サイドストーリー

CODE:05 cross past And W′s Mission request.
「・・・」
無表情でグロ−バルコーテックスの出口から出てくる少年――カイ・カツラギ。
短くも無く、また長くも無い中途半端な髪を無造作に紐でまとめている。
カイは出てくると同時に、グローバルコーテックス内部の販売店から購入した、紙に包まれているハンバーガーを食べ始める。
罵詈雑言が飛び交う町の歩道を歩きつつ、あっという間に口の中へ消えたハンバーガー2つを押し流すようにドリンクを一気に飲み干す。
とりあえず手の中に余ったゴミを後ろへと投げ捨て、それによって聞こえた声は完全に無視する。
時は3日前――。

「・・・・・・管理者を破壊したレイヴン?」
グローバルコーテックスの医療局の1室。
そこでカイは訝しげな声を上げた。
「はい、そうです。
 貴方に言われて調べたのですが、フレイ・ディノクライドの名で検索した時の結果はただひとつ――」
「管理者の破壊・・・」
「ええ、その通りです」
白いシーツの敷かれたベッドにうつ伏せのカイは、彼の背中を治療するために動くアームの音を騒音だと認識しながら溜息をつく。
「他には?」
「・・・それが、他の情報はとっくにミラージュ、クレストによって消去された後でした。
 けど、スタークラッカーの言っていた『死神』についても調べたのですが、その名は管理者破壊前のアリーナトップ、
フレイ・ディノクライドのACの通り名でした」
「・・・」
「調書にも『漆黒のACの動きが他のランカーを圧倒する早さは、まさに死神を連想させた』と残しています」
「死神か・・・それが何故サイレントラインに・・・」
唇を噛みしめ、ふと力を緩めて嘆息する。
(自分の目の前で動いている訳でもない情報の事など、わかるはずもない・・・。
 俺らしく無いな・・・・・・)
更に溜息をつき――視線を感じてカイが顔を上げる。
「なんだ?」
「・・・・・・レイヴン」
エマが心配しているような表情で・・・いや、実際心配しているのだろうが、それを無理に押し隠している、そんな表情である。
「貴方にとって、私は・・・力不足かもしれないし、足手まといかもしれませんが・・・
 私はこれでも貴方のパートナーです。
 隠している事も・・・話してくれていいのではないですか?
 それとも、私には完全に手の終えないモノなのでしょうか・・・?」
「・・・」
カイは眼を逸らし――意味が無い事に気付いて再びエマに目を合わせる。
言っても良いのだろうか?
自分より年上とはいえ、ある程度保護を約束された世界で育った者に、その世界の裏は見えない。
話したとしても信じるか――それ以前に、彼女自身の立場は安全なのか・・・。
「・・・何も隠している事などない」
「嘘をつかないでください」
いつものように導き出した答えは一言で両断される。
良く他人に嘘を見抜かれるのは何故だろうか?
些細な疑問を抱きつつ、カイは次の言葉を選択。
「嘘はついていない」
「それも嘘です」
「・・・・・・どうしてそう思う?」
「女のカンです」
「・・・」
胸を逸らして言う彼女に、さすがに返す言葉が見つからなくなるカイ。
「・・・・・・とにかく、隠している事もなければ嘘もついていない」
「なら、何故昨日フレイ・ディノクライドの名前を?」
「たまたま頭に・・・」
「――レイヴン」
芯の通ったエマの声がカイを射抜く。
「・・・私に、信用は置かれてないのですか・・・?」
「・・・・・・お前は良くやっている。
俺自身、そう思っている。
オペレーターからの情報は、言い換えればレイヴンの生命線だ。
例え相手がこちらを信じなくとも、こちらは信じている」
エマの瞳を見つめ返しつつ、カイが答える。
「じゃあ・・・」
「だが、これとそれとは別の話だ。
 ・・・・・お前には話せない。今俺の言える事はこれだけだ」
「――そう・・・ですか・・・・・・」
少し寂しそうな声を上げて俯くと、そのまま黙り込む。
――気まずい時間が流れた・・・。

その日の事を思い出しているカイの手を、誰かの手が捕まえる。
「・・・」
「てめえ・・・謝りもしねえのかよ!?」
右肩にケチャップの跡がある。
おそらく先程ゴミを投げ捨てた時に当たった者だろう、怒鳴りつけたのに無視して進む自分に相当怒っているらしい。
「・・・すまない――」
「謝って済むと思っているのか? あぁ!?」
「・・・」
なら謝らせるな、そう言おうと言葉が喉を昇ったのだが、無理矢理押さえ込む。
今はアリーナへ向かう途中だ。無駄な時間の浪費は避けたい。
溜息と共に男の腕を振り払う。
「なにしやが・・・!」
「――寝てろ」
カイの放った手刀が男の喉仏にすぱんと決まり、そのまま仰向けに地面へ崩れる。
・・・かなり痛そうな音がしたが。
それは無視して再び記憶を戻そう。
・・・つい、今しがたの事である。

カイは、傷が治ってすぐに病院を出たため、休養の事などをエマに怒鳴りつけられたが、1つのメールが彼を呼んだ。
――スタークラッカー。

スタークラッカー『時間』
『傷が治り次第退院なんて、若い割にはタフなのね。
 それは置いといて、すぐにアリーナに来てちょうだい。
 時間に余裕も無くなったころなので』

