サイドストーリー

MISSION NO.4.5

 レイヤード。
 地上という生まれ変わった故郷への道が開かれて以来、随分と静かになった気がする。
 事実、静かになったのだ。騒ぎの中心はよそに移り、犯罪の数や頻度はともかく管理者の勢力は消え、テロ屋もレイヴンも企業も多くが地下世界から旅立ち、3年前と比較するまでもなく現れる兵器の数が減り、静かになったのだ。
 コートの襟を立て、ラピスは都市区の街並みを見渡してそんな感慨にふけっていた。

 MISSION No.4・5
  CODE:HIDE AND INFORMATION(過去と知識)



『差出人:不明 件名:ミット二つ』
『キャッチボールの約束忘れないでね』

 ラピスはそのメールを消去するといつもの朱い革ジャケットを脱ぎ、衣装ケースにしまってあった黒のロングコートを引っ張り出した。
「イヴァ、出かけるのか?」
 茶をいれようと湯を沸かしていたエクレールが尋ねてきた。
 黒いハイネックの内から金のネックレスを引っ張り出す。……このネックレスはいつも身に付けている御守りの様なもので、仕事柄ジンクスやそういった類いのものはなるべく尊重しているつもりだ。
「ちょっとパーティーに行ってくるから。明日には帰ると思うけどよろしくー」
 軽いノリでそう告げるとラピスは部屋を出た。エクレールはしばらく何かを思案していた様だが水が蒸発する音で断ち切られた。


 地上に施設が移動して、今はすたれてしまった廃工場区が視界に入り、歩みを止める。
(確かここも確保したんだっけ………)
 すぐに進行方向を変え、市街へと歩き出す。
 しばらく交通量の多い大通りを進み、左折。先程の通りに比べ、半分程度の太さの道が延びる。車両の通る幅ぐらいはあるがこの通りは進入禁止になっている。
 ラピスはやがて左手に見えた一軒のバーの扉に手をかけた。
 その漆黒の扉の正面には白文字で……『RAVENS’NEST』と描かれていた。


「おう、ラピスじゃねえか。久しぶりだな」
 外の明かりは建物内部にまでは届かない。照明があちこちで灯っているが電球自体が放つ光度が低いので、結局全体的に薄暗くなっている。
 テーブルで昼間っから飲んでいる男にラピスは歩きながらひらひらと手を振って返した。いつもの席に座る酒豪レイヴン、ドランカードは笑いながらグラスに手をかけた。
 ここはレイヴンばかりが集う酒場。主人(マスター)はやはりというべきか、元レイヴンらしい。店の名前はかつて存在したというレイヴンの管理組織の名だそうだ。
 昼間なので客は数人程度だ。ラピスはたまに顔を出すので彼らにも良く知られているが……よもや常連も、マスターに一番縁が近いのがラピスとは思うまい。
 カウンターの椅子に腰掛ける。
「……で、キャッチボールの約束って?」
 ぽつりと独り言の様に呟く。時刻を確かめる……丁度二時だ。
 白髭バーテン姿のマスターがグラスを磨きながらカウンター越しに立つ。皺よりも細長く切れた目の印象的な初老の男だ。
「近くに廃工場があったろう。二号館だ」
「ありがと。……ところで景気は?」
 渡された酒瓶を掴み、立ち上がりつつ訊くとマスターはグラスを置き、溜め息をついた。
「三年間、連続下降中だ。嫌味か?」
「ま、仕方無いわね」
 レイヴンがいないのだから。
「なんだよもう帰んのかよ」
 僅かな時間にできあがったドランカードの声も流してラピスは鴉の巣を出た。


