サイドストーリー

序章「其ノ微笑ミハ誰ガ為 〜White Violet〜

白い花。
とても、かわいらしい花。
二人で散歩している時に見つけた。
彼は呟くように、こう言った。
「驚いた。戦争でここまで荒れたのに、普通に花が咲いてる」
それが何の花か尋ねると、
「スミレだ」
と、彼は教えてくれた。
「物知りだね」
と、言うと、
「花は好きだからな。というか、専門だ」
と、少し照れくさそうに言った。
それから、
「女みたいで、ちょっとヘンだけど、な」
とも、言った。
それからしばらく二人で、白いスミレを眺めていた。
「私、この花好きだな。かわいい」
そしたら急に彼は、私の顔を見た。
「お前、誕生日1月の6日だよな?」
「うん、そうだけど・・・それがどうかした?」
「いや・・・それだけだ。気にするな」
本当は、凄くうれしかった。
だって、彼が私の誕生日を覚えていてくれたから。
でも、まさか。
こんなにも荒れた大地で、たまたま見つけた白いスミレ。
それが、私の誕生花だった、なんて。
彼が私の誕生日にプレゼントしてくれるなんて、そんなこと。
夢にも、思わなかったけれど。
何も無かった私の部屋は、その年の誕生日からスミレで一杯になった。
ちゃんと肥料をあげた。
部屋の温度を調節してあげた。
そしたら、年中ずっと花をつけてくれた。
私の部屋は、スミレの匂いでいつも満たされていた。
次の年。
彼はピンクのスミレをくれた。
厳密には、ピンクのスミレの方が正しいらしい。
でも、どっちが正しいかなんて、関係なかった。
だって、彼からのプレゼントだから。
だから、すぐにピンクも好きになった。
「来年も、欲しけりゃまたやるよ」
彼は、やっぱり照れくさそうに、そう言ってくれた。
でも・・・。
その「来年」は、来なかった。


戦争で、世界は荒廃していた。
それは、私達が生まれる前から続いていた。
ほとんどの兵器が、科学の力で無効化されてしまったせいだ。
大洋を挟んで放たれる核ミサイル。
衛星から撃ち下ろされる大口径のレーザー砲。
全部、無効化されていた。
でもそれは、いいことじゃない。
絶対に使っちゃいけない兵器。
だからこそ、それは逆に抑止力になってきた。
それが、なくなってしまった。
最悪の兵器が、無効化されているくらいだから。
他の兵器だって、ほとんど意味がなくなってしまっていた。
どれだけ攻撃しても、お互いに防ぎあってしまう。
そして、少しずつ疲弊してゆく。
よく、言うでしょ?
平和の象徴である、ハト。
もしそのハトが争ったら、鋭利な爪を持たないが故に、長く悲惨な戦いになるって。
だからヒトは、新しい兵器を創った。
鋭利な爪を。
戦争を、早く終わらせようとして。
硬くて、速くて、どこでも、何とでも、いつまでも戦える兵器。
アーマード・コア。
私は、嫌いだった。
「アレ、なんだか怖いよ」
私は遠くで聞こえる砲声を聞きながら、本気で震えていたと思う。
そして、泣いていた。
凄く、怖かったから。
何もかも、奪っていくような気がして。
彼は苦笑いを浮かべながら言った。
「あんなもん、乗りたくはねぇな。でも、もし」
顔を背けて、
「お前が危なくなったらな」
「えっ?」
「どうしようもなくなったら」
彼は、ちょっと顔を赤らめながら、言ってくれた。
「その時は、俺がアレに乗ってでも守ってやるよ」
そっと手を、握ってくれた。
「約束する。なっ?だから泣くなって」
「うんっ」
彼は物凄く恥ずかしいことを、本当にしてくれる人だった。
そして彼は、本当にパイロットになってしまった。
私のいた「施設」のすぐ近くまで、アレの部隊が押し寄せたから。
きっと彼は、天才だったんだと思う。
大して性能の高くないアレで、何十機もアレを壊した。
そうやって、私を守ってくれた。
でも彼が、他の誰かの機体を守ってアレに傷つけられた時。
それで瀕死の重傷を、負ったと知った時。
私は世界中のアレと、そのパイロットを、どれだけ憎んだか。
私は、私のいた「施設」の人たちに頼んだ。
「彼を、ジンを治してっ」
収容された彼を見て、無理なことだと、思った。
だって、その時の彼の体は、とても小さかったから。
腕も、脚もない。
ほとんど血の抜けた体と、そこだけ綺麗な顔が残っていただけだったから。
でも「施設」の人達は、こう言った。
「わかった。ただし条件がある」
「何でもいいから、早くっ」
私が、「実験体」になること。
そして彼に、少しだけ協力してもらうこと。
それが、条件だった。
考える必要なんて、なかった。
彼が、生きていてくれるなら。


戦争は、終わった。
片方の大国が、もう片方の大国を、焦土に変えて。
アーマード・コアが、全てを破壊して。


地球はもう、緑の星ではなくなっていた。
そしてヒトは、それを癒す術を知らなかった。
だから、人工知能を創った。
人類の歴史を、可能な限り全て詰め込んだAIを。
ありとあらゆる機関を、全て接続したAIを。
『地球を、元の緑の星に』
その、願いのために。
でも科学者は、気付かなかった。
その願いに、絶対に欠けてはならない要素が欠けていることに。
『KILL YOU ALL』
即ち「人類の生存を前提として」という要素を。
AIは、ヒトの「排除」を始めた。
地球を緑の星に戻すために、最も大きな障害となる、ヒトを。
ありとあらゆる兵器が、自動的に生成された。
爆薬を搭載した、小型飛行兵器。
多種多様な火器を持つ、汎用中型飛行兵器。
圧倒的な火力の、大型機動兵器。
そして、アーマード・コア。
対抗する手段は、何もなかった。
だからヒトは、地下に逃げた。
いつか地上に緑が戻って、AIがその役目を終える時まで。


ジン、ごめんね。
私達、間に合わなかった。
逃げ、られなかったよ。
ここはもうすぐ、壊れると思う。
だけど、あなたは私が守ってみせる。
あなただけは。
そのために、私は「コレ」になったのだから。
あなたは、私を守ってくれたから。
今度は私が。
あなたを。
絶対に、守ります。
だから、ねぇ、ジン。
『聞こえて、いますか?』
いつかあなたが眼を覚まして、その時私のことを覚えていてくれたなら。
『笑って、下さいね?』




・・・befor NEXUS




あぁ、聞こえてる。
早く起きないとな。
どうせ、また泣いてるんだろ?
俺しか、いないからな。
お前の涙を拭ってやるような、奇特な人間。
俺以外、どこにもいないんだから。
なぁ、そうだろ?
だから―――
作者:クロービスさん