サイドストーリー

MISSION NO.3.5

 暖かさ……罪人でも保証されていそうなそれはラピスには保証されていない。冷たい交わりを通して気分が憂鬱になり、いつもしばらくはその後遺症が残る。だからこそ稀に訪れる奇跡は穏やかな光で彼女を包み込む。
 …………とどのつまり、今日のラピスは久しぶりの暖かい食事に軽い感動を覚えていた。


  MISSION No.3・5
 CODE:A CROW'S WHEREABOUTS(鴉の行方)


 早速その熱々のステーキ肉にうきうきとナイフを入れる。焼き加減はウェルダン、完璧なまでに火が通っている。
「このステーキ屋、いいじゃない。肉も薄くないし値段もなかなか良心的だし、奮発した甲斐があったー」
 向かいに座るファナティックが、安肉に歓喜するラピスの様子に哀れむ様な視線を向けているのだが気にもしない。
「………お前の普段の食生活に興味が出てきたぞ」
 レジーナはちょくちょくラピスの住む居住施設に来るがファナティックとは外で会う事が多く、現在のラピスの私生活をあまり知らない。だからしてエクレールといいレジーナといい自分は除け者かと思った事もあったが、単に自分が出向かないだけかと結論した。
「なに!?何故リベイン牛が無いのだ!王都では王道だったぞ!」
 突然店内……遠くから怒鳴り声が響いた。肉切れを頬張り、実に幸せそうなラピスはその騒ぎに気付かない。
「ふん!このギズロ様がこの様な腐った肉屋に入ったのがそもそもの間違いだったな。最早貴様らに用は無い。せいぜい悪どい手を使って儲けるがいい!」
 店員を避けてずかずかと扉に歩く男。ファナティックがラピスを見やるがやはり気付いていない……いや、見て見ぬふりか?
「………ラピス」
「ふあ?何?…………ん?」
 ファナティックは心底呆れた溜め息を吐いた。
 歩き去る男は扉に手をかけた。デニムのジャンパーに灰色のスラックスが目に入ったがすぐにラピスの視界から消えた。
「……何なの?」
 呟いてみるが早々に見切りをつけて肉に向き直る。まだ全体の七割も残っている、なんとなくうれしい。
「ところで…明日は誰と試合だ?」
 ファナティックはナイフを軽く振って尋ねた。ラピスは肉に食いつきながらもごもごと答える。
「ん………うぇじーわ」
「レジーナか……」
 また特訓だな。ファナティックは胸中で納得した。
 ………ふと自分の肉を見下ろした。焼き加減はミディアムだが、しばらく忘れていたせいで冷めてしまっていた。



 アリーナツヴァイはグレネード弾をやり過ごすと跳躍した。
 迎撃に三発同時発射ロケットが放たれる。この武器は弾丸が決まったコースを飛ばず、撃つ側にさえ軌道が読めないのが厄介だ。
 マシンガンで進路に弾幕を張り、こちらに飛来するロケット弾を落としながらエキドナに向かって降下する。
 刹那、視界が爆風で無くなった。マシンガンの弾幕がグレネードを撃ち落としたらしい。
(結構考える様になったわね)
 真剣勝負だったなら構わず突っ込んで接近戦に持ち込むところだがここはブースターで後退、距離をとってやる。
 エキドナはロケットをランダムに撃ちながら追撃、ブレードを構えた。
「予想出来る行動はとらない!」
 いくらかロケット弾をもらったが被害は軽い。こちらの機動性を活かし、エキドナのブレードをレンジ外まで退がりやり過ごし、硬直の隙を逃さず接近。2551でエキドナを袈裟斬りに裂く。アリーナの堅い床をエキドナの脚が火花を散らして滑った。
『くっ………!』
 よろけながらもグレネードを向ける。ツヴァイは一瞬先にマシンガンをエキドナのカメラアイ部分に向け、放った。火花が散る。
 視界が真っ白になり、レジーナが動揺している様が見てとれた。

