Underground Party外伝 Armored Core 2
−The Love Song of Mars−4
Underground Party外伝
Armored Core 2
The Love Song of Mars
『うあっ!?』
また1機、KARASAWAの一撃で特殊部隊ACを葬る。
残るは”ハンタードッグ”型が2機、”バウンスドッグ”型が1機だ。
“バウンスドッグ”型の両肩ENキャノンは、直撃を受ければACなどは一撃で破壊されてしまう程の威力を持つ。
何より、無重力下の為、ショルダーキャノンであっても構える必要が無く発射可能というのは脅威だ。
もっとも、装薬により発射するグレネードキャノンなど発射しようものなら、その場で独楽のように大回転してしまうだろうが。
「おっと!」
パルスライフルを連射しながら突っ込んできたACを、ギリギリで回避し、擦れ違い様にブレードで頭部を切り飛ばす。
振向き様、頭部を失って迷走するACにKARASAWAを1射して戦闘不能にする。
残るは2機、だが――そこで、ロックオン警告がモニターに表示される。
「ッ!」
ブースターを吹かし、機体を捻りながら回避機動を取る。
一瞬前まで機体があった位置を、細いレーザー光線が通過する。
その光条により多少装甲は焼かれたが、戦闘続行に問題は無いレベルだ。
「今のは、ENスナイパーライフル……?」
更に、レーダーには反応が無い。
即ち、両肩兵装のステルス。
そして、ENSRFは高弾速・長射程で威力が高い武器だが、両肩の塞がるステルスと合わせて使うには、些か弾数が少な過ぎる。
だが、そのようなアセンブルの機体を操る者を、ルクスは1人知っていた。
その名を、疑惑と、ある種の確信めいた感情と共に口にする。
「レミル=フォートナー……?」
――レミル=フォートナー。
特殊部隊フライトナーズの参謀格にして、副隊長ボイル=フォートナーの妹。
彼の火星動乱において、クラインの腹心として暗躍していた女だ。
だが、クラインの終の地であるフォボスにて、自らの主人と共に滅びた筈だった。
部下の、幾多のAC乗りと共に。
それは、ルクス自身が事後に地球政府に報告したことだ。
あのフォボスの内部にて、幾つもの破損したACの残骸を発見している。
その中に、大破したレミルのACも確認しているのだ。
そして、そのACから響く、呆然とした搭乗者の声も聞いていた。
――確かに、彼女の死をこの目で確認したわけでは無い。
確認したわけではないが――
「……どうして、生きている?」
そう。
あのフォボスの爆発の中から、生きて脱出できる筈が無い。
ロクに動きもしないACでは尚更だ。
それは、ルクス自身が身を以って、十分過ぎる程に良く判っている。
彼が助かったのは、まさに九死に一生。 いや、万に一つと言って良い確立で、奇跡的に回収されたからだ。
だというのに。
目前に見えるACは、見紛う事も無いレミル=フォートナーの乗機。
青い地球光と蒼い月光を浴び、漆黒のその機体は確かにそこに在る。
「簡単な事――私はフォボスになど、最初から赴いていない」
――そんな。
「――馬鹿な……有り得ない。 お前は、あの時――」
――自分は、レミルの声を聞いていた筈だ。
確かに、その通りだ。
……けれど、それは果たしてレミルがその場に居たという証明には成り得るのか?
