サイドストーリー

『整備士マット・グリーズの場合』
『整備士マット・グリーズの場合』



「親父さん、また例のレイヴンですよ」

数機ほどのACがやっと収まるくらいの小さな修理工場で、
見習い整備士ロンの若々しい声が響いた。

「ん?ああ、あいつか。今度はどんな状況だ」

この修理工場『ドレシー工房』の社長兼整備主任のマット・グリーズが
飲み屋の常連からは濁声と呼ばれている声でつまらなそうに言う。
マット自身は自分の声が深みのある渋い声だと信じているのだが、
自分の聴く声と他人の聞く声は違うという一般知識を知っているのであまり自慢しないことにしている。

「今回もメチャメチャっすね。どうやら足の方はしっかりしてるみたいなんで歩いてはいるんですが、
 頭は屑鉄、ボディは穴だらけだから内部のパーツも滅茶苦茶。腕は左腕が無いし、挙句に武器は全部廃棄してきたって話っすよ?」

確かに機体修理のために運び込まれたACは元の原形を全くとどめておらず、
機体の心配より中に乗っていたレイヴンの心配をしたほうがいい、というような状況である。

「ちっ・・・あの馬鹿が、こっちがいくら防御のいろはを教えてやっても聞きやしねぇ。
 ACを何だと思ってやがんだ?馬鹿は死んでも直らねぇって言うが、死んだら馬鹿も何もねぇんだぞ?」

そう言いながらもマットは機体の修理箇所チェックは怠らない。
自分は整備士で自分の修理次第でACは本来以上の力を発揮できると思っているからだ。
いつもACは人間を裏切らない。
手間をかければかけるほど、ACは自分の言う事を聞いてくれるようになるのだ。
しかし、最近の若いレイヴンはそれを分かっていない。
それが元レイヴンであったマットの苦々しく思っていることだった。

「・・・こりゃほとんど駄目っすね。足は何とかなるとしても、頭とボディは総替えって所ですか」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。ただパーツを総替えするだけなら俺たちはいらねぇ、
 少ない金額で元の形に戻してやるのが俺たちの仕事だといつも言ってるだろうが」

「でも、これじゃ直し様がないっすよ。企業からパーツをまわしてもらったほうが・・」

「頭を使えよ、頭をよぉ。この前格安で部品掻き集めて組み立てたACがあっただろあれを使うぞ」

「しかし、あれは親父さんがマックスのために組み立てた奴じゃないっすか」

マットには今年14歳になる息子マックスがいた。
どうやら父親の血を受け継いでレイヴン乗りになるのを夢にしているようだ。
小さな頃から機械と戯れて来たマックスにとってそれは当然の事と言えた。

「なに、マックはまだ14だ。レイヴンに乗るにはまだ早ぇよ」

「そんなことしても、どうせすぐにあいつはAC壊しますよ?」

「仕方ねぇだろ。今回は何とかミッションを成功させたみてぇだが、どうせ修理費や弾薬で赤字だ。
 せめて少しでも修理費を安くしてやんねぇとあいつはレイヴンを辞めるしかないからな」

「いっそのこと辞めさせちまえば良いんじゃないですか?どうせあいつはむいてないっすよ」

「・・・他人が軽々しく人の職業を向いてる向いてないって言うんじゃねぇ!
 あいつがレイヴンやりたいと思うなら、やらせてやればいいんだ。そしてそれを助けてやるのが整備士なんだよ」

「わ、わかりました。すいません」

「おう、わかったら奥にある『ドラグーンU』を点検してこっちに使えるパーツ選んで来い」

「は、はい」

自分の組み立てた『ドラグーンU』の元へ走って行くロンを見ながらマットは
いつから自分はこんなに人に説教を言える人間になったのだろうかと思った。

9年前、妻のドレシーは病気だった。
毎日のようにミッションのために家を空けていた自分の苦労を妻が全て被ってしまったとマットは思っている。
そんな自分を妻は毎日無事に帰ってきて来るように管理者に祈りもささげてくれていた。
朝・昼・夕は家事とマックスの世話。夜は管理者への祈り。
時には一週間ほど帰ってこなかったこともあった事を考えると
その時の妻の心労は決して計り知れる物ではなかっただろう。