「・・・・・・監視されているな」
「ええ・・・」
反射的にだろう、エマが辺りを見回すが、ここには窓もなく、ただ明るい光が天上にあるだけ。
ドアはと言うと、防音壁の役割にもなっているので会話が漏れる事はまずない。
「・・・」
「ま、待ってください、レイヴン! まだ話は――」
「病院とは――」
コ−トを羽織るカイにエマが近づき・・・人差し指を首につきつけられる。
「傷を治すところだ。
 治れば用はない」
「・・・ですが・・・!」
「・・・」
「・・・分かりました。気をつけてください、レイヴン」
何か言おうとしたようだが、カイがドアへと歩みだしたため言いそびれたようだ。
とりあえずそう言って置くと、エマは溜息をついた。

(・・・スタークラッカー・・・)
胸中で呟いてみるが、うまく消化できなかった食べ物が胃袋に残っているような不快感が来たため、慌てて打ち消した。
(・・・・・・予兆だな)
カイはバツが悪そうに髪をかき上げる。
いつも体に不調が来る時は嫌な事が――もしくは、今から会う人物自体に問題があったりする。
と――
「・・・このガキャああああ!」
「・・・」
肩越しに振り返ると先程の男が怒りに表情を狂わせながら、人を掻き分け走ってくるではないか。
「・・・」
どうでもいいので歩き始める。
・・・ここで反応したら終わりだからだ。
「待ちやが・・・ッ!?」
ガキッ
音をたてて再び男が崩れる。
・・・この町は荒くれ者が集まる事も多く、グローバルコーテックス内部、入り口には警備が張られているほどである。
そんな奴らの通行の邪魔をしてまで人を追いかければ、当然そいつ等が襲って来る。
男はすぐに地面に転がると、あたりの男女、子供までもが男を蹴り始める。
先程反応していれば、こちらも巻き込まれていただろう。
(・・・元々は俺が悪いだろうけどな・・・・・・)
悪びれもせずに胸中で呟くと、黒いコートの裏に入れてあったハンバーガーを取り出した。

アリーナ入り口――。
なにやら人が随分と集まっており、入場料を支払っている。
入り口の脇にある掲示板へと目をやると、仰々しく『G VS. アイアンマン』と書かれている。
Gとアイアンマン――アリーナへ登録した者や観客達に、この名を知らない者はほぼいないと言っていい。
高機動フロート型のGと重量タンク型のアイアンマンとは今までかなりの熾烈を極めた戦いがある。
高起動で敵の動きを翻弄する前にアイアンマンの高精度な命中率によって装甲を削られ、
削られたと思えば自分のスピードを最大限に引き出した動きでアイアンマンを攻撃する。
つまり、2人の差は重量機と軽量機にあっても殆ど無い。
それによって熾烈を極める激戦を繰り広げる試合を織り成す為、今やアリーナの大イベントとも呼ばれている。
(だからこんなに盛況しているのか・・・)
アリーナの通路は横に広く、かなりの人数を収める事が出来るのだが、それさえもキツいほどの人数である。カイが入る隙間も無い。
「・・・」
とりあえず掲示板のすぐ隣に立つと、アリーナ外壁の一部に背を預ける。
人の体温で上昇した気温とは違い、意外と涼しい。
入院中でも同じ姿勢でいたため、大分筋肉が衰えている。
腕を組んで暇な時にはトレーニングでもしようと思いつつ目を瞑る。
アリーナの入り口に来いと書かれていたのだ。
態々探すつもりもなく、しばし仮眠を取る事にする。

「・・・貴方がカイ?」
「そうだ」
辺りの喧騒の為、結局一睡も出来ずに居たカイにふってきた言葉。
右目だけを開いて言葉を返すと、女からの次の言葉を待つ。
「ふ〜ん・・・思ったよりも若いのね?」
女は笑ったようだった。
顔を見ようとしたがこたらからは逆光となっており、影しか見えない。
「そうねぇ・・・場所を変えましょうか?
 立ち話も疲れるし・・・」
「俺は立ち話でいい」
「あらあら・・・つれないのね」
女は再び笑って腕組みするカイの手を引く。
「・・・」
「行きましょうよ。それとも・・・レディーに恥をかかせるつもり?」
移動しなければ何も話しそうにないので、カイは外壁に預けていた背を上げた。