 慌ててコア視点のサブカメラを起動。レジーナは再びスロットルを握り……、固まった。
 レジーナの眼前には大きく、ツヴァイリッターのSOLとLS−2551が映っていた。


『おおっとエキドナ、ホールドアップ!試合終了!やはりAランクは伊達じゃない、強いぞ、ツヴァイリッター!』
 観客うけの良さそうな無難な実況が流れ、当の観客もなかなかの盛り上がりを見せていた。ランクの差から実力差は歴然、接戦よりAランクランカーの華麗な戦いを期待していた連中の方が多かったという事だ。またファンも増える事だろう。
 さすがにAランクにもなるとファンクラブの存在を拒否する訳にはいかないのが実情だ。それにただでさえ疎まれるのがレイヴンだ、人心掌握して民衆を味方にしておくにこした事はない。
 エキドナに突き付けたブレードを引くと、損傷も軽微なツヴァイリッターは観衆に軽く会釈してゲートに消えた。



 さすがにレジーナも三年経つとかなり腕が上がっている。だがその手応えについてふと考えたのはこちらの勘が鈍ったか?という焦燥と懸念だった。
 そういえば長い間本気を出していない。……三年前に『黒き死神』を相手にしたのが最盛期だったか。あの後半ば追い出される様に身を引いて以来、ACを駆る機会はあってもそんな大変な勝負を強いられる事など無かった。
 またあのランカー(化け物)とやってみたい。……そんな感慨も湧いた。
 先日の紺のサムライ機にも何かを感じたがここのところ、ジリアが報告書を出すとかで夜に連絡を取り合って寝不足気味になった。続いてローダス兵器工場の件も重なったので効果も倍だ。まあそれはジリアも同じだが。
 おかげで紺と白の謎のACはラピスに毛嫌いされる様になっていた。そして次に会ったら叩き潰してやると誓った。

 扉が開いた。アリーナの控え室には結構な数のレイヴンがいた。時間的に丁度試合前と試合後の者が集まっているのか、とにかくラピスは知った顔を探した。
「イヴァ」
 観戦していると言っていたエクレールがラピスを出迎えた。周りを見る。レジーナが反対の入口から入ってくるのが見えた。 「………ファナティックは?なんか見に来るみたいな事言ってたんだけど」
「試合の時間だと言って立ったが……聞いていないのか?」
 聞いてない。ラピスは胸中で答えた。試合があるなら試合があると言ってもらいたいものだ。レジーナがタオルで汗を拭いながら寄ってくる。
「あ、そうだ。こらレジーナ、肩武器をミサイルか何かに変えろって言ったのに変えてないじゃない!」
「だって片方だけじゃロケット20回しか撃てないし……」
「弾数は関係無いの。ずば抜けた狙撃センスがある訳でもないのに、ただでさえ命中性の低い武装ばっか積んでるんだからそれぐらいしなさい。それとも新発売の両肩二連ガトリング砲に変える!?」
「嫌だよそんなの!」
 にわかに始まった姉妹というよりは親子の様な言い争いをエクレールは適当に聞き流しながらモニターを見やった。
 画面には『B−4 ファナティック レッドアイ vs C−6
ギズロ・クレスター 怒髪天君 AC MODE』と表示されていた。



 試合開始と同時、レッドアイは回避の姿勢で怒髪天君の出方を伺った。
 それに対し怒髪天君はレッドアイに突撃せんとがっしょ、がっしょ……と、非常に重たい足取りで歩き出した。
『うおおおお!行け、怒髪天君!』
「…………………………」
 ファナティックを始め……アリーナ全体に、妙な沈黙が生まれた。必死に進む怒髪天君の足音だけが辺りに響き渡る。

