サイドストーリー

EARLY MISSION3

 管理者部隊の猛威は日ごとに増すばかり、ついにはセクション422――クレスト本社ビルまでもが攻めこまれた。
 シズナも雇われ応戦していた。正面ゲートとは別に、通気ダクトG9−29にて特殊MTを迎え撃っていたのだ。しかし―― 『レイヴン!大変です、正面ゲートが突破されました!』
 レインからの通信。いくら侵入経路の一つでしかない通気ダクトを死守したところで、正面が突破されては何の意味も無い。
『依頼はキャンセルです、至急帰還を!』
「了解。レインさん……レイヴンっていっても、できる事って限られてるんですね」
『……あなたの責任ではありません』
 口の中に広がる苦い味。アップルボーイは買い被っているのかもしれないが、自分はそんなに強くはない。
 その翌日、本社に襲撃を受けたクレスト社からメールが届いた。自分達にはもう抵抗する力は残されていない、と。
 そして、管理者が狂っている事などとうに分かっていた。しかし例え狂っていようとも、我々はそれに従うべきではないか――とも。
「ねえレインさん……どうして自分の存在を拒絶されてしまう事を、静かに待つ事ができるんんでしょうかねえ……」
『レイヴン……?』
「私は逃げませんからね。もう逃げないって……決めたんですから」
 力を失ったクレストに代わり、ミラージュ社から次なる任務がすぐに回された。自然区の水没都市に出没した謎の巨大兵器。MTともACとも異なる圧倒的な性能を誇る大型機、それを撃破せよとの事だ。
 ところがこれもあっさりシズナが撃墜した。水面下はACの攻撃がほとんど届かない数少ない場所だ、潜ったままならば手の出しようが無かったものを。しかしグレネードを撃とうとのこのこ浮上したところを月光で装甲に穴を空けられ、内部にマシンガンの弾をたらふく馳走されあえなく沈没。
 なお水没都市は名が示す通り足場がほとんど沈んでおり、わずかに高層ビルの頭がぽつぽつと見えるだけ。よってフロート脚を装備して行くのが普通なのだが、彼女はそのような常識も思いっきり無視してくれた。



 EARLY MISSION3:DOVE DEMISE(鳩の崩御)



 そして現在。またしてもミラージュ社からの依頼だ。レイヤード第四層にあるマグナ遺跡、そこに管理者へと続く通路があるという。その侵入路を探索せよとの事だ。どうして地下世界にこんな遺跡があるのかは解せないが、管理者をどうにかしない事には現在の状況は変わりそうにない。
(……選択の余地が無いというのも悲しいもんですね)
 ブラックザイトに先行する形で、中量二脚ACリップハンターが狭い通路を歩いている。ミラージュが用意したという僚機。
 通路の扉を開けた先。シズナの目にはただの廃墟にしか見えないが――それはレインも同じようだ、通信機の向こうで疑問符を浮かべている。
『これは…………罠!?』
 ルージュに意見を仰ごうとした途端に、レインの声。レーダーを見れば断続的な反応――どうやらステルスMTフリュークを待機させていたか。
 とはいえフリュークのステルスもACのそれ同様、永続使用はできず節目が必ず存在する。その隙を見逃すほど二人の女レイヴンは甘くないし、MT四機程度ではACニ機を止める事などできはしない。前座が関の山だ――
『管理者を破壊する……馬鹿げた事を……』
 そう。本命は別にあった。こちらが入ってきた所と同じ扉から増援のACが現われる。高火力のロケットや投擲銃などで武装した重量二足AC、インターピット。
『イレギュラー要素は抹消する。ミラージュはそう判断した』
(こちらが本命……Bランク三位ファンファーレの乗機。本気で私を消すつもりですか)
 別方向からの鋭い殺気。シズナは大きく右に跳ぶ、石柱にレーザー弾が突き刺さる。
『消えなさい、イレギュラー!』
(……これだから僚機なんて!)
 ミラージュはそう判断した――この時点でミラージュにはめられた事ははっきりした。ならば当然、ミラージュが用意した僚機であるルージュも敵だというのは自然な流れだろう。それにしても――
「人をイレギュラーイレギュラーと……不愉快なんですよ!」
 ルージュは単純に気圧された。シズナがあそこまで感情を剥き出しにする所は、誰も見た事が無い。
 気がついた時には遅かった。ブラックザイトのブレードがリップハンターの右肩を貫く。
『このっ――』
 右腕のライフルが使えなくなり、ルージュは背のオービットを射出する。近年配備された自律式小型浮遊砲。だが動き回るターゲットを狙うには精度が今一つと、未だ難題を残している。よってブラックザイトに致命的な打撃を与えるのはまず無理だ。
(リップハンターの欠点は……決め手に欠けている事!)
