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 EARLY MISSION4
  
 『管理者』が破壊されたというのに、あまり地下世界での生活が変わったわけでもなかった。少なくともレイヴンにとっては。 
 昔からそうだ。渡り鴉は世間がどう移り変わろうと、金次第でどうにでも動く。 
 とはいえレイヤードの混乱は予想されていたものの、酷いものだった。管理者はシステムの停止と共に電力供給も止めてくれた。当然空調もストップし空気の循環が絶たれ、暴動が多発。 
 幸いにしてまだ健在であった管理者のサブシステムを利用し、この時だけはクレストとミラージュが一丸となり電力を回復させたため空調の問題はあっさり解決したが、一度崩壊した秩序はそうもいかない。そもそも、法であった管理者そのものがいなくなったのだから。 
 お陰でレイヴンとしては、以前より忙しい事この上無い。各企業も懲りずに妨害工作を再開。この後に及んでまだ足を引っ張り合うか? 
 各企業の目は地下世界の秩序の回復よりも新たに開けた地上に関心が向いているようだが、今の所は互いに様子見といったところかどの企業も大きな動きは見せていない。近々各企業の代表を集め、今後の地上開発をテーマに会議が行われるそうだ。またこれで護衛の依頼が来る…… 
 
 
 
 EARLY MISSION4:AND THEN...(それから……) 
 
 
 
「いやー、やっちゃったわねー。あなたは生きて帰ってこないってのが大概の予想だったのに、レイヴン達の間でのトトカルチョは大荒れよ」 
 そんな事を賭けにしていたのか――食堂にて、向かいの席に座ったワルキューレの言葉に汗が一筋。 
「まあ私がいなくなって喜ぶ人の方が多いのは確かでしょうが」 
「そうね。特にネージュあたりは残念がってるんじゃない?」 
「賭けに大負けしたんですか?」 
「あなた、アリーナでは人気者だから」 
 再び頬に汗が浮かぶ。そんな事で恨むなよ大人気無い。 
 アリーナといえば、当分は休業するとメールがあった。まずは混乱を沈めるのが先であるし、また住民もそこまでゆとりが無い。収益が見込めない以上、試合だけ行っても意味が無い。この機に新しいランカーも登録し再編成するらしい。 
「さて、そろそろ時間よ。テロリストが人質取ったらしいから狙いが正確なレイヴンばかり揃えたそうだけど」 
「……この四日で二ケタの任務こなしたんですけどね私。雇用法について訴えれば勝てますか?」 
 一応コーテックスはレイヴンの自由を謳ってはいる。しかし現在多発している暴動や破壊工作のため、レイヴンは現在人手不足となっている。よってまるで悪質なスパムメールの如く、斡旋メールが飛んでくる。コーテックスからのメールとなっては受け取り拒否も設定できない。 
 何、バカな事言ってんの。目線だけでそれを語り席を立つワルキューレを目で追いつつ、シズナは残りのクラブサンドをパクついた。 
 
 
 