そして気付いた時にはすでに遅かった。
病名は胃ガン。それも末期だった。

『何故こんなになるまであなたは気が付かなかったのか。』

そう医者に言われた時ほどマットを苦しめた言葉は他には無い。
その後しばらくして妻は逝った。

そして次にマット思った事は息子には同じような目には合わせない、という事だった。

それ以来長く家を出る必要があったレイヴンを辞め、
元々機械に関する知識が豊富だった事から整備士に転職し、
レイヴンの頃に稼いでいた貯金とACを売った金で小さな修理工場を建てた。
最初は息子と一緒にいられるただそれだけの動機ではじめた修理屋だった。
こんな目立たない裏方の仕事なんてと思っていた頃も確かにあったが、
今ではこの仕事を誇りに思っている。
息子がレイヴンになりたがることにマットはあまり良い顔をしない。
しかし、本人が決めた道である以上、マットは何も言わない。
最近はせめて息子のために自分で良いACを組み立ててやろうとそう思うようになっている。

「親父さん、親父さん!」

「ん、あっなんだ?」

マットが過去を振り返っているうちにロンが数枚のメモを持ってきていた。
『ドラグーンU』と修理に出されているACの交換が可能なパーツを書き記した物だった。

「親父さんどうかしたんっすか?考え事なんて珍しいっすね」

「無駄口叩いてる暇があったら、パーツ交換の準備済ましとけ」

「へいへい」

「ちっ、頭はこいつじゃ無理か。仕方ねぇこの頭は売って中古の奴を買うか、ジェネレーターは・・・
 なんだ、これじゃまともに使えるのはボディぐらいじゃねぇか。他のは売っぱらってボディだけドラグーンのを使うか」

マットは過去の事を頭の隅へ追いやった。
起こった事は仕方が無い、大事なのは今何ができるかと言うことだ。
俺の選択は間違っていない。ドレシーもそれをきっと望んでいたはずだ。




・・・・・数週間後。



「親父さん、親父さん!大変です!!」

破壊されたACを修理のためにこちらへ運んでくるはずだったロンが到着予定時間よりも早く工場へ帰って来た。

「なんだ、どうしたロン。お前ACはどうしたんだ!」

「そ、それどころじゃないんすよ!」

そう言うロンのうろたえ方は尋常ではない。

「どうした、一体何があったんだ?」

「そ、それが前にこの工場でマックスのACをばらして修理したあのACが爆発して・・・」

「な、なんだとっ!それであいつは!?」

「もう全部のパーツが大破していて、ボディの中まで溶解しちまってて・・・」

パーツが大破したときに起こる爆発の熱で装甲が溶解する事は珍しい事ではないが、
全てのパーツが大破しており、その溶解がボディの中まで到達しているとなるとパイロットの生死は明らかだった。

「くっ・・・」

とうとうこの時が来てしまったか、レイヴンは常に死と隣り合わせ。
知り合いだろうが他人だろうが等しく死んでしまうものだった。

「あいつの最後のACがマックスの乗るはずのものだったと思ったら複雑な気分っすね・・・」

「原因はなんだったんだ・・・」

さすがに自分の知り合い、特にレイヴンになりたてのころから知っている男が死んでしまうというのは
マットも簡単に忘れられるものではなかった。
もし何か原因があるのなら知っておきたかった。

「わかりません、しかしこの状況じゃあいつの腕不足としか・・」

「ミッションのレベルは?」

「今までこなしてきたような比較的難しくないミッションで
 上空から工場屋外に侵入して周りの工場を占拠していたMTを破壊する内容だったようです」

「・・・一体何があそこで起こったんだ」

確かにあのレイヴンはあまり腕は良くなかったが、それでも毎回生き残ってきた男だ。
そんな男がその程度のミッションで死ぬほどのダメージを負うだろうか。

「そういや一緒に行動していた僚機がいたとも聞いたな・・」

「何?じゃあそいつに聞けばいいな」

「しかし、確かその僚機のレイヴンも爆発に巻き込まれて足を折って重傷だそうっすよ」

「今はそんなこといってる場合じゃねぇだろ、すぐ行くぞ!そいつのいる病院は何処だ!」

「・・・そんな・・必要はいりません・・よ」

突如聞こえた声の方へマットとロンの二人が顔を向けると工場の入り口に見知らぬ男が松葉杖を持ちながら立っていた。
男はロンとさほど変わらない様な若さのようだが、顔にも痛々しい包帯の跡があった。