「うーんと・・・あたしは海鮮風パスタにでもしておこうかな・・・貴方は何を頼む?」
「俺はもう済ませた」
とあるレストランの一角。
カイと女――スタークラッカーはそこに居た。
スタークラッカー・・・25あたりといったところか。
知的なイメージを思わせる整った顔立ちだが、口調が軽めなのでそのイメージはすぐに消える。
カイの着ている黒色のロングコートと違い、こちらは薄い青色のセーターを着ていて、肩を露出している。
その肩にはセーターが落ちないようにかわからないが、黒い紐が鎖骨に近い辺りの肩にかかっている。ズボンはGパンだ。
前髪を左右にわけ、右端を青色にカラーリングを施している。
地毛は金髪のようだが。
「ま、いいけどね。
あ、あと私の事はスカーって呼んでね?」
言うと女はウェイトレスに注文をすると、チップを一握りやって小話をする。
「・・・・・・依頼の内容は?」
「ん〜? ああ、それね。
 そういえばそんな事も話したっけ?」
ウェイトレスがカウンターの奥へ消えた後に聞くカイに、スカーはやる気の無い声で答える。
「依頼内容はねぇ、ミラージュからなんだけど、なんでもクレストから預かった施設に、武装集団が入ってきたらしくてね?
 それで、ミラージュは地上、地下共に手が一杯でそこまでちゃんとした護衛が回せてなかったんだって。
 それで、クレストや民間人に信用を落とされないよう武装集団を排除して欲しいんですって」
「・・・敵勢力は?」
まるで他人事の口調ではあったが、とりあえずそれは置いておいて、敵勢力の確認をする。
「敵の勢力は不明。
 逆間接型MTしかいないって話だけど、逆に言うとそれ以下のヤツはいないってわけ」
「・・・」
「そこで――貴方に僚機を頼もうと」
「何故1人で行かない?」
「怖くって?」
「・・・レイヴンを止めてここのウェイトレスでもやってろ」
カイがウェイトレスの運んだ水に口をつけながら呻く。
「なんでよ!?」
「・・・用件がこれで終わりなら帰らせてもらうぞ。
 依頼は却下だ」
「――いいの?」
「・・・」
いきなりかなり落ち着いた声を出す。
「なにがだ?」
「多分・・・今ここで貴方の周りにある疑問を解くカギを持っているのは、あたしかもしれないのよ? ――カイ」
「・・・・・・己の力で溶けない氷山なら溶かすのは諦める」
「へぇ・・・」
カイの言葉に眼を細め、顔を寄せるスカー。
「じゃあ、貴方は一生他人に利用され続けるだけ・・・それでいいの?」
「目的さえ達成出来れば利用されても構わん。
 ・・・もし出来なければ利用者を殺すだけだ」
「オモシロイ事を言うわね?」
すいっ、と顔を離してスカーが立ち上がる。
「期日は明日。
 もしその気になったら連絡いれてね? チャオ♪」
「――待て」
「・・・」
カイの言葉にスカーが冷たい目を向ける。
「何?」
「・・・どうやってミラージュの情報を掴んでいる?」
カイの言葉にスカーはきょとんとした表情を作ると、すぐに薄く笑う。
「私みたいなだらしのない女1人で、そんな事出来ると思う?」
「ああ」
「出来る訳ないじゃない」
即答したカイの言葉を一蹴し、再び笑みを灯す。
「ヒントは・・・AI研究者」
「・・・」
聞き慣れない言葉にカイは無言で説明を要するが、スカーは溜息をついて終わりである。
「ならあと1つ。
 ・・・・・・お前は何故フレイ・ディノクライドの事を知っている」
「・・・これは情報料、高くつくわよ?」
「・・・」
「とりあえず後で連絡入れるわ。
えっとねぇ、彼に会ったのは結構前――管理者が破壊される前。
たまたま共同で依頼を受けた事があったの。結局敵は殆ど彼が倒しちゃったけど・・・。
でもそれ以来、なんか忘れられなくてさ・・・」
「・・・」
「・・・なによその目は!?
 レディーの扱い方が全くなってないわねぇ」
それだけか、と更に無言で促すカイに、これ以上の詮索御免と切り捨てるスカー。
「ま、後からメール入れるのでヨロシク」
「・・・・・・ぼったくりだろうが」
「――安心して。この時点でもう、貴方は全てを知る権利があるから」
に、と邪悪性のある意味ありゲな笑みを出して入り口へと向かう。
「・・・」
とりあえず1人になった後スカーの為に運ばれてきた手付かずの海鮮風パスタを眺め、水を飲み干してから出る事にした。
・・・・・・スカーが食べるはずだった海鮮風パスタの分の代金を支払わされて。

ギィ・・・
軋んだ音をあげる木製のドアを開き、レイヴン控え室に入るカイ。
「おっ? 退院おめでとう、カイ!」
すぐに嬉しそうな声を上げて走り寄るリトルベア。
「お前、施設の制御システムでも吹き飛ばしたのか?
 大分派手な失敗だったらしいが・・・」
「俺がやった訳じゃない」
「? じゃあ敵が・・・でも失敗扱いだったんだよな?
 可哀相に」
「・・・」
「そういえば聞いたぞ、お前アリーナには登録されていないAC3機を倒したんだってな!
 道理で強い訳だよ・・・俺じゃ相手にもならねえな」
「・・・・・・入院中の砲撃の方がよっぽどキツかったな」
「? なんだそりゃ」
訝しむリトルベアは置いておく事にし、控え室の開いているソファへと腰を下ろす。
「・・・」
辺りを見回してみると、思っていたよりも広く居心地がいい。
リトルベア戦は早急に自室へ戻ったため、控え室に入った事は無い。
女性用だろうか? 隅には鏡のついた台座などもある。
「・・・」
「おい、何見回してやがんだ」
「・・・」
きょときょとと辺りを見回すカイの頭上から、声がふってくる。
これで2度目か・・・
どうでもいい事を考えつつカイが視線を上げる。
茶色に染めた髪、人を小ばかにしたような口元。
「お前だよな? カイって奴は。
 聞いたぜ。1日に2人もランカーを相手にするようだな。
 ま、1人目の俺でストップだろうが」
「・・・シューティングスターか」
「ああ」
男、シューティングスターは口元の笑みを深くする。
1日で2人――本当はカイ自身こんな事をするつもりなど無かったのだが、グローバルコーテックスから鈍らないようにと連絡があったのだ。
わざわざ断る理由もなく、承諾したのだ。
「ま、精々がんばる事だな!」
「・・・」
「・・・・・・なんだ、あいつ」
リトルベアが隣で呟いた。