「あー、最近疲れますねー……」 
 今日も一日、仕事が終わった。夜にも依頼は無くもないが、もう寝たい。無理して依頼を受ける義理など無い。 
 シズナはブラックザイトから飛び降りるとジャケットを脱ぎ捨て、ガレージの冷たい床に寝そべった。いつもこのガレージで寝止まりしているのだが、ベッドのある居住ブロック――ただのプレハブ住宅だが――まで歩く事すら今日は億劫に感じられる。 
 静かだった。シズナはメカニックを雇っていないため、この空間には今自分しかいない。照明の届かぬ闇と同化している相棒の他には――とはいえ、近くのガレージではまだ何らかの作業が続いているのか壁越しに金属音が聞こえはするのだが。気になるほどではない。 
 最近の任務は面倒でも報酬が安い場合が大半だ。そういえば管理者破壊の際の報酬は未払いのままだが、ユニオンはどうなっているのか。 
「もう辞めちゃいましょうかねー、レイヴン稼業」 
「辞めるんですか?」 
 目線だけを上に向けると、天地逆さまにアップルボーイが見える。何の用だろうか――シズナはのそのそと身を起こし床に座りこんだ。 
「女の部屋にアポも無しで、ノックくらいはしなさいな」 
「あ、すみません……ええと」 
 出鼻を挫かれたらしく、アップルボーイは押し黙った。目線も合わせようとしない……だから何の用だというに。 
 アップルボーイのガレージは隣りだ。同じ日にレイヴンになったのだ、あてがわれたガレージも当然近い。世間話にでも来れる距離にある。 
「……なんだか最近、分からなくなって」 
「レイヴンをやっていく意義が、ですか?」 
 シズナの言葉を、アップルボーイは苦笑しつつ否定した。 
「確かに僕は、不安定な気持ちでレイヴンになったのかもしれません。だから何だかんだ言っても、流されてここまできたのかもしれない」 
 アップルボーイは一度合わせた目線をまた外すと、どこか虚空を眺めつつ語りだした。 
「シズナさんと一緒に試験受けましたよね。それからアリーナやミッションをがむしゃらに切り抜けて……気がつけばあなたはトップランカーで、管理者破壊の立て役者で。それでふと思ったんですよ。ああ、自分はシズナさんの事――何も知らないんだなって」 
「分からないって……私の事ですか?」 
 シズナは目を瞬かせた。相手の事など知らなくて当然だろう、レイヴンなのだから。 
「ははは……やっぱ変わってますかね、僕は」 
「…………私は孤児院で育ちましてね。小さい頃から十年くらい、そこで過ごしました。最年長の組になって、そろそろ適当な職を見つけて自立していくんだろうなって……当たり前の明日を信じてました」 
 ややあってシズナが口を開く。うつむきがちの目線はどこか、沈んで見えた。 
「ある日、ACの戦闘に撒きこまれました。孤児院は壊れてみんな死んで……それからレイヴンになるって決めたんですけど、今思えば彼氏が死んで自棄になっていただけのような気もしますね」 
 まあ弟分が一人だけは助かったんですけど、と苦々しい笑いと共に付け足す。 
「何か死に場所が欲しかったのかもしれません。どうせ血塗られた道が宿命ならば、堕ちるとこまで堕ちてやれ……何もかも投げやりになって」 
 シズナの物言いには引っかかるものを感じたが、彼女が昔の話などするのは初めてだからか、アップルボーイは口を挟まずに黙りこむ。 
「実際にACに乗るとよくわかりました。あの棺桶の中だと、人の死なんてものは至極あっけないんですよ……ボタンを押せばあっさりと。MTって今でも大半は有人機ですし、足元には人がいたりしますけど、ただボタンを押すだけで全部消えてしまう……多分、あの日に孤児院を破壊したレイヴンもその程度の感覚だったんでしょう」 
 汗が乾いて今頃肌寒くなったか、シズナは脱ぎ捨てたジャケットを羽織った。ようやくアップルボーイがまともにこちらを見つめる。 
「手に残る感触なんて皆無に等しいですし、モニターいじれば苦悶の響きも黒い屍も見ないで済みますし、実際そんなもの残すまでもなく人生終わっちゃうんですよね、ACの前ですと。怖くなりました。何より自分が、どんどん別の生き物になるような気がして……なるたけ市街地には行かない事にしました。弟が私に『いいレイヴンになれ』って言って……それでですかね。ちっぽけな偽善ですよ」 
 アップルボーイはシズナの瞳にぞっとした。そうだ、たまに彼女はあんな顔をする――あの金色の瞳が、底が見えぬほど暗く輝く時がある。 
「ところが新人の頃は任務を選り好みしていられるほど余裕がありません。アセンも色々と試していたので落ち着かなくて、やりくりが苦しくなって。そこでアリーナで頑張る事にしたんです。気がつけばトップに立ってましたがね」 
 何を笑っているのだろう?まるで嘲っているようではないか。対象は―― 
「どんどん死地を切り抜けるたびに、妙な依頼が増えていって。そして管理者部隊が現われて……気がつけば、後戻りできなくなっちゃって」  
 対象は――滑稽な彼女自身だ。 
「ですからね、流されてきたというのならお互い様ですよ。これでよかったのかなって、今更考える時もありますし」 
 本当に焼け鉢にでもなっているのか、今日のシズナは実によく喋った。後ろ髪を指でくるくると弄くっているが、彼女にあんな癖はあっただろうか? 
「一連の騒動がDOVEの芝居だと仮定したなら、彼女が考えていたより人類は幼かった……昔っからゴタゴタが起きると、ツケは民間人に回るんです。かつて科学が発達し人が神を信じなくなったように、管理者という神が消えて企業は鬼の居ぬ間の何とやらでどんどん傲慢になってます。一般市民の今の生活なんてあまり考えたくありませんね」 
 アップルボーイは目を丸くしていた。DOVEの芝居うんぬんについての事だろうが、あれはあくまで推論の域を出ていない。 
「なるようにしか、ならないと思います」 
「……はい?」 
「何があろうと何であろうと、その時に一番いいと思った事をやるんです。それで起こってしまった事を、ああすればよかったこうすればよかったって悔やむよりは『次に自分にできる事』を考えていくべきだと……それくらいしかできないと、思うんです」 
 真正面から見据えられ、シズナは暫く呆けていたが……唐突に吹き出した。 
「っく……くくくっ…………っ……」 
「……何ですか」 
 必死に笑いを噛み殺しているシズナに、さすがのアップルボーイも憮然とする。 
「どうすればそんな前向きに考えられるんでしょうね?……そうですね、あなたにはまだ光があるから、ですかね?」 
 光。それが自分には無いというのか。何をそんなに絶望しているのだろう。生きる事に投げやりなのだろう。 
「まだあるなら、大事にする事です。レイヴンっていうのはきっと、どこか壊れてしまった人達がなるものだって……私は思うから」 
「どこか……壊れた?」 
「『いいレイヴン』っていうのは……あなたに任せます。私には無理です」 
「はあ……」 
 シズナの言葉は抽象的でいまいち的を得ない。アップルボーイはただ、生返事をするだけだった。 
 
