サイドストーリー

Chapter4:カンねぇ
死亡者数が極端に少ないというのは、あくまでMT乗りの場合だ。
これまで起こったエアヘッド関連の事件で、レイヴンが生存した前例は無い。
つまり。
それに遭遇したら、レイヴンは例外なく全て死を覚悟しなくてはならないのだ。

レーザーライフル、残存86発。
ミサイル、連動と併せて45発。
左肩の…これは一度もまだ使っていない軽量型グレネードランチャーが、15発。
ブレードは、相手が“アレ”であることを考えると使用に踏み込まない方がいいだろう。

「……?」

不思議だ。
噂のエアヘッドを、そしてその戦闘力の程を実際にこの目で確認して、なお自分は
戦うことを前提にして考えている。何故かと聞かれるとわからない。
今際の際になるとえらく冷静になるとか、事故直後は全てがスローに見えるとか、その類か?
…どちらにせよ。

「幸か、不幸かとすると…不幸なんだろうな…」

銀のACが、仄かに蒼白く光ったような気がした。
そして何か空気が振動したような感覚。


「…………なッ!!?」

次の瞬間。
自機から数メートル、銀のACはその距離まで一瞬で移動していた。
それがSTOコアを遥かに上回る出力のOBによるものだと気付いたのは、その接近を許してから2秒ほど後だった。

その間に“銀色”の左腕部パーツが、先端から炎をそのまま連想させるようなエネルギーを発生させる。
それは瞬く間にブレードの形を形成し光の軌跡を描いて――

「くっ、まずいッ!!」

ロングブレードを盾代わりにし、急速後退するファーマメント。
密度の高いレーザー同士が衝突する音が響き、半ば弾き飛ばされるように間合いから離脱する。
少し安堵するが、アッシュのその小さな安心はそれを上回る驚愕によってかき消された。

アッシュのブレードの中程―丁度相手のブレードと切り結んだ位置―から先のエネルギーが、
縮れた糸のように雲散していたのだ。
エネルギーブレードの収束率は安価なものでも普通のレーザーの倍以上に及ぶ。
それを更に打ち消す、あの“銀色”の焔のようなそれ。

――冗談じゃないぞ、あんなもんが直撃したら!

アッシュの背から頭にかけて戦慄が走る。同時に、納得もした。
成る程、あれに斬られたら焼け焦げるに決まってるよな。
しかし悠長に考えている隙に“銀色”はブーストを噴かし尚も接近してきた。
見たところでは中量二脚。だが外装を最低限のものにしてあり、機動力ですらそこらの
軽量級を凌駕すると考えられた。

「誰が…近付かせるかよッ!」

右腕を持ち上げ、即座にレーザーを発射。
この距離だ、外す道理も無い。ダメージはなくともせめて牽制になれば――

外した。
右腕を持ち上げるより早く“銀色”は直線から斜めへと進路を変えていたのだ。
反応する間も無く、今度は火花と破壊音を伴って焔が軌跡を描く。
ライフルを持った右腕が落ちた。

「主兵装が……く!」

残る火器はグレネードとミサイル。グレネードを構える暇は与えてくれないだろうし、
奴ならミサイルのロックが終了する前に自機を斬り飛ばすだろうと確信していた。
だからこそ右手のレーザーだけは失うわけにはいかなかった。だが。
勝機は(そもそも殆ど無かっただろうが)ぐんと落ちた。
逃げるか?作戦領域から?いや間に合わない。OBとブースターの出力、双方
奴の方が1段上。それに領域から脱したとしても奴には全然関係無いだろう。
万一に一度振り切ったとしても、輸送機の到着まで待つ余裕は無い。

戦うしかないのだ。

ブースト。上方へ逃れ、同時にコア後部のハッチを開く。チャージ。
FCSを切り替え、レーダーとカメラのみで“銀色”を確認する。
“銀色”が飛翔した。その左腕に炎を纏って――来る!!

「間に……合えっ!」

既にOBのチャージは完了していた。
強い衝撃とGがアッシュを襲い、ファーマメントが超高速で退避する。
“銀色”の自重は恐らく軽い。鼻先でOBの発動を叩き込めれば衝撃で動きを封じることが出来るだろう。
果たして、それは成功した。
そのままOBを切り余剰推力でビルの向こう側へ隠れる形で飛び込む。
……これで撒けるとは思っちゃいない。せめて数秒時間を稼げれば。

ビルを挟んで見えたレーダーの光点が動く。こちらの位置はばれているだろう。
だがあちらの攻撃手段はブレード。近付く必要があるのだ。
――来る。来る。近付いて。ビルを飛び越え。上から。

“銀色”の影が飛び出した時、ファーマメントは“膝立ち”の体勢になっていた。

「…時間は稼げた…構える時間がッ!!」

グレネードランチャー。軽量型とは言え、その威力は折り紙付きだ。
直撃させれば、勝てる。
“銀色”を手早くロックし、相手に圧倒的な損壊と熱量を与えるその榴弾を発射せんと。
アッシュは、トリガーを引いた。

爆音が響きコックピットのシートが軽く振動する。
しかし放たれたそれは“銀色”の右肩を掠め、遥か後方で爆発する程度に至った。
機体の推進を僅かにずらし直撃を避けたのだ。
エアヘッドの反応速度を甘く見ていた。アッシュは歯噛みする。
狙うとしたら次はどこだ?左を斬って戦闘力を無くすか?
いや、コアを狙うだろう。右腕がガラ空きだ、それこそそこから斬り込んで下さいと言っているようなもの。
ならばそこから反撃する手段を見つけなければならない。着地する“銀色”を見て考える時間は無いと知る。

“銀色”が蒼白いブーストを噴射させ高速で迫ってくる。
まだ膝立ちであるこちらが体勢を整える前にやれる、と判断したのだろう。
そして今から撃ったとしても奴は難なく避けるだろうし、かえってこちらが反動で動けなくなる。

いいだろう、やってやる。上等じゃないか。

アッシュはグレネードのトリガーに手をかけ―――しかし“真下”に榴弾を放つ。
爆音。振動。熱気。直下で弾けたグレネードの爆風をまともに受け、ファーマメントが上方に吹き飛んだ。

「ぐうぅッ!!」

しかし、これでいい。
こちらなど軽く凌駕するであろう機動力の“銀色”は、ちょうど正確にブレードで叩き斬ったところだ。

――“つい数秒前までファーマメントが座っていた空間”を。

爆風の直撃は痛かったが、それにより吹き飛んでブレードをかわせるのなら軽いものだ。
アッシュはそう判断し、見事それが成功した。ならば後は。

「エアヘッド……!貰ったッ!」

ロングブレードを再び展開。出力こそ劣るが、直撃させれば充分な有効打になる。
加えて相手はブレードを振った直後だ。体勢を立て直すには数秒かかる。

そして落下と同時に、真下の“銀色”目掛けブレードを振り下ろす。


被弾のアラートが最初にそれを認識し、アッシュに知らせた。
彼はというと、いきなり機体が挙動を一瞬止めた事に唖然としていたのだ。
コア前部にロケットがめり込んでいたことなど知る由も無かった。
ファーマメントはブレードを振り抜くことなく着地し、アッシュはその時やっと状況を理解した。

即ち、その恐るべき反応で素早く上を向き、ブレードが当たる前にロケットを叩き込んだのだということを。
作者:アインさん