サイドストーリー

Underground Party外伝 Armored Core 2 −The Love Song of Mars−3
Underground Party外伝

Armored Core 2
The Love Song of Mars 



“シャングリラ”級高速巡洋艦2番艦”イースト・オブ・エデン”。
この級は、惑星間航行が可能な艦の中でも、地球・火星間を最短52日というスピードで航行することが可能という高速性能を持つ級だ。
その高速性能さが災いし、巡洋艦としての本来の任務を外れ、軽輸送や重要人物の送迎等の任務に用いられる事が多い。
余談はさて置き、そのシャングリラ級2番艦であるイースト・オブ・エデンが、この級では唯一、火星動乱の際に実戦経験のある艦である。
動乱鎮圧の最功労者であるレイヴン”青い流星のルクス”が、ハンマーヘッドにて特殊部隊に包囲された際のエピソードは有名であろう。
艤装工事が50%の段階でありながら出撃し、特殊部隊の包囲を突破、ハンマーヘッドに強行接舷し、ルクスを救出したというものだ。
動乱の際、既に就航していた1番艦”シャングリラ”は地球、3番艦の”カナン”に至っては船体完成率が60%という状況であった。
火星で建造され、動乱の直前に進宙式を行っていたイースト・オブ・エデンだけが、動乱の時点で作戦行動が可能であったのだ。
なお、フォボス迎撃戦においても、イースト・オブ・エデンはルクスのACを回収したという点を付け加えておく。



乗艦して、あてがわれた部屋からトイレへと向かう途中、見知った顔を見つけて声を掛ける。
このイースト・オブ・エデンの進宙時から艦長を務めている、ショウジ=マクベ大佐だ。
単純な熱血系の指揮官で、部下には間違いなく信頼されるタイプであろう。
別に、北宋の白磁の壺を指で弾いたりはしない。 念の為。

「あ、艦長さん。 今回も宜しく」
「おお、ルクスか。 2週間で帰宅とは、随分忙しないことだな」

ルクスの顔を認めて、ニヤリと笑う艦長。
正規軍とレイヴンという垣根も、共に火星動乱を戦ったという事実の前では、関係が無い。

「もう少しゆっくりしたいんですけどね、まあ色々有りまして――」
「仕事がある事は良い事だな。 おお、そういえばオペレーターの嬢ちゃんとはもう寝たのか?」

突然何を言うのか、このエロ親父は――
昨晩と今朝のコトを思い出して、顔が熱くなる。 ……自分も結構ウブなところがあるようだ。

「ほぉ、その分じゃ上手くいってるようだな」
「ええ、まあ……」
「ったく。 俺の艦で余りイチャイチャしてると、宇宙に放り出してやるからな」

ひとしきり笑い合った後、艦長が思い出したように呟いた。

「ああ、今回は船団の護衛任務も兼ねてるからな。 行きよりかなり遅くなると思うぞ。
普通の輸送艦ばかりなら問題無いんだが、鈍亀の”サザンクロス”級と一緒だからな……この艦の足も意味が無いのさ」

ほれ、と一枚の書類をルクスに見せる。
それは、今回共にイースト・オブ・エデンと航行する艦の一覧であった。

EM184船団
“リヴァプール”級高速輸送艦
”シェルブール” “ズデーテン” “コーンウォール” “サクラメント”
“ハーミス”級輸送艦
”カサブランカ” ”インディペンデンス” “龍驤” “ミッドウェー” “ベローウッド” “ラングレー”
“サザンクロス”級エネルギー輸送艦
”アルディオン” ”グロスター”
護衛艦艇群 旗艦:”足柄”
“妙高”級重巡洋艦
“足柄”
“シャングリラ”級高速巡洋艦
”イースト・オブ・エデン” ”ミレニアム・オブ・エンパイア”
“雪風”級フリゲイト
”吹雪” ”陽炎” “ファラガット” “朝霧”