――クラインは、ラプチャー動力部の戦いで、AI機体を投入していた。
あのAIの戦闘機動は完璧であったし、高レベルのランカーと比較しても遜色は無いほどのものだった。
事実、撃破するまでそれがAIだとルクスは見破れなかった。
複雑な戦闘行動を行う機体でさえそうなのだから、動かぬ機で人間の目を欺く事など、造作も無いのかもしれない。
「――何だって、今頃現れた。 お前達は、クラインに――」
――利用されていた。
しかし、それ以上の言葉を続けることは躊躇われた。
敵とはいえ、1つの理想を信じ、その為に戦った者に対して、その事実を告げるのは酷過ぎるのではないか。
だが、レミルの口から語られた言葉は、ルクスの予想とはまるで違っていた。
「私とて、愚者ではない――利用されている事など、薄々気付いていた」
「――ならば、何故」
その問いに、コクピットの中で、誰にも届かぬ薄い笑みを浮かべ、レミルは自嘲する。
利用されていることに気付きながらも、それでも利用され続けていた。
理由はある。 無ければ、そんなことに付き合ったりはしない。
だが、レミルは思う。
私の理由は、人の目には滑稽に映るのだろうか。
または、哀れと思われるのだろうか。
「――それでも、私はクラインに惹かれていた。 我ながら下らん。 散った部下には死んでも云えぬ理由だな」
だが、それは多分に人間的であり、なんと理解出来る感情か。
ルクスとて、ネルが殺されたのならば、その犯人を地の果てまでも追い詰めて殺すだろう。
復讐など馬鹿げていると無関係な他人は云うが、人を愛するとは、そう云う事なのだ。
だが。
「俺も、大人しく死ぬわけにはいかない」
「ならば――勝負だ、レイヴン。 どちらが生き残るか、戦いで決めるとしよう」
その言葉は奇しくも、かつてクラインが吐いた台詞と似通っていた。
それを合図に、2人は自機に其々の銃を構えさせる。
刹那、高速のENスナイパーライフルの光線が、ルクスのACの装甲を焼く。
僅かに遅れて放たれたKARASAWAの一弾は、レミル機に着弾することはなかった。
回避機動を取るレミル機の周囲に、紫色に発光する妨害粒子が僅かに漂っていた。
「……」
長射程、且つ高弾速のENスナイパーライフルと、姿を隠せるステルスを装備した軽量級AC。
漆黒にペイントされたその機体は、宇宙の闇に紛れ、視認することは難しい。
地球光と月光の2つの届く宙域と云えど、高速戦闘中に、レーダーもFCSもアテに出来ない状況。
何処から襲ってくるか判らないENスナイパーライフルを回避するのは、至難の業だ。
だが、襲い来る光弾を、青いルクスのACは紙一重で回避し続けている。
そう、回避し続けている。
「何故だ、何故当たらない……?」
一射しては位置を変え、ルクスの隙を狙っては狙撃を繰り返す。
完全に不意を打っている筈のその攻撃が、何故回避されるのか。
レミルには、理解出来ない。
彼女とて、フライトナーズを束ねる立場にあったのだ。
数多くの現役レイヴンをも含んでいた猛者揃いの部隊だ、それは指揮官も例外ではない。
地球の先代ナインブレイカーであった、隊長のクライン。
レミルの兄であり、副隊長であったボイルも、レミルと共に地球の大地にて恐れられた戦士だ。
一匹狼の多いレイヴンとしては珍しい、2人組の――それも兄妹のレイヴンとして、同業者の間では有名であった。
そのレミルが、今までに只の一度も命中弾を与えられていない。
宇宙の闇に紛れて、完全な死角からの攻撃であるにも関わらずだ。
――気付けば。 既に部下は全滅し、スナイパーライフルの残弾も尽きていた。
「馬鹿……な……」
呆然と呟くレミルの目に、ゆっくりと近付いてくる、青いACの姿が映った。
一方的な狙撃でさえ、1発の命中弾も得られなかったのだ。
不得手なブレードでは、この青いACを相手に、掠り傷さえも負わせることは出来ないだろう。
だが、それでも彼女は自らの機体に指令を下す。 目の前の敵を葬るべくブレードを発振させ、斬りかかった。
それが――無駄と知りつつも。
次の瞬間。 レミルの乗るACは、背後からKARASAWAの照射を受けて、閃光に包まれた。
被弾から、機体が爆発するまでのコンマにも満たぬ刹那の瞬間に、レミルは思う。
