サイドストーリー

Chapter8:準備と接触と金と二日酔い
“依頼”の話を聞いた翌日、アッシュの目覚めは最悪だった。
二日酔いだ。頭がひどく痛む。
流しに向かい水を飲む。あそこまで天井知らずに酒を飲まされたのは初めてだ。
エマは早々に潰れるしバティは絡み酒、レインは涼しい笑顔で終始見守り、クラムに至っては
ニヤニヤしながら枝豆をつついていた。

今になって、まだ実感が沸かない。
世間を騒がせているエアヘッドの素顔。伝説となった元コーテックスのオペレーター。
“プラス”という禁断の技術。Bランクトップのレイヴンも参加する企業潰し。

「……はは…とんでもないな……」

再びベッドに戻り軽く寝転がる。
“人間だから”、バティは言った。
あの時は半分呆けていた為かその流れのまま話を進めてしまったが。

人間、か。あながちそうでもないかも知れない。

暫くして立ち上がるアッシュ。
午後からファーマメントの修理やらについて打ち合わせがある。

―――義肢は今日も順調に動くようだ。


「……で、ただ本社を襲ってハイ終了ってわけにはいかねぇ。
 中小つっても組織だ、戦力はたんまりな筈だろう。たかが3機のACなんざ返り討ちだ」
「戦争は質より量ってぐらいだからな。強化手術を受けた専属レイヴンもいないとは限らん」

アッシュの部屋がある場所とはまた別の区画、その共同食堂にて2人の若者が話し合っていた。

「そう、その手術を受けたレイヴンがキーなんだ。
 プラスの技術を持っているってこと以外は何らわからねえ。情報はレイヴンからしか得れねえわけだ」

カレーを口に運びながら話すバティ。

「………で、あの通り魔をやってたっつうわけか?」
「ビンゴ。ついでにイキの良いお仲間探しでもあった」

対してクラムは水を喉に通して溜め息を付く。

「んな面倒なことしなくたってレイヴンはアリーナにわんさかいるだろ。
 コーテックスに登録してそこんとこ調べてみりゃそれっぽい奴も幾らか見つかるだろうによ」
「アリーナにいない任務専門の奴だっている。企業の専属はそれらしいしな。
 それにヘイノスの事は知らずにただ強化手術を受けた奴だっているだろう」

雲を掴むような話だ。2人は同時にそう思った。
カレーを平らげ、バティが立ち上がる。

「細かい情報収集はレインさんがやってくれるから俺達がやるべきは手掛かりの入手だ。
 色々と他の企業の依頼を受ける必要だってあるだろうな。そっから色々と掘り出せるかもだ。
 …さて。俺は今から機体の調整に行くがあんたどうするんだ?」
「俺か? まあ、可愛い後輩の様子でも見に行くさ」


「あ、いや大丈夫ですわかってますから。口に出さないでも大丈夫です。
 わかってますって!確認しなくていいです! 
言わないで額を言わないでギャー!!」

大方の予想通り、修理費は冗談で済まない程になっていた。
これを全部払うと(払うしかないのだが)今月日干しになってしまいそうだ。頭を抱える。
“あの”報酬は成功時に出されるものだろうし、とにかく暫く水が主食の生活を覚悟した。

「で、コレ全額いくら?」
「はあ…腕部と頭部が差し替えで武装も買い換えだから……って何でいるんスか先輩ッ!?」

クラムだった。いつの間にやらアッシュのすぐ後ろに立っている。

「いやちょっと様子見に来たんだがよ。はー手酷くやられたもんだなこりゃ……
 で、いくら?」
「………31万8000コームです………」

口にするだけでも恐ろしい。アッシュはそもそもが貧乏性なので尚更だ。

「んだよ安いじゃねえか。ホイこれカード」
「ああすいません面倒かけてしまっ………何だってェェェェエエエエエエエエエッ!!?」

突如クラムからゴールドのカードを渡されるアッシュ。

「いやダメですよ!使えませんて!」

まるで高温の物質に触れているかのように慌てながら断ろうとする。
しかしそれに対し、クラムは飄然とした顔で応えた。

「Bランカーの経済力ナメんじゃねー。まあ後でちゃんと返して貰うけどな」

それ以上アッシュが何かを言う間も無く、クラムはさっさと引き上げていった。


「とりあえず、今は調査に専念しようという方向ですね。
 様々な企業の依頼を受けてそこからいつか手掛かりを掴もうと。
 私は今はコーテックスの所属じゃないから、斡旋は貴方がよろしくね?」
「はい…それはよくわかってます。でも先輩、それじゃ時間がかかりすぎませんか?」

再び場は変わり、そこは小さな喫茶店。女性が2人話し込んでいる。

「あまり焦りすぎると勘付かれるかも知れないからね。今はまだ私達の存在は知られてないけど、
 企業の情報網を甘く見てはいけない。それに今のところこれ以外に方法が無いの。
 急がば回れということよ。長丁場になるかも知れないけど、時間ならあると思う。
 ……それとエマちゃん?先輩っていうのは?」

