サイドストーリー

MISSION3

「正体不明のAC?」
「ああ、最近ちょこちょこ出没するそうだ」
 マイクが妙な噂話を仕込んでくる事は珍しい事ではない。この世界では元々娯楽が少ないのだが、彼はACと同化してしまっているためさらに娯楽が少なかった。巨大な金属の体でもこなせる娯楽など何があろう?
 そこでマイクはよくネットで怪しげな噂話を見つけてくる。大抵は信憑性の無いゴシップや、胡散臭い怪談話がほとんどだ。
 まあそれだけならばよいのだが、折角仕入れた話を誰かに話したいらしく、なおかつ相手はシズナくらいしかいない。シズナの本音といえば少し勘弁して欲しい、大半が全く役に立ちそうにない情報だからだ。
 今度キャロットが遊びに来たらマイクを押しつけてみよう。シズナは心静かに誓う。
「言っとくが、サイレントラインに出る白い重量二足じゃないぜ?何でも紺だか藍だか、そっち系の色合いの軽量二足」
 青い軽量二足といっても、アリーナに登録されているのはエクレールの機体ラファールくらいか。とはいえアリーナランカーの機体ならば騒ぎにはならないので、恐らくはグローバルコーテックス未登録の機体――
 まあそれもマイクの話が本当ならば、といった前提が必要だが。
 今までにそんな事があっただろうか?馬鹿馬鹿しい。シズナは嘆息した。



 MISSION3:CROSS BLADE(交わる刃)



「よくぞ無事に帰ってきてくれた……と、まずは言うべきかな。今回も大活躍だったそうじゃないか」
 大きな椅子に腰掛け、男は鷹揚な様子で言った。灰色のスーツは入社して以来着続け、もう体の一部といってもよい。四十路に手が届くかという歳にもなれば顔に皺が増えるのも当然だが、その瞳にはまだまだ力が満ち溢れている。
「そんな下らん世辞を聞くために戻ってきたんじゃない。聞きたい事がある」
 部屋に入ってきた男は感情の無い声で――いや、やや苛立ちを篭めた声で言った。こちらはまだ若い。
 変わった男だった。服装や体格は一般的な若者と大差無い。髪も普通の黒髪。しかし目の色は――分からない。バイザーというには不釣合いなほどに大きい、携帯モニターのようなものを顔に装着しているのだ。完全に目元が隠れてしまっている。
「後から来た二機。工作部隊の隊長も知らなかったようだが、お前は知っていたのではないのか」
「どうしてそう思う?Xよ」
 そう、彼がX――もしくはそう名乗っている何者か。要塞VG−924での任務を終え、つい先ほど帰投してきたばかりである。
「どうしても何も。お前はそういう男だろう、ハートレス」
 ハートレスと呼ばれた男は愉快そうな表情で机に肘を立て手を組むと、腕を組んだまま壁にもたれているXを見やる。目線の先はあの奇怪なゴーグルのせいで見えない、本当にこちらを見ているのかもはっきりしない。
「お前に指示した時は知らなかったさ。無人ヘリ共をすり抜けているだろう頃、情報は入ってきたがな」
 どうもこの男は物事を演出したがる節が見られる。そのお陰でXが余計な災難に巻きこまれた事は、一度や二度ではなかった。
「それにしても、今回は三人も生かしたか。確かにレイヴンはなるたけ始末するなと言ったのは当の私だが」
 目撃者を消すといっても、大破した機体からでも情報を引き出せたり監視カメラその他があるのだから、そうすんなりとはいかない。ましてや今回のように相手の陣地に乗りこむ場合ならばなおさらだ。
 だからして、どうせ完全に目撃者を消す事ができない以上、Xには個人指定で直接排除を下されない限りはレイヴンの始末をしないように言ってある。レイヴンの数を無闇に減らしたとてあまり好ましい事態にはならない。
 とはいえ、実際に相手を始末してしまうかどうかは現場の――Xの判断なのだが。それにこだわり自らの命を絶つような真似などできない。
「三人?」
「カロンブライブだ」
「……頑丈だな」
 少し呆れた声を出す。簡潔に受け答えを済ませると、Xは改めて口を開いた。
「それと現場にいたイヴァ・ラピスだが……本当に逃がしてよかったのか?」
「今の所は利用しがいがある。面倒な事になれば、またお前に出向いてもらうさ」
「奴本来の実力を発揮させず葬るならば絶好の機会だったから、言っている」
 あの時、彼女の乗っていた機体は言わばミッション仕様――継戦能力に重きを置いている。MTのような相手を多数相手取るには適しているが、ACを相手にするにはあまり向いていないのだ。
 それを補うためのミサイルなのだろう。彼女の腕も考えれば普通のAC相手なら充分すぎるが、自慢ではないがXは自分が普通ではない自信があった。
「お前にもいっぱしの向上心の類があったという事か?確かに彼女を始末すれば名は上がるがな」
「そんな物に興味は無い。が、危険な要素は減らせる時に減らしておいた方がいいだろう。それだけの話だ」
「世の中、絶好の機会などというのは生かせぬものだ」
「……真面目に答えろ」
 再び声に苛立ちが混じるX。それを見てハートレスは軽くこめかみに人差し指を当ててから言う。
「答えよう。本社の意向に合わん。この答えでは不服か?それで終わりならば今度はこちらの話を始めたいのだが」
 Xは小さく舌打ちし、手近な壁にもたれかかった。ハートレスは手元の端末で参考資料を呼び出しつつ――どうせXの位置からは見えやしないが――、語り出す。
「先月お前が集光施設内で倒した白い機体。ジェネレーターこそ全く使い物にならんが、残りはほぼ無傷というのは大収穫だったな。調べた所、現行のACより製造された年は古いようだが技術の方は数年先を行っているそうだ。技術部の連中が小躍りをしていたぞ?まあ、技術を応用できるまでになるのは当分先の話だろうがな」
 謎の白いAC。まずACなのかすらも疑わしいが、とにかくそれはこの解き放たれた地上における現在唯一の空白――未踏査区域、通称サイレントライン周辺に出没するとされている。まさか出没していたのがこの捕獲された一体だけとは思えないが、それでも未知の機体を入手し彼等の上役は喜んだものだった。
「重い機体は群れてこそ真価を発揮する。単機では死角が大きすぎる――強固な鎧も唸る鎚も真価を為さん。どれだけ高性能だろうと同じ事だ」
 本当に下らん、そう言外に示さんがばかりの声色だ。彼等の応酬からしてハートレスという男は上司にあたるようだが構いもしない。
「それだけの事を言えるレイヴンは、そうはいないだろうよ……どれだけの人数が、あの白い奴にやられたと思っている?堅牢な装甲、自然体のまま脈絡無く放つグレネード、五連続の速射に耐える槍にも似た長大なプラズマキャノン」
「生憎だが。俺は鴉じゃない――コーテックスに籍が無い」
 謳うようなハートレスの言葉に、一番どうでもいい所を指摘する。単にハートレスとまともに会話するのを避けているようにも見える。
 実際、Xはハートレスとの会話が苦手だった。彼の言い回しはいちいち回りくどくてストレスが溜まる。
「さて、そんなお前に面白そうな相手を見繕ってやった」
 何が愉快なのか。ハートレスは、母親につまらない発見を自慢する子供のように語る。
「言っておくが、俺はバトルマニアでもなければ命の綱渡りにスリルを求めている訳でもない。生存確率は高いに越した事は無いぞ」
 しかしただ自分は言われた事をこなすだけだ――どんな任務だろうと拒否権など無い事は、X自身が一番よく理解していた。
「そう言うな。ペルソナはあれで結構整備に金がかかるんだ、安い任務には出せんよ」
 ペルソナ。それが彼に与えられた鋼の体、その名。金がかかって当然だろう、各所に既製品には無い違反改造を加えられている。
「もう一つ。いつも言うが、俺は持って回った喋り方が嫌いだ……何をしろというんだ?」
 男の答えに満足したかハートレスは手元のスイッチを操作する。二人の間の空間にホログラム画像が浮かんだ。



