サイドストーリー

Chapter9:1on1X1on2
――意外。全くもって。
荒野を二機のACが疾走する。その一方の乗り手――銀のAC“ホールゲイル”のパイロット、バティは
猛烈な追随をかけてくるもう一方のACに関して、そのような感想を抱いた。白いカラーの人型二脚AC。
どうやら、こいつが首魁らしい。

「……はんッ!」

自慢の高機動で撹乱しようとするが、その二脚は離れることなくピッタリ食い付いてくるのだ。
切り返しの細かい差こそあれ、ブーストの出力と直線軌道に於いてのスピードは、恐らく自分と同等
――或いは、それ以上。それもその筈だ。
相手が両肩に載せているものは、確か増速用の追加ブースターユニット。その恩恵を受け、ホールゲイルに
追い付くまでの高機動を得たというわけか。
しかし。

「わざわざ近付いてきてくれるとはな…近距離だぜ!」

左腕装備のレーザーブレードが光を纏い――目の前の機体へ振り下ろされた。
しかし、それが当たることはない。“エアリアル”がブレードの有効射程範囲外で接近をやめたのだ。
“CLB-LS-3771”。従来のものの倍近くの威力を誇るブレードだが、それ故に収束率に欠ける。
エアリアルの乗り手、クレフはそれを理解していた。続けて白い機体の左手から紅い線が伸びる。
そのブレード、“MLB-HALBERD”は、出力こそ水準を上回らないものの、収束率は極めて高い。
3771とはちょうど真逆の性能であることもクレフは理解していた。

アッシュの乗機、“ファーマメント”が放った光と同じものであるとバティは悟る。
型式は覚えてないが、そう、とにかく長い奴だ。そしてそれが届き、自分のブレードは届かない距離。
一瞬のうちに考えを切り替え、即座に機体の挙動を急速後退に回すバティ。
当たらないと言うなら躍起になってブレードを振る意味はない。まずは攻撃の回避が最優先だ。
下手なCPUを軽く凌駕する判断力でブーストを後方推進に入れ……しかし、何故か。エアリアルは、
それにすら追い付いたのだ。予想外の更なる追随を受け、今度こそエアリアルのブレードを受ける
ホールゲイル。弾かれるように後退。損傷はまだコアの前部が切り裂かれたのみ。だが。
―――何だ、今のは?
頭部COMが処理するブレードの追尾ではない、通常ブーストでもない。瞬発力が違う。
急速に微前進し、回避を封じたその動き。エアリアルの肩周りを見てバティはようやく理解した。

「……マルチブースターか……へへ、なるほどね」

こちらの動きを察知し、逃がすまいとエクステンションを起動させたというわけか。
なるほど―――侮れない。


レーダーに目を落とす。近くの反応は二機だ。少し離れた位置にまた二機。
どうやら二脚の方はバティに当たったらしい。クラムはそう考えた。
あれが隊長機。ならばさっき聞こえた隊員と思われる女性の声の持ち主はこっちか?

「女の子と戦いたくはないんだが、な」

シフト。FCSオープン、モニタにロックオンサイトと装甲値を示すAP等の各種計器を表示。
コックピット全体が軽く振動する。戦闘行為が可能であるという合図のようなものだ。
クラムがトリガーを掴んだのとほぼ同時に、レーダーの光点が二つとも動いた。速い。

カリンは、相方と同じくフロートタイプのACである“オーリアド”の照準をしっかり合わせたまま、
カリプソとは別方向に駆ける。クラム=ジーニスは、自分など足下にも及ばぬ存在であることは百も承知だ。
しかし――幸いにも相手は重量二脚型のAC。機動戦闘では大きくこちら側に分がある。勝利する必要も、無い。
カロルとの連携である程度ダメージを与えられれば、あとは輸送機に乗って離脱するのみである。

「カロル!」
『ういーす』

カロルに合図をかけ、両肩の垂直発射式ミサイルとそれに連動させるエクステンションをオン。
目標を設定する数秒の後に、オーリアドを起点とした白い煙線が上方と前方に飛ぶ。