「………。何なの……アレ」
「重量過多……中量二脚に武装を積み過ぎてる様ね」
 控え室にも等しく訪れた静寂の中、心境が深く静まり返ったレジーナとラピスの言葉が交わされる。
 外見情報として、青紫に着色されている怒髪天君の脚は、がっしりしたものなので重量脚と思われがちなのだが03−SRVTは中量脚だ。武装は拡散バズーカと投擲銃、肩には最軽量レーダーとリニアキャノンが担がれている。エクステンション部にはツヴァイと同じ実装甲が付けられ、その中心部にはEBMらしき、ぎざぎざの円で構成された幾何学模様が描かれている。
「………馬鹿げた機体だ」
 エクレールが言う。その馬鹿げた機体はアリーナ上位にもいるのだが。もっとも、何故か動きは鈍らないという詐欺くさい現象があるが。

「…………撃つぞ」
 ファナティックは無感動に銃口を向けた。

 牽制にエネルギーショットガンを発射。弾丸が怒髪天君をかすめる。そしてそれに対し、相手は何やら怒鳴ってくる。
『貴様ぁ!恐れ多くもこのギズロ様に挑戦し、あまつさえこちらが撃つ前に銃で狙い撃ちとはなんたる無礼!挑戦した側として、礼節をわきまえてはどうだ!』
「ならば全身全霊を賭し全力でかかっていくのも礼節だろう」
 FCSにチェインガンのサイトを用意させながら静かに言って返す。しかし相手の方からビービーとアラートがうざったい。こうも周りもACも静かな試合は珍しい。普通なら既に撃ち合いになり、叫んだところであのアリーナ内では聞こえはしない。
『ならばその礼節をないがしろにし、たたずむ貴様は何だ!』
 お前が文句を言ってきたからだろう。ファナティックはあえて黙って、チェインガンを発砲した。
 動きの鈍った怒髪天君は回避の術無くコアに被弾する。ようやくブースターを吹き、高速戦闘が始まる……訳もなく、苦しそうな移動を繰り返す怒髪天君を見てなんとなく哀れな感慨が湧いた。
『おのれ、言ってるそばから不意打ちとは!どこまで腐れば気が済むのだ!』
 だから全力出せと言ってそれは無いだろう。回り込み、接近。エネルギーショットガンを発射、青白い光が散る。任務にショットガンは役立つという話は聞くが対AC戦では相手、つまり戦闘スタイルを選ぶ上に火力不足な感も否めない。マシンガンからこれに変えてしばらく経つが悪くないと思う。
 怒髪天君から飛んで来た投擲銃が目の前で爆発する。すぐ脇を拡散バズーカが通り過ぎる。
 拡散弾はこちらが動かねばそうそう当たらない。しかし同時に、こちらが「いる場所」に落ちる投擲弾を撃たれては動きようがなくなる。向こうは気付いていない様だが被弾すると反動がある弾による弾幕はなかなか恐ろしい。
『ふははははっ!逃げ回るがいい愚者どもが!』
 乱射を繰り返す怒髪天君は上昇してリニアガンを放った。
「構え無しだと………っ!?」
 シールドが威力を軽減したがファナティックは驚きを隠せなかった。


