サイドストーリー

憐れみの歌 〜Requiem〜
人は、傲慢だった。
地球上のあらゆる資源を吸い尽くし、自分勝手に『指導者』を創り、自分勝手に『指導者』に逆らい、消す。
かつては楽園と云われた『地上』が復活しているとも知らずに。
ただ支配がしたいがために、殺し、奪い、死ぬ。
そんな存在に、一人の女が罰を与えようとしていた。


”わたしは全てを支配し、統括するもの・・・あなたに・・・あなたに何がわかるっていうの!?”


二つのACの残骸がある。
それらは管理者部隊のものだった。機体の各部に空洞があり、内部のパイロットは絶命している。彼らは、管理者へと続く扉を守護していた。
今、その扉の奥で運命が変わろうとしているのだ。

「浮遊型MTの数が多すぎる・・・パール、管理者はシールドを張っている。どうすればいい?」
一つのACが、管理者の部屋で激戦を繰り広げていた。
「ピート、管理者の少し下にEN供給ユニットがあるわ。それを破壊すれば管理者の活動は停止するわよ」
パールと呼ばれたオペレーターが答えた。
「管理者の下のEN供給ユニットだな」
度重なるMTの攻撃を避けながら、ピートと呼ばれたレイヴンは答えた。
一つ、また一つとMTが撃墜されてゆく。
丁度よくこの部屋には多数の足場が浮かんでいる。
その中の一つにピートのACロックボトムは器用に飛び乗った。MT部隊の攻撃に反撃しながら、足場は上昇していく。
「この辺りだな」
ロックボトムはバズーカで狙いを定め、撃った。だが、柱は無傷だ。
「なかなか堅いな」
もう一度撃つと、少しひび割れた。
「あと一発ってとこか」
撃つ。それは見事に柱の外殻を貫き、EN供給ユニットに直撃した。
「・・・EN供給率低下・・・」
この部屋のスピーカーから警告が聞こえてくる。
「緊急事態発生・・・ロックを解除します」
意味深な言葉が漏れ出た。
「ロックを解除?パール、何事だ?」
彼も思わずそう聞いていた。
既にMTはいなくなっている。
「わ、わからないわ。おそらく誤作動で何かのロックがはずれたのだろうけど・・・EN供給ユニットが破壊された程度でなるものなのかしら」
突如轟音が轟き、ロックボトムは頭上を見上げた。
管理者が爆発したのだ。ロックボトムはかろうじて吹き飛ばされなかったが、大きくバランスを崩し、足場から落下した。
「ピート!どうしたの!?」
オペレーターが悲鳴を上げる。ロックボトムは無事着地した。
「大丈夫だ、管理者が爆発・・・」
突然、ピートは寒気を感じた。
「何かいる・・・」
彼はまだ気づいていないが、悪寒の元となったそれは、ロックボトムを見下ろしていた。
「・・・殺す」
それが、喋った。管理者があった場所から。
「何?何がいるの?ピート」
「わからない、ただ・・・」
ピートもパールも混乱している。
「殺す」
それが、上空から襲いかかってきた。
「上か!」
ピートはそれに気づき、バズーカを構えようとした。
レーダーには、青い光点が標され、UNKNOWNの文字が表示されてあった。
「くっ!」
バズーカを撃った。
しかし未確認生命体が腕を一振りすると、砲弾はいとも簡単に打ち払われた。
「何っ!?」
再度バズーカを撃つ暇もなく、未確認生命体がロックボトムに体当たりをし、機体は床に激突した。その衝撃で、ブースタを壊される。
「やばい!」
ACの3〜4倍はあろうかという体格だった。鎧のような筋肉、という表現があるが、これはまさにそれだった。
人間と同じように筋肉の筋が入っていて、焦げ茶色の肉体を持つ。背中や腕はも幾つもの突起物が生えている。
薄暗いこの部屋に光る二つの真紅の光点は眼だ。異常に大きい肩、腕、上半身。そのせいで下半身は細めに見える。
控えめに見ても、逆三角形の水泳選手のような体だ。
人型といえば人型なのだろうが、それが何か、と聞かれるとこう答える。
鬼、と。
だが、生体反応はない。機械かといわれればそんな気もするが、生物だといわれてもそんな気のする、不思議な物体だった。
しかし、ピートにそんなことを考えている余裕などない。
あるのは、恐怖。
未確認生命体はそのままロックボトムに馬乗りになり、咆哮した。
「ゴアアアアアアァッ!!!」
耳障りな音と共に室内が振動し、あらゆる機器が砕け散り、非常ベルが鳴り響く。
その原因となった未確認生命体の至近距離にいたロックボトムも無事ではすまなかった。
パイロットは失神し、機体各部の可動部は引きちぎられ、外部装甲に亀裂が生じ、コアと脚部が両断され、腕部はなくなっていた。
「ピート・・・ザーザー・・・どうしたのザー・・・ピー・・・ガー・・・」
通信機も使い物にならない。
「殺す・・・殺す・・・殺す」
死の宣告をし、その広い掌でロックボトムのコアを掴むと、万力より遙かに強力なその握力で握り潰した。
その部屋は、静かになった。


”無理なのよ・・・全能なんて。あいつらの勝手なエゴのために・・・わたしの・・・!”