飛来するミサイルを確認した直後、カタラクトは機体を傾け横へとブーストを噴射した。
誘導兵器接近を告げるアラートが段々その間隔を狭めていく。結構な量だ。エネルギー供給をコア背部へ。
けたたましく叫び続けるアラートを聞きながら、カタラクトはOBによる超加速走行を実行。重量級機体とは
言え、通常の機体のブースト移動は遥かに上回る速度だ。隕石のように降り注ぐ垂直ミサイル群を回避
しながら右腕のショットガンを構える。素直な機動でこちらに飛んでくるミサイルへ銃口。射撃。
ノーロックのまま正確に叩き込まれた散弾の幾つかを数えながら、クラムはこちらに高速接近してくる機影を
レーダーにて認めた。少なくとも、数秒したら追い付かれるであろう速度。

カリプソの脚部パーツ――型式をMLR-MM/PETALとするそのフロートのスピードに追い付けぬACなど存在しない。
恐らくOB移動であろう、背で紅い炎を爆ぜさせながらカタラクトはミサイルに対応している。
誇張抜きにぞっとした。弾道が正直だったとは言え、高速接近するミサイルをショットガンで撃墜など。
流石はBランカー、というわけなのだろうか。どうあれゆっくり考えてる暇はカロルには無かった。
数秒前クラムがそうしたようにコア後部にエネルギー収束、一旦ブーストを切り来るべき加速に備える。
一瞬後にカロルに襲いかかる衝撃と圧。ミラージュ製軽量コア、RAYのOBもまた最速を誇る。
ぐんぐん赤く塗られた機体に接近していく中、カリプソは火器と一体化した両腕を上げた。リニアガンだ。
弾数こそ少ないものの、その攻撃力は侮れない。両腕から発射される両方を喰らえば充分なダメージだ。
カタラクトがこちらの存在に気付く。そして会敵する――その、瞬間。
カロルの視界――つまりカリプソの視界――が唐突に炎に支配された。いや、正確に言えば吹き荒れる炎を
伴った豪風。即ちそれは爆炎。機体が大きく振動する。


景色が激しく流動する高速戦闘、それでもその目が敵機を逃すことはなく。
クレフの全く知らないACとレイヴンだった。アリーナという場に出ていない以上知らないのも無理はないが、
これほどの腕を持ってるなら評判くらい聞いてもおかしくはなかった筈だ。
ロック。右腕のエネルギーショットガンを掲げ、放つ。流星を思わせる幾筋もの蒼い光線がホールゲイルに
向かうが、それも振り切られ多少掠る程度に至った。
と、ホールゲイルが右手のマシンガンをこちらに向けたのに気付く。マシンガンは弾丸のシャワーであって、
連続して発射されればショートからミドルのレンジでは必ず当たる武器だ。当たるとまずい、連続して喰らう。
機体の照準を上方の虚空へセットし、即座にエクステンションを起動するクレフ。マルチブースターは
ロックオンサイトの方向――現在の機体の視点に向けて瞬間的に高出力の炎を吐き出す。
弾かれるように上方へ逃れるエアリアル。脚部に幾らか被弾したが軽微だ。

舌打ちしてバティはマシンガンを下げる。大した反射だ。
マルチブースターにより上方へ緊急回避したエアリアルは、尚も滞空しながらこちらの様子を窺っている。
――さてこれからどう攻める。マシンガンで射撃を続けるか?追って飛翔し斬り付ける?はたまたロケット
で撃ち落としでもするか?
用意された回答でなら二番目が最も性に合う。エアリアルを捕捉し空中へ躍り出るホールゲイル。
ロックオンアラートがけたたましく響く。撃ってくる。コア背面のハッチを開く。
バティの予想の通り、エアリアルの右手の銃から光が迸り出た。光は数えるのが億劫なほどの光線となり、
次々とホールゲイルに殺到する。
直撃すればひとたまりもない。ただしそれは。

「直撃すれば……の、話だろ」

蓄積されたエネルギーは爆発的なブーストと化し、右方へとホールゲイルを吹き飛ばした。先程の
倍はあろうか、対Gスーツを着込んでなお強烈な圧迫感がバティを襲う。
圧倒的加速度に半ば翻弄されながらも横倒しにしていたレバーを戻し、推進方向を前方へと修正。
――そのまま、エアリアルへと突撃する。