ナインブレイカーであったクラインが敗れた相手に、兄にすら勝てぬ自分が勝てる筈も無かったのだ、と。
だが、これで死ねる。 そう、安堵した。
フォボスでクラインが無念の死を遂げてから半年――やっと死ぬことが出来た。
クラインと、同じ場所に逝けるのだ――
レミル機が撃破されたことを知っても尚、戦艦”ウォースパイト”は白旗を掲げなかった。
指揮官が戦死しても、その戦意は衰える事を知らず、むしろ戦死した指揮官の仇を取らんとするかのような勢いであった。
だが、精神力だけでは戦闘に勝利することは出来ない。
奇襲を受けた護衛艦隊が態勢を整えるに至っては、只1隻のみの”ウォースパイト”に、最早勝機は無かった。
幾多の攻撃を受け、燃え盛る”ウォースパイト”の艦橋で、満足気に佇む1人の男。
一介の艦長として、与えられた限られた戦力を有効に使い、出来得る限りの事はやった自信がある。
後は、レミルの遺した策の成就を祈るのみ。
「さて――後は頼みましたぞ、参謀」
その直後、戦艦の副砲を改修したと云われる名銃の、その二代目の射撃が艦橋を直撃した。
最期まで軍人であった、1人の艦長。
彼もまた、自らが尊敬していた隊長の後を追い、彼岸へと逝った。
沈黙した戦艦を眺め、ルクスは溜息を吐く。
惚れた男の仇討ちをするのはよい。 それが間違ったことだ、などとは言わない。
だが、それに自らの部下も巻き込むとは……私情で部下を殺す指揮官など、糞喰らえである。
もっとも、彼らは彼らで、尊敬していた隊長の仇討ちをせんとしていたのだろうが……。
「――ふぅ……」
生き残った乗員を捕縛すべく、パワードスーツ部隊を乗せたランチが戦艦に近付くのを横目に、再び溜息を吐いた。
なるべく死者は出すまいと、艦橋のみを狙ったのだが……逮捕された旧フライトナーズ隊員の運命など、良くて終身刑である。
多くは、そのまま裁判も無しに処刑されるか、政府の直属部隊として危険な戦場に投入され、捨て駒のように使われて散ってゆくのだという。
それならば、誇りを持った戦士として在った今、戦いの中で死なせてやるべきだったのかもしれない。
仇に見逃されるなど、彼らにとっては屈辱以外の何物でも無いだろう。
……そう、怨むなら怨んでくれてよいのだ。
それは、為した事の成否はどうあれ、確かに1人の英雄であっただろう、レオス=クラインを殺した自分が背負うべきものだから。
『――聞こえるか、ルクス。 損傷艦多数の為、船団は一旦引き返す事になった。
まだ敵が潜んでいる可能性も否定できない、船団の直掩を頼めるか?』
見れば、その大佐の言葉通り、船団の状況は燦々たる有様であった。
輸送艦のほぼ半数に当たる5隻が沈没し、襲撃の際の混乱で、2隻が衝突して中破している。
護衛艦も無傷の艦は1艦とて無く、フリゲイト2隻が沈没。
旗艦”足柄”も、自力航行が不可能な程の損傷を受けている為、已む無く一時この宙域に放棄されることとなった。
何せ、曳航出来るような艦が残っていないのだ。
こんな状況で、万が一再襲撃を受けた場合、下手をすれば全滅も有り得る。
ルクスにもそれくらいは判断できる。
「……りょーかい。 地球上空の飛行は疲れるんですけどね」
渋々ながら、マクベ大佐の提案を受け入れる。
地球上空――つまりは、ラプチャー00上部の軌道ステーション等の施設がある辺りの高度を指しているのだが。
火星はともかく、地球ではその辺りの高度になると、重力と云うのが中々馬鹿に出来ない。
ちょっと気を抜けば、たちまち重力の井戸の底へと引きずりこまれてしまう。
よって、地球上空でのACやMTの操縦は、非常に神経を使うものとなっているのだ。
『まあ、とにかく頼んだぞ。 この艦も被弾してるからな、余り速力が出せんのだ』
「被弾って――大丈夫なんですか?」
『安心しろ、オペレータの嬢ちゃんは無事だよ。 後部に一発喰らっただけだ、それ程の損害じゃない』
その言葉を聞いて、僅かに顔を綻ばせ、ホッと胸を撫で下ろす。
だが、次の瞬間には一流のレイヴンとしての表情に戻って、通信を続ける。
「そうですか。 では、船団の直掩に移ります」
『ああ、頼んだぞ』
もっとも、これ以上の敵勢力の出現が有るとは思えない。
あれだけの戦力を持ち出してきたフライトナーズ残党に、更なる余力が有るとは考え難い。