 ロケット弾でリップハンターの頭部を破壊するとシズナは、続いて左腕をブレードで薙ぐ。ACは体の部位によって役割がはっきりしすぎている――例えば腕は攻撃、脚は移動。従って両腕さえ潰せばACの戦闘力は著しく低下する。
 ルージュはEOを起動。しかしシズナはリップハンターのEOが弾を吐き出す前に右へと回りこむ。EOは機体正面にしか有効射程が存在せず、真横は攻撃に入るまで時間がかかる。ましてや真後ろは死角となっていた。
『くっ……さすがね……』
 ブラックザイトの月光がリップハンターの背部ブースターを斬り裂き、リップハンターは大破する。厳密には、止めとなったのはファンファーレのロケットだ。無論ブラックザイトを狙ったのだが、回りこんだせいでリップハンターが盾になる形となった。
(そしてインターピットの弱点は、武装が狙い撃ちをするのにまるで向いていない――)
 ただでさえ狭く、あちらこちらに石柱が倒れ障害物が多いこの遺跡内。普通のレイヴンなら足を止めてしまうだろうが、シズナはまるで全方向の障害物を把握しきっているかのようにブラックザイトを動かす。
 こうなると不利なのがファンファーレで、旋回速度が遅い上にロケットや投擲銃など直進するしかない武装が多い。障害物に隠れながら間合いを詰める黒の機体に攻撃を当てる事ができない。先ほどもリップハンターとブラックザイトの戦いの最中、横から攻撃はしていたがまるで当たらなかった。
 インターピットはOBを使い左に跳んだ。しかし程無く、石柱の残骸に機体が激突し動きが止まる。
『ぬうっ……』
 巨大ミサイルを食らった時のような衝撃に、歯を食いしばり耐えるファンファーレ。だがこの隙が致命的であった。
 空中からブラックザイトが月光を一撃、さらに着地しもう一撃。十文字にインターピットを斬り裂く。
 反撃しようとインターピットは両手の銃を同時に発射する。ブラックザイトは左斜め後ろに退きつつマシンガンを投げつける。ロケット弾の直撃を受け空中で四散するMG−500――勿論、マガジンは暴発や跳弾を避けるため寸前に抜き取ってある。
 インターピットの右側からブラックザイトは突撃、再度ブレードを振るう。エネルギー刃がインターピットを貫通し石柱へと縫い付けた。
『こ、こんなはずは――』
 それがファンファーレの最後の言葉。インターピットが黒煙をたなびかせ沈黙する。
 シズナはひとまず深呼吸を繰り返した。らしくもなく激昂したせいで呼吸がかなり乱れている。
「……レインさん、これより帰投します」
『待ってください、レイヴン!遺跡の外に熱源多数!』
 言われてレーダーを見る。なるほど反応がいくつか見える――ブラックザイトのレーダーは最軽量、そう大きい距離はカバーできないが。
 遺跡の外にはMT部隊が待ち構えていた。重装型MTスクータム、逆脚MTエビオルニス、近接戦用MTギボン。数は少ないが迷彩MTカルバリーやステルスMTブリュークも混ざっている。総勢五十は下らない大部隊だ。
「うわー、豪勢ですねえ……」
 ミラージュの部隊だろうか?キサラギからの依頼でいつぞやに壊滅させたというのに……
『レイヴン、多勢に無勢です!誰か援軍を要請しますから、それまで――』
 残された武装は右肩のロケットに左腕のブレード。ロケットの残弾は充分残ってはいるものの、MT戦では頼りになるマシンガンが無くては――
「上等じゃないですか。そこまでして私が邪魔だというのなら……」
『レイヴン!?』
 誰も見る事はできないが、シズナの金の瞳の奥でゆらゆらと揺れるものがあった。暗い炎。
――馬鹿共が群れてきやがった。教訓を叩き込んでやんな――
 やはり、この声は自分の一番残酷な部分が出しているのではないか。そんな気がする。
 鉄の棺桶の中で、シズナは乾いた下唇を舐めた。



 コーテックスの所有する各レイヴンのガレージへと続く無機質な通路をアップルボーイは歩いていた。
 通路の先、腕を組み壁にもたれかかっている女がいる。ワルキューレだ。パイロットスーツを着たままで、スレンダーな体つきがくっきりと浮かび上がっている。
 シズナほど体のラインがはっきりしていない割に、不思議とこの人は女の色気というやつを漂わせている感がある。やはり柔らかい物腰や仕草のせいだろうか――待て待て。そんな事、今はどうでもいい。
「どこに行くのかしら?」
「決まってるじゃないですか」
 ワルキューレの眼前を通り過ぎようとした時、彼女に声を掛けられる。アップルボーイは足も止めずに告げた。
 レインからの連絡は先ほどあった。元々シズナは人付き合いが悪く、敵こそいないが味方もいないといったような具合なのだ。連絡相手は自然と限られる。
 アップルボーイはまだ退院できていなかったのだが、元々大した怪我ではないのに大事を取っていたに過ぎない。病院から出て行くのを医師は止めなかった――余談だが入院費の支払いは、シズナがすでに済ませてしまっていた。
「シズナはすでにレイヤードそのものを敵に回している。管理者に『イレギュラー』として認定されたものね」
「その管理者は狂っているんでしょう!?」
 額に残った包帯を剥ぎ取りながら、後ろからついてくるワルキューレに反論する。
「狂っていようといまいと、それでもレイヤードの住民にとって管理者は絶対なのよ。それに彼女は頑張りすぎたのね……過剰因子とみなされてしまった。ミラージュには疎んじられていたし、遅かれ早かれこうなっていたと思うわ」
「何が言いたいんですか、それで。今度はあなたがシズナさんを倒しに行くとでも言いたいんですか!」
 足を止め振り向き、ワルキューレの碧眼を真正面から見据える。
「その要請は来るかもしれないわね。生半可な戦力じゃあ彼女は止められないだろうから」
「だったらその時は、僕があなたを撃ちますよ」
 あなたの腕で、それができるのかしら――喉まで出かかった言葉をワルキューレは飲みこむ。可も不可も無い、彼は本気だ。瞳の色を見れば分かる。
「あなたにその度胸はあるの?彼女に加勢したばかりに、全てを失うかもしれない」
「何を言われようと僕は行きますよ。あの人には借りを全然返せていないんだ――敵に回った時ですら、借りを作ってしまって」
 アップルボーイが早歩きを再開する。やはり先日の一件は彼のプライドを傷つけていたらしい。
「……その可愛らしいパジャマで?」
 目線を胸元に落とす。林檎と蜂蜜、妙に可愛らしい柄のパジャマ。アップルボーイは赤面し怒鳴り散らす。
「ちゃんと着替えてから行きますよっ!」
 シズナではないのだ。AC用の耐Gスーツを着ていないと、戦闘中の衝撃にはとてもじゃないが体が持ちそうにない。
 今まで以上の早足で――もうすでに小走りの速さだが、通路を進むアップルボーイ。その後ろに同じ速さでワルキューレが続く。
「今度は何ですか!?」
「せっかちね。私も行くって言ってるのよ」
「ワルキューレさん……?」
「どうするかは決めかねてるけど。まあレイヴンとは本来、自由であるべきよね?」
 ワルキューレがウインクしてみせる。また頬が赤く染まるのを隠すように、アップルボーイはさらに速度を上げた。



「おやおや、これは珍しい組み合わせで。連れ立ってデートですか?」
『……………………………』
 グナーとエスペランザがマグナ遺跡に到着した時には、すでに戦闘は終わっていた。レーダーには反応がただ一つ。
 遺跡の外周は破壊されたMTが数知れず。朽ちた遺跡にその真新しい鉄塊はいかにも不釣合いに見える。
『加勢に来たつもりなんだけど……無駄足だったわね』
「はぁ、それはどうも。ほっとしましたよ……さすがにこれからACをニ体相手にするのは疲れますからね」
 ワルキューレは足元のMTの残骸を観察する。ほとんどがブレードによるもの独特の、焼き焦がしたような損傷が残っていた。
(本当は、まだまだいくらでも戦えるんじゃないかしら……?)