「あ、あんたは・・?」

「貴方達が・・探そうとしていた・・・レイヴンですよ」

弱々しい声は傷の深さのためだろう、何しろまだ事故が起きてからさほどの時間は経っていない。

「ここに何の様だ?それになんでここにいる?」

「どうしても・・マットさん、貴方に会って・・話したい事が・・・ありましてね
 病院は・・ちょっと無理をして・・・抜け出して・・きました。」

「それで俺に何の様だ、あっと・・・」

「『コールライト』と・・言います」

「ああ、この椅子に座ってくれ。いつまでも立っていると辛いだろう」

マットはいつもはACの部品や設計図などが散乱しているテーブルを片付けると椅子を二つ用意し

そのうちの一つをコールライトに勧めた。もう一つは自分が座る。

どうやらロンはずっと立っておく必要があるようだ。

「今回のミッションの事、先ほどの会話からするとすでに知っているようですね」

椅子に座った事で楽になったのか声からは弱々しさが消えている。

「そうだ、しかしどうも気になる所がある。そこで当事者だったあんたに詳しく聞こうと思ってな」

「そうですか、ところで彼のACは貴方が修理なされたんですよね?」

「ああ・・」

「そうですか、ではその時の事を話しましょう」



「私と彼は貴方も知っての通り、占拠されていた工場の上空まで輸送機で運搬された後、地上に降り立ち敵の排除をする予定でした」

工場上空まで来た二人は輸送機から飛び出し予定通り地上へ降り立った。
しかし、ここで異変が起きた。

「彼のACが落下の衝撃に絶えられず、突然連続爆発を起こしたのです」

その後、爆発の中動けなくなくなったところを敵MTのミサイルによって攻撃され
たった一撃のミサイルでACは大爆発を起こしたのだった。
そして、その大爆発にACの異常に気付いて近づいたコールライトも巻き込まれた形となった。



「その時に連続爆発が起こった場所が、ボディ部分だったんです」

「・・・俺の組み立てた・・・ドラグーンUのボディか」

「そうです。これが今回の事件の真相です」

「・・・・」

「貴方が彼を殺したんです」

「ま、待ってくれ!親父さんはあいつの事を思って苦労して組み立てたドラグーンをばらしてまで安く仕上げようと・・・」

「その結果がこれなんですよ!!安ければそれで良いというわけではない!
 それにそのボディを使う事に彼は賛成したのですか!?」

「・・・・いや、俺の勝手な判断だ」

「貴方は何故、あんな危ないボディを勝手に使ったのですか!?何故欠陥があると気が付かなかったのですか!」

その瞬間マットの脳裏にあの医者に言われた言葉がフラッシュバックした。
『何故こんなになるまであなたは気が付かなかったのか。』

その瞬間、マットは椅子から転げ落ちた。
そして号泣した。

なんて俺は愚かだったのか。
いつのまにか自分の中に驕りがあったのではなかったか。
自分の考えは全て正しいとそう思っていたのではないのか。
結局は自分よがりだったのか。
それではレイヴンだった昔となんら変わらない。
そう思うと全ての気力を失った。
もう、自分は立ち上がることができない。




・・・・・数日後。



マットはミッション中に起こった事故の全責任を取り整備士を辞職。
あの『ドレシー工房』も取り壊される予定である。
ロンは最後までマットを弁護してくれていたが、マットが強引に彼を退職させるとしぶしぶその命令に従った。
息子のマックスもロンと一緒に工場から出て行った。
それはマットがロンに頼んだ事だった。