 空中からのリニアガンと投擲銃の乱射がレッドアイを防戦に持っていく。防御に重点を置いた機体とはいえ攻撃無くして勝利は有り得ない。
「インテンシファイ持ってるのねーあのどはつてんくんて奴」
 時期的にはラピスの持つ様なオリジナルではなく最近出回っているコピー版だろう。機能に差異は無いがコピー版の価格は法外と聞く。しかしあのギズロ、先程聞いたが確かに敵を作る発言しかしていない。
「何呑気に構えてるんだよ、ファナティックヤバくない?」
 自分の事の様なレジーナの焦り様にラピスはへらへらと笑いながら手を縦に振った。
「大丈夫だって。そりゃレッドアイはエネルギー効率悪いくせにエネルギー食う装備してるけど」
 ………レジーナはますます心配になった。
「ん……先生何処行くの?」
「帰る」
「………。え?試合は?見ないの?」
 目を丸くして質問してくるレジーナにラピスはやはり気楽な返答をする。
「だから大丈夫だって。勝つから」
「そんな保証何処にあるっていうんだよ」
「勘」
 レジーナはがっくりと肩を激しく落としうなだれた。
 じゃねー、と周りに簡単な会釈をしてラピスは部屋から出ていった。Aランクという立場は超が付く有名人という事だ。知らない者はいない、というレベル。まだトップ三から外れているだけましかもしれないがこの間の謎のACとローダスの件で周りが騒がしい。帰るのは騒ぎが収まるまでおとなしくしていようという事だろう。
 何を根拠に大丈夫なのか分からない。いくら相手の動きが鈍かろうが火力の乏しいレッドアイにとってはまるで重量級を相手にしている様なもののはずなのに。レジーナは頭に疑問符を浮かべ、釈然としないまま再び大型モニターに目を向けた。


 機体損傷だけ見ればまだまだやれる。投擲銃の弾が起こした爆音が頭に響く。
「このギズロ様至高の発明品、怒髪天君に死角は無ぁい!」
(死角だらけのくせに)
 あれの短所は動きの鈍さ、狙いの乱雑さにある。防御の高いレッドアイなら……。
 ファナティックは舌打ちしてシールドを解除。一気にレッドアイを接近させた。
「怒髪天君、ライスボールだ!」
 妙な名の投擲弾が右エクステンションの追加装甲を吹き飛ばした。エネルギーを温存する為、ブースターもシールドも使わない。幸い相手は重量過多で鈍足だ。通常移動でも十分追いすがれる。
 ランダムに撃つチェインガンで牽制、敵の弾を撃墜しながら最後にFLEETを点火、瞬時に懐に飛び込んだ。
 紅い瞳(レッドアイ)の光が流れた。脚の一本が大きく踏み込み、ショットガンを構え、イクシード・オービットを起動させた。
「シールドブレイク…、散れっ!」
 発光。ショットガンをひたすら撃ち込む。怒髪天君が胸から煙をあげながらのけぞった。レッドアイは間髪入れずにチェインガンを撃つ。
「むごおおおおおおっ!」
 狙いもなにも無いバズーカと投擲銃がアリーナ内に散る。観戦していた者の口からホントにCランクかよ、と漏れた。
 レッドアイはとどめの一撃の代わりにEOとチェインガンで怒髪天君のAPを0まで削り取った。



「本当に勝った……」
「………何がだ?」
 控え室に現れたファナティックがレジーナに聞き返したところで、騒々しい音が聞こえてきた。
「花スティックはいるか!?」
 ………ファナティックだろ。レイヴンらしき人物が呟いた。ファナティックが昨日ステーキハウスで見た男が怒りの形相で立っている。
「私に何か用か」
 愛機とは裏腹な攻撃的口調でファナティックは返した。
「おのれ姑息な手段を使いおってからに、今日という今日はたとえ竜王が許しても許さん!」
 今日初めて相対した筈だが……誰かが言う前にギズロは不敵に笑った。
「あれしきで勝ったと思うのならそれで自己満足していがいい。怒髪天君の真の姿の前では誰もが道ばたに強く生きる雑草の如し!」
 ギズロは大仰に手を振ってみせると通路入口の脇に手をかけた。
「さあ行け怒髪天君!凡愚の鴉どもを血の祭りに捧げるのだ!」
 まさかACをここまで…!?一同は身構えた。
 ギズロ・クレスターは木箱に挿さったかかしをドンと置いた。誰もが絶句し、その水色のビニール髪を見つめる。
「食らえ、連装砲!」
 つまようじがボス、ボスと飛び出し、ファナティックに届く事も無く床に散らばった。
 ギズロが歯をくいしばる。
「ぬぬ…?まだ欠陥が残っていたか………ん?何だ、貴様ら」
 眼帯の女を筆頭に、その場にいた者がギズロを睨んでいる。
 彼の運命は、決まった。