 
 
 それから間も無く、あるきっかけを機に民間の騒ぎは下火の方向へと向かった。 
 あれから半月としない内に、ユニオンがミラージュの攻撃を受け壊滅したのだ。 
 何者かを悪者に仕立て上げる事で民衆の心を纏め、動乱の早期終結を試みる。よく使われる手段である。 
 シズナはこの時に始めて知ったのだが、シズナが中枢へと向かうと同時にユニオンは多数のレイヴンを雇って、レイヤード各地で陽動を仕掛けていたのだそうだ。実働部隊が管理者を守りに戻れぬように。しかしそれで戦力も財力も使いきってしまったらしく、かつてはパトロンの一つでもあったミラージュに抵抗も一つもできずに終わった。 
 ユニオンは管理者を破壊した後に結局どうしたかったのか。自ら後の事は考えていないような事を言っていたような気もするが、今となっては全てが塵となってしまった。諸行無常とはよくいったものだ。 
 さらにそれから一週間。レイヴンの仕事も多少は落ち着いたためかアリーナは早くも再開された。落ち込んだ経済の振興という事で、当分は半ば慈善事業のような値段で入場できるらしい。それでレイヴンのファイトマネーが減るわけでもないが、これでまたエースが突っかかってくるのかと思うとシズナの気は沈む。まあ試合数の方も当分は一日いくらと制限がつくらしいのだが…… 
「……あれ?ワルキューレさん。試合見ないんですか?」 
 アリーナのレイヴン専用待合室へと向かう通路、アップルボーイは反対側から歩いてくるワルキューレに声を掛けた。 
 そろそろシズナの試合だ。珍しく彼女の方から挑戦したらしい、どういう風の吹き回しだろう。 
「見る必要無いわよ」 
「でも今日の相手のエグザイルっていうの、危険らしいですよ?そりゃアリーナでは新規加入だからEランクだけどステルス使いだそうですし、最速のフロート脚使ってますし。相手のコアに風穴空けるのが趣味だとか何とかで」 
「……あのねー、私のグナーがどうやられたか覚えてない?」 
 半眼で告げるワルキューレ。そういえばシズナの特技はノーロック撃ちだった。何でも相手のクセや脚部の動き、ブースターの噴射角や周囲の障害物諸々で次に移動する場所に見当をつけるのだそうだ。あまり意識せずともこういった計算が頭の中で勝手に行なわれているらしい。 
 実際、シズナがこれまで無茶な行動を取っても生き残ってこれたのはそういった頭の回転の速さ――言わば卓越した空間把握能力、そこに起因する。常に頭で戦場の様子をシミュレートして行動するため、乱戦や障害物の多い場所になればなるほど他のレイヴンとの差が際立つのだ。 
 ワルキューレの予想通り、エグザイルのACアフターペインは哀れなまでに弾を食らいあっさり大破した。最速のフロート脚というが、フロートはブレーキが悪く流れる動きになりやすい。かえって撃ちやすかったようだ。 
(どういう神経で自分から『追放者』なんて名乗ってるんでしょ。あ、放浪者って方の意味ですかねえ) 
 コクピットの中でモニターから炎上するアフターペインを眺めつつ、相変わらずシズナはどうでもいい事を気にしていた。 
 
 
 