“イクサー”の信号を受信して出撃したジオ社の部隊と遭遇する可能性も無いとは言えないが、戦闘になる心配は無いだろう。
火星動乱での行動の全てを、反乱した火星支社の所為にして、政府の追及を逃れたジオ社だ。
火星のみならず、地球でもエムロードを追い抜き、トップの座に躍り出ようとしている現在、そんな行動に出るとも思えない。
つまりは、ルクスの仕事は、船団の動揺を鎮め、安心感を与えるという事だ。
トップクラスのレイヴンが、船団を護衛している。無防備な輸送艦の乗員にとって、これほど心強いことはあるまい。
それにしても、まさか戦艦とやり合うとは思わなかった。
退屈だが、神経を使う地球上空での飛行を続けながら、ルクスは思う。
思わぬ所で、妙なスコアが追加されたものである。
ちなみに、ルクスの撃破スコアだが。 ACだけで32機、その殆どはランカーやフライトナーズである。
MTやディソーダー、車両・航空兵器の類に至っては、数百に達する。
また、珍しいものとしてはSRBIA級陸上砲撃艦×2、オルブライト級巡洋艦、サンクチュアリ級大型爆撃機等が挙げられる。
戦略航空戦艦STAI――元ランキング12位、故・バルザックとの共同撃破。
そして――地球の先代ナインブレイカーにしてフライトナーズ隊長、火星動乱の首謀者たるレオス=クラインの撃破――。
このスコアからも判る通り、ルクスのレイヴンとしての腕は、間違いなくトップクラスである。
そう、トップクラスであるが故の、これ以上の敵勢力の出現は有り得ないという判断――
それに加えて、注意力を非常に要する地球上空での飛行という状況が、彼の反応を鈍らせていた。
突如、船団最後尾に位置していたエネルギー輸送艦”グロスター”の巨体が炎に包まれた。
次の瞬間、”グロスター”は積載していた多大なエネルギーによって、内部から弾けるようにして、爆沈した。
その強大なエネルギーの奔流は、一番近くに位置していた輸送艦”ズデーテン”をも破壊の閃光の中に巻き込んだ。
『な、なんだ!? 事故か!?』
『レイヴン!! 襲撃なのか!?』
“グロスター”の爆発の余波によって翻弄される機体を懸命に立て直しながらも、ルクスは見た。
足元に広がる地球の如くに蒼い光線が一瞬輝き、1隻の輸送艦に向かって伸びるのを。
『”ベローウッド”もやられた!?』
大破した輸送艦”ベローウッド”が、段々と高度を下げてゆく。
あのままいけば、大気圏に突入して燃え尽きるだろう。
もっとも、そうなる前に乗員は脱出するだろうが――
「これ以上やらせるかッ――!」
叫び、敵が存在するであろう位置へ向けて、KARASAWAを放つ。
ノーロックで放たれたそれは、命中こそしなかったものの、襲撃者を地球光の明かりの中に、引き摺り出した。
「お前は、昨日の――」
『そうだよ、貴様に無様にも5000ものAP差を引っくり返されて逆転負けを喫した、惨めなルーキーさ』
何故、こんなことを――
そうルクスが問うのも待たず、ザルトホックは吐き捨てた。
『この際、プライドは抜きだ。 お前に勝てれば、それでいい』
かくして、前夜の死闘を再現するかの如くに、宇宙を舞台に第2ラウンドが開始された。
――昨日より、早い・・・?
数回仕掛け合って、ルクスは妙な違和感を覚えた。
機体性能も上昇しているようだが、何よりも反応速度が違うのだ。
昨夜とは、まるで別人を相手にしているかのような感覚。
『クク・・・どうしたどうした! ”青い流星”の名が泣くぞ!!』
「チッ・・・」
確かにオービュラは武装を一新しているようだが――それだけで、ここまで違いが出るものなのだろうか。
まさか、昨夜の試合では皮を被っていたとは考え難い。
しかし、現に自分は押されている。
昨夜とは違い、重力の差も考慮に入れているにも関わらず、だ。
『ハッハッハァ! どうだ、生まれ変わった俺の力は!』
「――?」
『俺だけじゃない、オービュラも新しい力を得た! あの連中のお陰でなぁ!』
――あの連中とは、まさか。 ……いや、それが必然というものか。
フライトナーズ残党の襲撃と、それに合わせたようなレイヴンの襲撃。
ならば、十分に予想出来る。
フライトナーズはバレーナ社による、ディソーダーの技術を応用した改良が施されたACを使用していた。