「あ、駄目ですか?
 レインさん私の憧れでしたから……えへへ」

エマは小さく笑う。


聞き込みは全く落ち着かないものとなった。駐屯地襲撃の生存者達は全員錯乱していて、
例え怪我が治っても次は精神治療が待っているだろうと思われる者ばかり。
だが、参考になることはあった。MTの乗り手だった一人が、絶叫と共に絞り出した言葉。
その目に未だ姿が焼き付いているかのように、恐怖に満ちた声で放たれたその単語――“黒いAC”。
十五番駐屯地にACはいなかったから、恐らくそいつが今回の襲撃者だろう。

「アリーナに黒のカラーリングがされたACを持つレイヴンは?」
「……いません…ね」

クレフの問いにデータを手にしたカリンが答える。
アリーナにはいないか。だとすれば依頼専門のレイヴンか?それとも自分達と同じ企業専属?

「真意を測りかねるな。第十五は補給期じゃなかった筈だ、何か奪えるものがあるとは思えない。
 敵対企業が黒幕だとするならもっとミラージュにとって重要な施設を遅うだろうしな。
 例えば電力供給施設とかか……少なくともどこぞの企業の差し金ではあるんだろうが」
「“エアヘッド”であるとも考えられますね」

エアヘッド。確か、近頃MTやACに襲いかかるという謎のACが存在して、それがエアヘッドと呼ばれていた。
確かにそうである可能性も否定できない。

「だが、エアヘッドが出てくるのはACがいる時だけだと聞いた。
 そこを考えるなら、駐屯地にACがいなかった今回の襲撃は………」

「じっちちょうさー」

脈絡なくカロルが両手を挙げた。
――こいつは生来人の話など聞かない性分らしい。

「実地調査………。そうね。
 破壊具合から何かわかるかも知れない。隊長、私はカロルに賛成します」
「……む…。百聞は一見に如かずか。どちらにせよ調査中は緊急事態でも起こらん限り暇だ」

クレフが賛成の意を示すとほぼ同時に、2人はニコリと笑った。

「出撃許可はもう頂いてあります」
「………予想済みか。やれやれ」


駆動音、低い振動、次々に命が宿るパネル群。
シートは硬い。いやむしろ、バティにとってそれは丁度良い硬さであったのだが。

「アッシュは?」
『ACをまだ修理中だ。ま、金の問題なら俺が解決しておいた』
「うげ。こっぴどくやっちまったからなぁ」

――レインが思わぬ情報を仕入れてきた。
ミラージュの十五番駐屯地が突如の襲撃を受け壊滅したとのことだ。
襲撃者は不明。この手の出来事は報酬で何でもするレイヴンが存在する以上、そう珍しい事ではない。
犯人も不明ならば、動機も不明だ。対立企業ならば普通はもっとミラージュにとって大きな損害を被るであろう
施設を狙うだろう。わざわざ金を払ってレイヴンを雇うのだから、確実な有効打となり得るポイントを
指定する筈だ。――ちょうどクレフがそう推理したように、バティもそう考えていた。
こういう物事には敏感になっておくべきだ。クラムの提案により、直接調べてみるという形で話はまとまった。

『ハッチ、開きます』
「OK。それにしても悪いねー、ガレージまで貸して貰って」

コーテックスに正式登録するには、試験云々の面倒な手続きがある。
それまでの繋ぎとして、バティはクラムのガレージの一角を借りていた。上位ランカーともなると広さが違う。

「俺はコイツ以外乗らねえからな。どうせだだっ広いだけだ」

暗いガレージに光が差すと同時に、赤くペイントされたAC――“カタラクト”の背が炎を噴き始める。
火力と基本性能が高次元で纏まった重量二脚型のAC。その威圧的な姿はレイヴンにとって畏怖の対象である。

「アーカイブエリア…だったか?」
「輸送機は出ないけどな。任務じゃなけりゃコーテックスの支援が下りん」

やれやれ。バティは肩を竦める。
まあ、戦闘モードへの以降による機体への負担を考えなければ、まずまず行ける距離だ。

赤と銀のACが、飛翔する。


バティとクラムがガレージを出たのとほぼ同時刻、アーカイブの一角には既に三機のACが到達していた。
ミラージュ専属小隊クルシフィクス隊長機、中量二脚型AC“エアリアル”のパイロット――クレフは、
その余りの惨状に息を呑む。

「酷い……な」

報告の通り、いや、それ以上に“凄惨を極める光景”だった。そこかしこに残る銃創や、醜く抉られた壁。
未だ床に残る黒コゲの残骸。死体は全て回収されているだろうが――まるで時を切り取ったように生々しい
そのままの光景を見るに、まだ中に“人”が入っていてもおかしくはない――想像するだに吐き気を催すが。
物資などの強奪ではない、それはただそれ自体の――“そのもの”の行動。

『………純粋な破壊、ですね』

通信端末の向こうのカリンの呟きが聞こえた。そうだ、と心中でクレフも相槌を打つ。
ますますわからない。ただ破壊をする為だけの任務?それもこんなちっぽけな駐屯地を?
内心、頭を抱えかけた頃―――高速で飛来する機影をレーダーが捉えた。