 すっかり毒気を抜かれたワルキューレは、心中で独りごちた。やはり頼まれても敵に回すのは断わっておこう。
 しかし本当に大変なのはそれからだった。シズナはグローバルコーテックスのガレージには戻らぬ旨をレインに連絡したのだ。
『それであなたはどうするのですか、レイヴン』
「私が戻れば問題が出るでしょう?当分は身を隠しますよ。以後はユニオンに身を寄せる事になります……利害の一致ですね。物資だけ用意して届けてもらって、整備は自分でやりますよ。ACって環境さえあれば、結構整備が楽ですから」
『そうですか……では御用があれば連絡を。できる限りはサポートします』
「あなたはよろしいので?私に手を貸しても」
『コーテックスは管理者の介入した事例が少ない、数少ない企業です。それに危険因子とみなされたあなたでも、私がオペレージングにより間接的に手助けしたところで別段咎めれたりはしません』
 本当にそうなのかは知らないが――というよりかなり疑わしいが、レインの言う事はとりあえず信用しておいた。
 それからユニオンの依頼で、ミラージュの保有する最大の情報施設レヒト研究所に侵入。管理者の居場所はクレストかミラージュのデータバンクにのみ記録されているという、そのデータを入手せよとの事だ。途中ランカーACザインが邪魔をした、『お互いレイヴンだ――』だの何だの言っていたが、言い終わる前に斬り捨てた。
 そのデータの解析を待っている間に、レイヤードのエネルギー炉に管理者部隊が侵入したという。万一これが破壊された場合、地下世界全体に影響を及ぼしかねない。連戦は気が進まないものの、シズナは迎撃に向かった。さすがにコーテックスも命は惜しいらしく、とやかく言わなくなった――と、レインは苦笑していた。やはり『咎められたりはしない』というのは嘘だったようだ。
 エネルギーバリアによるセキュリティは完璧だったが、奥の大型砲台を発射する際にバリアは一瞬解除される。その隙を縫ってシズナは炉に辿り着いた。奇妙なセキュリティだ。それに大それた作戦の割に、炉にいた管理者部隊のACは一機のみだった。やはり解せない。あっさり倒せた。
 そして、次なる作戦に管理者はとうとう切り札を持ち出した。



 セクション720に超大型の機動兵器を確認。エネルギー炉のあるブロックに直進しているという。
 これを迎撃して欲しいとの、またしてもユニオンからの依頼。僚機もついた。久々に見るアップルボーイのエスペランザ。
「とまあ、あの大仏様を撃破するんですか。しっかし大きいですねー、『大破壊』以前はあんなのも沢山あったんですかね」
『大仏……ですか?』
「コーテックスの方から聞かされた識別番号『D−C001−G』なんて呼んでも面白味が無いでしょう?」
 かなり遠くだが、ACの数倍は軽くある大きさの敵機はすでに目視で確認できる。荒野に突き刺さった建造物の残骸の向こう側。あの巨体がふよふよと浮いていられるのは現実感に欠ける光景だが、恐らくフロート脚と同様の反重力デバイスでも備えているのだろう。
『僕には天使をモチーフにしたように見えますけど』
「天使?あれが?精々でき損ないのトーテムポールくらいが関の山ですよ」
 シズナは容赦無い言葉を吐くと、乾いた声で続けた。
「第一、作り物の空しか飛ばない天使なんてありがたみがありませんしね」
 アップルボーイは返す言葉が見つからず閉口した。どの道、いつまでも悠長にお喋りとはいかない。
 シズナ曰く大仏様は、接近すると四つのコンテナを射出。さらに各々のコンテナが五発のミサイルに分裂し地上のエスペランザに襲いかかる。
『って、どうして僕ばかり!?』
 答えは単純だ。シズナはロケットの最大射程から狙撃している。それがギリギリで向こうのレンジ外らしいのだが、エスペランザはライフルもミサイルも、もう少し接近しないと使えない。その差で巨大兵器の有効射程距離内に入ってしまったらしい。
「こうも大きいとロケットも当てるの楽ですねー……ところで、中量級ならデコイくらいは積んでおいた方がよろしいかと」
『どうにかしてくださいよおっ!』
 文字通り、ミサイルの雨から逃げ回るアップルボーイ。同時に垂直ミサイルを撃っているが敵の巨体にあまり変化は見られない。
「そうは言われましてもねー、あの重装甲ですとMG−500の弾丸ではほとんど効果無いようですし」
 いくらか接近しマシンガンを試しに撃ってからシズナがぼやく。しかしこのような応酬を数分ほど続けていると、唐突に変化が訪れた。
『反応の数が増えています!?目標、分離します!』
 レインの動揺した声。目標の背にあたる部分から、キャノンのような部品が単独で浮遊する。やはり飛べるような形状にはとても見えないが……
『うわあああっ!』
 分離した方の放ったニ連グレネードがエスペランザに直撃。相当効いている。シズナは頭を抱えたくなったが戦闘中なので止めた。
「ああもう、こうなったら――」
『どうする気ですか?』
