サイドストーリー

EARLY MISSION2

 世の流れにはどこかに節目というものが存在するらしい。それはこの『レイヤード』においても変わりは無い、という事か。
 しかし、このレイヤードを統治するAI管理機構DOVE、通称『管理者』が突如暴走するなどという事態を誰が想像しただろう?
 普通は思いつきもしないだろう。例え薄々と感じてはいてもその可能性を締め出したかっただけかもしれない。
 何故なら彼等レイヤードの住民は、管理者に管理される事こそが自然なのだから。
 いや、突如ではないか?その前兆はもっと以前から微々なれど確認できたかもしれない。例えばシズナがいつしか相手をした無人AC……果実が腐っているかどうか、表面からは分かったものではない。いざ切ってみればとても食べれやしない――など、よくある事だ。



 EARLY MISSION2:BREAKING CAGE(緩慢な滅び)



「やれやれ、ですね……」
 シズナはアリーナ備えつけの食堂で焼き飯をパクつく。どうも最近、妙な依頼が増えた。
 そういえばキサラギ社の依頼で下水道の調査に行った時は巨大化した蜘蛛のような生物兵器に出会った。精神的な打撃の方が大きかった。
 何故兵器と呼ぶのかといえば簡単だ。たとえ蜘蛛が巨大化しようとビームは吐かない。まさか、あれも管理者の暴走に関係しているのだろうか?
 先日、管理者は狂ったのだと訴えるユニオンなる秘密結社に対し、管理者を深く信仰するクレスト社は管理者が狂ったなど妄言であると断言、ユニオン討伐の部隊を編成。ユニオンもキサラギ社と結託し徹底抗戦の構えを取った。
 両者の戦いは大方の予想通り、クレスト側が物量差で圧倒していたが唐突に管理者部隊の無人AC隊が乱入。両方に甚大な被害を与えてなおも管理者部隊は無差別に暴れ回った。ついには地下世界そのものの存続に関わる重要な施設までもを襲撃、壊滅的な打撃を与える始末。
 最も被害の少ないミラージュ社が先頭に立ちレイヴンを雇い応戦しているが、管理者部隊は揃って高性能なのに加え神出鬼没。分が悪い。
 クレスト社もまたミラージュの動きを牽制しながらも管理者部隊への抵抗を続けている。キサラギの残党も未だ諦めてはおらず、勢力回復に躍起になっている。そして勢力の区別無く施設を攻撃する管理者部隊。そんな管理者部隊の襲撃に対し各企業間の足並みは揃わず、それどころか妨害工作は激化の一路、さらにそれを阻止すべく護衛を強化――お陰でレイヴンは大忙しだ。死者や負傷者も増加しているらしい。

 まあ怪我が怖ければ依頼を受けなければいいだけの話であり、実際そういう者も増えているようだ。しかし誰もが依頼を受けないのであれば、人材派遣会社たるコーテックスの沽券に関わる。規約上『強制』こそ無いものの、シズナの元にも届く依頼斡旋メールの量がすごい。
 唯一幸いなのは、さすがにエースからの挑戦が減った事か。ほんの少しだが。
「よく食べるわね?」
 ランチの唐揚げをついばみスープを飲んでいる所に見慣れぬ女性から声がかかる。体が資本の商売ですから、とシズナは素っ気無く答えた。
 女性は同席を求めてきたので、勝手にどうぞ――と、またしても素っ気無く答える。
 無遠慮に眺めてくるので、シズナも見つめ返す。癖の強い蜂蜜色のショートヘア、アクセントとしてか所々にオレンジ色のメッシュが入っている。歳は自分より三つ四つ上といったあたりだろう。今から出撃するのかそれとも戻ってきたところなのか知らないが、AC用のパイロットスーツを着たままだ。手にはサンドイッチとフレッシュジュースの乗ったトレイ。
「おやおや。誰かと思えば……」
 シズナは二杯目の焼き飯をかきこみ麦茶で押しこんでから、女性を指差し答えた。
「誰でしたっけ?」
