サイドストーリー

Underground Party外伝 Armored Core 2 −The Love Song of Mars−
「・・・で、2ヶ月で着くんだっけ?俺が火星に来た時は5ヶ月だか掛かったんだけどな」
「ええ、LCCの最新型の高速艦だそうですよ。それに、今年は数十年に一度の大接近の年ですから」

両手にスーツケースを抱えながら、ヴィルフール空港の駐車場を歩く2人の男女。
コンコード社の制服を着用したネル=オールターと、それに合わせてかスーツを着込んだ青年だ。
青年の名は、ルクシード=ウァンネス。
彼のもう1つの名は、ルクス――光の名を冠したレイヴンだ。
火星アリーナ6位、"青い流星のルクス"として知られている。
そんな彼が、何故ヴィルフール空港をスーツ姿で歩いているのだろうか。
・・・勿論、飛行機に乗る為ではあるのだが。

レオス=クラインの乱が終結してから4ヶ月。
各地のフライトナーズの抵抗も排除し終え、地球政府が終結宣言も兼ね、セレモニーを開催すると云う。
そのセレモニーに、火星動乱の最功労者であるルクスも招待されたのだ。
セレモニーはルクスの到着に合わせ、70日後に開催されるという。
セレモニーの開催期間中、ACを展示したいとの事で、ルクシードは愛機と共に地球へと渡ることになったのだ。
とはいえ、此処ヴィルフール空港には打ち上げ設備など無い。
ここから軌道エレベーター"ラプチャー"へと航空機で移動し、宇宙ステーション"ハンマーヘッド"へと昇る。
そして、ハンマーヘッドから航宙艦に乗り、地球へと向かうのだ。


「あ、そろそろ到着するようですよ」

ネルの言葉に釣られて窓の外を見れば、遥か雲の上まで聳え立つ巨大な塔が。
高度7000mに設けられた中継ステーションには、ある程度のSTOL性能を持つ機であれば、容易に着陸出来る広さの滑走路がある。
地上から7000mの施設で着陸とは妙な話だが、実際その通りなのだから仕方が無い。

「ラプチャーか・・・」

ふと、かつての戦いを思い出して、溜息を吐く。
動力区画での戦闘で、クラインの残したAI機体の放った弾が動力炉を破壊し、とんでもない額の請求をされたのだ。
他にも大量の機雷に非常に苦労させられた等と、ルクシードにとっては、余り良い思い出のある場所ではない。
そんな彼の表情を察してか、ネルが微かに苦笑を浮かべる。

『当機はこれより着陸致します。安全の為シートベルトの御着用を御願いします』

ふと、着陸態勢に入った事を知らせるアナウンスが、機内に流れる。
慌ててシートベルトを着けるネルを見て、ルクスは思う。
安全の為とは云うが、現代の航空機――それも旅客用の着陸など、殆ど衝撃らしい衝撃も無いだろうに。
第一、普段ACに乗っている身からすれば、少々機体が揺れた程度では危険の内には入らない。

そんなルクスの感慨を他所に、機体はゆっくりと滑走路へと滑り込んでいった。





『もう間に合わない、早く逃げて!!』

ネルの悲痛な叫び声が、通信機から響く。
けれど、レイヴンである彼には判っている。
此処まで来た長い道を戻るには、余りにも時間が足りない。

――クラインは最期に言った。
制御装置を破壊すればフォボスは止まる、と。
しかし、フォボスは未だ落下を続けていると云う。
それが嘘だった、というのが一番もっともな考えだろう。
だが、あそこで嘘を吐く意味など、既にクラインには無かった筈だ。
それに、全力を尽くして死闘を繰り広げた相手に対して、嘘を吐くような人間では無いだろう。
・・・なら、何かある筈だ。

――止まると云うのが、物理的にではないとしたら。
火星に被害を与えない状態になれば、それはフォボスが止まったという事だ。
ということは――

「ネル!!フォボスに何か変化は!?」
『は、はい・・・え?中心部にEN反応・・・? フォボス表面に大量の亀裂を確認!』

思った通りだ。

――フォボスは、爆発する。
フォボスの巨大な質量がそのまま落ちれば、火星は壊滅的な打撃を受ける。
だが、それが爆発し、細かくなってしまえば。
大半は大気圏で燃え尽き、地表に到達する少数の破片も、そこまでの被害を受けることは無い。