 始まりがあれば終わりもある。当然の事だ。 
 まあしかし、あまり自分で体感したい真理ではない。そんな事をブラックザイトのコクピットでシズナは思う。 
 ……どうも最近、この鉄の棺桶に篭もっては妙な事に思いを馳せている事が多いような気がするのは気のせいか? 
 ここアヴァロンヒル。どこぞの部隊を退治しろだか何だか、ミラージュ社に依頼されたのだが荒野に集った機動兵器の多い事多い事。どうも以前からこの荒野にはロクな思い出が無い――AC十五機、MT五十機、空挺部隊多数。 
(そりゃ前回MTの大群を相手にした時、MT五十機よりはAC五機の方がマシだとは誰かにこぼしましたけどねえ……) 
『レイヴン、いくらあなたでも多勢に無勢です!包囲が薄い場所を見つけますから、隙を見て離脱してください!』 
 レインが叫んでいる。今までで一番声が大きい。 
 僚機は無し。アップルボーイもワルキューレもアリーナの試合で都合が悪く、元々僚機を雇う主義でもないため単機で出撃したらこの始末。 
「まさかミラージュが私一人のためだけにこれだけの大軍を用意するとは――」 
『厳密には違う。ユニオンもそれを望んでいた……ユニオン最後の依頼だよ』 
 レイヴンの一人が答えた。つまりユニオン残党とミラージュの混合部隊、それでこれだけの大部隊に脹れ上がったか。 
「……やれやれ、どいつもこいつも……」 
『レイヴン、無謀です!』 
 比喩ではなくミサイルの雨が襲いかかってくる。万物を焼き払う破滅の雨。 
――上等じゃねえか! 
 そして、死神は吼えた。 
 
 
 
「こちらデルタ1、ガスホーク部隊の損耗率が半分を超えたぞ!」 
「グレイボア部隊は壊滅!第四ギボン小隊は隊長がやられた、以後は第三部隊の指揮下に入る!」 
「ターバニット隊は何をやっている!?何のための航空戦力だ!」 
「駄目だ、真っ先にやられた!それよりスクータムは前に出せ、常識だろう!?」 
「もう戦列も何もあるか!自分の身は自分で面倒見ろ!」 
「誰かさっさとノイザムのジャマーを切れ、ロックができないと不利なのはこっちだ!」 
「何やってる!?俺は味方だ、撃つんじゃない!」 
「この状況ではどうしようもないだろう!?棒立ちしていてはそれこそ――ぬわっ!」 
「ACが飛び蹴りを使う!?ええい、刺し違えてでもブレードを潰せ!そうすれば勝ちは――」 
「増援はフィーンドばかりじゃないか、ACはもう無いのか!?せめてエクスファーくらいよこせ!」 
「誰だ、この状況で大型ミサイルなんざ撃つバカは!?」 
「ちいっ、もっと優秀なランカーには頼めなかったのか!?Cランク止まりでは話にならん!」 
「もうやってられるか、俺は抜けさせて――ぐあああっ!」 
「マシンガンはとっくに弾が切れているはずだ!頼むから少しは粘れ!」 
「く、来るな!こっちへ来るなあああ!」 
 
 
 
「確か前にもこんな事があったわね……」 
 ワルキューレの言葉にアップルボーイは無言で同意した。デジャヴを感じる――マグナ遺跡の時と重なって見える。 
 アリーナでの試合が終わってすぐに今回もレインからの連絡が回されたのだが、敵戦力の概要を聞かされた時は背筋が凍った。彼女に関わって以来、何度味わった感覚であったかはもう覚えてもいないが。 
 妨害電波か磁気嵐か、原因は不明だが通信障害が起こってレインには途中からさっぱり状況が分からなくなったそうだ。突き刺さった巨大な建築素材目掛け、グナーとエスペランザは急いだ。 
 今回もまた凄惨たる様相を呈していた。無数に散らばる金属塊、足の踏み場に困るほどの。 
 前回と違う事といえば――レーダーには何の反応も無い事か。二人が到着した時には、やはり戦闘は終わっていた。 
 しかしどこにも、あの黒いACの姿は見当たらなかった。 
「あら…………?それって」 
 散々歩き回り、エスペランザが何か持ってきた。真っ黒に塗られた11−SOL……ブラックザイトの左腕。正確には前腕部だけだ。取りつけられたままのMOONLIGHTはどういう使い方をしたのか、発振部が焼け焦げていた。 
「そっ……か」 
「大丈夫ですよ、あの人は」 
 アップルボーイが言う。どう楽天的に見てもありえない。誰の目にも彼が現実逃避に走ったようにしか見えないだろう。 
「どうせ何食わぬ顔して、ひょっこり帰ってきます。そういう人です」 
「そっか……そうよね」 
 だが不思議とワルキューレは信じてみる気になった。一人くらいはこんな馬鹿がいてもいいだろう――そう思えたのだ。 
 
 
 
