俺がウェンズデイ機関の専属になって半年･･･
駆り出される任務といえば、「企業部隊の排除」や「新技術のテスト」といったつまらないものばかり。

面倒は嫌いだが、これではあまりに手応えが無さ過ぎる･･･
最近では任務に物足りなさを感じるようになっていた。

そのため、いつもなら依頼主に関して、余計な詮索はしないのだが、･･･まぁ、俺を暇にさせたのが悪い。
奴等が極秘裏に進めている「AI技術に関する研究」というのにも、興味が無いわけではなかったからな。


―俺はウェンズデイ機関のデータに侵入することにした。


既に[施設マップデータの採取]や[偽造セキュリティカードの作成]などの下準備はすべて終わっている。
後はタイミングを待つだけだ。

俺は計画を実行する前に仮眠をとっておくことにした。


今夜は、長くなりそうだからな･･･




･･･暫くして、人の気配が消えたのを確認し起き上がる。

「･･･そろそろ頃合いだな。」

昼間の内にくすねておいた白衣を身にまとい、護身用のアーミーナイフを忍ばせる。
偽造したカードと愛用の端末を持ち、誰にも見つからないように部屋を出る。

―AM：0245

･･･侵入開始。

薄暗くなった通路を、監視カメラの死角を通りながら[居住棟]から[管理研究棟]へ。
ゲートロックに偽造セキュリティカードを通し、パスコードを入力。

「**********」

･･･解除確認。

行けるようだ。
我ながら見事な出来というわけだな。

初めて入る[管理研究棟]。
内部はまだ照明が付いているな。･･･研究員も若干残っているようだ。
しかしまぁ、堂々としていればすれ違っても問題はないはず。
研究員など、所詮自分たちの研究以外には大して注意を払っていないものだ･･･
今の俺は[レベル5]のセキュリティ権限を持ったスティンガー博士にしか見えないだろう･･･


確か、データバンクは最下層だったな･･･一通り歩き回った後、採取したマップを思い出しながらエレベーターに乗り込む。
そこで端末を開き、目標の位置を再確認しておく。

迷ってウロウロするわけには行かないからな。
　・
　・
　・
エレベーターが止まり扉が開くと、そこは先程の階層とは対照的に薄暗かった。
光といえば、所々ラボのガラス窓からコンピュータの明かりがぼうっと漏れているくらいだ。