 ミサイルを躱しつつシズナがこぼした言葉に、レインは嫌な予感を感じた。今まで彼女と組んだ任務での、様々な経験が訴えかけてくる。
「直接懐に飛びこんでから、叩っ斬ってくれます!」
『いいっ!?シズナさん、落ち着いてくださいよ!』
「あなたは熱暴走が収まるまでじっとしてなさい!」
 レインの嫌な予感は的中した。アップルボーイが止めるのも聞かずにブラックザイトが舞い上がる。
 後を追おうとしたエスペランザは大仏様腰部のプラズマキャノンを受け、弾き飛ばされる。アップルボーイにとって、今日ほど愛機の頑丈さが有難く思われた日は無かった。
「忠告を聞かないから……っ!」
 ミサイルを回避し、時にマシンガンで撃ち落としながらシズナはブラックザイトを目標の頭部に立たせた。
 大型兵器は大抵、懐に飛びこまれると攻撃手段が著しく限られてしまう。それはこの大仏様――もといD−C001−Gも例外ではないらしく、火力こそ高いがマウントポジションについたブラックザイトには何もできないでいる。ミサイルは誘導できそうだが、自爆になってしまう。
「いっせえのっ!」
 馬乗りの体勢からブラックザイトはかがみこみ、月光を振り回す。さらにそれによって装甲をこじ開け、装甲の断面から見えた内部メカ目がけマシンガンを叩きこむ。いつぞやの赤い巨大兵器相手に使ったのと同じ手である。
『あの人は……滅茶苦茶だ…………』
 どこか重要な箇所に損傷を受けたらしく、全身から火花を散らし煙を挙げ墜落していく大仏様を見て、アップルボーイは今更な事を呟いた。
 なお分離した方『D−C001F』も本体が遠隔操作していたらしく、ゆるゆると墜落していく様子をレインはモニター越しに確認していた。



「しかしまあ、豪華なメンツだねえ?おい」
「そうだな。お前が任務に出る所なんて見た事無いぞ、BB」  若い男の声にBBと言われた男はけひひ、と嫌な声で笑ってみせる。こちらはどうも年齢がはっきりしない。青年、という歳でもないだろうが。
「そりゃお前もだろうが、ロイヤルミスト。ま……そこの旦那ほどじゃねえだろうさ」
 BBは自機『タイラント』から見てロイヤルミストの機体『カイザー』を挟んで佇むAC『アルカディア』へと目線を移す。
「え?何か言いなよ、エースの旦那。だんまりってのもねえだろ?」
 確かに豪華だった。今でこそアリーナのトップは変わってしまったが、それでもレイヤードのアリーナ上位に君臨していた彼等三名をレイヴンならば知らぬ者などいまい。そしてこの三機が轡を並べた所など誰も知らない。
 任務内容は単純明快。この地下道を通過する事が予測されるだろう敵部隊の迎撃。管理者のいる中枢に侵入する者のための陽動に、管理者の部隊が中枢まで戻れなくするよう足止めする事も兼ねている。
「……よく来たな」
 アリーナの撃墜王はただ一言、呟いた。声の調子だけで判断するなら、青年と呼ぶか壮年と呼ぶか微妙な感じだ。
「あん?ああ、無人機いびるだけじゃねえか。小遣い稼ぎにゃいいかって思ってよ?それにお前等が頑張りゃ俺は楽できるじゃねえか」
 BBが言うように、相手の戦力は未知数ながらもユニオンが用意した報酬は魅力的だといえた。かなりのレイヴンが動いているらしい、いつぞやのデータバンク侵入以来の数だ。ユニオンの財布は底を尽きやしないかと、下世話な心配をする者がいるほどに。
「俺は……さて、何故だろうな?気紛れだ。貸しを作るのも悪くないと思ったのかもしれん」
 そう言うとロイヤルミストは、エースの方へと話を振る――のは止めた。大体の予想はつく。
『あの女を倒すのは私だ。他の誰でもない』
 どうせこのような具合だろう。そしてBBが意味も無く色恋沙汰の話に持ちこみたがる。どうもエースがシズナに惚れていると決めつけたいらしい、長年アリーナを支配してきた彼もこうなるとその辺のオヤジと大差無い。
 口に出すとBBに後ろから撃たれそうな気もするので、ロイヤルミストは黙ってレーダーを見た。
「気紛れ、ねえ」
 そのBBがまたしても嫌な笑い声を響かせる。これは彼の癖だ。聞いていると不愉快だが、指摘したところで今更どうしようもなるまい。
「アリーナで上位に居続ける事に何よりのこだわりを見せるお前が?試合サボって不戦勝にしてやってまでか?」
「逃げてはいない。延期を頼んだ」
 苛立ちの原因はBBの言葉か声そのものか、何にせよロイヤルミストは憮然と返事をする。
「お?まさかお前までゾッコンか?」
「病気だぞ、お前のそれは!」
 意外とこれでロイヤルミストには子供じみた所がある、例えばこのように頭に血が昇りやすい。
 まだ若いという事なのだろうか――お陰でBBの言動には、BB自身の思惑に関わらずいちいち大人気無い反応を見せる。
「カカ、他人の色恋沙汰を見てるだけってほど楽しい暇の潰し方は無ぇんだぜ?」
「お喋りはその辺にしておけ」
 とはエースの言葉。ユニオンの通信士がそろそろ敵と接触する頃だと告げたのだ。
 ロイヤルミストはミサイルのロックを呼び出した。エクステンションも絡めれば八発のミサイルを一斉に発射できる。