この規模の輸送船団の護衛艦としては、破格の数である。
しかも、現在の情勢で、政府の輸送船団を襲撃する余力のある勢力が存在するのだろうか。
――航宙艦と云う物は、その維持や運用に高いコストが必要となる。
輸送艦であれば、それなりの利益は期待できるが、戦闘艦を動かしたところで、直接の利益には結び付かない。
火星動乱で戦力を消耗したエムロードやジオマトリクスに、そのような行動を取る余裕があるとも思えないのだが。
まあ、用心するに越した事はないのだし、護衛が多い分には問題は無いだろう。
それに、今の火星には復興の為の大量の物資が必要だ。
特殊部隊の叛乱は、各地の軍事施設だけでなく、火星人類の生活に必要な物資を供給する施設までにも、大きい損害を与えていた。
各地の特殊部隊の残党の掃討を急務として、それらの施設の復興を怠っていた政府の無策の所以で、火星では物資が不足し始めているのだ。
それを補う為、急遽地球より輸送される事になった大量の物資を確実に火星へと届ける為にも、護衛艦は多ければ多いほど良いのだろう。

「おっと、そろそろ艦橋に行かなきゃならん――また後でな」
「あい、ではでは」

小走りで駆けてゆく大佐を見送って、トイレへと向かう。
実は大佐と話をしている間中、尿意を堪えていたわけで。



「――救難信号? 何処からだ?」
「左舷前方500km程度の宙域です」

マクベ大佐の問いに、オペレーターの青年が答える。
ハンマーヘッドを出航して数時間後。
オペレーターが、僅かな間であったが救難信号の発信を確認したのだ。

「旗艦に通信しろ。 それと、救命艇の準備もさせておけ」
「了解」

未だ月軌道も越えていないというのに、厄介な事態に遭遇したものだ。
溜息を吐きながら、マクベ大佐は艦長席でコーヒーを口に含む。

「旗艦より通信、本艦と”ミレニアム・オブ・エンパイア”は船団を一時離脱、救助活動を行った後に合流せよとの事です」

――ほら、来た。
予想通りの展開に、マクベ大佐は再び大きな溜息を吐いた。
“イースト・オブ・エデン”と”ミレニアム・オブ・エンパイア”の最高速度は、船団の航行速度を遥かに上回っている。
その為、救助活動に数時間を費やしたとしても、低速の船団に追い付く事は容易だ。
よって、この2艦が救助に出される事は目に見えていたわけだが。
何処の艦かは知らないが、大方エンジントラブルか、スペースデブリとの衝突かで行動不能になっているといったところだろう。
――全く、迷惑な事をしてくれる。

「よし、取舵30度だ。 左舷に回頭した後、第2戦速に増速。 ”ミレニアム・オブ・エンパイア”に通信、『本艦に続け』とな」

矢継ぎ早に指示を終えたマクベ大佐は、再び深く席へともたれ掛かる。
只でさえ地球付近の航行には神経を使うというのに、その上に救助活動まで行うのだ。
500kmであれば、10分程度で到着するだろう。
その間くらいは、ゆっくりとしてもバチは当たらないだろう。
コーヒーを啜りながら、まったりと艦橋の中を見回して、有能な部下達の仕事振りを眺める。
そんなマクベ大佐の表情は、非常に満足気であった。

――だが、そんな時間は長くは続かなかった。

「これは……!?」
「馬鹿な! 一体、どういうことだ!?」

少し前、鳴り物入りで就役が発表された、ジオ社の新型輸送艦”イクサー”級のネームシップ、”イクサー”。
つい先日まで傷一つ無かった船体は、中央部で2つに折れ、他の場所も殆ど原型を留めてすらいない
本来艦橋が在るべき位置には、大きな破壊痕が残っていた。
これは、爆発事故などではない。 どう考えても、何者かに撃沈されたと見るしかない状況だった。
本来の目的である生存者の有無など、この船体の状況では考えるまでもなかった。

「船団に戻るぞ! 面舵20度、最大戦速! 旗艦に『敵勢力出現の可能性あり、注意されたし』と打電しろ!」

――だが、時遅し。
何も知らないEM184船団に、既にそれは迫っていたのだ。

旗艦”足柄”の艦橋で、レーダー手が声を上げる。

「レーダーに高速で移動する反応が多数、隕石群か何かでしょうか?」
「ん? どれ、見せてみろ」

その声を聞いて、ベテランの士官がモニターを覗き込んだ。
――途端、顔色を青くして、可能な限りの大声で叫んだ。

「……!! 対艦ミサイル接き――!!」

だが、彼はその言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。
猛烈な威力の大型ミサイルの炸裂が、艦橋を吹き飛ばしたからだ。

グワアァァァンッ!!!