 来た道を引き返し、先程の廃工場区に入る。外に人の気配は感じられない……徐々に通りの喧騒が遠くなる。
 工場二号館の錆びた鉄扉を開き、足を踏み入れる。外の明かりが内部を照らす………乾いて埃っぽい空気が鼻についた。
(……………っ!?)
 機械音が耳に届き、ラピスは本能に従って跳んだ。
 銃声。コンクリートの地面が弾ける。弾痕から方向を察し、ラピスは銃を抜く。埃をかぶって散在する何かの機材の影を駆け抜けた。
 …………いた。セキュリティメカだろうか。ACの頭部程ある、キャタピラをはいた銀の機体が見失った標的を探して哨戒している。
 いきなり撃ってくる辺り、かなり無茶な設定がされているらしいが……対ACやMT用じゃあるまいし、機関砲の口径を見る限り明らかに対人仕様だ。
(目は……………?)
 どんなセンサーを備えている?熱か、音か………複数装備されていようが一か所に集められている筈だ。
 ………しかし自分は何をやっているのだろう。いきなり発砲してきた訳の分からない機械相手に。
 向こうがこちらを見つけたのか、機関砲が機材に隠れるラピスのすぐ脇を撃った。
 ラピスは飛び出した。身体をしならせ、素早いステップを踏みながら銃を構え、ずんぐり丸っこいボディ目掛けて引き金を引く。射撃にはACでも生身でも昔から自信がある。右上で赤く光るレンズが弾けた。
 後は武器を叩き潰す。金属相手に拳銃だけで全壊させるのはまず不可能だ。黒いコートをなびかせ、走り込む。
 死角へ周り込み、ラピスは押さえに………
「あー、悪い悪い。そいつ止めておくの忘れてました」
 声が聞こえた。ラピスは靴を滑らせて、指示を受けてセキュリティメカが停止したのを確認してから不機嫌に声の主に返した。
「……素敵な歓迎だけど……コートが真っ白になったじゃないの」
 Vネックの白い肌着にくたびれたチェックのシャツを羽織った男は曖昧に笑い、頭を掻きながらすみませんと言った。


「……あーあ、サーマル、ソナー兼用センサーが……ありゃー駄目だ。手に入れるの大変だったのに…」
「……なんでそんな目で見るのよ。一重にあなたの不行き届きでしょう」
「だって全壊したならまだ諦めつきますけど、センサーだけなんて捨てるには勿体ない」
 廃物利用して作ったもんだから再利用は難しいし、と言って溜め息をつく。
「ミシェルがセンサーだけ壊すから………」
「………………」
 ラピスは無言でその廃物利用ロボの機銃をひん曲げた。
「わああああっ!何を……っ!」
 彼の抗議、というより絶叫に耳を貸さず、ラピスはブーツのかかとや拳銃の底を使って機体全身にダメージを与え、最後に渾身の力で転がした。
 飛び散る破片。白い埃の煙を巻き上げて、散在するガラクタの仲間入りを果たした自らの発明品を見て、彼は絶句した。
「じゃ、次にのぞみなさい」
 肩を叩き、泣き声をバックにラピスは地下室への階段を降りた。
「僕の…シェル・ブラスER………」


「来たか。………なんだ?その格好は」
 パソコンに向かい合っていた男はラピスを見るや否やそう言った。コンクリートで囲まれた室内の空気はこもっており、蛍光灯の一つがちかちかしてあまり健康な環境には見えない。
「タナンの子がおいたして……」
 言いながら白くなったコートをはらう。
「そうか」
 短く言うと再び画面に向かい合い、キーボードに指を走らせる。……電源を落とすとYシャツの上に着る紺のブレザーを掴み、ラピスをさらに奥へ促した。

「お帰り、ミシェル」
 部屋に入るなり金髪を三つ編みにした女性がラピスを抱き締めた。女性としては少しがっしりとしていて、ラピスより頭一つ背が高い。
「はい、マスターからお土産」
 持ってきた酒瓶を渡す。仲間内では酒豪の称号を得ているサザンナはにっこりとほほ笑んで受け取った。
「………?あなた達だけなの?」
 ラピスは室内を見回して男、バンカースに言った。余計な言葉の無い男だが、喋る事が苦手なのが理由なのをラピスらは知っている。
「そうだ。他は仕事と任務だ」
 『仕事』とは拠点で行う仕事、『任務』とは外へ行く仕事を指しているのだが、今はさして問題では無い。先程のタナンと、サザンナとバンカース以外はよその拠点にいるのだろう。……いや、後一人いたか。
「では以前から言っていた通り、テストに協力してもらうぞ」
 バンカースは隣りの工場棟の地下室まで繋がっているらしい非常用通路を開きながら告げた。