カタラクトは前方斜め下に向けた左腕を下ろした。その腕に装備されている火器は、携行型ハンドグレネード。
重力制御により超高速移動を実現したフロートは、それが故にブレーキ性能に欠ける。暫く慣性移動してから
でないと停止出来ないのだ。先読みして自機と突撃してくるフロートの間にグレネードを放っておけば、
相手が爆風に突っ込むのは必然であったと言えよう。
そして素早く機体にコマンドを叩き込み、右手のショットガンの照準をカリプソへ向ける。
ひょっとしたら先程の声の主はこのレイヴンかも知れないが、まあやむなし。
そのままトリガーを引き、散弾を発射―――

「ッ!」

する直前、クラムはACのコックピット内に於いても幽かに感じる電波のようなものを認識した。
例えば近くでテレビがついている時に感じるそれと似たような感覚。
この感覚は知っている―――プラズマだ。
即座にブーストを前方噴射、それにより後ろへと退避する。
カタラクトが先程まで立っていた地面が爆ぜた。激しい光。二次的に生じた電磁波で計器類にノイズが走る。
見ると、ミサイルを放ってきた方のフロートがその右手をこちらに掲げながら急速接近してきていた。
モテる男は辛い。コックピット内で冗談交じりにそう呟くクラム。聞く者は誰もいなかった。

カリプソが飛び出すのを確認してからオーリアドは尚もカタラクトに接近する。
ロック、左手を掲げ同時にEO(イクシードオービット)の補助攻撃機能をオン。一風変わった、どこか戦闘機にも
似たレーザー射出装置が飛び出て、左手のマシンガンと同時に猛烈な連続射撃を開始した。
そして少し離れた位置から、様子を見るように駆け回るカリプソ。
通常2人は、どちらかが敵を惹き付け、その隙をつきどちらかが強烈な一撃を加えるというコンビネーションを取る。
どちらとも瞬間火力は相当なものだ。失敗しても、役割交代することで素早く第二撃にかかれる。
この場合危惧されるのは、囮役を遥かに上回る攻撃力と腕前を相手が持っていた場合だ。
リズムを崩されてしまえば―――
―――カタラクトの青いカメラアイが、笑ったように見えた。

「………!!」

喚きだした誘導兵器警告アラートに反応し、攻撃を中断。即座に横へと回避運動をとるオーリアド。
直後にカタラクトから飛び出す一基のミサイル。間もなくしてそのミサイルは分裂。再び、分裂。
――ダブルマルチミサイル!
連動のものと合わせてダース単位となるそのミサイルは、オーリアドのいる一点をゴールに定め殺到した。
白煙と弾頭が収束し、もはや前方は何も見えなくなる瞬間―――
オーリアドは肩のハッチを開き、デコイを射出する。寸前で逸れて機体のすぐ横で爆発を起こすミサイル群。
回避は成功。危なかった、機体にブレーキを再び攻撃のチャンスを作らなければ。
そう思った瞬間だった。
メインモニタの隅に―――機体の進行方向のまさにその先に、グレネードの弾を認識したのは。

「――“囮”!?」

カリンは知らず知らずのうちにそう叫んでいた。まさか、あれだけの数のミサイルが、単なる目眩まし?
爆音、振動、モニタがブラックアウト。まさか―――

…回避する方向を先読みした。
オーリアドを見、そう認識したカロルの目が二度目の驚愕に見開かれる。そしてまずい。
カリンを助けなくてはならない。見たところ頭部をやられてしまっている。ACの脳である部位を破壊されては
もはや戦闘は不可能だ。だが、相手は待ってはくれないだろう。
このままではやられる――クラムを惹き付けなくては!
カタラクトとオーリアドの間に割り込むように機動するカリプソ。やはり、どうやらとっくにこちらを攻撃
する体勢に入っているようだ。アラートが鳴る。ミサイルだ。但し、先程のマルチミサイルではない。
水平に発射されるそれは――デュアルミサイル。横から挟むように相手を襲うものだ。
双方の攻撃力は高く、直撃すればダメージは決して低くない。が。
――カリプソは回避行動をとらず、そのまま直線へ突っ込む。
“挟む”ように移動するのだ。ならば挟まれる前に交差する点をかいくぐればいい――直線に。
カリプソの機動力ならそれが可能なのだ。果たしてそれは上手くいった。
すぐ後ろで目標を見失い、交差してどこかへと飛んでいくミサイル。それには見向きもせず、リニアガンを
構える。――高火力モード。熱量を落とし物理的破壊力を上げたリニア弾を発射するモードへ移行。
そしてすぐそこへ居るはずのカタラクトをロックし、しかし、居るはずの場所にターゲットはいなかった。