奴の機体を改良し――恐らくは奴自身にも強化手術を施したのではないか。
『ってなわけで――貴様に勝ち目は無い、大人しく死ね!』
言葉と共に放たれたレーザーライフルが、ルクスを襲う。
機体をスライドさせて回避しながら、返礼とばかりにKARASAWAを3連射する。
「生憎と、そう簡単に死んでやる訳にもいかないんだよっ……!」
ミサイルを発射した反動を利用し、レーザーライフルの弾道から機体を逸らした。
回避機動も取らずに、ミサイルを振り切って突っ込んでくるオービュラの鼻先に、KARASAWAを撃ち込んで牽制する。
と、オービュラの右肩より見慣れぬ物体が投射された。
何か、と訝しがる暇も無く、その物体は展開し、4発の子弾を放出した。
「んなっ……!?」
驚愕し、対応が判らずに操作が数瞬遅れる。
このままでは直撃、この戦いを見る者が居れば、誰もがそう思っただろう。
だが、結果的にルクスはそれを避けた。
『――デコイ!!』
響いたその声に従い、咄嗟にデコイをばら撒いて機体をスライドさせる。
その結果、子弾は見事にデコイへと吸い寄せられて自爆した。
回避には成功したものの、初見の兵器に肝を冷やす。
そうして一息吐いてみて、自らを救った声の主に、疑問を投げかける。
「助かったけど、なんでネルが?」
『いいから、今は相手に集中して下さい!』
――まあ、それは至極もっともな意見なのだけれど。
コンコードのオペレータとはいえ、所詮は民間企業の人間だ。
それが戦闘中の軍艦の艦橋に上がっているなど、考え難い事だ。
恐らくはマクベ大佐の計らいだろうが――大佐、軍規やら何やら大丈夫なのかね。
「って、そんな事心配してる場合じゃないな」
そう、この相手には、全力でかからねばならない。
相手の純粋な強さや、下手をすれば大気圏で燃え尽きるという脅威からではない。
プライドを捨て、真っ当な人間である事を止めてまで自分に勝ちたいと願う者を。
レイヴンとして……いや、男として。 全力で相手をするのが礼儀ではないか。
「――ザルトホック、だったな」
『あん――?』
「”青い流星″の戦い――教えてやる」
――“青い流星”。
光の意味を持つ名を冠するレイヴン、”ルクス”の二つ名。
青は無論、青一色にカラーリングされた彼の機体から。
そして、夜空を疾る流星に喩えられた、鮮やかなる高速戦闘。
それだけではない。
火星の動乱――各勢力が火星の覇権を手中に収めんとし、大規模な武力衝突が頻発した時期。
特殊部隊”フライトナーズ”の反乱、フォボスの消滅で幕を閉じた動乱――その只中を、常に第一線にあって活躍した唯一のレイヴン。
その事実が、彼に”青い流星”という称号を与えているのだ。
――いや、その二つ名は単なる称号ではない。
それは即ち、幾多の死地を潜り抜けた者に贈られる、一騎当千の証。
確かな実力と、それによって積み重ねられてきた実績の証。
それが――”青い流星”の名が持つ、意味。
そんなことは――とうに知っていた。
何故なら、俺は――
「――クソッ。もう、か・・・?」
モニターに表示されたタイマーは、あと1分と僅かを残すばかり。
アリーナで例えるならば、そろそろ決着が着くか――と云った所か。
早過ぎる――ザルトホックは、そう思った。
もっと、この強敵と戦っていたい。
血の一滴まで搾り尽くし、自分の全てを賭けて――ザルトホックの、戦う者としての本能がそう告げている。
だが、それに抗うように、理性と生存本能がこの場を離脱しろと告げている。
……悔しい、本当に悔しい。
出来得るのならば――自分の手で、自分自身で奴を殺したかった。
それでも――この力をくれた彼らへの借りがある。
見た目や周囲からの評価に反し、義理堅く律儀な所のあるザルトホックには、それを裏切るわけにはいかなかった。
彼らは、あのレオス=クラインの仇を討つ為、折角あの戦乱を生き残った命を投げ打ってまで、この作戦に臨んでいる。
誰も彼も、何かに憑かれたかのように、嬉々として死地へ向かったのだろう。
故人の仇討ち――そんなものは、馬鹿げているとは思う。
何故、既に死んだ者の為に、今を生きている人間が死なねばならないのか――
だが、まあ。
ザルトホックは、自分の考えを人に押し付けるのは好きでは無かったし、そんな事をする気も無かった。