「ネル、現在位置からフォボス表面までどの程度ある?」
『約2kmですが――制御装置の部屋のダクトが、地表から約70mの辺りまで続いています』

70m・・・なら。
亀裂が更に拡大すれば、或いは。
間に合わないのを承知で、元来た道を辿るか。
僅かな可能性に賭けて、ダクトを抜けるか。

――そんなもの、最早考えるまでも無い。
可能性が有るのなら、それに縋るまでのこと。
ただ諦めるのは、性には合っていない。
そうして、ダクトの蓋を壊して、機体を飛び込ませた。
暫く自由落下するままに任せた後、ブースターを吹かして落下速度を調節する。
着地の軽い振動と共に、ダクトは直角に曲がり、横へと繋がっている。

「さて・・・後はフォボスの自壊待ち、だね」
『・・・随分、落ち着いているんですね』

まあ、確かにそうかもしれない。
必ず助かると云う保証など何処にも無いというのに、自分の心は殆ど乱れていない。
死が怖くない、等と云うわけでもない。
けれど、何故だろう
本当に、自分の心は穏やかなままだ。

「自分でも不思議だけどね――っと、また揺れたね」
『ええ、再度スキャンします――有りました。30mほど進んだ地点に、巨大な亀裂を確認』

パッ、とモニターに、その亀裂を含めたMapが表示される。
見れば、地表から50m程の深さまで、大きな亀裂が入っている。
20m程度の岩盤――それも、細かい亀裂が大量に入ったものであれば、残弾とMoonlightで十分に砕くことは可能だ。
更に、フォボスは純粋な岩石と云うわけでは無い。
岩石と氷の混合物で構成されている為、密度は低く、通常の岩石を破壊するよりずっと容易だ。

「・・・さて、と」

右手のショットガンと、肩の小型ロケットを次々に岩盤へと叩き込む。
脚部パーツの積載基準量をオーバーして、小ロケを無理やりに積んできたのが役に立った。
もっとも、積載基準量と云うのは、その量までなら安全を100%保障しますよ、というようなものだ。
実際は、脚部にもよるが、基準量から更に2割〜3割程の余裕があるのだ。
左腕のMoonlight――ブレードの中で最高の威力を持ち、その数は希少――が光を放ち、岩石を細かく粉砕する。
・・・Moonlightが、削岩用のパイルバンカー代わりとは随分贅沢な使い方だ。
そんな事を考えながらも、どんどんと岩を砕いて進んでゆく。
このペースなら、間に合うだろうか。
そんな事を考えた直後、ネルの声が響いた。

『中心部のEN反応が急激に増大!!逃げ――』

カッ!!と云う音と共に。
光の奔流が、視界を埋め尽くした。
そして、意識は其処で途絶えた。





ドォ、と炎を吹き上げて、特殊部隊"フライトナーズ"の所属機"ハンタードッグ"の2機目が崩れ落ちる。
AC2機と航空機動部隊を殲滅した後だと云うのに、ルクスのACには目立った損傷が見られない。
所々がパルスライフルの光弾に焼かれてはいるが、戦闘には殆ど支障が無い程度だ。

「・・・そうか、お前がレミルの言っていたレイヴンか。次は俺が直接やるとしよう」

何処から通信を送っているのかは知らないが、フライトナーズの副隊長"ボイル=フォートナー"の声が響いた。
以前、エムロードの施設で遭遇したのも、この男だった。
先日のリーブル海底基地の件といい、どうやら自分は特殊部隊に目を付けられてしまったようだ。
とはいえ、ルクスはLCCに敵対していると云うわけでもない。
依頼主を選ばないルクスのようなレイヴンは、この御時世では割合に貴重な部類に入る。
LCCとて、そうそう排除するという様な行動に出る事は無いだろう。

