サイドストーリー

Wipe your Rain drops
『・・・ヴン・・・応答して下さい、レイヴン!』

―誰かが、必死に呼びかけている・・・

『お願い!答えて!・・・お願いよぉ!!』

―泣いているのは、誰?

『・・・レイ・・・ヴン・・・返事を、返事をして下さい・・・』

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「・・・あ。」

眼を開ければ、そこはいつもの部屋。

目覚めは、涙とともに・・・


「・・・。」

窓から射し込む光を見つめるその瞳はどこか遠く、切ない・・・


―想い出の中で時間を止めたまま・・・今日を生きる







―その日の空は 高く 澄んでいた・・・

見上げれば 天国まで届きそうなくらい・・・



今日は依頼も無いし、知り合いとの約束も無い。久しぶりの休日を過ごしていた。

いつもは機体から見下ろしてる風景だが、やはり自分の足で歩くのは好いものだ。
同じ高さで人と接する事は、俺をレイヴンじゃない一人の人間に戻してくれるから。

ショーウィンドウの中、自分の後ろを行き交う人々を見ながら、そんなことを思った・・・。
 ・
 ・
 ・
しばらくガラスに映った半透明の世界を眺め、また歩き出す。

行き先は、特に決めなくていい・・・
風に任せて歩いてみる

この道をまっすぐ・・・

〜交差点〜

次はどっちだ?

右か・・・左か・・・

今日は風が この街の案内人

背中を押されて
少し急ぎ足になるが

心に焦りは無い・・・




行き着いた先は、街の郊外にある草原・・・

街の喧騒に取り残された緑と蒼と光りの空間・・・その小高い丘の上に、小さな教会がひっそりと立っていた・・・

こんな場所があったなんて・・・

丘の中腹あたりで腰を下ろす。
大の字に寝転がり、都会が忘れてしまった緑の匂いと風を感じる

暫くそうやって、ぼんやりと空を眺めていた・・・



風の隙間 どこからか、微かに歌が聞こえる―


女性の声

どこから・・・教会の方・・・?