翌日、グローバルコーテックスに一つの依頼が入った。

依頼名:未確認生命体捕獲
依頼人:ユニオン 
先日、中枢に侵入したACが大破し、パイロットが死亡するという事故が起こった。
そんなことは日常茶飯事だという人間もいるが、それがどうもおかしい。
そのレイヴンは管理者の破壊を目的とし、何とか目標を達成したそうなのだが、何者かの攻撃を受け、通信不能になってしまったのだ。
それはおそらく未確認生命体だ。
今だ管理者の部屋に巣くっている。だからあの部屋からのデータ採取ができないでいる。
そこで、我々はその未確認生命体を排除しようと考えたのだが、貴重なサンプルにもなる。
よってそれを捕獲してきてくれ、といいたいのだが、例のレイヴンのオペレーターからの情報によると、
その未確認生命体というやつは相当手強いらしい。
死体でも構わん。とにかくサンプルを持って帰れ。成功報酬は200000Cだ。
以後、その未確認生命体をQ−001と名付ける。
詳しい任務内容は輸送機の中で聞いてくれ。

その依頼を受けたレイヴンは、たった一人だけだった。
彼の名はリオ。ブレード使いとして有名なレイヴンだ。ショットガン&月光という戦闘スタイルで、思い切った軽量級ACに乗っている。
アリーナにしか参加せず、依頼を受けたのはこれが初めてだった。
その武勇伝を一つ挙げるとすれば、ブレードのみでエグザイルを数秒で倒したという事実だ。
何故彼がその依頼を受けたかというと、純粋な戦闘意欲、とのことだ。
「私がオペレーターを務めるレイン・マイヤードと申します。よろしくおねがいします」
今、輸送機の中でリオは目的地へと向かっていた。初めてオペレーターというものの存在を感じて、リオは多少緊張していた。
「こ、こちらこそよろしく」
リオの住んでいる住居区から中枢までは三十分ほどの時間を要する。その間で依頼の詳細を熟知しなければならない。
「まず、Q−001・・・何のことかわかりますよね?」
レインが聞いてきた。
「ああ、未確認生命体のことだろ」
「そうです、まずはその戦闘能力を把握してもらうために、五分ほどの短いビデオを見てもらいます。
ここで恐怖を感じたとしても、逃げられませんよ」
「逃げる気はないけどな」
自信満々の様子で彼は言ってのけた。
「そうですか」
今彼らがいるこの部屋は、機械類が山のようにあった。部屋の隅の方に、テレビがある。それでビデオを見るのだ。
レインが一つのビデオテープを手に取ると、テレビのそばにあるビデオデッキに差し込んみ、テレビの電源を入れた。
「少し映りが悪いですが、我慢してください」

三体のMTの姿が映し出された。重装備の、スクータム改良型だ。
大砲を撃ってはいるが、その砲弾は画面の左端から右端へと飛んでゆくので、何に対して攻撃しているのかわからない。
すると突然、一体のMTに化け物が接近して、一瞬で薙ぎ倒した。そのまま空中に飛び上がり、もう一体のMTの頭部に着地、そして粉砕。
最後の一体は距離を取ろうと後退したが、化け物の腕が30m程伸びてMTを殴り飛ばした。
一瞬で三体のMTを撃破し、次なる獲物を探すその姿はまるで悪魔の様だった。
いや、悪魔なのだ。
真紅の瞳がこちらを向いた。画面越しでも悪寒を感じずにはいられない。
そしてその口が開いたかと思うと、画面がぶれ、砂嵐と呼ばれる画面へと移行した。

流石のリオも、言葉がなかった。今回に関しては。
「何か質問はありますか?」
少し躊躇いがちにレインは聞いてきた。
「・・・最後に化け物が口開いたけど・・・何で急にカメラ壊れちまったんだ?」
今のビデオを見た者なら必ず聞く質問だろう。
「・・・例のACのレイヴンはピートというのですが、そのオペレーターであるパールと私は友達なんです。パールが言うには・・・音波攻撃、と」
「音波攻撃?」
「声は空気を振動させて伝わるものだということは知ってますよね?それの応用です。
Q−001は超強力な音響の声で空気を振動させ、その衝撃で物を破壊することができるのです。例のACもそれでやられました。
つまり、Q−001は標的に触れずとも攻撃することができるのです。しかも通常の武器に見られる使用回数というものは存在しません。
無限攻撃、そして無差別攻撃、さらに全範囲攻撃です。・・・避けることは、不可能です」
リオは愕然とした。
「どうやって倒せってんだよ・・・」
「それは私たちが何とかして考えました。その音波の振動を同等の振動力で相殺すればお互いにダメージはなくなります。
後は、あなたの得意とする接近戦で何とかしてください」
レインは簡潔に説明した。
「その相殺するってのはどうやってやるんだ?」
「トランジェーサー・・・つまり振動機です。それをACに積みます。それを発動させると、周囲の空気を振動させることができます。
ただ、現在のAC強度ではそのトランジェーサー自体の振動によってダメージを受けてしまうのです。
コクピットには防音設備を施し、各パーツは防御力を強化してあります。
そしてOP−N/SCRと呼ばれる特殊オプショナルパーツを提供しますので、それも装備してください。
そうすれば、結果的にQ−001の声によるダメージを70%カットできます。」
レインは淡々と話す。
「いつの間に俺のACに・・・」
リオはユニオンの手際の良さに少し驚いていた。
「Q−001は実弾武器にかなりの耐性があるようです。したがって、EN兵器を使用してもらいます。
その武器はこちらで開発しました。あなたは主にブレード主体のレイヴンですので月光を遙かに上回るブレードです。・・・これです」
そう言ってレインは、手に持っているファイルから一枚のプリントを取り出した。

