サイドストーリー

Rhapsody in Blue


〜ARMORED CORE NEXUS OPENING MOVIE〜


カラスが死んでいた

地面に倒れ仲間に啄まれ

羽はボロボロだった


風が吹き抜けて羽根が空に舞う


薄く開いた嘴から

最期の声が聞えた様な気がした



唄が聞こえる

(何の歌だろう?)

ひどく懐かしい

(誰の唄だろう?)





「―エヴァンジェ君、聞いているのかね?」

とある指揮官用戦略トレーラー。

軍服に身を包み、態度、立ち方、全てに隙のない壮年の男がスクリーンを横に立っている。

スクリーンの青白い光に照らされている顔には、

創傷、火傷と、無数の傷跡が生々しく這っていた。

男は資料を片手に、頭を傾けると。一番前の座席で、下を向いて座っている男に話しかける。

「気分でも優れないのかね」

「…問題ない」

そっけなく答える、男。

パイロット名:エヴァンジェ
AC名:オラクル


「まぁた、トンでんのかよ?」

その後ろ。軽い口調、ポニーテールの若者。

パイロット名:ヒューイ
AC名:ゼロス


「おいおい、頼むぜ。これから作戦って時に」

さらに後ろ。前の二人よりやや年齢が高めの男。全身から重みに似た、男臭が漂っている。

パイロット名:ジェライド
AC名:ヘクトル


「全部、聞いている」

エヴァンジェは背筋を正すと、脚を組んだ。

「では、続ける。今回の君達の任務は、この新資源の地【パンドラ】についての極秘資料の移送だ。
しかし現在ここ【アーサー・クラークシティ】に着て、なぜかクレストとぶつかった。
―目的は我々の資料だろうが、な。
このまま足踏み状態では、我々は不利になる一方だ。そこで、ACを使う。ここまで、質問は?」

「ACを3機も使って何するんだ?」

やる気の無い顔で、ヒューイがさっそく口を突く。

「同感だ。移送だけならACを使わんでも他にいくらでもある」

ジェライドは、元から深い眉間の皴をさらに深くする。

「……良いだろう。だが―、これは本来なら極秘にあたる。故に他言無用で頼む」

「続けてくれ、指揮官殿」

と、ジェライド。

「実は…我々とナービスは協商関係にあった―」

「はぁ!?」 「なに…!?」

素っ頓狂な声を上げる、ヒューイとジェライド。

犬猿の仲とさえ言われていた、企業の言葉とは思えなかった。

だが、エヴァンジェはそんな爆弾発言に対しても、指揮官の足元の辺りを見ているだけで顔色すら変えない。

「―もともと、ナービスは我々の支援で動いていた下請なのだよ。ここまでの規模で進出できたのも、我々の助力に他ならない。
だが、先日。ナービスがこれまで我々に渡してきた資料、その殆どが捏造されたものと判明した。
その事を問い詰めたところ、奴らは今までの恩を忘れ、手のひらを返し、自らの立場を主張しだしたのだ。
我々としては、黙っているつもりはない。よって、ついさっき、ナービスの研究所から資料のマスターを徴収した」

「強奪の間違いじゃねぇのか」

ジェライドは皮肉っぽい笑みをつくる。

指揮官はジェライドの方を見るも、そのまま話を続けた。

「だが、問題が起きた。
―施設を強襲した際、クレストのACとMT部隊によって、我々の部隊は壊滅的打撃を受けたのだ」

指揮官の顔は、一層に厳しいものとなった。

「クレストだと? あの沈黙企業が何だって急にナービスに?」

ジェライドは腕を組む。

「分からん。だが、奴らがクレストに援護を受けていたのは間違いない。
強襲の際の報告で、施設護衛部隊の殆どはクレストのものだったという。
さらに決定付けられる事実は、そのACというのが誰もが知っているクレストのお墨付き、ジノーヴィーだという…」

「なに!? この作戦、ランカー1位が相手なのか!?」

―驚きを隠せないジェライド。

ジノーヴィーと言えば、レイヴンズアーク開催のアリーナでは無敗の記録を誇っている―

――トップランカー――である。

ジノーヴィーの受ける依頼はクレストのものが殆どで、各地の戦場で度々、目撃が報告されていた。

彼の黒いAC、【デュアルフェイス】が1機いただけで、絶望的な戦況がひっくり返った例は少なくない。

もし、ここに彼とデュアルフェイスが投入されていたら。というより、これだけの規模で包囲を布くということは、

それだけ、クレストが本気だということだ。ジノーヴィー程のレイヴンが呼ばれないはずが、ない。

そう考えると、ジェライドの思考は急激にマイナスへ傾いていく。

―だが、指揮官の言葉はそれに反した、意外なものだった。

「それは…恐らくあるまい。あったとしても、こちらは3機だ。撃破ならずとも、退けることぐらいは出来るだろう。
なにより、施設撤退時に大型ミサイルによる波状攻撃でそのACを退けている。全くの無事で、済んでいるはずがない。
万が一、無事としても。補給、整備を思えば、この短期間に同じ機体を連続投入できるとは、考えにくい」

「…そうだな。しかし、奴が生きていたら当然、強襲はバレたと見ていいな。だが、なぜナービスが動かないんだ?」

ジェライドは安堵すると共に、率直な質問をぶつけた。

「施設の通信装置は全て破壊して現在、我々がジャミングをかけている為にナービスは混乱している。
 それ以前にナービスの軍事力自体、大したことはない」

「というと、クレストの奴らもナービスの目が届かんのを良いことに、今の内に俺達の上前をかすめようって魂胆だな」

やれやれと、呆れるジェライド。

「ふ〜ん、なるほどねぇ。だからクレストがいるのかぁ。
俺、最初はてっきりスパイとかにタレ込まれたのかと思ってたよ」

ヒューイは、何気に問題発言をかます。

「おう、俺もだ」

ジェライドも正直に明かした。

「この混乱が沈静するまで、つまり今夜中には、全てを片付ける必要がある。だが―、問題はクレストだ。
一応、ACのことも警戒する必要がある。よって、ACによる市街戦で、確実にここを突破したい。
この先の【ティム・バートン駅】に資料回収班が待機している。彼らまで資料が入ったケースを届けて欲しい」

「なぁるほどね。後ろはナービス、前はクレスト。
迂回してる暇が無いから、無理やりナービス領を抜けて安全なミラージュ領までトンズラかぁ♪」

「その後は、何を言われても知らぬ、存ぜぬか?」

ジェライドが皮肉で続けた、その時。

「地下運搬溝」

沈黙していたエヴァンジェが、急にその口を開く。だが、相変わらず頭は足下を向いている。

見つめている先には、スクリーンから床に薄く照らし出された街の地図があった。

「―!?…そうだ…今回の作戦は、街の地下を通っている、この大運搬用トンネルを利用する」

と言って、指揮官はスクリーンに振り向くと指で示した。

「え〜? 確かに出口が駅に繋がってるけどよ。でも、そこって一本道だろ? 敵さんが絶対に、張ってるって!」

「確かに。だが、さすがに大量の兵をここだけに配置はできんだろう。それなら君たちのACでも十分に突破が可能だ」

「ちょい待て、行き場の無い一本道じゃあ、確実に発見される。目的の出口に着くまでに増援でも呼ばれて、
出口が糞詰まりにでもなったら、さすがに突破できるか分からんぞ」

と、ジェライド。

「だよなぁ〜? 引き返すなんてことになって、後ろも塞がれたら最悪だぜ!」

机をバンバン叩いて、さらに抗議するヒューイ。

「だから、君達が呼ばれたのだ―」

と、指揮官が話を続けようとした時。

「囮が地上で派手に暴れまわり、敵の目を集中。そのまま引っ張り続けて、地上に敵の増援部隊を誘う。
そこで、資料を持った本命が手薄の地下を奇襲。敵増援がやってくるまでに、とにかく高速で駆け抜ける…違うか?」

エヴァンジェが、初めて上を向いて指揮官を見た。

指揮官はエヴァンジェを見ると、僅かに口元を微笑ませる。

「その通りだ。包囲が布かれてから、まだ時間が浅い。―奴らは現在、我々の移送ルートの厳選をしている真っ最中だろう。
今のうちに行動する。この作戦は時間が勝負だ」

「じゃあ、資料とやらは俺が預かる」

「おい! ちょっと待てよ、エヴァンジェ! そんなおいしい役、勝手に持ってくな!」

と、ヒューイが怒鳴る。

「何を言ってんだ。囮は派手にやらなきゃ、効果が無い。
俺のオラクルはブレードを装備しているからな。広い場所で暴れまわるには役不足だ。悪いが、囮役は譲る」

「お…」

返す言葉が見当たらない、ヒューイ。

「ふむ―、確かにそうだな。地下はヘリなどの空挺部隊は配置できん。恐らくMTの陸上部隊が中心になるだろう。
MT相手にブレードならば、素早い突破が可能。―エヴァンジェ君の機体が効果的だな」