『諸君らから提供されたデータによってようやくOP−INTENSIFYは市販化の目処がたった。十の機能を備えたこの新商品は必ずや、窮地に立つ我が社に光明をもたらしてくれる事だろう。データ収集の依頼はこのメールが開かれた時点で完了とする。尚、諸君らに預けた試作品は特別報酬として進呈する。今後も活用してくれて結構だ。これまでの我が社への協力、感謝している』 
 
 キサラギ社から届いた『礼状』と銘打たれたメールを閉じると、ワルキューレはあくびを一つ。別にこんな知らせが欲しい訳ではない。 
 アリーナトップ、シズナ・シャインはこうして姿を消した。ミラージュ社が関わっている事は、レイヴンならば誰でも知っている。 
 グローバルコーテックスの部隊が後にアヴァロンヒルにて探索を行ったが、ブラックザイトのコアはおろかほとんどの残骸は見つからなかったそうだ。しかし生存は絶望的だろう――とは、探索に参加した隊員の言。命からがら生き延びた者に話を聞こうにも「黒怖い黒怖い」と怯えるだけで、すっかりコクピット恐怖症になってしまったらしい。 
 これについてアリーナ一位に返り咲いたエースはこうコメントした。『奴は必ず生きている。再び相まみえるその時まで、私はいつまでもここで待とう』……BBは『あいつすっかりホの字だねえ』、とケラケラ楽しげに笑っていた。 
 折角管理者の件では被害を最小に抑えたミラージュ社だったが、二度にわたり私設部隊を壊滅させられた結果相当の痛手を負った。通常業務には差し支えないが軍事戦力の大半を失い、妨害工作の方は大人しくなった。今は経営の方に専念している。 
 先月開催された企業の代表を集めた大会議は未だに進展が見られない。どの企業も自己主張が激しすぎる。特にクレストとミラージュは互いに譲歩というものを知らない。というより、互いに意地を張り合っているというべきか……とにかく、暫く意見は纏まらないだろう。本格的な地上進出までにはまだまだ時間がかかりそうだ。 
 沈静化すると思われた暴動も、下火になったとはいえ管理者騒動以前に比べ倍の数値を保ったまま。秩序は未だ戻らない。これもクレストとミラージュが管理者の後釜を狙っているせいか。一般人には管理者が破壊された事は公表されていないのだ。 
 元々管理者とはその存在が大きすぎるために、日常生活で意識する事はまず無い。つまり管理者がいようがいまいが、一般人としては日常生活に支障が無い限り気にもならないような存在なのだ。 
 空位の王座を巡り争いが続く限り、この籠の司法は元に戻らない。最も、企業が直接統治している地域に関してはそれそれが勝手に法を作り上げている。かつての州統治に似たやり方だ。しかしそれらの地域はレイヤードの中でもほんの一部に過ぎず、経済の中心から一歩遠のけば無法地帯が広がっている。 
(そしてこの状況を生んだ張本人は蒸発。考えようによっては上手い逃げ方だわね…………) 
 彼女らしいといえばそうかもしれない。息を吐くとワルキューレは、グラス一杯のバーボンを一息に飲み干した。 
 
 
 