 隣りの棟の地下室はやはり似た…というより同じ間取りをしていた。もっとも、所狭しと運び込まれている機材などで雰囲気は先程の部屋とは大きく違っていた。
「……搭乗シュミレーター?よくもまあこんな狭いとこに持ち込んだわね」
 ラピスが独り言のつめりで言う。ACやMTを疑似的に操縦出来る『ゲーム機』だ。バンカースがシュミレーターと繋がっているパソコンに手をつけた。
 ラピスはマシンを一目見て気付いていた。……既に稼働している。まあ動力が入ればその音量はあからさまに分かるぐらいの大きさを出す。
「もしかして…………アロウ入ってるの?」
 ラピスの声に反応してかは分からないが、片方のマシンの扉が開いた。
「よう、来たな」
 頭の機具を外し、その短く赤い髪をわしわしとかき回しながら現れた男は、ラピスを見てニッとと笑った。しっかりとしたガタイに褐色に近い肌をしていて、理想的な健康体をイメージさせる。朝から剃っていないらしい無精髭が三十路という年齢を感じさせるとラピスは勝手な思考を回した。
「まさか朝からずっとここにいたんじゃないでしょうね」
「当然だ」
 アロウに代わってバンカースが答えた。
「……当然、ねぇ」
 何が当然なのかあえて言及はせずにおき、本題に戻す事にする。
「ようやくACが持てるのねー。ま、いつまでもフィーンドーなんて旧式じゃあねぇ」
「おい、フィーンドーを馬鹿にするな!ミシェルはあの浮遊感と壮快感を知らないだろう、あれは一度乗れば中毒症状起こす事請け合い………」
「あーはいはい。フィーンドーバカはほっといてバンカース、準備よろしく」
 コートを手近な椅子にかけ、シュミレーターに乗り込む。アロウの組んだACがどれだけ使えるか、今日はその為のテストだ。後で修正も加える予定である。
 以前から聞いていた話だ。相手は他にも…例えばサザンナもなかなかの腕利きだが、アロウは自分達のパイロットの中でも最強のラピスを希望したのだ。
 ちなみに何故実戦でテストしないかと言えば経済的事情が大半を占めている。

 ツヴァイリッター(アリーナ仕様)の構成情報とアロウの試作したACの構成情報を入力する。
『始めるぞ』
 バンカースの淡々とした声が響いた。


 真っ黒い周囲に景色が点った。…ステージはAIの育成によく用いられる何かの施設を模した演習場だ。
 その後すぐにGOの文字が光った。まずは前進して相手を捕捉しない事には始まらない。適当な建物に上がり、相手を確認する。
(…………あ、やっぱりフロート脚か)
 見えてきたアロウの機体は浮いていた。かつての乗機、フィーンドーNBから予想していた事だがその全体的なシルエットは何かの浮遊ポッドみたいで、ラピスは機体を地面に降ろしながら肩をすかした。
 ブラウンをメインに深緑、アクセントにシルバーの機体……武器腕はオービットキャノン。肩に積んでいるのは大型ミサイルにアサルトロケットと……連動ミサイルか。
「勝負!」
 アロウがRAYのOBで突撃をかける。ラピスはすかさずマシンガンで応戦した。武器腕の最大の特徴は高い攻撃力と少ない弾数、そして防御力が皆無に等しい事だ。タンク級ならまだし、軽いフロート脚ならかなり打たれ弱いはず。
 しかしマシンガンにひるむ事無く、撃たれながら突撃を続ける。確かにACはMTより堅牢だしタフでもあるが無茶なやり方だ。
 接近する。
(……………っ!)
 発射された連動ミサイルをマシンガンで落とす。直後……すぐ目の前に大型ミサイルが迫った。
「な・る・ほ・ど……ね!」
 反射的に後退し、マシンガンで叩き落とす。閃光がモニターを染める。確かに、瞬発力の高いツヴァイでなければあれを躱すのは難しかっただろう。
 距離が近いと迎撃機能が役に立たなくなる。それを考慮した上での突撃戦法だろうが……このゲームならともかく、実戦で使えるものかどうか……。第一、仕掛けたアロウの方が惰性で建物に激突、崩壊させている。
 態勢を立て直し、今度は六基のオービットと連動ミサイルが飛来した。ここは機体を踊らせてやり過ごす。
 続いて二連ロケットで狙ってきたが、タイミングが遅い。これも跳んで躱す。大型ミサイルといいオービットといい、FCSの切り替えに時間のかかる兵器が多いからか。
(…………こりゃ、駄目ね)
 眼前の武器腕フロートにとっとと見切りをつけると武装をロケットに切り替え、LS-2551を構えた。