「……ワルキューレよ。直接顔を合わせるのは初めてだけどね」
 ワルキューレと名乗った女レイヴンは、こめかみを押さえつつうめいた。
「冗談ですよ、そう嫌な顔をなさらず……まあ最初は分かりませんでしたけど、声には何度か聞き覚えがありましたし」
 声を何度か聞いただけで人の区別がつくというのもどうだろう。自分で言っておいて何だが、ワルキューレは少し呆れた。
「いつしかのデータバンク侵入の際は、お世話になりましたね?」
「……それは嫌味で言ってるのかしら?」
 この間、ユニオンからの依頼でクレスト社中央データバンクに至るまでのセキュリティを突破せよとの任務があった。珍しく多数のレイヴンが参加した同ミッション――作戦コード『POWERPLAY』にはシズナもワルキューレも参加していた。
 しかしこのミッションは、シズナが僅か一分間の間に動力プラントを破壊しセキュリティを無力化してしまい、大半のレイヴンは何もする暇も無く報酬だけ貰ったというある意味伝説的なミッションとなった。ユニオンの通信士も唖然としていた。
 各レイヴンの持ち場はほぼ完全に分かれていたためワルキューレはシズナの様子を見ていないのだが、偶然途中で出くわしたツインヘッドWは後日こう語った――部屋に突撃してきたかと思えばロケットとマシンガンを乱射し瞬く間に視界から消えた……部屋のガードメカは全て破壊されゲートにいたMTはブレードで斬り捨てられ、後には動体反応が一つも残っていない。まるで嵐のようだった――と。
 あのミッションならシズナもよく覚えている、いちいち通信士からの指示を待つのがまどろっこしいのでひたすら敵目がけ撃った。道が分からないので後半はレーダーの反応を頼りに機体を走らせた記憶がある。
「いえ、そんなつもりは……失礼。それで用件は?世間話をしに来た訳でもないでしょうに」
「まあそうなんだけど。単刀直入に言うわ、僚機の依頼よ」
 ワルキューレが話した任務の概要は、クレスト社の情報施設を襲撃するにあたり先行し、レーダー設備を破壊するというものだった。何故クレストの施設を襲う必要があるのかといえば、恐らく狙いはクレストでも機密中の機密とされる『管理者』の所在を示すデータだろう。
「解せませんね。あなた一人でも充分でしょうに。どうしてわざわざ私を?」
 口ではこう言うが、企業の勢力争いに加担するのがシズナはあまり好きではなかった。大半のレイヴンはその勢力争いに乗っかり生計を立てているのだが。
 それはとにかく、このワルキューレも僚機を連れない事で有名だ。まさか独り者同士仲良くしよう、などとは言うまい。
「レーダー設備の無力化だけならね。けど作戦範囲がちょっと広いし、向こうも神経尖らせてるだろうから何があるか分からないし。次にどうしてあなたなのかって疑問だけど、いつしかメールで話したように私に近い順位のランカーってBBのシンパばかりなのよね……そうでなくても結構な人数がここ最近の管理者部隊に怪我負わされてダウン。そこで同じ女性レイヴンの中で、最も名が売れているあなたに声をかけた、ってワケ。ご理解頂けたかしら?報酬は、ニ万までなら用意があるわ」
 さてどうしたものか。話の筋は通ってはいるがレイヴンは所詮、金次第。初対面の相手を僚機としたら後ろから撃たれた話など珍しくもない。
 そうでなくともシズナは有名人だ。僚機の依頼は、実は山のようにある。普通トップランカーともなれば少しは物怖じしてもよいだろうに。
「一万五千でいいです」
「あら、安いじゃない。どうして?」
 やや考えてからシズナは答えた。ワルキューレの返事には違うニュアンスも含まれている――アップルボーイくらいしか僚機に選ばない彼女がどうしてOKを出したのか。こうもすんなり引き受けられるとは彼女も思っていなかった。