『隊長!』
「カロルか……何かあったか?」

カメラアイ越しの視界に飛び込むは、フロート型ACの姿。極限まで装甲と武装を限定した超高起動AC、
“カリプソ”。カロルの乗機であるそれは最高位のレーダーを有する、策敵に最も適した機体であった。

『この周りには全然何も無かったけど…中に、生き残った映像データがいっこだけ』

眉をひそめるクレフ。これは思わぬ収穫だ。

『あわよくば、ですが…襲撃者の機体が映っているかも知れませんね。有難うカロル』
「ああ。でかした」

二人分の称賛に、カロルは得意気な笑みで応えた。
――さて。
ACに映像を再生する機能は無い。データを見るなら一度帰投する必要がある。
その前に、もう一度念入りに何か調べておく必要がありそうだ。

「カロル。他には何も無かったのか?」
『うん。エネルギー反応も熱反応も何も―――』

――言いかけ、カロルの顔が緊張に張りつめた。

「…? どうした?」

疑問を口にするクレフ。カロルはある一点に目を落としている。
コックピットの構造から推測するにそこはレーダーの位置に当たる筈だ。

『……未確認機!二人とも注意して!』

――AC。
最もレーダー範囲の広いカリプソが、真っ先にそれを探知したのだ。
即座に散開し、カロルの示した方角に機体を向かせる三機。
機影はやがてカリンの、そしてクレフのレーダーにも写り出す。高速接近。OBだろうか?

『機体の称号を開始します!』

緊張に張りつめた声でカリンが告げる。数瞬。赤い光点がぐんぐん接近する中――カリンは驚きの声を上げた。

『ランカーAC……カタラクト!?』

目を見開く。ランカーレイヴン…それもBクラスのトップランカーが、何故こんな場所に?
やがて肉眼でも確認できる距離にまで接近すると――なるほど確かに、あの赤いACは。
そしてその横にもう一機、銀のACが疾走していた。背面から蒼いOBの炎を噴射しながら、驚くほどの高速で
こちらに迫ってくる。恐らくあちらも自分達の存在に気付いているだろう。

『もう一機の方は該当ありません!』
「了解。戦闘モードだ」

声と同時にモードを変更。エネルギーの供給を満遍なく全身に回し、真の意味でエアリアルが覚醒した。
他の二人も既にそれを済ませているらしく、通常時とは違う駆動音が通信機越しに伝わる。
どちらも黒くはない。MT乗りの言葉を信じるなら彼らではないことになるが、ここに来た理由がわからない。
通信を試みて、双方の納得のいく回答を得るのがベストだ。
銀のACの方の戦闘力は未知数だが、クラム=ジーニスのことを考えるとそれだけでただでは済まない。
一応のモード移行はしたが、極力戦闘は避けたい。あちらもそう思っていることを願う。

二機の接近を認めながら、クレフはカタラクトに通じる通信回線をオープンした。


「………ん?」

先を越されたか、クラムはまずそう思った。予想外。
見たこともない機体だ。アリーナには登録していないらしい。直後に、通信が割り込んできた。

『こちらミラージュ専属小隊“クルシフィクス”隊長機、エアリアルだ! 
貴機の目的を伺いたい!』

なるほど。この駐屯地はミラージュのものである以上、彼らが出張ってもおかしくはないということか。
白を基調としたカラーリングを見るとそれも納得出来た。

「こちらカタラクト。ちょっとここに調べものに来たんだが…ひょっとしてもう終わっちゃってる?」

通信機の向こうの隊長とやらが虚を衝かれたような顔をした。
まあ、噂のBランクトップがこんな気の抜けた声を出すなんて思ってなかったろう。

『ああ…だがめぼしいものは何も無かった。
 そちらにとっても有益なものは無いだろう』
「ああ、そう。そりゃ親切なこって」

あちらの言葉を信じるなら、もう自分達がここにいる理由は―――

『ああ。データはもう回しゅ……』

――データ?

『たっ、隊長!』

向こうの端末から声が出てきた。若い女の声。隊員だろうか?
とにかく。
今まさに“口を滑らせました”みたいな顔をしているクレフを見るに、やはり何かあったようだ。

「うっかりしてんな……しっかりしてくれよ、隊長殿」

ニヤリと笑い、バティに通信を入れる。

「何かあったらしいぜ。恐らく奴らが持ってる」
『OK。戦闘か?』
「そうなるな。奴さんがデータとやらをホイホイ渡してくれるとは思えん」


「………ちィッ!」
『隊長のバカ! 天然! 八兵衛!』
『と、とにかく、離脱を第一に!』

慌てふためく二人の声を聞いて、やってしまったと後悔する。そう簡単に逃がしてくれる相手ではなさそうだ。

「カリン、本社に機体回収の要請を!それまで持ち堪えるぞ!」

勿論、ACが健在な状況で輸送機など呼び出すのは危険だ。だがACのみでここから帰投するのはほぼ不可能。
つまり―――

「ミラージュの輸送機が来るまで、あの二機の戦力を可能な限り削ぐぞ!」
『『了解ッ!』』


―――五体の巨人が、相打つ。
作者:アインさん