「ラピスが何者か………?」
 控え室、隅のベンチでファナティックはエクレールに聞き返した。ギズロがふくろにされていた騒音はしばらくして静かになったが当人はいまだその場にのびている。
「さっきイヴァとすれ違った。『いやー二機も謎の機体に出会って少し騒がしいのよ』と言っていたが……あいつは普通に考えてその辺にいるレイヴンじゃない」
 連続で謎のAC二機を相手にしてかすり傷で済んだ事を言っているのは分かった。
「そりゃあAランクだしさ」
 レジーナは適当に誤魔化す様に言った。エクレールが今のイヴァは本当に全力なのか?と改める様にもう一度尋ねる。
「ラピスが何者か……か。会う以前の事は知らないが……、確かにお前の言う通り、あいつは普通じゃない」
 腕を組み抑揚無く言う。レイヴンなら素姓を隠すのは別に変ではないがラピスのAC操作技術は異常だ。レジーナが顎に手をやり思い出を検索にかける。
「私達が知ってる中で最も凄かったのは……、やっぱり管理者陽動作戦かな」
「30もの無人ACを奴一機で殲滅」
 ファナティックが戦果を付け加え、エクレールの表情が驚きに変わる。
「まさか………」
 あの作戦には当時MT乗りだったエクレールもいた。ならば自分達の部隊が敵中に取り残された時、見た朱い影は………。
「あの頃から一部の間で太刀風の名が生まれたんだ、確か」
 レジーナがぽつりと言う。ファナティックの方はしばし何かを考えこむ素振りを見せて、やがて口を開いた。
「それと……これは後で知った話なんだが……黒き死神抹消任務であいつはトップランカー、シズナ・シャインを仕留めたとか。いや、仕留める事が出来たと言うのが正しいな」
「え?何それ、あのランカーに勝ったの?先生」
「わざと撤退したと聞く。その後黒き死神は消息不明、企業が受けた被害の責任の一部が回され、イヴァ・ラピスの名はアリーナから抹消、その姿は消えた……」
 これでファナティックがラピスの失踪を心配して調べ上げた情報は全てだ。エクレールはかつてのトップランカーの名を出した。
「しかしシズナ・シャインというレイヴン、Eランクに……」
「偽者は過去何人も現れたさ。それに本人ならEランクなんて場所にいる?」
 レジーナが雄弁に語るが誰もがそう結論付ける推論だろう。エクレールはしばらく思案して話題を戻す事にした。
「それで……?イヴァは何者なんだ?」
「さあな……調べている時にどこか良い所の出だという話も聞いた気もするが…」
 この相談は、結局ラピスの謎を深めるだけに終わった。



(ミシェル、ACは好きか?)
 ミシェルは素直に頷いた。
(ミシェル、これに乗ってみなさい)
 ミシェルは喜々と乗り込んだ。
(ミシェル、どうだ?……何だ?このスコアは。お前はこんなものではないだろう)
 ミシェルは己を叱咤した。
(ミシェル、よくやった)
 ミシェルは至福だった。
(ミシェル……強く在れ)
 ミシェルは意味が分からず、ただ無言で佇んでいた………。


 ミシェルは目の前に立つ本物のACに圧倒されていた。今までTVや写真ごしでしか見た事の無いものがここにある。
 ミシェルは今年で十六歳になる。今まで機械工学、交渉術、強化トレーニング等の一貫性が無く、はたして実用価値があるのかよくわからない勉強の仕方を課せられてきた。

 ……全てはこいつに乗る為。


『システム、キドウ』
 起動音と共に旧式の機械音声がコクピットに響き渡る。
『今日は小手調べだ。通常のレイヴン試験と同等の戦力を出す。どこまでやれるか、見せてもらうぞ』
 担当の男の声が告げた。概要は聞いている。最初の相手であろう、MT数機を視認……しかしこのパイロットスーツというやつは着る者の気持ちはあまり考慮されていないのが気にいらない。今着ているのはミシェルの体躯に合わせて特注されたものだが当然、着心地は改善されていない。
 そんな不満は今更どうする事も出来ず、ミシェルの操る灰色の「初期装備」は屋内試験場を駆けた。