そしてただ一言、
「マックスにはレイヴンにさせないでくれ」
とだけ言った。

それ以来マットは生きる目的も無くしただのその日暮しをはじめた。
家をなくしたマットにはホームレスとしての行き方しか残っていなかった。
ただその日を生きるためだけに生きる。
周りには仲間もいた。彼らも他人には語れない過去があるようでマットにも何も聞こうとはしない。
それがマットには心地好かった。
もう誰とも親しくなる事は許されない。
自分は人を不幸にする男だ。
ドレシーもあのレイヴンもロンもマックスも・・・全員を不幸にしてしまった。

そしてマットは自分の殻に篭っていった・・・。




・・・・・5年後。



「本当にこの辺りで見ましたか?」

「ああ・・昨日もこの辺りに来ていたよ」

大きな公園のベンチに一人の年老いた男が座り、その男の目の前に青年が立っている。

「ありがとう、これはお礼です」

「ああ、ありがたく頂いておくよ」

青年が男にお金を渡すと青年は辺りを見渡した。

「・・・少し動いて探してみるか」

青年は公園を移動し始めた。

「・・・一体何処にいるんだ」

ほれ、マットさん今日の晩飯だよ。
食べなよ・・。

ふとそんな声が青年の耳に聞こえた。

「マット!?」

声の方を振り返ると、数人のホームレスが一斗缶の中で薪を燃やす即席ストーブを囲んで食事をしていた。
青年はホームレスの中から一人見覚えのある人物を見つけた。
それは紛れも無くマットだった。
5年の月日は人をこうも変えてしまうものなのか。
以前整備士をしていたころの生気にあふれていた顔は土色に変色しておりすでに生気が無い。
昔は豪快に生えていた黒々とした髪と髭は全て白に変色しそれはもう老人にしか見えなかった。

青年はホームレスの一団の目の前に立つとマットに言った。

「マット・グリーズさんですね?」

「・・・」

マックは無言のままだ。

「マット・グリーズさんですね!」

「あんた、マットさんの知り合いかい」

その状況に何かを悟ったのか周りのホームレスの一人が青年に話し掛けた。

「はい、そうなんですが・・・」

「マットさんは昔、心にとても大きくて深い傷を負ったそうだ、それ以来滅多に人に話はせんよ
 俺らもたまにしかマットさんの声は聞かないからな」

「耳は聞こえているんでしょう?」

「ああ、ちゃんと聞こえている。しかし心にまでは届かんようだ」



「父さんっ!!僕です、マックスです!マックス・グリーズです!!」



青年はとても大きな声で叫んだ。
心を閉ざした父親の心に届くように。

「マ・・・マックス・・か」

喋った。周りのホームレス達も驚いている。
今まで滅多に話さなかったマットが声を出したのだ。

「父さん!僕だ、分かる?」

「ああ・・・わかる。わかるとも」

マットはよろよろと立ち上がった。
数年ぶりに自分の子供と会う、これ以上嬉しい事は無かったのだろう。
久し振りに腰を上げた為か体勢がふらついた。

「父さん・・大丈夫かい?」

そこには息子に支えられる父親の姿と父を支える息子の姿があった。



「そうか・・・お前ももう19歳か」

「ああ、もう立派な大人だよ父さん」

すっかり気を取り戻したマットは昔ほど力強くは無いもののちゃんと喋っている。
場所は同じ公園内だが、二人はベンチに座り
他のホームレスたちは二人を気遣い場所を移動している。