コツコツと靴音を響かせながら薄暗がりの中を歩くスティンガー博士･･･
不敵な笑みを浮かべながら、その瞳はウェンズデイ機関の「闇」へと向けられていた。


施設最奥部の扉の前で止まる。

―ここか･･･

ゲートロックにカードを通し、パスコードを入力。

「**********」

･･･解除確認。


扉が開く･･･
薄暗い部屋の中、目の前に広がる青白い光･･･データにアクセスするための端末が規則正しく並んでいた･･･

その内のひとつを操作し、俺はデータにアクセスする。

「さて、何が出るかな･･･？」

馴れた手つきでコンソールを叩き、
AIに関する研究資料や新型パーツの情報などを読み漁る･･･

こうしてみると企業の機密情報、特にACパーツに関するものが多いな。
どうやら、このウェンズデイ機関というのは企業間の勢力争いにも一枚かんでいる様だ･･･

ここまで複数の企業と繋がっているんだ･･･研究資料の襲撃も多いわけだ･･･


データを読み進むうちに、ひとつの名簿が目に入った･･･

「何だ、このリストは？」

100人を超える男女の名前。
名前の横には、何やらコードネームらしき文字列。

上から順に流し見ていく･･･

「･･･ん？」

ひとつの名前が目に付いた。正確にはコードネームのほうだが･･･

「[スカルブック]･･･どこかで聞いた覚えがあるな。･･･どこだったか･･･？」


暫く考え、はっとする。

「思い出した。こいつは、俺が撃破したレイヴンだ･･･」

そう、俺がこの機関の専属になるためのテストに使われた男だ。

ならば･･･

「やはり、[魂塊]。こいつもいる。」

よく見ると、このリストに掲載されている名前は、そのほとんどがレイヴンであり、
しかもここ最近、行方不明や死亡扱いになった奴ばかりだった。

「･･･どういうことだ？」

―このリスト関連の資料をさらに読み進む。


そこに現れたのは、一つの文字列･･･



P R O J E C T P H A N T A S M A



「Phantasma･･･ファンタズマ計画･･･何だ？」

アクセスを試みる･･･が、エラー。

[レベル5]でもアクセス権限が無いとは･･･余程重要な計画なのだろう･･･
さしずめ、この機関の真の目的とでもいうのだろうな･･･


だが、ここまで来てこのスティンガー博士が退くとでも思ったら大間違いだ。

「今まで政府関係の依頼のみをこなしてきた俺が、この程度のブロックを破れない訳が無い！」

と、コンソールに手をかけたその時だ―

「―そこまでにしておいてもらおうか･･･スティンガー博士？」

聞きなれた声。
背後で銃を構える気配･･･しまった･･･

背中越しに、あの黒服が俺に銃を向けていた･･･

いくらデータ漁りに熱中していたとはいえ、普通ならばここまで接近される前に気が付くはず･･･この男、只者じゃない･･･

「少々、おいたが過ぎたようだな･･･スティンガー。」

黒服が冷ややかに続ける
「昼間、一度警告しておいた筈だが･･･君は面倒が嫌いなんじゃなかったかな？」

昼間･･･演習の時か。
「･･･やはり、気が付いていたんだな。」

「勿論。私が姿を見せれば、警戒して実行に移さないと思ったんだが･･･甘かったようだ。」

どうやら、そこらの頭でっかちな幹部とは一味も二味も違うようだ。

いや、今はそんなことよりも、この状況をどうするかだ･･･
認めたくは無いが･･･ピンチというやつだからな。


「さて、どうする？」
黒服が問う。

こうなれば、やるしかないか･･･

撃たれてからでは遅い･･･先手必勝だ。

俺は右回転で振り返りざま、動きを白衣で隠しながら左手のスナップのみでナイフを３本投げつける。
この至近距離だ。並の人間なら反応する前にあの世へ逝くだろう･･･

しかし、黒服は銃で３本全てのナイフを弾き落とした。

だが驚いている暇など俺には無い。取り敢えず今の動きで銃口の向きは俺から逸れた。
一気に懐に飛び込み、蹴り上げで銃を弾き飛ばす。

そのままカカト落しを狙う俺の右脇腹に衝撃が走る。
見ると、黒服の右カカトがめり込んでいた。蹴りの反動を利用し、後ろ回し蹴りを繰り出してきたのだ。

「うがっ！？」
よろめきながらも距離を離し、間合いを調整する。
この黒服･･･格闘戦の心得もあるのか！？

「どうした、スティンガー。今ので終わりか？」

言ってくれるな･･･

「ふっ、少々面食らっただけだ･･･。」

アーミーナイフを抜き、左手に構える。

黒服も伸縮式の警棒を右手に構えた。


互いに隙を窺う･･･張り詰めた空気がその場を支配する。


「いくぞ･･･」

「･･･いつでも。」


俺はナイフで奴を牽制しながら、格闘を仕掛ける。