「……提示金額がまともだからです」
 僚機の報酬で二万というのはほぼ最高額だ。しかしシズナに送られてくるメールには、これをさらに超える報酬が記載されている場合がほとんどだった。本当に払えるのかどうかはさておき、金で釣れると思われている事にはいい気がしない。
 ワルキューレの誘いが罠である可能性もあるだろう。しかし仮にそうだとして、今断わった所で彼女のクライアントは次の手段を講じてくるはずだ。ならばここで受けた方がいい、逃げ腰も先に延ばすのも性に合わない。
「シズナ・シャイン、現在のアリーナトップ。他人をまるで信用せずACの整備すら自らの手で行う。近づこうとして手痛い目に遭わされた男は数知れず――イメージとかなり違うわね?」
「どんなイメージかはあえて聞きませんが……まあ、たまには違う人と組んでみるのも一興かと思っただけですよ」
 意外そうに微笑むワルキューレに肩をすくめて言う。しかし巷では一体どのような話にまで脹れ上がっているのやら。
「そうそう、仕事の話もまとまった所で一つ聞きたいんだけど」
 ワルキューレはずずいと顔を近づけてきた。今気付いたのだが、人をからかうようなにやついた笑みを浮かべている分には少し幼く見える。
「やっぱりあのリンゴの彼とはそういう関係?」
「はぁ?」
 シズナは何を言い出すのかと思ったが、実は大半のレイヴンからの認識はこのようなものだ。昔付き合っていた男にこっ酷い捨てられ方をされて男が信用できなくなった。だからアップルボーイのように、いかにも純朴そうな相手でないと近づけようともしないのだ――と。
(まさか、このあたりの話を確かめたいがためにわざわざ直接依頼に来たんですかね?そりゃあメールで聞かれたところで返事送りませんけど)
 無視して残りのランチを平らげる事も考えたが、ワルキューレは少女のように瞳を輝かせ見つめてくる。どうして人はこう、他人の色恋沙汰が好きなのだろうか。
「別にそんな特別な感情はありませんよ。私はね……気が置ける同僚、って所でしょうか」
「あらそう。それは可哀想に」
 可哀想というのは勿論アップルボーイの事だ。彼がシズナの事をどう思っているのか知らないが、若い男がこうも服装に無頓着な女と一緒にいれば、さぞや悶々とした日常を送る羽目になるだろう。おまけにシズナは妙にスタイルがいい。体のメリハリがよくきいている。
(……私より胸大きくないかしら)
「なに拗ねたような顔してんですか」
 ワルキューレは目線を逸らすと、そろそろ自分の昼食を平らげる事にした。



 レイヤード第一層特殊実験区にある、リツデン情報管理施設。周辺は環境制御区の制御装置が壊れたらしく雪が降っている。
「任務の概要は話したと思うけど、レーダーアンテナの数は五。二手に分かれた方が効率がいいわね。私は東から、あなたは西から。施設内部の制圧もやる事になりそうだから、北の施設前で合流しましょう」
 渓谷の上に佇む二つの機影。異常気象の降雪は実は彼女を祝福するためではないかと感じさせる、淡い色で彩どられたAC、ワルキューレの乗機グナー。それとは対照的に、一切合切を拒絶しているような黒一色のACブラックザイト。
「了解……アンテナさえ潰せばいいんですね。というか契約内容それだけですし。敵は適当にあしらいましょう」
 複数のレイヴンが共同で任務を遂行する場合、ランクが上の者が指揮を取るのが通例である。だがワルキューレの方が共同任務については手馴れているようであるし、何より面倒が嫌いなのでシズナは彼女に任せた。それに自分は僚機――ゲストに過ぎない。
「……あら、施設から新たな動体反応?輸送車を確認……数は三。変ね、聞いてないわ」