「・・・ロンはどうしてる?」

「ロン兄ちゃんはあの後違う修理工場に就職したよ。父さんの場所より大きな所だったから僕もあまり不自由せず育ててもらったよ」

「・・・そうか、ロンにもお前にも苦労かけているな」

「父さん、ロン兄ちゃんから聞いたんだけど、僕をどうしてもレイヴンにさせる気は無いらしいね」

レイヴン・・・その言葉を聞いた瞬間だけマットは怒りを露にした。

「ゆ、許さねぇ!!絶対に許さねぇ!!あの職業だけは・・・」

「父さん、僕今度正式にレイヴンの資格を取ったんだ」

「なっ・・・!?」

次の瞬間マットの右手が息子の左頬に炸裂していた。
地面に倒れたマックスの口からは血が流れ出ている。
マットの手は握り拳になっていた。

「・・・父さん」

「てめぇ・・・何故だ!何故レイヴンに!!」

「父さんにあの頃の姿に戻って欲しいんだ」

「・・何?」

「父さんは僕の誇りだった・・・」

「・・・」

「僕は幼かったから父さんのレイヴン時代の事は知らない。
 でも、母さんは僕に言っていたよ。父さんは世界一強いレイヴンだって・・」

「・・・」

「父さんは母さんが父さんのせいで苦しんで死んだと思っているんだろ。
 でも違うんだ、母さんはずっと父さんの事を誇りに自慢に思っていたんだよ」

「な・・・・」

「僕がレイヴンになる時もそうだ。父さんがレイヴン時代の時のファンだった人が父さんの武勇伝を聞かせてくれた。
 一時期はアリーナの10傑の中にいたって言うじゃないか」

当時は強力な火力で敵を即座に粉砕するその単純明快な戦い方は観客を興奮させ多くのファンがついていた。
パイロット名は『イージスブレイカー』乗っていた機体は『ドラグーン』だった。

「・・・・・・」

「でも父さんはそんなこと一言も言ってくれなかった」

「・・・だが俺は整備士になったんだ。あの頃はその仕事にも誇りを持っていた」

「そう・・・僕も初めて父さんを尊敬したのも整備士の父さんだった。
 父さんはどんな仕事でもちゃんとこなしていた。一つも手を抜かず、パイロットの気持ちにまで立って・・・」

「だが、俺はレイヴンをあいつを殺してしまった。それはどうしても避けられねぇ」

「違うんだ父さん。その後の調査で新しい事が分かったんだ。実は犯人はパートナーだったコールライトだったんだよ」

「な、なに・・・」


パートナーだったコールライトはマットの全盛期アリーナでもミッションでも絶大な力を見せていた『イージスブレイカー』に負け
その後ACコックピット恐怖症に陥ってしまった当時Aクラスだった『デスペレート・エンジェル』の息子だった。
そして全ての地位と名誉を失った父親を見てコールライトはマットに一方的な逆恨みをした結果、
わざわざマットの修理工場の常連だったあのレイヴンのパートナーとなりマットに復習をする機会をうかがっていたのだった。
そのミッション時に背後からあのACを破壊し、自分もわざとダメージを受ける事で全責任をマットになすりつけたという訳だった。
しかし、工場内外に設置された監視カメラがこの犯行の一部始終を撮影しており、
ミッション失敗後その後新たに編成された工場解放部隊によってそのビデオが回収され
この事件の責任を負ったマットは冤罪と言うことになり、今現在すでに潔癖が証明されている。
これがこの事件の本当の真相だった。