『”足柄” “サクラメント”大破!! 及び、“龍驤” “ミッドウェー”轟沈!!』
『前方より敵艦が高速接近!! 反応は2隻!!』
『各輸送艦は全速で退避しろ!!』
『”カサブランカ”被弾、爆沈の模様!!』
『”陽炎”より全フリゲイトへ、本艦に続け! 距離を詰めて雷撃!残存輸送艦の退避する時間を稼ぐ!』
『こちら”インディペンデンス”!! 被弾した、もう保たな――』
『敵艦、戦艦”ウォースパイト” 重巡“サラミス”と判明――旧特殊部隊所属艦です!!』


「機関室、限界まで回せ!!」

蒼い地球光をバックに、2隻の軽巡洋艦が疾風の如き勢いで進む。
現在の人類の技術で可能な限りの加速度で、2隻は戦場へと急ぐ。
地球政府宇宙軍の中で最新型の2隻が、護衛任務すら果たせなかったというのでは、笑いものだ。

――しかし、戦艦と重巡の2隻が相手では。
もし自分達が、救助活動の為に船団を離れていなかったとしても、確実に撃退出来たとは限らない。
こちらは重巡1・軽巡2・フリゲイト4――正面からの戦闘ならば、余程の事がない限り、勝利出来る。
接近するまでに何隻かはやられるかもしれないが、一度接近してしまえば小回りの利かない大型艦相手に負けることはない。
……だが、それはあくまでも正面から、戦闘を挑み、それを排撃するという鉄の意志を以って交戦に臨んだ場合の話だ。
こちらの任務はあくまでも護衛任務。
輸送船を中心にした輪形陣を展開している為、単縦陣へ移行するまでにどうしても隙が出来る。
大型艦2隻の砲戦能力の前では、その隙が致命的なダメージと成り得るのだ。

現に、最初の一撃で旗艦を大破させられた護衛艦隊は、苦しい戦闘を強いられている。
“ サラミス”の主砲が放ったレーザーキャノンが、突撃する護衛艦隊の最後尾を航行している”朝霧”を捉えた。
大口径のレーザーの直撃を受けて、装甲の薄いフリゲイトは一溜まりもなく吹き飛ばされ、宇宙の塵と化した。

「”朝霧”被弾! 爆沈しました!」
「構うな! まもなく雷撃位置だ――よし、発射!!」

生き残った3隻のフリゲイトから、無誘導だが高い威力を持つ大型水雷が連続発射される。
白煙の尾を引いた大型水雷が、船団を襲う敵艦へと突き進む。
水雷に気付いた“ウォースパイト”と”サラミス”が回避の為に転舵するが、やや遅い。

ドゴオォォン!!

「”サラミス”に2本、”ウォースパイト”に1本命中!」
「よし、反転してもう1撃! 水雷の再装填を急げ!」

流石に戦艦に対しては1本程度の命中では、左程の効果は無かったが。
2本の大型水雷を受けた重巡”サラミス”が、速度を大きく落としてあらぬ方向へと転舵する。
戦闘能力を失った艦には興味はないとばかりに、”サラミス”の脇をすり抜けて、後方の”ウォースパイト”へと距離を詰める。
距離を詰めれば、機動力で勝る護衛艦隊に勝機がある。
このまま行けば、戦艦撃沈という戦果も有り得ない話ではなかった。
――だが。

「――”ウォースパイト”からACの射出を確認――全7機です!!」

オペレーターの報告に、艦橋内の空気が凍り付く。
基本的にACは重力下での戦闘を前提に設計されている。
だが、ACの高い汎用性と機密性は、少々の改造を加えるだけで、宇宙空間でも運用が可能となる。
ACの機動力と攻撃力は、艦船にとって非常な脅威と成り得る。
艦船の兵装は、自艦を撃つようには出来ていない。 貼り付かれてしまえば、それまでだ。
即ち、先程までの”ウォースパイト”と護衛艦隊のフリゲイトとの関係がそのまま当てはまるのだ。

「ッ――弾幕を張れ! 近付けさせるな!!」

水雷を除く全ての火器が、接近するACに向けられる。
”ハンタードッグ”が4機、”バウンスドッグ”が3機のようだ。
“ハンタードッグ”の1機が、”吹雪”の主砲――レーザーカノンによって吹き飛ばされたが、
残りの機体は猛烈な弾幕を物ともせずに接近してくる。
そう、旧・特殊部隊――フライトナーズには、優秀なレイヴン達が数多く所属していた。
そして、高レベルのレイヴンの駆るACは戦場において、1機で戦局を傾けるほどの戦闘力を発揮するのだ。