『さあ、いよいよ始まります!!
 受けた依頼は2つ共々未達成ですが!
 今年度最大の、注目されるべき若手レイヴン! カツラギ選手です!!
先の依頼は失敗の際、施設動力炉の暴走による大爆発に巻き込まれてACを失い、自身も大きな痛手を受けましたが今は健在!
新たな白のAC、ドランクレイドを駆ってDランクへ王手となるのでしょうか!?』
(・・・事故はそういう風に処理した訳か)
心中で呟く。
初めて座るコアのコックピットブロックには少し居心地が、その内慣れるだろう。
白のAC、ドランクレイド・・・名前も色も、特別な思い入れがある。
(これだけは・・・失わんようにしないとな。
 無様な姿は見せられん・・・・・・!)
アリーナ闘技場に上がってみると、この前の戦闘を行った時よりも少し観客が増え、賑わっている。
・・・アリーナ名物の大戦後だからだろうか。
ちなみに今回はGの勝利で、アイアンマンのミサイルが後一歩に及ぶもGのグレネードによる熱暴走でAPが0をきったという。
『続いてそれを迎え撃つは・・・・・・シューティングスター選手のキィィング! フィッシャー!!』
『ふん、とっとと終わらせてやるぜ!』
「・・・こちらの台詞だ。
 次が詰めている」
シューティングスターの挑発をかわしてやり返すが、シューティングスターは鼻を鳴らすだけである。リトルベアより強いのは普通に納得した。

『両者! READY…………..GOOOOO!!』
カイはOBを起動、すぐさま突っ込む。
『へッ! パルスの餌食だぜ!?』
「・・・」
ズギャッ
地面を抉るような不愉快な音をたてて、カイのACはキングフィッシャーのサイドへと回り込む。
OBを起動させて方向転換、更に片足を軸にして円を描くようにして回り込む。
『おぉぉっと!? カツラギ選手素晴らしい操縦テクニックだぁあぁぁ!!』
字として並べれば難しいようだが、簡単に出来る。
『なんだと!』
(・・・・・・動力炉・・・・・・!)
「もらう!」
左腕のHALBERDからレーザーを生み出し、一気に突き出そうとする。
しかし――
『――かかったな!?』
「・・・!」
ガション、という音と共にキングフィッシャーの背部から浮かぶ小型機・・・。
「EO・・・!?
 かわせぇぇっ!!」
EO、イクシードオービット。コアに付属している攻撃型オービットで、OBが使えない代わりに攻撃力をアップさせる事ができる。
カイは叫んでブーストでジャンプしつつグリップを切り、横へ飛ぶ。
しかし到底かわせる間合いでもなく装甲を削られる。
「ちっ・・・」
エネルギー兵器の熱量は低いが、出力により攻撃力の増加を図る事も出来る。
『ふん、流石に素早い・・・だが!』
「・・・!」
ブーストをふかし、さらにEOを発動、パルスライフルを乱れ撃ちながら突っ込んで来る。
着地した瞬間の衝撃吸収モーションにより動けなかったカイは、すぐにエネルギー弾の的となる。
『おぉっと! カツラギ選手高機動型ACをまだモノとしていなかったのかぁ!?
 シューティングスター選手の猛攻を許してしまいます!』
ナレーターの声を聞きつつその通りだと自責する。
――早く慣れなければ。その為のアリーナ戦でもある。
「・・・・・・短期決戦!」
『な、なにっ!?』
エネルギー兵器は被弾時の衝撃が実弾と比べかなり低い。
それを利用してカイはOBを起動させ、さらにロケットとマシンガンを連射する。
シューティングスターは流石に焦って回避を実行するが、自分も近づいた分避けるのは困難である。
『カツラギ選手の反撃開始だああああッ!!』
更に攻撃しているACもぴったりと着いて来るのだからかわせるはずもない。
『ぐっ・・・!』
「終わりだな・・・!」
ザギュッ
キングフィッシャーの頭部を貫き、続いて背部のレーダーを斬り捨てる。
『なっ・・・!』
「・・・言っただろ?
 詰めてるんだ」
カイの言葉と共に突き刺されたハルベルトがキングフィッシャーの動力炉を貫いた。

『今回の勝負もカツラギ選手の動力炉を焼き切るといった形で試合を終えました。
 やはり、今年度注目すべきはカツラギ選手です』
歓声が上がる中、カイはACから降りる。
・・・結局、力押しであった。
(・・・・・・高機動型の扱い方じゃない・・・・・・)
カイは深く嘆息すると、シューティングスターがキングフィッシャーから降りるのを待つ。
アリーナでの礼儀として、1度は言葉をかわすようにされているのだ。
「・・・くそ・・・・・・!
 いいか、調子に乗るなよ! 今回お前が勝ったのは機体の整備がちゃんとされてなくて、調子が悪かったせいだ!」
「・・・機体の整備も見れんような奴に、俺は倒せん」
カイの言葉にシューティングスターは青筋を浮かべて喚いた。