「父さんはホームレスをしていたから知らなかったんだ」

「そ、そんな・・・そんな馬鹿な」

「父さん、まだやり直せる。やり直せるよ」

「しかし、もう駄目だ。もう俺は何もする力が無い」

「父さん、実は近いうちに僕がレイヴンになって最初のミッションをやることになったんだ」

「今さら全ては間違いだったといわれても俺はもう後戻りは出来ないからな。お前だけは自分の好きなように生きろ」

「違うんだ、父さん。父さんに僕のACを整備して欲しいんだ」

「何を言ってんだ、俺は人を殺した整備士だぞ」

「だから冤罪だって・・」

「違う、もう冤罪がどうとかの問題じゃねぇ・・もう俺には恐怖心があるんだ、
 また整備ミスをするかも知れねぇってな」

「父さん・・」

「へっ・・・結局コールライトの親父のように俺も恐怖心に負けるようなちっぽけな人間だ」

「駄目だ、父さん!そんなことじゃ!いつまでたっても始まらない!」

「久し振りにこんなに長く話すとさすがに疲れるな・・・ちょっと寝るぞ」

「ああ・・じっくり考えてよ父さん」



マットは夢を見ていた。

昔の夢。

自分が整備士になるずっと前、マックスが生まれるさらに前、自分がレイヴンになった頃の夢だ。

最初の頃のACは万能型だった。

その頃はミッションでの経費を減らすためエネルギー武器を多用していた。

よく失敗もした、今思えばよく生きていたものだ。

そしてその頃に彼女と知り合った。ドレシーだ。

まだACパーツを一つ買うのも精一杯だった頃。

彼女とはいつも一緒だった。

あるとき、彼女はこう言った。

「マット。貴方が信じる道を行って。私はいつでも貴方の傍にいるから」

「何だよそれ、プロポーズか?」

「茶化さないで。私は貴方がひたすらに目標に走っている姿を見ているだけでいいの」

「ドレシー・・・」

「何?」

「ドレシー・・・結婚してくれないか?」

「あら、今度は貴方からプロポーズ?」

「・・・茶化すなよ」

「そうね、ええ・・喜んで。でも私のために自分の夢はあきらめたりしないで。
 あなたにはアリーナでトップに立つ夢があるんでしょう?」

「まだ、Eランクも突破できてないような男だぜ?そんな俺が本当にトップに立てると思ってるのか?」

「そう思っては駄目、男は常に夢を持つものよ。それを大きいと思うかどうかは貴方の心次第・・・
 それを忘れないでね・・・マット・・・・・」

忘れていた。

今の今まで、こんな大事な事を忘れていた。

彼女は常に自分の傍にいてくれると言ってくれたではないか。

だからこそ彼女はいつも祈ってくれていたんじゃないか。

もう俺は目標に向けて走る事を止めてしまった。

彼女を理由にして走る事を止めてしまった。

それは彼女に対して一番してはいけないことだった。

・・・わかった。

俺は新たな目標に向けて走る事にする。

見守っていてくれ、ドレシー。




・・・・・数日後。



「今回の任務は都市に不法侵入している敵を排除する事にある。今真下に見えるのがその都市だ。
 敵の意表をつくため上空から都市に降下することになる。準備はいいな!」

企業から派遣された連絡員の声がジェット音のする輸送機の中で聞こえる。

輸送機の中にいるのは3機のACのみである。

「了解!」

人一倍大きな声をあげたのは今回レイヴンになって初めてのミッションとなるマックス・グリーズである。

「なお、今回に限り君らレイヴン以外にも同行者が随伴しているが、君らと一緒に降下する訳にはいかないので
 我々と一緒に君らを投下後帰還する事になっている。整備士のマット・グリーズだ」

「・・・頑張って来い、マックス」

「ああ、父さん」

なぜ、マットがこの輸送機に乗っているのか?
事は単純な話であった。
もともとマットはレイヴン乗りとして有名であったが、例の冤罪事件以降は悲劇のヒーローとしてさらに有名になった。
さらにはその悲劇のヒーローが恐怖心を乗り越えて整備したACを息子のマックスが乗るというドラマ性も手伝い、
企業側のイメージアップに使えるという思惑があったからだ。
マットは着地の瞬間をどうしても自分の目で見たいという願望があったのでこの話にはすぐに乗った。
恐怖心は乗り越えはしたが、やはり心の中では拭いきれない部分もあった。
今回のミッションが成功すれば、自分は新たな人生を歩める・・・そうマットは考えていた。

「目標降下地点だ、行くぞ!」



3!



2!



1!



降下!



ぐんぐん高度を下げていくAC。
中央にある、真っ赤な機体。それがマックスだ。
上空の輸送機からははっきりとその姿を捕らえられる。

「そろそろ着地する頃だ」

連絡員がマットを気遣ってかそう言った。
もうすぐ、もうすぐだ・・・・

ガシャン!!

大きな音と共にACが着地する。
・・・大丈夫だ!!



「成功したようですな」

「ありがとう!ありがとう!!」



マットは泣いていた。
前に流した涙とは全く意味の異なる涙だった。




「マックス・グリーズ、『ドラグーンV』これより作戦を開始します!」
作者:高遠 薫さん