サイドストーリー

Chapter1:噂のアイツ
【“エアヘッド”再出没か!?】
14月43日未明、作戦行動中のMT部隊が雇用していたACもろとも壊滅する事件が起きた。
残骸は全て極めて高出力なブレードで切り裂かれた痕跡があり、
にも関わらず死亡者が非常に少ないという点から、それ依然の事件の例と照らし合わせ
“エアヘッド”と呼ばれる者の犯行と断定して捜査を進めている。
被害者であるレイヴンは、アリーナでも有数の――――




「……先輩、別に新聞を音読しなくとも貸してくれれば読むんですけど」
「雰囲気だよ雰囲気。ニュースキャスター顔負けだったろ?」

居住区共同食堂。
カレーを口に運びながら、アッシュ(ランクD-4)は“先輩”と向かい合っていた。

「しかし…エアヘッド様、1ヶ月ぶりのご登場ってか。
 お前気を付けろよ?神出鬼没らしいからな。次出るのは明日かも知れんし」
「はあ……まあ、会ったら逃げますよそりゃ。この被害者のレイヴンって確か
 Bランクだったらしいでしょ? そんなん俺が敵うはずありませんて」
「ははっ! まーた自信の無いこったなー」

先輩――クラム(ランクB-1)――は明朗に笑う。

……エアヘッドとは、愚か者、少々下品に言うと言うとイカレ野郎を意味する。
当然と言えば当然かも知れない。
兵器としては非効率極まりないブレードを引っ提げて(あくまで噂の範疇だが)
脈絡も節操も無く作戦中のMTやACに襲いかかるのだからアホとしか言いようがない。

実際のところは、それで今まで一度も負けずに通り魔を続けているという事実と、
それを演出する腕の方を『イカレている』と言うのかも知れないが。

「それはそうと早く勝ち上がって来いよ、アリーナ。
 お前のカンはいいものがあるんだからそれを活かしゃ誰よりも早く上がれると思うぜ」

上位ランカーに言われても実感沸きません。
口から出掛けたその言葉をカレーで押し流し、アッシュは適当に頷いた。

「…グ…ゴクン 人に言ってる場合じゃないでしょ。
 あと一勝すれば晴れてAランクランカーじゃないですか。
 そうなると待遇も随分違ってくると聞きましたよ」

メビウスリング、ゼロ、フォグシャドウ。アリーナの3強である。
アッシュにとってはまるきり雲の上の存在だが、クラムにとってはそう遠くない3人だということを
実感として知っていた。

「……んー。そりゃあまあそうなんだろうけど。ぶっちゃけ別次元だぜ?
 これまでは何とかなったけど手も足も出やしねえ。だから今はこうして………」

クラムが人差し指でアッシュの額を突いた。

「後輩の育成に集中してんじゃねーか」

「………俺はいいですよ。別に強くなりたいと焦ってるわけでもなし。
 のんびりやっていきます、差し当たって貯金からね」

実際、明日も契約した依頼が控えている。
レイヴンという職は例え腕が伴わずともそこいらの労働者の数十倍もの利益を得られるのだ。
…勿論、労働者と比べて数十倍の危険もついてくるのだが。

「ああ、そうか。お前明日仕事か。
 気ィ付けろよー?エアヘッドのエンジンもまだ温まってる頃だろうさ」
「昨日の今日で出るわけないでしょう。それじゃ俺はこれで」

そして食堂を後にする。


……廊下に出ると、カレーの残り香とは一転して鉄錆と機械油の匂いが鼻を刺激した。
食後がこれじゃあやる気も減退する。

(……そうも言ってられない、かな)

アッシュは携帯通信端末の電源をオンにした。
携帯電話と同じようなものだが、性能がまるで異なる。銃弾すら弾くという耐久性からして違う。
そして『1』を押した。コーテックスのオペレーター直通だ。

『はい』
「エマさん? 俺だよ、アッシュ」
『え? ああ、ごめんなさい。慣れてなかったから』

彼女はアッシュの担当補佐だった。名をエマ・シアーズという。
聞くところによると、彼女もオペレーターという職に就いてから日が浅いらしい。

「いいよ。気にしてない。
 …あのさ、明日の仕事、何時何分からだっけ」
『明日の…旧都市区でMTとの戦闘…だったかしら。
 午前1時30分を予定してます』
「ありがとう」

電源をオフ。

深夜か。
エアヘッドが現れたのも、丁度その時間だった。

神出鬼没らしい。ならば或いは。

「…そんなわけないか」

それに対する恐怖や不安と、もしそれを仕留めたら一気に名が売れるという淡い期待があった。
そんなわけがない。
現れるかどうかもわからないのに。例え現れたとして勝てるとはまるで思えない。

「………カンはいいものがある、か」


独り呟き、5階層上の格納庫へと赴いた。
作者:アインさん