「三日三晩考えたのに…………」
 憔悴した様子でパイプ椅子に座り込むアロウに構わず、バンカースはアロウの組んだAC『ツェルト・ファーレン』を、パソコンのACアセンブルツールで表示させにかかっていた。
「馬鹿が半端に頭使うとろくな事にならないのよね」
 ラピスが肩をすくめ、両手を上げてやれやれと言う。アロウは頭を抱えて悔しげに呻いた。
「馬鹿だねー。ミシェルに適うどころか呆れる位間抜けなんだから。普通あれだけ攻撃を待ってくれる奴なんていないよ。ミシェルが本気なら施設に激突した隙に致命傷与えられたでしょうね」
 さらに容赦なくサザンナの言葉のナイフが彼を刺しにかかる。ラピスは表示されたツェルトのスペックと構成を見ながら顎に手をやった。
「まず武装全体が駄目駄目ね。武器腕やめて、肩を換えて……あ、コアもイクシード・オービットの方が……」
「おいおいおい!いきなり全部変えてんじゃねーよ!」
「へぇー、余剰電力は五千も……フロートにしては上等じゃないか」
「それで、どの腕にするんだ」
「………タナンはまだ上にいるのかね。ミシェルはどう思う?」
「んー…軽いのじゃないとフロート脚の機動性は元より、両腕の装備が制限されるから……ま、大型ミサイル外して他のミサイル載せりゃいっか」
「こら、ちゃんと搭乗者である俺も混ぜて………」
「パルスライフルとミサイルに、左手は……ブレードよりシールドがいいかしら」
「おいってば!」
 必死に抗議するアロウにラピスは向き直ると、面と向かって言い放った。
「フィーンドーの特徴を抑えた方が扱いやすいでしょう。大体、中ランクのレイヴンでもそうは使いこなせない兵器ばかり、新米のあなたに扱いきれる訳が無いでしょうが。フィーンドーの売りは安定した高機動性。急加速するオーバード・ブーストを無理に使うよりはイクシード・オービットの方が無いよりましだし、武器は扱いやすいものから始めるのも筋ってもんでしょう。最初から好きなアセンブルで機体組めるんだからこれ以上文句は言わせないから。あなた、すごく恵まれてるのよ。いい?世界には老若男女、いろんな事情からACに乗りたくても乗れない人達が五万といる事を………」
 アロウは再び頭を抱えて呻いた。口で女には適わないと言うよりはすごく正論で返されたからだ。だが…まだ肝心な所が一つ残っている。
「いや……だからパイロットである俺を交えてだな、話を………」
「よーし決めた!腕はHADROで………」
「聞けよ!」

 ………その後、四人で延々と論議を交わし続け、ふと気がつけば時刻は夕食時を大きく過ぎていた。
「……多弾頭ミサイルだけなら連動ミサイルいらないんじゃない?」
「コアに迎撃機能が無い。SILENTを……」
「いーや、守るより攻めだ。何の為にND−8積んでんだ。距離もスピードも申し分無いだろ」
 その辺にあった椅子と机を引っ張ってきて、休憩室に置いてあった菓子やつまみをぱりぽりとかじりながらラピスは彼らの様子を傍観していた。何のことはない、ただ議論するのに疲れて腹が空いただけだ。
「だから支援用なのに散弾銃持ってどうするの、頭悪いね。スナイパーライフルでも持ってな」
 サザンナがキーボードを叩き、ショットガンをスナイパーライフルに変える……重量過多になった。
 次の食を求めて机の左奥をまさぐるがヒットしない。……手元を見たらさきいかの袋が無くなっている。……バンカースがかじっているのはもしかして……?
「ひょっとばんかーふ、わふぁしのイカかえひてよ」
 仕方無く菓子パンをかじってから抗議する。
「ん?いっからみひぇるのおんになった?」
「って、お前らだけ食ってんじゃねーよ!」
 アロウに柿ピーを取り上げられ、ラピスは不満げにチップス(のりしお味)を頬張った。