「話が分かるな。あんた元レイヴンか何か、か?」

「元、MT乗りだ。ACの力はこの身で、十分に知り尽くしているつもりだ。期待している」

「ちくしょう。囮なんてボーナスなきゃ、やってられねぇよぉ…」

ヒューイが愚痴をこぼす。それを聞いたジェライドは落ち込むヒューイの肩を叩いて言った。

「まぁ、そう言うな。エヴァンジェは自分から、ジョーカー引こうってんだぜ?」

「あぁ〜! 俺もブレード装備しときゃよかったぜぇ…」

足を投げ出すヒューイ。

「はっはっはっ! ま、二人で仲良くアッパー・シューターと洒落込もうぜ!」

「おいおい、ジェライド。あんた、もう40近いんだからよ、血圧上げ過ぎたら体に毒だぜ?」

まだ納得のいかないヒューイ。

「へっ、若造が。お前こそ、ボケッとしてやられちまうなよ」

「言い合いなら、作戦の後にしたまえ。次は、配置ポイントの説明に入る――」





荒廃の末にたどり着いた
「企業」が支配する社会

そこでくり返される
利権を争い合う争い

新興企業ナービスが発見した
「資源」は―

新たな争いの火種となり―

やがて巨大企業が先を争って
この辺境をめざした

企業からの報酬で依頼をこなす
レイヴンと呼ばれる傭兵

終わりなき争いの時代は
彼らを中心に回っていた






「こちらヘクトル。南東ポイント、配置についた」

「こちらゼロス…西、こっち雨降ってるぜぇ。帰ったら機体をボイラーにかけなきゃならねぇ。」

「こちらオラクル。トンネル整備用入り口、配置完了。」

「うむ。全員配置完了だな。いいか、ヘクトルとゼロスは敵勢力を全滅させるつもりで臨むように。
そうでなければ、勘付かれる。そして、オラクル。そこが一番、ACが配置されている可能性が高い。十分に注意せよ。
作戦上、障害になるようなものは全て、実力を以てこれを排除しろ。では…各機、作戦開始!」