GLB−HEVENSROD
消費EN 622
重量 1359
攻撃力 3290
敵発熱量 275
使用時消費EN 9720
ブレードレンジ 7

「ヘヴンスロッド・・・?いや、これ重すぎやしねぇか?確かに威力はすげぇけどよ・・・めちゃくちゃなステータスだな」
リオは喜んでいるのか悲しんでいるのかわからない表情をしていた。
「右腕武器やインサイドを外せばこの武器を装備してもそれなりの機動力を確保できます。そうでなければQ−001に勝つことは難しいです」
「ブレードオンリーかよ・・・」
リオは落胆しているように見えるが、その瞳はきらきらと輝いている。正直を言えばそのブレードで早く何かと戦いたいのだろう。
「・・・ま、ここまで来たらやるしかねぇよな」
開き直った様に見せかけてはいるが、最初から落ち込んでいなかったことは誰にでもわかる。わかりやすい性格だな、とレインは思った。
少しの、沈黙。
「・・・説明終わったのか?」
彼が口を開いた。
「ええ、特に聞きたいことがなければ・・・」
「ふーん」
するとリオは彼女に背を向けて、歩き出した。
「何処に行くのですか?」
リオは振り返り、
「トイレだよ、トイレ」
そしてまた背を向けた。
リオが扉の前まで行って、立ち止まった。
「・・・そうそう、Q−001のQってなんの略だ?」
振り向きざま、そう聞いてきた。
「QUEENの略だと聞きました」
「QUEEN・・・だったらQ−001は女だと?」
「パールから聞いたのですが、Q−001は言語を理解することができるそうです。
それで、ただ『殺す』、としか喋らなかったらしいですが・・・その声は女性のものだったと」
「・・・じゃぁ話しかけたら答えてくれるかな?」
レインがびっくりした顔で首を横に振った。
「無理です。今まで一度もコンタクトに成功した人はいないのですから・・・あれはもう戦って殺すことしか考えていません」
「無理・・・か」
リオは扉を開けて、その奥へと去っていった。


”今まで孤独で・・・寂しかった。やっと話ができる人が来たかと思ったのに・・・その人はわたしに銃を向けたのよ!?”


最強のブレード使いレイヴンを乗せた輸送機から、ACが一つ、投下された。
AC名ツェアライセン。過去最高の剣術を従えて戦場に降り立った。
「中枢って初めて入るんだけど・・・静かだな」
リオが何気なくつぶやいた。
「ええ・・・Q−001は今のところ活動を停止しています。
ですが、部屋内に入れば覚醒するとの情報がありました。・・・侵入を開始してください」
「りょーかい」
気の抜けた返事をすると、ツェアライセンは進み出した。