「そういえば斡旋メールの中に『移送部隊護衛』ってのがありましたね。襲撃の情報が漏れていたのでしょう」
「重要な資料だけでも移送させようって魂胆ね。なら、あの車両を確保しておいた方がいいんじゃない?」
「知りませんよ。依頼内容には含まれていませんし、あんな戦闘能力の無い車なんて後に来る予定の本隊が勝手に捕まえるでしょ」
 シズナの言い分も一理無くはないが、単に面倒だから言っているのだろうという事はワルキューレにも知れた。言われた通りの事しかしないのは馬鹿のやる事だが、どうやらシズナは今回の任務、その馬鹿に徹するつもりらしい。
「でも、こういう場合は普通――」
 そこで会話は中断する事になった。ミサイルの反応があったからだ。咄嗟に左右に避ける二機、降り注ぐ垂直発射式ミサイル。
「……やっぱりレイヴンを護衛に雇っているようね」
 最初は砲台かMTのミサイルとも思ったが、今の攻撃は間違い無くAC用のミサイル、VM36−4によるものだ。それにエクステンションの連動ミサイルTREEIERも絡めている。
『ランカーAC……エスペランザを確認。気をつけて、レイヴン』
 レインからの通信。珍しい事に、相手を告げる事にやや躊躇があったようだ。
 VM−36−4にTREEIERの連携という時点で薄々と予感はした――アリーナでは彼しかこの装備をしていない。
『……シズナさん!?』
 アップルボーイの愕然とした声。シズナは考えを巡らせた。
「ワルキューレさん、プラン変更です。私はここで敵を引きつけますからあなたはアンテナを」
「……それでいいの?」
「塗装の問題、ステルスの有無、各々の得意分野。判断要素としては充分でしょう?」
 他にも戦闘ヘリやMTまで寄ってきたようだ――エスペランザのライフルを避けながら、あくまでも事務的にシズナは答えた。ワルキューレは違う事を気にしているようだが、そちらについてはあえて無視する。
「分かったわ、後で会いましょう」
「すぐ追いつきます」
 させじとエスペランザはグナーの背にミサイルを放つ、だがそれは上昇しきる事すら無く爆発、四散する。
「おやおや。浮気は許しませんよ?」
 そうだ。自分の相手は彼女――マシンガンによるミサイルの撃ち落としはシズナの十八番だ。アップルボーイは自分に言い聞かせた。
 グナーの両肩が紫色に灯るのを横目でシズナは確認する。エクステンションのステルス――能動的電波障害によりレーダーを狂わせFCSのロックすら無効化する、アンテナの発光はそれを発動させている証だ。当分はグナーを狙撃する事はできない、そして砲火はその分ブラックザイトに集中するだろう。
(初試合はよりによって実戦ですか)
――刈り合いに理屈なんざ無ぇさ――
 首筋に貼りついた髪を振り払うと、シズナはブラックザイトを空へと舞わせた。



 戦場でレイヴン同士が敵として相まみえた場合。契約内容が対立している以上、何も言わずに撃ち合う事になる。それがレイヴンの掟。
(そりゃ、こんな日も来るだろうさ――)
 空へと跳んだ黒の機体を目で追うが、夜空の闇に溶け込んでしまい見失う。慌ててレーダーで場所を確認するが、エスペランザをそちらに向けている頃にはもう戦闘ヘリ、ターバニットが一小隊落とされている。
「くっ!」
 小さく毒づくとライフルを撃つ。しかしまたしても躱わされる。今度はじっくりとロックオンし、移動予測ポイントに撃っているというのにだ。
 ジグザグに細かく動く事で移動予測ポイント射撃――通称ダブルロックオンは外せるが、乱戦で横から撃っているのにどうしてわかるのだろう。
 エスペランザの武装は素早い敵を相手にするには向いていない。とはいえ垂直ミサイルの妨げにならない野外、行動が制限される狭い渓谷内。条件はこちらの方が有利のはずだ。
(有利の……はずなのにっ!)
