サイドストーリー

Chapter7-a:追う者達の場合
赤字だ。

アッシュはまだ貧乏な方で、金のやり繰りを間違えまいと毎月マメに家計簿を付けていた。
手帳に計算機をくっつけたようなその端末がつまり、マイナスを示す赤い数字を映し出していたのだ。
機体修理費、弾薬費。報酬が下りないと減るしかない。
特に切り落とされた右腕と頭部は接合部がブレードに当てられ半融解しており、こうなってしまってはもう
買い換えるしか無いと整備班長のオヤジさんが言っていた。
それにレーザーライフルやミサイルはともかくグレネードの弾薬費はやたらと高い。
それらの金を全て引くと残りが………

「…………赤いなぁ…」

逆さまにしても、回してみても、一回電源を切ってまた計算し直してみても、赤かった。

次いで頭に浮かぶ500万という数字。
依頼の報酬としては破格すぎる。一生涯遊んで暮らせるだけの額だ。
どこからそれを得たのかというのと、そんな金を注ぎ込む“依頼”とはどんなものなのかという疑問があった。
“明日”――つまり日付にして今日20時、第八居住区27ブロックのA-15。
今が16時だから四時間後という事になる。
こういう話は、オペレーターも通しておくべきだろうか?
依頼の承諾はレイヴンの自由だと聞いたが、これほど大きな報酬が絡んでくるとそうも言えないかも知れない。

とりあえず話はしておこう。いつもの通信端末を取り出し、コーテックスへアクセスした。

『はい、コーテックス通信部……あ…』
「や」

モニタにパートナーの顔が映し出される。
つい昨日眼前で派手にしゃくり上げてたのが恥ずかしいのかどうか、エマは少し赤面しているように見えた。

『どうかしたんですか?依頼はこれといって入ってませんが…』
「ああいや違う、そうじゃなくてさ。いきなりで凄い悪いけど今晩ヒマ?」
『はい?』

聞き返された。
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「だから、今晩ヒマかなって。仕事ないならヒマじゃないかなと思ったんだけど」

慌てて別のモニタを(予定表でも書いてあるのだろうか)見るエマ。そして。

『ええ…はい。今日から明後日にかけては特に何も』
「良かった。なら今晩の20時さ、ちょっと話があるんだ。
 結構大事な話になりそうなんだけど……いいかな?」

我ながら脈絡もクソも無かったな、と小さく思った。
そういう浮ついた話ではないにせよ、その手の経験ゼロなアッシュにとって小粋に女性を誘うなどという
テクニックは無かった。エマも、豆鉄砲の二発目を喰らっていた。

『話…ですか?通信じゃ駄目なんですか?』
「いや、直接顔を合わせて話したい。連絡とかそういうのじゃないからさ今回」

その上話術も無い。相手も何が何だかわからなくて混乱してることだろう。
妙に申し訳ない気分になって、早いところ少し変則的な依頼の話であることを伝えようと思ったが――
どの辺で見解の相違が生まれたのか、エマの顔は先程より赤くなっていた。

『駄目です! あっいや、でも、別にそういう話が駄目ってわけじゃないんですが!
 なんて言うかその、いきなり過ぎるって言うのかですね、ちょっと、あの!』

「………エマさん?」

三発目の豆鉄砲は自分に命中した。
それからしっかり説明して誤解を解くのに、たっぷり30分は要した。


辿り着いた先には小さな居酒屋。
店の前の電灯が今にも死にそうな光を吐き出し、通路を弱々しく照らしている。
確認してみると、第八居住区27ブロックA-15は確かにここだ。

「未成年なんだけどなぁ……俺」
「ここにその依頼主がいるんですか?」

エマが問う。
そういえばこの人はハタチだったから大丈夫かな、等とどうでもいい事を考えていたアッシュだが。

「ああ…まあ、そうらしい。とにかく入ろう」

自動扉を開け、中に入る。
目的の人物はすぐに見つかった。客が極端に少なかったからすぐ目に付いたのだ。

「ん?ああ来たな。おーいこっちだこっちー」

手を挙げて誘導する若者。
これが世間を騒がせている“エアヘッド”だと思うと違和感をぬぐえないが、
逆に言うとイメージだけ先行させるとなるほど誰も彼をそうは思わない。

「彼だ。行こう」

席に進みかけると、エアヘッドの横に女性が一人座っているのが見えた。
知り合いかな、と見当を付ける。美人だ。

とにかく座り、口を開く。

「……ええと、あんたの名前は…」
「ああ、名前な。まああだ名じゃ呼びにくいしな。
 コーテックスとやらには所属してないからいわゆるレイヴンネームってもんはねェ」

エアヘッドの本名か、と少し思った。
自分は自分が思っているよりとんでもない状況に置かれてるんじゃないだろうか?