本当に、静かだった。何も作動していない。何もレーダーに映らない。
ほとんどの罠は破壊され、MTの残骸が辺りに四散している。このあたりまでは侵攻は成功していたのだ。リオは何もすることがなかった。
「暇だな・・・こちらリオ、報告・・・何もありませ〜ん」
「こちらレイン、やっぱりそうですか・・・あれからは何も変化がないようです。もう少しすれば管理者の部屋の扉が見えるはずです」
しばらくして、天井が高く、柱が数本立っている部屋に辿り着いた。リオは前へ前へと進んでゆく。
が、リオは辺りに無数の残骸が転がっていることに気づいた。
「おい、レイン。この部屋には戦闘の跡があるぞ?何だこれは」
「管理者への扉を守護していたのです。ピートさんとの戦いの跡です・・・そろそろです。トランジェーサーのスイッチをONにしてください」
「おお」
モニターのすぐ近くにあるレバーを手前に引くと、エクステンション、すなわちトランジェーサーが発動する。
きぃいいん、と高い音がし、周囲の空気が振動する。ツェアライセン自体には何の損傷もないが、微妙に周りの壁や柱に亀裂が生じ、砕けてゆく。
「すげぇな」
「そのトランジェーサーはオートですので、Q−001の音波攻撃の波長に合わせて出力を自動で調整してくれます。
最大でも音波攻撃を防げるのは70%までだということを忘れないでください。
それでも至近距離で受けてしまえば多大なダメージをもらってしまうことに気をつけてください。
・・・扉を開けてください」
「おし」
ツェアライセンが扉を開くためにスイッチを押した。
扉がゆっくりと開いていく。中は真っ暗だった。
リオはその奥をのぞき込もうとした。
心臓が、跳ね上がった。
目の前に、真っ赤に輝く二つの眼がある。それが、彼を睨んでいた。
「殺す」
鬼が告げた。
ツェアライセンとの距離は、数m。この距離で音波攻撃を受けてしまえば致命傷になるのは必至だ。
「マジかよっ!」
ブースタを使って一気に後退する。
が、鬼はそれを逃がさない。伸縮可能な腕が伸び、掴みかかってきた。
リオは迷わずHEVENSRODを発動し、斬る。見事に両断された右腕が地に落ちた。
そしてさらさらと瞬時に風化していったが、彼はそれに気づいていなかった。
「すげぇ斬れ味だっ!」
斬った彼自身が驚いている。Q−001は少し表情が曇ったかの様に見えたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
その表情を見て、レインが困惑した。
「・・・笑った?リオ、やはりこの生物は相当高度な知能を持っています!気をつけて!」
ツェアライセンは充分に距離を取ると、ブレードを構えた。
リオは今気づいたが、その刀身は相当の大きさを持っていた。従来のブレードのように棒状のものでなく、
西洋の神話などに出てくる両刃剣だった。それは黄色に光り輝いている。
「さすがに重たいだけあるな」
威力、外見などを総合しての意見だった。
Q−001は切断された右腕を凝視していた。先程うかがえた笑みはもう消えている。
そして突然、それは起こった。
鬼の右腕の切断面から、銀色に輝く塊がどろりと出てきた。それが掌の形になり、手首も生えてくる。色が銀色から褐色に変わった。再生した。
「やっぱりこのへんは化け物なんだな」
HEVENSRODを構える。化け物がツェアライセンを睨め付ける。
口を、開けた。
「グオオオオオオォッ!!!」
咆哮した。それと同時にトランジェーサーが出力調整を行う。
ぎいいいいいいいいいっ、とエクステンションが揺れ始め、コクピット内にもその振動が伝わってきた。
「オオオオオオオオオオオッ!!!」
鬼の音波攻撃とトランジェーサーの振動波が互いにぶつかり合い、相殺される。
だが、その出力はQ−001の方が一枚上手だ。相殺しきれなかった分のダメージがツェアライセンを襲う。
「どわああっ!」
ACが激しく揺さぶられ、装甲が衝撃を受ける。
「オオォォ・・・」
咆哮が止んだ。どうやら永久に攻撃し続けることはできないらしい。
なぜなら、そんなことが可能だったらずっと叫んでいれば簡単に敵を排除できるからだ。
コア内に搭載されている耐久力ゲージの数値を見てみると、ダメージはたいしたことはなかった。
「・・・ユニオンさんのおかげってか?」
体勢を立て直し、ブレードの先端をQ−001に向ける。
どうやら音波攻撃は連射できないようだ。
「かかってきやがれ!」
と、いいながらツェアライセンが突進する。Q−001に動きはない。
ツェアライセンが鬼の目の前まで接近すると、急に移動コースを変えた。
目前でルートを切り換えると、相手の視界にはACの姿は消えたように見える。
鬼の真横に回り込んだACは、標的を確実に倒すため、全生物共通の弱点である首を切断することにした。
剣を突き出すその瞬間、振り向いた鬼の右手に受け止められた。
刀身を受けたわけではなく、柄の部分であるブレードの本体を直接掴んだのだ。
「やべぇ!レイン、トランジェーサーの出力調整を手動にさせたい!どうすればいい?」
「えぇと、エクステンションレバーのすぐ右に・・・」
「これかっ!」
彼はエクステンションレバーの右側にあるスイッチを押し、オートモードから手動モードに切り換えた。
「で?どうやって出力上げるんだ?」
Q−001は左腕の肘についている刃のような突起物で、ツェアライセンのコアと脚部を切り離そうとしてきた。
「どうやって・・・わっ!」
その刃は空を斬った。ツェアライセンはブースタを使って上空にACの両足を持ち上げ、
鬼に掴まれたブレード本体を支点とする逆立ちのような体勢になっていた。
「あぶねぇあぶねぇ・・・」
「大丈夫ですか?!エクステンションの出力調整はレバーを少し持ち上げれば出力切り換えモードに移行します!
・・・あ、最大までやったらまずいことに・・・」
リオはエクステンションレバーを持ち上げると、作動音がしてモニターの隅に出力表示のメーターが表れた。