ジェライド「あいよ!」  ヒューイ「りょーかい」  エヴァンジェ「了解」

「よし、本社に連絡だ。作戦は開始した」

指揮官はオペレーターに指示を飛ばす。

「はい。こちら作戦本部司令室――」






街は静かだった。

普段なら時間は、街は多くの人で賑わっているはずだった。

今日は平日で、しかもこれから帰宅ラッシュのピークを迎えるというのだから――。

しかし、街には人通りが一切無い。ビルは電気が点いているが、中で働く者はいない。

ファーストフード店では、温まったコーヒーにハンバーガーが食べかけた状態で置き去りにされていた。

―誰もいない店内に流れ続ける、最近流行りのBGM。

駅構内は帰宅サラリーマンはおろか、駅員すら見当たらない。

人だけが、プッツリとその姿を消していた。

まるで街中の人間が全て、神隠しにでもあったかのような。

言葉をもたない不気味な雰囲気は、辺りをヒタヒタと蝕んでいった。

静かに、そして確実に――





だが、まもなく変拍子が訪れる。

―最初は、小さな振動だった。

やがて強さを増していったそれは、イスやテーブルを動かすほどになる。

そして轟音が轟き、辺りを包みこんだ。連立する高層ビルの間を巨大な影が凄まじい速度で駆け抜ける。

いきなり現われた青い巨人は、自らが巻き起こす衝撃で道路の車両を次々とひっくり返す。

信号機もへし折りながら、そんなことはお構い無しに、止まらずにどんどんと進んでいった。

両肩ミサイル、両手にはマシンガン。

局地型武装の青いACが、その大きさを微塵も感じさせないスピードで移動していたのだ。

しばらく進むと、十字路の手前で急に止まる。

―ビルの角から少しだけ頭部を出して、上空を見上げて飛行中のヘリを見る。

4機が編隊で飛んでいるのが分かった。

「よぉし…こちらヘクトル。敵発見…暴れるぜ!」

背中の両肩からミサイルが飛び出す。

4発のミサイルは孤を描いて、1発がビルへ当たり、1発がヘリに命中した。しかし、残りは当たらず空を切る。

ヘリの操縦士は、目の前の仲間が突然落ちていくのを凝視した。

『――攻撃された!? 敵襲!! 敵襲だ!! 敵はAC! ミラージュだ!』

『トレジャー3、了解した! 迎撃する!』

「もう遅ぇ!」

ジェライドはブーストを噴かして、上空のヘリに瞬時に近づくと、

そのままマシンガンを撃って、ヘリの横をかすめると同時にさらに1機を撃ち落とす。

ヘリは失速して地面に叩きつけられ、機体の鉄を撒き散らしながらビルへと突っ込んでいった。

『ちくしょう、2機やられた! 増援を要請する!
こちら東ゲート付近! 敵ACが出現した! 繰り返す! ACだ!』

「っはははははは! 悔しかったら、追ってきな!
こちらヘクトル、東でヘリを2機撃破! 中央に向かう!」

「こちら司令室、了解した。そのまま、敵を誘き寄せろ」

「―任せな!」

ジェライドはそう答えると、ヘクトルを街の中心部に向けて移動を開始した。

―ACという大きな機体では街のスケールは全てが小さく、狭くなってしまう。

しかし、それにも関わらずヘクトルは、スピードを落とさなかった。

『各機に告ぐ。これより、敵ACを攻撃する。ミサイル発射用意!』

数秒後、発射音がしていくつものミサイルがヘクトルを追ってきた――。

ヘクトルはモノレールのレールの下を、次々と障害物を器用に縫いながら、信じられない高速で飛行する。

だが、ミサイルはACよりも速い。ACとの距離はどんどん詰まっていった。

「ひゅ〜ぅ♪ こりゃマズイな…」

ジェライドは操縦を片手にコンソールを弄る。

そして、マップを見て進路を確認すると駅を目指した。

「―あそこに、するか。近道だ」

ヘクトルはレールに沿って、駅に入る。

―すると狙い通り、ミサイルの数発は入り口の外側の壁にぶつかり、爆発した。

しかし、2発が無事に駅の中にまで追ってくる。ヘクトルが振り返ると、距離はもう、200もない。

「うおっ、駄目か!…さて、なんとする……って、なんだと!?」

ジェライドは一瞬、目を疑った。なんと、前方からモノレールがこの駅に向かってくるのが見える。

「非常警報を知らんのか!」

乗客が乗っていた。このままでは、衝突する。

避けなければならない。

しかし―。

ジェライドは間一髪でヘクトルを左に、モノレールを避ける。

そして、モノレールはそのまま突き進んでミサイルが直撃した。

ヘクトルが駅から飛び出して、地面に着地すると同時に後方で駅が大きく爆発、激しく燃え盛る。

死者は少なくとも、数十人はいるだろう。

「悪いが、仕事なんでな」

そして、今度は銃撃がヘクトルを襲ってくる。

既に辺りは敵だらけ、先回りされていた。

ヘクトルは振り返りもせず、止まらずにブーストで駈けていく。





同時刻、西――


雨に打たれる1機の青いAC。

流線型の頭部からは、雨水が止め処無く流れ落ちる。

「ったくよぉ。せっかくオーバーホールしたばっかだってのに、雨なんてなぁ〜…ついてねぇ」

ヒューイはコックピットの中で、頭の後ろで手を組みながら長いため息を吐いた。

「ん〜、しっかし…こっちは敵がいねぇなぁ…ん、楽で良い♪」

辺りを見渡すが、それらしき敵の姿は無い。

それもその筈、クレストの部隊の中心は東ゲート。つまり、こっちは一番、遠い場所になるのだ。

手薄なのは当然のことだろう。

「こちらヘクトル。戦車、3機撃破」

スピーカーからジェライドの声がした。既に派手にやっている。

予定なら、ジェライドは東から。こちらは西から。

敵を誘き寄せながら中央で合流して、敵援軍と最後の大暴れをする手筈になっている。

「へへへ、ジェライドにゃ悪いが、こっちはゆっくりとやらせてもらうか」

言葉の通り、辺りをゆっくり移動していると、やっと橋の上に敵の姿を発見する。

「おいおい、そんなとこに1台だけでいるなんて、狙ってくれって言っているもんだぜ♪」

カメラをズームさせ、スクリーンで確認して―

ニヤリと笑う。

その時――

〜WARNING〜

突如スクリーンに浮かんだ赤い文字。

直後に、それを裏付ける単語。

〜LOCKED〜

「……まじ?」

笑ったヒューイの顔が引き攣る。

ゼロスが鈍く振り向くと、後ろには赤いACが1機、立っている。

前方の戦車は罠だったのだろう。

後ろを捕られてしまった。

『よう。散歩にしちゃあ、そんな日和でもねぇよな。こんな所で、ミラージュが何をしている?』

―赤いACから通信が入る。

「…」

『なんだ、怖気づいたか』


「 Bullshit!! 」


叫ぶと直ぐにブーストを噴かして、機体を旋回させようとする。

しかし、それよりも早く赤いACがミサイルを吐き出してきた。

全弾がモロに背中に命中し、大きな振動がコクピットを揺らす。

ヒューイは旋回を諦めると体勢を立て直すためにブーストをそのまま、目の前のビル群に入っていく。

『逃がさん!』

すかさず、赤いACもマシンガンを撃ちながら追いかけた。

「こちらゼロス! 西でクレストの敵AC! 出たあぁぁ!!!」

ヒューイは混乱している。

「こちら司令室! 敵ACは誰だ!? ジノーヴィーなのか!」

「知らん! 赤い! 分からん! 違う!」

ヒューイは混乱している。

「よし。敵ACは君に任せる。そのまま中央へ向かえ!」

「んノおおォォォ!!」

ヒューイはなんだか、泣きたくなってきた。





地下大運搬用トンネル、点検用入り口――


「こちら司令室。敵は餌に食いついたようだ。オラクル、行動を開始せよ」

「こちらオラクル。了解した。これより、トンネル内部に侵入する」

オラクルは目の前にある点検用の扉を開く。歩いて扉をくぐると、立ち止まった。

メインスクリーンには、ちょうどAC1機分が通れる幅の通路が、かなり奥に続いているのが映る。

レーダーの索敵を最大に設定し、マップを確認。

そして、曲を選ぶ。

ノリの良いジャズ・スタンダード。軽快でスタイリッシュな音楽がコクピット内を満たす。

エヴァンジェが満足すると、

ブースターの排気口にエネルギーが集中した。

「さて、始めるとしよう」

エヴァンジェがそう言った次の瞬間、オラクルは猛スピードで発進する。





地下トンネル、内部――


そこには、軽く20機近いMT群が道を塞ぐように陣取っていた。

『おい、聞いたか』

『ああ、とうとうミラージュが動き始めたな』

MTのコクピットで通信する、二人のクレスト兵士。

『ACだぜ。しかも、2機。地上は大丈夫か?』

『どうだかな、一応、味方ACの1機が応戦中らしいが…』

『俺たち、こんな所にいて良いのか?』

『仕方ないさ。今から駆けつけたんじゃ、間に合わんだろ』

『―ん?』

『どうした?』

『なにか…聞こえなかったか?』

『ああ、別に。一体、何だ?』

『あ、いや…分かんないけど…声、いや…唄…かな?』

『はぁ…なんだそれは?』

『今、聞こえたような…気がしたんだ』

そのとき、クレストのMT全機に非常通信が入る。

『おい、レーダーに反応が…速い! 各機、戦闘態勢! 構えろ! すぐ来るぞ!』

その場にいるMT全機が、素早く一箇所に銃口を向けた。

キィィィィという高い音鳴りが、空気を震わせて近づいてくる。

MTの操縦士達は息を飲んだ。

音鳴りが最高潮に達すると同時に、青いACが通路からスライドで飛び出し、その姿を現した―。

MT部隊のリーダーが叫び声を上げる。

それは、ほとんど悲鳴と言ってよかった。

『撃てぇぇぇぇぇぇぇ!!』

―凄まじい数の銃弾がオラクルに襲い掛かる。秒間、数百発もの熱の鉄塊が、銃声が、その場の空間を支配した。

うねる弾道。

―多くの銃口による直線ではない面での銃撃。

いかにACの機動力を持ってしても、容易に避けられるものではない。

しかし、エヴァンジェは冷静に障害物を楯にして移動し、銃弾を避け続ける。

『撃て撃て撃てぇぇ!! 』

床には空薬莢の雨が降り注ぐ。刻一刻とその数を増やしていった。

MTのFCSはオラクルをロックしている。

にもかかわらず、撃ち続ける銃弾は外れ、コンテナやタンクにしか当たらない。

不安が、焦りが、操縦士たちの精神に闇の帳を下ろしていった。

―尚も撃ち続けるMTの群れ。

やがて、辺りは硝煙とコンクリートの粉塵でできた煙幕に包まれていく。