 それから早くも、三年の月日が流れた。 
『新規メールがあります』 
 三年経って、ディスプレイに映し出された文字はなおも変わらなかった。いや、グローバルコーテックス支給のOSを最新バージョンにアップデートしていないのだから、変わらなくて当たり前か。女は苦笑しつつ、パネル上の手を動かしメールを開封する。 
『差出人:グローバルコーテックス  件名:所属変更 
 企業の推進している地上開発プロジェクトの事はご存知かと思います。 
 当社としましても契約企業の方針には従いたいと思い、新たに地上支部を設立する事になりました。 
 しかし何もかもが未知数の地上ともなれば当然、任務も危険を伴うものとなるでしょう。当面は地上に上がる『許可』を出すのは、高ランクのレイヴンに限定します。 
 ですが、やはり率先し後に続くレイヴンの先達となる者は必要かと思いますので、ごく一部のレイヴンには地上に上がるよう『要請』を出す事になります。 
 登録番号7623-CK4960。あなたは再度の登録となりますので所属を地上支部へと移す際の余計な手間が省けました。よってあなたには地上支部への移転を強制いたします。 
 以後は地上にて、企業からの依頼という形で地上復興に協力して頂く形になります。 
 あなたがかつて所有していたAC用パーツは全て、すでに搬送済みです。 
 なお、このメールを開封した時点で、あなたの拒否権は消失します。あしからず』 
「……地上、ですか……しかし強制とは。珍しい事もあるものですね……」 
 グローバルコーテックスは人材派遣会社ではあるが、基本的にレイヴンの活動そのものについては強く干渉しない。今回のように行き先を『強制』するなどという辞令は見た事も無ければ聞いた事も無い。 
(まあ、唐突に三年も蒸発した身分では大きな事言えませんか) 
 暗鬱に溜め息をつき、女はもう一通のメールを開封する。 
『差出人:レイン・マイヤーズ  件名:お別れです 
 お久しぶりです、レイヴン。 
 あなたの事ですから無事だろうとは思っていましたが、全く音沙汰が無くて心配していました。 
 グローバルコーテックス本社からのメールはすでに確認済みの事かと思います。 
 さて、あなたが『管理者』を破壊し、地上への道を開きもう三年になります。 
 ストップした酸素及び電力の供給は、各企業の手により速やかに復旧しました。 
 しかしレイヤードの秩序は未だ回復したとは言えず、違法ゲリラや少年犯罪の類は未だ衰える兆しがありません。 
 崩壊した秩序はレイヴンにはとにかく、一般市民階級には酷すぎたようです。先日もコーテックスの同僚が一人、通り魔に刺されました。 
 確かにあなたは狂ったとされる『管理者』を打倒し、新たな可能性を示しました。 
 ですがその結果、企業間の勢力争いは収まる事を知らず、その舞台を地上へと移しただけに留まりました。まるで、以前の『レイヤード』のそれをただ拡大しただけのように。 
 あなたを責めるつもりはありませんし、その権利も私にはありません。 
 ただ、ひょっとして今の未来は間違った未来ではないか。そんな事を思います。 
 そしてこうも思うのです。今が間違っているというのなら、一体私達はどこから間違えてしまったのでしょう? 
 あなたが地上に上がり今度は何を為すのか。それが怖くもある反面……見てみたいという気持ちもあります。 
 私はあなたの担当から外されました。地上では、新たなオペレーターがあなたの担当となる事でしょう。 
 では、ご武運を』 
 女は返事のメールを打ち始めた。差出人の名は―― 
『差出人:シズナ・シャイン  件名:お久し振りです 
 お久し振りです、レインさん。 
 あなたとのコンビは解消ですか。まあ人生に別れはつきものと割り切るしかありませんね。死別じゃないだけマシです。 
 ところで、あなたの問い――どこで間違えてしまったかについて、ですが。 
 誰にも分かりませんよそんな事。しょせん、人間は己の価値観でしか物事を測れません。 
 ただ、私は……クレストの代表が言うように、ただ大人しく破滅を甘受したくはありませんでした。 
 狂っているにせよ、管理者は必要だったのかもしれません。生まれた時からそれを当然と思っていた人達には。 
 ですが、自分の籠が壊されるのをわめきながらも見ているだけのカナリアには、私はなれませんでした。 
 身勝手な理由だとお笑いになるのもいいでしょう。否定はしません。私は我侭な女ですから。 
 地上に上がって、何をするのか。私は私なりに、やりたいようにやるまでです。 
 それがどのような結果を生もうとも。 
 今度プライベートで会う事ができれば、軽い食事でも馳走しましょう。こう見えても私、料理には少し自信があるんですよ? 
 ……最も、それまでお互いに生きていられれば――、ですが。 
 追伸:最後まで貴女、私の事を名前で呼んでくれた試しがありませんでしたね?』 
 
 
 
「うりゃああっ!」 
 エスペランザのブレードが、赤い塗装のフロート脚ACを捕らえた。魚雷を思わせる脚部を持った相手ACの反重力デバイスが停止する。 
『おおっと、これで『アトミックポット』沈黙ぅ!エスペランザの勝利ぃ!これでアップルボーイはCランク進出以来五連勝だあ!』 
 ふう――とアップルボーイは息をついた。安堵のものというより、単純に息が詰まっていたのだ。 
『遅々としながらも着実に成果を伸ばすその姿はまさしくカメさんの如し!相棒のシズナは泣いてるぞ――』 
 エスペランザは黙って右手のライフルを実況席へと向けた。 
『――失礼しました』 
 
 
 