 エースは黙って背のチェインガンを展開した。天井が低いから得意の空中戦は難しいが、どうとでもするだろう。元々彼には苦手な局面というものが無い。
「ハッ、来やがった来やがった……遊んでやるぜ、雑魚共が」
 こうして、彼等三名の最初で最後の共闘戦線が始まった。



「おいBB、お前だけ安全な所から撃ってるんじゃない!そんなに修理金が惜しいか!?」
「バカかテメエは!?『タイラント』に命令なんざする気かよ!」
 ロイヤルミストの言葉はやはり『暴君』を動かしはしなかった。小さく舌打ちし、カイザー残りのミサイル全てを無人MT郡に向け発射する。
 確かに今のフォーメーション――エースとロイヤルミストが前衛で、BBが後方援護――は理に適っている。エースの秀でた回避能力は未だアルカディアに一発もの有効打を許していないし、ロイヤルミストの機体カイザーは重装甲にして武装もショットガンに投擲銃と、近距離戦向き。対してタイラントも重量脚ではあるがコアや腕部は軽量級であり装甲が薄く、おまけに武装が重すぎるため機動性がかなり悪い。敵の攻撃を避けるのが苦手であり、長期戦になればなるほど不利だ。
「チッ、弾が切れやがった!おい、俺は一旦補給に戻るぞ!」
 付け加えるならば、タイラントの武器はいずれも火力こそ高いものの装弾数が少ない。総じて、根本的に長期戦には向いていないのだ。ブレードを装備してはいるが、BBはブレード戦があまり得意ではなかった。実際に使う事はほとんど無い。
「待て、こちらもミサイルが無い!先に私が補給に戻るからそれまで――」
 浮遊型MTにショットガンを撃ち黙らせると、ロイヤルミストはカイザーを全力で後退させタイラントの横に並べる。
「だから命令すんなっつってんだろ!?んじゃテメエも一緒に来ればいいだろが!」
「一度に二機も離れるのか!?」
「……大丈夫だろ、あの旦那は」
 BBは声の調子を落とすと、タイラントの腕を軽く動かし前方を指し示す。アルカディアが猛烈な勢いで敵部隊を殲滅していた。
 グレネードは使わない。弾切れではなく、単に使っていないのだ。対してチェインガンは半分以上使ってしまっているが構いもしない。
「理想も介せぬ繰り人形ごときに、止められる私と思ったか!」
 すでにBBは二度、ロイヤルミストは一度補給車から補給を受けているがエースだけは未だ補給を一度も行っていない。ブレードを多用して敵機を撃破しているため弾の減りが異常に少ないのだろう。
 管理者部隊のACが三機アルカディアの前に立ち塞がる。最早MT部隊はエースを避けて展開されていた。しかしエースはスナイパーライフルでMT部隊を牽制しつつここぞとばかりにグレネードを乱射、瞬く間にACが一機鉄屑へと変わる。
「気合入ってんなー、あいつ」
「……確かに大丈夫そうだな。さっさと行ってくるか」
「今のあいつとはちと戦いたくねえな」
 どうせ戦おうとせんだろうが――ロイヤルミストは言葉を飲みこむと、さらに後方で待機している補給車の元へとカイザーを走らせた。



 依頼無内容は管理者の破壊、ただそれだけだ――
 ユニオンからの、最後の依頼。データ解析が済んだらしく、その依頼メールには中枢までの地図が添付してあった。
 最後。これで本当に、最後になるのだろうか?この地下世界はすでに壊れてしまい終わりが見えている、そうレインは言う。
 管理者を破壊し何があるのか。誰にもそれは分からない――破壊を依頼した当のユニオンすら。未だ不可解な点は多い、後にも先にも謎だらけ。
(まあ、いいですけど)
 何にせよ、黙っていて現状が変わるとは思えない。お尋ね者というこの現状が。それは性に合わない。
 それに、このままではいずれ優秀なレイヴンがまた自分を狙うだろう。遺跡での一件の後、『お前は危険すぎる。存在してはいけないのだ』などと開き直ったメールを送りつけてきたミラージュ社ならやりかねない。
 本気でミラージュ本社を襲撃するか否かで迷ったが、悲しいまでに無駄なので止めにした。それにそんな事をすれば今度こそ文句無しにお尋ね者だ。
 管理者が存在するとされる中枢は、意外にもレイヤードの上層にあった。よくよく考えてみれば、レイヤードは上から順に建造されていったのだ。地下世界誕生と共に稼動した管理者が上層部に設置されていた、というのは納得できる。
 固定砲台を破壊しながらシズナは、中枢内部の通路を急いだ。壁を走る光の軌跡は、どこか生物の臓腑が脈打つ様子を連想させて気味が悪い。
『レイヴン、内部の敵勢力はどうやら手薄のようです。一息に突破してください』
 歓迎はあまり熱烈ではなかった。てっきり実働部隊の無人ACが山のように待ち構えていると思ったが、固定砲台や浮遊型MTが散発的に攻撃してくるだけ。実働部隊のほとんどは出払ってしまっているのだろうか、それともこの中枢が攻め込まれる事は想定されていないのか。
 いや――待っているとでもいうのか?狂える管理者が、喉元に迫る刃を、わざわざ?