『――敵勢力の全滅を確認、御疲れ様』

作戦終了を知らせるネルの言葉が流れ、ACのコンピュータが機体を通常モードへと切り替える。
同時に、ルクスはコンソールを操作して、通信を音声のみから映像有りに変更した。
パッとモニターの端にウィンドウが開き、ネルの上半身が映し出される。
綺麗なブロンド色の髪と、整った顔立ち。
その姿は、まるで何処かの令嬢と云っても差し支えない程だ。
ミッション終了後、ルクスはいつも映像有りの通信に切り替えるのだが、これが1つの要因だろうか。
――実際、彼女は地球の某企業のトップの1人娘だったと云う事なのだが。

「ふう。まさかAC2機も来るとはね」
『そうですね。地上・海上の防備が堅かったので、上空から突破しようとしたのかもしれません』

ふとその言葉に釣られて、ACのモニターに移る景色を眺める。
無論、超高層ビルであるジオマトリクス本社ビルの屋上から、地上のMTなどが見える筈も無いのだが。
代わりに、彼の目に飛び込んできたのは。
辺り一面に広がる街の灯りと、それを反射して煌めく大海原。
その光景に見惚れ、ルクスは数瞬の間、時間が止まったかのような感覚を覚えた。
それも当然のこと。
アドイニア海に接するこのジオシティの夜景は、火星一と評されるほどなのだ。

『・・・どうしました?』

怪訝そうに訊ねるネルの声で、ルクスはハッと気を取り戻す。
それはそうだろう。
わざわざ映像通信に切り替えておきながら、何を話すわけでもなく、ぼーっとしているのだから。

「ああ、いや・・・夜景が凄く綺麗で、少し見惚れてたよ」
『ジオシティの夜景ですか。私も機会が有れば眺めてみたいものです』
「そう?なら今週の土曜、一緒にどう?今回の報酬でパーッとさ。丁度組んでから1周年になるし」

ルクスは例によって例の如く、お約束の言葉を掛ける。
初めてのミッションの時から、毎度毎度懲りもせずにアタックを掛けているのだが。
やはり、育ちが良いだけあって、ガードが固いのか、未だ了承の返事がネルの口から出たことは無い。
元より良い返事は期待してはいなかったが、コンビを組んでからもう1年になるのだが、今のところ全滅だ。
回数にして、現在49連敗中。
今回で50敗目の大台に乗る。
流石に、そろそろ哀しくなってくる回数ではある。
今夜は酒場にでも繰り出すかな、などとルクスが考えていると、ネルが例によって困った顔で口を開いた。

『そう・・・ですね。私でよければ、御誘いを受けさせて頂きます』

――残念なことに、記念すべき50敗目にはならなかった。

「・・・へ?」

予想外の返事に、間抜けな音が口をついて出る。
多分、鳩が豆鉄砲を喰らった、という表現を形にしたような顔をしていることだろう。
正直、耳を疑っているところだ。

「・・・何で?」
『・・・自分で誘っておいて、それは無いでしょう・・・』

小首を傾げて訊ねたルクスに、呆れたようにネルが呟く。
それはまあ、確かにそうなのだが。
ここまで連敗が続けば、いっそ50連敗という大記録を打建てたいと思うのは、漢として当然の事ではないのか。
そんな記録が、何かの自慢になるのかなどという無粋な話はしてはいけない。
――ものの本によれば、人間とは数字が大台に乗る事によって満足感を得ることの出来る動物だとか、何だとか。

「あ、ああ・・・詳しい事は、後でメールするから」
『判りました。では、また後ほど』

・・・最初の頃の冷たい反応はともかくとして。
この所、自分はすまなさそうに断るネルの反応を楽しんでいる節があったのだが。
いや、決して断わられた事を楽しんでいたのではない。
そんなMッ気が満ち溢れているような趣味は、自分には無い。
単に、ネルが戸惑っている様子を見るのが楽しみであったのだ。
そのミッションを終えての楽しみが、今日に限って奪われてしまったと云うのだ。
これは、由々しき事態である。
ミッションによって昂った気持ちを、何で癒せと云うのだろうか。
・・・いや、数日後にそれを遥かに超える楽しみが待っているのではあるが・・・。
肩透かしを喰らった気分である。
傍から見ている者が居れば、素直に喜べば良いのに・・・と嘆息する事だろう。
これはこれで、一種の幸せなのかもしれないが。