 しばらくして……既に色街ですら喧騒は収まっているであろう時刻。時間の経過が認知出来ない地下空間にいる以上、体内時計も麻痺してしまう。ラピスは眠い目を懸命に開きながら言った。
「まだ終わらないのー……?眠いんだけど……」
 睡眠は好きだ。あの漆黒の空間を沈む様な無量の感慨が特に。無防備という懸念事項はあるが、そういった訓練も施されているラピスにとってはさしたる問題でも無い。
 今はとにかく寝たい。眠りたい。………呼ばれたにも関わらず自分勝手なものだ。
「後は右腕を……」
「ハンドガンで決まりでしょ」
「右腕にブレードは無いのか?ミシェルの2551みたいな」
 アロウが尋ねてくる。ラピスはいかにも気怠げに無いわよ、んなもん、とぞんざいに返した。
「ううむ………なんか頼りねぇなあ……」
「支援機というのは単独では頼りなくて普通だ」
「いや、ハンドガンがなー………他になんかないかー?……っと、おお、ブレードあるじゃんか」
 アロウが喜々と表示したのは打ち出した鉄杭によって相手の装甲を貫く兵器……通称『射突型ブレード』と呼ばれる接近戦用兵器だ。
「あー……それカテゴリー上ではそうだけど……ブレードじゃないから。やめといた方がいいわよ……扱いがすんごい難しいの」  ふにゃふにゃと机に突っ伏しながら言う。……レジーナ達の前では見せられない醜態である。
「この武器ならこちらで自作出来る」
 バンカースが構造や性能を見て言った。武器が原始的な分、作成は容易だ。工場でなくとも製作は行えるという事を実践して見せているのはこことテロ組織ぐらいだろう。公式の傭兵はほとんどがコーテックス直営のショップ頼りだ。
 アロウはその画像を見て笑みを浮かべてよし、これだ、と意気揚々に宣言した。



 最高という言葉は軽々しく口にして良いものではない。
 それは、有り得ない事。あってはならない事だ。
 積み上げるものに天井を用意してどうするというのか……。かつて閉鎖された地下社会が地上に解き放たれた様に、物事に限りなど、無い。
 グローバルコーテックスの専務取締役、ディーン・ランウィリーはミラージュ社の新開発したパーツ「MAH−SS/VV」の説明を受けながらそんな事を思案していた。
 ブラウンのスーツは青などと違い、上役の衣装の様なものだ。齢五十も過ぎれば伸びた髭といい、それ相応の貫禄が出てくるが、それ以上に独特の雰囲気を漂わせている。白髪の増えた髪を染めるのも馬鹿らしいが仕事柄、対面した時、人心に差し障りない身なりを心掛けなければならない。
 この腕パーツは最高だと繰り返す担当に、無感動なまなざしを向ける。
「……と言う次第でございまして、ただ我が社の生産ラインに乗るまでもうしばらくかかるのでレイヴンへの供給はまだ先になるでしょう」
「ふむ………セルフレスが喜びそうな腕だな」
 上役の壮年の男性がそう言って紙コップに入った冷めたコーヒーに手をかける。ディーンは見慣れた自社の会議室の真ん中に座っていた。確かに、ブレード戦主体の彼になら………サンプルとして提供された試作品は彼に預けてみようか、と思い至った。
 コーテックスは一度、地上への道が開かれた折に組織を解体しようかという話も沸いていた。しかし管理者というタガが外れ、地上進出とあいまって企業の対立が激化。管理者を失ったレイヤードの面倒も含め、レイヴンの需要は減るどころか跳ね上がった。
