サイドストーリー

〜カラードネイルの復讐〜 (前編)
「カラードネイル、起きなさーい。朝よー。」
一階のキッチンから母の声が届き、俺は目覚めた。
「ふあぁ、もう朝かー。寝足りないなー。」
俺は寝ぼけ眼で一階へ降りていった。
ここは俺の家、都市から600m程離れた団地にちょこんと建っている。
都市は大都会で、ゲーセンからレストラン、ホテルや映画館が利益を争い建ち並んでいる。
そことは対照的に、静かで、道も混雑してなく、店といえばコンビニが1軒建っている位の所に俺たちは住んでいる。
まず、顔を洗い、目を覚ます。そして、パジャマから普段着に着替え、食卓へ向かった。
「はい、目玉焼き。お醤油は棚に入ってるから、自分で取ってね。」
ちぇっ、冷たい母だ。醤油くらい取ってくれよ。
「お父さんは?」
「とっくに会社に行ったわよ。」
「お兄ちゃんももう学校?」
「ええ、7時半に出て行ったわ。」
ふん、みんな出るのが早い。俺は起床時刻が9時半だというのに。
まあ、この近くには幼稚園が無く、俺の行く場所が無いからこんなに余裕をこいてられるんだけどな。
俺はまだ4歳だからな。幼稚園に行かなければどこへも行くところが無いんだ。その分楽だがな。
兄は中1で12歳、父はパソコン会社のプログラマーで、地位は課長だ。
俺はとっとと朝飯を済ませた。
「3時のおやつにアップルパイ作ってね。」
「はいはい、カラードネイルは本当にアップルパイが好きねえ。」
よし。3時が楽しみだ。
俺は部屋に戻り、いつもの絵本、ACの童話を読み始めた。この本によると、
『ACとは人々が仕事の為に使う巨大な作業用メカ。また、ACが町を警備する事により、平和面でも利用されている。』
ほう、ACとは平和の為にあるメカなのか。
この本の絵を見ると、ACがビルの組み立て作業をしている場面が描かれている。
他のページには、肩のキャノンの形をしたホースから水が出て、火事を消化している絵が描かれていた。
「へーえ、ACかぁ…。結構社会の役にたっているんだね。」
俺はまだ、この童話にだまされている事に気が付かなかった。ACは、社会の役にたっていると思い込んでいた…。
絵本を13冊程読み終えた所で、12時のベルが鳴る。
そろそろ昼飯の時間だ。そう予知した俺は、また食卓へ向かった。
「あら、ちょうどいいタイミングね。今、お昼ご飯ができたところよ。」
おう、今日の昼飯は焼きそばか。俺の好物だ。
「わぁ〜、焼そばだぁ〜。いただきまーす!」
と言うや否や、昼飯を平らげた。
「お母さん、アップルパイ、忘れないでよ。」
「はいはい、覚えてるわよ。材料もちゃーんとあるから、心配しないで。」
「約束だからね。」
ふむ、これだけ言っておけば忘れはしないだろう。
また部屋に戻り絵本の続きを読み始める。
ポーン…ポーン…。
あっという間に2時のベルが鳴る。よし、アップルパイまであと1時間だ。
また絵本の続きを読もう…としたその瞬間だった。
<ガシャン ズガガガガガガ ドゴォン>という凄まじい音と共に、「きゃああああ!!!」という悲鳴が聞こえた。
今の悲鳴は…間違いなく母だ!
俺は一階へ急いで降りていった。そこで俺が見た物は、右腕と下半身の取れた母の死体だった…。
天井には巨大な穴が開き、床には爆発した跡のような焦げがついていて、その中心はフローリングが跡形も無く吹き飛び、
クレーターのようにへこんでいた。
何よりも俺が信じられなかったのは、母の死だった。
「お母さん、起きてよ。アップルパイを作ってくれる約束だよ。ねえ、お母さん!」
俺は何回も何十回も呼びかけた。だが、母が目を覚ます事は無かった。
俺は、はじめは何が起こったのか全くわからずにいた。途方にくれ、外に出てみると…そこには巨大なメカが立っていた。
右手にガトリング、左手にでかい筒を持ったメカが、そこに立っていた。
ACだ。
俺は直感的にそう思った。だが、ついさっき読んだ絵本のACとは、似ても似つかない程離れていた。
これが…AC…?ホースはどこへいった?右手には、作業用のクレーンがあるはずだ。
なのに、あのガトリングのような形をしたあれは一体何だ?
左手には梯子が付いていて、高い所に取り残された人を助けるはずだ。さっきの絵本ではそう書いてあったのに…。
そのACは急に向きを変え、都市へ向かった。どうやら俺には気が付いていないらしい。
だが、都市…?
(・・・!父さんだ!きっと、父さんを殺しに行くんだ。)
俺は察知し、急ぎ都市へと走った。
だが、ACに追いつけるはずが無く、遥か遠くに父の働いている会社のビルが、そのACによって崩れ落ちていく様子が見えた。
「父さーーーーーん!」
俺は感情のままに大声で叫んだ。母の死体を見た時から、俺の目からは涙が流れっぱなしだった。
俺は、もう何をすればいいのか全く分からない状態だった。
・・・・・・・・・・兄だ!まだ、兄がいる!