 再度、右肩のミサイルを放つ。エクステンションも合わせ計八発の垂直ミサイルを、ブラックザイトは右腕だけ上に向けるとマシンガンで全て叩き落とす。
 そうこうしている内に今度は飛行MT、エクスファー部隊が落とされてゆく。エースとの連戦で空中戦の技量を飛躍的に伸ばしたシズナだが、こうもストレートに成果が発揮されるとは……よりによって、敵としてその成果を見せつけられる事になろうとは。
『あなたの腕はそんなもんなものですか――そろそろ孤立しますよ!』
「馬鹿にしてえっ!」
 激昂するアップルボーイに同意するかの如くエスペランザ背面のブースターが唸りを上げる。ブラックザイトの下方からブレードで斬りかかる、空中で背後からこのタイミング。アップルボーイは心中で喝采した――これで一泡吹かせる事ができる!
『残念でした〜……』
 ブラックザイトは軽く上昇すると半身をこちらに向け、ブレードを振りかぶったエスペランザの左腕を右足で踏んづける。いくらブラックザイトが軽量級とはいえ、さすがに腕一本でAC一機分の重量を無理矢理押しのけるまでのパワーはエスペランザには無く、ブレードは止められた。
『またどうぞっ!』
 無理にブレードを止められ体勢が崩れたエスペランザの頭部に左足を置くと、ブラックザイトは両足を使い全力で跳躍した。結果踏み台にされバランスを崩したエスペランザは谷底に真っ逆様、さらに追撃のマシンガンが全身に着弾する。
「――っ!」
 墜落の衝撃は、ACコクピットに備わっている慣性中和機構の上限を軽く上回った。胃が、肝臓が揺さぶられ焼けるように熱い。
 機体状況を確認する。損耗率46%、胸部機関砲破損。次いで周囲の情報、残存する友軍は三割、固定砲台は全て沈黙…… 「くそ、五月蝿いっ!」
 情報を確認し警告アラートを黙らせると、アップルボーイは機体を起こす。ブラックザイトは崖の上にいるようだ――レーダーの距離に気を配りながら慎重にブースターを噴かせる。
 シズナと戦った事は無かった。アリーナですらだ。最初に登録された時から彼女の順位が上だった――いざ相対してみるとこれほどまでに恐ろしいのか、トップランカーを相手取るという事は。
『こちらワルキューレ……チェックメイトよ。急いで』
『了解、可及的速やかに対処します』
 もう施設の防衛網は突破されたか。砲台を潰したのはワルキューレの仕業のようだ……彼女もまた屈指のランカー、その実力は伊達ではない。
 レーダーと照らし合わせるとモニターでもブラックザイトは程無く確認できた。やはり銀世界にあの黒い塗装は目立つ。
「まだまだぁぁぁぁ!」
 目の前でまたしてもエクスファーが落とされている――己の無力さに歯噛みしつつ、アップルボーイはOBを起動させた。
『やれやれ……用事が立てこんでいましてね。もう手加減しませんよ!』
 ブラックザイトが駆ける。黒い機体を死神と呼ぶのは陳腐な形容句だとは思うが、そうはいっても他に相応しい文句があるなら教えて欲しい。闇から切り出したような黒が敵対する全てを千切り払うその姿は絶望そのものでしかない。
「それでも……退けないんだ!」
 残ったミサイルを全弾撃ちこむと同時、ライフルで時間差攻撃。それをブラックザイトは前進しながら神業じみたステップで避ける。
(一発も当てられないで――)
 モニター一杯に広がる黒いSKYEYE、単眼を模したセンサーの輝きがまるで煮立った地獄の釜の色に見える。
 振り下ろされるブラックザイトの月光。咄嗟にアップルボーイはブレードを発振させた。苦し紛れな判断のだけはある、MOONLIGHTとLS/003では同じミラージュ社のブレードでも出力が違いすぎる。左腕が悲鳴を挙げる、後ろに退かねば――
(チャージング!?)