「お前さては信じてないだろ、俺の話」
「あー、はいはい」
 シズナは手にしたACパーツのカタログから目線を外さずに、ぞんざいに右手だけをぱたぱたと振ってみせる。
「そういうのが信じてねえっつんだよ。今回は証人だってキチンと五体満足に残ってるんだからな?」
「あー、はいはい」
 右から左へと聞き流す。両肩に背負うニ連ガトリングガンが新発売とあるが、軽量級のブリューナクに両肩武装など問題外の選択だ。テトラに積むにしても装弾数が少なすぎる。購入は見送ろう。
「……あのなー。イヴァ・ラピスって名前くらい知ってんだろ、それが今回の証人だってよ。場所はこないだ仕事で行った要塞VG−924」
「イヴァ・ラピス?Aランクの?」
 シズナはきょとんと聞き返す。気になる単語だけは脳に届くらしい、器用な耳の作りである。
「そ、現在アリーナ最強の女レイヴン。……ふと思ったが、お前より強いのか?やっぱ」
「誰が一番強いかなんて、ちみっ子にでも語らせときゃいいんですよ」
 いつものように気怠げな様子で告げる。第一、こちらの方が強いなら『最強』ではないだろうが。発言自体が矛盾している。
「勝負なんてつまる所、時の運ですからね。それにまずランクが違うでしょうが。絶望的に。彼女はAで私はEですよ?」
「いやあだって、お前いつもミッションだと余裕ぶっこいてるだろ?負ける所が想像できなくてよー」
 マイクは改めて考えてみる、疑問に思う所は幾らでもある。やたら高額の口座。いつも不戦敗にするアリーナ。ほぼ無傷で帰ってくるミッション。
「私だって人間です。負ける時は負けますよ」
「人間だったのか?」
「……前々から気になってたんですけど、口は災いの元ってことわざを知ってますぅ?」
 暗に『次に言ったら叩き潰す』とオーラを出していたので、とりあえずマイクはひたすら謝った。
(しかし、仮にもAランクのレイヴンが場にいて解決しなかったとは――)
 どこまで尾ひれがついているかは分からない。だが名前が大袈裟すぎる、デマでは無さそうだ。何故だろう?嫌な予感がする……
(少し情報を集めてみましょうかね)
 シズナはモバイルを取り出すと、簡単なメールを打ち始めた。



 Eランクアリーナ所属、レイヴン名シズナ・シャイン。登録ACブリューナク。後は簡単な機体構成。それがXの目の前に開かれている情報だった。
 誰にでも閲覧できる程度のものだ。アリーナの観戦客ですら、入手できる程度。
「『ブリューナク』……ケルト神話に登場する、光神ルーが持つ神槍の名だ。勇ましい事だな」
 大破壊以前の神話など何故知っているのかは知らないが、そういった類の話をハートレスが好んでいるのは確かだった。今も楽しそうにしている。
「それよりもパイロットの方が気にかかる。俺の記憶が確かならば……鳩の塔を破壊したレイヴンと同じ名に見えるが」
 鳩の塔。かつて地下世界レイヤードにおいて君臨した人工の神、AI管理機構DOVE――通称『管理者』を示す符丁。これが破壊されたという事実は民間に公表こそされなかったが、崩壊した秩序に誰かが気付いた時、各企業の隠蔽工作は無意味な事となった。裁く者がいない、これが導く答えなど単純明快だ。
 そしてその事態を招いた張本人。過去最速のスピードでアリーナのトップに立った女レイヴンは、やはり過去最短のスピードで忽然と王位から姿を消した。当時、巷では死亡説がまことしやかに流れたものだった。
「あの女は三年前に、アヴァロンヒルで死んだと聞いているが?」
「正確には行方不明だ。死亡というのは企業達の願望だよ。全く……クレストもミラージュも、余程たかが女一人を怖いと見える」
 シズナが三年も経ってからひょっこりレイヴンに復帰し、最も恐れたのはミラージュ社だった。何せ二度も罠にはめ抹殺を企てている。
 ハートレスは、またしてもそれが愉快でたまらないとばかりに低く笑った。
「つまり、消せと言っているのか」
「そうだ。察しが良い部下というのは、上司としては喜ぶべきか否か微妙だな?」
 どうでもいいハートレスの戯言は無視し、Xは次なる疑問を口にした。
「しかし……いくら注目度の低いEランクアリーナとはいえ、誰も騒ぎたてんのはどういう事だ。偽者ではないのか?」
「大衆の関心など三年も経てば容易く移り変わる。かつては有名だったとしても、今がパッとせんのなら注目すまい。それに――」
 ハートレスはホログラフの画像を変えた。シズナの、アリーナにおけるこれまでの戦闘記録。
「こうも無様な失態を重ねる者が、かつてアリーナを沸かせた死神と同一であるとは思えんのだろうさ。それが人心というものだ。実際、この女の偽者はここ三年の間に何人か出没していたしな?全員がほんの一ヶ月もしないうちにアリーナから姿を消したが」
「……相手の武器は破壊し自機はうまく機体トラブルに見せかけ、負けている……修理費が安くつくな」
 一週間前の試合の映像を見てXが言う。普通に勝つよりも、はるかに神経を使う負け方だ。よくやるものだと素直に感心する。  画面が切り替わった。先月、特別トーナメント戦でCランクのポーキュパインを相手にしたものだ。しかし動きが他の画像とまるで違う。
 正に暴風。正に鬼神。僅か一分も経たぬ間に、接近戦では無類の強さを誇る筈のバーブドワイヤーが接近戦でねじ伏せられた。
 どう見ても同一人物の試合とは思えない。見る者が見れば、動きの癖が同じであると気付くかもしれない。しかし与える印象は正反対、道化と――死神。これが道化と死神は本質的に同じであると暗に示唆しているとするなら、皮肉にしては面白い。
「ふん、よくもまあこんな化け物を俺によこしてくれた」
「勝算はあると思うか?」
 任務の内容そのものについてこの男が毒づくのは珍しい事でもないが、ハートレスはとりあえず尋ねてみた。
「ペルソナが俺を裏切らない限りは――と言いたいが、勝つも負けるもやってみるしかないだろう。下らない質問だ」
「可能性があるというならば物にして見せろ。私が言えるのはそれだけだ」
 用件はこれで終わりのようだ。Xは返事もせずに踵を返した。
「それと最後に一つ付け加えておく。余計な私情は持ち込むなよ?」
 ほんの一歩だけ足を止めたXは、やはり返事はせずに歩みを再開させた。