「これでも喰らいな!」
リオは一気にレバーを倒した。メーターが最大限まで上昇した。
Q−001は追撃を加えようとしたが、突然の衝撃に吹き飛ばされた。
「はっはっは!ざまぁみろ!」
ツェアライセンも衝撃に吹き飛ばされ、あまり無視できないダメージを負ってしまった。
一時的にトランジェーサーの出力を最大まで上げ、すぐに引き戻したのだ。
Q−001には何が起こったのかわからなかっただろう。
「もう!無茶しないでください!」
トランジェーサーを急激に出力を上げたり下げたりしたことによって、右肩に装着してあった方のエクステンションは使い物にならなくなっていた。
「まぁいいじゃねぇか・・・左が残ってるんだし」
危うく死ぬところだったのだが、壁に叩きつけられてもリオは平然としている。
「やっこさん結構なダメージを受けてるぜ・・・まだ眼は生きてるがな」
Q−001は床に倒れたまま、起きあがろうとしない。
体中に亀裂が走っていた。だが、その眼光は少しも衰えていない。
そして、想像通りの現象が起きた。
再生だ。亀裂から銀色の液体が溢れ出て、見る見るうちに全身の傷を修復する。
「マジであの能力はやっかいだな・・・なんとかできないか?レイン」
「・・・生物である以上、心臓又は脳の機能を停止できれば何とかなるはずです。基本的に生物の弱点といわれている場所を攻撃してください」
「まんまだな・・・」
既にQ−001は体勢を整えている。ツェアライセンも臨戦態勢に入り、身構える。
「殺す」
Q−001は呟いた。
鬼の背中の気門が周囲の空気を圧縮し、噴射する。
ACの使うブースタの代わりになるものだが、消費するエネルギーなどありもしないし、『壊れる』といった心配もいらない。
瞬く間に距離を詰め、ツェアライセンに肉迫した。
「力任せじゃないんだな」
Q−001が前傾姿勢から右腕を突きだし、肘にある突起物で斬りかかってきた。
それをリオはHEVENSRODで冷静に受け止める。高熱の刀身で鬼の刃を焼き切れると予想されたが、それは不可能だった。
ぶすぶすと物体が焦げるような音はするのだが、Q−001の刃は一向に溶解しない。それどころか両刃剣が押し返されている。
「やっぱりすげぇ腕力だ・・・だがよ、それ以上の力を味わったことねぇだろ?」
ツェアライセンがオーバードブーストを起動した。エネルギーが蓄積されてゆく。
ぐぐっ、と鬼に押され始める。
「もうちょい・・・」
そして、発動した。
あと少しで押し負けそうだったツェアライセンの腕力が、急激に増幅した様に鬼には感じられただろう。
通常オーバードブーストというものは高速移動のために使用される。しかし、リオはその推進力を『押し合い』に使ったのだ。
並はずれた高速を生み出すための装備は、鬼の刃を断ち切った。
「見たか!俺のテクを!」
リオが自画自賛する。
「Q−001に隙ができました!もう一撃与えてください!」
「そうせかすなってば・・・」
焦るレインに彼は極めて冷静に応対する。
オーバードブーストを解除しないまま、刃を両断した勢いで鬼の首を狙う。
「もらった!」
リオは勝利を確信した。
しかし、希望の剣戟は何も斬ることができなかった。
鬼は首を引っ込めたまま、言った。
「殺す」
Q−001の口内が発光しだし、緑色の光子が集束された。
「まさか・・・」
そしてそれを吐き出すと、一直線にツェアライセンのコアを目指して突き進んだ。
「うぉぉぉっ!!!」
彼の反射神経は常人離れしたものだった。
ブースタで機体を横に傾け、間一髪でコアに直撃することだけは阻止できたが、右腕に当てられた。
右腕パーツは吹き飛び、緑色をした光と共に爆発した。
その腕に気を取られた隙に、鬼の拳が打ち込まれた。
今度は逃げずに両刃剣で受け止めたが、やはりHEVENSRODで受け止めても、びくともしない。
「・・・けっ、学習能力のねぇ野郎だ」
再びオーバードブーストを起動する。
「ダメです!Q−001の学習能力を甘く見ては・・・!」
レインが絶叫するが、もう遅かった。
鬼が、嘲笑った。
そしてオーバードブーストは発動する。
今度は何も起こらなかった。Q−001も気門を使って推進力を利用していた。
力は、同等。いや、わずかにQ−001の方が優勢か。
「たいした学習能力をお持ちで・・・」
リオがぼやく。
鬼が左腕を振り上げる。完全に潰す気だ。
だが、ツェアライセンは力をかけるベクトルを斜めにずらした。
その結果、ツェアライセンは鬼の左脇下をすり抜けることに成功した。鬼はそのまま前のめりにバランスを崩し、拳を柱にぶつけた。
その柱は表面が陥没し、粉砕した。
がらがらと残骸が落ちてくる中、溜まっていた埃が立ちこめ、鬼は標的を見失った。
どこを見回しても、人型機械の姿はない。さては柱の陰に隠れたか、と考え、慎重に捜索し始めた。
ツェアライセンは、先程倒壊した支柱の天井付近に、柱を両足で挟んで機体を安定させ、息を潜めていた。
Q−001の動きを観察しているのだ。
鬼がツェアライセンのしがみついている柱付近に近づいた。
「そろそろいいかな・・・」
リオはそうつぶやき、柱から足を離した。
支えを失った機体は、すぐ下にいるQ−001へと落下していく。それに、鬼は気づいた。
顔を上げたが、間に合わなかった。
ツェアライセンは落下中に構えた剣を、鬼の顔面めがけて切っ先を伸ばした。
Q−001の顔面に突き刺さり、体内を貫通し、股間からHEVENSRODの金色の先端が露出した。
機体の全体重をかけた一撃は、見事に鬼を串刺しにした。
ツェアライセンがブレードを解除して、床に降り立った。
「やったか?」
Q−001も床に倒れる。
銀色の液体は、出てこない。
「・・・どうやら活動を停止したようですね。今からそれを回収しに来させます。待機していてください」
レインが言った。
「・・・ふう」
リオはため息をついた。