薄暗い研究棟に、金属音と肉体のぶつかり合う音が響く･･･

隙あらばその首を掻き斬ってやりたいところだが･･･斬撃はことごとく警棒に弾かれてしまう。


何より厄介なのがこいつの蹴撃だ。
認めたくは無いが、脚技に関しては桁が違う･･･

俺のミドルキックを膝でガードし、そのままハイキックでカウンターを当てくる。
顔の右側に衝撃が走る･･･

奴は膝から下の動きだけで、右に左に連続でキックを繰り出す。
何とかガードを試みるが、スナップを利かせガードの死角から確実に入れてくる。

脚の動きは自由自在のようだ。


もちろん肘打ちや掌打など、こちらの打撃も当たっている。

だが手数の分、このままでは不利だな･･･

面倒だが、少々本気を出すか。


全身に力を込め、突っ込む。

黒服が脚技を繰り出すが、かまわず全体重を載せて当て身を仕掛ける。

「ぐっ！！」
弾き飛ばされ壁に叩き付けられる黒服。

―思ったとおりだ･･･奴の蹴りは連続で喰らうと危険だが、一発だけではさほど重くない。

起き上がろうとする黒服の胸倉を掴み、回転をかけもう一度壁に叩きつける。

―こんなパワープレイ、普段なら決してやりたくは無いが･･･こいつが相手では話は別だ。殺られる前に殺る必要があるからな。


「･･･や、やるな･･･スティンガー。」
息が荒くなっている･･･どうやら効いているようだな。

「･･･お互いに、そろそろ決着をつけるか。」
こちらもスタミナを消費している･･･次で決めなければ･･･


･･･戦いでかき乱された空気が再び落ち着いてくる･･･


そんな中、先に動いたのは黒服。

警棒での突き･･･俺はナイフで受け止める。
踏み込みがさほど深くない･･･これはおそらく･･･

案の定、そこから回し蹴りが繰り出された。

「はっ、馬鹿の一つ覚えがっ！」
何度も見せられれば嫌でも見切る。

俺はそれを受け止め、踏み込んだ脚を払い黒服を捻じ伏せる。
完全にバランスを崩し倒れこむ黒服。

―トドメだ！

ナイフを振り上げ奴の喉下に突き立てようとしたその瞬間･･･視界が真っ白になる。

「！？」

―どうやら黒服が部屋の照明を点けたらしい。

突然の強烈な光に視力を失った俺を、衝撃が襲う。
まず、顎に一撃。
そして下腹部にもう一撃･･･

―後ろに吹き飛ぶ。

「く、くそっ！」
体勢を立て直し、起き上がろうとする俺のこめかみに、硬く冷たいモノが押し当てられる･･･

「チェックメイトだ･･･スティンガー。」

･･･ここまでか。

「これは、面倒なことになった･･･」



だが、黒服は撃たなかった･･･

「･･･やはり、私の眼に狂いは無かったようだな。」

そう言って、引き金から指を離す。

「･･･何の真似だ？」

「なに、私にはもともと君を殺す理由など無いんでな･･･」

―どういうつもりだ、この男？

「納得がいかないという顔をしているな。」

「当たり前だ。･･･貴様は俺を始末するためにここへ来たんじゃないのか？」

そう、専属先の･･･しかも政府機関の重要機密に手を出したのだ。
普通であれば消されて当然なところを･･･いったい何を考えている？

「早合点してもらっては困るな。」
黒服は笑いながら答えた。

「私は君がここへ来るのを待っていたんだよ。」

―なに？

黒服は続ける。
「このウェンズデイ機関で行っている[ある計画]への協力を依頼したいんだ。もちろん私個人としてね。」

「ある計画？」
ポケットからタバコの箱を取り出す･･･

「そう、ファンタズマ計画と呼ばれているものだ。おそらく名前だけなら、さっきデータバンク内で見付けたのではないか？」

「ああ。だがプロテクトが硬くて進入できなかった･･･解除する前に邪魔が入ったしな。」
タバコを口に咥え、ライターを探す･･･

「それは済まなかった･･･だが、本当にここまで進入するとはたいしたものだ。」
黒服はオイルライターに火を点け俺に差し出した。

「そうか？･･･意外に簡単だったぞ。」
タバコを吹かし、答える。

「ふふふ、本当に面白い男だ。」

「･･･で、そのファンタズマ計画というのはどういうものなんだ？」

「ふむ。･･･そうだな、これを見てくれ。」
そう言うと黒服は端末の前に立ち、コンソールを操作し始めた。

俺も立ち上がり、モニターを覗く･･･

「簡単に言えば、ファンタズマ計画とはAI技術の革新を目指す計画だ。」

「･･･いまいち話が見えてこないが･･･」

「･･･[強化人間]という言葉を聞いたことは？」

「あぁ、ACの性能を最大限引き出せるように、強化手術で肉体を改造した奴らの事だな。
　もっとも、その手術は倫理的観点からも問題視されていて、非合法で行われているものしかないが・・・
　それがファンタズマ計画とどんな関係があるんだ？」