『煙で見えん! 撃ち方、止めぇ!』

激しい銃声がピタリとおさまり、静まり返る。

『やったか…』

祈りながら煙幕の先を見つめるクレストのMT操縦士。

まだ何も見えない。

瞬きが出来ない。息は荒く、トリガーの指は震え、手のひらは汗で滑っている。

徐々に薄れていく煙。

まだ見えない。

祈るMT操縦士。

やがて床、壁が見え始める。

そして―

煙の奥には大きな、人型が見て取れる。

煙が完全に退いた先には―

瓦礫と鉄くずが散乱する中、青い機体が無傷で佇む。

MT操縦士は叫んだ。最早、声になどならない。

青いACが動き出した。

青い頭部のカメラ部分のスリットが、妖しく黄色に光る―

一瞬の溜めの後、オラクルはブースターを噴かしてMT群に迫っていった。

―右手のリニアライフルを撃つ。

胸、頭、と必殺の射撃方法―「モザンビーク」を行ない、先頭のMT1機を撃破した。

再び激しい銃撃の嵐が駆け巡る。

エヴァンジェはオラクルを巧みに左右に振って、銃弾を交わす。

リニアライフルを撃つ。

―恐ろしいまでの命中精度。そして、威力。

確実に相手の戦力を削いでいき、1発撃つ毎にMTは装甲を散らして倒れていく。

『怯むな! 撃て! 撃ち続けろ!』

腕が吹飛ぶ―

脚をもがれる―

頭部を潰される―

コクピットが破損する―

『駄目だ! 当たりゃしねぇ! っぐあ!? くそっ、本部に報告だ! 援軍を呼べー!』

叫ぶ操縦士。MTの頭部を破壊されて崩れ落ちながらも、マシンガンを撃ち続けた。

『こちら地下トンネル、D地点! ミラージュのACが出現した! 抑えきれない! 援軍を寄こしてくれ!』

操縦士は通信をする。しかし、本部からの返答はいい加減なものであった。

『こちら本部。現在、全勢力は地上のAC討伐に向けている。増援は無理だ。現存戦力で、その場は死守せよ。繰り返す―』

―1機、また1機と破壊されていくMT。

オラクルはMTの群れのすぐ近くにまで接近すると突如、上空に飛んだ。

突然の変化に対応しきれず、翻弄されるMT達。

恐怖が爆発する。

『うぅぉおおおおぉおおぉぉぁぁああああ!!』

叫ぶ―。

オラクルは左肩に数発をもらう。だがACの装甲を前には、なんの問題もない。

構わずに上からリニアライフルを撃ち下ろす。

オラクルに攻撃を仕掛けようとするMTから先に破壊していく。

エヴァンジェは音楽に乗って、流れるように標的を変えながら撃ち、MTに反撃を許さない。

撃つ、撃つ、撃つ。

まるで、最初から撃つ順番が分かっているかの様に―、どこにも迷いが無い射撃。

願望、疑念、恐怖、慈悲、殺意、そこにはどんな感情も存在しない。

預言者は空から、黙々と破壊を伝える――。





再び地上、北西地点――


赤と青のACが縦に並んで、走行する。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜!!」

やけくそに叫ぶヒューイ。

後ろにはピッタリと赤いACが、マシンガンを撃ちながら追ってくる。

「くそ! 糞ッ!! クソッ!!! チクショウが! やっぱり俺がジョーカーじゃねぇか!!
ジェライドの野郎め…は!? そうだ!」

ヒューイは何かを閃き、通信を入れる。

「こちらゼロス! ジェライド! 敵ACに後ろをとられた! 助けてくれ!」

「こちらヘクトル。なんだヒューイ、ジノーヴィーじゃねぇんだろ? そんくらい自分でやれよ」

「んなこと言うなよ! こっちはマジでヤバイんだよ!! 頼む!」

ヒューイはかなり切羽詰って話すが、ジェライドも「取り込み中」だった。

「ぬぅ…ちぃ! ああ!? なんか言ったか!? おおっと」

ヘリと戦車、地上と上空からの連携攻撃がヘクトルを襲う。

ひと先ず、戦車の攻撃から逃れるため急上昇。

―急旋回して、空中のヘリをマシンガンで撃ち落す。

そして、残りのヘリの下を高速で通り過ぎた。

「こちらヘクトル。ヘリ2機、撃破!」

「だ・か・ら! 援護してくれって言ってんの!! 聞こえたか! って、おわあぁぁぁ!?」

背後から赤いACのミサイルが、ゼロスをたたみ掛けた。

迫り来るミサイルの群れをレーダーの確認だけで、避けるヒューイ。

―もう、一杯一杯だ。

「ああもう、うるせぇ奴だ。わかったよ。行ってやる」

と、ジェライド。

「おお、ホントか!? 助かるぜ!…ん? ギャーース!!?」

ゼロスの前方の路上に戦車が4×3の列になって、全車がこちらに砲門を向けている。

12の砲門が一斉に火を噴いた。

「〜〜っ! 避けられねぇ」

ヒューイは被弾を覚悟する。

ACに後ろをとられた状態で、速度を下げる訳にはいかなかった。

ゼロスに盾を構えさせると、そのまま戦車の群れへと突っ込んでいく。

―マシンガンを撃ちながら。

砲弾は全弾正確に、ゼロスの盾や機体に命中する。コクピットに連続した衝撃が走った。

マシンガンの1リロードで、最前列の戦車の右から3台を片付ける。

リロードが終わる―もう一度、掃射。

今度は、銃撃を横ではなく縦に与えた。右端と真ん中、合わせて4台の戦車が炎を上げる。

こうすることで、戦車隊の砲撃範囲を狭めると同時に走行ルートを確保した。

右を狙ったのは、左手の盾を有効にする為だ。

「おら! どきやがれ!」

残りの戦車にもマシンガンを撃ちながら、その横を最速で通り抜ける。

まずまず、だ。

と―ここで、狭い道路から広い場所に出る。高速道路が近い。

「よし! ここなら!」

ゼロスは広さを利用して、大きく旋回をする。

高速道路の真下まで来ると、メインスクリーンに赤いACが映った。

「やっと、その面拝めたぜ。もう、見たくないけどよ」

ヒューイはそう言い放つとゼロスのマシンガンを構える。

ロックをして、マシンガンを撃つ。どうやら、相手も盾を装備していたらしい。

弾丸のほとんどは盾に当たり、あらぬ方向へと弾かれる。

躊躇無く、距離を詰めるゼロス。

2体のACは、盾を構えながら至近距離で互いのマシンガンを撃ち合った。

機体のあちこちで火花が散る。見る見るうちに、両方の盾がボロボロになっていった。

赤いACのマシンガンは攻撃力に優れたタイプ。

一方、ゼロスのマシンガンは弾数とリロードに優れた長期戦タイプ。盾はこちらの方が、対実弾性能が上。

一進一退、2体のACは均衡していた。

しかし、先の赤いACの一方的な攻撃によって、ゼロスの方が明らかにダメージ量が大きい。

「クソッ! やっぱ、ガチンコは不利か!」

焦るヒューイ。

すると、赤いACが急に距離を後ろに離した。

―ミサイルが発射される。

滅茶苦茶な弾道で、暴れ狂うミサイル。

ヒューイは巧みにゼロスを操り、盾とブースト移動、障害物でこれを避ける。

「―やるじゃねぇか! おい、ジェライド! 援護はまだかよ!?」

ジェライドに通信する。

「うるせぇ! ったく、少しは待てねぇのか」

ヘクトルは、ヘリのミサイルを避けるためビルに回り込んで盾にした。

大量の窓ガラスが破片となって、キラキラと落ちていく。

そのままビルを一周して、両手のマシンガンで地上の戦車を次々と撃破していく。

「こちら、ヘクトル。戦車7機、撃破」

本部に報告は忘れない。

「だから! 待てねぇンだよぉ!」

さっきと同じ調子で怒鳴るヒューイ。

「今、向かってるって」

ジェライドはため息混じりに答えた。

「早くしろよ―」

ヒューイはミサイルのリロードタイムのロスを狙う。

―接近戦でミサイルを使う時の注意は、ロックとリロードの時間の長さだ。

盾を装備していては、弾幕を張ることも出来ない。

ゼロスは最後のミサイルを避けきると、赤いACに急接近する。

マシンガンの銃口を、盾に守られていない部分に向けてトリガーを引き絞る。

リロード中で、反撃が出来ない赤いAC。数十発ものAC用の銃弾が肩と腕に食い込んだ。

『ふん、調子に乗るなよ!』

余裕を見せる赤いACのパイロット。

ゼロスに再び、ミサイルをロックして、撃つ。

「っは! んなもん、目が慣れちまったぜ!」

ミサイルを引き付けるどころか、それに向かって加速するゼロス。

そして誘導が完全に利いてくる前に、その横をギリギリでかすめた。

―言うだけのことはあった。

「おら! どう・・・あ?」

しかし、それが不味かった。

ヒューイの思考が、危うく停止寸前になる。

目の前にいたはずの赤い奴がいない―

〜LOCKED〜

「……まじ?」

ミサイルに気をとられ、後ろも捕られた。

―完璧に。

『お粗末だな』

ゼロスの無防備な背中に、いくつもの銃弾が叩き込まれる。

「 God damn it! 」

ブースト全開で前に逃げる。

『ちっ、手こずらせてくれる!』

同じように続く赤いAC。

「あ〜! またかよ! なんで俺ばっかし、こんな目に遭うんだぁ!」

そう叫んでいる間にも、着々と装甲が削られていく。もう、APが30%になった。

「こちら、ヘクトル。ヘリを4機、撃破、南に新たに増援部隊が見えるな。よし、追撃する!」

スピーカーから聞こえる、期待を裏切る言葉。

「おい! ジェライド!! なにやってんだよ! 援護を頼んだろうが!?」

「ヘリを2機、撃破」

ジェライドは淡々と、ジョブをこなす。

「んなもんは良いから! 援護に来い!」

再び狭い道に入ってしまうゼロス。

AP20%

さらに、左腕が吹き飛ぶ。―盾はもう、使えない。

「ああああああ!? ちくしょう! ええェえェえ援護を! 援護! 援護を、くれぇぇぇえええ!!」

ヒューイは本気で哭いた。

そこへ通信で話しかけてくる、赤いACのパイロット。

『もう、終わりだな。腰抜けにしちゃ、良くやった方だぜ。まぁこれなら、逆立ちしても勝てただろうがな』

これが、不味かった。

「……言うじゃねぇか、おい! 上等過ぎるぜ!!」

ヒューイはキレる。

神経が昂り、ヒューイ本来の集中力が戻っていった。

程無くして、先が行き止まりになる。このまま減速しなければ、建物にぶつかる。

ヒューイは戦略をめぐらせる。

「(マシンガンじゃ、もう無理だ。大きな一発逆転しか、この状況は乗り切れねぇ。―キャノンを使う。
チャンスは一度。振り返って、構えて、狙って、撃つ…いや、振り返りながら構えて撃つ。これしか…ねぇ!)」