「まさかお姉さまからお誘いを受けるなんて、感激ですぅ」
「……何か勘違いしてません?」
 とりあえずレイヴンの事はレイヴンに聞くのが一番早い。とはいえシズナは人付き合いが悪く、話を聞けるような相手はほとんどいなかった。本当ならば当事者であるイヴァ・ラピス、または彼女に親しい者に聞くのが一番いいが――シズナは当人に面識が無いし、まして誰が彼女と親しいのか、などさっぱりだ。いきなり話を聞きに行くのも躊躇われる。
 そこでキャロットを呼んでみた。ガンスレイヴ――スレイでもいいのだが、あちらは何か見返りを要求させそうな気がする。
 キャロットは本当に飛ぶようなスピードでやって来た。おまけに変わったエプロンドレスなんぞ着込んでいる。
 というより……世に言うメイドルックそのまんまである。このようなご時世によくもまあ、どうやって手に入れたのやら。服は見た目重視の素材でできているのか、着心地は悪そうだ。
 かくいうシズナも、過去にバイトでメイドの格好をしていた経験があるので、とやかく言えた立場ではないが。
「えっ?でもでも、『少し頼みがあるから、時間があれば来てくれ』って――」
「はい、その程度の簡潔な文面でした。どぉ拡大解釈したらそうなるんです?」
 シズナは軽くかぶりを振った。早くも失敗したような気がする。
「こう見えて私は掃除炊事洗濯……家事関係はバッチリでして。間に合ってます。手伝い要りません」
「ええっ!?じゃあ、何で呼んだんですかお姉さま!?」
「頼むから人の話を聞いて下さい。そもそもレイヴンがレイヴンに呼ばれて家事手伝いを頼むなんて考えますか普通?」
 すでに疲れを感じたシズナはとりあえず要塞VG−924で起こった一件について尋ねると、キャロットは手近な椅子に腰を下ろした。
「はい、何だか話題になってますね。噂くらいはちらほら聞きますけど……あ、情報サイトに何か載ってるんじゃありませんか?」
 言うとキャロットは、ガレージ備えつけのコンピューターからグローバルコーテックスの運営している情報サイトにアクセスする。モバイルからでも閲覧は可能だが、単に画面が小さく見辛いのと――無線で情報のやり取りというのも無用心に感じたのだろう。
 キャロットは自分のレイヴン用IDを打ち込み、日付ごとに整理された記事に目を通す。レイヴンの任務はランクに比例し選択の幅が広くそれだけ危険を増えるが、このサイトでの情報の提示もやはりランクごとに区別されている。
「日付からして、これかなぁ……『近頃、謎のACが出没中。万一見かけた場合、交戦は極力避けるよう』……って、こんだけ?」
 従って新米レイヴンであるキャロットにはこの程度の情報しか入手できない。世の中、知らなくてもよい事の方がむしろ多い。
 画面下にはその問題のACらしき画像が貼りつけてあった。画質が荒く、全体的に細いという印象しか受けない。
(……あんまりやりたくないんですがね)
 シズナは横から割りこむとキーボードに指を走らせる。トップページに戻り、自分のIDを打ち込み再アクセス。
 そのメニュー画面を覗き、キャロットそしてマイクは絶句する。項目の多さからして先ほどの比ではないのだ。さらに項目のタイトルも生物兵器がどうこうだのAI制御のバグに関してだの、やたら物騒になっている。
「あまり見ない方がいいですよ……っと」
 お目当ての記事はすぐに見つかった――数件似たような記事があったので、一番日付の新しい物を選ぶ。タイトルは『謎のACに関する考察』、となっていた。
 『任務地、要塞VG−924内部にて。
 同要塞へ侵入を図ったツヴァイリッター、ファイヤーバードの両機はグローバルコーテックス社の登録下に無い正体不明機と遭遇。
 遭遇した現場に、クレストからの正式な警護依頼の記録があったランカーAC、ユートピア及びヴェノムランスが大破した状態であったところから察するに、クレストの警備部隊とは別のものと思われる。
 問題のACは我々より先に要塞内に侵入し、警護に雇われた両機を撃破。ツヴァイリッター、ファイヤーバードは迎撃にあたるが正体不明機は撤退を優先した様子で、ファイヤーバードを一瞬で無力化、オーバード・ブーストで戦域を離脱。間も無くしてツヴァイリッター、及び要塞のレーダーからもロストし、以降行方は知れず』
「そういえばカロンブライブって人、両腕に火傷したそうだって誰か言ってましたよ。機体も壊れたし、大事を取ってちょっとアリーナ休むって」
 キャロットが言う。それからマイリッジにセブンスヘブンも同様に名前が消えていた、とも。
 記事の続きを読む。『実際にそのACと対峙したイヴァ・ラピスの言によると、問題の機体はどうも操縦系統が特殊のようだと推測できる。というのも、動きがあまりにも細かい。ブレード戦を多用する機体が斬りかかる際のパターンを増やすべく操作を一部マニュアル化する事はあるが、その比ではない』
 そこで一度区切り、但し書きがある。『ここからはあくまで個人的な見解に基づいた推論に過ぎないのだが』、と。
 『その他にも様々なチューンが施されているようであり、細かい事までは不明ではあるがこのような機体を個人で用意したとは考えがたい。私設団体もしくは企業が直接保持しているのか、とにかくしっかりした組織が背後にいるだろうと考えるのが妥当かと思われる。クレスト、ミラージュ両社の雇ったレイヴンを等しく攻撃しているあたり疑わしいのはキサラギだが、それだけで決めつけてしまうのも早計だろう』……つまる所、分からない尽くしだという事か。
 最後には断わり文があった。要約すると『実際に遭遇したのは一分にも満たない時間であり、結局件の機体についてはほとんど何も分からなかった、というのが正直な話である。が、今までの目撃者が皆まともな証言が得られる状態ではない事と、今回我々が記録した画像が最も鮮明であるため筆を取らせて頂く事となった』、といったものだ。
 記録者名、ジリア・ラーティニア。そのイヴァ・ラピスの専属オペレーターらしい。そういえばシズナが以前に組んでいたオペレーターは気になる事は自分で勝手に調べて報告してくるという妙なタイプであった。おまけに饒舌で、聞いてもいないのに手持ちの情報をひたすら並び立てる。
 シズナも情報が欲しいのならば、本来は専属オペレーターとなっているシェラに頼むのが筋なのかもしれない。
 だがシズナは、彼女にこのようないかにもきな臭い話を突っ込んで調べろとは少し言えなかった。どうもシェラはまだ垢抜けていない。この世界に馴染みきれていない。
「やれやれ、なんか最近は物騒ですねえ」
 適当な独り言を言いながらシズナは接続を切った。興味本位で調べてみたが、どうにも予想以上に危ない話題であったらしい。新米の二人にこれ以上の情報を与えてもあまりよろしくないだろう。
 実際に問題のACがいた事はわかった。しかし、だからどうだというのだ?まさかその機体が自分達に襲いかかってくるという訳でもない。
 余計な事には必要以上に干渉しないのがレイヴンだ。好奇心であれこれと立ち回っていては長生きできない。
「おい、さっきのは何だ?」
 マイクが口を挟む。彼から直接こちらのディスプレイは覗けないので、回線に割り込んで同じ情報をテトラのコンピューターにも流していたのだろう。
「グローバルコーテックスに籍を持たない、鴉とは似て非なる存在。ま、レイヴンが暗躍するさらに裏ではあんな手合いも――」 「そっちじゃねえよ」
 芝居がかった仕草で両手を広げるシズナ。その表情は――髪に隠れて、マイクからは見えない。
「お前のIDだ……どうなってやがる?どんくらいランクが高けりゃ、あれだけの情報が見れんだよ」
 シズナは向き直りテトラを見上げると、これ見よがしに嘆息し一旦視線を下げた。
「……知らない方がいい事だってあります。むしろレイヴンならその方が多いです」
「別にお前が凄腕の暗殺者だろうが新型毒性ウイルス開発したマッドサイエンティストだろうがスネイクチャーマーの師匠だろうが関係無い。俺が聞きたいんだ。聞かせろ」
 人を何だと思っているのだろう?汗が頬をつたう感触。シズナはまた嘆息する。
「女から秘密を聞きたいのなら、もっと男を磨く事ですね」
 これで御終い、とばかりにわざとらしい仕草で手を大きく振る。一方的に話を切るつもりだ。
(それに……バレてまた大軍勢相手にしたくないですし)
 そろそろ潮時なのかもしれない。『陰のあるお姉さまもまた素敵』とか悦に浸って鼻血出してるキャロットはさておき、マイクにはキチンと話しておくべきだろうか。
(……とりあえず、仕事してから考えましょうかね)
 何を思ってか暗鬱に溜め息をつく。最近これが癖になっているような気がして、シズナはさらに気分を暗くするのだった。



