼い子供を実験に使うなんて・・・あなたは狂っている」
「・・・つまらんな。その程度・・・この研究でえられるものは、その少女の人生よりもはるかに有益なものだ。
くだらない人道主義は、いつの時代も発展を妨げる・・・あの時のようにな」
数秒の沈黙。ただ、男がコンソールを操作する音だけが無機質に部屋を満たしていた。
そしてその音がやむ。
「おしゃべりはここまでだ・・・実験を開始しよう・・・」


ゴウンゴウン・・・
腹に響くような重低音。
それは鋼鉄の鼓動。
ゆっくりと目を開ける。
鋼鉄の獣・・・「アーマード・コア」、通称「AC」と呼ばれる巨大な有人機動兵器。
そのコックピットの中、私は居た。
作戦開始時間まで、およそ三百秒。ミッションの内容を反芻する。
ACを駆る傭兵。つまり、レイヴンになるための最終試験。
目的は都市を征圧している機動兵器、「MT」の破壊。
目標は五機。全てが逆間接軽装甲型MT。
対してこちらはACが二機。
今でこそ多用されているが、通常、MTの戦闘能力はACに遠く及ばない。
こちらが二人とも訓練生であっても、作戦に失敗することはまず無いだろう。
作戦の半数を終え、残り時間が二百秒をきったところでもう一人の訓練生からの通信が入る。
「よ。お前さんが今回のパートナーか」
画面に映ったのは、おそらく私よりも少し年上―――二十代の前半くらいの男の顔だった。
がさつなしゃべり方だが、線は細い。おそらく、俳優にでもなっていればそれなりに人気が出たことだろう。
適当に切られた少し長めの黒髪の間から覗く銀の十字架をかたどったピアスが、私には印象的だった。
「お互い、レイヴンになれるように頑張ろうぜ」
「・・・私の足を引っ張らないで」
画面の向こう、男の面食らった顔が映る。そしてすぐさま、にやりと笑った。
「言うねぇ・・・じゃあ、撃墜数が多かったほうが酒をおごるって言うのはどうだ?」
「私、未成年」
「じゃあ、お前さんが勝ったら豪華なディナーをおごってやるよ。それでどうだ?」
「・・・好きにして」
そう。この男に勝ち目は無い。おそらく。いや、確実に。
なぜなら、私は―――
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったな。俺はレオ」
私の名は―――
「・・・ファンタズマ」
変な名前、と男が呟くと同時、教官からの通信が入る。
さあ、作戦開始だ。
これで私は、私という存在の意味を手に入れることが出来る。


出会い頭にライフルを二発。両足をもがれたMTがその場に崩れ落ちる。
レーダーに映る光点は残り四つ。うち、敵の反応は三つ。
作戦開始から数秒。どうやらあっちも敵を一機破壊したらしい。
「ふん。なかなかやるじゃねーか」
正直、子供と甘く見ていたが、うかうかしていると勝負を持っていかれかねないな。
ブーストをふかし、次の獲物へと迫撃しながら、俺は毒づく。
そう、絶対負けてなんかやらねぇ。いや、負けられない。
なぜなら、豪華なディナーをおごる金など、俺には無いからだ。
あまりの情けなさにテンションが落ちると同時、二機目のMTはライフルの弾に胴体を吹き飛ばされて爆発した。
そしてその爆炎の後ろには、仲間を破壊されて呆然としている奴が一体。
「もらったぁあああ!!!」
ズン・・・
鈍い音と共に、MTが動きを止める。
だが、俺のライフルのトリガーは、半分まで引かれた状態で止ったままだ。
なぜなら―――
「・・・私の勝ち」
MTの腹には、もう一体のACのエネルギーブレードが深々と突き刺さっていたのだから。
 おめでとう、といった教官の言葉を聞く余裕もないほど、俺は勝負をしようといったことを後悔していた。
はあ・・・どっかで金借りるかな・・・
ま、レイヴンになれたんだ。そのくらいすぐに返せるだろうけど・・・やっぱり悔しいな。