「…へ!?」

馬鹿な。レーダーには確かに…映っている。そこでカロルは気付く。
カタラクトの位置を示す光点は、微妙に紫がかって見えていることに。
―――上!!
気付いたときにはもう遅い。それすらも読んでいたのだろうか、カタラクトがショットガンを向け、
上から雨のような実弾をカリプソへと叩き込む。
被弾は機体右側、右肩からフロート右部の装甲を一気に削り取られ、装甲値が大幅に減る。
そして、同時だった。
レーダーが策敵範囲内――西の方に大きな機影を確認したのは。
慌ててOBを起動する。先程とは多少の時間を置いているから、体は耐えきる筈だ。
超高速で前方に逃れるカリプソ。第二撃が――グレネードだった――先程までいた場所を貫くが頓着しては
いられない。通信回線を開く。

「カリン!輸送機来た!レーダーのモニタ送るから、早く!」
『……!? わかったわ!』

通信で自機のレーダーモニタをオーリアドへ送る。
カメラアイは依然使用不可だが、位置がわかりさえすれば大丈夫な筈だ。
追跡を振り切りながら、今度はエアリアルへ―――


HALBEADのレーザーが伸びた。また斬り合いか、それもいい。エアリアルはホールゲイルを真っ直ぐに捉える。
一瞬、ショートレンジ。集中。山吹と真紅、二種のエネルギーが刃と化し、接敵―――

「!!」
「ッく!」

コンマ1秒以下の時間の後に、エアリアルとホールゲイルが互いに弾かれたように離れる。
――ブレードは、“振らなかった”。二機とも。
ホールゲイルの左腕が灼け、穴が空き、接合部から今にも落ちそうな状態になっている。
対するエアリアルは、その肩に質量兵器の直撃を受け、左側のブースターユニットと腕部上半分が滅茶苦茶に
なっていた。
前者はエネルギーショットガン、後者は小型ロケットの攻撃をそれぞれ受けていた。
ブレードはフェイント。互いがそう動いて、互いがそれに引っ掛かったのである。
しかし今の一瞬で決まると思っていた決着はつかなかったということになる。しかし、機体はまだ―――
そう思ったクレフに、通信が入る。

『隊長!西に輸送機ッ!!』

―――来たか!
すぐさまホールゲイルをロックから外し後退するエアリアル。


「………ちッ!クラム!逃げるぞあいつらッ!」
『あーあー、輸送機呼んでやがったか。おいバティ、追うなよ。
 これ以上機体を動かすと帰るとき辛ェぞ、こっちは仕事で来てんじゃないんだからな』

バティは舌打ちする。例の三機は、全速で西側へと退避していくようだ。

「――面白くなってきたとこだったってのに……。
 あいつら結構やるぜ、色が同じだけどトリオなのか?」
『ミラージュのお抱えだよ。しかし、まあ、なかなかいい動きしてたな。
 それとカワイイ声だった』
「は?」
『何でもない。……しかし見事に徒労だったな。帰るか』

カタラクトが合流し、帰還を促すようにブーストを噴かす。

「……あァ。しかしアイツら、結局何を持ってたんだろうな?」
『さぁな。ただ可能性としては……そうだな………
 ひょっとしたらまた、あの三機に出くわすかも知れないってとこか』

ひょっとしたら、あの三機も“プラス”と接触するかも知れない。バティが丁度そう思っていたことを
クラムが遠回りに言った。
つまりそれは、自分達と接触するかも知れないという可能性でもあると。

「……かもな。ここの犯人がそれ絡みだったらな」
『どちらにせよ骨折り損だったってわけだ。ま、帰るか』

思い出したように機体を動かすバティ。

「………そういやアッシュの奴何してんだかな」




一方―――



「ああ、もうちょい右、右!
 落ちるって!ハッスルしなくていいですから!オヤッさん!!オヤッさーんッ!!」

蒼いACを前にして、ただ1人作業服でない青年が、一人やたらと慌てていたという。
作者:アインさん