 今日も今日とて任務である。ミラージュ社が擁するオルキス集光施設、その防衛が任務だ。
 以前にもこの施設はクレスト社からの攻撃を受けたらしく、今回も襲撃を計画しているとの情報を掴んだそうだ。そこでレイヴンに護衛を依頼したという経緯らしい。
『シズナさん、サイレントラインについてはどれほどご存知ですか?』
「衛星軌道上からのレーザー砲による射撃、および謎の白いACの襲撃によって事実上封鎖されている地域――と定義されてましたね、確か」
 いきなり何を言い出すのだろう。話題の突拍子の無さにシズナは顔をしかめつつも答える。
「そんなに暇ですか?シェラさん」
『この間の事なんですけど、そのレーザー射撃と白いACの出没がローダス武器開発工場において同時に見られたのそうですから……』
 ローダス武器開発工場といえば、サイレントライン近くにクレスト社が建造していた施設か。近頃はどの企業も、他勢力への牽制を兼ねてかサイレントラインのすぐ近くに物騒な施設を建造している。
「で?それが何だっていうんですか」
『いえ、こっちにも来たら怖いなあと』
「……その場合、危険なのはあなたじゃなくて私達でしょうが」
 そもそもが電力供給の要である集光施設を、物騒なサイレントライン近辺に建てるはずがない。万が一にも付近への電力が絶たれるような事があれば社の信用は大きく損なわれる。
 現に以前のクレスト社による襲撃の動機はそれだ。商売敵の信用を失墜させるためだけに電力を止められては、付近の施設はさぞや迷惑だろうが……どうも企業間で巻き起こる勢力争いの前だと様々な都合や権利は蹂躙されるらしい。
(ま、それに乗っかってお金貰ってるレイヴンが言えた義理じゃないですね)
「そういや、そのローダスで白い奴を黙らせたのもイヴァ・ラピスだってよ」
 マイクが口を挟む。それにしても、またイヴァ・ラピスか。良くも悪くも有名人らしい。
「特に条件がハードだったからさ、話題になってたぞ?」
「同時だったんですか?白いACと上からのレーザー」
『……いえ、白い機体との交戦時には衛星軌道上からの砲撃は沈黙していたようです』
 シェラがグローバルコーテックスのデータバンクから、データを引っ張ってくれたようだ。ならば情報は確かだろう。
「……意図が分かりませんが。わざわざずらしてどうするんですか」
『味方への誤射を避けたとかじゃないですか?後に考えうる要因としては、衛星が上を通過しきってしまったとかエネルギーの消費か何かの都合でインターバルが――』
「分からねえ事は、それこそ天に召します御方にでも聞くしかねえな」
 マイクが衛星砲の事を皮肉った事を言う。確かに分からぬ事を論ずるのは不毛だ。不毛な事をするのは――暇だからだ。
『……あたし、無宗教です』
 その皮肉をあえて真正面から返すシェラ。どうやら折角オペレーターらしいセリフが言えていたのに途中で話の腰を折られ、むくれているようだ。
 シェラの表情を勝手に想像しつつ――頬を膨らませていたりしたら笑えるが――、シズナはシートの裏にある収納スペースから本を取り出した。前回のように暇を持て余す事が無いよう、今回はキチンと本を持ってきたのだ。余談だが本のタイトルは『無駄骨』、著者はダック・ジャニエルとなっている。
『まさか『三つ目のトロッぺ』の二つ名で親しまれた私が、ストリップ嬢と同じステージで両の腕を紅に染める事になるとは思わなかった……勘違いしてはいけない。馬肉を捌いただけだ。とはいえ私のあの特技がよもや馬の皮剥ぎに役立つとは――』
『シズナさん、聞こえますか!?レーダーに反応!輸送機が一、戦闘ヘリ五!』
 そこへシェラの声。まだ一ページも読んでいない……こちらにインターバルは用意されていないらしい。
 シズナは面倒ながらも本を閉じ、ブリューナクのカメラを最大望遠にする。小さいが、確かに輸送機の姿。ACを簡単にハンガーで固定し吊るすタイプの輸送機だ。二足型ACらしき影がぶら下がっているのが分かる。
『データ照合、敵ACはロングスピアーと確認!注意してください!』
「……シェラちゃん、俺アリーナにいる奴はあらかた覚えてるけどあんなの見た事無いぞ?どのランクだよ」
 シェラの言葉に、マイクが誰何の声。言っておくが彼が研究熱心という訳ではない、娯楽が無いので実益も兼ね暇潰しに覚えたのだ。
『はい、えーと……アリーナに登録は無いようです』
 アリーナに登録していないレイヴンというのも、多数存在する。試合や諸々が面倒だとか自分の情報を広めたくないとか、所詮は檻の中のママゴトに過ぎないとまで言う者まで理由は様々だ。
 確かにアリーナで名が売れれば、それだけ機体も名も戦法までもが知れ渡る。それを嫌い、アリーナでは機体の構成を別物にして適当に戦果を調節する者もいる――シズナの場合は極端すぎて例にならないが。
 だが、そんな程度の事はどうにでもなる。構成は遠目からでも分かる。つまり対策も、だ。
 機体構成から見るに、やや軽めの重量級といった所か?一見矛盾した表現なのだが、そうなのだから仕方が無い。武装は両肩装備の追加弾倉にバズーカとブレード、エクステンションにはレーザータイプのアンチミサイルデバイス。
『敵防衛部隊を確認した。これを撃破する』
 敵ACを操るレイヴン、デスグリップの声が開いたままの通信回線に入ってきた。
「私がヘリを落としますから、そちらはACをよろしく。抑えとくだけで結構ですんで」
「あん?逆じゃねえのか?」
「その方が安くつきます」
 ブリューナクが前進する。ヘリ部隊が機関砲を撃ってきたところで大きく右へと躱し、ロケットを二回撃つ。双方とも着弾、残り三機。
 ヘリがこちらへと狙いを定めるより早く、シズナはブリューナクをヘリより高く跳ばせた。普段相手の上を取って攻撃するような手合いはすべからくして、そのさらに上が死角となっているものだ。
 対応に困っているヘリに対してマシンガンを半秒ほど撃つ。為す術も無くヘリは炎上、残りニ機。
 一機が真下にきた。踏みつけてもよさそうだが、回転しているローターに足を出すのも気がひける。ブースターの噴射を切り自然落下し、すれ違いざまにダガーを一閃。残り一機。
 最後のヘリが放つ機関砲、その弾痕が地面を這い近づいてくる。とりあえず横に避けてみた。不規則に動いている目標に弾を当てるというのは中々難しいものだ。
 ではどうすれば弾が当たるのか。避けられないような状況に追い込むか、相手の移動先を予測して撃つか、もしくはその両方を絡めるか。
 シズナの場合、大抵は予測射撃だ。右腕のマシンガンを構えてみせて敵の動きを煽り、ロケットを撃つ。命中。ヘリは四散した。
 今回は集光施設の防衛が任務なのだ。単に墜落で済ませては、施設にも被害が及ぶ可能性が増す。お陰で搭乗者の脱出する余地は無くなるが……
(施設を襲撃するのにターバニットが五機は少なすぎる……ACの方はそんなに強い?)
 シズナの視線の先には、どうにかして敵ACを施設から遠ざけようと試みるマイクの姿があった。



「うっしゃあ、やってやるか!」
 とりあえず自分に気合を入れる。癖みたいなものだ。
 両手のライフルを構える。と、ロングスピアーは大きくジャンプ。テトラの照準サイトから外れた。
(チッ、意外と素早いじゃねーか……)
 敵ACは速度も中量級と重量級の中間、といった程度のようだ。マイクはミサイルのロックを呼び出した。通常、ジャンプを多用する相手にはFCSロックが外れ易くミサイルを撃つには距離を取るなりしなければならない。
 とはいえ一ロックくらいならばすぐだ。テトラが四発のミサイルを放つ。
 そのうち三発はロングスピアーのエクステンション、サイレントが迎撃。レーザーに撃ち落とされる。残りの一発はさすがに空中では避けられず敵機に着弾、しかし致命傷には程遠い。そのままロングスピアーは空中からバズーカを撃ってくる。
(焦るな、落ち着け……そう速くねえ!)
 バズーカ弾の弾速は平均的なライフルよりも遅い。避けるのは容易いが、問題は避ける方向である。気がつけば集光施設の盾になっているような事にならぬよう気を配らねば。避けたはいいが装置が破壊されました、となればまた特別減算の対象となってしまう。
 ロングスピアーが着地、隙ができる。テトラ両手のアサルトライフルが火を吹く。
 しかしアサルトライフルの弾丸では決定打に欠ける。再び跳び上がるロングスピアーに、マイクはその下をブースター全開でくぐり抜けると旋回した。これで今度はあちらが集光施設に背を向ける事になる。
(……って、これじゃ俺もミサイル使えねえな……まあいいか、ライフルだけで)
 そしてロングスピアーはマイクに背を向けたまま、施設のアンテナにバズーカを向けた。何せ彼の元々の狙いはテトラではなく施設の破壊だ。
 つまりマイクは、わざわざ相手に道を譲ってしまった事になる。
「ぬがああ、しまったぁぁ!」
 咄嗟にミサイルのロックを呼び出し、だから駄目だって、と自問自答。ライフルとEOによる一点集中射撃で黙らせようと――  した瞬間、横からロケット弾がロングスピアーのバズーカに炸裂、これを破壊した。勿論ブリューナクのS50だ。
「そういう片寄った構成だと…………これで何もできない」
 ロングスピアーは両肩に追加弾倉を背負ってはいるがバズーカが壊されては荷物にしかならない。残る武装はブレードのみ。肩のサイレントを手動に切り替えればレーザーで攻撃できなくもないが、あれは最初からミサイル迎撃用として設計された代物だ。レーザーそのものの威力など大した事は無い。
 破れかぶれになったか、ロングスピアーがブリューナクへと突撃する。一矢でも報いようという気なのか――玉砕覚悟の無謀な突撃。
 ロングスピアーが接近しブレードを構えたその時、シズナはブリューナクを一歩前進させ突きを見舞った。突きを、だ。本来、ブレードの突きは四脚かタンク脚でなくば使えない。
 やや内角に突き出したダガーはロングスピアーの左肩に突き刺さる。そのままシズナは左へとダガーを薙いだ。がくりと両膝を落とすロングスピアー。コアから煙が噴き出す。
 ACの斬撃モーションは大別して右上から左下への袈裟斬り、右から左への横薙ぎ、そして突きの三種類である。
 通常、これらACのブレードモーションは脚部、さらに脚部によってはそれに加え腕部によりどれか一つにあらかじめ決定される。
 しかし仮に脚部だけを変えても斬撃パターンが変わる事から、これら三種の動きがあらかじめインプットされているのは明白である。そこでブレード戦を主体とするレイヴンの一部は軽くOSを書き換え、あらゆるパターンでブレードを振るえるように改造しているのだ。
 とはいえ無闇に動きの幅を持たせれば、逆に咄嗟の判断に迷う事になる。ブレードはこれ、と決まっていた方が動き易い事もまた事実である。
 そのためブレードのモーションを複数用意しているレイヴンは極少数しか存在しない。最も、近頃はブレードを装備しているレイヴン自体が少なくなってきたのだが。
「……俺の立場って何なんだ」
「ちゃんとありますよぉ。脇から見てたから、この機体はジャンプして着地した瞬間が隙だらけって分かりましたし」
「俺は噛ませ犬か!?だからさっき、抑えておきゃいいって言ったのかオメェは!」
 その通りだ。何せそれが一番安くつく――と、そのまま言ったら怒りそうだが、体裁よく整えた言葉がすぐに浮かばない。
『レーダーに新たな反応!これは……速い!?熱量及び速度から軽量級ACと推定、気をつけて!』
 シェラの声が響く。今頃になって第二陣か?それにしては一機とはどういう事だろう。軽量級というからには、白いACではないらしいが……