「よう!
 やっぱ今回も楽勝勝ちかぁ〜?」
「・・・いいや」
リトルベアの声にカイが首を横に振る。
「・・・どうしたよ?」
「軽量機としての使い方じゃない・・・弾丸を打ち込まれただけで焦ってしまった。
 楽勝とは言えんな」
「・・・・・・殆ど嫌味だな」
「ああ」
『――カツラギ選手、ヴァーナルフラワー選手、次の対戦が始まります。
 すぐに闘技場へ――』
「・・・始まったか」
「って、おい!
 2連続って・・・もうフレームの変換とかは済ませたのかよ?」
「補給だけだ」
「ダメージ受けたまま出るのか!?」
「軽量機の使い方が分かればそれで充分だ」
「・・・・・・無茶苦茶だぜ」
出て行くカイをながめながらリトルベアは呟いた。

『ではではぁぁ、第2回戦!
 フレームも代えずに補給だけを済ませたカイ選手が2連続制覇に身を乗り出します!』
先程よりはどよめきに近いが、更に大きい歓声が響き渡り、ドランクレイドが闘技場に上がる。
『そしてそれを迎え撃つは!
 ヴァーナルフラワー選手のフラッシュバックぅぅぅぅぅぅぅ!!』
歓声が上がる――が、こちらは動かない。
「・・・?」
『え、え〜とですね・・・・ヴァーナルフラワー選手、入場してください』
その言葉にやっと反応し、フラッシュバックが闘技場に上がる。
ぞわっ・・・
「・・・!」
全身の毛が逆立ち、直感的な不安が走る。
(・・・・・・有り得ん)
そう思い込んでカイは首を振った。

「ケイ、エー、アイ・・・てん、と。
 ケイ、エー、ティー、ユー、アール、エー、ジー、アイっと!」
景気よく言うと、女はキーボードのエンターを打つ。
パソコンの画面に Kai・Katuragiの文字が並び、その下に様々な見出しと文章が現れる。
「ん〜・・・やっぱ、平凡に生活してる訳じゃなかったのね、あの子・・・」
にやりと女――スカーは笑った。

『それでは、レディ!!
 ゴ〜〜〜〜ゥ!!』
アナウンサーの声により戦いが始まり、カイはロケットで狙いを定めつつ横に移動する。
「・・・?」
しかし、それに反応せず、ただカメラだけをこちらに向けるフラッシュバック。
さすがにこれはカイも動きを止め、ヴァーナルフラワーへ通信をつなぐ。
「・・・やる気はあるのか?」
『! その声ッ・・・!』
「!?」
今度はこちらが動きを止める番であった。
ヴァーナルフラワーの声、それはカイには聞き覚えのある声であった。

「まずは、1番上の見出しかな? やっぱ」
スカーは言って、出生情報と書かれた見出しをクリックする。
「ふんふん・・・え〜と、なになに・・・?
 レイヤードの守備隊ロールバート・エッグナー中尉と純粋に日本人の血を受け継ぐキヨミ・カツラギとの間に生まれる・・・
へえ、まだ生きてたんだ、ジャパニーズって・・・」
面白そうに顎へ手を当てる。
「その後、両親は強盗により殺傷、後にストリートチルドレンとなる。
 あらあら可哀相に・・・」
涙などは出ていないのだが、目頭にハンカチを持って行く。
・・・口元は笑みに歪んでいた。
「その後順調に育ち始めるが・・・へえ」
さらに口元の笑みを深くするスカー。
「みんな殺されちゃったんだ、レイヴンに」

『・・・・・・貴方、私の事を知っているの?』
「・・・」
ヴァーナルフラワーの問いかけを無視してグリップの下に収めてあったキーボードを引き出す。
『・・・どうしたのでしょうか? 2人に動きはみられません。
 なにやら会話をしているようですが・・・?』
アナウンサーの言葉と同時に会場にもざわめきが走る。
『ねえ、どうして黙っているの?
 私の事を知っているのなら、なんでもいいから教えて!』
「・・・・・・記憶喪失」
カイは冷めた声で呟き、キーボードを弾き始める。
『そうなの、私・・・事故にあったらしくて、助かったのはいいけれど記憶が・・・』
「・・・」
ピッ、と電子音が鳴り、モニターに音声照合中の文字が現れる。
『貴方の名前にも声にも、ACの名前にも見覚えがあって・・・』
「――そうだろうな」
『! やっぱり、私の事知ってるの!?』
通信機から嬉しそうな声が響く。
「ああ」
『時間稼ぎ』の為にヴァーナルフラワーの言葉に答える。
『良かった・・・私の事を知っている人が居て、本当に・・・』
「・・・」
ピピッ
再度電子音が響き、モニターに文字が表示される。
『音声一致』
「・・・!」
『だから、この戦いが終わった後は・・・』
「このアリーナが終わるのは、お前が死ぬ時だけだ・・・。
後など無い・・・!!」
『え・・・!?』
いきなりのカイの言葉にヴァーナルフラワーのうろたえた声が聞こえる。
バラララララッ
『!』
いきなり発砲したマシンガンに4脚でなんとか反応するも、装甲に浅い穴がいくつもつく。
『なにを・・・!』
「黙っていろ。戦場に休みなどはなく、待つ義理もない・・・!
 お前が教えた言葉だ・・・!」
『!?』
「消えろ・・・ッ!!」
左腕にHALBERDを灯したドランクレイドが、OBを起動させ更にロケットを放つ。
『うッ・・・!』
フラッシュバックはドランクレイドの攻撃をかわしつつ、ロケットで応戦する。
――全て避けられたが。
「うおおおおおお!!」
『このぉッ!』
ドランクレイドが野獣の如く飛び掛り、フラッシュバックはそれを向かい打つべくロケットを構えた。