自然に足が動いていた。


しだいに近づく・・・少し悲しげな歌声・・・


―教会の裏―


名も無き墓標達が果てしなく 静かな風に揺れていた・・・

静寂に満ちた風景画に 優しく響く歌

小さな墓標の前、独り佇む女性
黒い喪服と、その手には一輪の花・・・

アップでまとめられた銀色に輝く長い髪
軽く解けた鬢の髪が、優しく肩を撫でていた・・・


俺は、彼女の事を知っている。
だけど今、目の前にいる彼女は、俺の知ってる彼女じゃないような気がした・・・


「レイン・・・レイン=マイヤーズ!」

・・・何故だろう?
不安になって、自然と彼女の名前を呼んでいた。

彼女がゆっくりと振り向く。
綺麗な藍色の瞳・・・今日は少し哀色を帯びているような・・・

「・・・レイヴン?」

不思議そうな面持ちで俺を見つめる彼女に、いつもの調子で話しかける。

「やあ、こんな所で逢えるなんて、奇遇だね・・・」

「・・・」

無言のまま、静かに瞳を閉じて頷く・・・彼女のほうもいつもと同じ調子だ。


レインは俺のオペレーターなのだが、ミッション中は必要最低限のことしか喋らないし、
プライベートではこんな感じでまともに喋ったことも無いのが現状だ・・・

俺、何か気に触るような事でもしたかな・・・?
初めはそう思っていたが、どうも違うようだ・・・深く関わろうとしないというか、心に壁をつくっているといった感じだ。

まぁ、こんな関係が俺の悩みなんだが・・・どうしよう・・・



「ここは・・・」

俺が少し困った顔をしていると、彼女のほうが口を開いた。

「ここは・・・レイヴン達の、お墓です。」

彼女の言葉に、草原がざわめく・・・
いつの間にか空には雲が広がり、辺りは色を失ったモノクロの世界になっていた・・・

彼女が続ける・・・

「羽ばたけなかった・・・そして、志半ばで堕ちた名も無き鴉達の・・・。」

そう言って静かにしゃがみ、手に持っていた花を墓標に供える・・・

「その墓は、誰の・・・?」

しまった、思わず口にしてしまった・・・

案の定、黙り込むレイン。
今のは完全にNGワードだったな・・・。

「その、ゴメン。・・・突っ込んだこと、聞いちゃったね。」

慌てて謝るが、言ってしまった言葉は戻らない。
しかし、彼女の口からは思いがけない言葉が飛び出した・・・。

「いえ・・・。もし良かったら、私の昔話、聞いてもらえますか・・・?」

いつもは決して自分のことを語ろうとしない彼女が、自分から過去を語り始めたのだ。
目の前の墓標を見つめたまま・・・静かに話し始めるレイン。

「彼は・・・私が今までで一番長く担当したレイヴンです・・・。
 傲慢で、いい加減で、乱暴で、オジサンで・・・私の言うことなんてちっとも聞いてくれなくて、
 担当になった初めてのミッションから衝突するような、そんな最悪な出逢いでした。」

目の前の墓標に向かって文句を言いながらも、彼女の瞳はどこか嬉しそうな・・・
今までに何人ものレイヴンを担当してきただろう彼女が今でもこうして墓参りに来ているんだ、相当想い入れがあるに違いない・・・

「だけど、嫌いじゃなかったんだろ?」

彼女の様子から無難そうな発言をしてみる。

「さぁ・・・。 なにせ、人を押し倒して無理矢理抱くような人でしたから・・・」

・・・その台詞には言葉が出なかった。おそらく顔は引きつっていたと思う。
そんな俺の顔を見て、彼女は僅かに口元を緩める。

「いつもいつも、私の指示に従わなくて、自分勝手に行動しては作戦を滅茶苦茶にして・・・
 それでも何とか無事帰還しては、私の指示が悪いとか彼の腕が悪いんだとか言い争いをしていました。

 それはそれで楽しい私達の日常だったのかもしれません・・・
 もっとも、当時はそんなこと思いもしませんでしたけどね・・・

 でも、流石に世の中そんなに甘くは無いですから・・・

 やがて彼も・・・」


静かに空を見上げるレイン・・・


「それが、ちょうど5年前の今日・・・」




―ミラージュの侵攻部隊から撤退するクレストの部隊を守るというのが、彼の受けた依頼でした・・・


『こちら、グッドスピード!敵の進攻が思ったよりも早い・・・このままでは脱出部隊に追いつかれるぞ!』

崩壊寸前のクレスト施設の前で奮戦する一機のタンクAC・・・
Eランカー、ロジャー=グッドスピードの[ザ・ロック]

「あと少しで、味方が領域を離脱します。何とか持ち堪えて下さい・・・」

『やってるさ!だが敵の数が多いんだよ!!
 仕方ねぇ・・・オペレーター!回収用のスリングヘリは何機出せる?』

「えっ!?」

『護衛部隊の奴等もこのままじゃヤバイ・・・ミラージュの増援が来る前に、残存戦力も出来る限り脱出させる!!
 少しでも兵力を残せるならクライアントも文句はいわねぇだろ?』

あの時は任務に夢中で気が付かなかったけど、こんなに作戦に積極的な彼は初めてだった・・・

「・・・了解! 発進可能なスリングヘリは7機、今から全機向かわせます。」

『頼んだぜ、それまでは何とか持ち堪えてやるからよ!』

「それまでは」・・・今思えば、彼はこの時、既に覚悟を決めていたんだと思う・・・
いつもはいい加減な彼が、的確な状況判断と撤退指示なんて。
とても万年Eランカーとは思えない手際だったし・・・