 新たな敵の襲来。マイクはひとまず緩んでしまった緊張の糸を張り直し、シズナは楽に終われそうだと思ったのにまだ続きがあると思い肩を落とした。
「なんだ、どっちだ!?」
「私達のレーダーレンジですと、捕捉したらあっという間ですよ……来た、反対側!」
 首を巡らせるマイク。施設の入口を飛び越え、問題の機体が二機を飛び越える。両腕を振った――あれは光波?
「……くっ!?」
 少し不意を突かれたがシズナは機体を振ってエネルギー弾を回避、TBを噴かし敵機へと向き直る。その頃にはあちらもブリューナクを真正面に捉えていた。
 深い青。落ち着いた色だ。だがそんな事よりも目を引いたのは機体構成。
 ブリューナクと同じOB型コアのRAY、頭部はまるで仮面のようにも見えるMM/003。足は最軽量ニ脚HUESO。まあこれはいい。
 両腕はSAMURAI2。キサラギ社製、現行唯一のデュアルブレード。そのブレードを使う際の補助としてかエクステンションにバックブースター。
 ところが、それだけだ。背にミサイルもキャノンも、レーダーすら無い……ブレードだけで戦う気だろうか。
 間違い無い。ついさっき情報サイトで見てきたばかりの、謎のACだ。それにしても何も背負わず細い足をしているせいだろう、武器腕サムライの印象もあってかスッキリしたというか尖っているというか――妙な印象を抱いてしまう。まるで刃そのものであるかのような。
 実際に観察できたのは二秒ほどだった。謎の機体がこちらへと向かってくる。
(速い……こちらより速い!時速にして五百キロ出てるんじゃないですか!?)
 しかし軽量級相手に正面から突撃するとは。シズナは一旦横へと退いてみせると同時にOBを発動させた。
(先手をっ!)
 OBで突撃。ロケットを牽制として放つが、これを青いACは身を横によじり躱した。思いのほか回避行動が小さいのでシズナは驚いたが、そのまま斬りかかる。敵機は半身のまま右のブレードを発振、後方へブースター移動する。
 光の刃が交わり、閃光を伴って虫の煩わしい羽音を数段騒がしくしたような音が響く。
「そんな……サムライでダガーを!?」
 敵機はOBからのダガーを完全に受け止めていた。通常のサムライとダガーには、かなりの出力差があるはずだ。加えてブリューナクはOPパーツでダガーの出力を強化しているし、今はOBの突進力も加算される。衝突の寸前で相手は後ろへと退き受けた事で相対速度をいくらか合わせていたが、それにしても拮抗などありえない。
 拙い、このサムライは出力が異常だ。シズナはTBをマニュアル操作で両方とも前に噴射、緊急後退を試みる。
 ところが何故か敵機との距離が空かない。左手のブレードを振りかぶる青いAC。
(……ペルソナ?)
 シズナは左へと跳び、敵のブレードを紙一重で避ける。一瞬で視界から失せたが、確かにあのAC左肩のエンブレムに、『PERSONA』と書いていたように見えた。
(アラート……右のターンブースター破損?避けたつもりだったのにかすめた……)
 ディスプレイ隅の赤い文字を見て顔をしかめた。片方だけ残っていても意味が無い、シズナはエクステンションをパージする。
 同時に、マイクは二機が離れたので横からミサイルを放つ。四発を二度、計八発。
 ところがペルソナは向きだけをミサイルへと向けると、両手から放つ光波で全て叩き落してしまった。
「何ィっ!?」
「あのサムライは、ブレードと光波の切り替えが――」
「そこじゃねえっ!」
 マイクも、今まで散々シズナがマシンガンを使ってミサイルを撃ち落とす所は見てきた。時にはショットガンで掃討する者もいた。だが、光波で撃ち落とすような奴は始めてだ。
 再度ブリューナクへと向かうペルソナだが、シズナがマシンガンを撃つ。MG−800の弾幕に正面から跳びこむ気はさすがに無いらしく、ペルソナは進行方向を真横へと変えた。
 と見えたが、再び前方へと加速。エクステンションのブースターも点火させた急激な進路変更だ。
(急速前進……あのバックブースター、後ろにも噴射口が?どこの改造品ですか)
 接近戦でTBを使ってまで逃げても粘り強く貼りついてこられた理由はそれか。しかしそれだと最早バックブースターとは呼べない。
 ペルソナがマシンガンを警戒してか左側から斬りかかる――いや、突きだ。シズナはダガーでペルソナのブレードを抑えつつブリューナクを旋回させ、巻きこむように左側へと回りこむ。さらに同時にOBを発動、独自の金切り音が響いた。



 ブリューナクのOBが発動、大きく距離を取る。相手の外側に回ったのはもう片方のブレードによる追撃を防ぎ、かつOB起動から発動までの時間を稼ぐためか。
 マイクはライフルを撃つ。ミサイルは駄目だったから、といった程度の考えだが弾速の遅いライフル弾などあの軽量級には当たるまい。牽制にでもなればいい。
 だがペルソナは意にも介さず、弾をすり抜けているかのように平然としている。遠目にはよく分からないくらいの最小限の動きで回避しているのだと、気付くまでには少し時間がかかった。
 例えば生身に置き換えると、武道の達人でもあのような避け方はそうそうできるものではない。特にマイクはACと同化しているから身に染みて分かっているのだが、ACの体は人間ほど細かくは動かない。関節の稼動域の問題だ。
 ブリューナクをOBで追うペルソナ、引き続き二機はOBとブースト移動を織り交ぜつつ高機動戦を繰り広げている。傍から見ていて実に目まぐるしい。ブリューナクが退きペルソナが追うという図式が形成されているようだ。
(接近戦だと、敵さんが一枚上手……か?)
 マイクはシズナが普通にマシンガンを使用している所を初めて見る。シズナはミサイルが多い時に撃ち落とすような目的でしかマシンガンを使わず、相手はブレードでいつも撃破してきた。
 その彼女が形振り構わずMG−800を使うというのは、今回の相手もまた同様にブレードでの斬り合いを得意としているからなのだろう。
(んにしても、俺の――テトラの入り込む余地が見出せねえな、ったく)
 どこか違う自分が違う場所から眺めているような錯覚を感じる。全く、かつての体より重く鈍い、鋼の体が恨めしい……
(待てよ、今何か引っかかったような――)
 自分でも分からない、しかし確信がある。何かを見落としている。丁度忘れ物をしたのにその忘れ物が何なのかを忘れたような苛立ち。
 思考の靄が気になるが、ライフルの射程まで近づく事にした。試してみたい事があるのだ。マイクはミサイルのロックを呼び出した。



 Xは特に感慨も持たずに、ただペルソナを躍らせていた。
(確かに狙いは大したものだ……こちらの移動先に、的確に撃ってくる)
 ロケットは胴体と発射口の角度が同一なため軌道が読みやすいが、マシンガンはそうもいかない。悪寒が走るたびに機体を切り返すと、すぐ横をマシンガンの射線が走る。
 昔からこの勘を武器に生き延びてきた。勘の訴えに従い続け、常に自分だけ死に損ねたのだ。
 とはいえ勘に従い普段の癖を殺す操縦というのは苦痛だ、精神的に負担が大きい。早くどうにかしたい。
(もうこちらの動きの癖を見切られたか。どういう頭の作りをしている?)
 ペルソナの機動力でも撹乱しきれていない。ただ解せない事が一つ。先ほどから、どうもブリューナクは騙しに弱い、咄嗟の反応が鈍い。ほんの数コンマの違いに過ぎないが……
(かつては死神と謳われた女が、これで精一杯だというのもあるまいが……その程度だというならば)
 試す事にする。インサイドを用意。
「紙一重の差で、俺の勝ちだ」
 やはり感慨は無く無感情な声色で、Xは一人静かに宣言した。



