サイドストーリー

Chapter7-c:追う者達の場合
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「……長! 隊長! ご飯買ってきたよ!寝てたの?」

視覚が真っ暗のまま、聴覚が声を捉えた。
飽きるほど何度も聞いた声だ。

「…寝てないよ。目を閉じてただけだ」

クレフ=バガテルは椅子にもたれかかった体を起こす。

「どうでもいいの! あっちでカリンが待ってるから早く行こ?」
「っと、引っ張るなカロル! 歩ける!」

いつ見てもまだ子供っぽさが抜けていない隊員に手を引かれ、慌てて立ち上がる。


ホールに行くと、椅子に一人の美しい女性が座っていた。ミラージュ専用の居住ビル、
有り体に言えば社員寮の一階には、住民全員が集まれる程の広いホールが設けられていたのだ。

「カリン」
「あ…隊長。遅かったですね」
「ちょっと考え事をしててな。済まない」

おおよそレイヴンには似合いそうもない風貌の隊員――カリンは振り向いた。

「この人寝てたんだよー?あたしたちがお腹空かせてるって時に酷いと思わない?」
「寝てないと言ってるだろうが!」

カロルとカリンがほぼ同時に笑う。
3人揃うと大概いつもこういうやりとりが展開される気がする。クレフはそう思った。


――その小隊を“クルシフィクス”と言う。
男性レイヴン一人に対し女性レイヴンが二人という極めて異色と言える構成の、ミラージュ専属小隊。
たった3人という隊員数の為小回りが利き、様々な方面で活躍出来るいわゆる“秘蔵っ子”である。


「それで、さっきは目なんか瞑って何考えてたの?」

握り飯を頬張りながら、隊員の一人であるカロル=マグリットがクレフを見上げる。

「ミラージュのことだ。俺達の敵は何だ?
 何で俺達がいくら掃除しても後を絶たない?」
「ふーん…………… あ、そうそう、おにぎり鮭で良かった?」

早々に考えることを放棄しやがった。

「お前な。いくら調べものは情報部がやってくれるからって、何が相手だか知らされないまま
 戦うかも知れないのは結構精神に来るもんだぞ?
 実際……この間もうちの駐屯地が一つやられた。誰がやった跡ってのもまるで残ってない」

現場は凄惨を極めた。
待機していたMTや戦闘機達は全て無惨に破壊され、物資も例外なく黒こげだ。
カメラは仕掛けていた筈だが、そのカメラも察知されていた壁ごと全てぶち抜かれていた。

「……あれは…少なくともACだな。じゃなきゃあんな派手な破壊は出来やしない。
 依頼を受けたレイヴンか? どちらにせよ早いところ正体の………」

「その事に関してですが」

カリン=ワルトベルグが口を開いた。

「少数ですが生存者がいるようです。
 彼らの証言を参考にして、犯人を追えと本社から指令が下りています」
「……指令?俺達が出るのか?」

僅かに驚くクレフ。たかが一つの駐屯地――というのは言い過ぎだろうが――の壊滅で、
いくら何でも自分達が出るとは予想外だったのだ。
調査には時間を要する。普段様々な戦場に引っ張りだこであるクルシフィクスを出すとは思いがたかった。

「ええ。確かに私達に指令が下りています。……おかしな話ですけど」

先程まで黙って食を進めていたカロルが口を開いた。

「それってつまりただのレイヴンじゃないってことかな?
 大体駐屯地って言ってもちょっとのACなら追い返せる戦力ぐらいある筈だよ」

――そうだ。
カロルの言う通り、ただのレイヴンではないか、それとも複数による襲撃かだ。

「……とにかく、本社の判断だから従うべきだな。飯を済ませたら早速行くぞ」
「はい」
「了解〜」


ただのレイヴンではない、か。クレフは考える。
予感がした。
これから自分達が進む先には、濃い暗雲が立ち込めているのだという予感が。
作者:アインさん