「データハッキング終了、と。
 これで第1段階・・・ね。
とりあえずはコピーでも?」
闇の中でスカーが1人微笑む。

DATA001  Kai・Katuragi

レッドランクD

出生月数 3
出生日  23
レイヤードの守備隊隊員ロールバート・エッグナー中尉とジャパニーズの血を受け継ぐキヨミ・カツラギとの間に産まれる。
レイヴンになるべく用意された『育成施設』で5年を過ごし、6年目、両親は強盗により刺殺。
その後『育成施設』を脱走、行方不明となる。

DATA002

レッドランクD

3年後、レイヤード北部にストリートチルドレンとして生きている当人を発見。直ちに接触を試みるが、周りの同属の子供により追い返される。
再度接触を試みるも、クレスト企業に雇われたレイヴンに邪魔をされる。
その後再び行方不明となるが、6年後発見する。
長旅による放浪癖がついているようで、同じ場所に留まる事は少ない。
人とそこまで親密な関係になるのを極力避ける傾向にあり、レイヴンに介入された事件によるトラウマの可能性もある。

DATA002

レッドランクB

1年後、接触を試みるも偵察人はミラージュへは戻らず、後日排水溝で発見される。
これによりランクを上げ、しばしの偵察により保留する。
当人から例の物が回収されるのは、まだ先になりそうである。

DATA003

レッドランクA

3年後。
レイヴン試験へ合格した彼は、地上へ進出、当初完全自立の状態でオペレーター無しの任務をこなし、我が社をマーク。
度重なる激突があったが、当社によるグローバルコーテックスへの要請で当人を固定する事に成功。
しかし敵意が失われた訳ではないのでレイヴンという事も思慮しランクを上げる。

ウィーン・・・
コピー機の中から紙が2枚出てくる。
「ん〜、この情報がほしかったのよねぇ。
 他にも気になるのがたくさん有るけど、今はこれだけにしておきましょうか」
唇を舌で舐めて、ハンドバックに2枚の紙を入れる。
「じゃ、次は・・・」

ザンッ
『くぅっ!』
「――おとなしくしていればすぐに終わるモノを!」
呻くヴァーナルフラワーに、地面に降り立ったカイが吐き捨てるように言う。
ロケットはいくらか被弾し狙った場所が逸れたが、それほど大きいダメージではない。
『・・・・・・どうしてこんな事・・・・・・!』
「自力で思い出せ」
冷たく告げるとマシンガンを撃つ。
さすがに同じ場所には留まらず、ヴァーナルフラワーは回避運動を取り、ロケットを放つ。
「無駄な抵抗はするな。
 コックピットブロックを潰してやる・・・!」
カイはマシンガンでロケットを撃ち落とすとブーストをかける。
『・・・え〜、先程なにがあったのかは知りませんが、カイ選手の心に火がついたようです!! 真っ赤に燃えております!
白い機体にこの熱はまるで――』
ドンッ
アナウンサーの座る席の眼前にロケットが叩き込こみ、
「黙れ」
『は、はいぃぃい・・・!!』
アナウンサーは引きつった声を上げる。
観客席、放送席は特殊な強化ガラスで作られており、グレネードを撃ち込まれても充分耐えられる。
しかし熱には弱く、さらに同じ場所に立て続けに弾丸を撃ち込まれても崩れてしまうのだ。
アナウンサーは生きた心地もしなかっただろう・・・。
『く・・・私だって!』
ヴァーナルフラワーの動きがどんどん的確になり、射撃の精度も上がり始める。
(・・・・・・私、この子と戦った事がある・・・・・・!?)
『まさか・・・あなたが私を!?』
「ああ、俺がお前を倒した・・・!
ブレイブハート!!」
『それが、あたしの・・・!』
「このアリーナで今度こそ叩き潰してやるッ!!」
『悪いけど、私はまだ負ける訳にはいかない!
 ――自分を見つける為に!!』
カイは吠えると共にOBを機動、それを迎え撃つフラッシュバック。

(――分かる・・・!)
自分でACを操作しながら、ヴァーナルフラワーは自分の動きに疑問を感じ始める。
(相手の動きが分かるし、今までの私の動きと全然違う――!!)
――殺れる。確実に。敵の息の根を止めれる・・・!
しかし、これでは足りない・・・まだ。
(もっと、あの子と戦いたい・・・)
この子と戦うと過去の自分が視れる。
過去の自分に遭える。
貴女は誰?
貴女は私、私は貴女。
――ブレイブハート、もう1人の自分。
「この勝負、私が勝つ・・・ッ!」