大型のトレーラーが数台やってきた。Q−001を運び込むのだろう。
「・・・こちらトレーラー、今からサンプルを回収します。機体の損傷はどうですか?」
トレーラーの運転手が話しかけてきた。
「見りゃわかるだろ。右腕なくて各部装甲にヒビ入ってて無事なわけねーじゃん」
リオはさも面倒くさそうに答える。
待機していた工作員達が一斉にQ−001の回収に取りかかる。
「それにしてもすごい化け物ですね・・・」
運転手が感嘆する。それもそうだろう。ACの3〜4倍の体格を持つ生物がいるのだから。
「ふふん、これで俺の評判も一気に上がるってもんよ」
リオは得意げだ。
「ええ・・・これだけのものを倒したとなれば・・・凄いですね」
運転手も心から賞賛しているようだ。

「・・・レイン、そろそろ帰ってもいいのか?」
リオが思い出したように訊ねる。
「作戦は完了しました。帰還してください」
「わかっ・・・」
トレーラーがいきなりツェアライセンに飛びかかってきた。
「おぁっ!」
慌てて両刃剣を発動し、受け止める。
「何だぁ?!」
リオは突然の出来事に混乱していた。
「おい運転手!何やってんだ!」
リオはとりあえず目の前のトレーラーの運転手に問いかける。
「リオ!どうしました!?」
レインも驚いたようだ。
「トレーラーがいきなり・・・」
第二撃が来た。今度は経験したことのある攻撃。
巨大な掌が迫ってくる。褐色で、かぎ爪のような指。
鬼の腕だった。
ツェアライセンの肩装備レーダーが掴み取られ、そのまま握りつぶされる。
「この野郎・・・!」
Q−001は立ち上がっていた。顔面から股間にかけての一撃は、まだ修復されていない。
傷口から銀色の液体がぼたぼたと滴り落ち、まるで血の様だった。
ふらふらとして足取りは悪いが、トレーラーを投げつけるだけの余力は残しているのだから、気は抜けない。
ツェアライセンは先刻発動したばかりの両刃剣を構え、Q−001に斬りかかる。
そして、HEVENSRODを横に振る。Q−001は避けようともしない。
上半身と下半身を真っ二つにし、上半身が前のめりに倒れてきた。
ツェアライセンは数歩後退して、鬼の上半身の下敷きになることを回避した。
上半身が床に落ち、その振動が伝わってくる。
立ったままだった下半身が今頃倒れる。切断面からは銀色の液体がどろどろと出てきた。
体を串刺しにした一撃で、修復機能が著しく低下していたのだ。
かろうじて活動不能の状態に陥りはしなかったが、体を両断されてしまっては流石に動けないだろう。
「ったく、手間かけさせやがって。レーダーが壊れたら通信できないだろーが・・・どーしてくれんだ?」
リオは平静を装ってはいるが、相当焦っていたのだ。汗だらけで、顔は真っ青だ。
気づかなかったが、トレーラーは全て破壊され、工作員も全て殺されていた。
何気なくQ−001の顔面を見てみると、大穴から銀の液体が絶えず流れ出し、眼を見開き、口腔を開いていた。
口を開けていたことにリオは鳥肌が立った。
まさか、あのとき音波攻撃をしようとしたのではないだろうか、と。
しばらくして、鬼の頭部が崩れだした。さらさらと流砂の様に崩れてゆく。
リオは唐突なその光景に目を奪われていた。
そしてそれは、ある形を象った。
人間の女の形だった。
そして不可解なことに白衣を身に纏い、科学者の様な格好をしていた。
リオはその顔に見覚えがある。