 足を上げる、腰を捻る、腕を振る。こちらの放つロケットを、そのような細かい動きで全て紙一重で躱すペルソナ。いやに人間じみた動きだ。
(どうしてACが、ああも柔らかく動く!?)
 報告書にあった『動きが細かすぎる』とはこの事か――マイクのライフルも同様に避けていたのだ。一見兵器としては無駄に見える動きで、無駄なく弾を避ける。確かに無茶苦茶である。
 誘導性の高いミサイルは撃ち落とし、ロケットやライフルのように打点が小さく直線的な弾はギリギリで回避。MG−800やショットガンのようなバラつく攻撃は並外れた瞬発力をフルに生かし離脱。まるで攻撃が当たらない。
 ダガーもそうだ。何度も斬り結んだが、互いに刃が機体まで届かない。逆にこちらがよくここまで持ったといえるほどだ。
 ペルソナのサムライに月光並みの出力があった時点で、『高出力ブレード』というダガーの優位性は失われた。そうなれば当然、相手は二刀こちらは一刀――いや、ナイフ一振り。不利に決まっている。
(ブレード戦で負ける?私が?)
 認めろ、接近戦はあちらの方が一枚上手だ。ペルソナのブレード、その第二撃が振るわれる前にマシンガンを撃っていたからどうにかなったが、埒があかない。
 モニターに大写しになっている青いMM/003、そのカメラアイの光が黄色く尾を引いている。シズナは歯を強く食いしばった。あまりいい思い出のある頭部ではない。
 ペルソナの左腕が下から迫る。咄嗟に後方へと退くが、刀身が無い事に気付く。
(しまった、これは……っ!)
 至近距離からの光波、それも拡散モード。短い時間にどういった仕掛けか両手から二回ずつ、計四発も乱打した。
 右腕を差し出してどうにか直撃だけは避けたが、熱量の増加が意外と高い、何より右腕は大破。マシンガンがもう使えない。
 やはり接近戦の要としていたTBの損失が痛い。緊急旋回ができない……いや、それ以上に不利な要因がある。
 ブリューナクはOSの負担を軽くしたり余剰出力等を工面するため、操作の大部分をマニュアル化してしまっている。故に、その気になればペルソナ並に細かい動きも可能となっているがその反面、操作は非常に煩雑となってしまっている。どうしても咄嗟の反応が遅れてしまう。
 普段はシズナの常人離れした反応と手早い操縦でカバーできていたのだが、機体の速度もパイロットの反射速度もほぼ互角となればこの刹那の時間差が大きく響いてくるのだ。
「シェラさん、通信!」
『先ほどから応答ありません!』
 試しに通信は繋がるかと聞けば、やってみたが繋がらないとシェラは言う。
「なら全チャンネルで垂れ流し!」
『や、やってみます!』
「あーあー、聞こえますか?誰ですかあなたは!?」
 返事は期待していない。切り返しや急旋回、空中戦も絡めた三次元高速戦闘の最中に話すような人間はまずいない。舌を噛む危険があるからだ。変わり者のシズナや肉体の無いマイクは別として。
『……無様だな』
 数秒後、驚く事に返事がきた。しかもただ一言。苦し紛れに相手の気を散らそうかと話しかけてみたが、こちらの意図はバレバレらしい。
 とはいえ、ただそれだけの動機では無い。相手の情報も多少は手に入るからだ。
(声は若い――男の声。精神状態は正常らしいですね……)
 ……本当に多少、ではあるが。しかし声だけで判断するならば、二十歳にも満たないのではなかろうか。
「だから、誰ですかあなたは!?」
 今度は答えない。まあ、バカ正直に答える方がおかしいのだが――こちらの気が散らされている。逆効果だ。会話は諦めよう。
(ジリ貧になってる……どこかで賭けに出ないと押し切られる!全く、一対一でこうも手間取ったのはエース戦以来ですね)
 かつて遠い日に戦った相手の事を思い出す――とはいえまだ数年も経っていないか。
 そういえば暫く歯応えの無い相手としか戦っていないような気がする。お陰で腕も錆びついているかもしれない。
(目の前の相手は、リハビリ相手とするにはちょいとハードすぎますか……)
「うーまーくーよーけーろーよー!」
 マイクの声と同時、シズナの第六感が明確な何かを訴えた。飛来音……いや、明確な殺気?
 ブリューナクとペルソナの間を複数の射線と四発のミサイルが走る。ミサイルとEO、さらに両手ライフルの一斉射撃だ。
(……器用なやつだな)
 Xは少し呆気に取られたが、シズナにはすぐに分かった。元々人間が銃を撃つ時には、勿論自動捕捉などされない。つまりマイクはミサイルとEOを自動で、ライフルを手動で撃ったのだ。
 少し邪魔に感じたか、ペルソナがロケットをテトラに当てる。効果は……マイクが頭を抱え出した。
「ぐおおっ、胸のあたりが何だかスッキリしないっつーかミサイルが使えねえええ!」
 どうやらロケットの正体はFCSジャマーらしい。ペルソナが跳び上がり、OBでテトラへと向かう。上から斬りかかる気だ。そしてマイクは――両手の銃を捨てた。
(まだ距離は空いているのに……何考えてんですか!)
 シズナはブリューナクのOBを起動させるが、到底間に合いそうにもない。
 ペルソナのバックブースターが直角に可動、下へと噴射。緊急下降にも使えるようだ――ならば緊急上昇にも使えるのだろう、ここまでくると自分も一つ欲しくなってきた。どこかで売っていないだろうか?シズナはこの修羅場で、妙に気楽な感想を抱く。
 ペルソナ両腕のブレードが同時に振り下ろされる。テトラは逃げようともしない。万事休すか――
「よくよく考えてみたんだがよお……確かに足速いわなお前は……」
 だがしかし、紫電の刃は得物に届きはしなかった。テトラが振り下ろされたペルソナの両腕を下から受け止めたのだ。刀身そのものに触れてはいないが、人間でいうところの手首を掴んで止めたのだった。
「けどなあ……腕の振り自体の速さは案外どのACも変わらねえだろうが!」
 戦闘用に特化した過程に、このような工業用機械としての面である精密な動作を省いていったACで、白刃取りまがいの行為が行えるとは――シズナのように極端なマニュアル操作で動かせばできなくもないが、それでは微妙なタイミングが合わせられない。マイクのようにACと一体化していない限りは不可能だ。
(それにしても普通の射撃の腕といい今回の白刃取りといい、マイクの生前って一体……?)
「こう見えてもフィストファイトは得意でなぁ!」
 ペルソナの両腕を力任せに押し戻すとテトラは踏み込み、左手のジャブをペルソナに打つ。続いてさらにジャブ、ジャブ、右ストレートがヒット。やたら基本的なコンビネーションパンチを決め、ラストに回し蹴りを――
 パンチは甘んじて胴体に受けたペルソナだが、回し蹴りは後ろに回避。さすがにモーションが大きすぎた。回し蹴りという技はあまり実戦向きではない、繰り出す前後の隙が大きい上に足の先を当てなければ威力は落ちる。確実に決まる状況で繰り出す必要があるのだ。
「……あら?」
 バランスを大きく崩しながらも辛うじて着地したテトラ、しかし無情にもペルソナのブレードがテトラの左足を斬り裂いた。 「ぐおっ足がっつーか両手の指もバキバキだしいーっ!」
 今度はいつぞやかとは異なり、じたばたしようにも四肢が酷い状態なので地面に突っ伏しわめいている。テトラは両手全ての指がいかれたらしいが、マニピュレーターというのは繊細な部位なのだ。実際、人間のプロボクサーも素手で相手を殴って自分の指の骨を折ったという例だってある。
「……何なんだ、こいつは」
 念の為、テトラの右足を光波で破壊し独りごちるX。両腕を抑えたまでは、その常識離れした反応に驚かされたが――そのままEOでも撃てば避けようが無かったろうに、どうして肉弾戦などを。様々なレイヴンと戦ってきたが始めてのタイプだ。勿論誉め言葉ではない。
「せええええい!」
 マイクに気を取られすぎた――Xは舌打ちする。横から追いついてきたシズナがOBの余剰推力を利用し飛び蹴りを繰り出したのだ。
 察知が早かったため蹴りの方は躱した、すれ違いざまに振られたダガーも回避。しかしさらにダメ押しで飛来したロケット弾までは無理だった。
 左肩に横から被弾したため、幸いにも外部装甲で止まったらしく前腕部の駆動系には問題無いようだ。が改造型バックブースターが損壊。
「……チッ!」
 Xは残った右のブースターをパージ、右肩のロケットを放つ。現在ブリューナクは不安定な体勢を立て直そうと隙だらけだ。
 勿論シズナは反撃として肩ロケットを撃たれる事を考慮に入れていたが、どの道自分はロックオンが使えなくとも大して変わらない。飛び蹴りの体勢から機体を制御し着地しつつ、ロケットはあえて受ける気でいた。
 しかしまさか右肩には違う種類のロケット、GJ弾を積んでいるとはシズナも思ってはいなかった。
(ジェネレーター異常!?左右に別種のロケットを……これだけ違反改造ばかりされた機体で、それくらいは警戒すべきだった!)  エネルギー回復が鈍る、OBを目一杯使った直後なのでエネルギーのコンデンサ残量は心許ない。チャージングを警戒したためブースターの噴射を躊躇、一瞬ブリューナクの動きが止まった。
 ペルソナが左腕のブレードで、袈裟斬りに斬りかかる。ブリューナクがそこへさらに飛び込み、密着する。
(もらった!)
 その確信と共にシズナはボタンを押しこむ。突如、Xの脊髄に稲妻が走った。
 衝撃は――五度。