「・・・レオ」
「ん、なんだ?」
「・・・これの何処が豪華ディナーなの?」
何処にでもあるファーストフード店。レオとファンタズマが向かい合わせに座っている。
レオのテーブルにはオニギリが三つと湯飲みに入ったグリーンティーが一杯。
ファンタズマのテーブルにはハンバーガーが山のように積まれている。
「そんだけ頼んどいてそれは無いだろ・・・悪かったな。金が無かったんだよ」
「まあ・・・この『はんばぁがぁ』って言うの、嫌いじゃない」
そう言って、ファンタズマは早くも六つ目のハンバーガーの包装を解き、カプリと噛みついた。
「しかし、俺がお前さんみたいな女の子に負けるなんてな」
レオは目の前に座った銀髪を肩口でそろえた少女を見て、呟いた。
「俺もまだまだってことか・・・」
「・・・レオは強い」
ハンバーガーをかじる手を止め、ファンタズマが言う。
「それは嫌味か?」
「違う。レオは・・・強い」
「・・・ま、可愛い女の子にほめられたんだ。素直に受け取っておくよ」
「・・・はんばぁがぁ、美味しい」
「ゆっくり食え。まだこんなにあるんだから」
「・・・うん」
もぐもぐ、と咀嚼する音と、回りの喧騒だけが場を支配する。
「レオ・・・」
「ん?」
「ありがとう」
「俺が負けたんだ。当然だよ」
「・・・そうね」
「こいつ・・・」


「んじゃ、またな。今度は本当に豪華なディナーをおごらせてもらうよ」
ハンバーガーの山をファンタズマが全て平らげる頃には、時刻はすでに日付の変わる寸前だった。
店員に奇異の目で見られながら外に出る。
「何だ、もう負ける気でいるの?」
ファンタズマは、呆れたようにレオを見上げた。
「勝負でレオが勝てば、今度は私が酒をおごるのよ?」
「・・・戦場では、お前さんには会いたくない」
レオは、少しうつむき呟いた。
「俺は、お前さんを殺したくないんだよ・・・」
「馬鹿」
弱々しく語るレオをファンタズマが軽く蹴飛ばす。
「でも・・・なぜだろう。私もレオを殺したくはない」
「・・・はは、まるで絶対にお前さんが勝つみたいな言い方じゃないか」
レオは、顔を上げ、少しおどけて見せた。
だが、握られたこぶしが白くなっているのを、ファンタズマは見逃さなかった。
「・・・馬鹿。お互い様よ。何より、レオは一回負けてる」
「う・・・」
「・・・ふふ。大丈夫。私はレオに殺されるほど、間抜けじゃないわ。レオに殺されるようなら、私の存在意義なんて・・・」
「はぁ?さっきはついって褒めてたくせに、ずいぶんな言い草じゃないか?」
「私は、誰にも負けるわけにはいかないの・・・」
「奇遇だな。俺もだ」
「なら、勝負ね。レオ」
「・・・そうだな。今度は、絶対負けてやらないからな」
そして、二人は顔を見合わせ、笑う。
店の前で笑う二人の変人を、店員が迷惑そうに見ていた。


殺伐とした、人のすんでいる気配のほとんど無い部屋。
それが、レオの部屋である。
剥き出しのコンクリート製の壁、端末の乗った机、簡素なパイプベッド、衣装ダンス。据付のキッチンには、食器すら、無い。
ただ、ベッドの横の壁に、一枚の写真が貼られていた。
「・・・なあ、シエラ・・・」
ベッドに仰向けになったレオは、写真に向かって呟いた。
「今日、面白いやつにあったよ・・・君にすごく似た女だ。髪の色は全然違うけど、あのときの君に瓜二つだった・・・」
そして、自嘲気味に笑う。
「でも、皮肉だよな・・・そいつ、レイヴンなんだぜ?君を殺したのと同じ・・・レイヴンなんだ・・・」
頬を、冷たい涙が伝う。
「復讐するため・・・君を殺したレイヴン達を、一人でも多く殺すためにレイヴンになったのに・・・俺は・・・
君を殺さなけりゃならないのか?
わかってる・・・あいつは君じゃない・・・でも・・・レイヴンだ。レイヴンは殺す・・・でも・・・」
暗い闇の中。レオのすすり泣く声が、静かに響いていた・・・
作者:け〜にっひ。さん