「最近、調子いいじゃない?」 
 アリーナのレイヴン用控え室にて、とりあえずコーヒーを自販機で買い一服しているとワルキューレが声をかけてきた。 
 シズナが姿を眩ませてからは、アップルボーイはワルキューレと組む事が多くなった。結局周りの男連中から妬まれる事だけは変わらない。 
「はは……いつまでもボーイじゃ、笑われてしまいますから」 
 コーヒーの缶を見つめたまま、アップルボーイは苦々しく笑う。 
「暗いわねえ。今日はそんなあなたに、面白そうなもの持って来てあげたわよ?」 
 そう言い、差し出してきた彼女のモバイルをアップルボーイは受け取った。近頃新設された地上の方のアリーナに登録されている情報。 
「アリーナEランク…レイヴンネーム、シズナ・シャイン。登録AC名ブリューナク……また偽者じゃないですか?」 
 アップルボーイは胡散臭げに告げる。あれから彼女の名を騙った口だけのレイヴンは何人もいた。第一、本当に彼女ならばどうして未だにEランクなどに留まっている? 
「確かにアセンのコンセプトはブラックザイトにそっくりですが……」 
「そう言うと思ってね。これ、任務先での戦闘記録」 
 ワルキューレが端末をいくらか操作すると、録画ムービーが表示された。明るい黄色の軽量級ACがOBでMTに突撃し――飛び蹴り。そのままMTを踏み台にし真上からロケットを乱射。さらに別方向から飛来するミサイルに右腕だけ向けるとマシンガンで撃ち落とす。 
「…………こんな無茶苦茶な戦い方ができるのは……」 
「彼女くらいしかいないんじゃない?」 
 ワルキューレは悪戯めいた笑みを浮かべていた。数秒見惚れてしまい慌ててアップルボーイは目線を外す。 
「でも、こんな映像って一レイヴンが閲覧できましたっけ?特例を除いては面倒な手続きとか」 
「まあそこはそれ、よ」 
 手を構えて、何かを右から左へ持ち運ぶようなジャスチャーをする。それから一つ堰払いをしてワルキューレは続けた。 
「ところで、どうする?」 
「上がりますよ、地上へ……そろそろ太陽という物も直に見てみたいですしね」 
 散々揉めた末に各企業合同で提唱された地上開発プロジェクト。それを受けてグローバルコーテックスは一部の優秀なレイヴンに限り、地上へと上がる事に許可を出した――いや。最近ボーダーラインは引き下げられたから下位ランクでも上がれたか。 
 これまでは二人共に、地上にさしたる興味が沸かなかった――本当の大地を見てみたい気はしたが、治安の戻りきらぬレイヤードでは未だレイヴンの需要は多いし、地上は色々と未知数な要素が多い。妙な機体に襲われたり青い光の柱に焼かれたレイヴンもいるらしい。 
「会ってどうするの?」 
「……そうですね、会ってから考えます。あなたはどうなんですか」 
「世間話でもするわ。ついでに酒でも奢ってもらうわよ。連絡の一つも無いなんて水臭いと思わない?」 
 それもそうですねと、アップルボーイは固い長椅子から立ち上がった。 
(今度こそ……借りを返します) 
 まだ見ぬ大空に想いを馳せつつ、アップルボーイはコーヒーの缶を握りしめた。 
 
 
 
 番外:病室にて 
「何言ってやがる、お前も男だろうが?あのたわわに実った双丘を揉みしだいてみたいとは思わんのか」 
「……ゲドさん、いくら何でも下品すぎです」 
「したいのかしたくないのか、どーなんだと聞いている!」 
「いや、そりゃ……興味はありますけど」 
「歯切れが悪いな……も、もしやあれはダミーか!パットなのか!?」 
「あー、それは無いと思いますよ。シズナさんいつもノーブラですし」 
「そんな事まで知っているのかお前は!ええい、こうなりゃ今度押し倒せ!」 
「ムリですよそんなの!僕死んじゃいますって!」 
「そこそこお前には気を許してるんだろう!?ああいったタイプに限って夜はマグロだったりするんだ!さもなくば男に逃げられはせん!」 
「まだ言ってるんですかその話は!?」 
「とにかく!誰よりも先んじてあのアルカディアを征服してみたいとは思わんのか!後世に名を残せるぞ!」 
「もうお下劣とかそれ以前に、命と引き換えに偉業なんて成し遂げたくないですっ!」 
 アップルボーイは、以前からシズナがヴァーチカルデッドエンドなるアッパーで何人もの男の顎を粉砕しているのを間近で見せつけられてきた。無理もない。 
 そしてシズナの剥いた果物はこんな二人のやり取りを尻目に、トラファルガーとワルキューレが全て平らげてしまった。 
 
 番外2:こうして決めたチームネーム 
エース「バビロンとしておいた」 
BB「ば…ばび?」 
エース「大昔の聖典にはバビロンの塔という話があってな。当時の人々が神の所まで届くような巨大な塔を建造しようとしたのだが、それを知り怒った神が民衆の言語を混乱させ、その計画は頓挫したという話だ。神が直々に破壊したとする書もあるが、これは間違いらしい」 
BB「…だからどうした?」 
エース「分からんか?管理者が絶対的存在であるとはいえ所詮は人の作った物に過ぎん。今、その塔に向かっているだろうが?死神がな…」 
BB「や…ややこしいわ!おいロイヤルミスト、お前も何か言ってやれ!」 
ロイヤルミスト「いいんじゃないか、呼びやすいし」 
BB「投げてんじゃねえ!」 
 