 先ほどのOBでかなりエネルギーを消費していたところに、ブレードの無理な使用による過負荷が予想以上に残ったエネルギーを奪っていったらしい――失敗した。ジェネレーターがコンデンサ容量限界まで電力を蓄えるこの強制回復状態が終わるまで、ブースターは使えない。エネルギー刃も消え動きが止まり棒立ちとなったエスペランザに、とうとう月光の刃が食いこんだ。
「うわああああああっ!」
 コンソールが火花を散らす。モニターそのものが赤く染まる中、アップルボーイの意識は喧しいアラートに混ざり飲みこまれていった。



「早かったわね?」
「可及的速やかに、と言ったでしょう」
「そう。施設内にACがいるみたい、黙らせて欲しいって」
 ワルキューレはそれ以上何も聞かずに、施設のゲートを開放した。グナーの後にブラックザイトも続き、エレベーターでレーダー反応のある地下のフロアへと降りてゆく。その合間にシズナは機体チェックを行う。駆動系、装甲オールグリーン。マシンガンを少々使いすぎたが許容範囲だろう。
『敵機確認……ブラックザイトにグナー!?ちっ、仕方が無い。迎え撃つぞ』
『契約だものね。了解』
 開いたままの通信から聞こえたのは動揺しつつも任務をこなそうと務める男の声に、冷めた対応をとる女性の声。
『レイヴン、ランカーACカストールにダイナモを確認』
 続いてレインからの声。確か両方Dランクに所属していたか。仮にニ対一であったとしても勝てなくはないだろう相手だ。
 エレベーターの床と地下フロアの天井がACの高さと釣り合った瞬間を見計らい、シズナはOBで矢のように飛び出す。狙いはタンク脚を持つカストール。ダイナモがミサイルを横から放つがブラックザイトに追いつけない。
 二機を飛び越しブラックザイトは着地、ロケットをカストールに着弾させるがさすがにタフである。一発や二発ではまいらない。
 旋回しようとしたダイナモの武器腕DHM68/04、その左腕の発射口が爆発する。グナーの放ったスナイパーライフルの銃弾が命中したのだ。
「私を忘れてないかしら?」
 ワルキューレが不敵に呟く。彼女はブラックザイトが飛び出すのと同時、ステルスを発動させグナーから敵の注意を逸らしていたのだった。
 相手が二機である事を失念していた――再度正面のグナーに照準を合わせようとするダイナモ。しかし今度はブラックザイトへの注意が散漫になった。背後から振るわれた月光が、今度はダイナモの右腕を破壊する。
「まず一機っ!」
 早くもダイナモは無力化してしまった。両腕のミサイルしか武装が無いのだ。連動ミサイルは他のミサイルと併用して初めて発動する代物だし、両肩の追加弾倉もこうなっては役に立たない。連動ミサイルをマニュアルモードで撃つ事もできなくはないが、ロックオンは使えない。精々が質の悪いロケット砲代わりにしかならない。
 カストールはようやく後ろを向いたというのに、再びブラックザイトに回りこまれてまたしても正面に向かねばならなくなった。そうこうしている内にブラックザイトの月光がカストールの腰部を貫く。旋回機能がやられた、これでは固定砲台程度の役にしか立たない。
「さて、ホールドアップよ」
 念のためダイナモの膝を撃ち貫き破壊してからワルキューレが勧告する。ついでにシズナもロケットでカストールのブースターを破壊しておいた。ACの背面にあるブースター部は最も装甲が薄い。
『本隊が突入を開始、後はそちらが片付けるそうです。作戦は終了です、お疲れさま』
(こうもあっさり片付くとはね)
 レインが任務完了を告げる。シズナは軽く感銘を受けていた。グナーとブラックザイトの相性は思った以上に良好らしい。 「ところでレインさん、果物屋知りません?」