「容易く言ってくれますね?」
『あなたの腕ならば容易でしょう』
 通路を駆け抜け柱を昇り、かと思えば今度はリフトで下降。実にせわしない……人に優しい作りではない。
『レイヴン、クレストの代表から通信が――どうして降りないのですか?』
 ブラックザイトは通路の端にたたずみながら、下降していくリフトをただ眺めていた。
「いかにも罠くさいじゃないですか。リフトが降下しきったところで、後から降ります」
『……通信、繋げます』
 力を失ったと、管理者へ事実上の降伏宣言をしたクレストが何を語るというのか。予想はしていたが、あまり大した事を喋りはしなかった。
 我々にはもうあなたをどうしようもないとか、力が強大すぎるとか。クレストといいミラージュといい、大企業がたかだか一人の人間を気にしすぎだ。しょせんレイヴンは『個人』でしかないというのに――嗚呼、偉大なるはACの存在か。
 『管理者を破壊する事はあなたにならばできるかもしれない、しかしその後に――』もうその話はいいというに。
 見届けるがいい?言われるまでもない……死ぬ気など無いのだから、見届ける羽目にはなるはずだ。どんな十字架だろうと受け止めるしかない。
 頃合いを見て通路を下降。予想通り途中のゲートから浮遊メカが飛び出してくるが無視、止まったリフトに着地し一番下の扉を開けた。



「……で、いつまで続くんだ、あん!?」
「知るか、そんな事!」
 BBのぼやく声にロイヤルミストも声を苛立たせた。作戦行動時間は知らされていない、となれば連絡が来るまで戦うしかあるまい。
 つまりは敵勢力の足止めが不用となる時――管理者が破壊されるだろう、その時まで。
「先に言っておくがBB!今更逃げるなよ!」
「るせえ、レイヴン信用すんじゃねえ!」
 両者ともかなり精神的に余裕が無くなってきたようだ。危険な兆候である。
「逃げたければ逃げるがいい」
 横からエースが口を挟む。静かに、しかし力を篭めて。
「こちらは露払いをこなすだけだ。それすらもできないようなら帰れ。邪魔だ、グレネードが撃てん」
 ロイヤルミストは怪訝に思った。無闇に人を貶すとはエースらしくない。そもそも、任務で危なくなったら逃げるなどレイヴンでは責められる行為でもない。一体どういうつもりだ?
「てンめぇ!誰に言ってやがる!」
 しかしBBはそこまで冷静さが残っていなかったらしい。丁度溜まっていた鬱憤のはけ口を見出したのかもしれない。
 左肩の大型グレネードをアルカディアに乱射するタイラント。エースが楽に避けたため、無人ACに着弾する。
「いつ誰が逃げるっつった、あん!?」
 タイラントは続いて右肩の武装に切り替え三連ロケットを発射。これも目標への補正が今一つな武装であり、アルカディアには当たらない。
「この俺は!BBだぞ、分かってんのかコラ!」
 さらに右手の拡散バズーカを乱射。拡散というだけあり、距離が開くと威力が落ちるものの当たり易くはなる。それでもエースはひょいひょい避けた。
「……やっとらしくなったか」
 BBの攻撃、その流れ弾に被弾した管理者部隊ACに月光でとどめを刺しつつエースは苦笑した。声の調子からすると――そう、苦笑していたのだと思う。
「ヘッ、機械なんぞに舐められてたまるかよ」
 一瞬毒気を抜かれたようであったが、BBはどこか空々しく告げた。
(照れ隠しか?ガラにも無いな、BB)
 タイラントがOBで突っ込む。確かに瞬発力こそ無いが、タイラントの余剰出力、つまりエネルギー回復率はずば抜けて高い。OBを連続で使えば高機動戦にも耐えうるポテンシャルを秘めているのだ。
 ……まあ動きが直線的になるせいで、シズナとの戦いではOB直後の熱が溜まった所にロケットを食らい熱暴走など起こしてしまったが。
 拡散バズーカの至近弾を無人ACに当てると、タイラントはブレードを振るう。出が早い2551ブレードの刃は傷ついた装甲板を破り内部メカまで達する。胸部から煙を噴き、無人機は沈黙した。
(暴君の行進か……久々に見るな)
 OBを常用し高火力に物を言わせ相手を粉砕する。エースの空中殺法に破られてから、長らく見ていないBB本来の得意戦法。元よりタイラントの機体構成では、必要以上に間合いを詰める意味が無いのに。それが彼の暴君たる由縁だ――
(まだまだやれるな)
 低い天井であるにも関わらず、エースはアルカディアを宙へと舞わせた。



 段々状になった床。最上段には恐らく管理者の間に続くであろう扉が見える。対称的に配置された柱といい、まるで神殿のように見える。
(御神体はAIですがね………ではあれはさしずめ、神官か何かでしょうか)
 やはり実働部隊は配置されていたようだ。数は二機、細部こそ違うが管理者部隊特有のMM/003ヘッドとMX−002コアの組み合わせ。
 そういえばレインの話だと、実働部隊のACは形だけACに真似た別性能の機体だというが――いちいちACの、それも既製品に似せる必要性はどこにあるのだろうか?隠密活動を前提としているのならばまだ話は分かるが、そんな大人しい実働部隊をシズナはかつてお目にかかれた試しが無い。
 無人機が動き出す。シズナは機体を上の段へと走らせ、片方が撃ってきた携帯グレネード弾を横に避け柱に身を隠す。
(一機はライフルにオービットの中量二足、もう一機は背にカルテットキャノン、腕にグレネードの重量二足……)
 レーダーで距離が詰まるのを確認する。回りこまれる前にシズナは柱から飛び出すとOBを発動させた。先行していた中量級の真横を通り過ぎざまにマシンガンでレーザーライフルを破壊、重量級の方へと肉薄する。
(相手が多数の場合は各個撃破が常套、そして――)
 過去のシズナのデータを検索、AI機はエース戦のデータを参照しグレネードは何か物を投げて防ぐかもしれないと判断。速射性の優れた背のキャノンを構える。
 データによればブレードを使用する確立が統計的に最も高い。ブレードを構える際に生じる隙を、AIは待った。
「所詮はAI、予想外の事態には柔軟な対応ができない!」
 ブラックザイトは脚部のブースターのみを噴かし足裏をAI機胸部へと叩きつけた。早い話が飛び蹴りである。無論、ACの脚部は跳び蹴りなど想定して設計されていない。あくまで移動が目的と割り切っているからだ。
 とはいえOBで加速した巨大質量はそれだけで充分な武器となる。激突の衝撃そのものはブラックザイト足裏の強力なサスペンションが吸収してしまうが、強く押された形となりAI機は後ろにつんのめった。ACの体は人間のものほど柔軟性が無いため、横転すると面倒な事になる。
 AI機が仰向けに倒れぬようバランスを保つのに苦労している間に、シズナは背面ブースターのみを噴かし機体バランスを調整、着地。
(右足のサスペンションがいかれた……?けどブースターが使えれば片足なんて!)