 そこでコーテックスは業務の継続を決定した。
 中立であるコーテックス程の巨大企業の解体。力ある者、レイヴンまでをも解き放つという事実は、ただでさえ劇的変化に戸惑っている社会に、さらなる混乱を招くだけだと認知していたからだ。
 今日まではなんとかやってこれた。しかし懸念事項は多い。サイレントライン、多発テロ、企業戦争……勿論、それらの恩恵を預かって存在している自分達やレイヴンにとやかく言う権利は無い。
「さて……ランウィリー専務は、どう思われますかな?」
 講義の済んだ会議室で、説明会に出席していた兵器販売(ショップ)関係の代表が話しかけてきた。
 さてどの話を言っているのか……。ただでさえ問題も仕事も山積みなのだ。本や映画の世界の様に『例の件』では通らない。まあ今の状況で話題を間違えるはずは無い。
「SS/VVですか?……新パーツ完成の度に、『最高』だと言って持って来る。彼らは一体いくつ『最高』のパーツを作るんでしょうな」
 自嘲気味に苦笑してディーンは続けた。
「しかし……悪い物ではありません。重量級にしては軽目の重量、防御力の低さは厚い装甲で補えている。EN供給量、追尾性能の値から見ても、少々値は張りますがミラージュの言う様にMX/REEと並んでブレード戦主体の機体には願ったりのパーツでしょう。もっとも…私はレイヴンではありませんので実際に使ってみてどう感じるかは保証しかねますが」
 ショップ関係代表、パーク・ニルソンは頷いた。ディーンは周囲を気にしながら彼を見やった。
「さすが、長らくコア構想に携わってきた方は違いますな」
 地下世界、レイヤードの暮らしを始めてから開発が急務とされたMTも元は作業機械だったが、次第に戦闘に特化して今や実に多彩なバリエーションを誇っている。ついにはコア構想と呼ばれる思想からACが生まれた。子供が習う初歩の歴史だ。その進化は……今も続いている。
 昔の話です、と言うとディーンは書類……学生の頃はプリントと呼ばれる上質紙なのに何故大人になると呼称が変わるのか……とにかくそれらをまとめて席を立つ。
「ブレードと言えば……『スカル』に我が社の部隊が動くという話……誠で?」
 ショップ経営の者では公式の場で聞けない話だ。安易に答えて良いものか……近くに人はいないのをもう一度確かめる。ディーンはしばらく沈黙を挟んで答えた。
「ええ、『黒き死神』ですら相討ちで終わる相手です。先日、『スカル』改め『ペルソナ』の指名手配度は最大レベルに引き上げられています」
「なんと………」
 指名手配と言っても…公開して情報を募る訳では無い。あくまで危険の度合いを示すものだ。かつての混乱の中心だった人物の名と厳しい処置に、パークは意外といった声をあげた。……互いに若かった頃、人生の一時、同じ道を歩んだ事があるという過去がなければ、実質コーテックスを仕切るディーンにここまで話してはもらえまい。
「デウスエクスマキーナ……後は連中に任せておきましょう」
 ディーンは小さく呟いた……時間がおしている、互いにそろそろ部署に戻らねばならない。
「そろそろ行かねば……。そういえば……レイヴンの娘さんは…お元気ですかな?」
 トントンといびつに重ねられた紙の束で机を叩き、綺麗に揃える。
「先日もローダス工場……でしたかな?大戦果をあげられたそうで」
 それらを腰に抱えるとディーンは歩き出す前に告げた。
「娘などではありませんよ」