『……果物屋?どうするのですか?』



「どうしてあなたも来るんです?」
「いいじゃない、別に」
 ワルキューレは切れ長の瞳をすうっと細め、意味深げに微笑んでみせる。
 二人は無機質な通路を歩いていた。コーテックスとタイアップしている病院の一つ。レイヴンが負傷した際、優先し回すようにして利潤を得ている。
 近頃は管理者部隊のACのせいもあり、怪我人が特に多い。まあ同じような病院は他にもあるので野戦病院のような混み方はしていないが。
 怪我も無いのに何をしに来たかといえば、早い話が見舞いだ。誰のといえばアップルボーイしかいない。シズナはバスケットを手にしている、中には林檎と梨が四個ずつ。シズナは普段着のままACに乗るので着替える必要も無かったが、どういった酔狂かワルキューレもついてくるというので着替えとシャワーの時間だけ待たされる羽目になった。その間に果物を買いに行けるほどの時間も無い、不毛な待ち時間だった。
 今のワルキューレの服装はタンクトップの上に革のジャケットを羽織っただけというラフなものだ。Gパンを穿いているあたりといい、シズナの服装とお揃いに見えなくもない。レイヴンの普段着など大抵がこのようなものなのだが。
「そういえば、あなたは管理者部隊と戦った事がおありで?」
「何度かね。AIだけあって、こっちがステルス使ってもノーロック撃ちかましてくるのよ。大変だったわ」
「へえ、さすがは機械。狙いが正確ですね」
「……あなたほどじゃなかったわよ」
 口を尖らせるワルキューレを見て、シズナはまたしても薮蛇だったかと目を逸らした。アリーナで彼女と戦った時、ステルスによってマシンガンのロックオンを無効化されるとシズナは早々と武装をロケットに切り替え、ぽこぽことグナーに当てた。熱暴走したところにブレードを食らいグナーは沈黙。あの対戦の後、しばらくワルキューレは本気でへこんだらしい。
「それにしても、よく加減がきいたわね?ミッションで撃墜なんて死んでもおかしくないのに、あんな軽傷で済むなんて」
 つい先ほどの施設内での戦闘では武装を破壊し無力化する事で降伏を迫ったが、あれは敵の練度が低い事に加え敵機の足が遅いからこそ成せたのだ。グローバルコーテックスの斡旋するミッションはレイヴンのランクごとに格付けされているため、今回のようにレイヴンの技量に極端な片寄りがある場合は極めて稀である。ワルキューレの言う通り、ミッションでACが大破した場合の死亡率はほぼ五分であると統計データにはあった。
「エネルギー伝達系のみをブレードで破壊するつもりだったんですけど……向こうが変に受け止めようとしたせいで手元が狂いました」
 アップルボーイの怪我は全治二週間。入院も少し大袈裟ではないかという程度だが、わざわざ見舞いに来るあたりシズナは引け目を感じているのだろう。
 しかし怪我を負わされた張本人に見舞いされるとはある種屈辱ではなかろうか?男とはこの手の扱いを嫌う。
 まあこれでアップルボーイがシズナの事をどう思っているのか何となく察しがつきそうだ。これが、ワルキューレが同伴を希望した動機である。
「えーと、ガゼル・ロウ、ピート・ラクネス、アラン・ガズフィア――とと。ここですね」
 二人は足を止めた。受け付けで聞いた部屋がここだ――レインから聞いた名前と、部屋の表札が一致している。レイヴンが入院する事は病院側としては一応秘密となっており、入院するレイヴンも全て偽名なのだ。
 何故ならば、やはりレイヴンは恨みを買いやすい職だからである。何でも昔に『レイヴンご用達』と看板を掲げ、爆弾テロで吹き飛んだ病院があるらしい。それ以来の慣習だ。