「ん――? この反応は――」

先頭を進む“陽炎”のレーダー手が、自艦に重なるような位置に現れた反応に疑問を抱く。
レーダーに宇宙ゴミでも張り付いたのだろう――そう判断したレーダー手は、その表示をモニターから外すべくコンソールを叩いた。。

結論を云えば――それは紛れも無くACの反応だった。
艦橋のモニターに、大きくACのモノアイが映し出されたのだ。

「馬鹿なっ……このACは――奴は死んだはずでは……!!」



「こちら”イースト・オブ・エデン”! 間も無く戦闘領域へ到達する!!」
『畜生、早く来てくれ! 敵のACは只者じゃない!!』

既に、前方では対空砲火による幾筋もの閃光が奔っているのが見てとれる。
撃破された艦の放つ黒煙や、ミサイルの推進剤による白煙が、付近の宙域を彩っている。
その光景は、何処か幻想的な雰囲気を醸し出している。
だが、そこで戦われているのは、本物の戦闘だ。
攻撃を受けた艦では人が死に、負傷しているのだ。
一瞬でもそんな事を思った自分を戒め、マクベ大佐は頭を振る。

「――艦長、客室より艦内電話が」

オペレーターの言葉に、大佐は怒りで顔が歪むのを感じた。
どうせ高官の連中が、戦闘を避けろだの何だのと言ってくるに違いない。
――自分の保身だけを考える屑共が。

「今は戦闘中だ! 放っておけ!!」

吐き捨てるように言い放ち、苛々と味方艦の戦闘の様子を見やる。
AC相手に、直掩の無いフリゲイト艦では、戦車で戦闘ヘリと戦うようなものである。
苦戦しているであろう味方を思い、ダンと床を踏みしめる。
だが、そこに更にオペレーターが続けた。

「いえ……ルクスさんからです」
「む……判った、繋げ」

高官であれば、無視を決め込むつもりであったが。
しかし、幾らレイヴンであるルクスと云えど、戦闘に関して口を出させるつもりは無い。

「ルクス、間もなく戦闘に突入する。 用なら手短に――」
『――ACを準備して下さい、俺も出ます』

――失念していた。
そういえば、この艦にもレイヴンが1人、ACと共に乗っていたのだった。
それも、“青い流星”の異名を持つ、アリーナランク6位というトップランカーが。
1機で戦局を引っくり返すと云われる、トップランカーの1人がだ。
しかも、かの特殊部隊の叛乱の鎮圧に、最も貢献したレイヴンだ。

「判った、すぐに準備させる。 ……すまんな」
『いえ、クラインを倒したのは俺です。 その残党に引導を渡すのも俺の仕事でしょう』
「そうか……頼んだぞ、ルクス」



「了解――と」

インターフォンの受話器を置いて、溜息を吐く。
面倒な事になったものだ。
……というより、面倒を引き寄せたのは自分のような気もする。
物資が必要なのであれば、もっと護衛の少ない船団を襲えばいいのだし。

「……ルクス」

ネルの声が、やけに細く聞こえた。
心配させまいと、明るい声を出して答える。

「心配するなって、いつもと少し違うだけだ」

まあ、宇宙戦闘なんて初めてだが――何とかなるだろう。
宇宙空間では無かったが、無重力下での機動は経験済みだ。

「相手は、あのフライトナーズです。 用心に越した事はありません」
「うん、厄介な相手だってのは承知してる。 それじゃ、行ってくるよ」

と、部屋を出ようとした時。

「あっ――」

背後のネルが、僅かに声を漏らした。
その声に振り向くと、僅かに俯いたネルと目が合った。

「……いえ、何でもありません――気を付けて下さい」

その感情を押し殺した声が、嘘だと言っていた。
不安気に潤む瞳が、傍に居て欲しいと語っていた。
無理も無い、ネルはオペレーターだが、このように危険な場所に身を置く事など無かった筈だ。
そんな恐怖から守るように、ルクスはネルを優しく抱き締めた。

「――大丈夫、絶対に守るから……心配しないで、待っててくれ」

――それだけで、彼女の不安は霧散する。
恐れは消え、自らを抱き締めている男への信頼が、心を占める。 大丈夫だと、彼が守ってくれると云ったのだから、それは絶対なのだと。
 そうして、彼女は普段通りの笑顔で男を送り出す。