「あんたは・・・ルーシャ=サーティス・・・?」
ルーシャ=サーティス。何故リオがその名を知っているのかというと、彼女はあまりにも有名だった。
『管理者』を創った者。少し資料を探せば、その名はあまりにも簡単に見つかるのだ。
そして鬼の頭部から形成された女が、口を開いた。
「こんにちは・・・あら?今は何時かしら?・・・まぁいいわ。あなたはわたしを殺しに来たのね?」
突然のその言葉に、リオは開いた口が塞がらなかった。
「あ、ああ、ああ・・・あ?」
リオの口から意味不明の言葉が流れ出る。
女は笑顔を作り、
「怖がらなくてもいいわよ。別にあなたを殺そうとしているわけじゃないんだから」
リオは少し落ち着いた。
「あ、あんたは本、本物のルーシャ=サーティスなの、なのか?」
まだ口が上手く動かないらしいが、何とか聞き取れる程度にはなった。
「ええ。正真正銘のルーシャよ・・・わたしが管理者を作ったことは知ってるわよね?」
「知ってはいるが・・・つまりあんたがかの有名なルーシャさんだとしたら、これまでの惨劇は全部あんたがやったことなのか?」
リオは完全に落ち着いている。
「そうよ」
いきなりツェアライセンが両刃剣を彼女に向けた。鼻先数cmに高熱の物体が迫っても、女は笑顔を崩さない。
「今まで死んだ奴らの苦しみを味わってみるか・・・?」
リオはかつてない程の怒気を露わにしていた。
「・・・ふふっ、苦しみですって?わたしは死よりも辛い苦しみを長年味わって生きてきたのよ?
・・・まぁ、どうせこれから死ぬのだけど・・・殺すの?」
「・・・嘘だろ?ルーシャ=サーティスは何百年も前に死んだはずだ」
リオの表情は再び困惑の色へと変わっていった。
「でもこうして生きてるのよ?生きてないって証拠はないけど生きてるって証拠は目の前にあるじゃない?」
リオはいくら混乱しても夢だの幻覚だのと思うタイプではなかった。現実を受け止め、冷静に物事を処理していく人間だ。
「・・・どんな苦しみだったんだ?死をも越える苦しみとは・・・教えてくれないか」
HEVENSRODを下ろし、リオは諦めたように訊ねる。
「・・・そうね。わたしは聞いて欲しかった。死ぬ前に・・・後少ししか話せないから集中して聞いてね」
あと少ししか話せない、と言っている割には冷静だ。
そして、歴史的発明をした人物は、語り出した。
「・・・管理者なんてのはね・・・その存在自体が『嘘』なのよ」

「嘘だと?」
「そう、嘘。・・・あの頃わたしは、若き希望に燃える若者だったの。
でもね、『大破壊』なんて災害のせいで、わたし達は地下世界で暮らすことになった。
そのぐらいは常識ね。そして、今でいう管理者を作ろうなんて言い出したわけよ。わたしは賛成だったわ。
混乱したこの世界に導く者、つまり指導者を作るという意見にはね。ただ、それをどうやって作るかが問題だった。
・・・あなた達は知らなかったでしょ?管理者の作り方なんて。当然よね、国家機密だから」
「それは・・・そうだな」
「・・・狂った人がいたの。でもその人はあらゆることに関しての知識を持っていたし、すごく知恵のはたらく人だったわ。
ミスなんて一度もしたことない。つまり、天才よ。けど、今回ばかりは狂ってるとしか思えなかった。
なぜならその人はね、天才の脳をコンピュータに移植して、永遠の命を持たせ、永久にこの世界を管理させようとしたの。
それを管理者と呼ぶわけ。でもその移植に成功するだけの技術はあったんだけど、
いくら全生物のなかでも優秀な知恵を授かった人類でも、完璧な頭脳を持った人なんていないわ。
だから、却下されそうになったの・・・でも、ある人が言った。
『発案者であるあなたこそが人類最高の知恵と知識を持っていて、ミスなんかしたことないじゃないですか。
あなたこそがその脳をコンピュータに移植されてはどうですか?』ってね。
すこし警告や挑発も混じってたわ。でも、確かにそれは妥当な意見だわ。だけど、その人が了承するはずがない。
あれだけ頭がいいんだから永遠に生きることの辛さとは計り知れないほどのものって知ってるわ・・・でもね、その人は全て予測済みだったの」
延々と喋り続けて、ルーシャはやっと言葉を切った。
「予測・・・済み・・・?」
リオは少し理解できないでいる。
「そう、予測済み。意見が却下されそうになること、自分が指名されること。だからあの人はある方法を考えておいたの・・・クローンよ」
「クローン・・・」
「自分のクローンを作り、コンピュータに取り込む。それなら自分は被害を受けないし、誰もが納得できる。
そのクローンを育て、成長したら管理者に仕立て上げる。その案は実行されたわ。
クローンは誕生し、育て上げられ、自分がクローンだと教えられることはなかった。
結局最後は強引にコンピュータにされた。何も、知らないまま」
「・・・?もしかしてそのクローンってのは・・・」
リオは何かに気づいた。
「もうわかったでしょ?そう、管理者創造計画の発案者であり管理者である人間・・・ルーシャ=サーティス。それがわたしよ」
「・・・おかしいな。あんたは今さっき自分で『何も知らない』って言った。だったら何でそのことを知ってるんだ?」
リオはすかさず問いかけた。
ルーシャは右手の人差し指を立て、
「それよ。それが人類のミスだったのよ」
言った。
「ミス?」
「バカなものよ。管理者創造計画の歴史を忘れないために、資料を作ったの。でも、その資料が作られたのは管理者創造計画のすごく後の話。
あの頃の人間はみんないなくなっていたわ。それを、どこに保存したと思う?
・・・管理者の中よ。秘密をばらしてどうするのって感じ・・・
きっと不慣れで命令をよく聞いていなかった新米作業員のミスだったのよ・・・本当に、バカよね。
だからわたしは『何も知らない』じゃなくて『全て知っている』なのよ。納得?」
「・・・ああ、納得した」
リオは飲み込みが早い。
「わたしは真実を知ってからも挫けなかったわ。物事を正確に計算し、全ての記憶はデータとして残されるから消えることもない。
でも、完全にAI化することはなかった。まだ・・・感情が・・・意志が・・・肉体以外の全てが。残ってる・・・。
無理なのよ・・・全能なんて。あいつらの勝手なエゴのために・・・わたしの・・・!」
ルーシャはなおも語り続ける。
「もう耐えられなかったのよ!何年も何年も同じことの繰り返し。生まれて殺して死ぬ。その螺旋の中から抜け出したい・・・死にたかった。
せめて、話し相手が欲しかった。だから、わたしが異常だと見せかけたのよ。管理者部隊を暴れさせたりね。誰かにわたしを見つけて欲しかった。
・・・その時はわたしはこんな機械の姿じゃなくて人間の姿として会話がしたかった。だから、わたしの体を作ったの。
自分のクローンをもう一つ作ったの。でも、これは失敗だった。感情が先行して自我がなくなると暴走するの。
いや、失敗じゃないわ・・・これまでわたしが苦しんで生きてきた間、レイヤードのクズ共は人の苦労も知らないでのうのうと生きてきた。
そいつらに制裁を加えても良かったんじゃないか、って。自らの手を血に染めても良いんじゃないかって
・・・違う!良いのよ!殺しちゃってもいいの!いいはずなのよ!」
ルーシャは狂った様に叫ぶ。
「あんた・・・」
リオは何かを言おうとしたが、
「黙れ!!下等人種が!わたしは管理者!わたしは全てを支配し、統括するもの・・・あなたに・・・あなたに何がわかるっていうの!?」
ルーシャに遮られた。
「・・・ごめんなさい、つい・・・。それでね。やっと話し合える人が来たと思ったのよ。
でも、話しかけたいけどそんなシステムはないわ。しかも、MTと戦っていて話どころじゃなかったと思うから。
あのMT達はいくらわたしが呼びかけても応じてくれないの。緊急システムはみんなそう。なんでだろうね?
・・・今まで孤独で・・・寂しかった。やっと話ができる人が来たかと思ったのに・・・その人はわたしに銃を向けたのよ!?
EN供給ユニットを破壊したのよ!?わたしを・・・わたしを殺そうとしたの!・・・だからわたしは、許さない。
何もわかってくれない人間共を」
先程まで笑顔だったルーシャの顔は鬼の様な表情になっていた。
殺戮を楽しむ、悪鬼。
「次々と正義を気取ったバカがわたしの元へとやってきたわ・・・全部、武装してたから、殺してやった。
あなたも、その一人だったのよ?・・・でも、わたしより強いものを作られるとは想定してなかったわ・・・
そろそろ潮時かもね。人類が・・・自立するための」
ずる、とルーシャの顔が半分に分かれ、崩れてゆく。ゆっくりと。
「ルーシャ・・・!」
「そろそろ時間ね。・・・もう二度と会えないでしょうけど、お元気で・・・・・・話聞いてくれて、ありがとう」
彼女は再び笑顔を取り戻す。
「終わり・・・なのか?」
ルーシャはほとんど形を失っていたが、声は聞こえる。
「ええ・・・終わり・・・よ」
完全に、風化した。
リオが呟く。
「・・・・・・管理者、か・・・」