ヘリが到着すると、彼は損傷の軽いMTを優先的に搭載させ、
使い物にならなそうなMTは破棄し、パイロットだけをヘリに乗り込ませました。

『よし、これでOKだ!領域を離脱してくれ!!』

ヘリの操縦士に告げる彼。

『・・・俺が、ここでしっかり援護してやるからよ!!』

「なっ!?」

一瞬彼が何を言ってるのか解らなかった・・・
てっきり彼もヘリに乗り込んでいるものとばかり思っていたから・・・

「何をしているのレイヴン!! 貴方も早く撤退して下さい!!」

思わず怒鳴ってた・・・だって、あまりに馬鹿なんだもの。
だけど返って来たのはさらに大きな怒鳴り声・・・

『馬鹿野郎っ!ここで俺まで乗り込んだら、ヘリごと落とされちまうだろーがよぉ!!』

確かに彼の言う通りだった・・・
誰がオペレーターをやっていても、普通なら彼と同じ判断をすると思う・・・

・・・でも。


「帰ってきて・・・」


感情を抑えきれず、口が動いていた・・・
通信越しに彼にだけ聞こえるくらい小さな声だったけど・・・

『・・・』

言葉に詰まる彼・・・

酷いですよね・・・私。
覚悟を決めた人に、こんなこと言うなんて・・・

最期に、彼を苦しめたのは私だったのかもしれません。
でもあの時の私は、どうしても彼に帰ってきて欲しくて必死だった。

そんな私の想いを打ち砕くようにレーダー上に映る新たな光点・・・

「!!ミラージュのAC!?」

『くそっ!この土壇場でACかよ!!』

逃げて、と叫びたかった・・・
だけど、それよりも早く彼が叫ぶ。

『全機に告ぐ!作戦は失敗だ!・・・ここは俺が抑える!速やかに撤退しろ!!』

誰からの反論も許さない程の剣幕でした。

「レイヴン!今からもう一機スリングヘリを向かわせます!回収ポイントまで後退して下さい!!」

何とか彼を助けたかった。

確かに、いい加減な人だったけど。
衝突してばかりだったけど。
無理やり抱かれたけど。

だけど・・・だけど!


今までずっと一緒に戦ってきたんだもの!!