「うー・・・あと少しか・・・」

きっちりとブラック・タイの正装で決めたルクスが、時計に目をやって不安と期待が綯い交ぜになった声で呟く。
時計は、午後5時58分を示している。
待ち合わせは、6時に此処、コンコードシティ西ゲート駅前だ。
ちなみにコンコードは就業時間9時間+1時間の昼休みだそうで。
ネルは基本的には8時出勤の6時終業だとか。まあ、今日は休みと云う事だけど。
企業からの依頼を処理する部署やアリーナ関係の部署、担当レイヴンのミッションが入っているオペレーター等は例外らしい。
特に、緊急の依頼に対応する為、夜間出勤のシフトがあり、深夜ですら数百人もの社員が居るらしい。
その為か、コンコードの社屋から明かりが消える事は無いと言われている。

・・・それはさておき、時計の針は6時03分まで進んでいる。
先程もバスが到着していたが、降りてきた乗客の中に、ネルの姿を見つける事は出来なかった。
ルクス自身は時間にうるさいと云うわけでも無いのだが、ネルはオペレーターという職業柄か、時間には正確な筈だ。
まさか約束をすっぽかすような性格でもあるまいし、何かあったのだろうか。
それとも実は既に到着していて、こちらを探しているのかもしれない。
いやいや、もしかしたら――

「・・・お待たせしました。少し遅れたようで、すみません」

予測される様々な事象に悶々と悩んでいたレイヴンの背中に、聞き慣れた女性の声が掛けられる。
待ち人の到着を知らせるその声に、ルクスは思考を即座に対女性モードに切り替えて、振り向いた。

「いや、俺も今来たところ――」

そんなベターな台詞だが、ルクスはその全てを言い終えることが出来なかった。
目の前に立っていた女性の姿に、目を奪われてしまっていた。
肩の開いた、深みの有る黒いロングドレスを纏ったネル=オールター。
季節柄か、同色の光沢のある生地のショールを掛けており、合間から覗く白く滑らかな肌が、その黒と対比されてより際立って見える。
抱き締めたら折れてしまいそうな、細い肩に広がった長く艶やかなブロンズ色の髪が、それに彩りを添えている。
更に、軽く開いた胸元と、そこに下がったペンダントが女性らしさを強調している。
その姿は、至って健康な青年であるルクスを見惚れさせるには、充分過ぎるものであった。
いや、確かにどのような容姿をしているかは、毎度の通信で理解してはいたが。
それは常に、青を基調としたコンコード社の制服を着用した姿であり、それ以外の姿を拝むことは初めてである。
・・・まあ、私服で仕事をしているオペレーターが居たら、それはそれで大問題であるが。

「あの・・・何処か可笑しいでしょうか・・・?」

ジッと見詰められていることに不安を覚えたのか、おずおずと口を開く。
その言葉に正気に戻り、慌てて言葉を紡ぎ出す。
フライトナーズのAC2機を相手にしても、全く動揺しなかった男と同一人物とは思えない光景だ。
ちなみに、やっぱり明るい色の方が良かったかな・・・というネルの呟きは、ルクスの耳には入っていない。

「いや、そんなことないよ。綺麗だよ、うん」
「有難うございます。・・・男性と御一緒するのは初めてでしたので、少し心配だったのですが、安心しました」

と、はにかんだような笑顔を見せるネル。
落ち着いた大人びた服装とのギャップが、また初々しく何ともいえない。

――・・・可愛い、可愛すぎるっ!
主よ、こんな素敵なオペレーターと巡り合わせて下さったことを感謝致します。
彼女と上手くいくよう、今後とも宜しくお願いいたします、Amen。

心の内でガッツポーズを取り、信じてもいない神へと感謝の言葉を捧げる。
放っておいたら感激の余り涙でも流しかねないのではないだろうか。
そんな自らの担当レイヴンの姿に、ネル=オールターはキョトンと小首を傾げるばかりであった。