だから、今この場にいる。
『”青い流星”――』
ふと、ザルトホックの動きが止まる。
幾らかのダメージは与えているものの、まだ致命的な損害は与えていない。
この急な停止は損傷に拠るものではあるまい。
しかし、この状況で動きを止めるとは何事か。
軽く一息吐いて、口を開いた。
「どうした、降参でもする気になったか?」
意図が判らない以上、情報を得なければならない。
ルクスは、基本的に無駄な破壊は好まない。
戦わずに済むなら――ザルトホックが、このまま引き上げるのであれば、追う必要も無いと感じている。
ルクスが引き受けたのは、船団の護衛。敵勢力の殲滅では無い。
そう思っての言葉だった。
だが、それに答えるザルトホックの言葉は意外なものだった。
『ああ、降参だ――俺は、もう永遠にお前に勝つ事は出来ない。 ……幾ら俺が強くなったとしてもな』
――その言葉は、何かが変だ。
単なる勝利を諦めての敗北宣言にも取れる。
だが、その声には、何かを悔やむような調子と――僅かな哀しささえ感じさせる。
それは――何だ。
『あばよ、”青い流星”。 あんたと戦えて――嬉しかったぜ』
そう云い残し、ザルトホックは突如OBを発動させた。
「なっ……?」
船団に攻撃を掛ける気であれば、躊躇無く射撃するつもりだった。
だが、ザルトホックは一目散に戦闘領域から離脱してゆく。
その後姿に幾分拍子抜けしながらも、船団の護衛へ戻る為に機体を転回させる。
「――ッ!?」
直後――その視界に閃光が満ちた。
ACのモニタには爆発等の強い光から網膜を保護する為の減光機能があるとは云え、その閃光は余りに強すぎた。
そして、一瞬遅れて強烈な衝撃波がルクスのACを襲う。
ルクスは必死で機体を立て直そうとするが――
「くっ――云う事を聞けぇ!」
その強大なエネルギーは、ACを風に舞う木の葉の様に翻弄する。
更に追い討ちを掛けるかの如く、大量の岩石等の破片が、弾丸のシャワーとなって襲い来る。
その全てを回避する事など、到底不可能な事であった――
その時、ネル=オールターは”イースト・オブ・エデン”艦橋に立っていた。
激しい衝撃が収まると、途端に艦橋内に怒号が飛び交う。
「くそ、被害を報告しろっ!!」
「機関損傷、出力70%に低下!」
「第3居住区、装甲破損!」
「機関部に応急処置班を送れ! 居住区は無人だ、放っておけ!」
ショックで軽く放心状態のネルの耳に、次々と言葉が飛び込んでくる。
「”吹雪” より報告。 中破ながら自力航行は可能との事」
「艦長、退避中だった”足柄” ”サクラメント”の両艦が、先程の爆発の余波で航行不能に陥ったそうです」
「こちらも曳航出来る余力のある艦は無い、”天上の巣ヒンメルシャンツェ”に連絡しておけ」
母港へと救助要請をするよう副官に告げた艦長の下へ、オペレーターの1人が小走りで駆け寄って報告する。
その表情は、硬い。
「――艦長、電子機器の3割が使用不能。 先程の核爆発に伴うEMPが原因と思われます」
「なんだと? 航行に支障はないのか?」
訊ねる艦長に対し、オペレーターはネルの方に一瞬目を遣り、声を潜めて問いに答える。
「本艦は問題ありませんが……AC程度のサイズですと機器の大半が……」
「……ルクスか、不味いな」
「レーダーからはロストしています。空間の状態がコレでは……」
――低い声で会話をする2人の背に、凛とした声が響いた。
「私にやらせて下さい――私なら、見つけれます」
これは、本来なら重大な軍規違反だ。
戦闘は終了したとは云え、警戒状態にある艦の艦橋に、民間人が存在する。
それだけならまだしも、その民間人がオペレーター席に座り機器を操作している。
――だが、その動きは軍のオペレーターをして、唸り声を上げさせるほどのものだ。
コンコードの一等渉外官の資格は、伊達ではないと云うことか。
素早く、無駄一つない滑らかさでキーを叩いていた指が、ふっと止まる。
「見つけた――でも、これは……このままだと地球に落ちる!?」
その悲鳴のような叫びに、艦橋内がざわめく。
地球の重力の恐ろしさは、幾度も地球上空を航行している彼らが一番知っている。
地球上空では、機関系統のトラブルが一番恐れられている。
地球の持つ強大な重力は、そのような艦を容赦無く絡め取り、引き込んでゆくのだ。