 ようやくAIが不測の事態から立ち直り、改めてキャノンの銃口を向けようとするがもう遅い。すでに密着した黒の機体は改めてブレードを振るった。アップルボーイに向けた時とは違う――最大出力の月光は容易く胸部装甲を、奥の動力伝達系諸共に引き裂く。
 重量級のAI機が沈黙。なまじプログラムに『可能な限り物資は尊重すべし』と組み込まれていたから拙かった。必殺のタイミングを見計らわずに弾切れ覚悟でカルテットキャノンを乱射していれば、軽量級のブラックザイトはあっさり撃破できたはずだ。悲しきは融通の利かぬAIの性か。
 続いて残った一機。オービットしか攻撃手段が無いACなど怖くもないが、それでも目障りには違いない。適度に動き回りつつロケットにマシンガンを掃射したら程無く沈黙した。
「全く、ニ機くらいでどうにかなると思いましたか――あれ?奥の扉いつの間に開いてたんですか?」
『最初からです、レイヴン』
 レインが言う。はて、それは奇妙な。番人の意味が無いような気がする。まあ面倒が無くて都合は良いので構わないが。
 奥の間には巨大な柱がそびえていた。上方が見えないが、どうやらこれが管理者本体らしい。
 柱の各所にある砲台や周囲の浮遊メカをマシンガンで黙らせ、ブースターを噴かし上昇。柱の最上部は、青白い光で覆われていた。
『レイヴン!管理者本体は、強力なエネルギーシールドでガードされています!』
 試しにロケット発射。効果無し。マシンガン掃射。効果無し。
「月光の最大出力で何回斬れば沈黙しますか、これは!?」
『先にブレードが焼き切れます!……待ってください、柱の中央に熱源を感知……管理者へのエネルギー供給源と思われます!あれを――』
「皆まで言わずとも!」
 管理者本体からいくらか下降すると確かに熱源反応がある。ブレードで外壁を破壊すると内部ユニットが露出した。
(こっちには防御策が無い……?頭隠して何とやらですか、全く)
 残り少ないマシンガンを掃射すると、アナウンスが響く。女を真似た合成音声――いや、これが管理者の声?
『エネルギー供給率、低下……再生プログラム……最終モードへ…………移行します……』
 再生?何の再生だ?そういえば地上の再生は管理者が一任していたようだが……
『地上への……ゲートロックを……解除………』
 管理者本体よりさらに上方、ゲートが開いてゆく様が見える。差し込む光。作り物ではない、暖かい光。
『本命令の……実行をもって…………プログラムの……全工程を終了…………システムを……停止します……』
(プログラム……全工程終了?それって――)
『今の言葉は一体……地上…………?』
 管理者の音声が途切れた所で、レインの声。聞きたいのはこちらだというに。
 意味深な言葉のみを残し、機を見ては一方的に突き放す。シズナにとって母親とは、すべからくしてそういった存在であった。


「……これで何機目だぁ?ああっと――」
 グレネードライフルを撃ちつつ、BBが独りごちる。
「まだ撃墜数など、律儀に数えていたのか……?」
 ロイヤルミストは呆れつつ、EOを起動させ浮遊型MTを叩き落とす。こういう時には弾の補填が戦闘中でも行われるEOはありがたい。
「ACは七、MTは……三十を超えた所までは覚えているが」
 月光で新たにACを斬り裂くとエースは、自分のスコアをうろ覚えながらも呟いた。
 さらに戦いは続き、もう三機共弾薬がほとんど空となった。BBは四度、ロイヤルミストは三度。エースは結局一度も補給を行わなかったが、その補給車の物資も尽きてしまったのだ。
 そこで彼等は倒した実働部隊のACに目を付けた。何故か管理者部隊のACは、各企業の既製品パーツに模してある。
 そして本来ACの武装は規格が合わせてあるため、相手の武装でも装着してしまえば普通は使用できる。
 そこで試しに撃破した無人機の残骸から装備を失敬してみたのだが――試みは成功した。それどころかエネルギー系武器に関しては既製品よりも使用消費が抑えられている。
 だからしてカイザーがカルテットキャノンを背負っていたり、タイラントが右手にグレネードライフルを持っていたりするのだ。アルカディアはほとんどの武装をパージして、レーザーライフルと月光だけで立ち回っている。
「だぁ、わらわらわらわらと!こいつらアリか!?もしくは蜂か!」
「……案外的を得た喩えだと思うが」
 BBの揶揄にロイヤルミストがうんざりと同意し、二人は同じ事を考えた。その女王蟻を倒しに行った女は何をやっているのだ?