少しでも何かを間違えれば、間違いなく機体は転倒。

ついでに、建物に埋まることになるかもしれない。

つまり敗北することになる。それも、最も惨めに。

「振り返りながら構えて撃つ振り返りながら構えて撃つ振り返りながら構えて…」

覚悟を決めて、さらに加速するゼロス。

『おいおい、そのままビルに抱きつくつもりか?』

ヒューイの読み通り、減速する赤いAC。

ビルとの距離は数百メートル。

ヒューイはブースト移動の最中だというのに、機体を低くして構えの動作に入る。

ブースターの方向に細心の注意を払う。

―ミスったら最後だ。

ビルの寸前までくると、旋回に入る。

―と同時に、ブースターを一度切り、惰性で地面を滑った。

「くぉおおぉぉおおおらああぁぁぁ!!」

旋回しきると同時に、減速のためにブースターを一瞬、全開で噴かす。

轟音と共に、後方でビルの窓ガラスが一斉に割れて、数え切れないピースに分かれた―。

足は完全にしゃがみ切り―腕が遅れて、地面で豪快にマシンガンを削りながら、キャノンに手を添える。

ゼロスはビルに埋まることなく、見事赤いACに向けてキャノンを構えていた。

『なに!?』

突然の出来事に思考が停止する赤いACのパイロット。

ゼロスのメインスクリーンに映る赤いAC。狭い道幅だから避けられない直線。

―弾道上。

「こいつは非売の特別製だぜ! 喰らいやがれ!!」

トリガー――

轟く咆哮、―そして閃光。

鉄屑と火花が飛び散る。

砲弾は赤いACの左足に命中すると、膝の上あたりから引き千切った。

「 Jackpot! 」

ヒューイはスクリーンの赤いACに、左手中指を立てる。

片足が無くなり、コントロールを失った赤いACは止まることができない。

『うぉぉおおお!!』

ビルの窓ガラスに機体が映ったかと思うと。

―そのまま突っ込んだ。

衝撃で肩のミサイルは外れ、左腕も肩から先がグシャリと拉げる。

もう、戦場復帰は無理だろう。

「よお、どうだい? ビルにディープキスした感想は? おカタそうな彼女だな」

『き…きさ…ま…!』

「おいおい、無理すんな。ま、折角だ。そこで心身ともに、夢心地ってのを味わってな」

ヒューイは嫌味を言うと、マップを確認する。

随分と北に来てしまったらしい。

「こちらゼロス。司令室、応答してくれぇ」

「こちら司令室。どうした?」

「おお聞いてくれ、クレストの赤いACだけど―」

と、その時。

〜LOCKED〜

『きさま、だけは…!!』

赤いACが、ボロボロの右手とマシンガンをゼロスに向けていた。

「おおっと―」

言うが早いか、振り向いたゼロスのマシンガンが火を噴いた。

『ぐあぁぁぁ…!?』

淡々とマシンガンを連射するゼロス。

腕とマシンガン、そして肩武器を狙い、赤いACの戦力を奪い去った。

―全壊の機体から煙と火花が噴き上がる。

ヒューイは念を入れておくことにする。

キャノンを構え、残っているもう一本の脚を撃った。

―更に背中にもう一発。

赤いACは完全に機能を停止する。

―最早、ただの鉄塊だ。

「―たった今、撃破したぜ。ったく、そう何度も脅かされりゃなぁ、慣れっこってなもんだぜ!」

ミラージュの、まだ試作段階の実弾キャノン。

その砲弾は貫通を重視したものではなく、特殊な軟弾頭と炸薬を採用した―炸裂弾―だ。

このキャノンは弾速が遅く、射程も短ければ、与える熱量も大したことは無い。

しかし、この砲弾が相手の装甲に着弾した途端、軟らかい金属で出来た弾頭は弾ける様にして爆発。

圧倒的な破壊エネルギーを生み出した特殊軟金属は、装甲の内部に飛散、―ズタズタに引き裂くのである。

その一撃の破壊力は――どんな砲弾でも比べものにならない。

赤いACの背中はたった一撃で、大きく抉られた様な暗い穴を、広範囲に亘って開けている。

コスト、砲弾と炸薬に使う材料の貴重性、重過ぎる重量、安定性、耐久性、FCSとの連動欠陥、etc…

と、「量産性と実用性」それぞれに多くの問題を抱えている。

―戦場では、ハンデを抱える様な試作品だった。

「司令室、了解した。直ちにヘクトルと合流し、敵残存勢力の討伐にあたれ」

「りょーかい」

通信を終えると、赤いACに振り向きその様子を見るヒューイ。

「ひゅ〜♪ にしても、このキャノンにも良いとこあるじゃねぇか。開発班の連中に良い土産話ができたぜ」





街、中央――


ヘリが2機、機関銃を撃ちながらヘクトルを追いかけていた。

―どこまでも追ってくる。

「ったく、しつこい奴等だ…」

ジェライドは舌打ちしてヘクトルを急降下させると、ビルを回り込む。

ヘリの姿が見えなくなると、今度は旋回を開始した。

しかし、ジェライドは長期戦のせいか、集中力が鈍くなっていた。

―ヘリの機動力を読み誤ったのだ。

ジェライドの計算だと、ヘクトルが旋回を終えてから1秒ほどで、ヘリがビルの角から姿を現すはずだった。

だが、旋回を終えると既にヘリは正面に、さらにヘクトルをロックしていた。

「―ん!?…まずった」

正面からミサイルが5、6発。ヘクトル目掛けて飛んでくる。

このタイミングで避けるのは不可能だと、判断するジェライド。

―反撃のため、武器をミサイルに変更してから敵ミサイルの直撃を受けた。

コアの迎撃性能で、向かってきた4発の内、1発を撃ち落とすが、3発のミサイルがヘクトルに命中する。

「くそっ。おら、お返しだ」

敵ミサイルの命中―その直後に今度はヘクトルがミサイルを吐き出した。

2機のヘリは爆発し、その中をヘクトルは飛び抜いていった。

ヘリのミサイルが数発当たったところで、ACには何ともない。

しかし、ジェライドは己の軽率な判断を情けなく思った。

「こちらヘクトル。ヘリを2機、撃破。残弾が残り少ない、敵の勢力はあと、どれ位だ?」

「こちら司令室。クレスト軍は立て直しを図りながら、東に勢力を集め始めた! 恐らく、狙いはトンネルのオラクルだ。
彼が間に合わなかったら、この作戦は失敗だ。既に、トンネル出口に一番近いゼロスを、東に向かわせた。
至急、彼と合流して東で敵勢力の足止めを行ってくれ!
なんとしてでも、駅とその周辺にクレストを近づけさせるな! 急げ!」

「全く、人使いの荒いことだぜ…ヘクトル、了解した!」

ジェライドは東を目指し、ヘクトルを飛ばす。





地下トンネル――


可燃性の燃料タンクが爆発して、激しい爆炎と衝撃がMT達を飲み込んでいく。

エヴァンジェは、MTのカメラレンズが光って飛び散る様が、ひどく綺麗だと思った。

―オラクルは止まらない。

短時間の間に20機はいたMT部隊は、既にその数を半数以下に減らしていた。

エヴァンジェは先を急ぐため、MT数機の固まりを飛び越す。

着地し、そのまま直進しようとするが、しつこく後ろから追ってくるMT達。

「―五月蝿いやつらだ」

エヴァンジェは気が変わり、オラクルは振り返る。

しかし、ブーストで後ろに下がりながら、決して足は止めなかった。

肩ミサイルの発射口が開いて、5発のミサイルが発射される。

さらにエクステンションの連動ミサイル4発。

合わせて、計9発のマイクロミサイルが目標目掛けて一斉に飛び出す。

―MT達は避ける間も無く、ミサイルの餌食となった。

エヴァンジェがMTの破壊を確認すると、

オラクルはブーストの勢いを殺すことなく前に向き直って、再びブースターを噴かして疾走する。

すると、今度は正面から2機のMTが向かってきた。

編隊を組み、マシンガンを撃ってくるMT。

オラクルは構わず、MTへ急接近―

先頭のMTをブレードで真っ二つに斬り、流れるように後ろのMTへと迫る。

MTの近くで上空へ飛ぶと、MTは一瞬のことで、見上げることしかできない―

そこへ、オラクルは上空からMTの胸に2発、頭部に1発。―モザンビークで仕留める。

―何も出来ずに崩れ落ちるMT。

オラクルが着地すると同時に、後方でブレードに斬られたMTが爆発した。

エヴァンジェは通信を入れる。

「こちら、オラクル。MTを適当に撃破、恐らく全滅」

「こちら司令室、よくやったオラクル! 今どの辺りだ!?」

「出口まで、あと数キロだ」

「よし、急げ。クレストの部隊が出口に集まりつつある。クレストに駅の資料回収部隊の存在を知られてはならない。
ヘクトルとゼロスを足止めに向かわせたが、2機とも長くは堪えられないだろう」

「資料を渡した後は、どうするんだ?」

「先刻から街には、本社の主力部隊が到着した。各所で展開、配置が完了し、70%以上のエリアは確保が完了した。
資料を渡したら、戦闘エリアから離脱してくれて良い。後は我々が引き継ぐ。
北ゲートに迎えを用意してあるから、それで帰還してくれ」

「了解」

通信を切った。

モニターの外気温の数値が下がっていく。

そろそろ出口が近い。

緩やかな傾斜を上がりきると、先の方に地上が見える。

―さらに速度を上げるオラクル。

レーダーに注意しながら、全速力で地下トンネルを飛び出す―

そのまま、目の前のビルを飛び越して上空からティム・バートン駅を確認すると、一直線にそこへ向かった。





東地点――


ビルからビルへと移り、角から腕だけを出しては、マシンガンを撃ちまくる隻腕のゼロス。

「ああ、もう何だ!? この数はよぉ! キリがねぇ!」

ヒューイはクレストの大軍を相手に孤高奮闘していた。

―だが実際、もう帰りたかった。

ゼロスが道路の戦車部隊に釘付けになっていると、ビルの真上、完全な死角からヘリが3機、現われる。

「ちっ、うぜぇ!」

レーダーに気づいて、ゼロスが遅れて銃口をヘリに向けた、その瞬間。

―3機のヘリは、後方から飛んできたミサイルが命中、炎を上げながら落ちていった。

「…遅ぇぞ! ジェライド!」

叫ぶ、ヒューイ。

すると、ヘクトルが大きな音と衝撃を供にゼロスの前に着地する。

―アスファルトが割れて、砂埃が舞った。

「なんだ、まだ生きてやがったのか」

ニヤリと笑う、ジェライド。

「〜野郎ぉ、覚えてやがれ! 見ろ! この機体、この腕を!! またオーバーホールしなきゃなんねぇよ!」

ヒューイはご立腹だった。

「文句なら後で、ゆっくり聞いてやる。今はこいつらを…どうするかだ…」

―ビルの角からクレストの大軍を覗くヘクトル。

「文句も何も、援護に来ない奴が…悪い…修理代金請求するからなぁ」

―反対側の角から、同じように覗くゼロス。

「退きながら、いくぜ―」

「はぁぁ、エヴァンジェ早くしろよォ〜――」

―2体のACは同時にマシンガンを撃った。





ティム・バートン駅――


駅の前に立つオラクル。

その周りでは武装した軍隊がオラクルを囲んでいる。

エヴァンジェは奇妙に思う。

レーダーでは友軍信号をキャッチしているが、軍隊はミラージュではなかった。

―通信が入る。

「君が、ミラージュが雇ったレイヴンかね?」

「…そうだ」

と、エヴァンジェ。

「レイヴン識別番号は?」

「2824−HPZT031D」

レイヴンズアークに登録されているならば、どのレイヴンも持っている番号。

「……確かに。では、資料を持って降りてきてもらおう」

エヴァンジェはオラクルをしゃがませて、コアの強化ハッチを開ける。

そして光ディスクが数枚入った、小振りのケースを持ってコクピットの外に出た。

―すぐに昇降機が着けられる。

それを使って地面に降りると同時、大勢の兵士が一斉にエヴァンジェに向けて銃を構えた。

「ふん…御大層なことだ。さっさと荷物を持っていってくれ」

エヴァンジェは恐れる様子をもなく、近くの兵士に近づくと、手に持ったケースを突きつける。

そこへ、駅の中から一人の軍人がエヴァンジェに歩み寄ってきた。

「任務、ご苦労」

―軍服には、O.A.E(企業群管理機構)のマークがある。

なるほど、そういうことか。とエヴァンジェは思った。

「…いつからOAEは…配送業を始めたんだ?」

近寄ってきたOAE軍人に、ケースを向け直すエヴァンジェ。

「口を慎め、レイヴン風情が。それに、貴様には関係の無いことだ」

―言葉とは違い、丁寧にケースを受け取るOAE軍人。

「暗証番号は、2501」

エヴァンジェからそれを聞いたOAE軍人は、手早く番号を打ちこむ。

―ロックを解除して、光ディスクを一枚取り出すと、手に持っていたデバイスでディスクの内容を確認した。

「……結構だ。これはボーナスだ、受け取りたまえ」

そう言って、チャージ式のクレジットカードを差し出すOAE軍人。

直接の報酬は、受け取ってはならないのがアークの規則だ。

「…」

無言で受け取り、背を向けるエヴァンジェ。

しかし―

「その力を…何の為に使うつもりだ?」

OAE軍人が、エヴァンジェの背中に話しかける。

「…なに?」

「レイヴン…お前たちは目に余る。この荒廃しきった世界に何を求めている?」

「…」

「枯れた大地に、汚れた空。お前達の居場所など、どこにも無い。いずれ朽ち果て、死んでいくだけだ。
お前達は何を求め、何を望み、何を為す? それに一体、何の意味があるというのだ!?」