例え大気圏突入能力を持つ艦であっても、突入コースを外れれば、待っているのは燃え尽きるか空中分解かの運命だ。
血の気が引いた顔で、更にコンソールを操作するネル。
そのインカムに、通信の回復を知らせるノイズが走った。
「繋がった……! こちら”イースト・オブ・エデン”、聞こえますか?」
『聞こえてる。 ネル、大丈夫だったか?』
呼び掛けに答えた声に、見守る艦橋員から、ふっと安堵の息が漏れた。
ネルも、頬の力を緩めて息を吐き、ルクスへと告げる。
「ルクス、そのままのコースだと、あと数分で地球落下の限界点を突破します。 急いで帰艦して下さい」
『あー……それが、さ』
ふっ、とモニターから目を逸らして、ルクスが口ごもる。
『……ブースター、殆ど吹き飛んでるんだ』
数秒の沈黙の後に、絶望的な言葉が艦橋に響いた。
――それは、まるで誰かの臨終に立ち会ったかのようだった。
後になって、当時の”イースト・オブ・エデン”の艦橋員がある雑誌の取材に答えた言葉だ。
その表現は、確かに的確な表現だったと云えよう。
誰もが沈痛な面持ちで口を閉じ、涙声で縋るように言葉を紡ぐ女。
只一つ違うのは、その言葉に返す声があるということだけだった。
「駄目……残ったブースターじゃ、少しコースを変えるくらいしか……」
『ネルが云うなら間違いない、か……参ったね、こりゃ』
それが限界だったのか、遂に気丈なオペレーターは泣き崩れた。
優秀なオペレーターであるからこそ、自らのレイヴンを救う手立てが無いことを悟ってしまったのだろう。
その悲痛な姿に、声を掛ける事が出来る者がいる筈もなく、泣き声だけが静かな艦橋に響く。
どれだけそんな状態が続いただろうか。
止まった空気を破って、ポツリとルクスが呟いた。
『……なあ、ACじゃ大気圏突入って出来ないのか?』
「……火星ならともかく、地球ではほぼ不可能です……」
嗚咽混じりの答え。
だが、それを聞くなりルクスが陽気な声を上げた。
そう、場違いなほどに明るく。
『なんだ、ほぼってことは助かる可能性もあるんじゃないか。 それならそうと、先に云って欲しかったな。
いや、ネルが駄目って云うからさ、完全に駄目なのかと思ってたぞ?』
誰もが、それは空元気だと判っていた。
恋人の悲しみを紛らわそうと、無理に明るく振舞っているのだと。
そうとしか取れないほどの、陽気な声だった。
「もう……駄目なんですっ……! 万が一大気圏を抜けたって、着地の衝撃にACが耐えられるわけ――」
『0.01%でも、0じゃないだろ? 例え僅かでも可能性があるなら、俺は最後まで足掻く――諦めは人を殺すんだよ、ネル。
それに……約束しただろ、必ず帰るってさ。 さ、ネル――コースを、指示してくれ』
――そうして、考え得る限りで最善であろう大気圏突入コースが、ルクスの目前に表示される。
涙に歪む声で、それでも尚的確にオペレートを行うネルの姿が、モニターには映り続けていた。
――段々と、機体が大気との摩擦によって震動していく。
その中を、電離圏の影響によってノイズ混じりの通信が、コクピットに響く。
『……約束、ですよ……? 私、待ってますから、必ず、必ず――』
最早一面の炎しか移さなくなったモニター。
そのモニターの中央にあるのは、通信ウィンドウ。 まるで普段のミッション後と何ら変わりが無いかのように。
泣きそうな――それでも、最高の笑顔を浮かべて、彼女が言葉を紡いだ。
『帰ってきて、下さいね――』
「ああ――約束だ」
Underground Party外伝
The Love Song of Mars
完
あとがき
はい、前条でぃす。
半年の空白を経て(何)The Love Song of Mars完結です。
艦隊戦と18禁。 ACで書きたかったものを、両方詰め込んだらこんなんなってしまいました。
ACでここまで濡れ場書く人間も珍しい気が。 ……自分で云ってれば世話無いか。
ぶっちゃけると某所の4th46は私だったりします(滅
さて、大風呂敷を広げつつAAかSLかで収拾を目指します。
自分の文読み返して、痛いなーと思いつつも修正する気力が・・・・・・その内修正せねば。
では、いつになるか判りませんが、次作のあとがきでー。
作者:前条さん