 威力の低いライフルでよく狙い、スクータムの武器を使用不能に追い込む。ミサイルが構えた盾をはじき、ブレードで本体を斬る。動きは単調でまだまだ未熟な節が見えるたどたどしい動きだ。
 しかしとても若年の少女が、しかも初めての搭乗でここまでの動きを見せているとは思えない。彼女を担当する事になった男は、混乱してわめく娘に事細かに手順を説明しなければならないと思っていただけに驚きだ。無言なのは緊張しているからだろう。
「娘さん、いい感じですね」
 そう言う通信士の傍らに立ち、試験場の様子を傍観する灰色のスーツ姿の中年男性は通信士を一瞥した。
「………まだこれからだ」
 そう言ってことわりも無しに目の前のパネルを操作する。それだけ高い地位にある人物なのだろう。……試験場のゲートの一つが開いた。
「ミシェル……最初の試練だ」


(…………?)
 スクータムが沈黙するとミシェルは開放されたゲートに気付いた。増援の設定もしていたのか、ゲートから人型の機体が飛び込んでくる。
 視認……フィーンドーNBが一機。飛行能力を持ち、機動性に秀でたMT。ミシェルの記憶が必要な情報を引き出す。
 パルスライフルが自機の装甲を削った。移動しながら反撃にライフルを撃つが簡単には当たらない。……ミシェルの知らない洗練された動きだ。相手は熟練したパイロットか。
『そんなとろい射撃で当たる訳がないだろう!』
 驚いた。フィーンドーからの通信らしいが若い男の声だ。飛来したミサイルがコアの自動迎撃機関砲によって落とされる。
 ミシェルはパルスライフルの追い討ちを半分被弾しつつも回避した。射撃に関しては機動性とライフルの差でこちらが不利、フィーンドーNBの短所は接近すれば露呈する。接近戦でフィーンドーに抗う術は無い。
 ……試験場に甲高い吸引音が響き渡った。
 次の瞬間、ミシェルの身体に強烈なGがかかった。それでもモニターを見据え、瞬く間に大きくなるフィーンドーを睨む。……ブレードが擦れ違いざまにフィーンドーの左推進ユニット兼ミサイル弾倉機構を切り裂いた。
 オーバード・ブースト……初搭乗で使うつもりもうまくやれる自信も無かったがやむをえなかった。奇跡的にうまくいったといえる。胴体を狙った筈だが、向こうが躱した様だ。
 エネルギーゲージが悲鳴、アラートを鳴らしている。チャージング寸前だった。…チャージングはレイヴンにとって禁忌だと学んだ。他人からの評価も下がる。
 まだとどめが残っている。『初期装備』は、バランスを崩されて墜落したフィーンドーNBに向き直った。
『そこまでだ』
 ここで通信士が終わりを告げたと同時、ミシェルは張り詰めた緊張感が一気に切れ、激しい疲労感に襲われた。汗が全身に吹き出し、半ば無呼吸だった為か息も荒く、肺が痛む。
 目の前の小破したフィーンドーのコクピットからパイロットが這い出てくる。普通ACやMTには脱出機構が無い為、危なくなれば機体を放棄し、可能なら後で回収するのが一般的だ。今回は推力を得るバックユニットの損傷、つまり移動が出来なくなったのでこれが実戦ならまさにそれに該当するだろう。
 ヘルメットを外し、短く刈り込んだ紅い髪が見える。年の頃ミシェルより二、三上といったところか…少年はこちらを、正確にはACを睨み、何やら毒づいて歩き去って行った………。