「…」

―エヴァンジェは無言で、その場を去る。

オラクルのコクピットに戻ったエヴァンジェは、通信を入れた。

「こちら、オラクル。資料はOAEの連中に渡した」

「こちら司令室。たった今、連絡があって確認を終えた。任務ご苦労。
では、我々はこれより陽動を開始する。君達は帰還してくれ」

「りょうか―」

エヴァンジェが言いかけた、その時だった。

「こちらヘクトル! 出やがったぜ、黒いACだ!」

ジェライドから通信が入る。かなり切羽詰った声だ。

「なに!? 司令室よりヘクトルへ! 敵ACはジノーヴィーか!?」

「いや、違う! だが…こいつは手強いぞ…! 俺達は残弾がほとんど無い、援護を頼む!」

スピーカーからは、グレネードと思わしき爆発音が聞こえる。

―敵ACの火力は高いようだ。

「…聞こえていたな、エヴァンジェ。直ちに、敵ACの排除に向かってくれ。
ここまできて、クレストに移送列車の存在を悟られる訳にはいかん!」

「了解―」

エヴァンジェは小さく、ため息を吐いた。






数分前、
北ゲート付近――


「―にしてもよぉ、指揮官も人が悪りぃぜ!
増援があるなら早く言ってくれれば、あんなに粘らなかったのによぉ〜…」

街の外周、ゲートの前に2機の青いACがそれぞれの格好で待機している。

その内、しゃがんでいる1機は相当の深手を負っていた。

「そう言うな、ヒューイ。あのまま増援が無かったら、やばかったんだぜ。
でもお陰で、俺たちはこうしてドンパチの最中に切り上げてよ、帰ることが出来るんじゃねぇか」

「へっ! まだまだ余裕のくせして、よく言うぜ。こっちなんかマジで死にそうなんだぞ!」

「ははは、心配すんな。骨は拾っといてやるからよ」

「野郎! 誰のせいでこうなったと思ってやがる! 申し訳ないとか、そういう言葉は無いのか!?
あんたがすぐに援護に来てたら、ゼロスは左腕を無くさずに済んだんだぞ!」

「わかった、わかった。今度は援護に行ってやるよ。今度な」

いつもの会話、二人のレイヴンはすっかり帰還ムードになっていた。

しかし―

そこへ高速で接近する大きな影が一つ。


『こちら、ジオハーツ。目的地に到着……ふん、まったく大仰なことを…』

街を一望し、ミラージュの大軍を見て呟く女性。

街は既に、ミラージュの部隊によって埋め尽くされていた。

『手遅れ、か……』

―彼女の名前は、アグラーヤ。

クレストはミラージュの圧倒的な物量によって撤退を始めている。

『…ならばせめて…ミラージュのACだけでも―』

カメラをズーム。スクリーンに映った、2機の青いAC。

黒いACの赤いモノアイが妖しく光った―。


「―おい…ヒューイ、あれを見ろ」

ジェライドがスクリーンに怪しい影を見つける。

「ああ?なんだ…よ……んん!?」

ヒューイはその影を見て驚いた。

「おい! ACだ! 黒い!!」

ジェライドは通常モードのヘクトルをすぐに戦闘モードに移行させた。

「―まさか、ジノーヴィーか!? ちくしょう!」

一方、ヒューイはコンソールを乱暴に叩いてゼロスを起動させる。

『クレストに盾突く愚か者共…私が残らず、消してくれよう!』

「おんな!? ジノーヴィーじゃない!?」

「くるぞ! さっさと起動を済ませろ、ヒューイ!」

「うるせぇ!」

忙しい操作でやっと起動が終わるゼロス。

それを見計らったように黒い機体からミサイルが飛び出し、同時にグレネードも飛んでくる。

「ちぃ!」

―巻き起こる爆発。

危機一髪でブースターで飛び退くゼロス。

―戦闘モードに移行―

「っしゃあ!」

ヒューイはトリガーを引いてマシンガンを撃つ。しかし、ばら撒かれた弾丸を当然のように避けてみせる黒いAC。

そのまま直進するとヘクトルを飛び越えて――、手負いのゼロスを狙いに行った。

「ちっ! しまった―」

ジェライドは急旋回するとゼロスが狙われている隙に、横からミサイルを準備する。

ロックオンサイトに捉えてロック、トリガーに指を置いた。

が―、引く前に黒いACは巧みに動いてサイトから外れてしまう。

「―ぬぅ…こいつは驚いたな」

黒いACは執拗にゼロスを追い回す。

ゼロスは紙一重でグレネードを避けているが、ショットガンの散弾までは避けることができない。

「のぁああああ、やべぇ! ジェライド、エヴァンジェに援護を頼め!」

ゼロスの機体は煙を噴き始める。

「もう、呼んだ」

ヘクトルは黒いACに2丁のマシンガンで適当に狙いをつけて弾幕を張った。

的確に距離を離して最小限の動きで避けきってしまう、黒いAC。

『その程度か。―手ぬるい』

―肩から機関銃が連射される。

死角から撃たれたこともあり、ヘクトルはほぼ全弾を浴びてしまった。

「むぅ、チェインガンまで…」

ヘクトルは振り返ろうとすると、小型グレネードが飛んできて被弾。目の前が爆発で見えなくなる。

我武者羅にマシンガンを乱射するヘクトル。

しかし、そんな弾が当たるはずもなく、黒いACは再び離れていってしまう。

「―なんて奴だ…こんな奴がいたとはな…」

ジェライドは素直に感嘆した。

「おい、フェミニズムは捨てろよな! マジでやべぇぞ、コイツは!」

ゼロスがヘクトルの後ろからマシンガンを撃ち込んだ。
マシンガンの弾を避けきると、上空に留まりヘクトルとゼロスを見下ろす黒いAC。





『ふん、この様子ではジノーヴィーが出向かなくて正解だったな。
 そろそろ、終わらせることとしよう』

アグラーヤは軽くため息を吐くと、武装をショットガンに変更した。

「―なぁ…逃げようぜ?」

「逃げるって…もう遅ぇよ。
あの機動力ならどこ行っても追いつかれるし―、あいつの狙いは俺達らしい」

ジェライドはスクリーンに映る上空の黒いACを見る。

深くため息を吐いて、マシンガンを構えた。

『やる気か…無駄だということを教えてやる』

オーバードブーストを掛けながら急降下する黒いAC。

「くそっ、来た!」

ゼロスはマシンガンを撃つ。

『遅い!』

―凄まじい速さで弾丸を潜り抜ける。

そのままゼロスに急接近。

狙いをつけて、ショットガンを撃つ―――はずだった。

ところが、突如衝撃が走りバランスを崩すジオハーツ。

コントロールを失い―、倒れそうになる。

『何が!?』

なんとか機体を安定させようとするアグラーヤ。とうとう、ゼロスの横を通り過ぎてしまう。

そこへ続けざまに高弾速の弾丸が飛んできた。

―数発が連続して黒い機体に命中する。

『――リニアだと?』

アグラーヤは正体不明の衝撃の原因が被弾だと分かると、

―被弾しただけで弾種の特定は、誰でも簡単にできるものではない―

巧みな操縦でジオハーツの体勢を立て直す。

再び襲いくる弾丸。―だが今度は冷静に避ける。

―そして、リニア弾が飛んできた方を見た。

ミサイルのロックも届かない距離。そこには、オラクルがリニアキャノンを肩に立っていた。

『…まだ、いたのか…3機目の情報は無かった…』

―舌打ちをするアグラーヤ。

3機の青いACから距離を取ると、その動きを止めた。

―隙は無い。

「エヴァンジェ! 助かったぜ!」

命の恩人に感謝するヒューイ。

「―あいつは何者だ」

黒いACの回避動作を見たエヴァンジェは、微かに焦る。

「そりゃ、こっちが聞きてぇぜ。該当データは無し、マシンガンとミサイルは避けられる。
しかもチェーンガンを空中で撃ってみせやがった。
 ―相当の腕の持ち主ってことだ。はっきり言ってお手上げだったぜ」