ドドドドドッ
「くッ!」
ブーストを使いながらグリップを右にきる。
しかし、最初の1発を避ける事に成功したが、残りの弾丸は全て命中する。
(動きを読まれている・・・・・・。
 俺との接触でウルズが呼び覚まされているのか!)
「――面白い」
OBを機動させると更に飛来するロケットを叩き斬り、爆煙を巻き起こしながらHALBERDを携えて踊り出る。
しかし――
「!」
その場にフラッシュバックの姿は無く、代わりにレーダーに反応が出る。
(――左!)
カメラアイを向けた先に、フラッシュバックの影――。
『・・・貴方の欠点は、相手を見失ってからしかレーダーに目をやらない事ッ!!』
ドンッ
「っ!」
左足の膝をロケットで破壊される。
「ちぃッ!」
するどく舌打ちして、ブースターを使い仰向けの状態で地面を走る。
『ここまできたのよ・・・ッ!
貴方を倒して本当の自分を教えてもらうわ!!』
「ほざくなッ!」
強気な口調ヴァーナルフラワーにカイは叫ぶ。
「俺は・・・!!
 貴様だけには負けないッッ!!」
マシンガンをばら撒く。
『そんなのは関係ないわ!』
OBで弾丸をよけると、すぐにロケットを放つ。
「・・・邪魔だ!」
ブーストを起動、避けられそうに無いロケットはHALBERDで斬り払う。
『そこっ!』
ブレードを振り切った瞬間にロケットが飛来する。
「ちっ!」
舌打ちしてOBを起動させてなんとか避けるが、すぐに他のロケットが発射される。
「しつこいッ・・・!」
HALBERDを振る暇もなく、ブーストとOBを起動させる。
ビィーッ
「!」
コックピットブロックに警報が響き、APが減少していく。
「アウトパットダウン!
これを狙っていたのか・・・・・・!」
OBを連続使用したために機体内部の温度が上昇し、熱暴走を起したのだ。
フラッシュバックの次々と放つロケットをかわしつつ、APに目を向ける。
(1000を―――切る・・・!)
元々ダメージを受けただけあって、減少は急激である。
1000を切ると共に新たな警報が鳴る。
(ちッ・・・アーマーロウか・・・!)
しばししてアウトパットダウンの警報は止んだが、残りAP349。
コックピットブロック前面に現れる、フラッシュバックのAPはまだ5085。
『もう貴方の負けよ!』
「勝敗は・・・完全に決めてから言うモノだッ!!」
OBを起動させ、フラッシュバックに突っ込む。
すぐさまロケットを放つが、これは平行移動でかわす。
その後、ACにステップを踏ませるようにブースターを断続的に起動させる。
意外とシンプルな移動方法だが、このステップに弾丸をあてるには自らも動くか、あるいはそのACの移動方向の前に立たなくてはならない。
更にブースターを使うのが断続的なのでエネルギー切れになる心配もない。
ミサイルなら話は別だが。
『〜〜〜〜っ!』
何発撃っても当たらないロケットがさすがにいらついてきたのか、フラッシュバックが移動を始める。
カイはここぞとばかりにOBを発動。
『!? しまッ・・・!』
「とどめぇぇぇッ!!!」
その声は、傍から聞けばただの妄想のように聞こえただろう。
フラッシュバックのAPは5085、HALBERDで削りとれるAPではない。
しかし――
カチッ
乾いた音をたてて、カイがスイッチを押す。
ヴゥゥゥウンッ
赤く細い光の刃が、音と共に肥大化する。
フレイ・ディノクライドにも使った切り札の内の『1つ』。
『――!?』
カイがドランクレイドの左腕を一閃させようとして――
「!?」
カイの眼前が暗くなり、ドランクレイドの動きが止まる。
アリーナ議員によるドランクレイド強制停止。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ぅぉぉぉぉおおおおおおおオオオッッ!!」
カイは雄叫びを上げた。

『・・・カイ選手、違法改造を行ったため反則負けですッ!
 よって勝者はヴァーナルフラワーのフラッシュバックといたします!
なお、カイ選手はアリーナによる条例を破ったため、一時的な挑戦権の剥奪を・・・』
「・・・・・・・危なかったわ・・・・・・」
アナウンサーの声を聞きながら、ヴァーナルフラワーは呟くと、とりあえずコックピットブロックのハッチを開き、外に出る。
すると同時にアリーナ会場のAC登場口から警備員が何名か駆けつけ、ドランクレイドの前に立ち、その内の2名がハッチを開く。
「・・・・・・手荒な歓迎だな」
先程の戦闘を行ったとは思えないほどの冷静な声が、コックピットブロックから外へと流れた。