「作戦時間、早く設定し過ぎたんじゃねーか?」
「こちらは陽動なのだから、突入前に仕掛けなければ意味が無い――が」
 エースは弾が切れたレーザーライフルの銃把を振り下ろしACの頭部に叩きつけ、それから言葉を続けた。
「早過ぎたというのは同感だ。こちらに集まりすぎている」 「……チッ、気に入らねえ!」  タイラントはブレードから光波を放ち牽制、OBで密着しグレネードライフルの銃口をACの胴体に突き刺すようにして発砲。
 零距離射撃を受けて敵ACはよろよろと倒れ爆発、四散するが、タイラントの持つグレネードの銃身も壊れた。舌打ちしBBは違うライフルを探す。これで壊した銃は四丁目になる。
「さて、次にガラクタになりてぇのは――あん?」
 新たなグレネードを拾い標的を見定めるべく目線を動かし、BBは動きを止める。
「敵の動きが……変わった?」
 投擲銃の銃口でMTを叩き潰し、ロイヤルミストが呟く。弾が切れてから何度か鈍器代わりに使ったせいで銃口が歪んでしまった。最早弾を篭めても使い物になるまい。
「引き上げていくのか……?」
 エースもつられて言う。このゲートを突破するのが中枢へと至るには一番の近道であるから、彼等三人が死守していたというのに。今更回り道とは考え辛い、どうせ他の道にもレイヴンが抑えについていたはずだ。加えてこのゲート近くはAC三機のみと、重要度に反して戦力は手薄にわざと仕組んである。
「……やったか」
 エースが最初に気付いた。無人機がこちらへの攻撃を止めた、その意味するものを。
『聞こえるか『バビロン』、たった今連絡が入った。管理者は機能停止――任務完了だ』
 ユニオンの通信士からの通信。つまりは、そういう事だ。
 もし管理者が破壊されたとなれば、無人機がここを突破する意味は無くなる。敵討ちの概念など機械には無い――最優先事項であった『管理者の防衛』という指令が消失してしまった以上、これ以上の損失を防ぐために退いたのだろう。
 後日、野良AC――とでも言うべきか。管理者部隊の残党を討伐するべく企業かコーテックス直々か、もしくは街のガードかしらから動きがあるだろう。それはまた別の話、今は関係の無い事だ。
「ふっ……はーっはっはっは、やりやがったかあのメスガキは!」
「ああ、やってくれたさ……あの性悪女は!」
 ケラケラと笑うBBにつられ、ロイヤルミストも明るい声を出す。余程、今までの戦闘にうんざりしていたようだ。
(本人がこの場に居ない事をいい事に言いたい放題だな……)
 二人はなおも高らかに、そう……子供のように笑っていたが、管理者の破壊という問題だけはそう笑ってもいられない。
 何せレイヤードにおいて管理者とは全てを司っていた。身近な所で電力や空気の供給、天候の操作――これからどうなっていくのやら。
(変わったな、この二人も。その性悪女とやらの存在も無駄ではなかった、という事か――)
 幸か不幸か、機会があれば人は変わる。変わってゆく。
(――いや。あの女に関わって一番変わったのは、この私か?)
 ずっと追い求めてきた理想の力。彼女との戦いの中に垣間見たそれを極めんと、何度も挑戦しがむしゃらに戦ってきたが……近頃は妙な噂が大量に流れている。そういえばその噂の出元は、今隣りにいる男だったか。
「なあBB。今からでも一戦どうだ?」
 BBの笑い声が凍りつく。そそくさと避難するカイザーを傍目に、アルカディアは月光を構えた。



 シズナは開いたゲートに向かい、ブラックザイトを飛翔させた。
 その先には天然の日光、果てし無き丸い地平。青空は半分ほど雲って見えない。
 レイヤードの住民にとっては文字通りの新天地であり――自分にとっても、やはり新鮮な光景。
(それにしても、この有様はどうなんですかね)
 シズナはブラックザイトの胸部ハッチを開け大地へと降り立ち、辺りに目を巡らせた。そこは廃墟の街。壊れた地下世界と何一つ変わらない。
 地上の浄化作業は未だ完了していないというのは管理者のブラフだったらしく大気成分は問題無い。となれば、各企業が地上へと進出していくだろう事は目に見えている。そして抗争の場を地上へと移すのだろう、結局は大破壊以前の状態に逆行するだけか?
 数百年前の『大破壊』とやらは惑星規模の大災害としか記載が無いが、人類同士の大戦争の末路という説もあながちヨタ話ではなさそうだ。
 そしていつの日か、また全てが廃墟と化す日が来るのだろうか。
 管理者は自ら道化を演じ破壊させるように仕向け、人類を巣立たせようとでもしたのか。本当に人類を抹殺したいのならば、酸素供給施設に毒ガスでも流すのが最も手っ取り早い。しかし管理者は、実働部隊の襲撃という回りくどい方法で人間を攻撃する事にこだわった。
 昔の人が言っていた。己の価値観に合わぬからといって、相手が狂っていると決めつけるのは早計だと。
 だがそれが効果的な手段だったのだろうか?人類が教訓を生かせるほど賢いならば、最初から戦争など起きやしない。
(私は管理者を破壊した……壊れていく檻と運命を共にしたくなかったから。けどそれでどうなる?)
 愚かしくも見果てぬ欲望を求め続け、血の通わぬ力を蓄える各企業。ひょっとして、『大破壊』以前の歴史をそのままなぞっているだけではないのか。本当に人類に救いは……
――馬鹿かテメエは。俺達はただ、刈ってりゃいいんだよ――
 ブラックザイトをきょとんを見上げると、シズナは小さく笑った。人類がどうこうと馬鹿馬鹿しい。そういう事は後世の人間が語ればいい。
 人を裁く絶対の法など、どこにも存在しない。だから人は自分にできる事をやるのだ。
 DOVE。鳩の名を冠したAI。ならば『彼女』は何を為そうとした?これを生み出した旧世代の人間は、何を命じたのだろう?
 今頃気にしても仕方が無い。死人に口無し――まあ人ではないが、とにかくもうあの鳩は二度と鳴くまい。
「やれやれ、後味わっるいですねえ……」
 全てが管理された地下世界ではありえないような荒い風が、髪を乱暴に撫でる。
 シズナは太陽を睨んだ。人間の欲が生んだ結晶体たる、その金色の瞳で。
「ねえカイト……あなたには、この空見えてる……?」
 レイヴンになると言っていた彼。その真意が分からないまま、去ってしまった彼。
 太陽は雲に隠れ、その輪郭すら霞んで見えない――
作者:ラッドさん