「――はい、いってらっしゃい」



『いいですか、各所にスラスターを取り付けましたので、重力下と同じ操作で移動が可能です。
それからミサイルですが、下手に放つと発射の反動で回転してしまいますので注意して下さい』
「OK、有難う」

整備士に礼を言い、機体状況をチェックする。
普段使用しているショットガンでは、自機敵機共に高速で移動する宇宙空間では、命中は望めない。
そう判断して、昨日アリーナの商品として手に入れたばかりのレーザーライフル”KARASAWA-Mk2”を装備している。
増設されたスラスターと”KARASAWA-Mk2”を装備した所為でかなりの重量オーバーだが、無重力なのでそこまでの問題は無いだろう。
火星では出回っていない”ZWG-XC/01”や”EWG-XC213”を記念に購入してあったので、そちらを装備しても良かったのだが、何せ敵は戦艦とのことだ。
威力があるに越した事は無いだろう。
……それに、やはり憧れの”KARASAWA-Mk2”を折角手に入れたのだ。 実戦で使ってみたいと思うのは当然だろう。

『ハッチ開きます、発進どうぞ』

――ふと、ルクスの脳裏に悪戯心が沸いた。
ルクスがまだ子供の頃、宇宙を舞台にしたACのアニメが大流行した。
それは、”コロニー”と呼ばれる宇宙都市の1つが地球政府に対して独立を宣言し、戦争になるという所から話は始まる。
艦隊を主力にした政府軍に対し、独立軍は高性能のACを宇宙戦闘に投入し、大勝利を収める。
苦境に立たされた政府軍が急遽開発した白いAC、そのACに民間人の少年が乗り込んで戦っていくという話だ。
その主人公が、宇宙戦艦から発進する際に言った台詞を真似て、彼は口にした。

「アム○、行きまーす」

――戦場に、冷たい風が吹き荒れた。 それはもう、極寒の極地に吹くブリザードの如く。
いや、宇宙に風は吹かないが、確かにそれが感じられた。
通信を聞いたネルは頭を抱え、艦橋のマクベ大佐は呆れの余りに物も言えなかった。

「……認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」

ボソッと――これもまたアニメの台詞である――呟いたルクスは、OBの勢いを駆って、戦場へ突入する。



「――敵軽巡2隻が高速接近!!」
「何処を見ていた!? 主砲は新しく出現した敵艦を狙え!!」

とはいえ、仕方の無い事である。
“ウォースパイト”は現在、艦を動かすのに必要最低限の人数しかクルーが乗艦していないのだ。
先に大破した”サラミス”も状況は殆ど同じ、その為に被雷の損傷に対処仕切れず、只の一撃で行動不能に陥ったのだ。
これが戦いに敗れ、残党として狩り出される部隊の悲しさである。
ロクに整備も補給も受けられず、それでもなお戦い続ける――。

「くっ……奴は、まだ出てこないのか!」

現在の戦況は、フリゲイト2隻と輸送艦5隻を撃沈、重巡も大破させている。
僚艦の“サラミス”を失ったのは痛いが、十分な戦果と言えるだろう。
船団攻撃が目的であれば、現時点で戦場を離脱したとしても、何ら問題は無い。
だが、この無謀とも云える作戦の目的は、別のところにある。

『来ました! ”青い流星”です!!』

“ハンタードッグ”のパイロットからの報告に、艦橋員が色めき立つ。

「来たか! 隊長の仇を討つ時は今だ!! 全ACは奴を攻撃しろ!!」

そう、この作戦の真の目的は、輸送船団の攻撃などではない。
彼らフライトナーズの指導者であった、レオス=クラインの仇である、ルクスを討つ事。
その為、各地に残っていた戦力を集め、戦艦まで持ち出してきたのだ。
彼らには、この作戦が成功しても失敗しても、生きて帰る算段など無い。
これだけ地球に近い宙域だ、襲撃の報が入った段階で、政府の艦隊が出撃しているだろう。 足の遅い戦艦で、逃げ切れる筈が無いのだ。
……即ち、これは片道のみの特攻作戦。 元より生還を期さない、正に決死の突撃行である。


「敵軽巡に命中弾!」
「よし、目標を変更しろ。 沈めなくとも、戦闘力を奪えばいい」

戦艦”ウォースパイト”の指揮を執る老練な艦長は、不敵な笑いを浮かべた。

「我々の仕事は――船団が火星へ向かえぬ程度の損害を与えるだけで良いのだ」
作者:前条さん