手にしていたコップを置く若者。

「“バティ”。呼び名に関しちゃこれだけ覚えてくれればいい」
「………。それ偽名?」
「さァねぇ。まあエアヘッドとかいうのよりマシだろ?」

飄々と返された。まあ、いいだろう。

「じゃあ次は俺…かな。俺はアッシュ=イファルジェンス。レイヴンネームも特には無いよ」

「………あ、私はエマ=シアーズと言います。エマと呼んで頂いて結構です」

思い出したようにエマも自己紹介をする。
そして、エアヘッド――改め、バティの隣に静かに座っている女性に目を遣る。
女性もその視線に気付いたらしく、にっこり笑って口を開いた。

「私は……レインです。レイン=マイヤーズ。
 よろしくね、エマちゃんとアッシュ君」

――隣でエマが目を見開くのをアッシュは認識した。

「……れ…れ、れれれれれれれれれれれれれれれれ
 レイン=マイヤーズッッ!!?」

直後、素っ頓狂な声が店中を叩く。
すぐに口を押さえ顔を赤くするエマだが、その目は未だ驚愕に見開かれていた。

「………ええと、エマさん知ってるの?」

「し、し、知ってるも何もッ……!
 4年前、“管理者”を破壊したっていうあのレイヴンの………!!」

4年前、まだ地下世界に人々が居たころ、“管理者”を破壊し地上を開放したレイヴンがいた。
そのレイヴンはそれきり行方不明だがまだ“伝説”として語り継がれ―――

確か、そのレイヴンの担当をしていて、レイヴンが行方をくらますのとほぼ同時期に
コーテックスを離れたオペレーターが―――名前を―――

「………れれれれれれれれれれれれれれれれれれれれれれれレイン=マイヤーズッッ!!!?」

先程のエマのように驚き先程のエマのように慌てて口を押さえるアッシュ。
レインは困ったように笑い、バティはただ肩を竦めている。

「……だから本名はやめといた方がいいっつったんだ」
「嘘、嫌いですから…」

「あ、あのっ!」

エマが身を乗り出した。

「私実はレインさんに憧れてまして!あの人みたいになれたらいいなぁとか思ってて
 だからコーテックスでこの仕事に就いたんです! ま、まさか、お会いできるなんて…!
 こここ光栄です!もしよろしければその、あ、あく、握手を……!!」
「エマさん!落ち着いてエマさん!
 あのすいませんこういう状況に慣れてなくてなんて言ったらいいかその全然全くわからないんですけど
 ももももしよろしければしゃッ、しゃッ、写真を!!」

「OK落ち着け」

2人の顔面にバティが放つお冷やの攻撃がヒットした。

「「ぶッ!!」」



「………それで……ええと、バティがレインさんと一緒にいるのは、
 今から話す依頼に関して協力しあってるから……と?」

顔を拭きながら先程聞いた話を反芻するアッシュ。
エマはその隣で羞恥からか真っ赤になって俯き、上目遣いにバティを見つめている。

「そうだ。……ん?何その目?
 念押しとくが俺はその管理者を破壊したっつうレイヴンじゃねえからな。4年前なら俺はまだ15だッつうの」

エマが慌てて顔を伏せた。

「ああ、それはまあわかる……それで本題に入って欲しい。
 あんたのその依頼ってのは何だ?報酬の額が…いや高ければそれに越したことはないんだけど……」

「ふむ」

息を付き、持っていたコップをテーブルに置くバティ。

「“プラス”。ってのを、知ってるか」

そして静かにそう言う。聞き覚えのある単語だ。
先輩――クラムが話のネタとして教えてくれたのを覚えている。

「……人間を……人間をACの部品として強化改造することで、
 ACの性能を飛躍的に上げる技術の事か?
 確か、管理者が残したデータの中に入ってたっていう……」

地上へと進出すると同時に、人間は管理者が機密としていた多くのデータを得た。
その中に含まれていた情報―――それがプラス。

「OK、わかってんじゃねぇか。そうだ、要するに改造人間を創り出すものってわけだ。
 パイロットの安全さえ無視すればACはお前が想像してる以上に強化出来る。
 ジェネレーター、バランサー、冷却機能、ブレードへのエネルギー供給。
 但し――それは非人道的な手段ということで弾圧されて今じゃもうスッカリ無くなっちまってる」