コンコードシティ郊外の飛行場から、高速機で約1時間。
火星最大の砂漠、バレルド砂漠と、テラフォーミングによって出現したアドイニア海を越えて、2人はジオシティへと到着した。
デートの為に超音速機をチャーターすると云うのも、莫大な資産を持つレイヴンならではだ。
実際、中堅クラスのランカーであるルクスにとって、この程度の金額など何でもないといえよう。
ミサイルの2・3発も節約すれば、それだけで充分お釣りが来るのだから。
ネルに左程驚いた様子が無いのは、やはり元・社長令嬢であるという過去が大きい要因だろうか。
レイヴンよりも数が少ないと云われる第一級渉外官といえども、流石にレイヴンとは金銭の単位が違う。
そうそう航空機のチャーターなど経験する機会もない筈だ。
空港から目的の店へと向かう手段が、タクシーではなくハイヤーという辺りも、中々に豪華である。
そのハイヤーの車内では、中々に良い雰囲気で会話が交わされていた。
まあ、実際に会うのは初めてとはいえ、レイヴンとその専属オペレーターという仲である。
話題など幾らでも湧いて出るのだ、当然である。
また、モニター越しの会話と直に会うのとでは、やはり違うものがあるのだろう。
海際の高層ビルへと車が近付くにつれ、車内の会話も弾んでいった。



「・・・わぁ・・・」

ルクスが予約していたのは、窓際の一番景色の良い席。
そこに案内され、ネルは目の前に広がる夜景に思わず感嘆の声を漏らした。
それほどに、この高層ビルの最上階にあるレストランからの眺めは、壮観であった。
色とりどりの宝石をばら撒いたかのように広がる、そんな街の光景。
そして、それとは対照的に、深い闇に包まれながらも、陸の光を映して煌くアドイニア海。
ジオマトリクス社の本拠であるこのジオシティは、これを考慮して設計されたわけでもあるまいが――
見る者に、そんな気を起こさせるには充分な、見事な夜景を誇っていた。

・・・しかし、当のルクスはそれどころでは無かった。
テーブルには、所狭しと並ぶ大量のフォークにナイフにグラス。
知識としては、本格的なフルコースという物がどんなものか知ってはいたが、いざ目の前にすると、その量に圧倒される。
レイヴンという高収入な職業柄、このような店に入る事は珍しくは無いし、現にルクスは幾度も経験済みではあるのだが・・・。
と、アペリティフを楽しみながらメニューを見ているネルの様子に目をやる。
元々は社長令嬢であったというネルの事、テーブルマナーは恐らく完璧であろう。
そのネルの前で恥を掻いては堪らないと、前日に『テーブルマナー:上級編』等という本を購入して予習していたのだが。
・・・矢張り、幼少からテーブルマナーを仕込まれているであろう相手の前では、気後れしてしまう。

余談だが、料理の注文を終えた後、ネルはソムリエとワインについて何事か会話を繰り広げていた。
ルクスもワインは良く飲む方だが、流石に何処産の何年物の何が如何等という会話をされても、正直判らない。
どうも、ネルはワイン好きであるらしい。
ちょっと意外な一面を発見である。

まあ、結局は何事も無く食事は進んだのだが。
優雅かつ上品に食事を採るネルの姿は、まさに何処かの深窓の御令嬢といった様子であった。
いや、実際にそうだったのだから、ルクスがそう思うのも仕方の無いことだろうが。
そして、食後のティータイム。
勝負は、ここからである。

「・・・バー、ですか?」
「ああ、少し歩いた所に良い店があるんだ。俺も一回入ったことがあるけど、中々雰囲気の良い店だったよ」

いかにもその手の店に慣れているような口振りで、ネルをバーへと誘うルクス。
・・・嘘は言っていない。
そう、確かに一回入った事はあるのだ。
――デートが決まった日の夜にではあるが。