(この子が・・・カイ・カツラギ・・・?)
28の自分に対してハッチから出た少年は若く、戦闘の時に抱いたがっしりとしたイメージとは大分違い、黒いロングコートにより逆に痩せ過ぎ――
といったイメージがある。
暴れないよう抑える警備員の手を跳ね除けるところからすると、意外に力は強いようだ。
「・・・」
「――待って!」
警備員に囲まれ、無言で立ち去ろうとするカイにヴァーナルフラワーは待ったをかける。
「なんだ?」
「・・・・・・私の事を教えて」
「・・・」
「審判に妨害はされたけど・・・勝ったのは私よ!」
ヴァーナルフラワーの声に、カイがうるさそうに目を細める。
「・・・・・・人殺しだよ」
「・・・え・・・?」
「・・・」
「・・・ちょっと待ってよ、人殺しってどういう事!?
 ――貴方、もしかして私がACに乗って依頼を遂行している時に戦闘に巻き込まれて、それで逆恨みでもしてるの?」
「・・・」
「言いなさいよ!
 作戦遂行場所にはいつも避難が施されているし、そこに居た貴方達が悪いんでしょ!?」
ヴァーナルフラワーの言葉にカイは振り返ると、警備員を張り倒してこちらへと歩み寄る。
「・・・いいか、良く聞け!」
「っ!」
走る警備員を裏拳で沈めると、ヴァーナルフラワーの対衝撃用のスーツの胸倉を捻り上げる。並の握力では出来るはずもない。
「お前は、俺達を・・・・・・!!」
どがっ
警棒による後頭部の一撃で、カイは言葉を中断される。
「早く! 今の内に連れていけっ!」
抵抗力を失ったカイを、他の警備員達が立たせて手錠をかける。
「ヴァーナルフラワー、怪我は?」
「・・・大丈夫よ」
警備員にそう答えると、ヴァーナルフラワーは引き摺られるカイの姿を見て、釈然としないものを感じた。

「おら、とっとと入れ!」
「入っているだろうが」
カイは言うと、看守に手錠付きの手刀をくれる。
「がっ・・・!?
 貴様・・・」
「黙っていろ」
踵落としで沈めると、自分で『独房』の戸を閉める。

カイの運ばれた独房は、アリーナによる条例、つまりルールを破った者が一時的に入り頭を冷やす場所だ。
そこで矯正や修正といったものは無く、ただ考え込むだけの場所である。
たまに、カイが沈めた看守のようにそこに入った者をいびる奴もいるが。
「・・・」
さすがに少々熱くなり、ロングコートを開くと座禅を組む。
精神統一・・・まさにその言葉がぴったりである。
(・・・・・・あの状態の奴にさえ、俺はあのブレードを使う事は出来なかった。
 軽量機としての使い方もあの一時だけだ)
(・・・・・・・・・・・・俺は、あの名を使ってまでも奴に勝てないというのか・・・・・・!)
ギィ・・・
「・・・」
軋んだ音が独房眼前の通路左奥から聞こえる。
看守の交代?
そんなはずは無い。自分がここに来てからそこまで時間は経っていない。
だとすると――?
「・・・チャオ♪」
「・・・」
だし抜けに明るい声を出した女に、カイはがっくりと肩を落とした。

「・・・・・・何の用だ」
「メール送ろうと思ったんだけどさ、試合見てたら貴方が連れていかれてたし・・・」
「分かった。後でメールを見る。今は帰れ」
「なんでそこまで毛嫌いするのよ!」
「嫌いだからだ」
「・・・」
スカーは、ふんっといった態度をやるようにして右を向き――初めて目の前に倒れている看守を見つける。
「あ、あれ?
 ・・・こんな事していいの〜?」
「・・・ついでに鍵でもとって脱走すれば良かったのに」
「わざわざ面倒を起すつもりはない。だから自分で独房に入った」
「・・・普通、入る前に気絶させたら逃げるわよ?」
言ってスカーは前屈みの状態になると、座っているカイの視点と同じ高さにあわせる。
「君ってさ、やっぱり子供のままなんだね?」
「・・・どういう意味だ」
「ヒート起しやすいってコト?」
「・・・・・・何の用があって来たんだ」
にやけるスカーを正面から見据えてカイは言う。
「も少し乗ってくれたっていいのに・・・。
 えっとねぇ、先の依頼を受けてもらおうと思って。私とミラージュからの振込みは0よ」
「・・・修理が間に合わん」
「だ〜い丈夫!! お姉さんに任せなさいッ!!」
「・・・」
「・・・なによその目は。
 まあいいわ。とりあえず貴方のACはミラージュに頼んでとっくに修理に出されてるし」
(またミラージュか・・・)
胸中で呟くと、カイは諦めの感情が篭った溜息をつく。
「ん〜? なにか悩み事で?」
「・・・」
「・・・もしかしてさぁ、さっきの戦闘でやってたけど、ブレイブハートって・・・」
ぴくり、とカイが反応を示す。
「君が子供のとき――」
しゅっ ドガッ
「・・・」
風を切る音をたてて飛んだ刃は、スカーの髪の1房を切り飛ばして壁に突き刺さる。
「・・・その名を口にするな」
「・・・」
懐からナイフを投げ放った姿勢のままのカイを見て、スカーが笑う。
「いいわ。とりあえず準備は手短にね」
その後、すぐに表情を無くし、
「・・・・・・髪の毛の分はきっちり取らせてもらうからね?」
言い残して出口へと向かう。
「――今のは」
カイが口を開くが、スカーは無言で進む。
「俺が払わされたパスタの分だ」
スカーはカイの言葉に口元を笑みの形に歪めた。

数時間後、独房から出たカイは、迎えに来たエマに再び愚痴の猛襲を受けた。


Code:05  cross past and w′s mission request.
Success.
作者:安威沢さん