 とはいえ怪我の具合でレイヴンではないだろうか、くらいは察しがつく。だが仕方が無い。本当に後ろめたいレイヴンは闇医者の世話になる。
 また、稀に本名を使う人間や堂々とレイヴンネームで入院するような豪傑もいるがそれはまた違う話である。
 白い病室の中、男二人に挟まれアップルボーイはベッドで寝ていた。こちらに気付いたらしいので軽く会釈する。
「……シズナさん?それにワルキューレさんも。どうしたんですか」
 ワルキューレは片眉を軽く動かした。シズナはとにかく彼女の場合、こう呼ばれてはレイヴンだと言われているようなものである。
「心配しないでいい、我々もレイヴンだ。私はトラファルガー、そちらがゲド」
 ガゼル(ベッドの札でそう断定する)がそう言った。容易く身分を明かしてしまうのはどうかと思うが、余程アップルボーイと気が合ったのか、それともこちらが女なので気を緩めたか。
 ゲドが口笛など鳴らしているのを無視するとシズナは、アップルボーイの寝ているベッドの左横にあるテーブルの上にバスケットを置き、半眼で彼を見つめる。
「どうって、怪我も無いのに病院に来る事といえば見舞いくらいしかないでしょ。あ、林檎食べます?」
 はあ、とアップルボーイは生返事をする。その表情は呆気に取られているようだが、心なしか面白く無さそうに顔をしかめているように見えた。
 シズナはどこからか取り出した出刃包丁を使い、器用に皮を剥き始める。
「……今どこから出したの、その包丁」
「私の料理の師匠曰く、商売道具はいつ如何なる時も持ち合わせてしかるべきだそうです」
 返事になっていない。しかしそれだといつも包丁を持ち歩いているのか――彼女を怒らせるのはやめよう、そうワルキューレは思った。
「あのー、一応念のため言いますけど。僕アップルボーイなんて名乗ってますが、別にリンゴが好きって訳じゃないですよ?」  おずおずと口を開く。シズナの手が止まった――目を見開いたまま顔がこわばる。
「やだなーシズナさんったら。そんな訳ないじゃないですか、ねえ?」
 ワルキューレはさっと目線を明後日の方向へ向けた。ゲドは口笛を吹く。トラファルガーは唐突に部屋のテレビをつけニュースを見る。
「……マジですか」
「そうそう、そんな訳無いだろ!リンゴが好きでアップルボーイならさしずめサクランボが好きだと――」
「な、何言ってんですか!」
 場を誤魔化すためにゲドが言った下卑た冗談に噛みつくアップルボーイ。ワルキューレはわざとらしく手を口にやりシズナの反応を横目で見たが、彼女は丸ごと無視した。何食わぬ顔で梨の皮を剥き終わると実を八等分に切り、種の部分を三角に切り落とす。
「ま、打ち身や捻挫で全治二週間なら大した怪我ではないしょうが……前々から言おうと思っていたんですけど、あなたは根を詰めすぎです。ちょうどいい機会ですからゆっくり休みなさいな」
「そうですかね」
「そうですよ。死に急いでる訳じゃあるまいし……」
 林檎と梨の皮全てを剥き終わると、シズナはあっさり退散した。あと半日もすればまたエースの相手をせねばならないのだ。
「いい女じゃないか?」
「……そうですね」
 シズナが部屋を出てから、横のエドが話しかけてきた。アップルボーイは気の抜けた返事をする――今一瞬見せた、虚ろな笑みが気にかかる。
「で、夜の方はどーなんだ?」
「べ、別にそういう仲じゃないですよぉ!」
「当たり前だこのやろ!ていていてい!」
「痛、痛っ!どっちなんですかもう!」
 松葉杖でアップルボーイをばしばし叩くゲド。それを傍目に、ワルキューレとトラファルガーは二つ目の梨に手を伸ばした。
「甘いな」
「いい感じに熟してるわね」
作者:ラッドさん