「どう?」

少し悩んでいるネルに、答えを促すように視線を送る。
物の本によれば、此処での返事がデートの成否の分かれ目だとか、何だとか。
まあ、それはさておき。

「そうですね、折角ですから御一緒させて頂きます」
「そか、じゃあコレ飲み終わったらで」

表面は努めて冷静だが、内心では今にもガッツポーズを取って雄叫びでも上げそうな程に舞い上がっていた。
自分に好意を持ってくれているのか、箱入りで育ってこの手の知識が無いのかは知らないが。
まあ、そうと決まればレッツゴーってなものである。
早々に会計を済ませ、ジオシティの繁華街を歩いてゆく。
目的のバーは、10分ほど歩いた所にある。
頭の中ではあれやこれやとバーでの会話をシミュレートしながら、ルクスは無難に食事の内容などの会話を振る。
先程の店の話題で盛り上がる2人の姿は、何処にでも居そうなカップルにしか見えない。
彼らがレイヴンとそのオペレーターだとは、一体何処の誰が気付くだろうか。





――・・・イ・・・ン・・・

・・・暗い。
此処は、何処だろう。
何も見えない、漆黒の闇が辺りを包んでいる。

――レイ・・・ヴン。

・・・煩い。
頭が、ガンガンする。
割れそうなほどに、酷く痛い。
誰かが、一寸先も見えぬ闇の中から問い掛けてくる。

――お前は、何を望む?

・・・生を。
そして願わくば、幾許かの休息を。

――お前は、何処に行きたい?

・・・知れた事。
自分を待っている人の所へ。
ネル・オールターの傍へと。

――・・・ふ・・・ならば・・・貴様と話す事は無い。

待て、お前は――

ぐわ、と意識が現実へと引き戻される。
その最中、僅かに見えたのは、ある人間の背中。
それは、理想を追い求めた末に死んでいった、1人のレイヴン。
そのレイヴンは、かつてナインブレイカーと呼ばれ、人々の希望であり、憧れだった。
目を覚ます瞬間、何処か――クラインは笑っていたようにも思えた。



「――っ」

反射的に目を閉じ、僅かに呻く。
目を開いた瞬間、照明の蛍光灯の光が、目を射抜いたのだ。
そうして、ゆっくりと目を鳴らしながら開いてゆく。
清潔な白い天井が、此処が何処かの病室であろう事を知らせてくる。

「くぁ・・・」

少し身体を動かしただけで、痛みが走った。
何処が痛い、というのではない。
身体中、あちこちが大なり小なりの痛みを伝えてくる。
けれど、その痛みはぼんやりとした意識の靄を払い、脳をすっきりとさせてくれた。

「ああ――生きてるな、俺」

呟いて、再び軽く目を閉じる。
もう一度目を開くが、そこに映る光景は先程と変わらない。
再び身体を動かすと、全身に痛みが走る。
だが、その痛みが生きていると実感させてくれる。
身体を包んでいる温かさは、布団だろうか。
ベッドに寝かされているのだろう、身体を動かした時、僅かにスプリングの軋む音がした。

「――ん?」

ふと、腹部に違和感を覚えた。
僅かにそこだけが、他よりも温かい。
そういえば、何かが乗っている感覚がある。
確かめようと、痛む身体を無理やりに動かして、顔を上げる。
それは。

「ああ――」

それは、美しいブロンズの髪を持った女性の頭。
軽く腕をクロスさせ、それに顔を埋めるようにして眠っている。
・・・ずっと付いていてくれたのだろうか。
その顔は、僅かに疲労の色を宿していた。

「――ただいま、ネル」

彼女を起こさぬように、小さい声で呟いた。
ゆっくりと腕を伸ばし、その綺麗な髪を手で掬い、柔らかな頬を軽く撫でた。
・・・彼女が起きるまでは、こうしていよう。
こんな、優しい時間は、久し振りだから――








後書き。
|_・)ノドモー。
前条で御座います。
ちーと短いですが、区切り的に此処で。
先に白状します。
この外伝、濡れ場有ります。
しかもそれなりに長い、というか1話丸々濡れ場で埋まr(核
投稿する方はカットすることになると思いますけどね(苦笑
作者:前条さん