Chapter6:人の気も知らないで
「エア…ヘッド。…あんたが?」
『まあそう言われてるんじゃねーの。れっきとした名前はあるんだが。
とりあえずモニタに画像送るぜ』
ACのモニタに“エアヘッド”の顔が映し出される。
それは自分と同年代程度の、違ったとしてもたった1つ2つ程度の青年だった。
「………ッ」
ショックだった。世間を騒がす存在の素顔を初めて(恐らく)生きて拝んだという事もあるが、
同年代でこれほど差を付けられていたその事実に。
『なんだその顔。もっとこう、歴戦の勇士みたいなゴツい顔でも期待してたのか?』
「………いや…」
いや。アッシュにとってそれより何より腑に落ちないことがあった。
何故、生かしたのか?そして何故わざわざ素顔を晒したのか?
「…あんたは『それで、だ』
声が重なる。憮然とした顔で続きを待つアッシュ。
『お前に……“依頼”を申し込みたい』
相手の言っていることが一瞬理解出来なかった。ここに来てからというもの、驚かされっぱなしだ。
「…………依頼!?」
『ああ。で、まあ、内容は単純。暫く俺と組んで“探し物”をして貰いたい。
それについての情報はお前が受けた後で話す。んで報酬は』
数字がモニタに転送される。ゼロが1、2、3………
「ごひゃくまん」
既にアッシュの感情を司る大脳辺縁系は最終戦争が勃発したかのように混乱していたのだが、これで更に掻き乱された。
五百万コーム。考えたこともない天文学的数字だ。トップランクのレイヴンの資産ぐらいあるんじゃないか?
こいつは正気か?いや、正気じゃないからエアヘッドと呼ばれたのか。
わけがわからない。絶対にこれは裏がある。そもそも何でこんな弱小レイヴンにそれを頼むのか。
「あっ、あんたは、ちょ…あんたは何で、俺に、それを頼むんだ?
この間のレイヴンはBランカーだったそうじゃないか、なっ、何で俺なんかに」
声が上擦っていた。相手から見れば相当マヌケな顔が映っただろう。
だがアッシュのこの混乱も無理は無いのだ。立て続けのアクシデントに加え、このふざけた報酬額。
冷静でいられる方がどうかしている。
『それに関してか……まあ、教えてもいいかな』
そうだ納得がいかない。この理由を聞かないとイエスノー以前の問題だ。
『お前が、“人間”だったからだ。
そしてこのホールゲイルに掠ってでも被弾させた“人間”はお前が初めてだったからな』
はっきりと、エアヘッドはそう言った。これまた虚を衝かれるアッシュ。
「人……間?」
『ああ、理由はこれだけだ。それで返事は?』
エアヘッドが返事を促す。
普通なら。
普通ならこんな怪しい依頼を受ける道理など存在しない。それは確かに破格の報酬だが、情報の大部分が
暗闇に包まれたままの依頼など誰が受けようか。それも依頼主は“あの”エアヘッドだ。
アッシュも多分に漏れずそう思っていた。
――しかし。
先程の“理由”。それを言った時のエアヘッドの目は、モニタ越しでもわかるほどの強靱な“意志”を秘めていた。
アッシュの与り知る事では無いが、丁度彼自身がレイヴンになった理由を語った時にエマが感じたそれに負けないほどの。
恐らくは、それに惹かれたのだろうか。
「……OK、引き受けるよ。エマさんには後で説明しておく」
『よしッ!エマさんてのはお前のオペレーターか?それなら詳しい話はそいつも一緒にいるときにしよう。
明日20時、この場所で落ち合おう』
モニタに地図が表示される。
つまりこれを送信してプリントアウトしろということなのだろう。
『というわけで忘れんなよッ!』
嵐のように去っていくエアヘッドと“銀色”……いやホールゲイルと言ったろうか。
とにかく、このままでは帰還出来ない。エマに通信して、輸送機の要請だ。
回線をオペレーターに通した時、まず最初に飛び込んできたのは泣き声だった。
「……………………何事?」
『だっ、だっ、だって、返事が来なかったから……
もう…て、手遅れっ、なんじゃ、ないか……、って、うっ』
「…ああ、その。ごめん。その点に関しては俺が悪かった。だからもう涙を拭いてさ…」
真っ赤な顔でしゃくり上げるエマをなだめるアッシュ。
こんな経験をしたレイヴンなど殆どいないだろうから、ある意味貴重だったのかも知れないが。
『……う、くっ……けど良かった……』
オペレーターは全員こんな感じなんだろうか?という考えはすぐに振り払った。
きっと彼女はこういう状況に慣れていないのだ。慣れていない内にいきなりパートナーが死にそうなどという
事態に陥ったらそりゃパニックになって泣き出すのも無理はない。自らにそう言い聞かせた。
「それでその………エマさん。輸送機とあとミラージュへ報告を…」
『はい、輸送機の方は了解しました………でも……』
口ごもるエマ。
「でも?」
『ミラージュにはもう失敗報告をしているから、報酬の方は恐らく……』
悪戯がばれた子供のように、うつむき加減で答える。
…………。
「……あはははははははははははははは」
もう何だってどんと来いだ、畜生。
作者:アインさん
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