サイドストーリー

Chapter2:前哨戦
“ファーマメント”は格納庫の一角に静かに佇んでいた。
中距離での射撃戦を想定したブルーカラーのAC。当座のアッシュの相棒である。

「0時25分…余裕あるな。整備は、まあ、概ねOK」

ハンガー横のリフトを作動させ、コアまで上がっていく。
クレスト社製STOコアの無骨な前面が鼻先まで近付いた辺りで、コックピットブロックを開いた。

シートは硬い。
“アーマード・コア”という兵器の強固さをそのまま表現しているようだ。
あと何度ここに座るのかな。アッシュは小さくそう思いながらそこに体を預けた。

『……ヴン…レイヴン。
 繋がってますか?準備の方は?』

通信機能の電源を入れた矢先に、エマの声が飛び込んできた。
移動含めてだがまだ1時間以上も前だ。自分も早く来すぎたかなと思っていたところだが。

「……エマさん。どれくらい前から通信席に?」
『あっ、いや、えと、30分くらい………ですけど』
「はは」

笑いが漏れた。
どうやら彼女は随分緊張していたらしい。

『え、どうかしたんですか?』
「いや…何でもない。そうだね、俺達まだ経験が浅いんだ。
 頑張るから頑張ろう」
『? ……あ…はい。頑張りましょう!』

お互い、まるで今日が初めてであるかのような挨拶を交わした。
実際その初めてからそれほど経験を積んでいるわけではないが。


――AM.0時30分

「そろそろ移動……かな。
 エマさん、ハッチのオープンと輸送機の要請よろしく」
『わかりました』

ハッチが開き、光が差した。
きたる戦闘に心臓の温度が下がる。…そんな錯覚を覚えた。




――AM.1時27分

少し前まで都市であったその区画は、今や相当な寂れ具合を見せていた。
立ち並ぶ廃ビル、ヒビの割れたコンクリート、瓦礫が転がる高架下。
『管理者』という存在がまだあった頃はここはレイヤード(地下世界をそう呼んだそうだ)
の中心であり、かつてのクレストの本社ビルもあったのだが、地上進出から4年が経過した今は
単なる廃墟と化していた。

「4年…て言ったって、まだ人が居そうなもんだよなあ。
 3大企業の開発力を物語る……ってとこか」

独りごちながらファーマメントを歩行させる。
作戦領域まであと300メートルを切った。

敵勢力はMTの部隊。どういうわけかこの区画に立て籠もっているようで、
そこを管理しているミラージュが連中を撃滅して欲しいとのことだ。
こんな場所残しておいたって得はしないだろうに――それとも、あの本社ビルにまだ何かあるのだろうか。

『レイヴン。作戦開始まであと1分を切りました。
 ACの戦闘モードへの移行を―――』
「わかってる」

考えてたって仕方ない。自分はレイヴンだ。
与えられた依頼を遂行し、破壊しろと言われればするべきは破壊のみ。

ただ少し良心が痛む――それだけで、特に何があるわけでもない。

【メインシステム 戦闘モード起動します】

コアの後部にエネルギーが収束する。
オーバードブーストの超推進で行けば、作戦領域まで2秒とかからない。

「アッシュ、“ファーマメント”。作戦開始…!」


OBのノズルが爆発したように弾け、次の瞬間ファーマメントは時速780キロの加速を以って
都市中心部へ突撃していた。

 「………AC!? ミラージュめ、レイヴンを!」

次の行動は決まっている。
一機目を捕捉した時、それを実行するだけだ。

 「各機散開!
  ACの撃破に専念しろッ!」

左腕エネルギー供給、ロングブレード展開、ダブルロックオン。
部隊の内の一機とすれ違いざまに真一文字に切り払う。

「………一機目ッ」

極力コックピットブロックは外したつもりだが、正確だったろうか?
しかしそれを考えている暇も僅かだった。
周辺に固まっているのは残り3機、それらは砲口を全てこちらに向けている。

一機がロケットを発射した。
砲弾は高速でACに飛来し―――だがしかし、当たることはなかった。
ファーマメントは発射より早くブーストを噴射し上方へ逃れていたのだ。

ロック。
レーザーライフルの銃口を向け、光線を立て続けに3発叩き込む。
両腕と片足を打ち抜かれたMTはその場に倒れ伏した。
機能停止はしていないが少なくとも戦闘続行は不可能だろう。二機目。

 「ち…本隊に連絡を!ブロックのゲートを開けてこちらに来るよう要請しろ!」

「ブロックのゲート……そうか、やっぱり向こうのブロックの本社ビルに用があるんだな」

通信を傍受し、呟く。そして尚も上昇を続け火器慣性システムを切り替える。
ミサイルだ。
味気の無い電子音が響き、それがフルになったところでトリガーを引く。
発射されたミサイルはその弾頭を標的にぶつけんと突撃―――

――MTが動いた。一機は右、一機は左へ。
そうだ、確かこちらの二機はCMT。そもそもが作業用ではない高性能なものだ。

「このくらい…避けるなんて楽ってわけか!くっ!」

空中という不安定な状態から相手の放った弾丸を回避する術はアッシュには無かった。
CMTの放ったレーザーが4発、コア前部を焼く。
しかし、まだまだ活動可能範囲内だ。
ブースト再噴射。但し真上ではなく斜め方向へと軌道を変えた噴射だ。

そして比較的低いビルの屋上へと着地した。

(……あのCMT…“カイノス”だったかな…確かミサイルを持ってた筈だ。
 これだけ離れた位置からなら撃ってくる…多分!)

二機のカイノスを見下ろしたまま、右腕だけを動かしレーザーライフルを向ける。
必要なのは集中力だ。そして忍耐力。
勝負を焦ってこっちから仕掛けたらそれこそ的だ。

彼らは発射を警戒しているのかまだ攻撃してこない。
――集中する。どちらかがミサイルを発射する、その瞬間を見極めるのだ。





来た。

右のマニピュレーターがライフルのトリガーを引き、刹那の直後に亜光速の高密度エネルギー弾が飛んだ。
ミサイルの初速は遅い。エネルギーの塊は、それがまだカイノスから離れきっていない内に打ち抜き――爆発した。

 「ッぐ!?しまっ……!」

極めて至近距離での爆炎と光がカイノス二機のカメラを支配し、怯ませる。
その時には既にファーマメントはビルから飛び降りていた。

ロングブレードの赤い閃きが二閃、走る。


「……本隊は向こうのブロックへ?」
『はい。しかし増援を送ってくる気配が無いというのは…どういうことでしょう?
 向こうに何か重大な目的が?』
「わからない。けど確かめに行くよ」

MTとCMTの残骸を後に、青い巨人はブロックを隔てるゲートへ。
作者:アインさん