「……何があったんだ?」
 両足を破壊され移動もままならぬマイクがどうにかテトラの頭部カメラを向けた時に見えたものとは、右腕を頼り無くぶらりと垂らしているペルソナの姿だった。
 ブリューナクの方も健在だ。大破した右腕を盾にするかのように構えている。
(右腕は死んでいるな……伝達系統がやられたか。左腕もいまいち動きが悪い)
 Xはペルソナの機体状況を確認し舌打ちする。この程度で済んだのならばむしろ上出来といえるのだが。
 何せペルソナが両腕を振りきる前に、ブリューナクは五度も突きを出したのだから。
 神話によるとブリューナクという神槍は、矛先が五本に分かれたもので熊手もしくはトライデントの亜種のような形状らしい。それを模して、シズナがかつて洒落でモーションデータを作成したのだ。
 これこそがブリューナク奥の手にして機体名の由来、特殊モーションパターン・コード『BRIONAC』……
(こちらの切り札を……初見で勘付いて退いた。当たりが浅い……どういう神経の作りしてますか)
 シズナはニ突きでペルソナの攻撃を捌き、残りで両腕・胴体の連結部三箇所を破壊しようとした。そのために密着したのだ。ダガーのリーチの問題もあり、一旦立ち止まって誘いをかけた。
 しかしXは本能で危険を察知し、五連突きが出る前に後退を始めた。ところがエクステンションのブースターが壊れており充分に距離が空けられず最初のニ撃が両腕に入った……
「そんな切り札を……性根が悪い」
「最後まで伏せておくから、切り札というんですよ」
 最後に見せるのが切り札という事ならば、それを明かした以上は最早手詰まりとも解釈ができる。お互いに強がっているが状況は悪かった。
(残ったのは動作不良の左腕一本だけか……どうする?互いに一刀のみならば、恐らく俺が負ける)
 Xはそう分析しているが、通常の倍以上の速さで酷使したブリューナクの左腕もやはり動作不良を招いていた。
「さて、どうします?」
 まだ通信は繋がったままらしい。シズナの心境といえば、退いてもらわねば困る。もう武装がロケットしか無い。さらにGJ弾の効果が残ったままブレードを振るったために、チャージング状態に陥っている。
『充填完了、援護射撃を開始する。敵から離れてくれ!』
 沈黙を破ったのは三つのエネルギーライン。無論マイクではない。施設に備え付けられているエネルギー砲台、ニードルガイザーの援護射撃であった。
 ……そういえば最初に、砲撃手の人が『コンデンサが故障しているので補助装置でエネルギーの充填を行う』とか『充填でき次第、援護する』とか言っていたような気もする。例によって聞き流してしまっていたが。
 ここでシズナは思い出したのだが、ペルソナとブリューナクの戦闘による流れ弾で結構レクテナ・アンテナが壊れてしまっていたようだ。
「いくらになるだろうな、減給」
「……あちゃぱー」
 だのと施設の方へ気を取られている間に、ペルソナはあっさり退いた。マイクはまだミサイルが残っているし、援護の砲台も煩わしい。ブレードが使い物にならない以上は無駄死にだと判断したのだろう。



「はー、今日は派手に壊したっスねー」
 Xが専用ドックへと帰還を果たし、彼専属メカニックのチーフであるジャン・ハーリーの第一声はそれだった。
「悪いな」
 そうとしか言えなかった。ジャンはまだ呆けたような様子だが、そういえばペルソナがろくに被弾して帰ったのはこれが初めてだ。
「いやいや、普段は暇で暇で腕の振るいようが無かったっスからね。新品同様にして唸らせて見せるっス」
「それは頼もしい限りだが」
 力仕事が長い割にはいつも日光を浴びていないような印象がある彼だが、機械の腕は信頼できる。ペルソナを現在の仕様に改造したのは他ならぬ彼なのだから。
「んにしても、何したんスか?謎の白い奴相手でも無傷だったっスよ」
「……少し踊ってきただけさ」
 詳しい事は採取したデータを見ろと言い放つと、Xは歩き出した。耐G性のスーツは通気性が悪くていけない、早々に着替えるとしよう。その後はあのハートレスの所へ行かねば……気が重い。
 言われたノルマを果たせなかったのも、ハートレスの下についてからは初めてだ。言い訳などする気は無いが、あの偏屈相手に何を言えばいいのやら。笑いたかった心境だったが、口を少し吊り上げただけで止まった。
(周りがいなければ相討ちにはできたかもしれない。相討ちならまだいい。だが……犬死にはできん)
 ペルソナの足回りにはほとんど損傷が無く、逃げきるのは楽だった。テトラはアレだし、ブリューナクもXは気付かなかったが左腕が使えない上にチャージング中。
(また俺は死に損なった……死神が迎えにきてまでも、まだお呼びじゃないという事か?)
 胸元のジッパーを緩め、その下から首にへばりついた金属の鎖を引っ張る。十字架のネックレスが覗いた。
「ジャン……ペルソナの強化は可能か?」
 ふと振り返ったXの言葉に、ジャンはまた目を丸くした。Xがペルソナの改良を自ら求めた事など無かったのだ。
「ええ、まあ……滅多に壊れない分、予算が結構余ってるっスから。考えとくっス」
「腕の振りはまだ速くなるか?」
「ペルソナの腕は今でも充分速いっスよ?REEで2551を振るより速いっス。何かあったっスか?」
 ひとまずXは何でもない、と言っておいた。実際、深い考えがあって言った訳ではない。
「あ、二時間もしたらBCSの調整したいんで来て欲しいっスよ」
 BCS。ペルソナに搭載されたパイロットの脳波で直接機体を操作するシステムの略称である。伝達媒介はナノマシンを使用している。
 大体の動きは普通にレバーやペダルで操作し、細かい部分は操縦者の思考を直結させる。これこそが、あの『細かい動き』の種明かしである。
 最も、それだけに関節部の磨耗はペルソナが軽量級である事もあり、通常のACの比ではないが。
 Xはぞんざいに手を振り、ジャンに答えた。これからがある意味最も疲れる『仕事』の時間だ。



『減給は覚悟してますよね』
「仕方がないでしょうが、あの状況は」
 シェラが手配したコーテックス社のヘリによりガレージまで帰還し、彼女と簡単に報酬について検討しシズナは頬を掻いた。
 ブリューナクとペルソナの戦闘は撃ち合いではなく斬り合いだったために周囲の損害はまだそれほどでもないが、皆無でもない。
「シェラさん、あの機体についてですが……どれくらい分析できましたか?」
『ブレードの出力が異常な点と、ブースターの効率化が進んでいるのかジェネレーターのコンデンサ量がすごいのか、やたらとOBやブースターを多用している……ってくらいですね。エクステンションには妙な多目的ブースターつけてましたし。普通にマルチブースターじゃ駄目なんでしょうか』
「そんなもん私だって分かります。もうちょっと具体的に数字出しなさい」
『あう……』
 少しへこんだようだが、めげずにシェラは近頃覚えたスキル、話題のすり替えを使う事にした。
『ところでシズナさん、あの機体ってブリューナク狙ってませんでした?』
「気のせいでしょ」
『いや、そんな一蹴しなくても。だって明らかに施設じゃなくてACを――』
「気のせいです」
 シズナの態度は気になるが、確かに個人指定で狙われるレイヴンなどそうはいない。シェラが釈然としない気分でいると、シズナは話題を謎の機体の方へと戻した。
「そうそう。今回の件について戦闘データに合わせ報告書作ってくれって要請が来たら、断わっちゃってください」
『……は?あれだけの相手にこれだけのデータがあれば、いい小遣いになりますよ?』
 ついこの間、A級ランカーが取り逃がした相手だ。コーテックスの耳に入れば要請は来るだろう。しかしデータの提出という事は当然、レイヴンがどのような任務を受けたか――について抵触する。従って当然、拒否権も存在している。
 つまりこれも一種の『依頼』である。依頼者とレイヴン間の事には深入りしないのがグローバルコーテックス社の本義であるため、それ以上の事は言えないのだ。
「お金欲しいなら私があげます。いーから断わっちゃいなさい」
『いえ別にお金欲しいって訳じゃありませんけど……では失礼します』
 歯切れの悪い返事を残し、シェラは通信を切った。
「……データを提出すれば当然、相手をした自分も映るから……か?」
 成り行きを後ろで見ていたマイクが声をかける。今回の任務でテトラは両手両足と、かなり酷くやられたがそれらのパーツはとりあえず専門の業者へと修理に出した。現在はスペアの手足に換装している。
「あいつがお前を狙ってたのは確かだ。俺や施設はオマケでしかなかった……ま、それが災いして最後にはオマケが邪魔で退かざるをえなかったわけだが」
「シェラさんは人が良すぎですね」
 やれやれと、シズナは両腕を広げた。あれは人間としては接しやすいので好ましいかもしれないが、この業界では有益だとは思えない。
「もう別に何も言う気は無えよ。あんなのまでわざわざ来るくらいだ、どうせ近いうちに分かるだろ」
「でしょうね」
 何か企業の機密事項でも売り渡したというのならとにかく、個人指定で狙われるレイヴンなどそうはいない。中堅レベルでもまず無いだろう。
「できりゃ本人の口から聞きたかったが」
「……すみませんね」
「一つ言っておくぞ?過ぎちまった事は何も変わらねし、やっちまった事はどうしようもねえ。どうあがいてもな、変えようがねえんだよ」
「なんか実感篭もってますね?」
 そういえばマイクの生前だって謎だらけである。死因は爆死だという事しか聞いていない。今よりは平和な時代の人間らしいのだが、ならばどうして爆死したのだ?
「俺にだって色々あらぁな」
「そうですか」
 シズナはテトラの隣りのブリューナクへと目を移す。テトラの修理を優先させたため、全く手をつけておらず満身創痍のままである。まずは使い物にならなくなった両腕をスペアに換装する必要がある。今夜は修理に手間取りそうだ。
(周りの援護が無ければ、この程度では済まなかった……次があっても、多分結果は変わらない)
 『IF』を論ずる必要は無い。結果が全てなのだから。しかし教訓を次に生かす事ができなければ、それはただの愚か者だ。
(あの機体……背中のハードポイントは塞いであった。本来背面に回すはずのエネルギーも全部腕に回してる……でもそんな事をすれば、間違い無くサムライが壊れる)
 根本的な所から改造を加えているのだろうか。成る程、個人レベルで運用しているとは思えない。
 AC本来の多様性を破棄した、まさにブレード戦のためだけの機体。それに対向しようというのは生半可な事ではない。
(それにあの反応速度。機体とパイロットの動きにタイムラグが見られないなんて……まさか知覚系直接伝達?だとするなら、彼は――)
 現在は廃れてしまったとされる禁断の研究。より人体を『ACのパーツ』へと近づける外法手術。
 あのパイロットの正体が、真の強化人間だとするならば。ペルソナの人間じみた動きにも説明がつく。
(強化人間に狙われるなんて……企業はまだ私を疎んじている。行く所まで行かないとダメなんですか、マイクの言う通りですね……)
 全くその通りだ。してしまった事は変えられない。その余波が現在を生んだのならば、これは償いだとでもいうのだろうか。
 どこかに答えを求め、シズナは視線を移した。その先には彼女の翼。神槍の名を冠した巨人。
 ただ黙して語らぬブリューナクは、早くも次なる戦へと思いを馳せているように感じられた。