その後、再びトレーラーがやってきたが、Q−001の死体を確認することは不可能だった。
リオは何も言わなかった。言いたくなかった。

管理者が完全に消滅し、ある扉が解除された。
地上への、扉だった。
リオはそれに関してまったく興味がなかった。彼女は、ルーシャは綺麗な地上を汚れた人間達の手に渡したくなかったのだろう。
扉が開いたことは、彼女にとっては悲しいことのはずだ。何故、開いたのだろう。
答えは、簡単だ。
人間共が汚れた手でこじ開けたのだ。彼らはそれを喜んだだろうが、リオは逆だ。

リオはある歌を聴いていた。絶大な人気を誇ったグループの歌だったから、音楽に特に興味を持たなかった彼も一応CDを持っている。
その歌は、もの悲しい歌だった。リオはそれを聞くたび、ルーシャのことを思い出す。
彼女のことを、そのままに歌ったような詩だった。



始まりはすばらしかった

僕たちはお似合いのカップルだと言われた

君の輝きと愛に包まれていた僕

どれだけ君を愛したことか

どれだけ泣いたことか・・・

心から尽くした年月は

恥辱でしかないのだろうか

偽りに生きてしまった日々

「死ぬまで君を愛している」

僕を救って

一人きりの人生など耐えられない

僕を救って

僕は無防備で心細い

貸し借りはきれいにしてしまおう

思い出も消してしまおう

そして新しい恋人とやり直す

君のことすべて無駄だったのか

愛し合ったことすべてが・・・?

僕は首を吊って広告を出そう

魂売ります 又は 貸します

心は冷えきってしまっている

何も意思がないんだよ

僕を救って

一人きりの人生など耐えられない

僕を救って

僕は無防備で心細い

毎晩僕は枕をぬらす 偽りをまだ信じている

死ぬまで君を愛している


(SAVE ME  byQUEEN)
作者:Mailトンさん