実際、成功率も極めて低かったらしい。
手術での死亡率は70%を越え、例え生き残ったとしても精神にどこか異常をきたす。

「しかし、だ」

それがどうしたのか、とアッシュが言いかけたところでバティが話を再開した。

「……企業はミラージュとクレストとキサラギだけじゃあない。他にも無数の中小企業があるんだ。
 その中…多くの他企業に紛れて研究を続ける機関があった。プラスの技術だ」

そしてメモ帳のページを破り取った紙を一枚取り出し、アッシュ達に見せるバティ。
そこには、まるで人の脳を思わせるようなロゴがスケッチで描かれてあった。

「“ヘイノス”。それがこの企業の名前だ。
 俺と協力して連中を叩き潰す。それが、お前への依頼だよ」

思わず唾を飲むアッシュ。
中小とは言え、一つの企業を消滅させる――それは、アッシュにとっては計り知れない事だった。
しかし後戻りは出来ないだろう。話を聞くとそんな気がした。

「なら…一つ聞かせてくれ。レインさんも。あんたたち、何でそんな事をすると決めたんだ?
 小さくったって企業だ、わざわざそれに立ち向かうなんて」

レインとバティが目を見合わせる。
口を開いたのはレインだった。

「……それについては、おいおい話します。
 行動を続けていればいずれわかると思うから……。ね?」

やはり腑に落ちない。
いや、それは最初からそうだったが。報酬額とか、バティの行動の理由とか―――


「それ店員もう一人余ってるかい?」

背後から、四人のうち誰でもない声が聞こえた。そして、四人のうち誰も知らない声。
――いや、一人だけその声に耳慣れている者がいた。

その一人、アッシュが、心底意外そうな顔で振り返る。

「………先………輩…!?」

「よ」

クラムが立っていた。こんな場末の酒場で、たった一人。

「な、何やってんすか先輩!?こんなとこで……!」
「ん?ああ、たまたまお前とエマちゃんが歩いてんの見たからさー。
 ひょっとしたらデートかな?とか思いながらあと尾けてたんだけど」

相変わらずこの先輩は何を考えてるかわからない。

「尾けてたって…マジですか!?それじゃあ今の話も………!!」
「聞いてたぜ、全部。………よォ。おめーがエアヘッドさんか?」

クラムに答えるように立ち上がるバティ。

「………俺がどーなのかってのはどうでもいいんだ。
 この際だから聞こう。あんた、腕はいい方か?」

しかし答えるのはクラムではなく、バティの後ろのレインだった。

「……クラム=ジーニス。搭乗AC“カタラクト”―――
 現在アリーナでのランクはBの1。全体のランクではベスト4」

言い終えてにこりと笑うレイン。

「確かこれで間違いありませんよね?」

対してクラムも満足そうに笑った。

「いいねェ、話が早いのはナイスな事だぜお姉ちゃん。
 それでこのアリーナの順位じゃ不服か?」

「へェ。OK、強い奴がいるならそれに越したことはねぇ。
 よろしく頼むぜ“先輩”」

肩を竦めるバティ。そして、軽い握手をする二人。
アッシュとエマはその話の流れの早さにただ呆然とするばかりであった。

「よォし、それじゃあ話も決まったとこで………。おっちゃーん! とりあえず生中五杯ねー!!」
「えェッ!?俺まだ未成年だよ!?」

戸惑うアッシュを見てバティはニヤリと笑う。

「無礼講だよ無礼講。新たなお仲間が出来た記念に、だ!
 俺も未成年なんだから心配すんなって!」
「お、なかなかノリがいいなお前。お兄さん期待しちゃうぞー」
「先輩ッ!!」
「あら、お酒なんて久しぶりです。エマちゃんは大丈夫?」
「え、私ですか!?わ、私はその………大丈夫ですっ!」

程なくして、テーブルにビールが五杯運ばれてきた。

「来た来た。それじゃ新たな仲間達に……カンパーイッ!!」

「………か………かんぱ〜い……」

夜は、慌ただしく過ぎていった。
作者:アインさん