俺は悲しみに押しつぶされ重くなった体を持ち上げると、兄のいる学校まで走った。
学校までは家から近く、120m程しかなかった。その120mを本気で走り抜き、兄のいる教室まで行こうとした。
だが、一歩校舎内に入ると、事務員に止められ名前や用件等を問われた。
答えずに走って兄の教室まで行こうとしたが、大人と4歳では逃げられるはずが無く、すぐに追いつかれ応接室に連れて行かれた。
「どこから来たんだい?何の用でこの学校に来たのかね?名前は?」
「家から!カラードネイル!に、兄さんを、兄さんを!すぐ!ここに!急いで!殺されちゃう!」
連なる質問に答えようとしたが、気が気では無く、まともな言葉が口から出てこなかった。
じっとしていられず、応接室から出て走って逃げ、兄の教室へと急いだ。
また追いつかれそうになったので、近くにあった花瓶を投げ、破片を踏んで事務員がひるんでいる隙に兄の教室へ向かった。
教室の位置は知っている。授業参観で母と一緒に先週来たばかりだ。
兄の教室にたどり着いた俺は、いきなり扉を勢い良く開けた。
<ガラガラ バン>という扉の音が教室内に響き、教室内の生徒は全員驚いた様子でこちらを見ていた。
兄の席までたどり着くといきなり兄を連れ出そうとした。
だが、兄は状況が分かっておらず、拒んだ。
調度この教室は俺の家とは反対方向に窓が付いており、ACの姿は見えなかったらしく、無理も無い。
俺は説明したがやはり分からなかったらしい。首をかしげている。
「さっきの音聞いたでしょ!?早く!逃げなきゃ!殺されるよ!」
必死に説明したが、爆音を工事の音か何かと思っており、さっきの音と言っても兄は理解してくれなかった。
そうこうしている間に校庭から珍しい物を見たような声が聞こえてきて、やがてそれは絶望的な叫び声に変わった。
   来た!
俺は更に激しく兄を口説いた。
兄も不安そうな顔をし、廊下に出て校庭を見てみた。
そこは、もはや校庭ではなく、死地と化していた。
ACに踏み潰され、無残にちぎれた死体が2クラス分、62体倒れていた。
兄もようやく状況を理解したらしく、クラス全員と共に逃げ出した。
玄関まで来たところで、兄が
「分かれた方がいい。出席番号1番から16番は東、17から31は西へ逃げよう。
こうすれば、確率は低いが…半分は生き残ることができるかもしれない。」
と提案し、クラスの人が半分ずつに分かれて逃げることになった。俺は無論兄の方について行った。
因みに兄は14番なので東へ逃げるグループだった。
確率は2分の1。しかし、2分の1で敵が西へ逃げるグループへ行ったとしても、その後助かる保障は無かった。
奴が動き出すまで、俺たちは校舎の影から奴の動きを伺っていた。
奴が、動き出した。
ブーストを吹かし、もの凄い騒音を立てながら、奴は、西へ逃げるグループへ向かっていった。
「今だ!走れ!ビル群へ入ってしまえば奴は俺たちを見失うはずだ!」
兄が叫んだ。同時に、西から大砲を撃つようなすさまじい爆音が響いた。
西から絶望的な悲鳴が聞こえてきた。
まとまって逃げた他のクラスの生徒は、校庭で無残な死体をさらしていた。
4歳の俺は不意に恐怖感に襲われ、動けなくなった。力が抜けて、そのまま座りこんでしまった。
それに気づいた兄は、他の人を先に行かせ、戻ってきた。
突然、兄の顔がさっきより増して恐怖に包まれた表情になった。
俺が後ろを向くと、奴がこっちへ向かって来ていた。
奴はすぐに俺たちを見つけ、ガトリングを向けた。
奴は容赦なくガトリングを連射した。
その瞬間だった。
兄が俺を突き飛ばし、次の瞬間、兄の体は血まみれだった。
俺は何もかもわからなくなった。
頭の中が真っ白になり、全てが終わった気がした。
目に映る物は、兄の死体と、残りのクラスメイトを襲う奴の姿だけだった。
「僕も殺される!いやだぁいやだ!」
頭の中はそんな気持ちでいっぱいだった。
しかし、殺されなかった。
兄のおかげで茂みに突っ込んだ俺に、奴は気づいていなかった。
俺は、何もかも失い、途方に暮れて町を歩いていた。
そこへ、警察と軍隊が来て、事情聴取をされた。
俺は、何を言われても、
「遅いよ!どうしてもっと早く来なかったんだよ!!」
としか言わなかった。
奴は既に逃げた後で、行方が全く分からなくなっていた。
ある程度落ち着いたところで、俺は警察に事情を話した。
そして、家族を皆殺しにされた事も話した。
すると、警察官は涙でびしょ濡れの俺の顔をぬぐい、署へ連れて行った。
警察署の署長室の前で10分程待たされ、さっきの警察官が出てきて俺にこう言った。
「君を保護施設へ入れる事が決まったよ。そこは、いろんな理由で家族を亡くした人達を保護するところなんだ。」
よく分からなかったが、とりあえず生きていけることは分かった。
一瞬の安心感に包まれたが、憎悪感の方が強く、顔は憎しみに満ちていた。
しばらく間を置いてから、警察官は俺に、一枚の写真を渡した。
先程ファックスで届いたという、奴の機体の写真だった。
赤と黒の迷彩の機体だった。
「こいつが僕のお兄ちゃんを!お母さんを!お父さんを!」
俺の目から涙が溢れ、止まらなかった。
俺は、奴に復讐を誓った。家族を皆殺しにした奴を、許せるはずが無かった。
作者:ねぎとろさん