「よく知っているな。関心関心。」

「･･･茶化すな。」

「いや、本当に感心したのだが･･･まぁ、いい。

　君が言うとおり、強化手術を施せばACなどの性能をほぼ100％引き出すことが可能だ。
　だがしかし、いくら強化したとはいえ所詮は生身の人間だ。限界というものがある。

　･･･ファンタズマ計画とは、その限界を超えるための計画だ。」

「･･･つまり？」

「つまり、強化技術とAI技術の融合･･･すなわち人間と機械の融合だ。」

一瞬時が止まる･･･

―そんな俺の横で黒服は笑っていた。　不自然に歪んだ･･･狂気じみた笑い。
俺はその顔を忘れることは無かった･･･。

･･･止まった時を動き出すかようにタバコの灰が落ちる･･･

「･･･それで、俺はどう協力すれば良い？
　まさか、実験台になれと言うのではあるまいな？」

黒服は首を横に振って答えた。
「いや、被験者は余るほどいるから心配無用だ。
　それより君には我々の邪魔になるものを排除してもらいたい。」


「？･･･それなら、今でも同じだろう？」

「いや、ここで言う［我々］とは、［私と君］の事だよスティンガー。」

―この男、何を言い出す？

「表向き、この計画はウェンズデイ機関が指揮を取っているが、実際は政府が管理している。
　奴らはこの計画を権力争いや支配のために使うつもりだが、そうはいかん･･･
　そんな［夢物語］のためにこの計画はあるわけではないのでな。」


「では、何のために･･･？」


少しの沈黙の後、黒服は答える。

「復讐だ。」

―そう言う奴の眼は怒りというより、悲しみに満ちていた･･･

初めて見た［人間的な眼］･･･おそらく俺以外の人間には見せていないだろう。

「･･･なに、個人的なことだがな。」

自嘲するように笑う黒服。


そんな奴に問う。

「見返りは？」


「･･･そうだな、［今まで誰も手にしたことの無い力］･･･で、どうだ？」


暫く考えた後、短くなったタバコをコンソールに押し付け答える。

「･･･いいだろう。」

新しいタバコを咥え、黒服にも1本差し出す。

タバコを受け取り、黒服が言う。

「宜しくな、スティンガー。」


「契約成立だな･･･あー･･･」

名前が出てこない･･･いや、聞いてないのだ分かるはずが無い。


「そうか･･･そういえば、まだ名前を言っていなかったな。　私はウェイン。　　ウェイン=シュナイダーだ。」


「ふっ･･･宜しくな、ウェイン。」


―お互いに相手のタバコに火を点ける。



「･･･では、行くか。」

「ああ。」

不敵な笑みを浮かべながら、データ室を後にするスティンガーとウェイン･･･


―今この瞬間から、ファンタズマ計画は２人を中心に回り始める･･･数々の運命の交錯とともに―







［あとがき］

・・・FUBUKIです☆
やっと、３話目が終わりました・・・ぐふっ！
本当は、ここまでが第２話（Wednesday is Bad Day #１）だったのですが、
長くなりすぎたので潜入前でいったんカット！

うむうむ。格闘シーンって難しい・・・技の名前とか知ってるともう少しやりやすかったろうに(；_；)
つーか、黒服強すぎ？スーツに警棒。イメージは某FF七のターク○スですな（笑：伏字間違い）

相変わらずハチャメチャな内容ですが、読んでくださった方・・・ありがとうございますm(_ _)m

でわでわ。