弱音を吐くジェライド。黒いACとの戦いでヘクトルのダメージが目立ってきた。

「おいヒューイ、残弾はあとどれくらいだ?」

ジェライドは状況を確認する。

「マシンガンが300発、ってとこかな。キャノンは3発あるけどよぉ、あいつにゃ当たりそうにねぇなぁ…」

結構余裕のヒューイ。

「こっちは両手合わせて100発もいかん。ミサイルはあと一回分だけだ」

「―エヴァンジェは?」

ヒューイがエヴァンジェに振る。

「普通」

と、エヴァンジェ。

「よし! じゃあ、エヴァンジェに頼もうぜ!」

今日の苦労をエヴァンジェにも与えたいヒューイ。

「俺とヒューイで特攻を掛ける。エヴァンジェは隙を見て当たれ」

ジェライドが戦略を立てる。―彼らお得意の戦法だ。

「ゼロスの装甲…もうヤバイんだけど…」

冗談かとヒューイは思った。スクリーンではAPが10%を示している。

「ああ、見れば分かる。――脚と腰が動く内は大丈夫だ」

ジェライドはぶっきらぼうに言う。

「盾とか…無いんだけど…」

―ヒューイ弁論最後の切り札、この砦が頼みの綱だった。

「文字通り体を張るしかねぇな」

通用しなかった。

「…」

「決まりか?」

エヴァンジェは武器をミサイルにセットする。

「俺が合図を出す。おいヒューイ、お前は前だろうが」

ゼロスがヘクトルの前に歩き出す。

「~~~~つも~こいつも~でも~で~~がって~おれが~~~ねぇか~~~だろ~しらねぇで~~~が~~~す~~~~~~――上等だぜ、泣かしてやる!!!」

「よし、行くぞ!」

ジェライドが最後のミサイルを黒いACに向けて撃ち出す。

それを皮切りに、その場の全てのACが動き出した――。





ヘクトルのミサイルに合わせるように、オラクルもミサイルを放つ。

大量のミサイルが黒いAC目掛けて押し進む。

―普通では、避けられない。

だが、アグラーヤは少しも動じる様子はない。

慣れた手つきでコンソールを操作する―。

すると、ジオハーツのコアの背中で大出力ブースターが姿を見せた。

―集約するエネルギー。

ミサイルがジオハーツに当たろうとした瞬間、オーバードブーストが発動。

途轍もない機動力が発揮された。

その速度を前には、ミサイルの誘導性能などでは到底追いつけるものではない。

ヘクトルのミサイルを右に迂回するようにかわし、続いて来たオラクルのミサイルを左にかわす。

『この程度で、私を獲れると思うなよ!』

「ヒューイ!!」

ジェライドは両肩のミサイルをパージして叫んだ。

―ゼロスが先陣を切って飛び出す。その後ろにピッタリ、続くヘクトル。

ゼロスはただ、前に進むことだけだった。

そして、限界にまでスピードを高める。

『―自棄になったか』

アグラーヤはゼロスに狙いをつけて、グレネードを発射する。

高熱の砲弾がゼロスに向かって、真っ直ぐに飛んでいった。

「右だ!」

ヒューイの掛け声と共にゼロスが右に移動する。

ヘクトルはゼロスと同じように動いた。

グレネードは2機の左側を抜けていく。

『なに!? ―ちっ!』

予想外の事に驚くアグラーヤ。

今度はミサイルを撃つ。

「…2秒後右に―」

言い終わると同時にゼロスを右に小さくジャンプする。

「―左!」

着地すると同時に左にブースト移動する。

ジェライドはヒューイの言った通りのゼロスの行動を真似る。

―ミサイルはゼロスとヘクトルの右側を空しく通り過ぎていく。

ミサイルを見送ってニヤリと笑うジェライド。

「いいぞヒューイ、そのまま行け!」

ヒューイはミサイルのリロードを狙って、距離を詰める。

―今の彼に、ジェライドの声は届いていない。

グレネードが飛んできたが、さっきと同じ要領で避けてしまう二人。

どんどん距離を詰める――。

それでもアグラーヤは負ける気がしなかった。

自分の腕とジオハーツに自信があった。

だが―(だから)―接近を許してしまった。

ショットガンを構えるジオハーツ――

その瞬間、ゼロスはブレーキをしたかと思うと一気に上へと飛んだ。

ジャンプとブーストを絶妙のタイミングで行う技術。

「ィィイイヤッッホーーーーーーー!!!!」

上空からマシンガンを撃ち下ろすゼロス。

アグラーヤは予想外の動きに反応が後れ、弾丸を浴びてしまった。

舌打ちしながらも、冷静に上空のゼロスに狙いをつけようとした――

「今だ! やれぇぇぇえ!!」

ヒューイが叫ぶとゼロスの後ろからヘクトルが飛び出した。

上空のゼロスの更に上。

『しまっ――』

ヘクトルの両手からマシンガンが火を吹いた。

同時にゼロスも射撃する。

「あーーっははははははははは…!」

―ヒューイは完全にキレていた。

ゼロスに気をとられ、ヘクトルから攻撃を受け続けるジオハーツ。

―2機の青いACの外フレームは似ている。

目の前で飛び回られると、どちらがどちらなのか分からない。

『くっ! このための機体構成か…!』

アグラーヤは武器をチェインガンに変更し、所構わず撃ちまくった。

足を撃たれ、ゼロスの動きが瞬間―、止まる。

――アグラーヤは見逃さなかった。

一瞬でショットガンに武器チェンジ。

ゼロスの目前でトリガーを引き絞った。

『消えろ―』

散弾がゼロスに放たれ、被弾すると思われた。しかし――

いきなり間に入ったヘクトルがゼロスの代わりに受け止めた。

『―おのれぇ!』

グレネードとショットガンをヘクトルに連続発射するアグラーヤ。

「あぁあぁ、ヒステリックな奴だなぁ…」

ジオハーツの猛攻を受けるジェライドは、そう言ってヒューイに合図を送る。

そして、ヘクトルがゼロスの前から退いた。

すると―

――ゼロスがキャノンを構えていた。

『!?』

「うらぁぁあああああ!!!!」

放たれる咆哮。

―至近距離!

キャノンの砲弾は正確にジオハーツのコアを捉えていた。

だが―

『――私を、なめるなぁ!!』

アグラーヤは機体を少し後ろに倒しながらブースターを全開で左旋回。

砲弾がコア先端に擦りミサイル迎撃の砲身が破壊されるも、ギリギリでかわしきった。

―恐るべき操縦センス。

ACを操縦する際、背後への体重移動は最も難しいとされている。

もしここがアリーナだったら。――ジェライドとヒューイは間違いなく歓声を上げていただろう。

「…っ、クソが!」

コアのEOを射出するゼロス。しかし―、あっという間にショットガンでEOを破壊されてしまった。

「冗談じゃねぇ……」

ヒューイは素に戻った。

―ガチガチン、とヘクトルのマシンガンが鳴る。

「ん!? ハンガーにも載っけとくべきだったな…弾代ケチるんじゃなかったぜ」

『終わりだ…』

キャノンを構えているため身動きが取れないゼロス。

そこへジオハーツが左手のグレネードを構えた。

その時――

ジオハーツの機体を影が覆う。

上空から銃声が二回。

――オラクル。

―の、リニアライフルがジオハーツのショットガンを撃ち抜いて破壊。

ジオハーツを飛び越え背後に背を向け、着地した。

『次から次へと…』

ジオハーツはハンガーからハンドガンを取り出すと、オラクルに接近する。





空中戦――

同時に飛び上がり、互いの武器を空中で撃ち合う青と黒のAC。

細かく激しいブースターの噴射音。

その音だけを聞いても、分かる人間には二人の実力がどんなに高いかが想像できた。

2機は巧みな動きで相手に先制を入れようと―、する。

『やるな…』

「…っ」

オラクルはリニアライフルを撃つが完全に弾道を読まれ――当たらない。

エヴァンジェは焦る。

―こんな使い手を目の前にするのは初めてだった。

いや――正確には二度目だ。

エヴァンジェの癖をある程度把握するアグラーヤ。

だんだんサイトに捉えることが難しくなってくるエヴァンジェ。

2機の動きは更に加速していった――

ジオハーツのグレネードがオラクルを捉える。

爆発する砲弾。

エヴァンジェは衝撃と閃光でスクリーンからジオハーツを見失ってしまう。

アグラーヤはグレネードをパージすると、素早くハンガーから長射程のブレードを装着。

高度に位相、収束された赤いレーザー光が飛び出し――オラクルのリニアライフルを斬り落とした。

「なに!?」

『まだまだ―』

続けてチェインガンの連射を叩き込む―。

オラクルのコクピットが小刻みな振動で、カタカタと揺れる。

エヴァンジェはチェインガンの攻撃を無視して肩のリニアキャノンを撃った。

『ほう、構えずに空中で撃つとは…なかなかだな、だが―』

アグラーヤは俊敏なブースター移動で、オラクルの攻撃を全てかわしつつハンドガンを撃っていく。

『まだまだ、甘い。これでは、私には勝てんよ』

「―それはどうかな」

不敵に笑うエヴァンジェ。

すると、ジオハーツの背後にヘクトルが飛んきた。

『弾無しの木偶が何を――』

煩しそうにヘクトルに目を向けるアグラーヤ。

向かってくるヘクトルの右手には、弾が切れたはずのマシンガンが構えられていた。

―そこでアグラーヤは、しまったと気付く。

『(あのマシンガンは、もしかして…!?)』

マシンガンが弾丸を吐き出す。

――それはゼロスのマシンガンだった。

『くっ…抜かった!』

被弾の衝撃で下降するジオハーツ。

アグラーヤは体勢を立て直すため地上に着地、OBで後退しようとした。

そこを狙うエヴァンジェ――オラクルがブレードで斬りかかる。

――ジオハーツも咄嗟に反応してブレードを振った。

二本のブレードが激しい音と光を共に弾け合う。

オラクルのブレードの威力が勝りジオハーツが体勢を崩した―。

『!?…くぅ!』

―が、よろけながらも、すぐに立て直して身構えるジオハーツ。

「ちっ…」

最高のチャンスに、ブレードを決めることができなかったエヴァンジェ。


睨み合う2機。


「ふぅ…ここらで止めにしねぇか…‘赤い星’…」

後ろからジェライドが切り出した。

『…ほう…私を知っているのか…』

「あぁ…さっき思い出したんだけどな。
 クレストの専属機に恐ろしい使い手がいる…モノアイが赤い色で、だから‘赤い星’…そう呼ばれてるってな」

『ふん…』

「ミサイルはあと6発か、9発か? ハンドガンの残弾は何発だ? チェインガンは?
 ――まさかブレード一本で2対1をやれるとは思っていまい」

言葉でゆすり掛けるジェライド。

「3対1だ」

そこへヒューイがゼロスで現われる。

『………』

「さて?」

『―良いだろう、今日は退いてやる。
 だが、勘違いするなよ。例えブレード一本とて、お前達3機ぐらい狩ってやるとも…』

「へぇ…そりゃスゲェ自信だぜ……」

ヒューイは頭痛がしてきた。

『―確か…‘トリニティー’…だったか』

振り返り際、アグラーヤが不意に喋る。

「――は?」

と、気の抜けた声のヒューイ。

『こちらでも…噂になっているミラージュACがいてな…。3機のACで―
“類希なチームワークは、三位一体の如し”…とな。どうも言い過ぎの様だが…そうか、お前達がそうなのか』