『回収は・・・必要ない。』

「駄目ぇっ!!」

『オペレーター!!お前にはまだ撤退する味方部隊の誘導という仕事が残っているだろう!!』

怒鳴る彼の声も、抑えきれない感情で震えていた・・・

本当は彼も・・・帰りたかったのかもしれない・・・
そしてまた、いつものように、私と・・・


『繰り返す!作戦失敗だ!全機速やかに撤退を!・・・俺の回収は必要無い!!
 ・
 ・
 ・
 それから・・・』

不意に声の調子が下がる・・・
そして彼は、それまで一度も聞いたことが無いような優しい声で・・・

『それから・・・レイン。・・・いままで、世話になったな・・・』

そう言って、通信回線を切る彼。

「・・・!!」

涙が止まらなかった・・・
コンソールパネルを濡らしながら、何度も呼びかけた・・・

「・・・ヴン・・・応答して下さい、レイヴン!」

「お願い!答えて!・・・お願いよぉ!!」

「・・・返事を、返事をして下さい・・・」


「ロジャー・・・」




・・・私は知らなかった・・・


こんなにも 貴方を想っていたなんて・・・


いつも、私の近くに貴方がいた

それが当たり前だと思っていた


いつからか 貴方への想いは
止まるきっかけを失った雪玉のように転がり 大きくなりつづけ・・・

―あの日 

貴方の命と一緒に 砕けて散った・・・


今でも聞こえる 貴方の声に

温もりを感じる 貴方の夢に

耐えきれず 涙が溢れる・・・


これからも貴方を想うたびに この痛みを感じるのでしょう・・・

それでも私は・・・「さよなら」を言う事が出来なくて

痛み以上の何かを 貴方との想い出の中に求めているのです・・・






不意に吹く風が、俺と彼女をモノクロの草原に引き戻した・・・


ポツリ、ポツリと雨が降り出す。

「降って、きちゃいましたね・・・」

振り向いた彼女の頬には、ひとすじの・・・涙?
だが、あっという間に強さを増した雨が、それを確かめさせなかった・・・

いや、この雨自体が彼女の涙なのかもしれない。


彼女の心の中・・・
その風景は、この草原よりも哀しみの色に満ちた世界だった・・・

彼女が心を開かなかったのは・・・彼の時と同じような想いをしたくなかったから。
相手に魅かれないように、感情の一部を麻痺させて・・・

そうやって、心の刻を止めたまま・・・今まで生きてきたんだ・・・


何だろう・・・?
胸が締め付けられるような、この切ない気持ちは・・・


「なぁ、レイン・・・」

「・・・?」

「俺じゃ、駄目なのか?」

「え?」

思わず出てしまった言葉。

「俺じゃ、彼の・・・グッドスピードの代わりには、なれないのかな・・・?」

「あの、レイヴン?」

反応に困るレイン・・・

「俺達、パートナーじゃないか。
 君はいつも俺のサポートをしてくれてるけど、逆に俺も君のサポートをしちゃ駄目なのかな?」

「それは・・・」

彼女は言葉を濁らせ、眼を逸らす・・・

俺自身、もう何を言ってるのか解らなかったけど
それでもこの感情を抑えることが出来なくて

考えるよりも先に言葉が出ていた・・・

「確かに俺達レイヴンはいつ死ぬか分からない・・・それも事実だ。
 でも、だからこそお互いの信頼が必要なんじゃないか?」

ゆっくりと、俺の方を見るレイン。

「それがあったから、君とグッドスピードはこんなにも気持ちを通わすことが出来たんじゃないか。
 上手く言えないけど、俺は彼のことが羨ましいよ。
 そりゃ別れは辛いけど、そこから眼を逸らしちゃ駄目だ・・・
 いつ死ぬか分からないからこそ、俺達は今を精一杯生きて、戦っているんだから。」

「・・・レイヴン。」

「俺には、君の傷を癒すことは出来ないかもしれない・・・
 だけど、涙を拭うことは出来るつもりだよ。

 だからレイン。

 笑ってくれ・・・」

目元を緩めて微笑みかける。

俺を見つめる彼女の瞳には、雨じゃない、涙が溢れていた・・・


為す術無く濡れる彼女は
雨の中 傘もささずにおどけてみせた


・・・精一杯の笑顔とこの雨で 涙を隠す・・・

ううん、悲しいんじゃない・・・嬉しさと、ほんの少しの恥ずかしさ・・・
誤魔化す私は まだちょっと弱いのかもしれません・・・


そんな彼女の肩を強く、そして優しく抱き締めた・・・
俺の胸に顔を埋めるレイン。


・・・暫くこのままで居させて下さい・・・
せめて・・・この涙が止むまでは・・・


人の心は傷つきやすい

悲しみは突然に 痛みは激しく

それはまるで にわかに降り注ぐこの雨のように・・・


それでも、前に進むことを諦めなければ・・・いつか雨は止むさ


「レイン。 雨、上がるよ。」


雲間から射す光の柱が、モノクロだった草原に鮮やかな色を戻していく・・・

君の零した涙がほら、雨より高く降り注ぐ光りに照らされて、虹色に輝く宝石なる・・・


〜Wipe your Rain drops〜

雨にも負けぬ花よ・・・

空を見上げる君の笑顔は、とても綺麗で・・・


・・・美しかった。




「・・・ありがとう。・・・ハーヴェイ。」



あぁ、俺の名前 覚えていてくれたんだな・・・
深く息を吸い込み、空を見上げる・・・




―その日の空は 高く 澄んでいた・・・

見上げれば 天国まで届きそうなくらい・・・

そして 彼女にも・・・










[あとがき]

ど〜も、FUBUKIです☆
今回はいつもより多めに妄想ワールド爆発です。

台風が近づき、大雨が降った日に濡れながら外を歩いていて思いついた作品です。
レイン=マイヤーズとレイン(雨)をかけたわけですな。

レイヴンがグッドスピードでACが「ザ・ロック」って、突っ込みどころもありますが・・・
まぁ、解る人だけ解って下さいw

それにしても、だんだんSSを書く時間が減ってきているのは気のせいでしょうか・・・;
気長に更新していきますので、これからも宜しくお願いします。

でわでわw
作者:FUBUKIさん