 番外3:ボツ案 
エース「エルドラドとしておいた」 
BB「何だそりゃ」 
エース「大昔の人間が思い描いた黄金郷の名だ。まあ、あながち迷信でも無かったのだが…」 
BB「おお、つまり今回はボロ儲けするぞという決意の表れか?」 
エース「…お前と一緒にするな」 
 
 番外4:ボツ案・ひつこい 
エース「レキシントンとしておいた」 
BB「…何だそりゃ。お前のカキタレか?」 
エース「かつてアメリカと呼ばれた国が植民地から独立を果たそうという戦争の皮切りとなった開戦が行われた場所で――」 
BB「誰かこの戦記マニア黙らせろ」 
 
 番外5:ボツ案・終 
エース「パールハーバーとしておいた」 
BB「ぱ、ぱー?」 
エース「昔、とある大国は奮起するための文句として戦争中に『パールハーバーを忘れるな』と連呼したそうだが、噂では上層部はこの騙し討ちの情報を実は把握していたと――」 
BB「もういいから黙れ」 
 
 
 
  あとがき 
 今回はシズナがかつてレイヤードで有名になっていなくなるまで、の話になってます。ミッション1でも言った通り、一応彼女のポジションは『AC3時のプレイヤー』ですんで。 
 なんか妙に長くなったなあ… 
 最初は要所要所だけ抑えつつさらさらイベント流していく予定だったのに、エースのアルカディア戦あたりから普段通りの作り方にしてしまった。 
 お陰でずるずると妙なイベントもそのままに、半分くらいはダイジェストのままここまで脹れ上がって……まずはここまでお付き合い頂いた事に感謝。 
 あー、まず今回の敢闘賞。なんか悶々としつつも全然報われてないアップルボーイ。 
 そしておいしい所取りは、梨と林檎をワルキューレと共に平らげたトラファルガー。彼は個人的に好きなんだけど、出番作れなかったなあ。 
 では、また別の舞台で。 
 
 
 
レイヴンネーム:シズナ・シャイン(AC3時)  年齢:十八歳  性別:女性 
新人レイヴン。およそ無茶としか思えない戦い方ながら異様な戦果を見せる。 
何故か私服のままACに乗る等、命知らずな行動が多い。本名で登録しているのも神経を疑う。 
人付き合いが悪く常に気だるそうにしており、レイヴン試験で知り合ったアップルボーイくらいしか行動を共にしていない。また、どこか生きようとする意欲が薄い。 
たまに機体から妙な『幻聴』を聞くが、どうやら自身の破壊衝動がそのような形で具現化しているようだ。 
参考までに、市街地での任務はいつも断わっている。 
ACname:ブラックザイト  エンブレム:コーテックス社のものをそのまま 
頭:CHD-SKYEYE 
コア:CCL-01-NER 
腕部:CAM-11-SOL 
脚部:MLL-MX/EDGE 
ブースター:CBT-FLEET 
FCS:AOX-X/WS-3 
ジェネレータ:CGP-ROZ 
ラジエータ:RIX-CR14 
インサイド:MWI-DD/10 
エクステンション:None 
右肩武器:CWR-S50 
左肩武器:CRU-A10 
右手武器:CWG-MG-500 
左手武器:MLB-MOONLIGHT 
オプション:S-SCR E/SCR S/STAB E/CND L/TRN 
ASMコード:IG8QKfYcW67X4NmW41 
備考:通称『アリーナの黒き死神』。軽量級としてはスタンダードなアセンとなっている。 
機体の塗装は悪趣味なまでに黒(カラーリングはRGB全て30以下)、各センサーランプが赤。 
インサイドのデコイを実際に積んでいたのは、エースとのアリーナ緒戦が最初で最後。 
後の乗機ブリューナクほどではないがあちこち操縦をマニュアル化してるらしく、たまに飛び蹴りなんぞもかます。 
『管理者』破壊後、アヴァロンヒルにてミラージュ私設部隊及びユニオン残党部隊を相手にし、これを壊滅させるも大破。以後、搭乗者のシズナ・シャインは行方不明となっている。 
名の由来は娯楽小説に登場する動く巨大石像『シュバルツツァイト』を勝手にもじったらしいのだが、お陰でブラックが英語ザイトは独語、とおかしな名になってしまっている。 
作者:ラッドさん 
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