「ブレードの出力が不安定になってきてる気がするんだけど、摩耗?」
 ガレージでは帰って来たツヴァイの整備が進んでいた。ラピスは愛機の剣を撫でながらフレックに尋ねる。
「うーん………寿命、かも知れませんね。随分と無理させてきてますし……この際2551自体を交換した方が効率的じゃないですかねー」
 うーむ、とラピスは首をかしげた。最近は出力をいじくったりしてバランスを崩して使ってきたものだから寿命が早くなるのも当然か。レイヤード時代、MOONLIGHTを手に入れる前から使ってきた代物だ。愛着もあるが無理にだましだまし使っては命に関わる。
「そうね……2551は発注しといて」
 パーツは注文すればすぐに届く。急ぐ時には即でも受け付けてくれる。
 ただし、在庫は人気や需要に合わせてあるのでパーツによっては二、三日かかる場合もある。ブレード本体なら……明日には届くだろう。 近年左腕に装着する銃器が増えてブレードやシールドの需要も減りつつある。
「自律でACが動く時代ですからねー」
 とはフレックの弁である。
 旧い形式から新しい境地へ、接近戦より射撃戦の方がより人にとっては扱いやすい。接近戦は直感と技術に高いレベルが要求される反面、射撃は狙って引き金を引くだけ……。バルガス空港にミサイルが撃ち込まれたという話を聞いたが、自分に相手の返り血が付かない戦争に心は無くなる。
(AIといえば…確か研究グループがあったわね……)
 大した事は知らないが企業に技術協力をしていると聞く。まあクライアントによって敵味方が決まるレイヴンにとってどうこうできるものでもない。
 地上、企業、サイレントライン、謎のAC………。
(そろそろ太刀風の本領発揮か?)
 ふとファナティックの言葉が蘇る。馬鹿らしい、とラピスは胸中で笑った。一兵士に対して大砲の砲口を向けられるか?その兵士が余程屈強でも無い限り、そんなことはしないだろう。
 ………それでもラピスは、次の任務にはこのアリーナツヴァイで出ようと思った。




  あとがきに代えて  著:ラッド
 どうも、三度目の何とやら。ラッドです。
 いえ、これが最後です、はい。もう来ません。
 今回はインターミッションみたいな話がほとんどでしたが、個人的にはギズロくらいはっちゃけられたら幸せだよなあ…とか、思ったりしてます。
 その怒髪天君については、細かいアセンを貰っていますんで下に貼らせて頂きます。皆様もぜひ必死な動きとやらを確認してみて下さい。
 あと、レジーナやファナティックといった『AC3』期のレイヴンである彼女らも時間軸が『SL』である作中ではアセンが微妙に変わっております。お気づきだとは思いでしょうが。
 具体的には、エキドナのグレネードが携行型になっていたり、レッドアイがショットガン持って肩にチェインガンを装備している…等ですね。
 …え゙、そっちの細かいアセン?実はというと、彼との連絡はメールゆえに他のACについては資料貰ってなかったり…単に私めがどこにやったか分からなかったりします。お恥ずかしい。
 ミッション1.5の信男のアセンが無いのは貰っていないからで、今回のエキドナのアセンが無いのは無くしたからで(おい)…  …今度まとめて聞いておきます。

ACname:怒髪天君 AC MODE
頭:MHD-RE/005
コア:MCL-SS/ORCA
腕部:MAL-GALE
脚部:CLM-03-SRVT
ブースター:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
ジェネレータ:CGP-ROZ
ラジエータ:RMR-ICICLE
インサイド:None
エクステンション:CSS-IA-64S
右肩武器:CRU-A10
左肩武器:MWC-LIC/40
右手武器:MWG-SBZ/48
左手武器:KWG-HZL50
オプション:INTENSIFY
ASMコード:8KeCCHZ0Al5ILG00G1
備考:右バズーカとリニアキャノンを一つ下の重量に代えれば、大体積載限度ピッタリになります。
作者:ラヒロさん