「っは! チームワークだとよ!?」

ジェライドは思わず失笑してしまう。

「冗談じゃねぇ……」

ヒューイは笑捨てる。

「俺はこいつらと無関係だ」

と、エヴァンジェ。

『ふっ……次はこうはいかない。また遇えば、な』

そう言って、ブースターを点火するアグラーヤ。

背を向けた黒い機体は、猛スピードであっという間に去っていった。

「〜っ………はああぁぁぁぁぁ〜…」

安堵の溜め息を吐くヒューイ。

――彼が一番、ヤバかったのは事実。

「やれやれだな…」

ジェライドも溜め息で肩を撫で下ろす。

「こちら、オラクル。敵ACを撃退した」

早速、通信で報告をするエヴァンジェ。

「こちら司令室。諸君、ご苦労だった。この成果、報酬の上乗せを約束する。
 特にゼロス、君のクレストAC撃破は我々の優勢に大きく貢献した。これについてもボーナスを加算しよう」

「…まじ?」

にやけるヒューイ。

「ほら見ろ、やっぱり俺が援護に行かなくて良かっただろう?」

ジェライドが勝ち誇った。

「ざけんな! それとこれとは…」

「お、着たぞ」

無視するジェライド。

「―あ?」

AC3機の上空には輸送機が姿を現していた。

「やっと…帰れるのか…」

どっと疲れが出てくるヒューイ。

「さてどうだ、これからいつもの」

とジェライド。

「え、あぁ〜、悪くないなぁ……エヴァンジェもどうだ?」

「…そうだな、奢ってやるよ」

「―だよなぁ…って……まじ?」

「驚いたな…普段は付き合いもしねぇのに…」

エヴァンジェの予想外、想像外の言葉にヒューイとジェライドは唖然とする。

「臨時収入があったからな…それとも、いらないのか?」

「いるいる! っしゃあ、今日は飲むぜぇ!!」

元気が湧き出てきたヒューイ。

「おいエヴァンジェ、‘朝までコース’はあるんだろうな?」

ジェライドもやる気満々だ。

「好きにしろ―」

エヴァンジェはそう言って、着陸する輸送機にオラクルを歩かせる。

「ん〜、やっと終わったぜぇ」

言って、ヒューイは伸びをする。

「………いや…始まりだ」

呟くエヴァンジェ。

「―は?」

「これからだ……」

「…おいおい、なに言ってんだ?」

「もしかして、まぁたトンでんのか?」

「…」

「おいおい、頼むぜ。これから飲もうって時に、やめてくれ」

「―まぁ酒が入りゃ、なんだって一緒だけどなぁ!」

「っははは、違ぇねえな!」

エヴァンジェをよそに、笑いさざめくヒューイとジェライド。

「ところで、ずっと気になってたんだがよ」

ジェライドがふと思い出したように、ヒューイに言った。

「あん?」

「おめー、なんでエクステンションがそれなんだ?」

ゼロスの肩部のエクステンションには「FUNI」――4発同時発射のマイクロミサイル――が装備されていた。

――機体のどこにも、ミサイルを搭載していないのに。

「んあぁ、これな。出発間近になって開発班の連中がこのキャノン使ってくれって言うからよぉ。
 急いで装備換えたけどマジで時間無くてなぁ…外せなかったんだよ。気付いたのはここに着いてからだし。」

「パージすりゃいいものを…」

「あに言ってんだ! 回収できなかったら、勿体ねぇだろおが!」

「ま、そりゃそうだわな……」

3機はそれぞれ輸送機に乗った。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





数日後、
とあるマンションの一室――


あれから、今日まで、一体どれくらいの時間がたったのだろうか。

冷蔵庫から酒を取り出し、グラスと一緒にテーブルに置く。

テレビを点けると一人用のソファに前のめりに腰掛け、顔の前で手を組み、肘を膝に乗せた。

―定番のスタイルだ。

テレビでは若い女のアナウンサーがニュースを伝えていた。

『―昨日、ルガ峡谷東で、ミラージュ社の新資源調査部隊が何者かの襲撃により
消息を絶ちました。
同社は緊急に開かれた対策会議の中で、ナービスの妨害工作との疑いを強めています。
これに対するナービス社からのコメントは発表されていません。
いずれにしても、この事件を契機にして両社の間の緊張は一気に高まっていて……』

――あいつだ。

今日、ヒューイとジェライドから連絡があった。

ミラージュの情報によると。

ルガ地区調査部隊を壊滅させたのは、性能が最低ランクの―初期機体―だった。

それは、レイヴンズアークが新人レイヴンのテスト用に使用する機体だ。

そんな機体で依頼を遂行、達成させてしまう…そんなレイヴン。

――俺は一人、知っている。

酒を注ぎ終わったグラスを手に持って、今度は背もたれにまで深く腰掛けた。

グラスを口に運びながら目を閉じて、俺はあいつを思い出す――。


あれは、俺がレイヴンとなって少したった時期。

オラクルの性能を確認するため、向かったアークのテスト施設。そこに、あいつは、いた。

―信じられなかった。

初期機体ということを微塵も感じさせない動き。

確実な射撃、粗悪な安定性能にもかかわらずやってのける高度な体重移動とブースト、下を巻くブレード捌き。

時には障害物を利用し、標的のMTからは一切の攻撃を受けることなく、次々と破壊していく。

無駄がなく、キレがあり、冷静で、意外性に富んでいた。

――さらに信じられなかったのは、そのパイロットが俺より日の浅い新人だったということだ。

黒い髪の男…。

それしか分からなかったが、強化ガラス数枚を隔てたそこに、確かにあいつは存在していた。

…とうとう、あいつも動き出した。

始まったんだ。

きっと、あいつは程なくやってのけるだろう。

企業を、人類を、世界を巻き込み、戦火で全てを焼き尽くして―。

この大地を本来あるべき姿へと――。

―やがて訪れる終わりの刻。

あいつは、そこにいる。

そこで、終わりを見届けるだろう。

それまで、この戦いが終わることはない。


――唄が聞える。


世界が唄い始めた。


こんなに空気に満ちているのに、他の奴には聞えない。


これは終局の歌だ――破滅する世界の鎮魂歌。


これは新生の歌だ――孵る新世界の神々の唄。


〜 Rhapsody in Blue 〜


―預言者は言った。


滅び、生まれる。


連鎖は決して断ち切ることはできない。


世界がRhapsody in Blueで満ちる刻。


―世界は滅びる。


そう――

全ての始まりだ。



















あとがき

はい、どうも読んでいただきありがとうございました。
初めての方は、はじめまして。知っている方は、これからも宜しくお願いします。
さてまずは、
これを完成させるに至って、協力してくれた方々に大感謝。

アーヴァニックさん
モールさん
ペガサス普及委員会の皆さん

特にモールさんは、あのオープニングデモムービーの疑問検証や質問に快く付き合って下さいました。
このSS制作に深く関わってます。
感謝!

アーヴァニックさんにも色々、助けられました。
真夜中にメッセで語り合ったのは、とても楽しかったです。
皆さんご存知のようにオープニングデモムービーを題材にするのは、アーヴァニックさんをお手本としています。
私の師です(←一方的、ですが。

ペガサス普及委員会の皆さん
「街」はオリジナルということで(笑


因みに。
オープニングデモムービーには4機のACが登場しています。
もうご存知かとは思いますが、一応。
ムービーに現われるAC↓
ミラージュ側と思われる(青い)AC:3機
クレスト側と思われる (赤い)AC:1機


と、外フレームや武装がミラージュやクレストでほぼ固定されていることから、仮定して、
ストーリーを独自に勝手に構成しました。

それらを含め、このSSでの登場ACを細かく言うならば。
ミラージュAC
・エヴァンジェのオラクル
・ジェライドが操縦するヘクトル↓
クレスト格納コア&800マシに左手150マシ&増弾された両肩デュアルミサイル&連動FUNIAC
・ヒューイが操縦するゼロス↓
オラクルと同じコア&800マシに実盾JITEN&ドーム型レーダー&連動FUNI&不明のキャノンAC


クレストAC
・360マシに実盾KATEN&何かのミサイル&キャノンっぽいの&迎撃=CR-E90AM2AC
・アグラーヤのジオハーツ

こうなっております。


こんなところまで見て頂ける方々へ
これだけ書くのに、一ヶ月も掛かってしまいました。なんとか、書き上げることができましたが。
このSSをお読みになって、どうだったでしょうか?

「ACという世界観をリアル&シビアな世界に」
「実際にプレイした人が、ACに長く付き合ってきた人達が面白いと思える様に」

という、コンセプトをもとに書こうとしました。
ACを知らない人でも面白いと思って頂けたなら、嬉しい限りですが。
それでも「面白い」は個人のことなので(あと、純粋に私の語彙と文章力の貧弱さ)
「面白くねぇよ!」とか言われても、仕方のないことですけど。(←言い訳
誤字脱字、文字化けがあったら御免なさい。

では機会があれば、その時にまた。


もろこし生茶を飲み、マーブルチョコレートを口に放り込み、
CASSHERN OFFICIAL ALBUM
Disc.2−8.「足音」を聴きながら

2004/05/20

作者:E&Iさん