「失敗したそうだな?」
 案の定、ハートレスは例のにたり顔であった――別に任務の結果には関わらず、いつもこうだ。どうすれば彼の怒る顔や驚く顔が見られるのか、もうそろそろ三年は付き合っているというのに未だXには分からない。
「……あの女の相手は二度とゴメンだ」
 Xが言う。この一言に全てを現わしたつもりだ。
「今更言うのも何だが、ACを降りている時にどうにかしろ。素性を洗う手間がかかろうと、その方が最終的には安くつく」
「パラライズガン六丁、オートマチック式拳銃三丁。サブマシンガン一丁、破片手榴弾二個、スタンガン四個――」
「何の話だ?」
 やはりこちらの言葉は無視し、一通り謎の武器リストを暗唱し終えるとハートレスは一息ついた。何かしらのレポートの束をXに投げてよこす。
「特殊訓練を受けた各企業の工作員やゲリラの一派、合計一三名。あの女に接触し返り討ちにされた人数だよ……確認が取れたのはそれだけだ」
「……さっきのはそいつらの持ち出した武器のリストか?」
「中には対物ライフルを持ち出すような過激な奴や、日本刀などという酔狂な代物まで持ち出した奴もいたそうだ」
 Xは口を開き――閉じた。どこかやり場所に困った右手を意味も無く彷徨わせる。
「つまり、だ。あの女は生身の時の方が手に負えん。しかしACでの戦闘ならば、お前一人でほぼ相討ちにまで持ちこめる事が分かった」
「たかが女一人相手にACか。経済的とは言えんな」
「レイヴンを都合良く始末するのは戦場が一番だからな。上は生け捕りが望ましいと言っているが……なに、無理に従う事もあるまい」
 Xは軽く息を吐いた。ハートレスの言葉を再度借りるようだが、たかが女一人にそこまでするのか?
「またお前には出張ってもらう事になるだろうが……相手がユイ・クジョウの仇だとはいえ、刺し違えてはくれるなよ?お前は貴重な――」
「俺の強化にも金がかかっている事くらい知っている、特別気負うつもりも無い!お前はいつもしつこいぞ、ハートレス……!」
「それが気負っているというんだ、Xよ」
 ハートレスはまたも愉快そうに笑う。Xの腕は文句のつけようが無い、強化も最先端の技術を駆使し行われた。ACに乗せるならばこれ以上の人材は望めない。
 だが唯一落ち度があるとすれば心だ。精神だけは発達しきっていないらしい。
「お前はまだ若い。とりあえず今日はもう休め」
 またしてもXは返事をせずに部屋から出て行った。別に気にしてはいないが、最低限の礼儀くらいは踏まえるべきだと思うが。
「Xを退けるか……クラレットの愛娘は、いつも私を楽しませてくれる」
 誰も閉めてくれないので部屋の扉を閉めてから椅子に腰を下ろし、ハートレスは遠い目で独りごちた。



  次回予告
「ところで、あなたの生前の方が謎深めてる気がするのは私だけでしょうか」
「ハッ、ただのガンマン気取りの悪ガキだったさ……」
「さーて次回は。私は戦闘しないんですけどね」
「オイこら自分で話題引っ張ってそれか」
「アリーナって変な人ばっかりですねー」
「お前も十二分に変だろーが」
 NEXT MISSION:SHORT REST(小休止)



  あとがき
 なんかシズナよりもACの主人公っぽい(そうか?)Xの登場です。なんか謎ばっかな奇人さんだけど。
 あ、そのパターン(『AC3』時の主人公がXだった)も考えはしたけど、なんかボツりましたわ。
 一応シズナと互角に渡り合った彼ですが、二人共互いにもうやりたくない、みたいな感じなんでライバルキャラという観点では失格(おい)。
 だからといって今後奴らがくっつくなんて可能性も考慮してませんがね。……え?そこはどうでもいい?
 さーて次回は。予告通り、シズナはある人に会いに行くからACに乗る予定ありませんよ。
 あと今回、キャロも出番少なかったなー。元は皆無だった予定なのに……どっから冥土服なんて調達したのやら。
 では、責任はとにかく投げまくりつつ次回までおさらば。



パイロット名:X  年齢:十八歳前後(正確な歳は本人も知らない)
公式レイヴンではない(コーテックスに籍が無い)AC乗り。インテンシファイ使用者ではなく真の強化人間。天才的な操縦センスを持ち、勘の一言で理論を無視した回避行動を見せる。性格は一見落ち着いていそうだが、上司であるハートレスとのやり取りを見るに怪しい。奇妙なバイザーのような物を常に装着しているが、あれは幼い頃に失った視力を補うための物である。
ACname:ペルソナ  エンブレム:モノクロのハート、下段に『PERSONA』の文字。
頭:MHD-MM/003
コア:MCL-SS/RAY
腕部:KAW-SAMURAI2
脚部:CLL-HUESO
ブースター:CBT-FLEET
FCS:VREX-WS-1
ジェネレータ:CGP-ROZ
ラジエータ:RMR-ICICLE
インサイド:KWI-RC/60
エクステンション:MEBT-OX/EB
右肩武器、左肩武器、右手武器、左手武器:None
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB L/TRN E-LAP M/AW CLPU
ASMコード:4POSKXZ50W0003Wea1
備考:AC本来の多様性を完全に破棄、上記の構成を元にブレード戦のみを前提とした大幅な基準違反改造が施されている。
まず背中に回すエネルギーは全て腕部に回す事で強化されたサムライの出力は通常の五割以上増加しており、月光やダガーにも匹敵する。
続いてEXの改造型多目的ブースター(CMブースター)は前方だけでなく後方にも噴射口を設置、さらにハードポイント自体が回転する事により前進・後退に加速をつける他にも急速旋回、急速上昇・下降にも使用できる(結果、元のMEBT-OX/EBより強度が落ちてしまったのは仕方が無い)。
両肩には別種のロケットを積んでおり、使い分けが可能。背面の武装欄を排除したためOSに生じた余裕を利用した。
その他ブースターの効率化等、上げているとキリが無いが一番の特徴は部分的とはいえ脳波を利用した直接コントロールシステム(BCS)が導入されている事にある。伝達には何らかの手段で操縦者と機体を直接リンクさせる必要があり、Xの場合は特定のナノマシンを投与しそれを伝達媒介としている。機体の片寄ったアセンからも、事実上Xの専用機となっているというか頼まれても誰も乗らない。
カラーリングは紺にセンサーランプが金。一応、ラピスラズリ(瑠璃石)に引っ掛けた縁起担ぎである。
作者:ラッドさん