 ラピスらは仮眠をとった後、場所を移した。
 昨夜いた棟よりもさらに街から遠ざかっている。この辺りには廃工場棟がいくらかと人工的に作られた自然の上に根付いた自然しか無い。
 ラピスは大気中の振動からその中の一つが稼働していると察した。
「はぁー、ここで組むの」
「必要なパーツは後であなたとディーンさんに伝えるから」
 サザンナはラピスの背中を叩きながら言った。

 中は雑然としていた。元より一棟でコーテックス支給のガレージ並みの広さを誇る工場だ。ACを二、三機置くぐらいは造作無い。後から取り付けられた古いハンガーには既に一機、別のACがかかっている。隣りのハンガーにアロウのツェルトファーレンが並ぶ事になるのだろう。
 メカニックらしい人間があちこちで仕事にいそしむ中、ラピスはバンカースに設置された媒体の前まで促された。
「コード『スカル』と呼ばれたACを知っているな?」
「確かー………非公式レイヴンの一人で腕がたつとか」
「…………。本当に分かっているだろうな?」
 適当に言ったのがばれてラピスは頭を掻いた。周囲への関心は自分の近くにあるもので止まるのがラピスだ。バンカースは持っていたディスクを差し込み、表示されたファイルを開けた。
「あ…………」
 驚いた。紺のサムライ機………。エクレールのラファールではない。先日出くわした所属不明機だ。
「機体名『ペルソナ』……パイロット名『X(エックス)』。闇アリーナに登録されている情報だ」
「……………」
 サザンナが歩み寄る。…ラピスの瞳が鋭くなっているのに気付き、にっと笑いながら涼やかに喋る。
「シンプルな構成だけど改造されて随分と贅沢な機体らしいよ。ったく、同じ非公式でもこっちは火の車だってのに」
「速いわね………それにこのEXブースター……」
 やっぱり怪しさ全開ね、と何かに納得して頷く。
「特徴としてはサムライ2の出力は市販のものと比較して推定約一・五倍。マルチに改造されたOX/EB。関節をフルに活用した戦い方……闇アリーナの試合も全て圧勝に終わっている。この機体に対して、グローバルコーテックスは直属部隊を動かすそうだ」
「……………、ハーモナイズ?」
「デウス・エクス・マキーナだ」
 ラピスはようやくこの情報の源に確信が持てた。
「……よくもまあこんなスクープ映像を回せたもんね。………ところで、このペルソナの相手って誰?無茶苦茶強いって割には渡り合ってるみたいだけど」
 倍率が高いのか画像が少々荒くなっているのではっきりとは見えないが黄色い軽量二脚。その反応、動き……どれをとっても高次元だ。僚機の存在も確認出来るが二対一でも押されている。ペルソナとやら…とてつもない。あの時、任務仕様のツヴァイではまず撃破されていたであろう。いや、本来のツヴァイリッターでも確実に勝てるという自信は湧かなかった。
「アリーナEランク所属、レイヴン名『シズナ・シャイン』、機体名『ブリューナク』。三年前、『黒き死神』と呼ばれたレイヴンと同一人物と見てまず間違いない」
 さらりと言うバンカースに対してラピスはふうん……と感慨深く頷いた。黒き死神……確か直接関わったのはいつかの抹消任務が最初で最後か……あの時は死なない様にするのでいっぱいいっぱいだった。
「ミラージュ、ユニオン連合軍との一件で乗機は大破。パイロットは行方不明。三年の時を経てミシェルの後に続く様にアリーナに再登録。試合では負け越しの戦績を出しているが……任務先ではこの通り、別格だ」
 バンカースの読み上げに、不意に笑いが漏れた。何がおかしいのかとバンカースが怪訝顔で見てくるが、しばらく苦笑してから口を開く。
「まさかあのレイヴンが近くにいたなんてね」
「………ミシェル、気付いてなかったの?」
「いやーリトルベア以降の新人はエクレールぐらいしか知らないから」
 あははと笑いながら言うラピスに、サザンナは呆れた様子で嘆息した。
「以上、全てディーン氏からの情報だ。特にこの映像ファイルはコーテックスでもトップしか知らないものだ。ミシェル……Aランクランカー、イヴァ・ラピスが取り逃がし、『黒き死神』が勝てなかった相手だ。コーテックスとしても奴のバックが気になる。それと…こちらには遭遇しても深追いするなと言われている。いましばらくは傍観だ」
 ディスクを取り出し、再びしまう。サザンナは尚も何故か上機嫌に言った。
「仮に私ら全員でかかって、もし倒せても、ただじゃあ済みそうにないしね」
 私ら、とはラピスとサザンナとアロウ…この組織のAC乗りを指しているらしい。バンカースは普段オペレーター役だ。
 コーテックス非公認でのACの運用が認められていないのもあってテロリストが自前のACを持っている事は珍しい。とにかく入手と隠蔽、維持に手間どころか金までかかるとなればまるでお手上げだからだ。修理もショップの工場に必要な部品を発注する訳にもいかないので難しい。非公式にACを保有するというのはそれなりのリスクも伴う。テロリストにACが混ざっている場合は大抵がガラクタ製か裏のルートから雇われたテロリズムレイヴンだ。
 もっとも……今ラピスがいるここはテロ組織というよりはゲリラと呼ぶのが適切だ。コーテックスの専務とアリーナAランクランカーの庇護をうけているからこそACを持てる。いわゆる仕送りという奴だ。その環境も整ってきた。
「ところでミシェル……インテンシファイは?」
 サザンナが尋ねてきた。ラピスはあの至れり尽くせりの殺人パーツがどうかしたの?と何かを含めて返した。
 殺人とは自身に対して言っている。あれを使うと後で身体がだるい。世に出回っている物はただの反則パーツだが、ラピスのインテンシファイは違う。無茶な動きが出来るがすればするだけ身体に負担がかかる。それこそ機体は勿論、パイロットの安全も無視だ。並のレイヴンではまず十分と保たないと常々思っている。
「ペルソナに限った話じゃないけど、また雲行き怪しいから用意はしといた方がいいよ」
「ん…………分かった。分かったけど………」
「………けど?」
「…………はて何処にやったかしら?」
 次の瞬間、サザンナはラピスに一本背負いをかまさんと食ってかかっていた。



  あとがき兼次回予告
 戦闘無いなー今回。新キャラと新しい部分の設定が大半なんでそっちに手を割かれてしまいました。次は戦闘増やす様に尽力してみます。
 さて次回は…、選定試験を受けに行く。立ちはだかるは妙な逆脚AC。勝っても負けてもどーでもよし、な気分のラピスに訪れる結果は……

 余談 廃工場にて
タナン「おろろ〜ん、僕のシェル・ブラスER〜……」
作者:ラヒロさん